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Knight of the Rose(前編) ◆9L.gxDzakI




 ――ざくり。
 地を掘り返す音がする。
 ざくり、ざくりと音は続く。
 全てが灰色に染められた、コンクリートの街の中、しかし土を掘る音が鳴り響く。
 ざくり、ざくり、ざくり。
 1人の男が土を掘り、1つの人型を穴へと横たえた。
 いかに路地裏と言えども、アスファルトで舗装されたその場所に、土など残されているはずもない。
 否、しかし。
 そこには確かに大地があった。
 そこにあるべき灰色の床は。
 既に粉々に打ち砕かれていた。
 さながら隕石の衝突のような、激烈な破壊による傷痕。
 砕け、潰れ、貫かれ、街中でもその場所だけが、茶色い大地をさらしていた。
「……許しを請おうとは思わん」
 静かな男の声が、呟く。
 爆砕された墓穴の、その真ん中で眠る少女へと。
 哀惜の色に染まる瞳が、茶髪の華奢な娘を見下ろす。
 堕ちた英雄――セフィロスが、守り切れなかった娘の姿だ。
 ここは八神はやてのための墓地だった。
「私はこれから、お前の意志に背く道を往く」
 既にこの身には何もない。
 身体は人のものでない。人間の親の顔は知らない。親友達は立ち去った。
 ようやく手に入れたはずの故郷。その場所を与えてくれた娘。
 彼が掴んだ最後の希望は、しかし脆くも崩れ去った。
 許せることでは、ない。
「私は己の憎しみのために、全ての命を無へと還す」
 それをはやては望まぬだろう。
 誰一人として苦しませず、共にこの狂宴の舞台を脱する。
 セフィロスが選ぶ殺戮者の道とは、決して相容れぬ彼女の意志。
 そんなことをさせるために、自分はセフィロスさんを庇ったのではない。
 今でも彼女のそうした言葉が、耳に響いてくるかのようだ。
「だが……」
 だが、しかし。
 響いてくることは、決してない。
 既にはやては死んだのだ。命がライフストリームへと還り、輪廻転生する“星”とは違う。
 もはや彼女の意志は消え去り、彼女の言葉は語られぬことなく、彼女の目は閉じられたまま。
 死人に口なし。
 セフィロスが従うべき意志は、もうこの地には存在しないのだ。
 故に――
「――おい、てめぇっ!」
 と。
 不意に、背後から声がかけられた。
 この戦場には似つかわしくない、幼い少女の叫び声。恐らくはやてよりもなお幼い。
 しかし。
 彼はこの声を知っている。
 幼き姿を持ちながら、幾世紀もの年月を戦場で生き、勇猛果敢に戦う娘を知っている。
 ああ、そうだ。
 彼女こそは鉄槌の騎士。
 今この地で眠らんとする、夜天の主を守護する者。
 振り返ったその先には。
「そこで何やってんだ……はやてに何しやがった!」
 燃える赤髪を三つ編みにした、1人の少女が立っていた。


 数十分前のことだ。
 武装錬金・ヘルメスドライブ。
 転送装置を兼ねたレーダーを、鉄槌の騎士・ヴィータは、じっと食い入るようにして見つめていた。
 表示された名前は3つ。
 己が守るべき主、八神はやて。
 守護騎士の一員、ザフィーラ。
 既に死亡した仲間、シグナム。
 烈火の将は先述通り、既に死亡が確認されている。彼女の方は除外してもいいだろう。
 残るは2人。では、どちらの方へと向かうか。
 普通に考えるならば、迷うことはないはずだ。はやての方へと行けばいい。
 ザフィーラは単独でも戦える。だが車椅子の主君には、戦う力など存在しない。
 そもそもそれを差し引いても、はやてを守ることこそが、ヴォルケンリッターの存在意義だ。
 だが、ここに1つの問題が発生する。
(このはやて……一体、どっちのはやてなんだ……?)
