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Last update 2007年10月27日

螺旋の冤罪 著者:松永 夏馬


 人が何とかとりもどしてあげたのに、理性の奴は、平気で人の感情を逆なでにするようなことを考える。

 違う。犯人はネコタじゃない。もう一度考えろ。全ての事象がネコタの容疑を認めても、それは真実じゃない。絶対に違う。ネコタが犯人でないということが大前提なんだ。考えろ。もう一度考えろ。私が彼を信じてあげなければ、彼はこのまま冤罪の波に飲み込まれてしまう。
 私は追っ手から逃れる為に、ひとまず彼を連れこの暗い納戸へと身を隠していた。ネコタは何故自分が追われているのかわからないような顔で瞳を細め、暗闇に光る不安げな視線を私に向けた。
「大丈夫」
 私は囁くようにそう言って頷いた。
 考えても考えても思考は同じ場所をぐるぐると回っているだけで、いっこうに真実への扉が見えてこない。この暗闇に身を委ねることでなにか変わるかもしれない、そう無理矢理にでも思い込んで私は頭の中を整理し始めた。そのらせんを少しでも上へと登る為に。その先にある真実の扉を開く為に。

 まずは事件現場となったマンションの密室だ。事件発生の瞬間、私は玄関に立っていた。何かが倒れ壊れる音を聞きつけ私は咄嗟に玄関のカギを締め、無意識にもチェーンもロックしたのだ。つまり、何者かが出たとは考えられない、カギは合鍵があったと考えれば問題はないが、でもチェーンロックは外からかけられるものじゃない。巨大な磁石で……いや、ダメだ。あのチェーンはステンレス製だ。おまけにドア自体が金属の扉で、これじゃチェーンを動かすことなんでできやしない。むしろチェーンを動かさずに扉のほうを動かせるんじゃないかってくらいだ。
 とにかくチェーンがあるおかげで玄関のドアは成人男性の握りこぶしがようやく入るくらいにしか開かないわけで、これはもうどうしようもない。
 となれば唯一出入りが出来そうな窓といえばベランダに通ずるサッシだ。このマンションは古いから二重ロックなんてものはない普通のクレセント錠がついているだけ。1枚ガラスだけのチンケな窓だ。でもむしろこれならば隙間からL字の針金でも突っ込んで開けることができる。つまり密室は完全ではない……と言いたいところなんだけど、地上5階のベランダから脱出する方法はない。。結果外部犯という選択肢はこれ以上進められない。つまり、考えたくはないがネコタを含む誰かによる犯行だということになる。いや、ネコタを除けば容疑者はたったの三人、真相への到達は遠くない。
 問題は事件現場にネコタの足跡が発見されたことだ。しかしこのようなあからさまな証拠はむしろ『偽造された証拠』のようではないか。そう、ネコタは貶められたのだ。

 では誰が。
 事件発生当時この家の中にいた人間は私を除きたったの三人。まず一人は私より少しだけ年配の男。なんでも力で解決しようとする男で、私もネコタもその被害によくあっている。フトシという名だが私がそう呼ぶと機嫌を悪くする。最も怪しいのがこの男だ。自分さえよければ何をしてもいいという感覚で生きているようなものだ。もし事件が計画的なものでないとして、その罪を誰かになすりつけようと咄嗟に考えるような男なのだ。ただ、彼は『足跡を付ける』などという具体的な偽装を思いつくだろうか。『ネコタを見た』という目撃証言をでっち上げるほうが彼らしいとも言える。

 もう一人はヒマコという名の女性。ただ、名前で呼ばれることは少ない。普段は明るいが、多少神経質なきらいもあり直情的だ。実際事件を発見しネコタによるものと疑いを持ったが最後、絶対にネコタが犯人だと決め付けている。そう、彼女は事件の第一発見者でもあるのだ。そしてなにより事件発生を知らせる物音を私と一緒に玄関で聞いており、つまるところ不在証明が存在する。ただ、なんらかのアリバイトリックによって事件発生の時間を遅らせている可能性も捨てきれない。

 三人目は奥の和室を根城にしている老婆だ。私は名前も知らない。優しくて物静かだが、厳格でネコタがこの家にいることをあまりよく思っていないようだった。実は私はこの老婆に最も疑いの目を向けている。ネコタを貶める動機も、その方法を考える精神的余裕も持っていると思われる。しかし、年齢の為か動きが緩慢であり実際に事件を起こすだけの行動力があるかどうかは微妙だ。

 暗い納戸の片隅で私はネコタと共に息を潜め、必死に考えを巡らせていた。薄い引き戸の向こうにはヒマコがネコタと私を探す声が聞こえる。考えろ。考えるんだ。
 そこではたと私は戦慄の事実に気づいた。もしもヒマコが真犯人ならば、私がこの事件の真相を見抜いたとしてもここに留まっていては捕まってしまう。もしも捕まってしまっては……いや、そんなことを考えてはいけない。私の今やるべきことは、この事件の真犯人を特定すること、そして場合によってはこの納戸から無事に脱出することだ。

 その時、何かが私の脳を刺激した。灰色の脳細胞間に走る電気刺激がまるで視覚効果を持ったようにチカチカと瞬く。あれはなんだ? 映像? 音? 記憶?
 私は目を閉じ集中する。階段を一歩一歩登るように謎がその姿をおぼろげながら現していく。頭の中で何かが光る。あれは……犯人は……。

 引き戸がカタリと音を立てた。ネコタがビクリと体を震わせ、私は驚いて目を開けた。ヒマコが引き戸に手をかけたのだ。
 私はゴクリと唾を飲み込み、ネコタを抱きしめる。

「もう! リエったらこんなところに隠れて! いいからネコ太を出しなさい!」
 そういってヒマコの白い手が私の膝の上にいたロシアンブルーのネコ太を摘み上げた。

「ダメッ! ネコ太はやってないよ! きっとお兄ちゃんかお婆ちゃんだよ!」
「お兄ちゃんやお婆ちゃんがテーブルの煮干を荒らすわけないでしょッ!」

 ああ、もう、お母さんの馬鹿。
 もう少したどり着けそうだったのに。
 もう少しで、あのらせん階段の上の扉、あけることができたのに。




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