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Last update 2008年03月16日

うそつき  著者:おりえ



 女の涙は最大の武器だといったのは誰だったか。
 私はそんなことを思いながら、涙を流している。
 大抵のことは泣けば解決することを知ったのは、いつだったか子供のころ、掃除をするのが嫌だとゴネた時からだった気がする。
 その日は夕方から見たいテレビがあった。掃除をしていたら絶対に間に合わなかった。思春期の人間とは厄介なもので、録画しておけばいいのにと言われるとむきになってリアルタイムで見なくちゃ意味がないんだ! と頑なにそれをしたくなくなる。座れと言われて素直に座れなかったり、立てと言われると意地でも座ったままでいたくなる。そんな気持ちが、私に録画させる気力を奪ったのだ。
 今思えば史上最悪の子供だったと思う。ひどい話だ。あんなテレビ番組が見たいがために、涙まで流したなんて。
「放っておけよ。馬鹿だあいつ」
 ひとりの男子がそう言って私を突き放し、
「そんじゃ俺が後はやるから今日は帰れ。その代り、明日はやれよな」
 ひとりの男子はそう言って、泣いてる私からモップを取り上げた。
 最悪の子供だった私は、その男子の親切に甘えてそのまま帰った。テレビ番組は面白かったが、いつもはゲラゲラ笑うのに、全く笑えなかったことを今でも覚えている。
 ……なんで、そんなことを思い出すんだろう。
 声をあげて泣いているというのに、私は。

 泣いている私はさらに思い出す。今だけは許されると思う。
 翌日学校へ行ったら、昨日の男子ふたりに絡まれたのだ。
「おまえ、今日はぜってー掃除やれよな。コイツ塾あったのにおまえのせいで遅刻して、センコーに怒られたんだぞ」
 私を馬鹿だと言った男子は物凄く怒っていた。
「バカ、言うんじゃねーよ。今日は掃除さぼんなよ? 俺今日塾でテストあっから、代われねーぞ」
 モップを取った親切な男子は怒っている男子を軽く小突いてから私に向きなおった。何故かすまなそうな顔をしてた。
 私はその時ばかりは素直に謝った。
「昨日はごめんね。あの、今度掃除当番の時、私一日代わるから、それで許してくれる?」
 私はふたりを交互に見ながら言った。
 怒っていた男子はまだ何か言いたそうだったけど、
「当たり前だろ、馬鹿」
 そう言って背を向けて、
「お、ラッキー。ありがとな」
 親切な男子はにこっと笑ってくれた。
 人が人と出会うきっかけって、些細なことだったり、大層なことだったりするけれど、私たちの場合は、こんなつまんないことからだった。
 すぐ怒る男子は山口と言って、親切な男子は佐藤という、ありふれた名字のふたり。でも私も鈴木なので人のことは全く言えない。
 とにかくこの平凡な名字の私たちは、それがきっかけでちょくちょく話すようになった。
 思春期の人間はその頃異性に興味を持ち始めるから、当然男女で仲良くしている私たちを必要以上にはやし立てる子もいた。
「鈴木のやつ、フタマタしてんぞー」
 馬鹿な男子がちょっかいを出してくると、ふたりは真面目な顔でこう返した。
「鈴木は女じゃねーもん。どこをどう見たらこいつが女子に見えるんだよ。目ん玉腐ってんのかボケ」
「お前こそ鈴木のこと好きなんじゃねーの? みっともねーからやめろよ」
 ……佐藤はともかく、いくら私を庇うつもりだったとは言え、山口のセリフは普通にひどいと思う。その頃の私は髪がショートでやせぎすで、確かに男子みたいだったけれど。
 おかげで水泳の時間、なんで男子用のを履かないんだこのオカマといじめられたんだった。ま、全然気にしなかったけどね。女子がこの変態とその男子を蹴っ飛ばしてたから。
 色んなことがあったけど、私たちは三人ずっと一緒で、ずっと仲が良かった。
 それが続くことが当たり前だと思ってた。
 ああもう、涙腺め。いい加減止まればいいのに。
 私は喉が枯れるほど泣いている。
 これが最後だ。
 本気の涙はこれで終わり。
 私はこれから嘘をつき続ける。


