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Last update 2008年03月15日

威風堂々(モンマス外伝MC編)  著者:松永夏馬



 会った瞬間、叱責の幻聴が聞こえてきた。

 いつだって姫は何かしら怒っている。料理の味付けやメイドの掃除のやりかた、過保護なお目付け役の小言、騒がしい兄の許婚、隣国の王子の目つき、不器用な僕にも当然怒るし、雨なら雨で、晴れたら晴れたで怒る。
 だから、いつも不機嫌な顔。眉を顰めて少し口を尖らせて。
 ようやく出会えたにもかかわらず、やっぱりいつもの顔だった。

「何しに来たのよ!」

 ほら、怒られた。

 ********************

 山間の小国パガニーナ、今は統一された世界政府によって権限は無いに等しいが、いちおう王制の体裁を取っている都市である。
 空賊、と称する盗賊団に城は襲われた。下調べが万全だったのだろう、明け方の太陽が顔を出し始めてからその姿を完全に現す僅かな時間、まさに一瞬のできごとだった。王も王妃も兵士達も、何が起きたかわからないうちに彼らはやってきて、そして、消えたのだそうだ。

 奪われた物は宝物庫の中身全てと、18歳になったばかりの姫。

 ********************

「これでも助けに来たんですから」
 僕はいつもの顔で微笑んでそう言った。たぶんそれも不服なのだろう。姫は僕をじろりと睨む。
「いつものように忍び込んできただけでしょ。気持ち悪いお友達の力借りて」
 図星だ。いつもの笑顔で僕は苦笑する。困ったような笑顔、と姫はよく言う。それは誰の所為だ。姫の機嫌を伺う毎日が僕の表情を固定したというのに。
「気持ち悪い、というのは止めてください。“彼”は僕の大事な友達で“能力”です」
「口ごたえする気?」
 そう言われると何も言えない。僕は心の中でため息をついた。
「とにかく、無事でなによりです」
「別に助けてくれなんて頼んでないわ」
 姫の冷めた声が冷たい牢に響く。捕らわれのお姫様に似つかわしくない堂々とした態度は王族としては問題ないのだろうが、檻の中で腰に手を当てて仁王立ちする王女の姿はなんだかこっけいだ。僕のほうが檻の中にいるような気さえしてくる。
「お父上様に命ぜられました」
 僕の答えを聞きほんの少し鼻が膨らむ。怒る前兆だ、いつもならここで特製のケーキを用意して気を逸らせるのだが、盗賊のアジトじゃそれもままならない。
 僕の鞄の中の乾パンじゃ火に油だ。
 しかし意外にも姫は(あくまでも鼻を膨らませたままではあったが)肩をすくめるにとどまった。やはり盗賊に攫われて石牢に閉じ込められては心細くもなるのだろう。……と、今になって思う。普段の姫に『心細い』などという言葉は似合わないし想像できない。

「さぁ帰りましょう」
「イヤ」
 驚きの即答。さすがに僕も目を丸くしてしまった。
「な。何言ってるんですか姫」
「退屈な城の生活よりもこの一週間はなんてドラマチックで波乱に満ちた時でしょう」
「姫?」
「その輝かしい時間も1人のバカのおかげで終焉を迎える。私は、そして愚直なまでに、失われた時への哀惜を叫び続けるのです」
「何バカなこと言ってるんですか。さっさと……」
「バカって何よ! 口ごたえする気?」
 キッと鋭い視線を向けて姫は言った。
 しかし、檻の中に捕らわれた姫の姿に、一瞬僕は危険な思想に囚われる。

