Mystery Circle 作品置き場

なずな

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nightstalker

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Last update 2008年03月15日

わたしたちの好きな場所  著者:なずな



挑発に乗るということは、それと同レベルまで自分の価値を下げることだ。

 *

堀木芙紗。
ウェーブのある艶やかな黒髪、彫りの深い目鼻立ち。
ある篤志家にその聡明さを認められ、資金援助を受け、この学園に来たという。
南国の花を思わせる華やかな外見に似合わず、口数が少なく感情を外に出さない、
そういった様子が 一層彼女を神秘的に見せていた。

平和な日々にいつも退屈している学園の生徒たちは、どこからか巧みに得てきた情報を持ち寄り
自分たちの「常識」に照らして様々な感想を付け、大げさな「同情」のため息をつく。

 ─芙紗さんの「足長おじさん」って どんな方なの?素敵な方なのでしょうね、
物語みたいに。
 ─ねぇ、ねぇ、芙紗さん、お手紙とかは届くのでしょう?
 ─芙紗さんにも内緒なの?どんな方なのか、まさかご存知ないとか?

ガタン
机は思った以上に大きな音をたてた。
無責任で無礼な雑音が耳に入ってくることに我慢しきれず、伽耶はわざと乱暴に立ち上がる。
教科書を鞄に仕舞う手を止め、芙紗は斜め後ろの席の伽耶を振り返って見た。
落ち着いた芙紗の態度。真っ直ぐに伽耶を見るその表情に息を呑む。
怒りもない、卑屈さなどはかけらもない。
 ─『慈愛』?
南国風の顔立ちの聖母像があるならば、きっと彼女そっくりだろうと思う。
言い放ちかけた非難の言葉は伽耶の喉元で留まり、
激しい怒りの感情さえもしゅるしゅる勢いを失った。
芙紗はつっと立ち上がり、静かな微笑みを彼女らに向けた。
「雲行きがあやしくなってきたので私、急いで帰ります。ほら、雨雲」

芙紗の指差した空には黒い雲。
 ─あら嫌だ、雨。早めに迎えの車が来るわ。
くだらないおしゃべりをやっと止めて彼女たちは教室を去り
くすぶった感情を持て余した伽耶がひとり、取り残された。

ぱらぱらと雨が降り出したのは、靴を履き替えた頃。
雨もまた楽し・・さほど冷たくもない春の雨、とりわけ急ぎもせず伽耶は歩き出す。


「濡れます」
ついと後ろから差し出された傘。振り返ると先に帰ったはずの芙紗が立っていた。
「持って帰って。こんな傘でよかったら」
丁寧に使い込まれた感じのする小花柄の傘。
─堀木さんは?
「私はモリオの傘に入れてもらうから」

作業着のようなくすんだ色の服を着た少し背の曲がった少年が、大きな黒い傘を差し、
覚束ない足取りで先を歩いている。
片足が悪いのだろうか 大きく外へ弧を描くように足を出す。
一定のリズムを持った独特の歩き方。
見入っていた伽耶に背を見せたまま、芙紗はつぶやくように付け足した。
「墓守のモリオ」

「私の唯一の友人。これも噂になってますよね?」
そう言って 芙紗は会釈し歩き出す。追って、傘を押し返す。
「『噂』なんて聞きません。あの人たちと一緒にしないで」
芙紗は振り返らず、彼に合わせたゆっくりとした足取りで寮の方に帰って行った。
傘は伽耶の手に残された。
雨脚が強くなる。

 *

「神父様から学園に届け物でも頼まれたの?モリオ」
「う・・」
モリオはほとんどしゃべらない。
学園に隣接した小さな教会の その向こうに広がる森の奥にひっそりと墓地はある。
近隣の中学を卒業してから、モリオは毎日墓地の掃除や教会の雑用などを仕事として働いている。
華奢で小さな森男。黒い傘一つで二人は十分だった。


