Mystery Circle 作品置き場

nymphaea

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nightstalker

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Last update 2007年10月20日

ぐるぐる 著者:nymphaea


「ただただ、ぐるぐるぐるぐる」
 あたしはそうありたくてここに来たのに、たとえばアスファルトの光を見ただけで中途半端に感傷に浸れる余裕を、贅沢を、何でまだ持ってんの。
 そんなはずじゃなかったのに、そんなんじゃここに来た意味がないのだ。
 力なく道路に膝をついたあたしの前を、農家のおっさんが呑気な顔で横切ってく。
 その手が押す荷車の中には、収穫した野菜の他に、芝色をしたわんこが一匹。
 あたしの顔を見て「わおん」と可愛く吠えやがる。
 違う!あたしは、こんなローカルな空気に和んでる場合じゃない!
 それなのに、なんでこんな癒されちゃってんだろう。
 そんなもののために、こんな場所くんだりまで来たわけじゃあない。
「可愛い犬ですねえ。柴犬ですか」
 八方美人体質を発揮して、おっさんに話しかけてる場合じゃないっつーの。
 ついつい微笑んでおっさんと談笑してる自分が憎い。
 この前も、これで失敗したのだ。
 だけど、わふわふ言いながら、あたしに顔をこすり付けるわんこ、可愛すぎる。
「あんた、好かれたねー。こいつは利口な犬だから、気の良い人を見分けるんだ」
「わ、じゃあ、あたしっていい人なのかな」
「そうそう。かわええ顔してるし」
「やっだなあ。おじさんったら、上手いんだからあ」
 あたしは昔ッから、動物だけにはやたら好かれるのだ。
 飼い主以外には全くツレないと言われてるペットだって、あたしに掛かればイチコロってもんよ。
 わんこと仲良くなったおかげで、おまけのおっさんとも和気あいあいしちゃって、別れ際にあたしの手にサツマイモを握らせてくれた。
「これやるから、焼き芋にでもして食いねえ」
「でもこれって、おじさんとこの商品になるんじゃないの?」
「いいんだ。孃ちゃん、あんた、ここの人なんだろ?」
 おっさんが、あたしの背後にある建物を指差す。
 あたしがついさっき、耐え切れずに飛び出してきたトコロだ。
 逃げ出した瞬間から後悔が始まってたから、もう戻るつもりになってるけど。
「ここの暮らしはつらいだろ。あんな食べ物ばかりで…いつか誰か死んじまうよ。あんたは、あそこまでする必要はねえ。これでも食べて少しは元気出しな」
 受け取っちゃいけない事は分かってたけど、おっさんの気持ちがありがたくて、断るなんて出来なかった。
 おっさんは去り、あたしの手には太ったサツマイモ。
 またやっちまった。この和み癖のせいで、先週は市場で売れ残ったらしい揚げ餅をたらふくもらっちゃったんだよね。その前は鯛焼きのおすそわけだったっけ。
 あたしには、そんな余裕ないはずなのに。
 全てを切り捨てて、あたしは変わりたいと願ったから、ここに来たんだ。
 それなのに、あの生活に耐えられなくて、つい毎週逃げ出しちゃってる。
 こんなんじゃダメ。あたしは、やっぱり諦めたくない。
 この決心も毎週だけど、挫折するよりはマシだろう。
 手にしたサツマイモも捨てようかと腕を振り上げたけど、やっぱりおっさんに悪くてムリだった。こんな感傷が、あたしの甘さ。
 サツマイモを抱えなおし、あたしは覚悟を決めて、出てきた建物の扉をぐっと押し開いた。

 累々と横たわる屍…じゃなくて、屍みたいに横たわる女達。
 その死んだサバのような目が、一斉にあたしを見る。
 皆、もう動けないのだ。本当は、あたしもそうでなくちゃいけないはずだった。
 そうだ。そうありたくて、ここに来たんだ。
 こんなとこでサツマイモ焼こうなんて、思ってる場合じゃない。
「あ、エミリさーん。帰ってきてくれたんですね。おかえりなさーい」
 落ち込みかけたあたしに、廊下の向こうから声が掛かる。
 どすどすと床を軋ませ、倒れ伏す女達をえっちら避けながら、巨体があたしに飛びついてきた。
「ヒドイですよー。モモ、エミリさんがいなくなったら、一人になっちゃう。ここ、こんな人たちばっかだし」
「あんた、いい加減自分のことを名前で呼ぶの止めたら」
「えー、モモ、そんなこと言われたら困っちゃう」
 高い声を出しながら身をくねらせる巨大な物体。困っちゃう、じゃねーだろ。
 一見、肉の塊だが、その上部にどうやら顔らしい凹凸がないこともない。
 こんなのに飛びつかれて、倒れない自分の身体が悲しくなってくるよまったく。
「あ、それって、サツマイモですよね?やったあ、おやつにしましょうよー」
「オヤツにしましょうよ、じゃないでしょ!バカ。あんた、ここがドコだか分かってんの!?」
「ダイエット道場ですけど」
 こんな時だけ、このくねくね巨体はキレ良く答えやがる。
「だけど、いっつも逃げ出して、どっかから食料調達してくるのはエミリさんの方じゃないですかー」
 あたしはお相伴あずかってるだけですよぅ。
 半ば馬鹿にしてるモモに、そんな風に断罪されて、あたしは地より深く落ち込む。
 あたしは、こいつ以下か。
 ヘコんでるあたしの腕からサツマイモを奪い、モモは早速庭の落ち葉なんかをマメに集め始めてる。普段からそれだけ動いてりゃ、そんな巨体に育っちゃうこともなかっただろうに。
 食べ物に関わる時だけ、妙に小まめに動いちゃう辺り……あたしと一緒。
 この子ったら、おバカなデブだけど、憎めないデブなのよね。
 でもって、あたしも、きっと人からそう思われてるんだろうな。
 ついついつられて、モモと一緒に小枝なんて集めてたら、この庭のボス、チャボのチャチャが駆け寄ってきた。
 おいでおいでと手招きして、ふと気付く。
 この子、ペット誘惑王のあたしにはラブリーだけど、一応凶暴。もしかしてモモが危険なんじゃ?
 だけどそんな心配はご無用だったみたいで、チャチャったら、あたしを素通りしてモモに擦り寄っていく。
 巨体はきゃあきゃあ笑いながら、チャボと戯れていた。
 鳥、あたしの事は完全無視。むしろ、威嚇までしてくる始末だ。
「エミリさん、すいませーん。この子、他の人に懐かないんですよー」
 モモが、チャチャの代わりに謝ってくる。
 そりゃ、昨日までのあたしの台詞だったわけで。もしかしなくても、モモがここにいなけりゃ、今もあたしが人に言ってるだろう言葉だった。
 だってさ、動物って、冬になるとあったかいモノが好きなわけよ。
 人間と違って、服着れないしね。だから、より熱を発してるものにたかるんだ。
 そんな理由が分かってるから、あたしはついニヤリと笑っちゃう。
 性格悪いね。
 でも、ここは「道場」なんだよ。女達の戦いの場、さ。
 本能でよりデブを見分けるチャボに、あたしは思わずガッツポーズを送った。
「あんたはあたしにしかなつかないと思ってた。」




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