 既にヴィータはこの会場に、2人のはやてがいる可能性に気付いていた。
 そもそも彼女はつい先ほど、片方のはやてと遭遇している。
 どう見ても自分の知る彼女よりも、10歳近くは歳上の容姿。
 声音や気配は同じでも、自分を助けてくれたギルモンを、ためらうことなく抹殺した。
 すなわち、はやての名と姿を騙る偽物。
 今そこにいるはやては、この偽物の方かもしれないのだ。
 不用意に彼女の元へとワープし、おまけに予感まで的中していたのなら、そのまま襲撃されかねない。
 それこそが、幼き姿をした騎士を、延々と悩ませている理由。
 そして、ヴィータの下した結論は。
「……悪ぃ、はやて」
 南の方を、向く。
 そこにいるのは盾の守護獣。
 彼女が選んだのは夜天の主ではなく、ザフィーラ。
(少しだけ待っててくれ)
 はやてが偽物であった場合を考慮し、一旦彼と合流して戦力を整え、その上で彼女の元へと向かう。
 これが彼女の下した判断。
 少々離れることになるが、エリアは目と鼻の先。
 すぐにここまで戻ってくれば、また捕捉し直すこともできるだろう。
 踵を返し、南方を向き、レーダーで守護獣の位置を確認。
 そのまま一歩を踏み出し、道を歩き出そうとした瞬間。
「っ!」
 点灯。
 小さな光。
 ヘルメスドライブの画面に灯る、新たな未知のポインター。
 はやて以外に誰もいない、そのはずのE-4エリアに、いきなり何者かが姿を現した。
 どういうことだ。何故何の前触れもなく、そこに現れることができる。
 驚き焦る心を必死に抑え、表示された名前を確認。
「シャマル!?」
 そこに風の癒し手の名を見出した瞬間、いよいよヴィータは驚愕に目を見開いた。
 突如、瞬間移動したかのように出現したのは、これまで確認できなかった、最後の守護騎士だったのだ。
 そしてこの時、ヴィータは図らずとも、シグナム以外の守護騎士全員の安否を確認したことになる。
 だが、そんなことはどうだっていい。
 問題は彼女が今、はやてのすぐ近くにいるということ。いいや位置関係からして、これは完全に合流している。
 既にザフィーラの存在は、頭から完全に弾き出されていた。
 何故だ。何故シャマルがそこに現れた。転送魔法は使用不可能のはずだ。
 考えても答えが見つからない。みるみるうちに冷静さが削ぎ取られていく。
 そして、次の瞬間。
 決定的な事態が起こった。
「なっ……!」
 突如、2つの点が移動を始めたのだ。
 目指すは北東。ヴィータの位置とは完全に真逆。
 これが決定打となってしまった。
「まっ……待って! はやて! シャマルッ!」
 遂に彼女はパニックに陥った。
 もはや当初の目的を忘れ、合流すべきザフィーラを完全に無視し、はやて達の後を追う。
 ヘルメスドライブを持ったまま、脇目もふらさぬ全力疾走。
 同じく西側へと移動を始めた、青き狼の光点など、既に眼中には存在しない。
 このまま行かせては駄目だ。
 このままはぐれてしまっては、恐らく二度と会えなくなる。
 何故かそんな観念に囚われ、その一心に脅迫されるかのように、必死にヴィータは走り続けた。
「待ってくれ! 行かないでくれよぉっ!」
 遠ざかる2つのポイント。恐らく移動は徒歩なのだろう。速度はこちらの方が僅かに速い。
 だが、距離が距離だ。一向に近づく気配が見えない。
 一瞬たりとも気は抜けなかった。少しでも速度を緩めれば、そのまま見失ってしまう。
 ようやくはやて達のいた、E-4へと辿り着いた時、既に2人はD-5にいた。
 だがその頃には、両者の距離は、ようやく半分ほどに縮まっていた。
 もう一息だ。このペースで行けば、D-5かあるいは次のエリアで合流できる。
 後はペースを維持し続けるだけ。
 一切の気を抜かず、一切の脚力を緩めず、全速力で駆け抜けるだけのこと。
 だが。
 その時。
「何っ!?」
 ここに来てまた、新たな反応が姿を現したのだ。
 示された名前は八神はやて。2人目の夜天の主の名前。
 こうなる可能性は、決して読み切れないものではなかった。
 2人のはやてがいるのなら、その2人共が偶然に接近し、同時にレーダーに映り込むことも。
 ありえない話では、なかった。
 そもそも何故今まで気付かなかったのだ。彼女の現在地は、今自分がいるのと同じエリアではないか。