 ふたりを生き返らせるために。



 ふたりが死んだのは、戦争に巻き込まれたからだ。
 ふたつに分断された日本が、互いの領地を奪うために始めた馬鹿げたもの。千年ほど前日本はひとつだったというが、今の状況下ではとても信じられないことだ。
 その戦地へ赴くために、大勢の若者が駆り出されることになった。
 ふたりは残していく私の頭を軽く叩いて、戦地へ行ってしまった。。
 死にたくないと惨めに泣きわめくところなんか一回も見せなかった。
「俺が死ぬわけねーじゃん。逃げ回って帰ってくるって」
 山口はあっけらかんと笑ってさえいた。
「死亡フラグは口にしないことにした。え? おい言わせんなよ。だから、『生きて帰ったら、俺……』みたいなあれだよ。あれ言った奴は必ず帰ってこないんだぜ。映画とかであるじゃん。だから絶対言わねー」
 佐藤はそんな冗談さえ言っていた。
 ……佐藤のうそつき。
 じゃあなんで、私今、あんたたちの骨壺抱いて泣かなくちゃなんないの。
 死体すら残らなかったけど、せめてこれだけでもって、こん中あんたらの遺品入ってんだよ。なんだよ、お揃いで買った携帯のストラップって。私の携帯に同じのくっついてるよ。あとふたつ同じのあったってしょうがないじゃんよ。どうすんのよ、これ。本当はどっかで生きてるんでしょう? だって携帯がないなんておかしいもん。いつか連絡くれるんでしょう? ねえ、私待ってるんだよ。ずっとずっと、ふたりからの連絡待ってるんだよ!
 願いを言葉に乗せて、何万回繰り返したところで、私の携帯は、ふたり以外の友人からのものばかり。親友をふたり同時に失った私を心配するメールや留守電がたっぷり中に詰まっている。気持は嬉しいけど、何の慰めにもならないと結論付ける自分にまた涙が出てくる。
 だめだだめだ。もう本気の涙はおしまい。
 最初は皆に笑って大丈夫だよって言うんだ。
 それが私の、嘘の始まり。


「立ち直ってくれたようで、安心したよ」
「ご心配おかけしました」
「まだ目が腫れてるね。無理しないでいいんだよ」
「いえ、お気遣いなく」
 研究室へ戻った私を見た室内中の人間は、一瞬動作を止めた。
 それから教授が遠慮がちに近づいてきて、私の顔を覗き込んだ。
 私は軽く微笑んでみせると、白衣の腕をまくる真似をした。
「研究に打ち込んで、忘れることにしました! また今日から、よろしくお願いします!」

