Shooting Bullet(前編)◆9L.gxDzakI
「着いたようだな」
静かに、呟きながら。
漆黒のマントをはためかせるルルーシュが、眼前にそびえる建物を見つめる。彼の一歩先に立つのはディエチの姿。
1つ先刻までと違う部分があるとすれば、それは彼らの装束の見え方だ。
少し前には闇に溶け込むような黒だったルルーシュの服が、今は周囲からはっきりと浮かび上がる黒へと変貌している。
そう。空が青いのだ。
漆黒の宵闇は色を薄め、今となっては、逆に僅かな陽光が東から差してきていた。
時はまさに黎明。全ての命に等しく恵みを与える太陽が、地平線の彼方から顔を出す時刻。
「思ったよりも時間かかったね」
「ああ。だがこれくらいなら、人が集まってきてもいい頃だろう」
2人の視線の先にある建造物を見ながら、言った。
白一色に塗られた、コンクリート造りの巨大な施設。
その中で一点、一際目を引くエンブレムがある。すなわち、真紅の十字模様。
遂にルルーシュとディエチの2人は、目的地たる病院へとたどり着いていたのだ。
しかも、その規模も申し分ない。階層合計は4階建てにも及ぶ、絵に描いたような大病院。
ここならば薬品も十分に手に入るだろうし、食材を確保するためのコンビニスペースもあるだろう。
そしてこれだけ巨大な施設ならば、人が大勢入ることも十分に可能だ。
すなわち、この設備を丸々爆破して倒壊させ、中に集まった人間を皆殺しにするのにも都合がいいということ。
明かりはついていなかった。それも当然だ。それは周囲に自分の存在をアピールすることになる。
それを実行するのはよほどの馬鹿か、あるいはルルーシュのように参加者を誘き寄せる目的を持った者のどちらかだ。
そして微妙に残った病院内の暗がりは、今のところはルルーシュ達に味方することになる。
最初にすべきことは物資確保。他の参加者から隠れて行う作業だ。こちらの姿は見えづらいに越したことはない。
「では行くか」
「ん」
短いやりとりの後、2人は道を歩き出す。
正面から見える窓全てに気を配り、最大限の警戒を続けながら。
この作戦の成功は、自分達の行動がばれていないということが第一前提だ。
内部からこちらの存在を察知されては、誰が相手だった場合でも話にならない。
殺し合いに乗った人間は、迷わず自分達を排除しに襲い掛かるだろう。
殺し合いを止めたい人間は、仲間を得ようと接触を図ってくるだろう。
殺し合いから逃げたい人間は、病院の中から逃げ出してしまうだろう。
そしたら全てが失敗だ。他の人間がまた病院に来るのを待つしかない。
もちろん、そんな悠長にしている暇はない。実際こうしている間にも、スバル達に何が起こるか分かったものではないからだ。
――ぱっ、と。
「?」
ディエチの視線の先で、僅かに光る窓があった。
「どうした」
「今……あの窓から、一瞬光が漏れたんだけど」
4階の窓を指差しながら、ディエチが言う。
まさに一瞬の閃光。カメラのフラッシュのような刹那の光。何のためのものかはまるで分かったものではない。
しかし、それでも、それはルルーシュ達にとっては有益な情報となった。
にぃ、と。
暗黒のマントを纏いし、魔王の口元が不敵に歪む。スカリエッティの狂喜にも似た凄絶な笑み。
「これで決まりだな。既にここには誰かが来ている。多かれ少なかれ、始末するべき対象がな」
この照明も機能していない病院の中で、自然に何かが発光するという現象はありえない。
ディエチが見たのは、確実に人為的に引き起こされた光だ。
それが戦闘によるものだったにせよ、それ以外が原因だったにせよ、間違いなくこの病院には誰かがいる。
他の参加者がいて、何らかの手段で何かを光らせている。
後は簡単だ。ばれないようにして欲しい物をかき集め、その後に葬り去ればいい。
ディエチにインカムの使い方を簡単に説明し、それから有事のために小タル爆弾を1つ渡す。
全ての準備を整えると、ルルーシュは自動扉をくぐって院内へと入った。
出迎えたのは、待合室と思しき広間。病院全体丸々カーテンの閉じられた院内は、予想通り薄暗かった。
ちょうど内部地図があったので、ディエチと共にそれを閲覧する。
――かつ、かつ、かつ。
その時、聴力強化のなされた戦闘機人の耳に入ってきたのは、そんな微かな靴音だった。
「!」
反射的にルルーシュのマントの裾を掴み、その場から早足で離れる。
一瞬、少年は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに意図を察してその瞳を細めた。
それなりに戦闘は経験しているつもりだ。こういう場合にも慌てることなく、落ち着いて対処することができる。
ディエチは階段の陰に当たる部分へと、素早くフィットスーツの肢体をくぐらせた。
後から続くルルーシュもまた、その隣へと腰を下ろす。
「誰かいたんだな」
「奥の方に」
極力声のトーンを落とし、短く状況を確認した。
人間であるルルーシュには、全く聞き取ることもできなかった微かな音だ。これくらいの声なら、そこまで届くこともないだろう。
迂闊だった。内心で舌打ちする。
ディエチの言っていた発光現象にだけ気を取られ、こういうことが起こる可能性に全く気付けなかった。
他の参加者がいたのは、4階だけではなかった。1階にも既に、何者かが潜んでいたのだ。
かつ、かつ、かつ。
やがて靴音はルルーシュにも聞き取れるほどの音量となり、そのままこちらへと近づいてくる。
否、正確には彼らの元にではなく、彼らの隠れている階段に向かってであろう。
ディエチが聞いた時に比べてやや早足になった靴音は、そのまま階段を上がり、2階へと上がり、そのまま聞こえなくなった。
再び訪れた無音の世界。
1秒、2秒、3秒。10秒ほどそのままの態勢でいた後に、ようやくルルーシュが立ち上がる。
「助かった」
そして、同じく身を起こそうとするディエチへと声をかけた。
「どういたしまして」
クールに返しながら、戦闘機人の少女が直立する。
彼女が靴音を聞いていなければ、早々に参加者に見つかっていたところだった。
ここは戦場だ。いかにゲームと銘打っていたとしても、状況は普段の戦闘と変わりない。油断は禁物だった。
「さて……」
呟きながら、ルルーシュは一考する。
これからどう行動をすべきか。
もし他の参加者が4階にいる分だけだったならば、片方が階段の傍で見張りをし、もう片方が物資をあさればよかった。
しかし、今の1階の参加者の動きが気がかりだ。そいつがいかなる立場の人間かによって、今後の動向が左右される。
仮に4階の参加者をA、1階の参加者をBとしよう。
もしもBがAの味方だったならば、そのまま合流して、病院から外に出てしまう可能性がある。
BがAの敵だったならば、その場で戦闘が起こり、しばらくはそこに留まることになるはずだ。
A・B間の関係如何によって、どのタイミングで行動を起こすべきかが大きく変わってくる。
階段傍に立つどころではなく、そのままついて行って動向を探るための見張りが必要だ。
「――ディエチ。このまま気付かれないようにして後をつけ、連中の動向を知らせてくれ」
それがルルーシュの選択だった。
「俺はこのまま1階に残り、必要な物資をかき集める。
爆薬の調合方法が分かる俺の方がこちらは都合がいいだろうし、目や耳の効くお前の方が尾行もやりやすいだろう。
そうだな……3階の階段近くに立って、足音のタイミングを知らせてくれるだけでいい。後は俺が判断する」
「分かった」
涼しい顔で、ディエチは即断した。
確かにルルーシュの言葉は理にかなっている。反論する理由はない。