「怒っていたわよね、伽耶さん」
 ─解っている。あの人は他の人たちと違うのよ、モリオ。
お父様は一代で会社を大きくなさった社長さん。
『確かに鼻にかけられるような「お家柄」じゃあないわよ。でも 馬鹿にして欲しくないわね、
 私は父を尊敬してる』
そんな風にきっぱりと言い放ち、誰にも臆せず立ち向かうことの出来る人。
私がいつも言われっ放しなのが きっと歯がゆかったのでしょうね。
庇おうとしてくれたのに 流してしまった。
解っていたのに気に障るような言い方をしてしまった。
「悪かったな・・」
芙紗はモリオ相手にぽつりぽつり そんな話をした。

 ─でも・・いいんだ。私は。
他人の慈善の心に縋って、こんな立派な学園の寮に住み、勉強させて貰っている。
勉強するのは好きだ。幸せなことだと思う。
この学園に入るという話が来た時、母の喜びようは大変なものだった。
よい成績を取り、主席で卒業し、更に上に行く。誰にも負けない「自慢の娘」であること・・
母の強い思いがどこから来るのか 芙紗は薄々気づいている。
 ─皆が幸せになる方法が、ここで見つかるのなら・・。
決して居心地のいいとは言えない学園と寮の行き来を繰り返しながら 芙紗の日々は過ぎていく。

 *

寮は学園の北の端にある。
少し前までは地方の良家の子女がここで生活し、一日の全てを、厳しい上下関係と規律の中で過ごしていたという。
今では多少遠くとも車で送り迎えされ、あるいは近くに立派な住まいを用意してもらい、
優雅で気ままなお嬢様暮らしを続ける生徒ばかり。
寮は閑散としていて 幽霊でも出てきそうな静けさに包まれていた。

訪ねて行ったが、部屋に芙紗はいなかった。
途方に暮れ、廊下の高い窓から伽耶は外を見下ろす。
「墓守のモリオ・・」
ふと思い出し、伸び上がって、墓地の方を見る。うっそうとした木々の隙間から
白い十字架や彫刻を施された墓石の並ぶ様子が僅かに見えた。


木漏れ日の中、柵を越えてさらに行くと 意外に明るくて美しい風景が急に開ける。
緑の芝、ゆったりと間隔を開けて幾つもの墓が並ぶその先、
片隅の小さな焼却炉から一筋の煙がのぼり、そこに芙紗とモリオはいた。

「堀木さん」
ふたりが伽耶に気づく。
「傘を返しにきたの。この間はどうもありがとう」
芙紗は眩しそうに伽耶を見上げて微笑み、モリオはのそり立ち上がって傍を離れる。
「いいのよ、モリオ。お友達だから、この人は」
芙紗はゆっくりと小さな子供に話すように語り掛ける。
「こちらこそ、わざわざ来てくださって ありがとう」

「綺麗なところなんだ。初めて来た」
「モリオがね、毎日それは熱心に草を取り落ち葉を掃き 花を育てているから」
「堀木さんは?堀木さんも毎日?」
「モリオのやり方があるから、手は出せないの。だからこうしていつも傍でひとり
 しゃべってるだけ」

「『大 ガラス いわく、永遠に なし と』」
モリオが急にはっきりとした発音で言葉を発する。
「エドガー・アラン・ポー・・」芙紗が応じる。
不思議そうに見つめる伽耶に、芙紗は笑いながら言った。
「墓碑銘。これ一つじゃないのよ。モリオは何でも知ってるの」

ここにあるお墓にも墓碑銘がある・・
伽耶は芙紗に促され、ひとつひとつ見て回った。
無名の人たちの墓にも このような言葉が添えてあるとは知らなかった・・
死者を悼みその生き様を記すもの、死者の人生を例えるひとつの言葉、
詩の一節のような美しい文、敬虔な祈りの言葉など様々なものが彫られていた。