 人類が宇宙を行き来するようになってから、地球は変わった。
 それまでは映画の中でしかありえないと言われていたことが、実際に起こるようになった。
 空を飛べたり、透明になったり、動物がしゃべったりした。
 ただ時空移動や、死人が生き返るといったことはできない。それらを研究し、実現させるのが私たちの仕事だった。
 どちらかでもできるようになればいい。そうすれば、あのふたりが助かる可能性はある。
 これに賭けるしかなかった。
 しかしもし実現できたとしても、必ず悪用する者は出てくる。今の私のような考えを起こす人間はこの研究院の中にもいるだろう。
 それを防ぐために、脳の中を定期的に点検させられる。これが一番の難関だった。見られれば、確実に私の目的はばれる。そうでなくても親友を失った私がこの研究をしているだけで、皆も自然に思うだろう。この研究が成功したら、必ずこの女は親友を生き返らせると。脳を覗かれて私が本気だと知られれば、間違いなく研究チームから外される。それどころか口外の怖れありと消されるかもしれない。
 何しろ極秘のプロジェクトなのだ。目的は地球人類の繁栄のためではない。お偉方の延命措置に過ぎないのだ。戦争中の日本において、トップが暗殺されたり、不慮の事故で死んだりすれば、そこから内部で争いが起きる。それを防ぐためのプロジェクトだった。
 だから私は、研究に戻る前に、自分をコントロールする機械を作った。検査でもばれない、ひょっとしたらこれ一個で国が手に入るかもしれないってくらい、ものすごいものを短期間で作り上げた。我ながら天才だと思う。いや、多分こんなことがない限り作ることはできなかった。
 今、それを自分で体に埋め込んで、私は淡々と研究を続けている。脳の検査も難なくクリアし、「鈴木さんてドライな人だね」とまで陰口を叩かれるほど私は普段通りだ。
 朝起きて、携帯を確認する。ふたりからの連絡はない。泣きたくなるけど泣かない。悲しくないと嘘をつく。
 研究室で、マウスが5メートル先のガラスケースに瞬間移動したことに感動しても、これでふたりが生き返るかもしれないとは思わないよと嘘をつく。
 お昼時に携帯を確認する。ふたりからの連絡はない。気にしてないよと嘘をつく。
 深夜に帰宅。携帯を確認する。ふたりからの連絡はない。明日はきっと着信があるはずだなんて思ってないよと嘘をつきながら眠りにつく。
 私の一日は嘘で始まり、嘘で終わる。本当の私はなりをひそめている。冷血漢だと言われる。うんそうだよ。私は何も感じないんだと嘘をつく。
「鈴木のいいところは、素直なとこだな。あんま反抗とかしないもんな」
 いつだったか、佐藤が不意に言ったことがある。山口はそれはないと手を振ったっけ。
「そりゃお前にだけだっつの。コイツ泣きゃーおまえが言うこと聞いてくれるって思って、散々嘘泣きしてんじゃん。騙されんなよ、女ってのは嘘つきなんだぜ」
「鈴木はそんなことしねーよ。なぁ?」
 うーごめん。たまに嘘泣きする。だって佐藤いいやつだからさ。
「ほら見ろ! この性悪女が。佐藤、おまえ今からそんなんじゃ、女に騙されて一生送るぞ。貢ぎモンし続けて破産とかありえんぞ!」
 私はそんなことしません。
「バーカ。誰がお前に貢ぐかよ。鏡見て物言えよ。なー佐藤」
 なっ、酷っ!!
「でもこのストラップ、おまえが俺らにくれたんじゃん。これも貢ぎものの一種と違うのか」
「おいおいおい。こりゃプレゼントって言うんだろ? なんで俺がお前らに貢ぐんだよ。用法間違ってんぞ」
 あはは、山口って素直じゃないところがいいところ? かな? 口悪すぎて最悪だけど。
「そりゃいいところじゃねーよ。欠点じゃん」
「お、お、おまえらああああ!!!」

 目が覚める。携帯を確認する。
 ――また嘘が始まる。

 体に埋め込んだチップは優秀だった。脳の検査では一度も引っ掛からなくて、私自身がへぇと驚くこともある。
 もしかしたら本当に私は、彼らのことをどうでもよく思っているんじゃないか。
 チップの効果はとうに切れているのに、それに気付かないでいるんじゃないのか。
 ……いやいや、それはありえない。脳の検査が定期的にあるように、私もチップの検査を怠らないから。正常に動いていることを確認するたび、私は己の襟を正している。
 研究は順調に進んでいる。
 ふたりにも、もうじき会える。

 やがて、過去へと戻れる装置が完成した。

「人類の夢だったひとつがここに誕生した。これも諸君らの献身なる働きによるものだと言っても過言ではない。まだこれは最初の一歩に過ぎない。この機械はまだ不安定で、人間を乗せることは到底できないが――」

