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Last update 2008年04月12日

影二つ  著者:知



「このまま、いつまでも、この海を見つづけていたいなあ」
 どこまでも続く水平線を見て思わずそう呟いた。
 太陽が水平線に沈んで行き、様々な色を見せている。
 ずっと見ていても飽きがこない。
 自然は同じ表情は決して見せない。
 だからこそ、その一瞬一瞬を瞳に心に焼き付ける。
「ねぇ、ねぇ、ほら、グリーンフラッシュだよ」
 隣に腰掛けている澪(みお)が指差した方を見ると、沈んでいる太陽が緑色に強く瞬いている。

 もう、澪と旅を始めて何年経っただろう。
 目的はあるけど、目標がない旅。その目的のために色々な町を旅してきた。
 その目的のため藁にもすがる思いでどんな些細な情報でも、眉唾ものの噂でも耳にすると実際に確認した。
 でも、まだその目的は達成できていない。
 目的を達成するための方法さえもわからない。
 結果には必ず原因がある。
 原因を突き詰めていけば結果の理由がわかる。
 でも、原因が全くわからない。
 原因について手にした情報は調べていくと全て否定される。
 何年も旅をしているのに旅を始める前と何も変わっていない。
 ただただ時間だけが過ぎていくばかり。
「優くん、どうしたの?」
 気が付くと隣に座っていた澪が小首を傾げ俺の顔を心配そうに見つめている。
 既に夕日は沈み、辺りは暗くなりかけていた。
「何でもない」
 肩を竦めながらそう言うと立ち上がり澪に手を差し伸べた。
 数秒じっと俺の顔を見つめてから俺の手をぎゅっと掴み立ち上がった。
 旅を始める前から変わることのない小さな手。
 旅を始める前は俺の手と澪の手の大きさは殆ど変わらなかった。
 でも今では俺の手は澪の手の倍以上の大きさがある。
 澪と手をつなぐことは嫌でも時の流れを感じさせる。
 それでも、俺は澪と手をつなぐ。
 そうしないと澪が何処かに行ってしまいそうで、消えてしまいそうで怖いから。
 澪の手の温もりだけが俺の心を平常に保たせていた。


「優くん優くん。噂の占い師ってどんな人なんだろうね」
 宿に帰る途中の道で澪がそう聞いてきた。
 俺達がこの町に来たのは噂の占い師に会うためだった。
 噂によると占った人の未来が見えるらしい。
 各地を転々としているようで中々居場所が突き止められなかったのだが、ようやく突き止めた。
 ちゃんと、会う約束も取り付けている。
「……噂に関する情報が沢山ありすぎて、どれが本当かわからないしなぁ……」
 今まで噂に関する情報を集めるときに少なくて困ったことはあった。でも、今回のように情報が沢山ありすぎたのは初めてだった。
「少女に妙齢の女性に老婆……女性であることは間違いないみたいなんだけどね」
「そこまで違うと噂の人物が本当に全部が同一人物を指しているのか疑問なんだが……」
 情報を入手すればするほど同一人物である可能性の方が高くなったのだ。
 もし、本当だとしたら、自在に子どもの姿や大人の姿に変えられるということになるのだろうか。
 そんなことはありえないと考えるのが普通だろう。
 同一人物ではない。同一人物だとしたら、古い情報が新しい情報のように伝えられているだけだ、と。
 でも、 俺は同一人物だと思っている。いや、確信していると言っても過言ではない。
 何故なら……
「こんばんは」
「こんばんは。今日も手を握って歩いているのね。本当に仲のいい兄妹ね」
「……そう見えますか?」
「そうにしか見えないわよ。はい、部屋の鍵ね」
「ありがとうございます」
 澪は旅を始める数年前から年をとっていない。
 その原因を知るために。そして、年をとれるようにする方法を知るために俺達は旅に出た。
 傍から見たら兄妹――年の離れた兄妹にしか見られない事が多くの年月が流れたことを如実に語っている。
 明日、噂の占い師に会う事になっている。
 年をとっている未来が澪にあればいいのだが。




