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「残る命、散った命(中編)」(2008/12/06 (土) 17:21:49) の最新版変更点
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*残る命、散った命(中編) ◆gFOqjEuBs6
———そんな……エリオが……死んだ……?
なのはは、自分の耳を疑った。
仮にもエリオは、自分が育てたフォワードの一人。
いや、JS事件が終結した現在も、六課解散までは同じ部隊の仲間。
毎朝毎朝、エリオは早起きして、自分が組んだ訓練メニューを一生懸命熟していた筈だ。
そんなエリオが、死んだ?
有り得ない。そんな訳が無い。そんな話が信じられる筈が無い。
しかし、目の前で地に顔を伏して啜り泣く少女が嘘をついているとも思えなかった。
ふと、少女の周囲の血溜まりが目に入った。
———これは、誰の血?
一つの疑問が浮かんだ。
見る限り、目の前の少女は無傷だ。
服は汚れてしまっているが、怪我をした形跡は見当たらない。
ならば、この血はまさか———エリオの血?
だが、遺体はどこにも存在しない。
以上の状況から推測するに、エリオは死んではいない。
恐らく、錯乱した少女がエリオを撃ってしまったのだろう。
だが、エリオは辛うじて一命は取り留め、この場から一時退却した。それをこの
少女は自分が殺してしまったと思い込んだのだろう。
そう考えれば、エリオの遺体が無い事にも想像がつく。
「ねぇ、落ち着いて……私の話を聞いて!」
少女の肩を掴み、顔を上げさせる。
そのまま、少女の瞳を真っ直ぐに見詰める。
少女は、透き通るような青い瞳で、なのはを見詰め返した。
「私もね……貴女と同じなんだ。私も、私のせいで親友を殺しちゃったの」
「……え……?」
「でもね、だからって死のうだなんて思っちゃいけないよ!
私が死んだって……アリサちゃんは、帰ってこないから……」
「え……アリサって……まさか……」
どうやら、アリサという名前には聞き覚えがあったらしい。
アリサの頭が爆ぜた瞬間、あれだけ大声で名前を叫んだのだ。
その名前を覚えていても可笑しくはない。
「きっと……アリサちゃんなら、誰の事も憎んだりしない……きっとアリサちゃんなら、この戦いを止めて欲しいって、願うと思うんだ……」
「…………でも……エリオは…………」
「エリオだって! ……君に死んで欲しいだなんて思わない筈だよ!!」
「…………!!」
「エリオは……君の知ってるエリオって男の子は、誰かを憎むような……誰かに死んで欲しいって願うような男の子だった……?」
「あ……あぅ……だ、だって……」
なのはの問いに、少女は奮えながらも、ゆっくりと首を横に振った。
そうだ。エリオが、誰かの死を望む筈が無いのだ。
なのはの知っているエリオという男は、どんな時だって、相手の事を気遣う事を忘れない、優しい男なのだから。
「ね……、違うでしょう? エリオは、そんなこと願わないでしょう?」
「あ……うぁ……で、でも……でも……」
何かに脅えているのだろうか。少女の様子が、明らかにおかしい。
少女の涙は、奮えは一向に止まる気配を見せない。
あと少し、あと一押しで少女は心を開いてくれそうなのに、最後の一押しが、なかなか押し出せない。
何故そんなにも自分を拒むのか、なのはにはそれがわからなかった。
だからなのは、自分の気持ちを伝える為に、再び少女を抱きしめた。
「…………!?」
「ねぇ……私のこと、エリオのこと……信じてくれないかな。」
「だ、駄目……離して!!」
「きゃっ!?」
しかし、少女を抱きしめようと、一歩踏み出した瞬間に、なのはは逆に突き飛ばされた。
何の受け身も取れずに、突然突き飛ばされたなのはは、地面軽く尻餅をついた。
だが、それでも諦めはしない。こんなことで諦めていては、誰かを救うなど到底不可能だからだ。
だから、すぐに立ち上がって、少女に詰め寄ろうとした、その時であった。
「来ないでっ!!」
「……!!」
「私と一緒にいたら……なのはまで死んじゃうから……! もう嫌なのよ……これ以上私のせいで、誰かが死ぬのは……」
少女の言葉の後、暫し続いた沈黙。
きっとこの子は、エリオを撃ってしまったことに余程の罪悪感を感じているのだろう。
もちろんエリオも心配だが、今目の前にいる少女を放っておくなど、なのはには絶対に出来なかった。
少女の心を開かせる為には、どうするべきか。
そうだ。名前だ。名前を呼んであげなきゃ、話にならない。
名前を呼ぶことからすべて始まるのだ。なのはは、そのことをよく理解していた。
故になのはは、その思いで、一歩足を踏み出した。
「君……名前は……?」
「……え……? な、何言ってるのよ……こんな時に……」
一歩踏み出したなのはから距離を取るように、少女も一歩後ろへと下がる。
「名前……教えてくれないかな……まずは、そこから始めようよ」
「あ、あんた……私の名前、知ってるでしょ!?」
「……え?」
刹那、なのはの表情は固まった。
いや、固まったのはなのはだけでは無い。
同じように、目の前の少女も、青ざめた顔で自分を見詰めている。
「な、何……なのは、まさかあんた……転校したばっかりだからって、もう私の名前忘れちゃったの……!?」
「ち、違う……! 君は何の話をしているの……!? 転校って……一体誰が!?」
転校したばっかりで?
もしかして、この子は自分の中学時代の友達か何かだろうか?
だが、そうだとしてもそれは4年以上も前の話だ。“転校したばっかり”という表現は明らかにおかしい。
「あんた、まさか……私が解んないの!? こんな時に……冗談はやめてよ!!」
「ち、違う……私は……私は、時空管理局機動六課、スターズ分隊隊長の高町なのは。君は何処かで、私に会ったことがあるの……?」
「な、何……何それ……こんな時に、そんな冗談やめてよ……! あんたは、陵桜高校3年B組の、高町なのはでしょ!?」
「冗談なんかじゃないよ……私は高校になんて行った事が無い! 君とは、これが初対面だよ……!」
言った後に、後悔した。
今の彼女の精神は、非常に不安定なのだ。そんな彼女に、「貴女なんて知らない」と言ってしまえば、どうなるか。
考えるまでもない。ようやく落ち着き始めた精神は、再び崩れ去るだろう。
「……そんな……なのはが……こんな事言う人だったなんて……」
「あ……ご、ごめんね……でも、本当に君とは初対面だと思うんだ。良ければ、君の話を聞かせてくれないかな……?」
なのはは、再び少女に近寄ろうと、一歩踏み出した。
きっと話せば、しっかり話し合えば、どんな相手だって解り合える。
その想いを胸に、少女との距離を縮める。
しかし———その想いは、少女の叫び声によって、掻き消された。
「来ないでって言ってるでしょ!?」
「……!!」
凄まじい剣幕で怒鳴る少女に、なのははその足を止めてしまった。
同時に、なのはから少し離れた場所に出来た血溜まりから、紫の大蛇が飛び出した。
大蛇は、主人である柊かがみの叫びに呼応して、ミラーワールドから姿を表した。
己が空腹を満たす為。そして、主人を脅かす外敵から、主人の身を守る為に。
大蛇——ベノスネーカーの毒牙は、真っ直ぐになのはへと走った。
もちろん、それらはほんの一瞬の出来事。
ミラーワールドから突如として現れたベノスネーカーを、なのはが感知出来る筈も無かった。
しかし、なのはは気付かなかった。ベノスネーカーが迫るよりも速く、一人の男が走り出していた事に。
「え……な……何?」
「大丈夫か……?」
気付けば、なのはは見知らぬ男に肩を掴まれ、地面を転がっていた。
何が何だかさっぱり解らないという様子のなのはに、眼鏡をかけた男は告げた。
「危なかったな。お前、俺が来るのがあと一秒でも遅れてたら、あの蛇に喰われてたぜ?」
「え……へ、蛇……?」
男がくいと視線を血溜まりへと送る。
なのはも同じ方向を見遣る。
血溜まりの中に見えたのは、紫に輝く巨大なコブラであった。
◆
「さて……シェルビー・M・ペンウッド。お前ならどうする? この状況」
「あ……え!? あ……わ、私なら……!? え……えーと……」
「もういい」
金居は、高町なのはと柊かがみが、抱き合ったり離れたりとを繰り返している様を、やや離れた物陰から窺っていた。
一緒にいる男……ペンウッドならばどう動くか。そんな質問をしてみるが、すぐに聞いた自分が馬鹿だったと後悔した。
「い、いや……その……カナイ君、やはり暫くは様子を見た方がいい……んじゃ、ないかな……?」
「……ほう。奇遇だな“ペンウッド君”、俺も同意見だ。」
静観を続けていると、ややあってペンウッドが自分の意見を発表してくれた。
ペンウッドの“カナイ君”に対抗し、嫌味たらしく“ペンウッド君”などと呼びながらも、金居は冷静に状況を把握する事にした。
まず、恐らくはあの茶髪の女が、紫の女を宥めようとしているのだろう。それは容易に想像がつく。
となれば、解らないのは先程の銃声。
一体誰が銃を撃ったのか。何に対して撃ったのか。
茶髪の女か? 有り得ない。
茶髪の女が銃を撃ったのであれば、あんな風に無防備で相手を抱きしめるという行動はあまりに不可解過ぎる。
ならば紫髪の女の方か? 普通に考えればそうだろう。
状況を見るに、恐らくは錯乱した紫の女が銃を発射。
なんとか回避した茶髪の女が、相手を落ち着かせる為に自分は無防備だとアピールしているのだろう。
そう考えれば、茶髪の女はこのゲームには乗っていない可能性が高いと思われる。
しかしながら、錯乱して銃を発射するような女と、無防備にも相手を抱きしめようとしている茶髪の女とでは、明らかに茶髪の方が不利だ。
どうする? 以上を踏まえた上で、茶髪を助けに入るか?