 しかし錯乱しかけた彼女には、そこまで考えを回す余裕はない。
 故に、推測し得た現象は、完全なイレギュラーへと変わる。
 そして、2つのはやての名前から、ヴィータが導き出した結論は。
「やっぱり、あっちのはやては偽物……?」
 根拠などはなかった。
 何となく、だ。
 だが彼女はここに来てから、まだ本物のはやてを見ていない。先に見たのは偽物の方。
 故に、先にレーダーに映っていた、シャマルと合流した方のはやてを、先に見た方と同一と見なしていたのだ。
 敢えて根拠をつけるなら、先入観。
 信ずるには値しない、分析からは避けるべき感情論。
 それでも、今のヴィータは、それにすがるしかない。
 こちらのはやての現在地が、自分の居場所からさほど遠くないと来れば、なおさらだ。
 進路変更。新たに現れた方のはやての元へと、走る。
 シャマルを見捨てたことへの罪悪感すら、既に彼女の中にはなかった。
 大通りを突っ走り、エリアの北端にまで迫り、見つけた路地裏へと飛び込む。
「……っ!」
 そして、息を呑んだ。
 そこで見たものは。
「――私は己の憎しみのために、全ての命を無へと還す」
 裾の長い漆黒のコートを身に纏った、銀の長髪を持つ男の背中。
 そしてその男の視線の先で。
 砕けたコンクリートの上に、あたかも叩きつけられたかのように。
「だが……」
 横たわる幼き主――八神はやての眠る姿。
「おい、てめぇっ!」
 反射的に、叫ぶ。
 怒りの色をその目に宿し、黒き背中を睨みつけながら。
 男は悠然とした動作で振り返る。眩い銀の長髪が揺れる。
 こちらを嘲うかのように。それがなおのこと不愉快だった。不愉快で仕方がなかった。
 やがて男は、こちらへその顔を向けた。
 見とれるような美形の顔立ちだ。妖しく光る青き瞳が、一種妖艶な魅力を醸し出す。
 しかしその身に纏うのは、並々ならぬ不気味な気配。
 相当な実力者だ。一目で見て理解できる。まるで底の見えない、宇宙の闇のごとき存在感。
 であれば、危険だ。
「そこで何やってんだ……はやてに何しやがった!」
 故に、問いただす。
 詰問する。
 どう考えてもこの状況は、奴が作り出したようにしか見えない。
 つまり目の前の男が、本物のはやてを、こんな目に遭わせたということ。
「やはりお前か」
 ふ、と。
 視線の先で、男が笑む。
 こちらを小馬鹿にしたような、余裕たっぷりに放たれた冷笑。
 自分のことを知っているということは、こいつも並行世界から来た人間なのだろうか。
 少なくとも、自分の記憶にはない。故に、手元のヘルメスドライブへと視線を落とす。
 レーダーに新たに表示された名は――セフィロス。
「てめぇ、何もんだ。はやてに一体何しやがった」
 怒りと敵意を声に滲ませ、獣が唸るかのように問いかけた。
「お前もシグナム同様、私を知らないようだな」
「シグナムにまで会ったのか……じゃあ、殺ったのはてめぇか?」
 ヴィータの目が細められる。
 シグナムの名が読み上げられたのは、先ほどの第一放送時。すなわち、ゲーム序盤。
 そんなタイミングで会える人数など、たかが知れているだろう。
 自分のように、5人以上もの参加者に遭遇しているのは、特例中の特例のはずだ。
 であればシグナム殺人の容疑者も、おのずと少なくなる。目の前の男が犯人でも、決しておかしな話ではない。
「……そうだな」
 ややあって、眼前のセフィロスが呟く。
「全ての死は、私の引き起こしたものだ。私の目の前でシグナムは死に……」
 その腹立たしい笑顔のまま。一切の余裕を消し去ることなく。

「――八神はやてもまた、息絶えた」

 平然と。
 驚くほどに。
 平然と、言ってのけた。
「……な……に……?」
 時が止まる。
 思考はゆるやかに停止する。
 瞳は大きく見開かれ、放つ闘志は消失し、ただ阿呆のように棒立ちとなる。
 全ての感覚は一瞬死に絶え、我知らず一歩後ずさりした態勢のまま、生きながらにして虚無へと至る。
 のろまになった脳髄が、ようやく動き出したのは、それからたっぷり5秒後のこと。
 今、奴は一体何と言った。
 はやてが死んだ? 奴のせいで?
 奴は今その口で、目の前に横たわる己の主が、既に死んでいると言ったのか?