ざっざっざっ
モリオは掃いた落ち葉を炉に入れる。
立ち上る煙の行方を見つめて立ち尽くすモリオに、芙紗が声を掛ける。
「どんな墓碑銘?」
モリオはしばし沈黙し、ゆるゆる首を横に振る。
「いつもこうして二人で 色んなものの墓碑銘を考えるの。
死んでしまった小さな生き物たちを埋めてやる時だけじゃなく、
神父さまから頼まれた書類とか、古くて色あせた布類とか
焼却炉に消えていくそんなものたちの墓碑銘」

 *

墓地で話した日から、伽耶と芙紗は急速に親しくなった。
といっても 学園では相変わらず芙紗は言葉少ない。
お嬢様たちの暇つぶしが芙紗へ向かう時、伽耶はなるべく傍にいて、
聞き流せないことがあれば、いつでも相手になるつもりでいた。

「お勉強する時間が十分おありでいいわよね、あの方は」
「お忙しいものね、あなたは。いっそお付き合いやお稽古事を減らされたら?」
「あら、そういうあなたの方がお稽古の数、多かったんじゃない?」
聞こえよがしの会話。ご自分の学力を棚に上げて なんて言い草。
かっと熱くなる伽耶の横で、芙紗は静かに微笑んでいる。

 *

「いつもね、それぞれの墓碑銘を考えるの」
さわさわと吹く風に豊かな黒髪を靡かせながら 芙紗が言う。
「嫌だ、変な顔しないで。あの人たちならきっとご家族に大切にされて幸せな生涯を閉じる。
 もちろんずっとずっと、ずうっと先のことよ。
 その時に例えばどんな美しい言葉が刻まれるのかしらって・・あ、やっぱり変だと思ってる」
「・・・何だか 酷く屈折してる」
「そうかな・・その人のために刻まれる最も美しい言葉、愛されつづける証。
 何年も何十年も先に、知らない誰かが読んで その人に思いを馳せるなんて素敵だと思う」
「あんな人たち・・」厳しい言葉をやっとのことで、伽耶は飲み込む。

「私はね、伽耶さん、あの人たち幸せで良かったな・・と思うの。
 あんな風に、自分の揺ぎ無い居場所を持てたら・・毎日の幸せを空気のように思えたら・・
 ・・妬んだり憎く思うというよりも 何だか祝福したい、そんな気持ちになる

 そういうのって、解る?」


どんな境遇からこの学園に来たのだろう。芙紗の家のことは聞いていない。
この整った横顔に邪なものが影を作らないのを、それこそ神に感謝したいものだ。
神様なんて信じちゃいないけれど、この人が一番幸せになるのなら 少し信じてあげてもいい。
私があの人たちの「墓碑銘」を考えるとしたら、それは全然違った意味だわ。
 ・・伽耶は芝生にことんと身体を倒し、空を見上げる。

 *

墓碑銘をひとつひとつ読みながら芙紗と過ごす時間は 伽耶にとって大事な時間になった。
モリオはいつも決まった手順を踏んで、墓地の隅々まで丁寧に掃除している。

「真」
「愛しきわが娘、ここに眠る」
「貴方の全てを忘れない。我が最愛の妻・・良き母・・」
芙紗の言うとおり、墓碑銘は亡くなった人の生き様を、残った人の悲しみと祈りを伝えていた。
「今までなら 見知らぬ人のお墓なんて 何の感慨も持たずに見たけれど・・」
伽耶はモリオの規則正しい働きぶりを 心地よく眺めながら言う。
「ここは特別な気がする。大切なもので繋がっているような感じよね。
 亡くなった人 墓碑銘を刻んだ人、モリオさん、そして芙紗さん・・」
「伽耶さん、あなたも・・ね」

伽耶は少し照れながら 森の空気をいっぱいに吸い込む。
雨続きでしっとり湿った地面。草の匂い。
やがて梅雨も終わり、蝉の声が大きく森に響くようになる。


 *

「理事長先生がお呼びです」
芙紗に呼び出しがあったのは 夏休みも間近になった頃。
担任が小声で言ったのにも拘わらず、教室のあちこちから芙紗に視線が集中する。
ほらね、という目配せ。囁き。
聞くつもりのない伽耶でさえ、新たな噂は耳に入っている。
『理事長の不遇の孫娘』