しかし、ここで俺が動けば、まず間違いなく紫の方は暴走するだろう。
もしかしたら、説得に成功する可能性だってあるのだ。
もう少しだけ様子を見よう。そう判断した金居が、再び静観を続けようと、物陰に隠れた、その時であった。
「な……なんだ……この金属音……凄い音が、聞こえるぞ……!」
「どうした……そんなもの、俺には聞こえないが?」
「いや……間違いないね……! 確かに聞こえるんだ。キィーンって!!」
やれやれとばかりに、金居はペンウッドに視線を送った。
ペンウッドは金属音が何処から聞こえるのかと、周囲を見渡していた。
金居は小さくため息を落とし、ペンウッドの肩を軽く叩いた。
「……いい加減にしてくれないか。金属音なんて……ッ!?」
「ど、どうした……?」
金居は、ペンウッドの肩からすぐに手を離した。
今の一瞬で、一体何が起こったのか?
聞こえたのだ、金居にも。確かに金属音が。
ならば何故、ペンウッドに触った一瞬だけ金属音を聞き取る事が出来たというのだ?
ペンウッドが、金属音を受信するアンテナの代わりになったから?
だとすれば、何がペンウッドをそうさせた?
アンデッドである俺は、全てにおいて人間の感覚を上回っているのだ。
そんな自分が聞き取れずに、ペンウッドだけが聞き取れる。
自分に無くて、ペンウッドにあるもの……?
「ペンウッド……お前、何か変な物を持っていないか? ……恐らく、今お前が身につけている物の中で、だ」
「え……あ、あぁ……えっと……そういえば、さっき地図を確認した時に、バッグから取り出した物が……あぁ、あったあった——」
「貸せっ!!」
ペンウッドがポケットから青い長方形を取り出した。
金居は、間髪入れずにペンウッドからそれを引ったくった。
——キイイイィィィィ———ィィィィィィィイン……
同時に聞こえ出した金属音。
金居は、この金属音を突き止めるべく、周囲を見渡した。
「あ……音が聞こえなくなっ——」
「黙っていろッ!!」
「え……あ……は、はい!」
小さく呟こうとしたペンウッドを、金居が制する。
金属音が聞こえなくなっただと? そんなことは言われなくてもわかっている。
何せ、今はこの長方形を自分が持っているのだから。
虎の顔に似た紋章が刻まれた長方形を握りしめ、金居はきょろきょろと周囲を見渡す。
——どこだ……どこから聞こえる!?
そうして周囲を見渡し続けた結果、金居は一つの答えにたどり着いた。
今にも一触即発な空気に包まれた、茶髪と紫の女の、すぐ近く。
そこに出来た血溜まりの中に、金居がこれまで見た事も無いような巨大なコブラが、今にも飛び掛からん勢いで、茶髪を睨んでいたのだ。
金居には、それが獲物に狙いを定めた蛇の目だということが、直ぐに理解出来た。
それはつまりどういうことか——
簡単な事だ。それ即ち、あの茶髪の女が危ないという事。
「チィ……ッ!!」
そう判断するが早いか、金居は走り出していた。
全力疾走で、あの女を助ける為に。
◆
「な……何……また……!?」
柊かがみもまた、目の前で起こった出来事を把握出来ずにいた。
自分が叫ぶと同時に、エリオの時と同じように、血溜まりから紫の異形が、大蛇が飛び出したのだ。
あの忌ま忌ましい紫の姿、決して忘れはしない。
自分を救おうとしてくれたエリオを、血溜まりの中に引きずり込んだ化け物だ。
あの化け物は、今度はなのはの命までも奪おうとした。それは、なのはが自分に優しくしようとしたから?
やはり自分は許されてはいない。ずっと、一人ぼっちで苦しみ続けねばならないのか。
せめてもの救いは、今回はなのはの命が助かった事。
見知らぬ男が、なのはの肩を掴んで、そのまま倒れ込むような姿勢で、大蛇の攻撃を回避したのだ。
良かった、と安心したのもつかの間。
直ぐに、再び現れた大蛇が、なのは達へと飛び掛かった。
「だめっ!!」
かがみが叫んだ。
今度こそ間に合わない。今度こそ、大蛇はなのは達を飲み込むであろう。
そう思い、かがみは固く目を閉じた。
これ以上、人が死ぬところを見たくは無かったから。
やがて、かがみがゆっくりと目を開けると、そこには誰も予想し得なかった光景が広がっていた。
———な、何……あれ……
かがみが、驚愕の表情を浮かべながら、尻餅をついて後ずさる。
それは、かがみの常識では考えられない光景であったから。
大蛇を“怪獣”とするならば、そこにいるのはまさに“怪人”。
まるで黄金のような装甲を煌めかせた“怪人”が、巨大な双剣で“怪獣”を受け止めているのだ。
見れば、大蛇に喰われる筈であったなのはもまた、自分と同じように目を丸くして、怪人を見ていた。
◆
金居には、紫の大蛇——ベノスネーカーが、再び自分を、なのはを襲う為に姿を現すであろう事など、容易に想像がついていた。
あの大蛇が、ミラーモンスターが、一度狙った獲物をそう簡単に諦める訳が無いのだから。
しかし、敵は鏡の世界の住人。攻撃が失敗したとあればすぐにまた鏡の中へと逃げ帰る。
攻撃さえ出来れば、手の打ちようもある。
されど、すぐに鏡の中へ逃げられていては、こちらも攻撃のしようが無い。
同じリングでの戦いならば、最強のカテゴリーキングである自分が、あの程度の敵に敗れることなど有り得ないというのに。
———この蛇と対峙するにはどうすればいい?
方法はある筈だ。その方法を見付けるべく、金居は思考を巡らせる。
ベノスネーカーが狙っているのはこの茶髪の女。
つまりは、ベノスネーカーは再び“こいつ”を襲う為に姿を現す筈なのだ。
ならば、取れる方法は一つだ。
この女で敵を引き付け、鏡から飛び出した瞬間に抑える。
金居がこの作戦に思い至るまで、ほんの数秒。
直ぐにベノスネーカーが飛び出して来たのを確認すると、金居は女を——なのはを、傍らへと突き飛ばした。
目を丸くするなのはを尻目に、金居は自らの姿を、本来の———ギラファアンデッドの姿へと変化させた。
黄金色に輝く体は、まさにアンデッドの王たる風格を漂わせており、そこに顕在するだけで、異様な威圧感を放っていた。
ギラファアンデッドの反射速度は、アンデッドであるが故に人間のそれを大きく上回っている。
それ故に、今の彼には鏡から飛び出すベノスネーカーの速度など、止まっているに等しかった。
ギラファはすぐに両腕を拡げ、その手にクワガタムシの大顎を模した、銀の双剣を作り出した。
作り出された双剣は、直ぐさま金と黒に変色・硬質化し、独特な輝きを放つ。
黄金の剣——ヘルター。
黒鉄の剣——スケルター。
それは、ダイアのカテゴリーキング、及びエースにのみ所持する事を許された、唯一無二の破壊力を誇る双剣。
それらを交差させて構え———ベノスネーカーが飛び込んで来るのに備える。
交差したヘルターとスケルターは、小さな赤い稲妻を発し———
「シェアァァァアアアアアアアッ!!!」
掛け声と共に、それをベノスネーカーへと振り下ろした。
本来なら仮面ライダーの装甲であろうが、高出力のビームにより作られたスクリーンであろうが無条件に粉砕し、
吹き飛ばす程の威力を誇る一撃が、ベノスネーカーの頭部に炸裂する。
しかし、ベノスネーカーを吹き飛ばすまでには至らなかった。
それは、ギラファにとってとても有利とは言えない、二つのファクターが彼を邪魔したから。
一つは、装着された首輪によって成される、弱体化の制限。
一つは、2メートル程の身長しかないギラファと、そのサイズは10メートルをも越えるミラーモンスターとのサイズ差。
それらの条件がギラファの足枷となり、ヘルター・スケルターによる攻撃の威力を緩和したのだ。
しかし、それでもベノスネーカーが苦痛に表情を歪ませていることは、ギラファには手に取るように分かった。
自由に鏡に逃げ込める筈のミラーモンスターが、それをしないのが大きな証拠だ。
今ならコイツを殺せる。そう判断したギラファは、すぐに双剣を構え直した。
「シェエアァッ!!」
一撃目。振り下ろすヘルターが、激しい火花を散らしながら、ベノスネーカーの頭を切り付ける。
「シェアッ!!」
二撃目。ヘルターに続けて、右手で構えたスケルターで、ベノスネーカーの頭部を横から薙ぎ払う。
「セヤァッ!!」
三撃目。ヘルターとスケルターを続けてベノスネーカーの頭へ叩き込み、そのまま四撃目へと入る。
続けて斜め掛けに振り上げた双剣は、ベノスネーカーの下顎を叩き割らんと、激しい火花を散らす。
流石に堪えたのか、ベノスネーカーは一度ギラファから距離を取ろうと後退するが———
ギラファの双剣は、既に大きく振りかぶられ、最後の一撃を放たんと、眩ゆい光を放っていた。
左手に持ったヘルターを低く、右手に持ったスケルターを高く構え、腰を低く落とす。
黄金に輝くヘルター。紫紺の光を放つスケルター。
それらは、大蛇に死を齎すべく、嫌と言う程に眩しく輝いていた。
そして———
「トゥアッ!!!」
『ッシャァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
双剣は、手負いの大蛇へと勢い良く振り下ろされた。
まるでビームでも纏っているかの如く光り輝く双剣は、ベノスネーカーの頭部を綺麗に切り裂いた。
ベノスネーカーは、余りの激痛に狂ったように叫びながら、地面をのたうちまわる。
ギラファはゆっくりと双剣を降ろし、苦しみに悶えるベノスネーカーを嘲笑するが———
『グォォォオオオオオオオッ!!!!』
「な……!?」
突如として鏡から現れた“銀色のサイ”が、その巨大なツノで、ギラファに突進した。
流石のギラファもこの攻撃は予想し得なかっただけに、右脇腹に突進による一撃を貰う。
「チッ……もう一匹いたのか!!」
愚痴を漏らすギラファ。
そう。もう一匹居たのだ。
本来ならば一つのカードデッキ毎に契約モンスターは一匹なのだが、
柊かがみに支給された王蛇のカードデッキには、どういう訳か契約のカードが三枚入っている。
内一枚は、ベノスネーカーとの契約。
そして二枚のカードは、銀色のサイ——メタルゲラスと契約されているのだ。
これというのも、このカードデッキの元の所有者が、メタルゲラスと契約していた“仮面ライダー”を殺害し、そのモンスターを奪ったのが原因。
それ故に、王蛇のカードデッキは一つで二つ分のデッキとして機能しているも同然なのだ。
もちろん、今初めてモンスターと交戦したギラファに、そんな事がわかる筈も無いが。
ギラファは、周囲を見渡した。
現在の状況を纏めると、少し離れた場所でこの戦いを見守るなのはと、ペンウッド。
のたうちまわりながらも、なんとかミラーワールドへと帰還した蛇と、柊かがみを守るように佇むサイ。
———ん? 何だ、この状況は。
と、ふとギラファの頭に、疑問が生まれた。
逃げようとする蛇は問題無い。放っておいても、俺が奴に敗れることは有り得ない。
問題なのは、サイだ。何故にあのサイは紫の女を守るようなポジションで立っている?