 予想できないはずもなかった。
 あれほどまでに見事なクレーターだ。その中心にいるはやてが、無事でいられる保障はない。
 それでも、信じたくはなかった。
 はやては絶対に生きている。
 あたしの大切なマスターは、ちゃんとそこで生きている。
 事実を突きつけられるまで、そう信じていたかった。
 ふらふら、ふらふらと、破壊の痕へと歩み寄る。
 壮絶な状態だ。舗装されたアスファルトは粉々に砕け散り、下の大地が露出するほど。
 そしてその中心にいながら、はやての身体は綺麗だった。
 驚くほどに、綺麗なのだ。
 その身を預けている道路が、これほどの衝撃を受けているにもかかわらず、はやては五体満足だった。
 明らかにアスファルトよりも脆い身体が、ほとんど目立った外傷もなく、そこに横たわっていたのだ。
 それこそ傍目にも見れば、ただ眠っているだけのようにさえ。
 しかし。
 傷はほとんどないだけだ。
 完全にないわけではないのだ。
「あ……あぁぁぁぁぁ……!」
 彼女のセーターの左胸には、真紅の花が咲いていた。
 赤黒い血液が、確かに衣服に染み出ていたのだ。
 心臓をやられている。
 明らかに、致命傷。
 クレーターの円周で、ヴィータは力なくへたり込む。
 その内側に入ることさえ、できなかった。
 認めたくない。これ以上はやてに近づけば、その冷たい身体に触れてしまう。
 この期に及んで自分の頭は、なおも「嘘だ」と叫び続けている。
 違う。そんなはずはない。こんなのは嘘だ。
 はやてが死んでいるわけがない。
 嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
(嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ! 信じてたまるかそんなこと! はやてが死ぬはずなんてねぇんだっ!)
 ぽたぽた、ぽたぽたと。
 コンクリートの色が変色する。
 熱を帯びた雫の湿気が、灰色の黒を色濃く変える。
(畜生! 畜生! 畜生! 何であたしは泣いてんだよ! 何で真に受けてるんだよ!
 もっとよく考えてみろよ! はやてがこんな所で死ぬわけねぇだろ!)
 本当は分かっていた。
 もう、はやては戻らない。
 どれだけ取り繕おうとも、彼女の命はその入れ物にはない。
(はやてが……)
 たとえどれだけ手を尽くそうと。
 たとえどれだけ目を背けようと。
 たとえどれだけ願いを込めようと。
(はやてが……!)
 もう彼女に未来はない。
 もうこの声は届かない。
 もう笑ってくれはしない。
(はやてがその足で立って歩くまで……死ぬわけなんかねぇだろうがよぉッ!!)
 もう、彼女が歩くことは、ない。
 がん、と。
 握り締めた右拳を、砕けたアスファルトへと叩きつける。
 痛い。
 素手で道路を殴ったのだ。拳より硬いものを殴ったのだ。痛く感じないはずがない。
 だが、それでも。はやてが受けた痛みや苦しみは、こんなちっぽけなものではない。
 この拳なんて痛いだけ。傷一つ負っていないのだ。
 はやては傷を受けるどころか、その命までなくしている。比べ物にすらなるはずがない。
 何故だ。
 どうしてだ。
 何故その痛みを分かち合えない。
 何故分かち合えないほどの痛みを、はやてが受けなければならなかった。
 何故戦いとは無縁のはやてが、こんな理不尽な殺し合いで、その未来を奪われなければならなかった。
 痛い。
 拳だけではない。
 この胸が引き裂けるように痛くて苦しい。
 こんな経験は初めてだ。
 こんなに悲しんだことはなかった。こんなにつらかったことはなかった。
 人が1人死んだだけで、こんなに苦しく思うことはなかった。
 兵器として生きてきた自分に、この悲しみを教えてくれたのは、やはりそこで眠るはやてだ。
 悲しみだけではない。
 楽しいことや、嬉しいこと。それに喜びを見出す心も、すべてはやてが教えてくれた。
 1人の人間として生きることを、はやては身をもって教えてくれた。
 だから、はやては自分の全てだった。
 それでも。
 そのはやては、もういない。
「……うああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――ッ!!!」
 絶叫。
 跳躍、そして突撃。
 デイパックから槍を引き抜き、ヘルメスドライブをポケットに突っ込み、叫びと共に飛びかかる。
 セフィロスへと。忌まわしき殺人鬼へと。
 お前のせいではやてが死んだ。
 お前がはやてを殺したんだ。
 はやてはまだまだ生きられたのに。やり残したことがたくさんあったのに。
 まだはやてには、立って歩くことで見える世界を、見せられていなかったのに。
 憎い。
 許せない。
 お前を生かしておくわけにはいかない。
 はやてがこんな所で死んだというのに、何故お前のような奴が、のうのうと生きていることを許せる。
 その命をもって償え。
 お前の命も同じように、この私が奪ってやる。
 そう。
 私が。
(ぶっ殺してやる――――――――――――――――――――――!)