 記念パーティーといって、研究室にお酒と料理が運ばれてきた席で、教授はお酒で顔を真っ赤にしながら私たちに向ってグラスをあげた。
 たぶん、お酒がまわっていたせいだと思う。
 動物やカメラで何度も実験したからといって、人が乗るにはまだ危険すぎる装置を前にして。
 私は今夜しかないと思った。
「鈴木の悪いところは、せっかちなところだな。あと先考えないで行動する。お陰でお前のフォローを何度したことか」
 ある時佐藤はそう言って、学校の花瓶を壊した後始末を手伝った。
「なんで前見て走らねーんだよ。ホントお前最悪。最悪の人間」
 山口はなんだかんだで危ないからと、割れた花瓶をかき集めながら、私を口で攻撃した。
「おまえもだろ。大体なんでふたりして廊下を爆走したんだよ。ありえねーだろ」
 聞いてくれる? 山口がグロ写真が載ってる雑誌押しつけてこようとしたの!
 私内臓とかそーゆーのすごい苦手なの知ってるくせに。
「……ガキのいじめかよ」
「あんなぁ、俺は親切で、こいつの苦手なもん克服してやろうと思ってだなあ」
 何が親切だ、いじめっ子!
「鈴木もなぁ、ぎゃーぎゃーわめいて廊下を走るなっての。なんで俺を呼ばねーんだよ。んな雑誌なんか燃やしてやったのに」
 え!?
「おま、燃やすってなんだよ」
「ん。ライター持ってっから」
 はい!?
「なんでそんなもん持ってんだよ!?」
「何かあるかもしんないじゃん。例えば敵兵が攻めてきたりとかさ。下手にナイフとか凶器持ってる方がやばいんだ。これならいざってときに、学校燃やして逃げられる」
 …………えーと。
「ワリ。笑えねー」
「え、冗談じゃねーんだけど」
「冗談にしておけよ! なんだそのミラクルな思考は!? おまえの将来は放火魔か!? 鈴木よりタチ悪いじゃねーか!」
 ライターごときじゃ学校は燃えないと思うよ。
「突っ込みどころはそこじゃねーだろ!」


 私はひとひとりがすっぽり入る、カプセル状の装置の中へ、酔いつぶれた皆を前に静かに入った。
「!? 鈴木くん! よしたまえ!!!」
 あの日、あの時、あの場所で。
 そんな歌が、千年以上前の日本で流行ったそうだ。
 あの日、あの時、あの場所で、君に会えなかったら、僕らはいつまでも、見知らぬふたりの、まま。
 私はふたりに会えてよかったよ。
「鈴木くん!!」
 教授の声が遠ざかる。
 あの日、あの時、あの場所へ。
 私はふたりに、もう一度会いたい。



「こりゃまずいな」
 敵の数を見て、山口はつぶやいた。
「そこ! 士気を下げるような言動は慎め!」
 すぐに指揮官の激が飛ぶ。
「でもあれ見てくださいよ。元々無茶な作戦なんすよ。俺らに死ねって言うんですか」
「お、おい山口」
 さすがの佐藤も、山口の袖をひっぱる。
 しかし山口がそう言うのも無理はなかった。
 海を埋め立てて領土を増やした日本は、千年前の十倍もの面積を誇る国へと成長した。だがその分都道府県の数も増え、内乱が起き、日本は分断する結果となった。
 山口と佐藤が配置された地区は最も戦火の激しい場所で、隊の1割が生き残れば奇跡だとすら言われるほど酷い場所だった。ふたりのいる隊は百人程度とそれでもマシな部類に入るが、目前にいる敵の数は裕に千を超えていた。
 互いの領土は人を殺す兵器を開発し、惜しげもなく相手にばらまく。厄介なのは毒ガスの類だと言われ、隊は防護服に身を包んだ状態で待機していた。
「そうだ。我々は領土を守るため、潔く散っていく! ひとりでも多くの敵を巻き込んでな!」
「俺は領土守るためなんか死にたくねーっすよ」
「貴様!!」
 山口は尚も減らず口を叩き、ただでさえ気が昂ぶっている指揮官の怒りを爆発させた。
「日本人ならお国のために死ね!」
「そんな日本人今時いるんですかねえ。今も昔も、兵隊はお国のためにと言わされて、最後は家族の顔を思い浮かべたんだ。それに俺ら、死ぬわけにはいかねーし」
「この……!」
 指揮官が振り上げた拳を、佐藤が止める。
「落ち着いてください。あなたがそんなんじゃ、生き残れるもんも生き残れませんよ」
「貴様もおめおめと生き残るつもりでいるのか!!」
「そりゃそうでしょ。俺らだけじゃない。皆残してきた人がいるんだ。あんたも死ぬ死ぬ言わないで、隊のみんなが生き残れる作戦くらい立ててくださいよ。皆戦争なんかやりたかねーんだ」
 佐藤の言葉に、残りの隊員たちもそうだそうだと騒ぎ出した。
 ひとり怒りで体を震わせる指揮官は、佐藤の腕を乱暴に振り払う。
「俺は貴様らを生かしては帰さんぞ! 皆殺しにしてやる!」
「あーあー言っちゃったよこの人。どうするよ」
 山口があきれ顔で皆を見まわした。
「一番の敵が誰か、判明しちゃったな。……燃やすか」
「げっ! おまえ!」
 佐藤がどこからかライターを取り出した。山口含めた全員がのけぞる。
「貴様! 火器があるんだぞ! 無暗に火をつけて、爆薬に引火したらどうするつもりだ!」
 指揮官が防護服の奥でかすれた声を出した。
「大丈夫。あんたしか燃やさないし」
「何が大丈夫なんだ貴様……っ」
 じりじりと指揮官に歩み寄る佐藤。山口含めた数人が佐藤を羽交い絞めにしようと集まってくる。
 指揮官はベルトに差していた――