それはまるで、主を守る家来のように。
あのサイは、女を守るように立っている。
あの蛇は、女の激情に応えるかのように、茶髪の女を襲った。
以上の事柄から、ギラファは一つの仮説を立てるに至った。
あの女が、化け物共を操っている。
または、あの化け物共は、女を守る為に戦っている。
ならば、あの女を殺してしまえばどうなるか?
それはもちろん誰にもわからないが、仮にあの女が死んだところで金居には何の悲しみも無い。
あまつさえ、あの女が死に、モンスターが暴走したところで、金居にとっては何の恐怖も無い。
所詮女は見知らぬ“人間”。
暴走したモンスター共も、奴ら以上の絶対的な“力”を以て捩伏せればいいだけの話。
ギラファは、明確な殺意を持って、紫の女——柊かがみを殺すべく、歩き始めた。
◆
———な、何よ……!? 何よ何よ、何なのよアイツ!?
柊かがみは、脅えていた。ただただ、脅えていた。
恐怖の対象は、圧倒的な力で大蛇を捩伏せた、“金のクワガタ怪人”。
クワガタか何かは知らないが、頭にはクワガタムシと同じようなツノがあるし、全身にもクワガタムシの大顎に似た突起がある。
だから、柊かがみの中で、あの怪人はとりあえずクワガタ怪人になった。
あのクワガタ怪人は、エリオを殺した憎き大蛇を、圧倒的な力でやっつけてくれた。
本来なら、それは頼もしい味方と思えたのかも知れないが———柊かがみには、どうしてもそう判断出来なかった。
それは、あのクワガタ怪人が放つ異様なまでの殺気が原因なのか。はたまた別の何かなのか。
それはかがみの知った所では無いが、とにかく怖かった。ただひたすらに怖かった。
大蛇を切り刻み、嘲笑するあの“化け物”が、怖くて怖くてたまらなかった。
やがて、かがみの恐怖に応えた銀のサイ——メタルゲラスが、鏡の中から飛び出した。
クワガタ怪人に一撃を与えたメタルゲラスは、まるで自分を守るとでも言いたげに、かがみの眼前で吠えた。
しかし、今のかがみの目には、メタルゲラスもまた自分を脅かす化け物の一つにしか見えず。
かがみはとにかく、このクワガタの化け物から、サイの化け物から逃れようと、駆け出した。
しかし、過度の恐怖と混乱の為か、思うように脚が動かない。
すぐに転んだかがみは、涙を浮かべながら、顔を上げた。
視界が霞んでよく見えないが———霞んだ目にも映る、暗闇に輝く、金と銀の化け物。
お互いに争っているらしく、金が振るう双剣と、銀が振るう巨大な腕が激突し、火花を散らしていた。
———もう嫌だ! 冗談じゃない、どうして私ばっかりがこんな目に合わなきゃならないのよ……!
涙を流しながらも、かがみはそう強く念じた。
出来る事なら、二人共私の前から消えてくれ!と、そう念じた。
するとどうしたことか。銀のサイが、鏡の中へと戻っていったのだ。
訳もわからずに、ただただ後ずさりするかがみ。
ポケットの中には確かにカードデッキがあるのだが、かがみはそれを知らない。
しかし、メタルゲラス達にとっては、カードデッキを所有するかがみは、まさしく“仮面ライダー”なのだ。
即ち、カードで戦い、モンスターや他のライダーを倒し、自分達に餌を与えてくれる、“主人”。
力を持っている筈のかがみが、自分達に消えろと願うということは、かがみが自分で戦うという事。
少なくとも、メタルゲラスはそう判断した。
しかし、もちろんかがみには“仮面ライダー”も、カードデッキを持つ者の運命も、何一つ分かる筈が無かった。
故にかがみは、迫り来るクワガタ怪人———ギラファアンデッドから逃げるように、ただただ後ずさることしか出来ない。
やがて、だんだんと距離を詰められる。しかし、かがみには逃げ伸びる手段など存在せず。
「どうした? モンスター共に逃げられて、戦う気が失せたか?」
「い、嫌……来ないで……」
「……悪いが、お前が生きていればいつまた襲われるか分かった物じゃないんでね。」
言われたかがみは、涙を浮かべながらも、ギラファの鋭い眼光に睨み付けた。
自分のせいで誰かが襲われる?
そんなことは、エリオの時と、それからなのはの時とで、十分に解っている。
だから自分は“許されない存在”なのだ。自分が生きていては、誰かを傷付けるだけなのだ。
———私だって……死にたかったわよ
心の中で、強く念じた一言。
そうだ。さっきだって、自分で死のうとした。死ぬのは怖く無かった。
かがみもそれを、ギラファに言おうとするが———
「わ、私だって……」
「……ん?」
「私だって…………!」
何故だか、その言葉は口に出来なかった。
さっきまでは何も怖く無かった筈なのに、どうして?
この怪人に恐怖を感じてしまったから?
そもそも、死ぬと決めた人間が恐怖を感じる事自体がおかしくはないか?
そんな考えが、かがみの頭を駆け巡る。
いつからだ? いつから自分は助かりたい等と考えるようになった?
エリオを殺されて——いや、私がエリオを殺して、それで死のうとした筈だ。
しかし、それは出来なかった。なのはに止められて、抱きしめられて———
———そっか、なのはに会っちゃったから……なのはに抱きしめられちゃったから……
そして、一つの結論に至った。
なのはに出会った時点で、死の覚悟は揺らいでしまっていたのだと。
今はただ、この化け物が怖い。
この化け物から逃げ出したい。エリオへの償いは、その後でもいい。
こうしてまともに恐怖を感じられるということは、ようやくものを普通に考えられる状態にまで頭が回復したということ。
もしもなのはと出会う前にこの化け物に出くわしていたなら、恐らく自分は何の抵抗もなく殺される事を選んでいたであろう。
かがみは、心のどこかで、なのはに感謝の念を抱きながらも、目前に迫るギラファアンデッドから逃れようと、後ずさりを続ける。
暫く逃げたところで、背中に何か、硬い物が当たるのを感じた。
———何よ!? こんな時に!
苛立ちを感じながら、背中に当たった何かを掴み、どけようとするが。
「(これは……!?)」
「どうした……そこまでか? 女」
立ち止まると同時に、ギラファがヘルターを構えた。
しかし、かがみは動じない。何故なら、今のかがみは、完全に“ぶつかった何か”へと意識を集中させていたから。
それは、ついさっきまでなのはが持っていた物。しかし、自分は何故かその“箱”に、見覚えがある気がした。
次の瞬間、かがみは夢中になって箱を回収し、その中身を確かめていた。
———何コレ……知ってる……何だかわかんないけど、私はコレを知ってる……!