物資確保側は作戦の最終段階における、柱への爆弾設置も兼任するのだ。爆薬の作り方を知らないディエチでは実行不可能。
それに、ルルーシュにも見張りは無理だろう。標準以下の彼の体力では、1階まで降りて素早く合流することは難しい。
危険は多いが、何も戦闘をしろと言っているわけではない。それくらいなら十分に遂行可能。
割り当てられた役目を実行すべく、ディエチは階段に向けて身を翻した。
「ああ、ちょっと待て」
と、そこで不意に、背後からルルーシュに呼び止められる。
微かに怪訝そうな表情を浮かべて、ディエチが肩越しに顔だけを振り向かせた。
「気休め程度にしかならないだろうが……そのリボンは、暗い中では目立つ。外しておくといい」
ディエチの後頭部へと視線を飛ばしながら、ルルーシュが忠告した。
リボン、というのは、彼女の茶色い長髪を縛って纏めておくためのものだ。
なるほど確かに、言われるまで気付かなかったが、黄色いリボンというものは目に付きやすい。
明るいタイプの色は、こうした暗がりの中では発見されやすくなるだろう。
そんな些細なものが原因で、相手に自分の存在に気付かれては話にならない。
やはりそこは女の子だ。髪型を変えるようなことには抵抗があったが、それでもここで死ぬよりはマシだと自身を説得する。
そして意を決すると己が後頭部へと手を伸ばし、黄色いリボンを一気にほどいた。
ふわり、と。
解放された栗色の長髪が、リボンの勢いに従って軽やかに広がる。
さらさらとした女の髪。
決して派手な色ではなかったものの、男性のそれには決してない繊細さを内包した髪は、それだけで一種の美しさを孕んでいた。
「なかなか綺麗じゃないか」
場を和ませるつもりだったのか、ルルーシュが正直な感想を漏らす。
だが一方のディエチはというと、そのまま一瞬固まってしまった。僅かに頬を赤く染めながら。
「……と、とにかく……あたしは、上行くから」
ややあって、軽く憤慨したようにして不躾に言い放つと、ディエチは真っ直ぐに階段を上がっていった。
最初はほんのりと紅潮していただけだった顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
まったく、頭は切れるのにどうにも気障な奴だ。
顔をしかめながら、ディエチは内心でルルーシュをそう評した。実際、間違った評価ではない。
さっきだってそうだ。変な冗談で人をどぎまぎさせて。
男女間の付き合いに免疫のない彼女は、そうした話にはまだまだ慣れていない。
まして、男性に面と向かって「綺麗だ」などと言われたのは、これが初めてだったのだ。
必要以上に意識してしまうのも、無理はなかった。
一方のルルーシュはというと、何をそんなに怒ることがあるのか、といった様子で首を傾げていたのだが。
静かに、呟きながら。
漆黒のマントをはためかせるルルーシュが、眼前にそびえる建物を見つめる。彼の一歩先に立つのはディエチの姿。
1つ先刻までと違う部分があるとすれば、それは彼らの装束の見え方だ。
少し前には闇に溶け込むような黒だったルルーシュの服が、今は周囲からはっきりと浮かび上がる黒へと変貌している。
そう。空が青いのだ。
漆黒の宵闇は色を薄め、今となっては、逆に僅かな陽光が東から差してきていた。
時はまさに黎明。全ての命に等しく恵みを与える太陽が、地平線の彼方から顔を出す時刻。
「思ったよりも時間かかったね」
「ああ。だがこれくらいなら、人が集まってきてもいい頃だろう」
2人の視線の先にある建造物を見ながら、言った。
白一色に塗られた、コンクリート造りの巨大な施設。
その中で一点、一際目を引くエンブレムがある。すなわち、真紅の十字模様。
遂にルルーシュとディエチの2人は、目的地たる病院へとたどり着いていたのだ。
しかも、その規模も申し分ない。階層合計は4階建てにも及ぶ、絵に描いたような大病院。
ここならば薬品も十分に手に入るだろうし、食材を確保するためのコンビニスペースもあるだろう。
そしてこれだけ巨大な施設ならば、人が大勢入ることも十分に可能だ。
すなわち、この設備を丸々爆破して倒壊させ、中に集まった人間を皆殺しにするのにも都合がいいということ。
明かりはついていなかった。それも当然だ。それは周囲に自分の存在をアピールすることになる。
それを実行するのはよほどの馬鹿か、あるいはルルーシュのように参加者を誘き寄せる目的を持った者のどちらかだ。
そして微妙に残った病院内の暗がりは、今のところはルルーシュ達に味方することになる。
最初にすべきことは物資確保。他の参加者から隠れて行う作業だ。こちらの姿は見えづらいに越したことはない。
「では行くか」
「ん」
短いやりとりの後、2人は道を歩き出す。
正面から見える窓全てに気を配り、最大限の警戒を続けながら。
この作戦の成功は、自分達の行動がばれていないということが第一前提だ。
内部からこちらの存在を察知されては、誰が相手だった場合でも話にならない。
殺し合いに乗った人間は、迷わず自分達を排除しに襲い掛かるだろう。
殺し合いを止めたい人間は、仲間を得ようと接触を図ってくるだろう。
殺し合いから逃げたい人間は、病院の中から逃げ出してしまうだろう。
そしたら全てが失敗だ。他の人間がまた病院に来るのを待つしかない。
もちろん、そんな悠長にしている暇はない。実際こうしている間にも、スバル達に何が起こるか分かったものではないからだ。
――ぱっ、と。
「?」
ディエチの視線の先で、僅かに光る窓があった。
「どうした」
「今……あの窓から、一瞬光が漏れたんだけど」
4階の窓を指差しながら、ディエチが言う。
まさに一瞬の閃光。カメラのフラッシュのような刹那の光。何のためのものかはまるで分かったものではない。
しかし、それでも、それはルルーシュ達にとっては有益な情報となった。
にぃ、と。
暗黒のマントを纏いし、魔王の口元が不敵に歪む。スカリエッティの狂喜にも似た凄絶な笑み。
「これで決まりだな。既にここには誰かが来ている。多かれ少なかれ、始末するべき対象がな」
この照明も機能していない病院の中で、自然に何かが発光するという現象はありえない。
ディエチが見たのは、確実に人為的に引き起こされた光だ。
それが戦闘によるものだったにせよ、それ以外が原因だったにせよ、間違いなくこの病院には誰かがいる。
他の参加者がいて、何らかの手段で何かを光らせている。
後は簡単だ。ばれないようにして欲しい物をかき集め、その後に葬り去ればいい。
ディエチにインカムの使い方を簡単に説明し、それから有事のために小タル爆弾を1つ渡す。
全ての準備を整えると、ルルーシュは自動扉をくぐって院内へと入った。
出迎えたのは、待合室と思しき広間。病院全体丸々カーテンの閉じられた院内は、予想通り薄暗かった。
ちょうど内部地図があったので、ディエチと共にそれを閲覧する。
――かつ、かつ、かつ。
その時、聴力強化のなされた戦闘機人の耳に入ってきたのは、そんな微かな靴音だった。
「!」
反射的にルルーシュのマントの裾を掴み、その場から早足で離れる。
一瞬、少年は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに意図を察してその瞳を細めた。
それなりに戦闘は経験しているつもりだ。こういう場合にも慌てることなく、落ち着いて対処することができる。
ディエチは階段の陰に当たる部分へと、素早くフィットスーツの肢体をくぐらせた。
後から続くルルーシュもまた、その隣へと腰を下ろす。