「君達が私に会いたがっていた人、ね?」
 朝食を終え、約束までまだ時間が合ったので澪と町を歩いていると、そう話しかけられた。
「あなたが噂の占い師……ですか?」
 年齢は俺と同じぐらいに見える、背が高く綺麗な女性だ。
 凛としていて話しかけることに少し躊躇してしまう。
「ええ。約束の時間よりも早いけど、行きましょうか」
「行くって何処へ?」
「私の家よ。あなた達は私に会うためにこの町にきたんでしょ?」
「大丈夫なんですか、時間」
「今日はあなた達と会う予定しか入れてないから大丈夫よ」
 そう言うと占い師は歩き出した。付いていらっしゃい、という事だろう。
「澪、どうしたんだ?」
 占い師と会ってから澪はひと言も話していない。何か探るような目つきで占い師を見ている。
「……何でもないよ、優くん……ほら、行こっ? 置いて行かれるよ?」
 澪が俺の手を引っ張りながら歩き始めた。
 澪がいつもよりも少し強く俺の手を握っているように感じるのは気のせいだろうか。


 森の中を占い師の後ろに付きながら澪と手をつないで歩いている。
 澪はずっと占い師を何か探るような目つきで見ていて、占い師はそれに気づきながらも無視しながら歩いている感じだ。
「あの……今日は俺達の他に会う約束を入れていないって言ってましたよね?」
 気まずい雰囲気を変えようと占い師にそう話しかけた。
「ええ。他にも約束は入ってたけどキャンセルしたわ」
「何故そんな事を?」
「何故って……それは……」
 占い師が何か言おうとして急に口ごもり、歩く足を止め振り向き
「もしかして……君は知らないの?」
 と、信じられないという顔をしながら聞いてきた。
「知らないって何をですか?」
 何の事かわからないので、質問を質問で返すことしかできなかった。
「……なるほど……そういうことね」
 占い師は何の事かさっぱりわからない様子の俺をしばらくじっと見つめ、ちらっと澪を見るとそう呟いた。
「知らないのならいいわ。それは私が口出しすることじゃないし」
 そう言うとまた歩き始めた。
 何のことだろうと澪を見ても首を横に振るだけだった。
 その澪の様子は何の事かわからないのではなく、何の事か言いたくないというように見えた。


「ここよ」
 占い師は小屋の前で立ち止まるとそう言い中に入った。
 澪は小屋を暫く眺めてから目を閉じ、俺の手をぎゅっと強く握り締めた。そして、目を開けると何かを決心したような様子で小屋に入っていった。
 小屋の中は机1つと椅子3つ以外何もなかった。
 生活臭が全くない。占い師は家だと言っていたが、ここで寝泊りしているようには感じられない。
「始めに断っておくけど、私は全てが見えるわけではないわ」
 俺達が椅子に座ると占い師は開口一番そう言った。
「私が見えるのは可能性が高い未来だけ。事によれば1つだけではない2つも3つも見える事がある。そして見えるのはそうなるという結果だけで、どうやってそうなるのかという原因は見えない。」
 俺と澪は占い師のその言葉に頷いた。
「あなたに見える未来は3つ」
 澪の方を見ながらそういうと、占い師は3本指を立てた。
「その内2つではあなたは年をとっている。もう1つでは年をとっていない」
「年をとっている未来が2つ……何が違うのですか?」
 2つ見えるという事は年をとっているという結果は同じでも他の結果が違う、ということだろうと思いそう返した。
「……本当はね、その違いについて話そうと思ってたのよ。だから、今日入っていた他の予約をキャンセルした」
 そう言うとため息を吐いた。
「あなたが君に何も話していないとは思わなかったわ」
 その言葉を受けて澪が下を向いた。何かに耐えるように下唇をかんでいる。
「何も話していないのではなく、話せなかったんでしょうね。その気持ちは私もわかるわ」
 占い師は澪に向けていた視線を俺に移した。
「申し訳ないけど、これからの話は君に聞かせるわけにはいかないわ。」
「……澪には聞かせるのですか?」
「ええ。嫌でも聞いてもらわなければならないわ。そうしないと大変な事になるから」
 占い師が何を話すのか気にならないわけではない。
 でも……
「……わかりました。俺は先に宿に帰ります……澪に聞かせる話というのは後で俺が澪から聞いてもかまわないですか?」
 それを無理にでも聞きたいと言うのは俺の我がままだと思う。
 俺は話を聞きたいのではなく、澪がまた年をとれるようにするために旅に出たのだ。
「ええ」
「わかりました。澪をお願いします」
 俺はそう言うと澪を残し、一人で小屋から出た。