小さく呟きながら、かがみはそれを——“デルタギアケース”を抱え、ギラファを睨み付けた。
何故だかは、自分にもわからない。
だけど、自分は確かにこのアタッシェケースを、この中のベルトを知っていた。
このベルトが装着者を選ばずに力を与えるものだと言う事も、この力ならば目の前の驚異から助かる事が出来るということも。
何故だか、かがみは知っていた。知っているような気がした。
故にかがみは、デルタギアケースの中に入ったユーザーズガイドを開きもせずに、すぐにベルトを自分の腰に装着した。
ケースに入っていたビデオカメラ——デルタムーバーを、ベルトに接続する。
グリップ式の携帯電話——デルタフォンを、自分の顔に近付ける。
グリップの引き金を引き、マイクをオンにする。
口元にデルタフォンのマイクを近付け———
「変身」
———Standing by———
デルタギアとは、音声認識システムを採用した、“最強”のライダーズギア。
変身、と音声入力すれば、それだけでデルタフォンは変身待機状態に入るのだ。
あとはそれを、ベルトに装着したデルタムーバーへと接続するだけ。
かがみはそのまま、勢いよく、デルタフォンをデルタムーバーへと叩き込んだ。
———Complete———
同時にかがみの体を、ベルトから伸びた白いラインが走る。
白いラインは青白い光を放ちながら、デルタのスーツを形成して行く。
やがてかがみの体は、完全にスーツに包まれ、その姿を仮面ライダーデルタへと変えていた。
「馬鹿な……あの女が、仮面ライダー……だと?」
ギラファが呟く。
しかしデルタはそれに答えること無く、ただ燃えるような赤い瞳でギラファを見詰めるのみ。
次に周囲を見渡した。なのはと、一緒にいる男が驚愕の表情を浮かべている。
それはいい。驚きたいのは自分だって同じだ。
次に、自分の両手を見た。真っ黒なスーツに、白いラインが走っているのが見て取れた。
この感覚は何だろう? どういう訳か、このスーツを身に纏ってから、力が漲ってくる感覚がする。
それに何よりも———
———殺したい。目の前のアイツを殺したい。ううん、みんな殺してしまいたい。
沸き上がるのは、凄まじいまでの殺意と、この力を使って戦いたいという願望。
この力を使っている限り、自分は負けない。負ける気がしない。
そんな自信からか、かがみは——いや、デルタは、すぐにギラファの眼前まで走って、距離を詰めた。
「シェァッ!」
「(遅いッ!)」
目前まで接近されることを許してしまったギラファは、すぐにデルタに向かってスケルターを振り下ろす。
だが、デルタの力を身に纏ったかがみには、そんな攻撃はまるでスローモーションのように見えた。
だからデルタは、スケルターによる一撃を簡単に回避し、ただ力任せにギラファの胸板を殴り付けた。
どうやらパンチ一発ではまだ足りないらしい。ならば次を叩き込めばいい。
今なら、どんな場所にでも打撃を入れられる。そんな自信がある。
デルタは一瞬怯んだギラファのボディに、間髪入れずに前蹴りを叩き込んだ。
1メートル程後方へと跳ね飛んだギラファは、受け身を取りながらも地面に激突する。
「クッ……貴様……」
「(行ける。これなら、コイツにだって勝てる! コイツを、殺せる!!
ううん、コイツどころじゃない! そんなもんじゃない、誰にだって勝てる!!)」
「調子に乗るなよ……!」
悔しそうな瞳で、自分を見つめるのがわかる。
勝利を確信し、仮面の下で笑い始めたデルタ。
それを尻目に、ギラファは起き上がり様に、両手に握った双剣を輝かせる。
———あの光、さっきの蛇を倒した時の……!
そうだ。かがみは、あの光を見た事がある。先程の戦いでベノスネーカーを痛め付けた攻撃だ。
どうする? どう対処する?
あんな攻撃を喰らえば、恐らくはデルタのスーツでも相当なダメージを受ける筈だ。
しかし、どういう訳か逃げる気にもならない。アイツを叩きのめさなければ気が済まないのだ。
デルタドライバーの大容量ハードディスクに記録された、かつての装着者達の戦いが、かがみの脳に直接トレースされる。
その経験と、デルタの力により跳ね上がった感覚。
そして、デルタに搭載された悪魔のシステムが、かがみに絶対的な自信を与える。
デルタの力に溺れ切ったかがみが出した結論は、“あの一撃を回避して、再び踏み込んで攻撃する”という至って単純なもの。
故にデルタは、どちらの方向にでも回避出来るように身構える。
一方で、ギラファも双剣を振り上げ、攻撃体勢に入る。
ギラファが双剣を振り下ろした瞬間に、自分は移動を開始する。
その為に、ギラファの動きに全意識を集中させるが———
「も……もう止めてくれ!!」
———それは、思わぬ邪魔が入った事により、中断された。
突然の大声に、ギラファもデルタも、動きを止めて、声が発せられた方向に視線を送る。
「ペンウッド……」
再び呟いたギラファ。
視線の先にいるのは、なのはと一緒にいた中年の男だ。
全身をガタガタと震わせていることからも、勇気を振り絞って声を張ったのだろう。
まずはあいつから殺してやろうかという考えが、かがみの頭を過ぎる。
今なら無防備なペンウッドは、軽く殺せる筈だ。
そう思ったデルタが、ペンウッドへと方向展開しようと、一歩踏み出すが。
「よそ見を……するなッ!」
「……きゃっ!?」
ほんの一瞬の隙をついて、ギラファがデルタの間合いへと踏み込み、ヘルターを振り下ろした。
火花が散り、デルタの装甲が斬り裂かれ、痛々しい傷が残る。
それでも容赦はせず、もう一閃。今度はスケルターによる斜め掛けの一撃。
二撃目の衝撃で、デルタの胸に×字型の傷が付く。だが、ギラファの猛攻はまだ終わらない。
ヘルター・スケルターで、横払いに叩き付けるように、デルタを殴り飛ばした。
初撃からここまでの繋ぎ。秒数で数えるならば、三秒にも満たない程の速度。
ろくに受け身をとることも出来ないデルタは、最後の一撃による衝撃で、地面にたたき付けられた。
同時にベルトのロックも外れ、デルタドライバーはかがみの足元に落下した。
デルタの全システムを管理するデルタドライバーが外れた。それが意味するのは、デルタの変身解除。
力を失ったかがみの前に、ギラファが迫る。突き付けられた金色の剣が、かがみの表情を強張らせる。
「終わりだな。仮面ライダー……死ね」
「(なんで……!? そんな訳ない! 私が負ける訳ない!!)」
小さな声で呟いたギラファは、金の剣を振り上げた。
だが、かがみはそんなことは認めない。最後の最後まで抗ってやろうと、右腕を突きだすが———
「……何だコレは!」
「……え?」
振り上げられたその剣が、かがみへと振り下ろされる事は無かった。
ギラファの身体を、ピンクに輝く光が拘束しているのだ。
仮にもダイアスート最強のカテゴリーキングであるギラファの動きを止めるには、相当な力が必要な筈だ。
それ程の力の発生原はやはり———
「そこまでだよ。金居君」
「まさか貴様……!」
かがみの目の前で静止したギラファが、少し離れた場所でこちらを指差すなのはを睨んでいた。
正直言って、かがみには何が何だかわからなかった。
魔法を全く知らないかがみに、現状を理解出来る訳が無いのだ。
故になのはが用いたバインドにも全く心辺りが無い。
やがてギラファの姿は、次第にスーツを着た眼鏡の男へと戻っていた。
同時にピンクの光も消え、そこにいるのは金居とかがみ。ただの男女二人となる。
だが、この男は、さっきまで化け物に変身していた男なのだ。
人間の姿になったからと言って、信用など出来るものか。
かがみは、すぐに地面に落ちたデルタギアを回収。
次に、自分に接近しようとする金居に手を翳した。
「貴様……」
「近寄らないで! このベルトは誰にも渡さない!」
「なっ……うおっ!?」
同時に、かがみの手から発せられた電撃は、人間態の金居を弾き飛ばした。
どうやら人間の姿を取っている間は、さっきの馬鹿げた力は使用出来ないらしい。
——まぁかがみにそんな判断をする余裕は無かったが。
かがみには最早、何故自分が電撃を放てたのかなど、どうでも良かった。
ただ、笑いが込み上げてくる。どういう訳か、自分は力を手に入れたのだ。
それが何の力なのか。何故自分に与えられたのか。そんなことはもうどうだっていい。
「あはは……あは、あははははははははははははははははははははははははッ!!」
気付けば自分は、狂ったように笑いながら、周囲に置きっぱなしにしていたデイバッグを回収していた。
デイバッグは三つあったが、どれが自分のものだとか、そんなことももうどうでもいい。
全部持って行けばそれでいいのだ。多分どれか一つはエリオのものだろう。
だからかがみは、持っていたデルタギアも、デルタギアケースも、無理矢理デイバッグに押し込んだ。
何故自分がこんな事をしているのか?
簡単な話だ。今のかがみは、他人を殺すことしか考えていないのだ。
この力を使い、他人を殺し、ゲームに生き残る。
自分以外が皆死んでしまえば、自分は家に帰ることが出来るのだ。
「アハハ、アハハハハ……アハハハハハハハハハ……アーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!
皆……みーんな殺してやるッ!! 私が優勝するんだ!! 優勝は誰にも渡さないッ!!
アハハハハハハ! アハハハ、アーッハハハハハハハハハッ!!!」
目を剥き出し、口を馬鹿みたいに開けながら、かがみは叫んだ。
どういう訳か、笑いが止まらなかった。愉快で愉快で、たまらないのだ。
それもその筈だろう。自分はこんなにも素晴らしい力を手に入れたのだから。
これがあれば誰だって自分には敵わない。どんな奴だって簡単に殺すことができるのだ。
皆、皆殺す。このベルトを使って、一人残らず殺すことで、この悪夢は終わらせられる。
そうだ、それが一番手っ取り早いのだ。そうしたら、またつかさや、こなた達と一緒に、平和な生活に戻れるのだから。
その考え自体がデルタギアの持つ“悪魔のシステム”によるものだとも知らずに。
かがみはすぐに、デイバッグを抱えたまま走り出した。
今はこのまま逃げて、態勢を立て直す。
どういう訳か、このベルトを使ったことによる疲労が、半端ないのだ。
だからかがみは、宛てもなく、とにかく走り出し、市街地の闇の中へと姿を消した。
◆
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*残る命、散った命(中編) ◆gFOqjEuBs6
———そんな……エリオが……死んだ……?