「誰かいたんだな」
「奥の方に」
極力声のトーンを落とし、短く状況を確認した。
人間であるルルーシュには、全く聞き取ることもできなかった微かな音だ。これくらいの声なら、そこまで届くこともないだろう。
迂闊だった。内心で舌打ちする。
ディエチの言っていた発光現象にだけ気を取られ、こういうことが起こる可能性に全く気付けなかった。
他の参加者がいたのは、4階だけではなかった。1階にも既に、何者かが潜んでいたのだ。
かつ、かつ、かつ。
やがて靴音はルルーシュにも聞き取れるほどの音量となり、そのままこちらへと近づいてくる。
否、正確には彼らの元にではなく、彼らの隠れている階段に向かってであろう。
ディエチが聞いた時に比べてやや早足になった靴音は、そのまま階段を上がり、2階へと上がり、そのまま聞こえなくなった。
再び訪れた無音の世界。
1秒、2秒、3秒。10秒ほどそのままの態勢でいた後に、ようやくルルーシュが立ち上がる。
「助かった」
そして、同じく身を起こそうとするディエチへと声をかけた。
「どういたしまして」
クールに返しながら、戦闘機人の少女が直立する。
彼女が靴音を聞いていなければ、早々に参加者に見つかっていたところだった。
ここは戦場だ。いかにゲームと銘打っていたとしても、状況は普段の戦闘と変わりない。油断は禁物だった。
「さて……」
呟きながら、ルルーシュは一考する。
これからどう行動をすべきか。
もし他の参加者が4階にいる分だけだったならば、片方が階段の傍で見張りをし、もう片方が物資をあさればよかった。
しかし、今の1階の参加者の動きが気がかりだ。そいつがいかなる立場の人間かによって、今後の動向が左右される。
仮に4階の参加者をA、1階の参加者をBとしよう。
もしもBがAの味方だったならば、そのまま合流して、病院から外に出てしまう可能性がある。
BがAの敵だったならば、その場で戦闘が起こり、しばらくはそこに留まることになるはずだ。
A・B間の関係如何によって、どのタイミングで行動を起こすべきかが大きく変わってくる。
階段傍に立つどころではなく、そのままついて行って動向を探るための見張りが必要だ。
「――ディエチ。このまま気付かれないようにして後をつけ、連中の動向を知らせてくれ」
それがルルーシュの選択だった。
「俺はこのまま1階に残り、必要な物資をかき集める。
爆薬の調合方法が分かる俺の方がこちらは都合がいいだろうし、目や耳の効くお前の方が尾行もやりやすいだろう。
そうだな……3階の階段近くに立って、足音のタイミングを知らせてくれるだけでいい。後は俺が判断する」
「分かった」
涼しい顔で、ディエチは即断した。
確かにルルーシュの言葉は理にかなっている。反論する理由はない。
物資確保側は作戦の最終段階における、柱への爆弾設置も兼任するのだ。爆薬の作り方を知らないディエチでは実行不可能。
それに、ルルーシュにも見張りは無理だろう。標準以下の彼の体力では、1階まで降りて素早く合流することは難しい。
危険は多いが、何も戦闘をしろと言っているわけではない。それくらいなら十分に遂行可能。
割り当てられた役目を実行すべく、ディエチは階段に向けて身を翻した。
「ああ、ちょっと待て」
と、そこで不意に、背後からルルーシュに呼び止められる。
微かに怪訝そうな表情を浮かべて、ディエチが肩越しに顔だけを振り向かせた。
「気休め程度にしかならないだろうが……そのリボンは、暗い中では目立つ。外しておくといい」
ディエチの後頭部へと視線を飛ばしながら、ルルーシュが忠告した。
リボン、というのは、彼女の茶色い長髪を縛って纏めておくためのものだ。
なるほど確かに、言われるまで気付かなかったが、黄色いリボンというものは目に付きやすい。
明るいタイプの色は、こうした暗がりの中では発見されやすくなるだろう。
そんな些細なものが原因で、相手に自分の存在に気付かれては話にならない。
やはりそこは女の子だ。髪型を変えるようなことには抵抗があったが、それでもここで死ぬよりはマシだと自身を説得する。
そして意を決すると己が後頭部へと手を伸ばし、黄色いリボンを一気にほどいた。
ふわり、と。
解放された栗色の長髪が、リボンの勢いに従って軽やかに広がる。
さらさらとした女の髪。
決して派手な色ではなかったものの、男性のそれには決してない繊細さを内包した髪は、それだけで一種の美しさを孕んでいた。
「なかなか綺麗じゃないか」
場を和ませるつもりだったのか、ルルーシュが正直な感想を漏らす。
だが一方のディエチはというと、そのまま一瞬固まってしまった。僅かに頬を赤く染めながら。
「……と、とにかく……あたしは、上行くから」
ややあって、軽く憤慨したようにして不躾に言い放つと、ディエチは真っ直ぐに階段を上がっていった。
最初はほんのりと紅潮していただけだった顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
まったく、頭は切れるのにどうにも気障な奴だ。
顔をしかめながら、ディエチは内心でルルーシュをそう評した。実際、間違った評価ではない。
さっきだってそうだ。変な冗談で人をどぎまぎさせて。
男女間の付き合いに免疫のない彼女は、そうした話にはまだまだ慣れていない。
まして、男性に面と向かって「綺麗だ」などと言われたのは、これが初めてだったのだ。
必要以上に意識してしまうのも、無理はなかった。
一方のルルーシュはというと、何をそんなに怒ることがあるのか、といった様子で首を傾げていたのだが。
◆
しばらくの後。
1階に取り残されたルルーシュは、柱の傍に立って作業をしていた。
先ほど売店から拝借したガムテープを、先ほど医務室から拝借した長鋏で切り取る。
そして何やら液体の詰まった試験管を、ガムテープを用いて柱に貼り付けていた。試験管の口からは紐が伸びている。
取り付けられているのはそれだけではない。他にも数本の試験管が、同様に接着されていた。
そう、これはいわゆる火炎瓶。
導火線に火をつけることで、一定時間の後に爆発する代物だ。
既に物資の調達と火炎瓶の作成を終えたルルーシュは、こうして最後の仕掛けの設置に取り掛かっていた。
肩に提げているデイパックがなかなか便利なもので、明らかに外見以上の収納力を有している。
救急箱、医薬品一式、メス、医療用の鋏、ガムテープ、紐、ライター、非常食としてのおにぎり、ペットボトルの水、火炎瓶。
まだ木刀に加えて、小タル爆弾が2つも入っているというのに、これだけの膨大な物資を容易に入れることができた。
これで今確保しておくべき物は、十分に揃ったと言えるだろう。後はディエチと合流し、この病院を吹き飛ばすだけだ。
自分達以外の人間の医療品供給を断つために。そしてこの場にいる人間を一掃するために。
『――ルルーシュ、目標が動き始めた』
緊迫したディエチの声が耳元から聞こえてきたのは、ちょうどこの瞬間だった。
「何?」
予想以上に早い。こちらはまだ仕掛けを全て設置し終えてはいないのに。
微かに苦々しげな響きと共に、ルルーシュはインカムからの通信に応じる。
『足音は1つ。さっきのとはリズムが違う。1人しか出てきてない辺り……』
「先ほどの靴音の主は殺されたか」
そこまで言い終えたところで、白い通信機がついていない方の耳へと、靴音が入ってきた。
かつかつかつかつ。階段を下りるその音は、参加者Bのものと同じく早足だ。
程なくして、2階から降りてくるディエチの姿が見えた。
先ほどの階段とは違う。ルルーシュの現在地に近い、奥の階段だ。
