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ろくでなしブルース

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nightstalker

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Last update 2007年10月08日

ヒーロー イン スタジアム 著者:ろくでなしブルース


改札をかけ抜け、三段とばしで階段を転がり降りる。
あの頃はそんな風に練習に明け暮れていた。
俺は公立高校の野球部に所属していて、さえない外野手だった。
取り柄といった足が速い事だった。
自慢じゃないけど、校内ではもっとも速く陸上部からはしつこく勧誘が来たくらいだ。
名門高校では無いので、その事が理由で1年の頃からスタメンだった。
俺がぼーっと運動所を観ていると、人の男がマウンドに立っていた。
彼はそれ程身長も高くないが、凄まじいスピードのボールを投げた。
彼が腕を振り下ろした瞬間キャッチャーミットが凄まじい音を立てる。
そんな感じだ。
俺の胸はその投球を見ただけで高鳴った。
入るはずだった陸上部の誘いを断り、野球部に入ったわけだ。
彼の名は木杉というらしい。
俺と同じ1年生だったが、周りからはもう既に期待されていた。
俺は当分球拾いをやらされた。
彼はかなり扱いの違う俺に対して良いヤツだった。
一緒によくキャッチボールをやった。
軽く投げてるのに取るのがやっとだった。

1年次は2番手投手として活躍した。
1年頃から彼は注目される投手だったが、コントロールが悪かったから1番はもらえないという事らしい。
彼は2年になってから背番号1番をつけていた。
その頃にはもう課題のコントロールもつくようになっていた。
その頃から俺達の高校はそれなり勝ち進むようになっていた。
何せ彼のボールを打てる投手はなかなか居ない。
ファールでもしようものなら歓声が鳴った。

俺達が3年になった時、順々に勝ち進んでいった。
後1勝で甲子園!
俺は2番ライトでスタメンだ。
第一打席、第二打席、と俺は凡退してしまった。
7回まで両チーム無得点でゲームを進めてしまった。
7回裏の守り突如彼のピッチングに異変が起きた。
アウトローにミットが構えられていたが、ボールは打者の背中をかすめる遅い球だった。
デットボールと判断されて打者は一塁に行った。
その後彼は山崎(キャッチャー)のサインに首をふり全てストレートを投げてその回はなんとか乗り切った。
彼はベンチに戻ってきて笑いながら『ちょっと汗で手が滑った。』と言った。
彼の異変を俺は気づいていた。
外野から見ても明らかにおかしいフォームだった。
しかし、彼だから大丈夫だと思った。
8回彼は1安打を浴びるものも、全てストレートで抑えていた。
9回表にフォアボールとまぐれ当たりの長打により、一点加える事ができた。
9回裏も彼が投げる球は全てストレートだ。
後1球で試合終了。
俺は胸を高鳴らせた。
彼は大きなモーションで球を投げた。
ゆるい球が放たれ、バットが空を切った。
俺達はとうとう甲子園に出場する事ができた。
彼はキャッチャーの元に駆け寄った。
そして彼はそのまま倒れてしまった。
俺は嫌な予感がした。
山崎は『何ふざけてるんだよー?俺達勝ったんだぜ!』とふざけた口調で言った。
返事が無い・・・。
7回裏のあのフォームの事が頭によぎった。
そのまま彼は病院に行った。
俺達は遅れて病院に行った。
俺達が病院に着くと、彼はニヤニヤしながら何事も無かったように病院から出てきた。
俺達に気づくなり『単なる熱中症だって、お前らも気をつけろよ。』と彼は言った。
俺達は胸をほっとなでおろした。
俺は『次は甲子園だぞ。ちゃんと水分取れよ!』と笑いながら言った。
彼は冗談めいた口調で『お前こそなー。次は打ってくれよ。』と言った。
俺は『もちろん』と言った。
本当は自信が無かった。
そして彼らを抜かす誰もがあまり自信が無かったんじゃないだろうか?
俺達は彼のおかげで甲子園に行けたといっても過言ではない。

結局俺達は2回戦まで進出したが強豪にあたり2-1で負けてしまった。

一ヵ月後偶然帰宅途中の彼に会った。
俺は彼の背中を叩き『よお!お前はプロに入るんだろ?』と聞いた。
彼がプロから注目されているのは新聞に書いてある周知の事実であった。
彼は『俺は進学するよ。』と言った。
俺は『何でだよ。お前は俺達の希望の光なんだぜ。』と言った。
彼は『もう、野球は飽きたから良いよ。お前こそどうするんだ?お前も結構注目されてるんだぞ。何せその足の速さだからな。』と言った。
俺は『うーん、指名されたら行くつもり。その時はお前の分まで頑張るよ。』

俺は結局社会人野球をやっている。
その後風の噂に聞いたけど、木杉は病院に入った時もうすでに肩を壊してしまったらしい。
俺らのヒーローはどんなつもりで投げ続けたのだろう。
俺には未だにわからない。
俺の中では彼はまだヒーローだ。
俺達は彼にヒーローを強要しまったのかもしれない。
ヒーローは突如現れ、去っていく。
どんな場所でもそうなのかもしれない。
俺達は常にヒーローを待ち望んでいる。
しかし、彼等のやはり人間だ。
ヒーローは磨耗され、ただの人になってしまう。
ヒーローを消費する事によって社会は動いている。
世界というのは、まるで劇場のようなものかもしれない。
俺達は一人のヒーローが消耗してしまった現場に立ち会ってしまった。
その記憶はまるで、のどにささった小骨みたいに、僕の頭の中に引っかかって離れなかった。





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