 ─もともと理事長先生が気に入らない相手、結婚も認めなかったお相手の子・・
理事長の跡継ぎとなるべき令息は、若くして亡くなっている。
夫人との間に残された子は病弱で、入退院を繰り返しているという。
 ─では、芙紗さんが次期「理事長先生」ってことも?
 ─あら、本当に血がつながってるのかだって怪しいらしいわよ。
今までの伽耶なら聞き流しはしなかったが、今はこんな話しかできない彼女たちを
可愛そうに思う。


その日の放課後 墓地を訪ねると芙紗は手紙を焼いていた。
「母からの手紙はいつも同じことばかり。封を開ける前から解っちゃうくらい」
苦笑しながら芙紗が手渡し モリオが火にくべる。神聖な儀式のように重々しく
 慎重に。
「墓碑銘は・・?」
モリオが問う。
「『母娘を縛りしもの ここに灰とす。母よ、呪縛より解き放たれよ。清き思い出はその胸の内に』・・ってとこかな」
ちらとモリオが芙紗を見る。
このところ元気のない芙紗をモリオが気遣っているのが解る。

「伽耶さんは将来のこと、考えてる?」
「うん。私は父の事業を手伝いたい。兄に継がすから、私は自由だって言われてるけどね」
「伽耶さんなら出来そう」
「兄は画家になりたいの。まだ父には内緒だけどね。こういう事ってなかなか思うようにいかないものね」
芙紗さんは?と伽耶が聞く。芙紗は当惑の表情で伽耶を見、そして唇をきゅっと噛む。

「私は教師になりたい。でも・・このままでいるのは違うんじゃないか、最近そう思えてきたの
 あなたの影響かもしれない」
一筋の煙が空に立ち上る。細かな灰が緩い風に乗って いつまでもひらひらと付き纏う。

 *

夏が来る前に、学園に二つ 事件がおきた。

一つは芙紗の言う「幸せな方たち」のひとりの親が、贈賄の罪を問われ失脚したこと。
無関心を装う者、同情を口にする者、翻って陰口を言う者。
潮が引くようにその方の周りから華やぎが消える。
夏休みが始まるのを待たず、肩を落とし目を伏せたまま、 その人は学園を去った。
色々な噂が飛び交う中、かつて静かに学園を離れて行った人たちにまでも話は及び、
芙紗の信じた「幸せな方たち」の像も容赦なく陰りを帯びる。
そんな落ち着かない雰囲気の中、芙紗がいつも以上に物思いに沈んでいるのが伽耶には気になった。

もう一つ。
朝のミサでの連日の祈りも空しく、学園の後継者、理事長の孫息子が亡くなったと報じられたこと。
熱心に祈る芙紗の横顔は悲愴で、伽耶は声も掛けられない。
学園全体が重苦しい空気に包まれた日々だった。

 *

理事長からの呼び出しが度々あり、寮や墓地を訪ねても芙紗のいない時が増えた。
かつて無い険しい表情で帰ってくる芙紗は、ますます無口になり、母からの手紙をまた 焼いた。
こんな時、事情をさりげなく聞くことができる性格だったら良かったのに・・
言いたくないことは聞かない・・自分の主義が本当に正しいのか伽耶は戸惑う。

「理事長先生の息子さんやお孫さんのお墓は ここではないのね・・」
ふと、気がついて伽耶が言う。
わざとらしく話を持ち出したように聞こえただろうか・・伽耶はひやりとする。
そんなつもりは全くない・・と言えば嘘になる。
「著名人の墓碑銘あて」にも最近はずっと上の空の様子の芙紗。
モリオも幾分寂しげに箒を動かしている。

「そうよね・・ここにせめてお墓があって、墓碑銘でも読めたら・・」
芙紗の声が震える。
「一度も会ったことのないお父さんと弟に・・思いを馳せることもできたのにね」
静かな森に鳥の声が響く。遠くで時計台の鐘が鳴る。