 ―――このまま閉じ込めてしまいたい―――

 慌てて頭を振り、俯いた。
「だいたい、ここまで辿りついたのはアンタだけでしょう? アンタ1人で私を連れて逃げられるの? アンタと一緒に盗賊に始末されるなんてまっぴらだわ」
「僕の……“限りなく透明な時”を姫に使います」
 僕はモンスターマスターなのだ。魔物と契約しその能力を得た魔物使い。
 魔物の……彼の名は“限りなく透明な時”。スライムである彼の能力は覆い尽くした物を限りなく透明にする能力。視覚的にも感覚的にも限りなく存在感を消すだけの能力だが、僕はそれを使い盗賊団の飛行船に忍び込んでこのアジトまでやってきた。
 魔物とマスターの相性によりその能力は効果に差が出るらしい。僕の性格にぴったりと合った能力だと自分でもそう思う。
「イヤよ気持ち悪い!」
 スライムだからやっぱり印象が悪い。質感も良いとは言えないし。
「我慢してください」
「イヤったらイヤ。絶対にイヤ!」
「お父上様もお母上様もご心配しています」
 少しだけ強めに僕は言った。2つ年下の姫は珍しく真剣な僕の言葉に僅かに動揺し、そして俯いた。
「……あなたの力は1人しか隠せないのでしょう?」
 姫は顔を伏せたままそう言った。僕は頷く。僕は二人を覆い隠すほどの力を使えない。だから、魔物との契約を解き、姫を“限りなく透明な時”のマスターにするのだ。そうすれば姫だけでも逃げられる。
「姫、よく聞いてください。物資運搬の飛行船に隠れれば、4時間程で山の反対側にあるスタメナという町へ到着します。西町の宿屋へ行けばパガニーナの使者がいます」
「あなたはどうするの」
「知っているでしょう? 逃げたり隠れたりするのは得意なんです」

 僕の力で姫を逃がす為にはこれしか方法がない。死にたくはないけど、命を賭して姫を救い出す騎士ってのには憧れるじゃないか。怒ってばかりの姫も少しは見直してくれるんじゃないかって……。

「バカ」
 姫がものすごい不機嫌な顔で僕を見下ろした。視線の高さからするとどう考えても姫が見上げる格好なんだけども、感覚としては思い切り見下ろされている感じだ。
「アンタどうすんのよ。アンタ1人の命で助けられるほど私は安くないわッ! そんなんで私が満足してアンタを褒めるとでも思った? バッカじゃない!」
 全然見直されてない。
「いや、でも、ですね」
 イライラした様子で檻の中の姫は整えられた髪を掻く。
「んーと……だから、もう!」
 姫が鼻を膨らませて口を開いたその時、牢へ降りる階段の扉が開いた音がした。声も聞こえる。

 盗賊達が来る!

 僕は慌てて牢の扉を開き、中へと飛び込んで姫の手を掴むと、そのまま壁へと押し付ける。
「ちょ……」
 姫の口元を抑えながら、僕は彼の名を呼ぶ。
「出でよ“限りなく透明な時”」
 僕の体から浮き出た薄緑色の半透明な何かが、僕と姫を覆い尽くす。壁に張り付くようにしてスライムは一瞬にして僕と姫の姿を消し去った。臆病な僕の、臆病なスライムの能力。

 それと同時に階段を下りた二人の盗賊が牢屋の前へと姿を見せる。

 ********************

「おい、いねぇぞ」
 鍵の開かれた檻、彼らの目からは檻の中には誰もいないようにみえるはず。

(アンタ本当にバカね)
 姫が囁く。
(私の姿まで無かったら逃げたって大騒ぎになるじゃない。このまま動けないんじゃ逃げられないでしょ)
(あ)
 気付かなかった。壁側まではスライムは覆い隠していない。やはり二人分を完全に包み込むほどの力がないのだ。やはり二人一緒には逃げられない。

「どこ行ったんだろう」
「便所じゃね?」
 なんとなくのんびりとした盗賊達の会話。とてもじゃないが人質が逃げたという緊迫感じゃない。


 下調べのつけられていた手際の良い強奪。

 のんびりとした盗賊の会話。

 そして、鍵の掛かっていなかった牢の扉!