「なるほどね。敵前で爆薬に火がついて全滅しちゃったんだ。……なんか、もう最後まであんたたちらしいというかなんというか、もう」


『!?!?』
 その場にいた全員が息をのんだ。
「なっ!? おま――……!」
「いやいや、こりゃ敵の作戦だろ。ありえねーもん。俺ら幻覚見せられてんだ。惑わそうたって、そうはいかねーよ」
 山口が指をさし、佐藤がライターを手のひらから逃がして頭を振る。
 しかしふたりの眼は正常だった。
「こ、こら民間人! どこから来た貴様――敵のスパイか!?」 
 指揮官がぶるぶると震えながら山口と同じことをしている。
「す――すず」
 山口の前に、ゆっくりと歩いてきた。
「その声、山口? ね、山口でしょう? みんな変な格好しちゃって――」
「鈴木……! なんで、お前が――!」
 口元に手をやってくすりと笑った鈴木を見て、佐藤が力が抜けたように膝を折った。
 鈴木は目に涙を浮かべて佐藤の前でしゃがみこむ。
「会いたくなって、会いに来たんだよ」
「ば、馬鹿!! なんでこんな危ないとこに来るんだ! 死にてぇのか!」
 山口が血相変えて怒鳴りつけた。
「死なせないために来たんだよ」
 鈴木はそう言いながら立ち上がり、山口と向き合った。
「何言って」
「ふたりがいないと寂しくて、生きていけないよ、私」
 鈴木は泣いた。
「馬鹿! おまえまで死んでどうすんだよ! あと先考えろって言っただろうが!」
「あと先考えないでうっかり死んだのは誰よ!?」
 我に返り、すくっと立ち上がった佐藤も怒鳴ったが、振り向いた鈴木に一喝される。
 鈴木は呆然としている一同を眺めた後、遠くにいる敵兵を見、また向きなおった。
「みんな、逃げよう」
「!」
「生きてれば、案外いろいろできるもんだよ。私、すごいものたくさん作ったんだよ。もしかしたら、戦争だって、なくなるかも」
 そこで鈴木の言葉が止まった。


 山口と佐藤が同時に叫んだ。
「鈴木!!!!」






「敵のスパイが……!!」
 鈴木の胸から、ナイフが生えた。







 なくなるかもしれないんだよ。未来を私と一緒に生きよう。
 せっかくいいこと言おうとしたのに。
 突然息ができなくなった。それからがんっと耳鳴りがして、熱くて、痛くなった。
 目の前が真っ赤になった。変な服を着たふたりも、ほかの人達も染まっていった。いけない。皆が怪我してる。手当しなくちゃ。皆が死んじゃう。
 でもどうして私まで痛いのかな。おかしいな。あれ。どうしたのかな。
 ふたりが頭にかぶっていたマスクを取り外す。ようやくふたりの顔が見られたのに、なんで真っ赤なの。ねえ、どうしたの。
「鈴木!」
「この野郎!! ぶっ殺してやる!!」
 山口が私に駆け寄ると同時に体中の力が抜ける。吐き気がこみあげてきて、私は耐えきれなくて吐いた。ごめん、山口。また床こぼしちゃった。掃除手伝ってくれる?
 山口が崩れ落ちる私を抱きとめる。痛い、痛いよ。なんで意地悪するの?
 後ろで音がする。何かが倒れた音。
「貴様ぁ! 上官に向かって――!」
「うるせえ!! おまえ――、おまえ……!!」
 佐藤のこんな怒った声、初めて聞いたな。どうしたんだろ。振り向きたいのに、体が動かない。
「鈴木、しっかりしろ、鈴木!!」
 山口もどうしたのかな。なんでそんなに泣きそうな声をするんだろう。答えたいのに、言葉が出ない。痛くて、呼吸がしづらくて、何も話せないよ。あのね、背中が痛いの。装置のせいかな。揺れ、そんなに感じなかったんだけど。すごく痛い。手足の感覚がなくなっていくくらい。
「いいか、死ぬなよ。死んだら許さねーぞお前! なあ! 聞いてんのかよ!!」
「山口、揺らすな!! ああ、ああ、鈴木、馬鹿だな、なんで来たんだ。帰るって約束したじゃんか。なんで待てねーんだ? おまえが死んだら、俺達、誰のところへ帰ればいいんだよ! この馬鹿! マジで馬鹿だ、お前……!」
 普段は優しい佐藤が、山口みたいに私に悪態ついている。珍しい。
 私はなんだかおかしくなって、笑ってしまった。
 そしたら、自然と言葉が出た。痛みも引いた。ラッキー。