なのはは、自分の耳を疑った。
仮にもエリオは、自分が育てたフォワードの一人。
いや、JS事件が終結した現在も、六課解散までは同じ部隊の仲間。
毎朝毎朝、エリオは早起きして、自分が組んだ訓練メニューを一生懸命熟していた筈だ。
そんなエリオが、死んだ?
有り得ない。そんな訳が無い。そんな話が信じられる筈が無い。
しかし、目の前で地に顔を伏して啜り泣く少女が嘘をついているとも思えなかった。
ふと、少女の周囲の血溜まりが目に入った。
———これは、誰の血?
一つの疑問が浮かんだ。
見る限り、目の前の少女は無傷だ。
服は汚れてしまっているが、怪我をした形跡は見当たらない。
ならば、この血はまさか———エリオの血?
だが、遺体はどこにも存在しない。
以上の状況から推測するに、エリオは死んではいない。
恐らく、錯乱した少女がエリオを撃ってしまったのだろう。
だが、エリオは辛うじて一命は取り留め、この場から一時退却した。それをこの
少女は自分が殺してしまったと思い込んだのだろう。
そう考えれば、エリオの遺体が無い事にも想像がつく。
「ねぇ、落ち着いて……私の話を聞いて!」
少女の肩を掴み、顔を上げさせる。
そのまま、少女の瞳を真っ直ぐに見詰める。
少女は、透き通るような青い瞳で、なのはを見詰め返した。
「私もね……貴女と同じなんだ。私も、私のせいで親友を殺しちゃったの」
「……え……?」
「でもね、だからって死のうだなんて思っちゃいけないよ!
私が死んだって……アリサちゃんは、帰ってこないから……」
「え……アリサって……まさか……」
どうやら、アリサという名前には聞き覚えがあったらしい。
アリサの頭が爆ぜた瞬間、あれだけ大声で名前を叫んだのだ。
その名前を覚えていても可笑しくはない。
「きっと……アリサちゃんなら、誰の事も憎んだりしない……きっとアリサちゃんなら、この戦いを止めて欲しいって、願うと思うんだ……」
「…………でも……エリオは…………」
「エリオだって! ……君に死んで欲しいだなんて思わない筈だよ!!」
「…………!!」
「エリオは……君の知ってるエリオって男の子は、誰かを憎むような……誰かに死んで欲しいって願うような男の子だった……?」
「あ……あぅ……だ、だって……」
なのはの問いに、少女は奮えながらも、ゆっくりと首を横に振った。
そうだ。エリオが、誰かの死を望む筈が無いのだ。
なのはの知っているエリオという男は、どんな時だって、相手の事を気遣う事を忘れない、優しい男なのだから。
「ね……、違うでしょう? エリオは、そんなこと願わないでしょう?」
「あ……うぁ……で、でも……でも……」
何かに脅えているのだろうか。少女の様子が、明らかにおかしい。
少女の涙は、奮えは一向に止まる気配を見せない。
あと少し、あと一押しで少女は心を開いてくれそうなのに、最後の一押しが、なかなか押し出せない。
何故そんなにも自分を拒むのか、なのはにはそれがわからなかった。
だからなのは、自分の気持ちを伝える為に、再び少女を抱きしめた。
「…………!?」
「ねぇ……私のこと、エリオのこと……信じてくれないかな。」
「だ、駄目……離して!!」
「きゃっ!?」
しかし、少女を抱きしめようと、一歩踏み出した瞬間に、なのはは逆に突き飛ばされた。
何の受け身も取れずに、突然突き飛ばされたなのはは、地面軽く尻餅をついた。
だが、それでも諦めはしない。こんなことで諦めていては、誰かを救うなど到底不可能だからだ。
だから、すぐに立ち上がって、少女に詰め寄ろうとした、その時であった。
「来ないでっ!!」
「……!!」
「私と一緒にいたら……なのはまで死んじゃうから……! もう嫌なのよ……これ以上私のせいで、誰かが死ぬのは……」
少女の言葉の後、暫し続いた沈黙。
きっとこの子は、エリオを撃ってしまったことに余程の罪悪感を感じているのだろう。
もちろんエリオも心配だが、今目の前にいる少女を放っておくなど、なのはには絶対に出来なかった。
少女の心を開かせる為には、どうするべきか。
そうだ。名前だ。名前を呼んであげなきゃ、話にならない。
名前を呼ぶことからすべて始まるのだ。なのはは、そのことをよく理解していた。
故になのはは、その思いで、一歩足を踏み出した。
「君……名前は……?」
「……え……? な、何言ってるのよ……こんな時に……」
一歩踏み出したなのはから距離を取るように、少女も一歩後ろへと下がる。
「名前……教えてくれないかな……まずは、そこから始めようよ」
「あ、あんた……私の名前、知ってるでしょ!?」
「……え?」
刹那、なのはの表情は固まった。
いや、固まったのはなのはだけでは無い。
同じように、目の前の少女も、青ざめた顔で自分を見詰めている。
「な、何……なのは、まさかあんた……転校したばっかりだからって、もう私の名前忘れちゃったの……!?」
「ち、違う……! 君は何の話をしているの……!? 転校って……一体誰が!?」
転校したばっかりで?
もしかして、この子は自分の中学時代の友達か何かだろうか?
だが、そうだとしてもそれは4年以上も前の話だ。“転校したばっかり”という表現は明らかにおかしい。
「あんた、まさか……私が解んないの!? こんな時に……冗談はやめてよ!!」
「ち、違う……私は……私は、時空管理局機動六課、スターズ分隊隊長の高町なのは。君は何処かで、私に会ったことがあるの……?」
「な、何……何それ……こんな時に、そんな冗談やめてよ……! あんたは、陵桜高校3年B組の、高町なのはでしょ!?」
「冗談なんかじゃないよ……私は高校になんて行った事が無い! 君とは、これが初対面だよ……!」
言った後に、後悔した。
今の彼女の精神は、非常に不安定なのだ。そんな彼女に、「貴女なんて知らない」と言ってしまえば、どうなるか。
考えるまでもない。ようやく落ち着き始めた精神は、再び崩れ去るだろう。
「……そんな……なのはが……こんな事言う人だったなんて……」
「あ……ご、ごめんね……でも、本当に君とは初対面だと思うんだ。良ければ、君の話を聞かせてくれないかな……?」
なのはは、再び少女に近寄ろうと、一歩踏み出した。
きっと話せば、しっかり話し合えば、どんな相手だって解り合える。
その想いを胸に、少女との距離を縮める。
しかし———その想いは、少女の叫び声によって、掻き消された。
「来ないでって言ってるでしょ!?」
「……!!」
凄まじい剣幕で怒鳴る少女に、なのははその足を止めてしまった。
同時に、なのはから少し離れた場所に出来た血溜まりから、紫の大蛇が飛び出した。
大蛇は、主人である柊かがみの叫びに呼応して、ミラーワールドから姿を表した。
己が空腹を満たす為。そして、主人を脅かす外敵から、主人の身を守る為に。
大蛇——ベノスネーカーの毒牙は、真っ直ぐになのはへと走った。
もちろん、それらはほんの一瞬の出来事。
ミラーワールドから突如として現れたベノスネーカーを、なのはが感知出来る筈も無かった。
しかし、なのはは気付かなかった。ベノスネーカーが迫るよりも速く、一人の男が走り出していた事に。
「え……な……何?」
「大丈夫か……?」
気付けば、なのはは見知らぬ男に肩を掴まれ、地面を転がっていた。
何が何だかさっぱり解らないという様子のなのはに、眼鏡をかけた男は告げた。
「危なかったな。お前、俺が来るのがあと一秒でも遅れてたら、あの蛇に喰われてたぜ?」
「え……へ、蛇……?」
男がくいと視線を血溜まりへと送る。
なのはも同じ方向を見遣る。
血溜まりの中に見えたのは、紫に輝く巨大なコブラであった。
◆
「さて……シェルビー・M・ペンウッド。お前ならどうする? この状況」
「あ……え!? あ……わ、私なら……!? え……えーと……」
「もういい」
金居は、高町なのはと柊かがみが、抱き合ったり離れたりとを繰り返している様を、やや離れた物陰から窺っていた。
一緒にいる男……ペンウッドならばどう動くか。そんな質問をしてみるが、すぐに聞いた自分が馬鹿だったと後悔した。
「い、いや……その……カナイ君、やはり暫くは様子を見た方がいい……んじゃ、ないかな……?」
「……ほう。奇遇だな“ペンウッド君”、俺も同意見だ。」
静観を続けていると、ややあってペンウッドが自分の意見を発表してくれた。
ペンウッドの“カナイ君”に対抗し、嫌味たらしく“ペンウッド君”などと呼びながらも、金居は冷静に状況を把握する事にした。
まず、恐らくはあの茶髪の女が、紫の女を宥めようとしているのだろう。それは容易に想像がつく。
となれば、解らないのは先程の銃声。
一体誰が銃を撃ったのか。何に対して撃ったのか。
茶髪の女か? 有り得ない。
茶髪の女が銃を撃ったのであれば、あんな風に無防備で相手を抱きしめるという行動はあまりに不可解過ぎる。
ならば紫髪の女の方か? 普通に考えればそうだろう。
状況を見るに、恐らくは錯乱した紫の女が銃を発射。
なんとか回避した茶髪の女が、相手を落ち着かせる為に自分は無防備だとアピールしているのだろう。
そう考えれば、茶髪の女はこのゲームには乗っていない可能性が高いと思われる。
しかしながら、錯乱して銃を発射するような女と、無防備にも相手を抱きしめようとしている茶髪の女とでは、明らかに茶髪の方が不利だ。
どうする? 以上を踏まえた上で、茶髪を助けに入るか?