「モリオみたいになりたかった。モリオはね、自分の居場所、自分を必要とするこの場所を、自分で見つけたの」
自ら始めた墓地の掃除。そのままモリオはここに居る。
ここの鳥も木々も草花も眠る人への想いも モリオが守り、モリオはここに抱かれている。
「何一つ 自分で選ばない人生なんて間違っていると 伽耶さんなら思うわよね」
制服のスカートの裾を直しながら立ちあがり 芙紗は体中の空気を入れ替えるような深呼吸をした。


 *

芙紗が突然 学園を去ったことを正式に知らされたのは 2学期が始まってからだった。
夏休みに帰郷した芙紗は お母さんと何を話したのだろうか。
理事長は芙紗に何を要求し、何を捨てろと言ったのか。

モリオに託された日記からは 芙紗の静かな決意が伝わってきた。
芙紗がこのページだけは伽耶に読んで貰ってから、焼いて欲しいと告げたらしい。
日記の中身を私が読むことはない、と芙紗は思ったのだろう・・
伽耶は苦笑する。

 ◇

突然の退学で吃驚されていることでしょうね。
ごめんなさいね、伽耶さん、相談もしないで。

もうこの学園には帰りません。
教科書の束と制服、この学園に纏わる一切の燃えるものを火にくべて終わりにします。
あとの始末はモリオに頼みました。

立ち上る煙に、飛びまわる灰に、どのような墓碑銘を付けるべきかモリオは悩むことでしょうね。
その時は伽耶さん、モリオの傍にいてください。
伽耶さんは モリオの仕事ぶりを美しいと思ってくれた。
モリオの作るこの居場所の心地よさを、解ってくれた。


あの方は「お祖父様」と一度だって呼ばせてはくれませんでした。
温かな気持ちの通い合う日までお傍にいようと思ったけれど、それも難しかった。
あの方の守りたいのはご自身が築き上げた物。
けれど、ただ血にだけ拘って守ったとしても何の意味があるのでしょうか?

モリオが私たちの好きなあの場所を思うような気持ちが、あの方にもあるのならば、
私にできるだけのことはしようと思っていた。
そして私たちがあの場所で安らげるように、学園という場所が皆の安らげる場所であったなら。
でも それも少し 違っていた。

そして何よりもあの人は モリオのことを酷く言った。
私から遠ざけるため、モリオからあの場所を取り上げようとした。
私は生まれて初めて、他人の前で声を荒げた。

さようなら。「幸せな」お嬢様たち。私の憧れたもの。
その「幸せな居場所」でさえ不確かなものだと知りました。
私の迷いはそこで消えた。

伽耶さん、あなたとモリオと一緒に過ごした時間は宝物です。
墓碑銘なんかつけないでずっと生かしておきたい。

きっと また会える。モリオがずっとあの場所を守ってくれるから。


「『彼のあらゆる企ては不成功に終わった』」
伽耶が日記を閉じると、モリオがぽつり、言った。

「・・ヨゼフ2世・・だったよね、モリオ?」
伽耶もいつの間にか、かなりの墓碑銘を覚えていた。


 *

モリオと二人 昇り行く煙を見送った。
制服、教科書、日記、お母さんからの驚くほどの数の手紙に加え
留学の手続きの用紙や様々な習い事の予定表、理事長直筆と思われる生活上の諸注意。
火勢は強く、灰は風に煽られて飛び、降りかかった。

「墓碑銘は『訣別』・・ううん 『前進』かな・・」
伽耶が言うと、モリオは目をつぶり長い間考えた後、ゆっくり首を振り、
「『希望』」
と 厳かに呟いた。
「いいね、モリオ。それがいい」
伽耶はモリオに笑いかける。モリオはこくんと頷いて満足そうに目を細める。


風が木の葉を揺らして森を抜ける。 
陽の当たる墓地。わたしたちの大切な居場所。

空が 高い。




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