 嘘を言ったつもりはない。
 真実だ。
 事実として、自分がもっと早く行動していれば、シグナムを救うことはできた。
 自分があの場で動くことができれば、はやてが犠牲になることもなかった。
 直接殺してはいない。だが、死の原因は自分にもある。
 故に、それを口にしただけのこと。
 恨まれようと構わない。憎まれようと知ったことではない。
 どの道全て、殺すのだから。
「らあぁぁっ!」
 きん。
 鳴り響く金属音。
 振り下ろされた槍の一撃を、左手の憑神刀(マハ)をもって受け止める。
 それだけにはとどまらない。
 きん、きん、きん。
 連続して殺到する鋼の穂先。その都度紫の切っ先が、迫りくる殺意の突撃をいなす。
「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」
 びゅん、びゅん、びゅん。
 鋭く唸るは憎悪の矛先。雄たけびを上げるは怨嗟の絶叫。
 涙に濡れたヴィータの瞳が、真っ向からセフィロスを睨みつける。
 暗黒の炎の宿された、怒りと憎しみに狂ったかのような眼光。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇぇぇっ!」
 一撃一撃は確かに鋭い。どれもが相当な破壊力を伴い、その首を突き落とさんと襲いかかってくる。
 さすがに守護騎士ヴォルケンリッターの中でも、随一の攻撃力を持つだけはあるということか。
 常人から見れば、少なくとも彼女を知らぬ者から見れば、それら全てが一撃必殺。
 だが。
「槍の使いこなせぬお前に、剣を持った私が倒せると思ったか」
 所詮はそこまで。
 ヴィータが本来得意とするのは、鋼鉄のハンマー・グラーフアイゼン。
 斬る武器でもない。突く武器でもない。殴るための武器こそが、彼女の本領を発揮する形。
 足りないのだ。この程度では足りないのだ。
 彼女が槍を振るおうと、あるいは剣を振るったとしても、所詮はその程度でしかない。
 突き方も知らぬ。斬り方も知らぬ。ただ闇雲に振り回しているだけ。
 こんなものはヴィータの全力などではない。故に、下すことなどたやすい。
「ぐぅっ!」
 ガードから力点をいなし、受け流す。勢いのついた身体は地に落ちる。
 攻撃をかわされたヴィータの華奢な身体が、ごろごろと無様にアスファルトを転がった。
 あまりにもあっけない決着。
 怒れる騎士が気づいた時には、既に刃は喉元に。
 頭を持ち上げたところへと、憑神刀の切っ先が突きつけられていた。
 冷やかな感触。少しでも手首を動かせば、即座に命を奪う殺意の刃。
 これで終わりか。全て終わりか。
 畜生。畜生。畜生。
 憎悪の瞳でこちらを睨むヴィータの視線が、彼女の胸中を、何よりも雄弁に物語っていた。
(許しを乞うつもりはない)
 同じ言葉を、胸の内で反芻する。
 はやてを喪って最初に殺す相手が、まさか身内だったとは。
 もう戻れない。この鉄槌の騎士を首を落とせば、自分は引き返すべき道を失う。
 仲間殺しの大罪人が、あの地で受け入れられるはずもない。ミッドチルダの仲間の元には戻れない。
 何より、はやてがそれを許さない。
 それでも。
 許しを乞うべき相手は死んだ。彼女のいないあの場所に、一体どれほどの価値がある。
 引き返す道などいらない。
 故に。
 ただ、首を。

「――っははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

 この瞬間だった。
 南方から響くそれを、セフィロスの耳が捉えたのは。
「なっ!?」
 いいや、セフィロスだけではない。
 怒りと憎しみと悲しみに揺れる、ヴィータの青い瞳もまた、笑い声の方を向く。
 馬鹿のような高笑い。
 しかし、馬鹿のそれではない。
 馬鹿の下品さは存在しない。
 であれば今まさに響くこれは、真性の狂人の放つ咆哮だ。
 襲い来る、声。音量を増す、声。
 次々と破砕音を掻き鳴らし、笑い声がみるみるうちに迫ってくる。
 ああ、だが自分はこの声すらも知っている。
 馬鹿や下衆ではないものの、決して相容れぬ狂人の声だ。
 八神はやてとセフィロスの、最後の共同戦線の相手だ。
 赤いコートが蘇る。白い十字架が蘇る。狂喜の瞳が蘇る。狂気の不死が蘇る。
 瞬間。
 セフィロスが見たものは。
「来たか……アーカード」
 建物の壁をぶち破り、轟音と共に現れる、1人の吸血鬼の姿だった。


(見つけた……!)