「優しい子ね」
 優くんが小屋から出て行くと占い師はそう言った。
「はい、本当に……」
 私はその彼の優しさに甘えてしまっている。
「私に聞きたいことあるんでしょ? いつまでも落ち込んでないの」 
「……いいんですか?」
 彼女に聞きたい事がある。でもそれは、彼女の話を聞いた後にしようと思っていた。
「ええ、あなたの聞きたいことに私が話さなきゃならないことが含まれているから」
 なら遠慮なく聞きます。
「では、先ずあなたの名前を教えてください」
「カノンよ花の音と書いて花音」
 それ私の思っていた通りの答えだった。
「やっぱり……あなたがそうだったんですね」
「ええ、よく調べられたわね」
 花音さんは微笑みを浮かべてそう言った。
「私と同じように年をとらなくなった人についての噂を聞いた事がありました。
その人の名前が花音」
「単なる噂かもしれないわよ?」
 私の言葉に意地悪そうな笑顔を浮かべながらそう返してきた。
「私のご先祖様の中に同じ花音という名前の人がいるんです。遠い遠い昔ですけど……あなたはその人の似顔絵にそっくりなんです」
「他人の空似ではないかしら?」
「違いますよ」
「何故そう言いきれるのかしら?」
「さっき、花音さん『よく調べられたわね』って言いましたよね」
「あら、そんなこと言ったかしら?」
「言いましたよ」
 お互いに暫く見詰め合うとどちらからとなく笑い始めた。
「あの私の似顔絵、まだ残っているんだ」
「はい。蔵の奥にひっそりとありますよ」
 凄く上手な似顔絵。おそらく花音さんの夫が描いた物だと思う。
「まさか私の子孫が一族に選ばれるとはね……あっ、まだ候補者か……」
「あの、その事なんですけど……」
「ん、何?」
「こうして子孫の私がいるという事は、子どもを生んでから一族になったのですか?」
「えっ? 私は死んでから一族になったのよ」
 私の質問に花音さんはきょとんとした顔でそう返した。
「死んでから……ですか? そんな事ができるのですか?」
「はぁ……やっぱり、聞かされてなかったのね……まぁ、仕方ないけど……」
 驚いている私を見て花音さんは机を指でコツコツと叩きながらそう呟いた。
「あの……」
「わかってるわ。ちゃんと説明する」
「お願いします」