中央の大きな階段よりは、この階段の方が光った病室に近い。恐らくこれを選んだのはそれが理由だろう。
そしてだからこそディエチは、この病院に存在したもう1人の参加者――キースレッドと遭遇せずに済んだ。
殺せたかもしれない相手を見逃したのはナンセンスだが、見つけたら見つけたで更に状況が混乱することになっただろう。
ルルーシュが不要になったインカムのスイッチを切る。機械は内蔵電池が切れたら使えなくなるのだ。節約が必要だった。
「どうする?」
ルルーシュの目前まで歩み寄ってきたディエチが問いかける。
行動を起こした人間は1人。病院全部を吹き飛ばしてまで殺すのはもったいない。
この場においては、どう対処するのが最善の策か。
しばしルルーシュは顎に手を当て、沈黙と共に対策を講じる。
そしてそれから、次の行動を起こすまでには、さして時間はかからなかった。
「……もう一仕事してもらうぞ」
言いながら、先ほど売店で手に入れた百円ライターを、ディエチへと投げて手渡した。
1階に取り残されたルルーシュは、柱の傍に立って作業をしていた。
先ほど売店から拝借したガムテープを、先ほど医務室から拝借した長鋏で切り取る。
そして何やら液体の詰まった試験管を、ガムテープを用いて柱に貼り付けていた。試験管の口からは紐が伸びている。
取り付けられているのはそれだけではない。他にも数本の試験管が、同様に接着されていた。
そう、これはいわゆる火炎瓶。
導火線に火をつけることで、一定時間の後に爆発する代物だ。
既に物資の調達と火炎瓶の作成を終えたルルーシュは、こうして最後の仕掛けの設置に取り掛かっていた。
肩に提げているデイパックがなかなか便利なもので、明らかに外見以上の収納力を有している。
救急箱、医薬品一式、メス、医療用の鋏、ガムテープ、紐、ライター、非常食としてのおにぎり、ペットボトルの水、火炎瓶。
まだ木刀に加えて、小タル爆弾が2つも入っているというのに、これだけの膨大な物資を容易に入れることができた。
これで今確保しておくべき物は、十分に揃ったと言えるだろう。後はディエチと合流し、この病院を吹き飛ばすだけだ。
自分達以外の人間の医療品供給を断つために。そしてこの場にいる人間を一掃するために。
『――ルルーシュ、目標が動き始めた』
緊迫したディエチの声が耳元から聞こえてきたのは、ちょうどこの瞬間だった。
「何?」
予想以上に早い。こちらはまだ仕掛けを全て設置し終えてはいないのに。
微かに苦々しげな響きと共に、ルルーシュはインカムからの通信に応じる。
『足音は1つ。さっきのとはリズムが違う。1人しか出てきてない辺り……』
「先ほどの靴音の主は殺されたか」
そこまで言い終えたところで、白い通信機がついていない方の耳へと、靴音が入ってきた。
かつかつかつかつ。階段を下りるその音は、参加者Bのものと同じく早足だ。
程なくして、2階から降りてくるディエチの姿が見えた。
先ほどの階段とは違う。ルルーシュの現在地に近い、奥の階段だ。
中央の大きな階段よりは、この階段の方が光った病室に近い。恐らくこれを選んだのはそれが理由だろう。
そしてだからこそディエチは、この病院に存在したもう1人の参加者――キースレッドと遭遇せずに済んだ。
殺せたかもしれない相手を見逃したのはナンセンスだが、見つけたら見つけたで更に状況が混乱することになっただろう。
ルルーシュが不要になったインカムのスイッチを切る。機械は内蔵電池が切れたら使えなくなるのだ。節約が必要だった。
「どうする?」
ルルーシュの目前まで歩み寄ってきたディエチが問いかける。
行動を起こした人間は1人。病院全部を吹き飛ばしてまで殺すのはもったいない。
この場においては、どう対処するのが最善の策か。
しばしルルーシュは顎に手を当て、沈黙と共に対策を講じる。
そしてそれから、次の行動を起こすまでには、さして時間はかからなかった。
「……もう一仕事してもらうぞ」
言いながら、先ほど売店で手に入れた百円ライターを、ディエチへと投げて手渡した。
◆
かつり、かつり、かつり。
ゆっくりと靴音を鳴らしながら、中央の階段を下りる影がある。
短い金髪を持った長身の男。ライダースーツのような服装を身に纏い、右腕は壊死してボロボロになっている。
ミリオンズ・ナイブスだ。
参加者B――高町なのはを葬った参加者Aは、悠然とした足取りで、1階へと姿を現していた。
デイパックから伸びた、異様に長い布包みをしまうと、その口を閉じる。
(大した物は見つからなかったか)
少々がっかりしたように、内心でこぼした。
今の今までナイブズは、デイパックの中身をあさりながら歩を進めていた。
これまで一切手をつけていなかった支給品を、ここにきてようやく確認するに至ったのだ。
このデスゲームにおいて、一切の油断は許されない。
最強の妖怪・殺生丸相手に喫した敗北が、その現実を彼に痛いほど叩き込んでいた。
だからこそ、それまで不要と思っていた支給品へと目をつけた。
武器が目当てではない。制限下とはいえ、エンジェル・アームの切れ味は絶大だ。
それを上回る破壊力のものが存在するとは思えなかったし、同等のものがあっても、使い慣れた自身の力の方が信頼できる。
そこで、武器以外に有益なものを探してみたつもりだったが、結局は不発に終わっていた。
1つは今の布包み。1つは奇妙なカブト虫型の機械。そして1つは自分にはろくに使えぬ武器。
エンジェル・アームの威力を考慮すれば無難なところかもしれなかったが、それでも胸中の不満は取り除かれない。
(……、うん?)
と、その時、何やら鼓膜を打つ音に気付いた。
流水の音。水道を出しっぱなしにでもしているのだろうか。ちょうど左手の方から聞こえてくる。
要するに、そこに人がいる可能性があるということだ。まさか自分以外にまだ誰かがいたとは。
迷うことなくそちらへと歩を進める。
慢心はない。だが、相手がいかなる人間だろうと、エンジェル・アームがあればそう簡単にやられることはない。客観的事実。
故に、水道の音の響く女子トイレの扉を開き、
「む――」
ゆっくりと靴音を鳴らしながら、中央の階段を下りる影がある。
短い金髪を持った長身の男。ライダースーツのような服装を身に纏い、右腕は壊死してボロボロになっている。
ミリオンズ・ナイブスだ。
参加者B――高町なのはを葬った参加者Aは、悠然とした足取りで、1階へと姿を現していた。
デイパックから伸びた、異様に長い布包みをしまうと、その口を閉じる。
(大した物は見つからなかったか)
少々がっかりしたように、内心でこぼした。
今の今までナイブズは、デイパックの中身をあさりながら歩を進めていた。
これまで一切手をつけていなかった支給品を、ここにきてようやく確認するに至ったのだ。
このデスゲームにおいて、一切の油断は許されない。
最強の妖怪・殺生丸相手に喫した敗北が、その現実を彼に痛いほど叩き込んでいた。
だからこそ、それまで不要と思っていた支給品へと目をつけた。
武器が目当てではない。制限下とはいえ、エンジェル・アームの切れ味は絶大だ。
それを上回る破壊力のものが存在するとは思えなかったし、同等のものがあっても、使い慣れた自身の力の方が信頼できる。
そこで、武器以外に有益なものを探してみたつもりだったが、結局は不発に終わっていた。
1つは今の布包み。1つは奇妙なカブト虫型の機械。そして1つは自分にはろくに使えぬ武器。
エンジェル・アームの威力を考慮すれば無難なところかもしれなかったが、それでも胸中の不満は取り除かれない。
(……、うん?)