 最強の化物(フリーク)アーカードは、その時1人市街地を疾走していた。
 走る。走る。疾る。
 己の不死性を頼りにし、相手の反応を楽しむために。
 自ら素早く動くことをしない彼には、珍しいとさえ思える全速力。
 己の身体機能の全てを、走るという行動一点に集中させ、尋常ならざる速度で駆け抜ける。
 ただ一直線に。
 道を遮る壁は壊して進んだ。道を遮る川は飛び越えて進んだ。
(見つけたぞ! 私はお前を見つけたぞ、兵士(ソルジャー)!)
 こうも素早く見つかるとは思わなかった。
 ゲームの最初では、長らく獲物に恵まれなかっただけに、この発見は青天の霹靂に等しかった。
 長大なる正宗を携え、銀髪の剣士を捜していた時、ふと何の気なしに見上げた頭上の蒼天。
 そこに、いたのだ。
 漆黒のコートをたなびかせるあの男が。背中から翼を一枚だけ生やすという、何とも奇妙な飛び方で。
 捜し求めたセフィロスを、いとも簡単に見つけてしまったのだ。
 ぼやぼやしてはいられなかった。一分一秒が惜しかった。
 あの男が着地した場所を目指し、持てる最高の速度で駆け抜ける。
「――死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇぇぇっ!」
 微かに、子供の声が聞こえた。
 学校で会ったヴィータのものだ。どうやらその先にいるらしい。
 叫びに込められたのは殺意。殺意には向けるべき対象が必要。
 直感的に理解する。悠久の年月によって育まれた、戦闘狂の持つ直感で。
 この先にいる。
 この先であの男が戦っている。
 この建物の壁を壊した先に、あの男が自分を待っている。
「っははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
 大笑した。
 満面の笑みを浮かべた。
 狂喜の叫びを上げながら、遂に最後の壁へと拳をぶつける。瞬く間に破壊されるコンクリート。
 ぱらぱらと崩れ去る破片。もうもうと立ち込める粉塵。
 視界を覆う灰色のカーテンの先で、アーカードを待っていたのは。
「来たか……アーカード」
 奇妙な紫の剣を携え、絹の銀糸を衝撃波に舞わせる、セフィロスの姿だった。
 最強の吸血鬼、アーカード。
 最凶の堕天使、セフィロス。
 幾世紀もの時の中、常に闘争の中にその身を置き、無限の屍を食い殺してきた不死者の王。
 幾光年もの彼方から、降り注いだ遺伝子の元に、恐怖の支配者となることを渇望した英雄。
 両雄はここに再び相まみえ、再びその闘争の火蓋を切って落とす。
 これはその直前の沈黙。
 嵐の前の静寂。
 両者は驚くほど静かに、お互いの姿を認め合っていた。
「傷は治ったようだな」
「ああ」
 両者は驚くほど静かに、言葉を交し合っていた。
「そうか……だが、残念だ」
 ふ、と。
 不意に、アーカードの顔から笑みが消える。
 傍から見ているだけで気が触れそうな、狂気そのものを体現した、彼特有の笑顔が消失する。
 そこに宿された感情は、怒りでも悲しみでもなければ、ましてや無感動ですらない。
「お前なら私を殺せるかもしれないとばかり思っていたが……まさか、お前も私と同じ化物(フリーク)だったとは」
 それは無念。
 残念だ、と語る真紅の視線。
 もちろんいかに不死王(ノスフェラトゥ)といえど、仙豆の存在などは知るはずもない。
 故にその再生能力を、自分達と同じ人外の業と認識する。
 いいや、それだけならまだよかった。それならかのアレクサンド・アンデルセンも、後天的に身に着けていた。
 問題は、もうひとつだ。
 その翼。天に舞う漆黒の片翼。
 背中から羽を生やす人間など、この世に存在するはずもない。でなければ、これを化物と呼ばずに何と呼ぶ。
「これでお前に殺されるわけにはいかなくなった。
 化物を……私のような真の化物を殺せるのは、いつの時代も人間だ。人間でなければならないのだ」
 お前に殺されるわけにはいかない。
 これから繰り広げる戦いには、自分の命は賭けられない。
 待ち望んでいた殺し合いから、「合い」の二文字が消滅し、一方的な殺しへと変わる。
 自らを安全地帯に置く余興となれば、得られる愉悦は半減する。
 命の取り合いという至高の喜びは、もはや果たせなくなったのだ。
「化物か……神が恐怖の象徴だというのならば、確かに私は化物だな」
「神、か。ククッ……アンデルセンが聞けば、顔を真っ赤にして怒るに違いない」
 2人の男が、再び微笑を向き合わせた。
 神。
 それこそがセフィロスの欲するもの。
 星にはびこる人間を抹殺し、恐怖と力によって支配すること。それこそが彼とジェノバの悲願。
 人が化けた魔物ごときが、偉大な神の玉座を奪おうなどとは、確かにあの狂信者には、到底受け入れられるものではあるまい。
