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Last update 2007年10月09日

デジタルに捧げる親愛の証明(メッセージ) 著者:AR1


 おまえは生涯誰の前でも泣かないだろう。

 冷血人間のような言いよう。いや、扱いとしてはそれ以下か。なにせ〈泣かない〉のだから。精神的な苦痛も、肉体的な激痛にも嘆くことはない、そんな言われよう。
 夜空に潜む奈落の穴。見上げると吸い込まれる、魅了される違和感。
 都会を彩るネオンの光。見据えると誘い込まれる、誘蛾灯のような罠。
 繁華街の耳を突く喧騒。聞き耳を立てる、噂話と客引きが飛び交う雑音(ノイズ)。
 違う、違う、違う――なにもかもが理想(イメージ)と違う。
 日常の脱却を図り田舎を飛び出して、高校に進学して、小遣い稼ぎにバイトに精を出して、結局、本当に欲しかったものが得られないまま、掌の隙間から落ちる希望の砂。
 同じ高校の同級生からは後ろ指を差して、いつも陰を落としている俺を罵る。いじめというやつだ。だが、それくらいなら気にしない。心の支えがあったから。
 携帯電話に着信。折り畳まれたそれを開き、届いたメールを確認する。そこには、今付き合っている、俗に〈彼女〉と呼ばれる人が打った文章の羅列が画面に映っている。
 実のところ、彼女と直接的な面識はない。写メールで画像を送ってもらったことはあるが、世も末のデジタル社会。捏造なんていくらでも出来るだろう。
 当てにしない、顔なんて。俺はそこに惹かれたんじゃないんだ。俺が惹かれたのは、〈彼女〉の打つその文章。
 艶やかで、どこか素っ気ない挨拶で始まって、けれど俺の冷めた隙間に深々と突き刺さり、一心不乱な気持ちにさせてくれるその羅列。
 ネット上の盲目的な幻想だと分かっている。そんなこと、誰にだって理解できるさ。
 だけど、現実にはない救いを幻想に求めたって悪くはない。その言葉が体験に基づいて織り成される真言だとしても、それが虚構に成り立つ作り話(サクセスストーリー)だとしても、俺には知ったことではない。
 俺の恋の対象は、画像に写っている、整った顔立ちの色白美人ではない。俺が焦がれて情熱を傾けるのは、その艶やかな言の葉の連続的な記述によって形作られるストーリーなのだ。

 おまえは生涯誰の前でも泣かないだろう。

 それは事実だ。俺は誰の前でも泣きはしないし、嗚咽も漏らさなければさえずりもしない。
 けれど、俺は〈彼女〉の手によって想像されるものによって感動を覚えた。とりこにならない方がおかしい、と思うくらい。
 付き合っていた女の子に別れ話を切り出された。中学校まで田舎で一緒の学校に通っていたのだが、進学を機に新たな生活を始めるに際し遠距離恋愛として関係を保つことを約束した。
 しかし、結局はメールだけのやり取り。時々電話もかけていたものの、相手の顔がだんだんと記憶から薄れてゆく毎日。日に日に、カウントダウンが進行して行く………
 喪失に侵食される記憶。そうして、付き合っていた彼女も、ただの仮想現実にある人物と同列の存在に成り果てた。
 別れ話を切り出されて悲しくはなかったし、悔しくもなかったし、理不尽だとも思わなかった。必然だろう、こんな冷血人間には当然の末路であったとも思える。
 だが、どうだ。今、虚構の現実でありながら、そこに肉を持ったかのような存在感は。
画面越しの間柄でしかないのに、今そこに〈彼女〉がいて、それを抱きしめたくなる強烈な衝動は、もう理屈では説明できない。
 〈彼女〉の紡ぐ愛の言葉。俺もそれに応えるように、相手が望んでいると想像して、心からの気持ちをメールに吐き出す。
 もともと壊れかかっていた日常。破綻していなかっただけの毎日。それもいまや気にも留めていない、未来も何もない、即物的で構わないと信じる今。
 目指す道も抱く想いも変わってしまった…





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