「ふたりともさあ、いつ携帯に連絡くれるの? ずっと私待ってんのにさ。ちょっと酷くない?」


 ふたりがぽかんとした顔をして、私を覗き込んでる。だけど靄がかかって、すぐに見えなくなっちゃった。
 朝が来たよ。ほら、支度して学校行かなくちゃ。
 大丈夫、代わりの花瓶は買ってあるんだ。どう見てよ。何気にセンスよくない? ふたりとも、職員室まで、つきあってくれるんでしょ?












 目覚まし時計が鳴る。手を伸ばす。今何時だろ。そう、6時にセットしたんだっけ。
 ……ん、あれ。
 目覚まし時計を叩いても音が止まない。変だな。
「あ」
 声が出た。これは目覚まし時計じゃなかった。うっかりしてた。
 私は隣の携帯へ手を伸ばす。ストラップが軽く私の手を叩いて揺れる。おそろいの――お守りの形をした小さなストラップ。おまえは交通安全だとか言って、山口がくれたんだっけ。
 着信を見たら、山口からだった。珍しい。いつもは私がモーニングコールして起こしてるのに。
「もしもーし」
「鈴木?」
「そうだよ。違う人が出たら、遂に私も朝チュンかって驚いてくれ」
 寝ぼけながら言ったら、なぜか山口は沈黙する。やばい。怒ってるなこれは。
 携帯を耳から離したとたん、山口の怒鳴り声がキーンと響いた。
「この馬鹿が!! こっちの気も知らねーでなんだその態度は!!」
「まぁまぁ……おまえ、うれしいのはわかるけど、もうちょっと……」
「うれしくなんかねーよ!!」
 山口の後ろで佐藤の苦笑交じりの声が聞こえた。あれ、こんな朝からふたりして何やってんだろ。……朝から……、朝から!?
「げぇ、ちょっと4時50分って何!?」
「時間じゃね」
 佐藤の落ち着いた声が聞こえる。
「そりゃわかってるけど、何この非常識な時間!? あんたら何やってんの!?」
「ん、飲み会の帰りー」
「馬鹿じゃないの!? 今日も仕事でしょうが!」
 心底呆れた。酔っ払い共の相手なんかしてられない。これからは寝るとき携帯の電源落とそう。よくも私の睡眠を――!!!
「たった今でっかい仕事を終えて帰ってきたとこなんだぞー。その戦士たちにその言い草はあんまりじゃねー?」
「全くだ。この馬鹿」
「馬鹿馬鹿言うな!! もう、私寝るよ! 後30分は惰眠してやるんだから……」
「おまえさ」
 佐藤が意味深な口調で言った。
「今、何の仕事してんだよ」
「はぁ?」
 私は間の抜けた声を出した。何言ってんだこいつ。
「エンジニアだよ。ようやく帰って来て、わずかな睡眠をむさぼっていたところだっつの!」
「ぶっ」
 なぜか、ふたりは同時に噴き出した。
「エンジニア~~~~~!? おまえが~~~~!?」
 げらげら笑う山口。
「何がおかしいのよ!? 知ってる癖に!」
「すまんすまん。知ってる知ってるぞー? 優秀なエンジニアなんだもんなー鈴木はー」
「さ、佐藤まで何よ!? あんたらふたりともどうかしてんじゃないの!?」
 眠気が完全に吹っ飛び、私はベッドから降りた。
「今駅前にいるんだけどさぁ」
 まだ笑い続けてる山口の声をバックに、佐藤が言った。
「俺ら、記憶が曖昧でさ、今から来てくんね? いや、もうなんか今感動してるとこでさ。後から記憶も追い付くんだろうけど、悠長に待ってられねぇんだわ」