「だが、アーカード。お前は1つ見落としている」
「?」
 冷ややかな声。
 不可解な言葉。
 こうした話の最中に、そんな言葉をかける者は初めてだった。
 故に最強の吸血鬼は、珍しく怪訝そうな表情を浮かべる。
 そして、その先を、聞いた。

「――お前は本当に化物なのか?」

 一瞬、何を言ったのか理解できなかった。
 冷たい氷のような言の葉が、己が鼓膜を揺さぶった時、彼の思考は一瞬停止した。
 理解不能。一瞬前の言葉よりも、遥かに理解に苦しむ言葉。
「自分が生態系の頂点にでも立ったつもりか? 信念も理想もないお前が、崇高なる存在にでもなったつもりか?」
 こいつは何を言っているのだ。私が化物でないとでも言うのか。
 何を愚かしいことを。
 この身を見ろ。
 無駄に強靭すぎるこの筋肉。無駄に死ににくいこの再生能力。
 どれだけ終焉を渇望しようとも、決して終わることのできぬこの身体。
 何物からも死を受けられず、無駄に生きてきたこの私を、化物と言わず何と言うのか。
「そもそも、お前の論理を誰が保障できる? この先人間以外の存在が、お前を殺すことがないと、一体誰が断言できる?」
 何も知らぬ若造が。
 傲慢に振る舞う青二才めが。
 お前に一体何が分かる。
 全てを知った気になって、超越者を気取った気になって、他者を見下すだけのお前が。
 ただへらへらと笑っているお前に、不死を押しつけられた私の、一体何が分かるのか。
「あるいは――私がお前を殺した瞬間、即座に破綻しても仕方がない、脆く危うい論理だぞ?」
 ――びゅん、と。
 瞬間、殺到。
 向かいの壁が砕ける音。
 セフィロスの顔面のすぐ真横に、突き立てられたのは正宗。
 かの殺し合いの果てに手に入れた、鋭く長大な日本刀。
 彼の顔面すれすれへと、吸い込まれるように投げつけられた、刃の先の表情は――
「――面白いことを言う」
 しかし、笑っていた。
 これほど愚弄されてもなお、アーカードは笑っていたのだ。
「では、お前はこう言いたいのだな?
 私がお前という化物に倒されれば、私は化物ですらなく、ただの狗と変わらない、卑小な存在へと成り果てると」
「お前が私を殺せたのなら、お前は化物でい続けることができる。その時には私が狗となろう」
 面白い。
 不思議なまでに面白い。
 既に怒りも憎しみも、どこか彼方へと吹き飛んでいた。
「ククク……初めてだぞ、兵士(ソルジャー)。よりにもよって、この私を狗扱いした男は」
 こんな経験は初めてだ。
 これまで会ってきた連中は、自分を恐れることしかしなかった。
 どれほどの力を持った狗も、どれほど自分を過小評価した狗も、最期は例外なく恐怖と共に果てた。
 だが、この男だけは違う。
 こいつは自分の身体が持つ、圧倒的な力を知っている。
 それでもなお微塵も恐れることなく、自分を狗と罵ったのだ。
 明らかに格下として見下したのだ。
「その自信……この私の手で、どうしてもへし折りたくなった」
 こんな感情は初めてだった。
 自分は相手を倒すという行為を、今猛烈に求めている。
 殺し合いたいのではない。殺されるわけにいかないという、その想いだけはそのままだ。
 だが何故だろう。
 自分はこれまでにないほどに、相手を叩きのめすだけの行為を、これ以上ないほどに渇望している。
 命のやりとりではないのに。
 自分の敗北という結末を、期待できる戦いではないのに。
 ただひたすらに、この男をぶちのめしたい。
 倒すだけという行為。自分より格下の弱者共を、ただなぶるだけのつまらぬ行為。
 だがこの男相手ならば。この男のその微笑を、木端微塵に砕けるのなら。
「いいだろう。その剣を取れ。お前の持てる力の全てを、この私直々に砕いてやろう」
 嗚呼、今日は本当によき日だ。
 ただ忌むべき化物の名を、その名を否定されることを、こんなに惜しいと思う日が来るとは。
 望みどおり、見せてやろう。
 誰よりも死ににくい力を。誰よりも死ににくい身体を。
 私がこれまで辿ってきた、幾星霜もの年月が、決して間違いではなかったことを、お前の死をもって証明しよう。
「言われずとも、そのつもりだ」
 かちゃり、と。
 セメントに刺さった剣が鳴る。
 セフィロスの手によって抜かれた正宗が、そのまま構えられることなく、デイパックへと収められる。
 代わりに構えたのは左手の剣。
 何やら奇妙な形を持った、妖しき紫の光を纏った、薔薇のごとき装飾の剣。
 何故そのようなものを使う。
 何故使い慣れた得物でなく、遥かに短いその剣を使う。
 どこかで見覚えがあったような気がするが、それはお前の得物ではないはずだ。
「あいつを殺したのはお前達だからな」

 “妖艶なる紅旋風”!