しかし、ここで俺が動けば、まず間違いなく紫の方は暴走するだろう。
もしかしたら、説得に成功する可能性だってあるのだ。
もう少しだけ様子を見よう。そう判断した金居が、再び静観を続けようと、物陰に隠れた、その時であった。
「な……なんだ……この金属音……凄い音が、聞こえるぞ……!」
「どうした……そんなもの、俺には聞こえないが?」
「いや……間違いないね……! 確かに聞こえるんだ。キィーンって!!」
やれやれとばかりに、金居はペンウッドに視線を送った。
ペンウッドは金属音が何処から聞こえるのかと、周囲を見渡していた。
金居は小さくため息を落とし、ペンウッドの肩を軽く叩いた。
「……いい加減にしてくれないか。金属音なんて……ッ!?」
「ど、どうした……?」
金居は、ペンウッドの肩からすぐに手を離した。
今の一瞬で、一体何が起こったのか?
聞こえたのだ、金居にも。確かに金属音が。
ならば何故、ペンウッドに触った一瞬だけ金属音を聞き取る事が出来たというのだ?
ペンウッドが、金属音を受信するアンテナの代わりになったから?
だとすれば、何がペンウッドをそうさせた?
アンデッドである俺は、全てにおいて人間の感覚を上回っているのだ。
そんな自分が聞き取れずに、ペンウッドだけが聞き取れる。
自分に無くて、ペンウッドにあるもの……?
「ペンウッド……お前、何か変な物を持っていないか? ……恐らく、今お前が身につけている物の中で、だ」
「え……あ、あぁ……えっと……そういえば、さっき地図を確認した時に、バッグから取り出した物が……あぁ、あったあった——」
「貸せっ!!」
ペンウッドがポケットから青い長方形を取り出した。
金居は、間髪入れずにペンウッドからそれを引ったくった。
——キイイイィィィィ———ィィィィィィィイン……
同時に聞こえ出した金属音。
金居は、この金属音を突き止めるべく、周囲を見渡した。
「あ……音が聞こえなくなっ——」
「黙っていろッ!!」
「え……あ……は、はい!」
小さく呟こうとしたペンウッドを、金居が制する。
金属音が聞こえなくなっただと? そんなことは言われなくてもわかっている。
何せ、今はこの長方形を自分が持っているのだから。
虎の顔に似た紋章が刻まれた長方形を握りしめ、金居はきょろきょろと周囲を見渡す。
——どこだ……どこから聞こえる!?
そうして周囲を見渡し続けた結果、金居は一つの答えにたどり着いた。
今にも一触即発な空気に包まれた、茶髪と紫の女の、すぐ近く。
そこに出来た血溜まりの中に、金居がこれまで見た事も無いような巨大なコブラが、今にも飛び掛からん勢いで、茶髪を睨んでいたのだ。
金居には、それが獲物に狙いを定めた蛇の目だということが、直ぐに理解出来た。
それはつまりどういうことか——
簡単な事だ。それ即ち、あの茶髪の女が危ないという事。
「チィ……ッ!!」
そう判断するが早いか、金居は走り出していた。
全力疾走で、あの女を助ける為に。
◆
「な……何……また……!?」
柊かがみもまた、目の前で起こった出来事を把握出来ずにいた。
自分が叫ぶと同時に、エリオの時と同じように、血溜まりから紫の異形が、大蛇が飛び出したのだ。
あの忌ま忌ましい紫の姿、決して忘れはしない。
自分を救おうとしてくれたエリオを、血溜まりの中に引きずり込んだ化け物だ。
あの化け物は、今度はなのはの命までも奪おうとした。それは、なのはが自分に優しくしようとしたから?
やはり自分は許されてはいない。ずっと、一人ぼっちで苦しみ続けねばならないのか。
せめてもの救いは、今回はなのはの命が助かった事。
見知らぬ男が、なのはの肩を掴んで、そのまま倒れ込むような姿勢で、大蛇の攻撃を回避したのだ。
良かった、と安心したのもつかの間。
直ぐに、再び現れた大蛇が、なのは達へと飛び掛かった。
「だめっ!!」
かがみが叫んだ。
今度こそ間に合わない。今度こそ、大蛇はなのは達を飲み込むであろう。
そう思い、かがみは固く目を閉じた。
これ以上、人が死ぬところを見たくは無かったから。
やがて、かがみがゆっくりと目を開けると、そこには誰も予想し得なかった光景が広がっていた。
———な、何……あれ……
かがみが、驚愕の表情を浮かべながら、尻餅をついて後ずさる。
それは、かがみの常識では考えられない光景であったから。
大蛇を“怪獣”とするならば、そこにいるのはまさに“怪人”。
まるで黄金のような装甲を煌めかせた“怪人”が、巨大な双剣で“怪獣”を受け止めているのだ。
見れば、大蛇に喰われる筈であったなのはもまた、自分と同じように目を丸くして、怪人を見ていた。
◆
金居には、紫の大蛇——ベノスネーカーが、再び自分を、なのはを襲う為に姿を現すであろう事など、容易に想像がついていた。
あの大蛇が、ミラーモンスターが、一度狙った獲物をそう簡単に諦める訳が無いのだから。
しかし、敵は鏡の世界の住人。攻撃が失敗したとあればすぐにまた鏡の中へと逃げ帰る。
攻撃さえ出来れば、手の打ちようもある。
されど、すぐに鏡の中へ逃げられていては、こちらも攻撃のしようが無い。
同じリングでの戦いならば、最強のカテゴリーキングである自分が、あの程度の敵に敗れることなど有り得ないというのに。
———この蛇と対峙するにはどうすればいい?
方法はある筈だ。その方法を見付けるべく、金居は思考を巡らせる。
ベノスネーカーが狙っているのはこの茶髪の女。
つまりは、ベノスネーカーは再び“こいつ”を襲う為に姿を現す筈なのだ。
ならば、取れる方法は一つだ。
この女で敵を引き付け、鏡から飛び出した瞬間に抑える。
金居がこの作戦に思い至るまで、ほんの数秒。
直ぐにベノスネーカーが飛び出して来たのを確認すると、金居は女を——なのはを、傍らへと突き飛ばした。
目を丸くするなのはを尻目に、金居は自らの姿を、本来の———ギラファアンデッドの姿へと変化させた。
黄金色に輝く体は、まさにアンデッドの王たる風格を漂わせており、そこに顕在するだけで、異様な威圧感を放っていた。
ギラファアンデッドの反射速度は、アンデッドであるが故に人間のそれを大きく上回っている。
それ故に、今の彼には鏡から飛び出すベノスネーカーの速度など、止まっているに等しかった。
ギラファはすぐに両腕を拡げ、その手にクワガタムシの大顎を模した、銀の双剣を作り出した。
作り出された双剣は、直ぐさま金と黒に変色・硬質化し、独特な輝きを放つ。
黄金の剣——ヘルター。
黒鉄の剣——スケルター。
それは、ダイアのカテゴリーキング、及びエースにのみ所持する事を許された、唯一無二の破壊力を誇る双剣。
それらを交差させて構え———ベノスネーカーが飛び込んで来るのに備える。
交差したヘルターとスケルターは、小さな赤い稲妻を発し———
「シェアァァァアアアアアアアッ!!!」
掛け声と共に、それをベノスネーカーへと振り下ろした。
本来なら仮面ライダーの装甲であろうが、高出力のビームにより作られたスクリーンであろうが無条件に粉砕し、
吹き飛ばす程の威力を誇る一撃が、ベノスネーカーの頭部に炸裂する。
しかし、ベノスネーカーを吹き飛ばすまでには至らなかった。
それは、ギラファにとってとても有利とは言えない、二つのファクターが彼を邪魔したから。
一つは、装着された首輪によって成される、弱体化の制限。
一つは、2メートル程の身長しかないギラファと、そのサイズは10メートルをも越えるミラーモンスターとのサイズ差。
それらの条件がギラファの足枷となり、ヘルター・スケルターによる攻撃の威力を緩和したのだ。
しかし、それでもベノスネーカーが苦痛に表情を歪ませていることは、ギラファには手に取るように分かった。
自由に鏡に逃げ込める筈のミラーモンスターが、それをしないのが大きな証拠だ。
今ならコイツを殺せる。そう判断したギラファは、すぐに双剣を構え直した。
「シェエアァッ!!」
一撃目。振り下ろすヘルターが、激しい火花を散らしながら、ベノスネーカーの頭を切り付ける。
「シェアッ!!」
二撃目。ヘルターに続けて、右手で構えたスケルターで、ベノスネーカーの頭部を横から薙ぎ払う。
「セヤァッ!!」
三撃目。ヘルターとスケルターを続けてベノスネーカーの頭へ叩き込み、そのまま四撃目へと入る。
続けて斜め掛けに振り上げた双剣は、ベノスネーカーの下顎を叩き割らんと、激しい火花を散らす。
流石に堪えたのか、ベノスネーカーは一度ギラファから距離を取ろうと後退するが———
ギラファの双剣は、既に大きく振りかぶられ、最後の一撃を放たんと、眩ゆい光を放っていた。
左手に持ったヘルターを低く、右手に持ったスケルターを高く構え、腰を低く落とす。
黄金に輝くヘルター。紫紺の光を放つスケルター。
それらは、大蛇に死を齎すべく、嫌と言う程に眩しく輝いていた。
そして———
「トゥアッ!!!」
『ッシャァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
双剣は、手負いの大蛇へと勢い良く振り下ろされた。
まるでビームでも纏っているかの如く光り輝く双剣は、ベノスネーカーの頭部を綺麗に切り裂いた。
ベノスネーカーは、余りの激痛に狂ったように叫びながら、地面をのたうちまわる。
ギラファはゆっくりと双剣を降ろし、苦しみに悶えるベノスネーカーを嘲笑するが———
『グォォォオオオオオオオッ!!!!』
「な……!?」
突如として鏡から現れた“銀色のサイ”が、その巨大なツノで、ギラファに突進した。
流石のギラファもこの攻撃は予想し得なかっただけに、右脇腹に突進による一撃を貰う。
「チッ……もう一匹いたのか!!」
愚痴を漏らすギラファ。
そう。もう一匹居たのだ。
本来ならば一つのカードデッキ毎に契約モンスターは一匹なのだが、
柊かがみに支給された王蛇のカードデッキには、どういう訳か契約のカードが三枚入っている。
内一枚は、ベノスネーカーとの契約。
そして二枚のカードは、銀色のサイ——メタルゲラスと契約されているのだ。
これというのも、このカードデッキの元の所有者が、メタルゲラスと契約していた“仮面ライダー”を殺害し、そのモンスターを奪ったのが原因。
それ故に、王蛇のカードデッキは一つで二つ分のデッキとして機能しているも同然なのだ。
もちろん、今初めてモンスターと交戦したギラファに、そんな事がわかる筈も無いが。
ギラファは、周囲を見渡した。
現在の状況を纏めると、少し離れた場所でこの戦いを見守るなのはと、ペンウッド。
のたうちまわりながらも、なんとかミラーワールドへと帰還した蛇と、柊かがみを守るように佇むサイ。
———ん? 何だ、この状況は。
と、ふとギラファの頭に、疑問が生まれた。
逃げようとする蛇は問題無い。放っておいても、俺が奴に敗れることは有り得ない。
問題なのは、サイだ。何故にあのサイは紫の女を守るようなポジションで立っている?