と、その時、何やら鼓膜を打つ音に気付いた。
流水の音。水道を出しっぱなしにでもしているのだろうか。ちょうど左手の方から聞こえてくる。
要するに、そこに人がいる可能性があるということだ。まさか自分以外にまだ誰かがいたとは。
迷うことなくそちらへと歩を進める。
慢心はない。だが、相手がいかなる人間だろうと、エンジェル・アームがあればそう簡単にやられることはない。客観的事実。
故に、水道の音の響く女子トイレの扉を開き、
「む――」
爆音を耳にした。
◆
「ックククククク……」
さながら悪魔の哄笑か。
病院の外に出たルルーシュが、抑えた笑いを上げていた。
その矛先は女子トイレのある場所。猛烈な爆発音と共に、空調用の小窓からもうもうと煙が立ち昇るのが見て取れる。
「こうも簡単に引っかかるとはな」
あの時、ルルーシュがディエチに指示した内容はこうだ。
まず自分が正面玄関の傍で隠れて待機し、ディエチは待合室のすぐ近くにあったトイレまで移動する。
そしてそこに、ここに入った時に渡した小タル爆弾を設置。水道をひねり、対象をおびき出すための水音を鳴らす。
後は点火し、ディエチが適当なところに隠れれば、仕込みは完了。
上手くいけば、まんまと誘い込まれた対象は、狭いトイレの中で爆発をもろに食らって死亡。
爆発のタイミングが早かったり、水音を警戒して避けた場合は、対象はそのまま病院から退出するだろう。
そして、そこには絶対遵守の力を持ったルルーシュがいる。
どの道どちらの行動を取られようと、相手を確実に仕留めることができるわけだ。
「何にせよ、無駄にギアスを使う必要がなかったのは幸いだったな……」
微かに安堵したような響きと共に、ルルーシュが呟いた。
この作戦のみならず、現在進行中のデスゲーム全体に言えることだが、実は彼は、まだあまりギアスを使いたくはなかった。
オン・オフの自由が利かなくなったところまで成長していたギアスが、1つ前の段階まで力を抑えられていたのだ。
あのプレシアという主催者による、何らかの細工が施されていたと考えても不自然ではない。
実行できる命令の種類を限定されたか。命令の持続時間を設けられたか。発動回数が限られるようになったか。
想定しうる制限内容はいくらでもある。
そして厄介なことに、ルルーシュにはそれを確かめる術がなかった。
最初に合流した人間は、ギアスの効かない戦闘機人・ディエチだったのだから。
だからこそ、まだまだこの力は下手に使うことはできない。
これまで最も頼りにしていた無敵の力も、この場においてはトランプのジョーカーの範疇を出ない。
使うタイミングを誤っては、後々に損をすることにもなりかねないのだ。
ともあれ、この場においては無駄に使うことにならずに済んだようだ。
対象が未だに行動を起こしていない以上、あの爆発で吹き飛んだに――
さながら悪魔の哄笑か。
病院の外に出たルルーシュが、抑えた笑いを上げていた。
その矛先は女子トイレのある場所。猛烈な爆発音と共に、空調用の小窓からもうもうと煙が立ち昇るのが見て取れる。
「こうも簡単に引っかかるとはな」
あの時、ルルーシュがディエチに指示した内容はこうだ。
まず自分が正面玄関の傍で隠れて待機し、ディエチは待合室のすぐ近くにあったトイレまで移動する。
そしてそこに、ここに入った時に渡した小タル爆弾を設置。水道をひねり、対象をおびき出すための水音を鳴らす。
後は点火し、ディエチが適当なところに隠れれば、仕込みは完了。
上手くいけば、まんまと誘い込まれた対象は、狭いトイレの中で爆発をもろに食らって死亡。
爆発のタイミングが早かったり、水音を警戒して避けた場合は、対象はそのまま病院から退出するだろう。
そして、そこには絶対遵守の力を持ったルルーシュがいる。
どの道どちらの行動を取られようと、相手を確実に仕留めることができるわけだ。
「何にせよ、無駄にギアスを使う必要がなかったのは幸いだったな……」
微かに安堵したような響きと共に、ルルーシュが呟いた。
この作戦のみならず、現在進行中のデスゲーム全体に言えることだが、実は彼は、まだあまりギアスを使いたくはなかった。
オン・オフの自由が利かなくなったところまで成長していたギアスが、1つ前の段階まで力を抑えられていたのだ。
あのプレシアという主催者による、何らかの細工が施されていたと考えても不自然ではない。
実行できる命令の種類を限定されたか。命令の持続時間を設けられたか。発動回数が限られるようになったか。
想定しうる制限内容はいくらでもある。
そして厄介なことに、ルルーシュにはそれを確かめる術がなかった。
最初に合流した人間は、ギアスの効かない戦闘機人・ディエチだったのだから。
だからこそ、まだまだこの力は下手に使うことはできない。
これまで最も頼りにしていた無敵の力も、この場においてはトランプのジョーカーの範疇を出ない。
使うタイミングを誤っては、後々に損をすることにもなりかねないのだ。
ともあれ、この場においては無駄に使うことにならずに済んだようだ。
対象が未だに行動を起こしていない以上、あの爆発で吹き飛んだに――
――斬。
「!?」
その時、ルルーシュは瞠目した。
何かが視界の中で瞬くのを感じた。
刹那の間に、病院の壁を駆け抜けたものは。
ず、と。純白の壁の一部が微かに歪む。
歪みは広く、広く波及していく。ぱらぱらとコンクリート片の零れる音。
やがて城壁は決壊する。
何かによって切り裂かれた壁はばらばらに崩れ落ち、そこから灰色の爆煙が一挙に立ち込めた。
もうもうと広がる煙は、霧のように壁を包む。何も見えない。一体あそこで何があった。
「――何だこれは」
灰色の闇の中より、囁きかける声があった。低く、太い。威厳に満ちた男の声だ。
爆煙が裂けていく。さながら十戒の神話の海のごとく、煙がその者の進む道を形作っていく。
顔を出したのは、短い金髪と潰された右手。刃と化した左手に杖を携えし、孤高の王者。
ミリオンズ・ナイブズ。
絶対者のごとき風格を纏った男には、驚愕も動揺も何もない。ただ何もない、虚無の表情。何物をもってしても揺るがせぬ尊厳。
否。不意に、ナイブズの眉がつり上がった。
眉間に皺が寄る。歯が食いしばられる。眼光が鋭くなる。
「何だと言うんだ! あ!?」
そして、遂に王者は激昂した。
眼前で驚愕も露わに、無様に瞳を見開いたまま立ち尽くす魔王へと。
「この期に及んでこれか……お前は、この程度のものしか見せられないのか!」
こんなもの、食らったところでどうということはない。
否、こんなものは攻撃とすら呼ばない。こんな子供だましはただのままごとだ。闘争と見なす気すら起こらない。
こんな爆発よりも、あの殺生丸の刃の方が遥かに強かった。
こんな不意討ちよりも、あのキース・レッドの奇襲の方が遥かに驚かされた。
それが今度はどうだ。目の前の策略家気取りの餓鬼の抵抗とは、こんなちっぽけなものでしかないのか。とんだ興ざめだ。
「馬鹿な……どうやって、あの爆発から……」
驚愕にうち震える身体を必死に抑えながら、ルルーシュはどうにかそれだけを問う。
タイミングからして、あの爆撃は成功したはずだ。人間がもろに食らって生きているはずがない。
ただの人間ならば。