 駅前に行くと、ふたりが同時に手を挙げて立っているのが見えた。
 5時過ぎとはいえ、人通りは少なくない。私が駆け寄ると、ふたりは一瞬真顔になって、じっと私を見つめた。
「? どうしたの?」
「鈴木」
 山口が空を仰ぎ、鼻をつまむ。なんだこいつ。私が臭いとでも言いたいのか。朝から失礼なやつ。
「言っておくけど、さっきシャワー……」
「なんか、久し振り。うん。ほんと、マジで久し振り。あ、違うってわかってんだけどさ。でも」
 声がかすれてる。え、まさかこいつ、泣いてるんじゃないでしょうね!?
「ちょ、佐藤、山口どうしたの……」
 慌てて佐藤の袖を引っ張ったら、肩にトンと佐藤の額が乗った。
「うぇ!?」
「あ――鈴木だぁ、感動の再会に吐きそうな声出す鈴木だよ――……なんかもうこれだけで感動できる、俺」
「はい!? なんなのあんたら!?」
 うろたえる私の隣で、馬鹿ふたりは意味不明な言動をしばらく繰り返した。
 それから「手ーつなぐぞ、手ー」とわけのわからないことを言われ、強引にふたりと手をつながれた私は、「朝からおめでてーな、どうせニートだろ。死ね」の通行人の冷やかな視線に耐えながら、公園へ向かった。泣きたい。
「すげえええええええええええ!」
 来た途端、山口の雄たけび。緑と遊具の広がる公園の何がすごいのか。犬か。あそこの犬か? そりゃ愉快な服は着てるけど。
「やめてください山口くん。皆さんの迷惑です」
 私がじろりと睨んでもあんまり効果はなし。
「ここってさぁ、軍のテナントだったよなあ」
 佐藤まで物騒なことを言う。
「ちょっとーやめてよー。日本は戦争しない宣言してるじゃん。世界で最初にいいことを言った国なんだよ」
 私がふたりをたしなめるように言うと、ふたりは「あー」と納得したような声を出した。
「日本がふたつに分かれたとかさー、おまえ信じる?」
 山口がまた変なことを言っている。
「は? どことどこが分かれたの? 北海道? 四国?」
 眉をひそめると、山口は私と握った手をぶんぶんと大きく振って、
「なんでもねー!」
 にやにやしてます。不気味です。
「じゃー、おまえさー、過去へ行ける装置が作れたとか信じるか?」
 山口は更に変なことを言った。
「何言っちゃってんの。空を飛ぶのも透明になるのも、すんごい厳しい試験通過してようやく資格が得られるのに、過去へ行ける装置なんかできたら誰かが悪さして、誰でもなれる世の中に今頃なってるに決まってんじゃん」
「一番最初に無茶した人間の言うセリフかよ」
「はぁ~? 何よ~」
 だめだこの女。と言わんばかりに苦笑をこぼす山口。ちょっと向こう脛出しな。思いっきり踏んでやるから。
「じゃあさ」
 笑いをこらえながら佐藤が言った。きゅっと私の手を握り締める。




「おまえが俺たちを助けてくれて、俺たちもおまえを助けたことは、信じるか?」





「うん」
「はあああ!?」
 素直にうなずいた私に、山口が不満の声を漏らした。
 佐藤は笑って、大きく腕を振った。
「俺が言ったことは信じても、こいつが言ったことは信じないんだな」
 そう言って佐藤が笑うと、山口はこのやろーと言いながら私の頭にチョップを食らわせた。全く、朝から元気だね君たち。
「日頃の行いのせいでしょー。私のいいところは、素直なとこだもん」
 ね、佐藤と笑顔を向けると、アホか! と山口のチョップがまた頭に直撃した。




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