それはまるで、主を守る家来のように。
あのサイは、女を守るように立っている。
あの蛇は、女の激情に応えるかのように、茶髪の女を襲った。
以上の事柄から、ギラファは一つの仮説を立てるに至った。
あの女が、化け物共を操っている。
または、あの化け物共は、女を守る為に戦っている。
ならば、あの女を殺してしまえばどうなるか?
それはもちろん誰にもわからないが、仮にあの女が死んだところで金居には何の悲しみも無い。
あまつさえ、あの女が死に、モンスターが暴走したところで、金居にとっては何の恐怖も無い。
所詮女は見知らぬ“人間”。
暴走したモンスター共も、奴ら以上の絶対的な“力”を以て捩伏せればいいだけの話。
ギラファは、明確な殺意を持って、紫の女——柊かがみを殺すべく、歩き始めた。
◆
———な、何よ……!? 何よ何よ、何なのよアイツ!?
柊かがみは、脅えていた。ただただ、脅えていた。
恐怖の対象は、圧倒的な力で大蛇を捩伏せた、“金のクワガタ怪人”。
クワガタか何かは知らないが、頭にはクワガタムシと同じようなツノがあるし、全身にもクワガタムシの大顎に似た突起がある。
だから、柊かがみの中で、あの怪人はとりあえずクワガタ怪人になった。
あのクワガタ怪人は、エリオを殺した憎き大蛇を、圧倒的な力でやっつけてくれた。
本来なら、それは頼もしい味方と思えたのかも知れないが———柊かがみには、どうしてもそう判断出来なかった。
それは、あのクワガタ怪人が放つ異様なまでの殺気が原因なのか。はたまた別の何かなのか。
それはかがみの知った所では無いが、とにかく怖かった。ただひたすらに怖かった。
大蛇を切り刻み、嘲笑するあの“化け物”が、怖くて怖くてたまらなかった。
やがて、かがみの恐怖に応えた銀のサイ——メタルゲラスが、鏡の中から飛び出した。
クワガタ怪人に一撃を与えたメタルゲラスは、まるで自分を守るとでも言いたげに、かがみの眼前で吠えた。
しかし、今のかがみの目には、メタルゲラスもまた自分を脅かす化け物の一つにしか見えず。
かがみはとにかく、このクワガタの化け物から、サイの化け物から逃れようと、駆け出した。
しかし、過度の恐怖と混乱の為か、思うように脚が動かない。
すぐに転んだかがみは、涙を浮かべながら、顔を上げた。
視界が霞んでよく見えないが———霞んだ目にも映る、暗闇に輝く、金と銀の化け物。
お互いに争っているらしく、金が振るう双剣と、銀が振るう巨大な腕が激突し、火花を散らしていた。
———もう嫌だ! 冗談じゃない、どうして私ばっかりがこんな目に合わなきゃならないのよ……!
涙を流しながらも、かがみはそう強く念じた。
出来る事なら、二人共私の前から消えてくれ!と、そう念じた。
するとどうしたことか。銀のサイが、鏡の中へと戻っていったのだ。
訳もわからずに、ただただ後ずさりするかがみ。
ポケットの中には確かにカードデッキがあるのだが、かがみはそれを知らない。
しかし、メタルゲラス達にとっては、カードデッキを所有するかがみは、まさしく“仮面ライダー”なのだ。
即ち、カードで戦い、モンスターや他のライダーを倒し、自分達に餌を与えてくれる、“主人”。
力を持っている筈のかがみが、自分達に消えろと願うということは、かがみが自分で戦うという事。
少なくとも、メタルゲラスはそう判断した。
しかし、もちろんかがみには“仮面ライダー”も、カードデッキを持つ者の運命も、何一つ分かる筈が無かった。
故にかがみは、迫り来るクワガタ怪人———ギラファアンデッドから逃げるように、ただただ後ずさることしか出来ない。
やがて、だんだんと距離を詰められる。しかし、かがみには逃げ伸びる手段など存在せず。
「どうした? モンスター共に逃げられて、戦う気が失せたか?」
「い、嫌……来ないで……」
「……悪いが、お前が生きていればいつまた襲われるか分かった物じゃないんでね。」
言われたかがみは、涙を浮かべながらも、ギラファの鋭い眼光に睨み付けた。
自分のせいで誰かが襲われる?
そんなことは、エリオの時と、それからなのはの時とで、十分に解っている。
だから自分は“許されない存在”なのだ。自分が生きていては、誰かを傷付けるだけなのだ。
———私だって……死にたかったわよ
心の中で、強く念じた一言。
そうだ。さっきだって、自分で死のうとした。死ぬのは怖く無かった。
かがみもそれを、ギラファに言おうとするが———
「わ、私だって……」
「……ん?」
「私だって…………!」
何故だか、その言葉は口に出来なかった。
さっきまでは何も怖く無かった筈なのに、どうして?
この怪人に恐怖を感じてしまったから?
そもそも、死ぬと決めた人間が恐怖を感じる事自体がおかしくはないか?
そんな考えが、かがみの頭を駆け巡る。
いつからだ? いつから自分は助かりたい等と考えるようになった?
エリオを殺されて——いや、私がエリオを殺して、それで死のうとした筈だ。
しかし、それは出来なかった。なのはに止められて、抱きしめられて———
———そっか、なのはに会っちゃったから……なのはに抱きしめられちゃったから……
そして、一つの結論に至った。
なのはに出会った時点で、死の覚悟は揺らいでしまっていたのだと。
今はただ、この化け物が怖い。
この化け物から逃げ出したい。エリオへの償いは、その後でもいい。
こうしてまともに恐怖を感じられるということは、ようやくものを普通に考えられる状態にまで頭が回復したということ。
もしもなのはと出会う前にこの化け物に出くわしていたなら、恐らく自分は何の抵抗もなく殺される事を選んでいたであろう。
かがみは、心のどこかで、なのはに感謝の念を抱きながらも、目前に迫るギラファアンデッドから逃れようと、後ずさりを続ける。
暫く逃げたところで、背中に何か、硬い物が当たるのを感じた。
———何よ!? こんな時に!
苛立ちを感じながら、背中に当たった何かを掴み、どけようとするが。
「(これは……!?)」
「どうした……そこまでか? 女」
立ち止まると同時に、ギラファがヘルターを構えた。
しかし、かがみは動じない。何故なら、今のかがみは、完全に“ぶつかった何か”へと意識を集中させていたから。
それは、ついさっきまでなのはが持っていた物。しかし、自分は何故かその“箱”に、見覚えがある気がした。
次の瞬間、かがみは夢中になって箱を回収し、その中身を確かめていた。
———何コレ……知ってる……何だかわかんないけど、私はコレを知ってる……!