 話が長くなるからと話し始める前に紅茶を淹れてくれた。
 いい香り……この香りは、
「ダージリンのセカンドフラッシュ……ですか?」
「ええ。ここまでいいマスカテルフレーバーのする葉は中々手に入らないのよね」
 私が紅茶を飲み終わると花音さんが話し始めた。
「一族には2つの家族があるの」
 花音さんが指を2本立ててそう言った。
「1つは生きているときに契約を結んだ者達、もう一つは生きている間は仮契約結び、死後に契約を結んだ者達」
「花音さんは後者、なのですね」
「ええ」
 旅を始めて数年後に一族の人に出会い説明を受けたときは後者については少しも聞かなかった。
「説明をした人はどうして、後者について話さなかったのでしょう?」
 だから、こう思うことは自然な事だと思う。
「それは、説明した人も知らなかったからではないかしら」
「知らなかった……ですか?」
 そんな事があるの?
「ええ、同じ一族と言っても交流は殆どないの。役割が違うから交流がないのが当たり前なんだけどね。向こうの家族は入れ替わりがよくあるから、こっちの事を知っている人が減ったのでしょうね」
 花音さんの口から聞いた事のない話が次から次へと出てくる。
 整理して1つずつ聞いていかないと……先ずは前から疑問に思っていたことを聞こう。
「あの、前から疑問に思っていたのですが、契約って誰と契約を結ぶのですか?」
「ん……一般に神と呼ばれている存在……かな」
「神……ですか?」
 神様って本当にいるんだ。
「正確にはこの世界の創造主ね。
彼は可能性に満ちた世界を創りたかった。でも、可能性は無限の広がりを見せるわ。そんな世界を一人で管理できるわけがない。そこでその世界に住んでいる住人に管理させるという事を思いついた……という話らしいわ」
「その管理する人が一族……」
「そう。契約を結ぶことで半永久の命と、管理するのに必要な力が与えられるわ」
「何故、管理する者を2つの家族に分けたのですか?」
「さっきも言ったけど役割が違うからよ。
向こうは様々な時空を旅し、正しい道に進んでいるかを管理する。悪い方に向かっている道を正すことも仕事の1つね。
こっちは、同じ時空に留まって管理する。同じ時空と言っても1つの時空だけを管理するのではなく、主管理する時空に牽連性のある時空も管理するんだけど。合成の誤謬と言って、ミクロの視点では正しくてもマクロの視点では間違っていることもあるわ。そういうのは、ずっと同じ時空にいる人でないと見つけ辛いからね。
細かくは違うことはあるけど、こんなところかしら」
「……わかりました」
 次の質問は……うん、これにしよう。
「2つの家族のどちらになるかは選べるのですか?」
「ええ。向こうの家族に入る場合は今すぐ契約を結んで、こっちの家族に入る場合は今は仮契約で死後、本契約を結ぶことになるわ」
 これはさっき聞いた話と同じだね。
「死後に本契約を結ぶ意味もあるわ。そうすることで、色々な年齢の姿をとる事ができるようになるの」
 そう花音さんが言うと、私と同じぐらいの年齢の姿になった。
 こうやってみると私と花音さんはよく似ていることに気が付く。
「体が覚えている年齢……つまり、生まれてから死ぬまでのどの姿にもなれるの。向こうはあまり長い間同じ時空にいないからいいけど、こっちは長い間同じ時空にいるからね。年齢を変化させる事ができないと困ることも出てくるのよ」
 そう言うとまた元の姿に戻った。
「……ここまで長々と言ったけど今の澪にとってあまり大事なことではないんだ
けどね」
「ふぇ!?」
 苦笑を浮かべながらの花音さんの言葉に私はそんな間抜けな言葉を発した。
「これまで小難しいこと言ったけど、澪がどの道を選ぶのか判断する基準は単純。先ずは、一族に入るか。入るのなら彼と人生を過ごしたいか過ごしたくないか、よ」
「どういうことですか?」
「先ず一族に入らないことにすると元通り年がとれるようになるわ。
一族に入ることにするのなら、すぐ契約を結ぶのか死後契約を結ぶのか選択することになるわ」
「……死後契約を結ぶ場合は彼と一生を過ごす事ができる、ということですか」
「そうよ。すぐ契約を結ぶ場合はその人の役目を終えたときに元の世界に戻ってそこで一生を過ごす事ができるの。死後契約を結ぶ場合はそれはできない」
「何故ですか?」
「どの人も一生しか過ごす事ができないわ。
すぐ契約を結ぶ場合は役目を終えるのも早いわ。長くて1000年ぐらいかしら。でも、死後契約を結ぶ場合は中々役目は終わらないわ」
「どうしてですか?」
「役目が終わるという事はその時空が死ぬことだからよ」
「時空が死ぬ……?」
「悪い道に進み続けるとその時空は死ぬの。どうやっても道が正しい方向に修正できなくなったとき管理を放棄するのよ。管理を任される時空は自分が一生を過ごした時空になるから死なせたくないと思うのが普通なの。だから、どうやってでも死なせまいとするから役目を終えることも滅多にない」
「そうすると文字通り無限に時空ができることになりませんか?」
「細かい剪定はしていくのよ。本当に些細な事しか変わらない世界を維持しても意味はないから。どの程度まで残して、どの程度まで切るのかはその人の裁量になるわ」
 そう言うと花音さんは椅子から立ち上がった。
「さあ、彼のところに戻りなさい。私が話したことを深く考える必要はないわ。
彼と一生を過ごしたいか、過ごしたくないかそれだけを考えなさい」
 その口ぶりは私が一族に入らないという選択をしないと言っているようだった。
「もしかしたら、一族に入らないかも知れませんよ?」
 という私の言葉に花音さんは微笑を浮かべながら首を横に振り、
「もし、その選択をするのならあなたはここまで悩んでないでしょ?」
 と言った。その通りだけど何か悔しい。
「あなたは私の子孫よ。だいたいわかるわ」
 悔しそうな私を見て肩を竦めながらそう言った。
「もう、そんなに悩んでいる時間はないわ。このままの状態でいると肉体と精神の年齢の食い違いから精神が壊れてしまうわ」
「……はい」
 既にその自覚症状がある。
「ありがとうございました」
 私はそう言うと小屋を出た。
 空を仰ぎ見るともう夕焼けに染まっていた。
 優くんも心配しているだろうから、早く宿に帰ろう。


 回る風車の向こうで、夕焼けがどんどん闇に染まっていく。
 優くんが隣にいないから今は影が一つ。
 影が二つあることが自然だし、私の一生で影が一つになることを望まない。
 影が三つ四つに増えることはあっても、一つになることは決してない。
 そう誓いながら私は宿へと向かい歩いていった。




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