Mystery Circle 作品置き場

ヨーノ

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nightstalker

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Last update 2008年03月15日

C.C.(某アニメのシーツーとは違うらしい)  著者:ヨーノ


 マダムがその気だったら、それですべてがいいのでした。
 なにせ、ここは「Mystery Circle」だから。マダムが総支配権を持ち、マダムの主観によって全てが構築される居酒屋、ミステリーサークル。略してミッサ。
 街の目抜き通りから小道に分け入り、飲み屋街とラブホ通りの丁度中間辺りにひっそりと軒を構える。終電に乗り遅れた者達が集まる漫画喫茶とカプセルホテルと一緒に軒を連ね、家に帰り損ねた者達が「Mystery Circle」とカボチャ色したネオン看板に釣られてやってくるのだ。
 ミステリーサークルとの言葉響きにオカルト・SFを期待してはいけない。やけに意匠の凝った重扉を引き開けると、マダムが白いワンピースの裾をひらひらさせながら踊っているのに誰しも目を奪われる。扉を開けて正面のところにダンスステージが設けられていて、それを囲うように西洋椅子が並べられている。座っているのはお客なのだろう、一見でたらめに並べられているように見える西洋椅子の間を、スイスイとすり抜けてグラスを運ぶのは、ゴシックな制服に統一された女性ばかりだ。ダンスステージには真っ赤な垂れ幕が下ろされ、他の壁面には抽象的なモダンアートが多く飾られている。まるで統一感がないはずなのに、それでも「ミステリー」というあやふやな線囲いができるのは、それらを圧倒してマダムのダンスが美しいからだろう。事実、僕は重扉を開けてからというもの、マダムの踊りに魅せられていて立ち尽くしていた。一つの曲が終わり、曲間のうちに店員に西洋椅子へと連れて行かれた。
 店員も粒ぞろいであるが、それでもマダムの美貌が頭一つ飛び抜けている。多くの男性ファンを獲得し、ミサ聖祭とかけてミッサと略される「Mystery Circle」は、本当ならばJRに支払われる予定だった往復料金を飲食料として強引に巻き上げ、終電乗り遅れ客を大量に生み出すことになったのである。ビバ!ミッサ!
 ちなみにミッサことミステリーサークルには姉妹店が存在するという噂もある。名前をクロップサークルと言う。これは単にミステリーサークルが海外で一般的に呼ばれてる名称で、主要都市や隣県を含めて探しても該当する店は存在しない。これはまったき都市伝説とされている。しかし、ミッサのファンタジー性を煽る目的で誰かが流したデマと知っていながら、ファン達は都市伝説の甘い毒もろとも楽しんでいるのだ。乾杯!

 ミッサの開店時間は、示し合わせたように終電の出発時間と同時である。それは当初、美人マダムのお茶目と思われていたが、そんな茶目っけのポリシーはおかげさまを持って噂の種となってミッサの名前を広めることになった。またミッサ開店時間がぴたりと終電出発時間と同時である信頼性は、カボチャなネオン看板が点灯すると同時に、終電に乗ろうと走っていた者達をしおらしく諦めさせた。これがパチンコ店のようなけばけばしいネオンだったら嫌味にもなろうものを、カボチャネオンだもの、終電を諦めた者達をそれとなくミッサへと誘い込むことになったのだ。マダムは有能な経営者なのかもしれない。こっそりと年齢を教えてもらった。
 21歳。
 若くて美人で有能か。正直、惚れ惚れする。
 開店資金はどのように捻出したのだろうか。それとなく訊いてみる。マダムはワイングラスを傾けたまま、嫌味のない流し目と微笑を持って、僕の質問を不問してしまった。
 ミッサの雰囲気に飲まれて、マダムをマダムと呼んでばかりいたが、「マダム」とは元々のところ既婚女性を指す言葉である。または酒場の女主人を指す。後者の意味でマダムと呼ばれているのだろうと消去法で辿り着く。マダムの左手薬指にはリングがない。
 しかし日本では酒場の女主人をは「ママ」と呼ぶのが慣例である。白魚のような手には誰かしらの男との交わりを示す指輪はなく、21歳の若さもあってチーママと呼ぶにはマダムは踊り子にすぎるのだ。
 やはり開店資金繰りには、マダムに惚れ込んだ金持ち達がバックボーンになっているのだろうか。マダムの腰まで伸びる優雅な髪は、浮世離れしてミッサの雰囲気によく馴染んでいるのだが、一般的な社会経験の泥臭さを感じさせない。これまた見事なブロンドに染められた髪は、ストレートに鋭く腰まで下りていくとそこでウェーブを纏い、マダムの踊り子らしく風に巻かれて消え入りそうな体にふわり絡みつく。
 僕の予想は外れていた。
 ミッサの開店資金は、ほとんどが個人の少額のカンパによるものだそうだ。
 開店までの経緯を聞くと、さらに驚く。
 元々マダムはダンススクールに通う、ただの夢見る少女だった。
 運動神経もよく、ダンスのセンスも悪くない。スタイルもよく、顔もいい。将来を嘱望される若手ダンサーであり、マダム自身も、鏡張りの練習室で自分をじっと見つめていることに、露とも苦痛を感じなかった。
 ただ、マダムのダンサーとしての夢と、マーケットのニーズとが噛み合わなかった。ダンススクールの方針と、マダムの意見にずれが生じ始めた。
 マダムは失意を抱えたまま、ただ街を彷徨った。
 路上にはギター片手に唄う人や、ラジカセと共に唄う人、野次馬の輪の中でとりあえず踊る人。夢と気力に満ちあふれ、ただただ悲しいかな、彼らのパフォーマンスは独りよがりだ。野次馬は物珍しさで集まっているだけであって、少年少女のパフォーマンスに惹かれているのではないのだ。
 午後9時をすぎた頃から、徐々に路上パフォーマー達は姿を消していく。近隣住民に騒音による迷惑を掛けないようにと決まりがあるのだ。時間がすぎると、警察がやってくる。 インスピレーションの残り香を漂わせながら、路上パフォーマー達はいつもの居酒屋に集まってくる。路上というのは、公共の場であるのだが、パフォーマー達からしてみれば一つの舞台であり、縄張りなのである。誰がどこで唄うのか、誰がどこで踊るのか、争いが起こらぬように取り仕切る横の繋がりがある。仲間意識とも言う。インスピレーションの残り香? 空騒ぎのことだ。
 マダムはその円卓に乗り込んだ。
 特に目的はなかったが、路上パフォーマーと話をしたいと思っただけだった。マダムは知らないコミュニティに入っていくことを苦にしない。才能レベルで除外を食らったマダムに、今更たかが数人のコミュニティに奇異の視線を送られることなど、なんでもなかったのだ。
「こんばんは」
 話しかけてみると、彼らはマダムを歓迎した。話題はやはり彼らのパフォーマンスについてだったが、マダムは忌憚のない意見を述べた。彼らには彼らなりのパフォーマンスの方向性がある、スタンスがある、ポリシーがある。だから反論を貰った。マダムとて同じだった。互いに意見を戦わせた。マダムの意見というのは、言葉こそ違えと、その精神性はダンススクールで教官と戦わせたモノと全く同じだった。反論を浴び、罵声を受け、マダムは自分の中のなにかが擦り切れそうになっていくのを感じながらも言葉を止めなかった。そして遂にそのなにかは擦り切れてしまい、マダムは盛大に泣き出してしまった。