ルルーシュは知らなかった。この男もまた、あのスバル・ナカジマと同じ、奇跡の体現者であることを。
いかにしてナイブズは、あの爆発を凌ぎきったのか。その疑問の答えは、彼の握った杖にあった。
氷結の杖・デュランダル。時空管理局の技術の粋を結集して生み出された、最新最強のストレージデバイス。
ナイブズがその手に携えた白銀のロッドは、あの支給品の中にあったデバイスだったのだ。
未だはやて達と関わって日の浅い彼は、魔法に関する技術をほとんど有していない。何とか飛行魔法だけを身につけた程度だ。
そんなナイブズが持つとあっては、せっかくのデュランダルも宝の持ち腐れ。
使う者が使えば強力な力を発揮するのだろうが、素人が使っても持て余してしまう。
故に当初は、彼もこれを使う気は毛頭なかった。
しかし、あの爆弾を垣間見た瞬間、即座にナイブズは思考する。
思い返すのは、守護騎士達や敵の魔導師が使った防御魔法だ。
このデバイスとやらを使えば、素人の自分でも、せめてあれくらいはできるのではないか、と。
瞬間、デュランダルを起動。どうにか防壁を形成。左腕の刃と共に盾とし、難を逃れたというわけだ。
この場においては、これで役目も終わりだろう。待機形態へと戻すと、ナイブズはそれを適当なポケットに突っ込んだ。
「……まぁいい……」
ようやく平静を取り戻したルルーシュが呟く。
「今ので息の根を止められないとあれば仕方がない……お前には、我が奴隷となってもらう」
顕現。
紫の水晶に浮かび上がる、不死鳥のエンブレム。
血濡れのごとき真紅に染まりし烙印。絶対遵守の力を具現化せし呪いの紋。
ルルーシュの左の瞳に、赤きギアスの紋章が現れた。
ひとたび視線を合わせたならば、いかなる人間にも命令を下すことが可能となる王の力。
あらゆる者の意志を犯し、蹂躙し、屈服させる魔王の囁き。
この状況でナイブズを倒す方法はただ一つ。ギアスによって支配下に置くことのみだ。
ディエチに指示を出す余裕はない。自分の武器は木刀のみ。ややリスクはあるが、ここはギアスを使うしかない。
「お前は、“我が軍門に下――」
その時、ルルーシュは瞠目した。
何かが視界の中で瞬くのを感じた。
刹那の間に、病院の壁を駆け抜けたものは。
ず、と。純白の壁の一部が微かに歪む。
歪みは広く、広く波及していく。ぱらぱらとコンクリート片の零れる音。
やがて城壁は決壊する。
何かによって切り裂かれた壁はばらばらに崩れ落ち、そこから灰色の爆煙が一挙に立ち込めた。
もうもうと広がる煙は、霧のように壁を包む。何も見えない。一体あそこで何があった。
「――何だこれは」
灰色の闇の中より、囁きかける声があった。低く、太い。威厳に満ちた男の声だ。
爆煙が裂けていく。さながら十戒の神話の海のごとく、煙がその者の進む道を形作っていく。
顔を出したのは、短い金髪と潰された右手。刃と化した左手に杖を携えし、孤高の王者。
ミリオンズ・ナイブズ。
絶対者のごとき風格を纏った男には、驚愕も動揺も何もない。ただ何もない、虚無の表情。何物をもってしても揺るがせぬ尊厳。
否。不意に、ナイブズの眉がつり上がった。
眉間に皺が寄る。歯が食いしばられる。眼光が鋭くなる。
「何だと言うんだ! あ!?」
そして、遂に王者は激昂した。
眼前で驚愕も露わに、無様に瞳を見開いたまま立ち尽くす魔王へと。
「この期に及んでこれか……お前は、この程度のものしか見せられないのか!」
こんなもの、食らったところでどうということはない。
否、こんなものは攻撃とすら呼ばない。こんな子供だましはただのままごとだ。闘争と見なす気すら起こらない。
こんな爆発よりも、あの殺生丸の刃の方が遥かに強かった。
こんな不意討ちよりも、あのキース・レッドの奇襲の方が遥かに驚かされた。
それが今度はどうだ。目の前の策略家気取りの餓鬼の抵抗とは、こんなちっぽけなものでしかないのか。とんだ興ざめだ。
「馬鹿な……どうやって、あの爆発から……」
驚愕にうち震える身体を必死に抑えながら、ルルーシュはどうにかそれだけを問う。
タイミングからして、あの爆撃は成功したはずだ。人間がもろに食らって生きているはずがない。
ただの人間ならば。
ルルーシュは知らなかった。この男もまた、あのスバル・ナカジマと同じ、奇跡の体現者であることを。
いかにしてナイブズは、あの爆発を凌ぎきったのか。その疑問の答えは、彼の握った杖にあった。
氷結の杖・デュランダル。時空管理局の技術の粋を結集して生み出された、最新最強のストレージデバイス。
ナイブズがその手に携えた白銀のロッドは、あの支給品の中にあったデバイスだったのだ。
未だはやて達と関わって日の浅い彼は、魔法に関する技術をほとんど有していない。何とか飛行魔法だけを身につけた程度だ。
そんなナイブズが持つとあっては、せっかくのデュランダルも宝の持ち腐れ。
使う者が使えば強力な力を発揮するのだろうが、素人が使っても持て余してしまう。
故に当初は、彼もこれを使う気は毛頭なかった。
しかし、あの爆弾を垣間見た瞬間、即座にナイブズは思考する。
思い返すのは、守護騎士達や敵の魔導師が使った防御魔法だ。
このデバイスとやらを使えば、素人の自分でも、せめてあれくらいはできるのではないか、と。
瞬間、デュランダルを起動。どうにか防壁を形成。左腕の刃と共に盾とし、難を逃れたというわけだ。
この場においては、これで役目も終わりだろう。待機形態へと戻すと、ナイブズはそれを適当なポケットに突っ込んだ。
「……まぁいい……」
ようやく平静を取り戻したルルーシュが呟く。
「今ので息の根を止められないとあれば仕方がない……お前には、我が奴隷となってもらう」
顕現。
紫の水晶に浮かび上がる、不死鳥のエンブレム。
血濡れのごとき真紅に染まりし烙印。絶対遵守の力を具現化せし呪いの紋。
ルルーシュの左の瞳に、赤きギアスの紋章が現れた。
ひとたび視線を合わせたならば、いかなる人間にも命令を下すことが可能となる王の力。
あらゆる者の意志を犯し、蹂躙し、屈服させる魔王の囁き。
この状況でナイブズを倒す方法はただ一つ。ギアスによって支配下に置くことのみだ。
ディエチに指示を出す余裕はない。自分の武器は木刀のみ。ややリスクはあるが、ここはギアスを使うしかない。
「お前は、“我が軍門に下――」
――どん。
鈍い音が響いた。
魔王の言葉は中断される。つ、と、頬を伝う嫌な汗。
「今、俺に命令しようとしたな」
ナイブズの左腕から伸びた刃が、ルルーシュのすぐ足元の道路を貫いていた。
「俺を従えようとしたな」
何が起こった。ルルーシュは必死に思考する。
今の攻撃は一体何だ。一切の予備動作もなく、一瞬にして襲い掛かってきた切っ先は。
否、そもそも何故腕から刃が生えていた時点で疑問に思わなかった。
エンジェル・アームの剣呑な刃は、強固なアスファルトをも粉々に砕いている。生身の人間には過ぎた破壊力。
何より、そのスピード。こんな攻撃速度は有り得ない。
あの宿敵枢木スザクの操る白銀の騎士・ランスロットといえど、予備動作もなしに攻撃するなどということは出来はしない。
早撃ち(クイック・ドロウ)。
少なくともその一点において、目の前の男は、ルルーシュの生涯最強の敵を凌駕していた。