(……姫)
 僕は掴んでいた手をようやく離し、ささやいた。
(姫が盗賊を手引きしたんですね)
 返事がない。
 返事がないということは、正解なんだろう。盗賊は金品を、姫は自由を手に入れた。
(どうして……)
(しばらく遊んでからまた盗賊に帰してもらうの。身代金も出させるってことで喜んでくれたわ)
 姫は僕と壁に挟まれたまま顔を上げなかった。
(なぜ牢屋にいるのですか?)
(部屋が無いって言われて、入ったことなかったし珍しかったから)
 大人しく答える姿。頭頂部だけ見て僕はなんだか可笑しくなって笑い声を上げそうになるのを我慢した。こんな姫を見るのは初めてだった。顔が見たかったけど、言うと怒られそうだから黙ったまま、そっと姫を抱き背中を叩く。

「逃げたってこたぁないよな」
「そりゃそうだ。もう2・3日したら帰るってことになってるんだから」

 帰るってことに『なってる』?

「で、親方はどっちに売るか決めたのか?」
「知らねぇよ。どっちの国だってパガニーニの王女なら高く買うだろ。親方のこった、互いに競わせて値ぇ吊り上げてんじゃねぇの?」

 売る? 買う?


 数日の自由と引き換えに追ったリスクは姫が考えていたよりも重く大きい。
(盗賊達はそんなに甘くありませんよ)
 ゆっくりと顔を上げた姫の表情は硬く強張り、目には怯えの色が浮かんでいた。初めて見る姫の弱さ。僕は少しだけ強く姫を抱き寄せると耳元に口を寄せた。
(逃げてください、さっき言ったように)
(あなたはどうするの……)
(僕のほうがかくれんぼは得意でした。なかなか見つけられないからとよく怒られましたっけね)
 僕はにっこりと笑う。姫は悲しそうに少し微笑んだ。
(バカ)

 二人組の盗賊が階段を昇って行くのを見届けてから、僕は“限りなく透明な時”との契約を解き、姫にその力を譲渡する。

「姫、お逃げください」
 僕は今生の別れになるであろう言葉が見当たらず、これだけ言って微笑んだ。


 ********************

「おなかすいたー」
 ようやく届けられた料理に冒険者の二人組は目を輝かせた。まとまりのない癖っ毛の少年はパンをほお張り、銀髪の少女は膝の上に丸くなった白ウサギに料理を取り分ける。
「もう、アンタが寄り道するからスタメナに着くのが遅くなっちゃったんだからね」
「いつも部屋に閉じこもってんだから少しは動かないとな。太るぜ」
 口をもごもごとさせながら少年は笑い、少女は頬をふくれさせて口を尖らせた。

 その時、テーブルを叩くような音と共に後の席で料理をつついていた女性が立ち上がった。その剣幕に驚いてパンを咥えたまま固まった少年は、首だけくるりと後に向ける。女性は靴音を鳴らして店内を堂々と歩いて行く。豪奢なドレスを纏った美人だが、明らかに不機嫌なオーラを漂わせていた。そのままその女性の連れと目が合った少年は軽く会釈し、相手の青年も困ったような顔で微笑んだ。
「騒がしくてすみません」
 年少であろう小さな冒険者にも丁寧な物言いのその青年は軽く肩をすくめて言った。
「どうもスープにセロリが入っているのが気に入らないようで。不機嫌なのはいつものことですが」
 少しアルコールが入っているのだろうか、少年には聞き取れないくらいの愚痴を青年は洩らした。

「勇敢な騎士として彼女を助けに行ったんですけどね。逆に助けられちまいましてね。情けないったらありゃしない」
 困ったような笑顔でグラスの液体を飲み干す。そして吐き出されるため息。
「なんで姫の方が僕の倍、スライムを使えるんだろうなぁ」

 化粧室から出てきたくだんの女性が、青年の名を呼ぶ。
「帰るわよ!」
 返事も待たずに威厳に満ちた足取りで出口へ向かうその女の後を、青年は慌てて追う。
 存在感の薄い従者は静かに女性の後ろを守るかのように寄り添い歩く。

 その姿はまさに影のようだった。




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