 子供のように泣き出したのだと、マダムは自嘲気味に教えてくれる。
「それが丁度、終電が走り出す時間だったの」
 いや、それ思いっきりハッタリでしょうに。しかし僕は酔ったふりをして頷いた。

 先ほどまで強気で議論を戦わせていたマダムが急に泣き出してしまうものだから、路上パフォーマー達はおろおろとして慰めるばかりだった。肩を抱いたり、背中をさすったり、それでもマダムは泣きやまなかった。居酒屋の店主には、この子は泣き上戸なのだと取りつくろったものの、マダムの泣きっぷりは恥じらいの一つないものだから、彼らはマダムを連れて店を出た。
 夜風にあたるとマダムは熱から醒めたように泣き声をあげることを収めたが、まだ涙は絶えず流れ出している。マダムはみんなにごめんなさいと謝りながら、自分はダンススクールに通う生徒であり、自分のダンスの方向性を否定されて飛び出してきたことを打ち明けた。
 すると数人は、今までの議論はマダムの八つ当たりだったのだと憤って立ち去った。それもそうだ、考えを否定されたマダムが、他人のパフォーマンスを批判的に批評していたのでは八つ当たりに変わらない。
 しかし幾人かは、マダムの傍に残った。
「他人に受け入れられないからと言って、マダムのスタンスが間違っているというわけではないと思う。それだけの話しだよ」
 残った者達はマダムを励ました。
「じゃあさ、マダム、踊ってみせてくれよ」
 そうしてマダムは彼らの前で踊ったのである。
 静かな公園の広場を借りて、ひらひらと。それはあまりに美しいダンスだったので、ある者はギターで、ある者は唄でマダムと共に踊った。
 月明かりの綺麗な夜でした。
 皆のテンションが一つになり、それはルナティックと呼べるほどに昂ぶっていたのです。

「あのぅ、その話しって脚色してません?」
 マダムは白いワンピースから覗く肩をさすって、小さく笑った。
「体が冷えてきたから、もう一曲踊ろうかしら」
 ワンピースの裾をひるがえし、マダムが立ち上がると客席の方から歓声があがった。すっかりマダムに魅せられた者達が、異様な熱気でマダムを迎える。マダムのカリスマ性に、僕は圧倒されてしまう。

 公園でダンスを披露したマダムに彼らは魅せられ、彼らはグループを組んで路上ダンスグループになった。それは大盛況し、ファンを集め、ファンの声援に支えられてミステリーサークルことミッサが開店したのだというお話。

「ま、いい記事が書けそうですよ。マダム」
「いい記事をお願いね。今夜は心ゆくまでダンスを楽しんで行ってくださいな」
「うちの雑誌に載れば、ますますミッサの評判は高まることでしょう」

 マダムがステージに登ると、すぅっと場の雑音が消えてしまった。
 声量のある女性のファルセットが静寂を突き破る。ギターがアルペジオで土を固め、パーカッションと共にマダムがステップを始める。彼らはその晩、マダムと議論を交わしたメンバーなそうだ。息があっている。多分、それでも彼ら皆のスタンスは違うのだろう。マダムがひらりと舞う。しかしこの美しさはなんなのだろうか。

 このままの僕が記事を書いていいのだろうか。
 主観なき情報はありえないと知ってはいても、記者として公平な視点を持ち得たい。しかし筆が揺れ、筆が今にも踊り出しそうだ。
 美しいと感じたものを、そのまま美しく表現しようと努力する甘さ、おろかしさ。
 僕はミッサの中で頭を抱えた。


 了(※特定の誰かに重ねているわけでもなく、MC全体と重ねているわけでもありませんので、変に勘繰ったりしないで下さい。強いて言うならば、マダムにあたる内藤さんに、白ワンピで踊って欲しいと切に願うくらいのものです)




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