「……くっ!」
身じろぎしたのは何が原因か。
エンジェル・アームの絶大な破壊力故か。それともナイブズの放つ圧倒的な威圧感故か。
それでも、まだここから逃げ出すわけにはいかない。病院にはまだディエチがいるはずなのだ。
故にルルーシュは、その目のギアスを再び輝かせる。
「“俺に従――」
「俺に催眠術か何かでもかけようという魂胆か」
ざくり。
少年の顔が苦悶に歪む。
神速の刃は左腕をかすめ、黒装束の袖ごと、その肉と皮膚を切り裂いた。
ほとんど最後まで言いかけた命令は、再び実行されることなく終わる。
そして、その様子を無表情で見つめるナイブズの脳裏に浮かぶのは、かつて集めたナイフ達の存在だ。
今は亡きGUNG-HO-GUNSの3、ドミニク・ザ・サイクロプス。
人類掃討を任務とする異能集団の紅一点。殺しの手口は催眠術(ヒュプノシス)。
眼帯によって隠された右目の信号により、対象の知覚を操作。一瞬強制的に意識を断絶させ、その隙に対象を始末する。
相手を操るという概念においては、ルルーシュの手口もそれと同じはずだ。部下の存在が、ナイブズに敵の手札を見抜かせていた。
一方、ルルーシュの様相を彩るのは恐慌だ。
冗談じゃない。このままでは死ぬ。確実に殺される。
この男は、今までに相対したどの男とも違う。スザクをも凌ぐ戦闘能力に、憎きブリタニア皇帝にも並ぶ威圧感。
及ばない。策謀と姦計で塗り固めた仮面で魔王を演じる自分とは、明らかに格が違う。
あらゆる策を弄しても、それら全てをことごとく薙ぎ払う絶対的な力。それもまた、王の資質。
追い詰められたルルーシュが選んだ命令は、最も愚かな言葉だった。
「“死――」
魔王の言葉は中断される。つ、と、頬を伝う嫌な汗。
「今、俺に命令しようとしたな」
ナイブズの左腕から伸びた刃が、ルルーシュのすぐ足元の道路を貫いていた。
「俺を従えようとしたな」
何が起こった。ルルーシュは必死に思考する。
今の攻撃は一体何だ。一切の予備動作もなく、一瞬にして襲い掛かってきた切っ先は。
否、そもそも何故腕から刃が生えていた時点で疑問に思わなかった。
エンジェル・アームの剣呑な刃は、強固なアスファルトをも粉々に砕いている。生身の人間には過ぎた破壊力。
何より、そのスピード。こんな攻撃速度は有り得ない。
あの宿敵枢木スザクの操る白銀の騎士・ランスロットといえど、予備動作もなしに攻撃するなどということは出来はしない。
早撃ち(クイック・ドロウ)。
少なくともその一点において、目の前の男は、ルルーシュの生涯最強の敵を凌駕していた。
「……くっ!」
身じろぎしたのは何が原因か。
エンジェル・アームの絶大な破壊力故か。それともナイブズの放つ圧倒的な威圧感故か。
それでも、まだここから逃げ出すわけにはいかない。病院にはまだディエチがいるはずなのだ。
故にルルーシュは、その目のギアスを再び輝かせる。
「“俺に従――」
「俺に催眠術か何かでもかけようという魂胆か」
ざくり。
少年の顔が苦悶に歪む。
神速の刃は左腕をかすめ、黒装束の袖ごと、その肉と皮膚を切り裂いた。
ほとんど最後まで言いかけた命令は、再び実行されることなく終わる。
そして、その様子を無表情で見つめるナイブズの脳裏に浮かぶのは、かつて集めたナイフ達の存在だ。
今は亡きGUNG-HO-GUNSの3、ドミニク・ザ・サイクロプス。
人類掃討を任務とする異能集団の紅一点。殺しの手口は催眠術(ヒュプノシス)。
眼帯によって隠された右目の信号により、対象の知覚を操作。一瞬強制的に意識を断絶させ、その隙に対象を始末する。
相手を操るという概念においては、ルルーシュの手口もそれと同じはずだ。部下の存在が、ナイブズに敵の手札を見抜かせていた。
一方、ルルーシュの様相を彩るのは恐慌だ。
冗談じゃない。このままでは死ぬ。確実に殺される。
この男は、今までに相対したどの男とも違う。スザクをも凌ぐ戦闘能力に、憎きブリタニア皇帝にも並ぶ威圧感。
及ばない。策謀と姦計で塗り固めた仮面で魔王を演じる自分とは、明らかに格が違う。
あらゆる策を弄しても、それら全てをことごとく薙ぎ払う絶対的な力。それもまた、王の資質。
追い詰められたルルーシュが選んだ命令は、最も愚かな言葉だった。
「“死――」
「俺がそんなものを、許すとでも思ったか」
何だ。
何かがおかしい。
この身体に伝わる違和感は何だ。
何かが違う。いつもの自分の身体じゃない。あるべき何かが抜け落ちたような感覚。
そういえば、今何かが後方へと飛んでいったはずだ。
あれは一体何だったのだ。
あれはどこから現れたというのだ。
否。
自分はそれを知っている。
あれは自分の今の居場所から、とても近いところから飛んでいったのだ。
ああ、そうか。
ようやく理解した。
飛んでいったものとは。
身体の違和感の正体は。
何かがおかしい。
この身体に伝わる違和感は何だ。
何かが違う。いつもの自分の身体じゃない。あるべき何かが抜け落ちたような感覚。
そういえば、今何かが後方へと飛んでいったはずだ。
あれは一体何だったのだ。
あれはどこから現れたというのだ。
否。
自分はそれを知っている。
あれは自分の今の居場所から、とても近いところから飛んでいったのだ。
ああ、そうか。
ようやく理解した。
飛んでいったものとは。
身体の違和感の正体は。
俺の――右腕だ。
「……っがああああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァ―――ッ!!!」
悲痛な叫びが上がった。焼けるような痛みが襲った。
意識は激痛に幾度となく吹き飛ばされかけ、その度に同じ激痛によって揺り起こされる。
失神と覚醒の絶え間なき連続。
今や完全に両膝をついたルルーシュは、失われた右腕の跡を押さえ、みっともなく喚き続けていた。
「惨めだな」
王者は魔王を見下ろす。
無慈悲に。無感動に。無表情で。
ただの虫けらにも等しき人間がどれだけ足掻こうと、何の同情も覚えない。
ただの虫けらにも等しき人間に苦しみを与えようと、何の快楽も覚えない。
あまりにも超然とし、あまりにも平静として。
故に、ルルーシュは吠える。
それがただの人間にできる、唯一の抵抗の意志だから。
「……“お前は一体何なんだ”っ!」
左目にギアスを顕現させたまま、その問いかけを放っていたことに気付いたのは、既に発動させた後になってからだった。
絶対遵守の真紅の光が、ナイブズの視界を染めていく。
発動するは王の力。常識の軛を超えた、あらゆる人間を従える言霊。
「ッ!?」
途端、ルルーシュを襲ったのは更なる激痛。
左目が痛む。内側からじりじりと炙られたかのような痛み。行政特区日本式典の時の暴走を思わせる苦痛。
痛みは人間の体力を奪い、思考力を奪い、戦闘力を奪う要素だ。
たった一発の銃弾を食らっただけで、人間はどうしようもなく弱体化する。
成る程、ギアスにかけられた制限とはこういうことか。限界ギリギリの身体を苛む苦痛と脱力感に、ようやくルルーシュは得心する。
それでも瞳を閉じることはしない。無様に沈黙することはしない。それが魔王の最後の矜持。
しかし、その眼前に突きつけられた現実は。
ギアスの支配下へ落ちたはずのナイブズは。