 疑問は一瞬にして氷解した。
 その剣の意味を知ったから。
 その剣の力を味わったから。
 刹那の瞬きの間に襲いかかったのは、激烈な突風と斬撃だ。
 身体が吹き飛ばされている。身体が切り刻まれている。
 極大の風圧と切れ味の中、身体が破壊されている。
 視界に飛び込んできたものは、唸りを上げる竜巻と、鋭利な刃と化した花弁。
 その視界もまた闇へと溶けた。目に入った真紅の断片が、その眼球を切り裂いた。
 粉砕の音。聴覚もほどなくして消える。残されたのは激烈な痛覚。
 セメントの壁が砕けている。背中が壁を砕いている。4つは壁をぶち破ったか。
 なんという破壊力。なんという殺傷力。
 ようやく身体が静止した時、ようやく視力が戻った時、セフィロスは遥か彼方に立っていた。
「……ふ……ふはっ、ふひゃははははははへはぁ」
 繋がりかけの口を動かし、下品に歪んだ笑いを上げる。
 面白い。
 こうでなければつまらない。
 あいつは手に入れたのだ。どこで手にしたかは知らないが、より強力な力を手にしたのだ。
 この手に握った十字の武器と、不死性のハンデを埋めるほどの力を手にし、ようやく自分と並んだのだ。
「どこまでも面白い奴だ。この十字架の拘束を、まさかお前が最初に解くとは」
 がしゃん。
 純白の十字架を変形させる。その先端を開かせる。
「これでようやく対等だ。互いの火力はようやく並んだ」
 身体は確実に再生している。
 己の身体を佇立させ、パニッシャーの銃口を開かせ、構えさせるにはちょうどいいほどに。
「楽に勝てるとは思うなよ。お前のその魔剣と同じように、私のこの銃口もまた、狗を殺すには過ぎた力だ」
 狙いはひとつ。
 一点へと定める。
 もはや臆病者の娘など、視界の中にすら入らない。
「お前は死ぬ気で凌げ」
 かちん。
 引き金が、引かれた。
 刹那、鳴り響くのは獰猛な咆哮。
 その身に魔性を秘めた十字架が、獣の唸りと共に銃弾を吐き出す。
 最強の個人兵装、パニッシャー。
 その名に誇張も偽りもなく。
 遂にその機能が解放された。硝煙たなびかせる狼が、セフィロス目掛けて殺到する。
 重厚な撃音を掻き鳴らしながら、撃ち出されたガトリングの弾丸が、男を蜂の巣へと変えるその瞬間。
 羽ばたく翼。
 ちらつく漆黒。
 そこにセフィロスの姿はなかった。
 十字架の放つ殺戮の魔弾は、背後の壁を粉砕こそすれど、ターゲットへと浴びせられはいない。
 いかに堅牢なる外壁を、紙屑のように貫けど、目標を殺せなければ意味がない。
 視線を上げた。奴はそこにいた。
 暗黒の片翼を羽ばたかせ、銀髪翻す堕天使が、空よりこちらを狙っている。
 びゅん、と。
 パニッシャーが放つのが弾丸ならば、奴の速さもまた弾丸。
 天空からの間合いを一気に詰め、その切っ先を叩き落とす。
 飛び退り、回避。粉砕されたのはアスファルト。
 さながら宇宙より飛来する隕石が、クレーターを穿ったかのような衝撃。
「ッフフフ……」
「クククク……」
 視線の先であいつが微笑む。
 視線を向けられた私が微笑む。
 改めて認識した。
 この勝負、決して楽には勝てないようだ。


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