小さく呟きながら、かがみはそれを——“デルタギアケース”を抱え、ギラファを睨み付けた。
何故だかは、自分にもわからない。
だけど、自分は確かにこのアタッシェケースを、この中のベルトを知っていた。
このベルトが装着者を選ばずに力を与えるものだと言う事も、この力ならば目の前の驚異から助かる事が出来るということも。
何故だか、かがみは知っていた。知っているような気がした。
故にかがみは、デルタギアケースの中に入ったユーザーズガイドを開きもせずに、すぐにベルトを自分の腰に装着した。
ケースに入っていたビデオカメラ——デルタムーバーを、ベルトに接続する。
グリップ式の携帯電話——デルタフォンを、自分の顔に近付ける。
グリップの引き金を引き、マイクをオンにする。
口元にデルタフォンのマイクを近付け———
「変身」
———Standing by———
デルタギアとは、音声認識システムを採用した、“最強”のライダーズギア。
変身、と音声入力すれば、それだけでデルタフォンは変身待機状態に入るのだ。
あとはそれを、ベルトに装着したデルタムーバーへと接続するだけ。
かがみはそのまま、勢いよく、デルタフォンをデルタムーバーへと叩き込んだ。
———Complete———
同時にかがみの体を、ベルトから伸びた白いラインが走る。
白いラインは青白い光を放ちながら、デルタのスーツを形成して行く。
やがてかがみの体は、完全にスーツに包まれ、その姿を仮面ライダーデルタへと変えていた。
「馬鹿な……あの女が、仮面ライダー……だと?」
ギラファが呟く。
しかしデルタはそれに答えること無く、ただ燃えるような赤い瞳でギラファを見詰めるのみ。
次に周囲を見渡した。なのはと、一緒にいる男が驚愕の表情を浮かべている。
それはいい。驚きたいのは自分だって同じだ。
次に、自分の両手を見た。真っ黒なスーツに、白いラインが走っているのが見て取れた。
この感覚は何だろう? どういう訳か、このスーツを身に纏ってから、力が漲ってくる感覚がする。
それに何よりも———
———殺したい。目の前のアイツを殺したい。ううん、みんな殺してしまいたい。
沸き上がるのは、凄まじいまでの殺意と、この力を使って戦いたいという願望。
この力を使っている限り、自分は負けない。負ける気がしない。
そんな自信からか、かがみは——いや、デルタは、すぐにギラファの眼前まで走って、距離を詰めた。
「シェァッ!」
「(遅いッ!)」
目前まで接近されることを許してしまったギラファは、すぐにデルタに向かってスケルターを振り下ろす。
だが、デルタの力を身に纏ったかがみには、そんな攻撃はまるでスローモーションのように見えた。
だからデルタは、スケルターによる一撃を簡単に回避し、ただ力任せにギラファの胸板を殴り付けた。
どうやらパンチ一発ではまだ足りないらしい。ならば次を叩き込めばいい。
今なら、どんな場所にでも打撃を入れられる。そんな自信がある。
デルタは一瞬怯んだギラファのボディに、間髪入れずに前蹴りを叩き込んだ。
1メートル程後方へと跳ね飛んだギラファは、受け身を取りながらも地面に激突する。
「クッ……貴様……」
「(行ける。これなら、コイツにだって勝てる! コイツを、殺せる!!
ううん、コイツどころじゃない! そんなもんじゃない、誰にだって勝てる!!)」
「調子に乗るなよ……!」
悔しそうな瞳で、自分を見つめるのがわかる。
勝利を確信し、仮面の下で笑い始めたデルタ。
それを尻目に、ギラファは起き上がり様に、両手に握った双剣を輝かせる。
———あの光、さっきの蛇を倒した時の……!
そうだ。かがみは、あの光を見た事がある。先程の戦いでベノスネーカーを痛め付けた攻撃だ。
どうする? どう対処する?
あんな攻撃を喰らえば、恐らくはデルタのスーツでも相当なダメージを受ける筈だ。
しかし、どういう訳か逃げる気にもならない。アイツを叩きのめさなければ気が済まないのだ。
デルタドライバーの大容量ハードディスクに記録された、かつての装着者達の戦いが、かがみの脳に直接トレースされる。
その経験と、デルタの力により跳ね上がった感覚。
そして、デルタに搭載された悪魔のシステムが、かがみに絶対的な自信を与える。
デルタの力に溺れ切ったかがみが出した結論は、“あの一撃を回避して、再び踏み込んで攻撃する”という至って単純なもの。
故にデルタは、どちらの方向にでも回避出来るように身構える。
一方で、ギラファも双剣を振り上げ、攻撃体勢に入る。
ギラファが双剣を振り下ろした瞬間に、自分は移動を開始する。
その為に、ギラファの動きに全意識を集中させるが———
「も……もう止めてくれ!!」
———それは、思わぬ邪魔が入った事により、中断された。
突然の大声に、ギラファもデルタも、動きを止めて、声が発せられた方向に視線を送る。
「ペンウッド……」
再び呟いたギラファ。
視線の先にいるのは、なのはと一緒にいた中年の男だ。
全身をガタガタと震わせていることからも、勇気を振り絞って声を張ったのだろう。
まずはあいつから殺してやろうかという考えが、かがみの頭を過ぎる。
今なら無防備なペンウッドは、軽く殺せる筈だ。
そう思ったデルタが、ペンウッドへと方向展開しようと、一歩踏み出すが。
「よそ見を……するなッ!」
「……きゃっ!?」
ほんの一瞬の隙をついて、ギラファがデルタの間合いへと踏み込み、ヘルターを振り下ろした。
火花が散り、デルタの装甲が斬り裂かれ、痛々しい傷が残る。
それでも容赦はせず、もう一閃。今度はスケルターによる斜め掛けの一撃。
二撃目の衝撃で、デルタの胸に×字型の傷が付く。だが、ギラファの猛攻はまだ終わらない。
ヘルター・スケルターで、横払いに叩き付けるように、デルタを殴り飛ばした。
初撃からここまでの繋ぎ。秒数で数えるならば、三秒にも満たない程の速度。
ろくに受け身をとることも出来ないデルタは、最後の一撃による衝撃で、地面にたたき付けられた。
同時にベルトのロックも外れ、デルタドライバーはかがみの足元に落下した。
デルタの全システムを管理するデルタドライバーが外れた。それが意味するのは、デルタの変身解除。
力を失ったかがみの前に、ギラファが迫る。突き付けられた金色の剣が、かがみの表情を強張らせる。
「終わりだな。仮面ライダー……死ね」
「(なんで……!? そんな訳ない! 私が負ける訳ない!!)」
小さな声で呟いたギラファは、金の剣を振り上げた。
だが、かがみはそんなことは認めない。最後の最後まで抗ってやろうと、右腕を突きだすが———
「……何だコレは!」
「……え?」
振り上げられたその剣が、かがみへと振り下ろされる事は無かった。
ギラファの身体を、ピンクに輝く光が拘束しているのだ。
仮にもダイアスート最強のカテゴリーキングであるギラファの動きを止めるには、相当な力が必要な筈だ。
それ程の力の発生原はやはり———
「そこまでだよ。金居君」
「まさか貴様……!」
かがみの目の前で静止したギラファが、少し離れた場所でこちらを指差すなのはを睨んでいた。
正直言って、かがみには何が何だかわからなかった。
魔法を全く知らないかがみに、現状を理解出来る訳が無いのだ。
故になのはが用いたバインドにも全く心辺りが無い。
やがてギラファの姿は、次第にスーツを着た眼鏡の男へと戻っていた。
同時にピンクの光も消え、そこにいるのは金居とかがみ。ただの男女二人となる。
だが、この男は、さっきまで化け物に変身していた男なのだ。
人間の姿になったからと言って、信用など出来るものか。
かがみは、すぐに地面に落ちたデルタギアを回収。
次に、自分に接近しようとする金居に手を翳した。
「貴様……」
「近寄らないで! このベルトは誰にも渡さない!」
「なっ……うおっ!?」
同時に、かがみの手から発せられた電撃は、人間態の金居を弾き飛ばした。
どうやら人間の姿を取っている間は、さっきの馬鹿げた力は使用出来ないらしい。
——まぁかがみにそんな判断をする余裕は無かったが。
かがみには最早、何故自分が電撃を放てたのかなど、どうでも良かった。
ただ、笑いが込み上げてくる。どういう訳か、自分は力を手に入れたのだ。
それが何の力なのか。何故自分に与えられたのか。そんなことはもうどうだっていい。
「あはは……あは、あははははははははははははははははははははははははッ!!」
気付けば自分は、狂ったように笑いながら、周囲に置きっぱなしにしていたデイバッグを回収していた。
デイバッグは三つあったが、どれが自分のものだとか、そんなことももうどうでもいい。
全部持って行けばそれでいいのだ。多分どれか一つはエリオのものだろう。
だからかがみは、持っていたデルタギアも、デルタギアケースも、無理矢理デイバッグに押し込んだ。
何故自分がこんな事をしているのか?
簡単な話だ。今のかがみは、他人を殺すことしか考えていないのだ。
この力を使い、他人を殺し、ゲームに生き残る。
自分以外が皆死んでしまえば、自分は家に帰ることが出来るのだ。
「アハハ、アハハハハ……アハハハハハハハハハ……アーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!
皆……みーんな殺してやるッ!! 私が優勝するんだ!! 優勝は誰にも渡さないッ!!
アハハハハハハ! アハハハ、アーッハハハハハハハハハッ!!!」
目を剥き出し、口を馬鹿みたいに開けながら、かがみは叫んだ。
どういう訳か、笑いが止まらなかった。愉快で愉快で、たまらないのだ。
それもその筈だろう。自分はこんなにも素晴らしい力を手に入れたのだから。
これがあれば誰だって自分には敵わない。どんな奴だって簡単に殺すことができるのだ。
皆、皆殺す。このベルトを使って、一人残らず殺すことで、この悪夢は終わらせられる。
そうだ、それが一番手っ取り早いのだ。そうしたら、またつかさや、こなた達と一緒に、平和な生活に戻れるのだから。
その考え自体がデルタギアの持つ“悪魔のシステム”によるものだとも知らずに。
かがみはすぐに、デイバッグを抱えたまま走り出した。
今はこのまま逃げて、態勢を立て直す。
どういう訳か、このベルトを使ったことによる疲労が、半端ないのだ。
だからかがみは、宛てもなく、とにかく走り出し、市街地の闇の中へと姿を消した。
◆
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