「………」
沈黙。
全くの沈黙。
絶対遵守の呪縛とともにかけられたはずの誰何にも、ナイブズは一切の反応を見せなかったのだ。
ギアスが通用しない。あらゆる人間を従えることができるギアスが。
すなわち目の前の男は、戦闘機人のスバルや、不死身の身体を持ったC.C.と同じく。
「……人間じゃ、ない……!?」
「当たり前だ! あんな不完全な連中と一緒にするな!!」
王者は一喝した。
無感動な眼差しに再び憤怒の色を宿し、獅子の雄たけびのごとき叫びを上げる。
真実の力を携えた孤高の王者。
偽りで塗り固めた仮面の魔王。
悲しいほどに、両者の間に絶対の格差が生まれた瞬間だった。
何が魔王だ。何が悪魔だ。それらは所詮、演出によって生み出された虚構に過ぎない。
ひとたび本物の人外と相対せば、たちまち地金を晒すような脆弱なペルソナ。
今この瞬間、魔王を演じたルルーシュは、ちっぽけなただの人間へとその立場を貶められた。
「その光る左目が、お前のからくりのようだな」
かつ、かつ、かつ。
ゆっくりと、しかし着実に。
悠然とした風格を纏いながら。伝説の宝具のごとく左腕を輝かせながら。
ナイブズはルルーシュへとどめを刺すべく、その距離を詰めていく。
「せめて一思いに」
剣呑なる凶刃が、その左目へと伸びる。
その瞬間だった。
悲痛な叫びが上がった。焼けるような痛みが襲った。
意識は激痛に幾度となく吹き飛ばされかけ、その度に同じ激痛によって揺り起こされる。
失神と覚醒の絶え間なき連続。
今や完全に両膝をついたルルーシュは、失われた右腕の跡を押さえ、みっともなく喚き続けていた。
「惨めだな」
王者は魔王を見下ろす。
無慈悲に。無感動に。無表情で。
ただの虫けらにも等しき人間がどれだけ足掻こうと、何の同情も覚えない。
ただの虫けらにも等しき人間に苦しみを与えようと、何の快楽も覚えない。
あまりにも超然とし、あまりにも平静として。
故に、ルルーシュは吠える。
それがただの人間にできる、唯一の抵抗の意志だから。
「……“お前は一体何なんだ”っ!」
左目にギアスを顕現させたまま、その問いかけを放っていたことに気付いたのは、既に発動させた後になってからだった。
絶対遵守の真紅の光が、ナイブズの視界を染めていく。
発動するは王の力。常識の軛を超えた、あらゆる人間を従える言霊。
「ッ!?」
途端、ルルーシュを襲ったのは更なる激痛。
左目が痛む。内側からじりじりと炙られたかのような痛み。行政特区日本式典の時の暴走を思わせる苦痛。
痛みは人間の体力を奪い、思考力を奪い、戦闘力を奪う要素だ。
たった一発の銃弾を食らっただけで、人間はどうしようもなく弱体化する。
成る程、ギアスにかけられた制限とはこういうことか。限界ギリギリの身体を苛む苦痛と脱力感に、ようやくルルーシュは得心する。
それでも瞳を閉じることはしない。無様に沈黙することはしない。それが魔王の最後の矜持。
しかし、その眼前に突きつけられた現実は。
ギアスの支配下へ落ちたはずのナイブズは。
「………」
沈黙。
全くの沈黙。
絶対遵守の呪縛とともにかけられたはずの誰何にも、ナイブズは一切の反応を見せなかったのだ。
ギアスが通用しない。あらゆる人間を従えることができるギアスが。
すなわち目の前の男は、戦闘機人のスバルや、不死身の身体を持ったC.C.と同じく。
「……人間じゃ、ない……!?」
「当たり前だ! あんな不完全な連中と一緒にするな!!」
王者は一喝した。
無感動な眼差しに再び憤怒の色を宿し、獅子の雄たけびのごとき叫びを上げる。
真実の力を携えた孤高の王者。
偽りで塗り固めた仮面の魔王。
悲しいほどに、両者の間に絶対の格差が生まれた瞬間だった。
何が魔王だ。何が悪魔だ。それらは所詮、演出によって生み出された虚構に過ぎない。
ひとたび本物の人外と相対せば、たちまち地金を晒すような脆弱なペルソナ。
今この瞬間、魔王を演じたルルーシュは、ちっぽけなただの人間へとその立場を貶められた。
「その光る左目が、お前のからくりのようだな」
かつ、かつ、かつ。
ゆっくりと、しかし着実に。
悠然とした風格を纏いながら。伝説の宝具のごとく左腕を輝かせながら。
ナイブズはルルーシュへとどめを刺すべく、その距離を詰めていく。
「せめて一思いに」
剣呑なる凶刃が、その左目へと伸びる。
その瞬間だった。
――轟。
撃発。
王者と魔王の戦場へと飛び込む、一発の銃弾。
白銀色に輝く魔弾が、後方から猛烈な速度で発射される。発砲音は通常よりも遥かに重く、大きい。
全長39cm、重量4kg。.454カスール カスタムオートマチック。
その銃口が放つ魔弾は、しかしナイブズ本人に向けられたものではない。
「!」
引きちぎれたのは――肩のベルト。
化け物殺しの弾丸が狙ったのは、ナイブズが抱えたデイパックの肩紐だったのだ。
病院から駆け出すは一陣の風。
あの殺生丸ほど速くはなく。しかし並の人間よりは遥かに速く。
女子トイレの大穴から飛び出した影が、地面に落ちたデイパックをその手に掴んでいた。
影は王者の眼前へと立ちふさがる。
迷うことなくデイパックへと手を突っ込み、巨大な布包みを抜き出しながら。
身の丈さえも凌駕するそれの戒めを、慣れた手つきで解き放つ。
顕現するは鋼の銃身。巨大な砲塔が、陽光をその身にうけて黒く光っていた。
ふわり、と。
ルルーシュの眼前に広がったのは、砲身を包んでいた布と――絹糸のごとき、栗色の長髪。
王者と魔王の戦場へと飛び込む、一発の銃弾。
白銀色に輝く魔弾が、後方から猛烈な速度で発射される。発砲音は通常よりも遥かに重く、大きい。
全長39cm、重量4kg。.454カスール カスタムオートマチック。
その銃口が放つ魔弾は、しかしナイブズ本人に向けられたものではない。
「!」
引きちぎれたのは――肩のベルト。
化け物殺しの弾丸が狙ったのは、ナイブズが抱えたデイパックの肩紐だったのだ。
病院から駆け出すは一陣の風。
あの殺生丸ほど速くはなく。しかし並の人間よりは遥かに速く。
女子トイレの大穴から飛び出した影が、地面に落ちたデイパックをその手に掴んでいた。
影は王者の眼前へと立ちふさがる。
迷うことなくデイパックへと手を突っ込み、巨大な布包みを抜き出しながら。
身の丈さえも凌駕するそれの戒めを、慣れた手つきで解き放つ。
顕現するは鋼の銃身。巨大な砲塔が、陽光をその身にうけて黒く光っていた。
ふわり、と。
ルルーシュの眼前に広がったのは、砲身を包んでいた布と――絹糸のごとき、栗色の長髪。
Back:勇気のアイテム(後編) | 時系列順で読む | Next:Shooting Bullet(後編) |
Back:勇気のアイテム(後編) | 投下順で読む | |
Back:切なくていとおしいほど、想いは時空を越えて | ルルーシュ・ランペルージ | |
Back:切なくていとおしいほど、想いは時空を越えて | ディエチ | |
Back:切なくていとおしいほど、想いは時空を越えて | 泉こなた | |
Back:切なくていとおしいほど、想いは時空を越えて | スバル・ナカジマ | |
Back:ちぎれたEndless Chain | ミリオンズ・ナイブズ |