散る―――(前編) ◆Vj6e1anjAc
ぎん、ぎん、ぎん、と響く音。
ホテル・アグスタの暗闇の中で、軌跡を描くは眩い火花。
金属音をかき鳴らしながら、2人の男が戦っている。
人外の容貌を身に纏い、激しい攻防を繰り広げている。
「ふん!」
「はあァァァッ!」
片や黒き鎧の男。ハートの意匠を赤く光らせ、鋭い刃を振りかざす者――相川始こと、仮面ライダーカリス。
片や金色の怪物。二振りの双剣を振り回す、クワガタムシを模した異形――金居こと、ギラファアンデッド。
きぃぃん、と長い刃音が鳴った。
鎧のカリスアローが弾かれ、怪物のヘルターとスケルターが襲いかかった。
ぎんっ、と重い音と共に、カリスの刃がギラファを阻む。
互いに殺し合うことを決定づけられた、アンデッドのジョーカーとカテゴリーキング。
血と殺戮の宿命に従う不死の魔物達が、その手に剣を握り、振るい、ぶつかる。
「始さん……」
そしてその因縁の決戦を、すぐ横から傍観する者がいた。
スバル・ナカジマ。機動六課前線フォワード分隊所属。
青い髪をショートカットに切りそろえた、若きフロントアタッカー。
始を救い、変えた、ギンガ・ナカジマの実の妹。
その少女が戦場のすぐ傍に立ち、彼らの戦いを見届けている。
(攻め手を焦っている……?)
人外の魔闘を見据える彼女が、率直に抱いた感想が、それだった。
始だけではない。相手のカテゴリーキングなる化け物もそうだ。
この連中の攻撃ペースは、軽い違和感を覚えるほどに早い。
単調な攻撃を、スタミナを度外視したテンポでぶつけ合っている。
先ほどかがみと戦っていた時に比べると、カリスの戦闘スタイルは、随分と慎重さを欠いているように見えた。
そしてそれでもなおその隙を突かれることがないのは、相手の攻めもまた単調なものとなっているからに他ならない。
(そんなに決着をつけたいってことなんですか)
導き出された結論に、胸が痛んだ。
恐らく両者は、ここに至るまでに何度か刃を交えたのだろう。
そしてその度に、何らかの事情で戦闘を中断され、決着をお預けにされてきたに違いない。
今こそ決着を。
今度こそここで終わりにしてやる。
誰にも邪魔されないうちに、今度こそ奴に引導を渡してやる。
仇敵を倒しきることができず、互いを探し求めるうちに溜めこまれてきた闘争の欲求が、今まさに爆発しているのだ。
戦場に立ちこめる熱気は、外界からの介入を拒む壁だ。
もはや何人であろうとも立ち寄れない――そんな錯覚さえ覚えるほどの、熱戦だった。
(それでも、いざという時には)
ぎゅ、と右手を握りしめる。
いかに激しい戦いであろうと、いざという時が来た時には、自分が飛び込んで止めなければならない。
これ以上自分の目の前で、誰かが誰かを殺すのはまっぴらごめんだ。
ようやく心を重ね合わせられそうになった始が相手ならば、なおさらだった。
この戦いを見届ける。
その行く末をよき方向へと導き、始をスカリエッティのアジトへと連れていく。
今すぐに飛び出すことはできなくとも、それが今のスバルの役目であり、使命だった。
ホテル・アグスタの暗闇の中で、軌跡を描くは眩い火花。
金属音をかき鳴らしながら、2人の男が戦っている。
人外の容貌を身に纏い、激しい攻防を繰り広げている。
「ふん!」
「はあァァァッ!」
片や黒き鎧の男。ハートの意匠を赤く光らせ、鋭い刃を振りかざす者――相川始こと、仮面ライダーカリス。
片や金色の怪物。二振りの双剣を振り回す、クワガタムシを模した異形――金居こと、ギラファアンデッド。
きぃぃん、と長い刃音が鳴った。
鎧のカリスアローが弾かれ、怪物のヘルターとスケルターが襲いかかった。
ぎんっ、と重い音と共に、カリスの刃がギラファを阻む。
互いに殺し合うことを決定づけられた、アンデッドのジョーカーとカテゴリーキング。
血と殺戮の宿命に従う不死の魔物達が、その手に剣を握り、振るい、ぶつかる。
「始さん……」
そしてその因縁の決戦を、すぐ横から傍観する者がいた。
スバル・ナカジマ。機動六課前線フォワード分隊所属。
青い髪をショートカットに切りそろえた、若きフロントアタッカー。
始を救い、変えた、ギンガ・ナカジマの実の妹。
その少女が戦場のすぐ傍に立ち、彼らの戦いを見届けている。
(攻め手を焦っている……?)
人外の魔闘を見据える彼女が、率直に抱いた感想が、それだった。
始だけではない。相手のカテゴリーキングなる化け物もそうだ。
この連中の攻撃ペースは、軽い違和感を覚えるほどに早い。
単調な攻撃を、スタミナを度外視したテンポでぶつけ合っている。
先ほどかがみと戦っていた時に比べると、カリスの戦闘スタイルは、随分と慎重さを欠いているように見えた。
そしてそれでもなおその隙を突かれることがないのは、相手の攻めもまた単調なものとなっているからに他ならない。
(そんなに決着をつけたいってことなんですか)
導き出された結論に、胸が痛んだ。
恐らく両者は、ここに至るまでに何度か刃を交えたのだろう。
そしてその度に、何らかの事情で戦闘を中断され、決着をお預けにされてきたに違いない。
今こそ決着を。
今度こそここで終わりにしてやる。
誰にも邪魔されないうちに、今度こそ奴に引導を渡してやる。
仇敵を倒しきることができず、互いを探し求めるうちに溜めこまれてきた闘争の欲求が、今まさに爆発しているのだ。
戦場に立ちこめる熱気は、外界からの介入を拒む壁だ。
もはや何人であろうとも立ち寄れない――そんな錯覚さえ覚えるほどの、熱戦だった。
(それでも、いざという時には)
ぎゅ、と右手を握りしめる。
いかに激しい戦いであろうと、いざという時が来た時には、自分が飛び込んで止めなければならない。
これ以上自分の目の前で、誰かが誰かを殺すのはまっぴらごめんだ。
ようやく心を重ね合わせられそうになった始が相手ならば、なおさらだった。
この戦いを見届ける。
その行く末をよき方向へと導き、始をスカリエッティのアジトへと連れていく。
今すぐに飛び出すことはできなくとも、それが今のスバルの役目であり、使命だった。
◆
全く、俺は何をやっているのだろうな。
何度となく繰り返した自問が、今もまた始の脳裏に響く。
殺すためでない戦いなど、まるで自分らしくない。
地球上の全生命種を虐殺するために生まれたジョーカーには、腐臭と返り血こそがお似合いだったはずなのに。
「とぁっ!」
ぶん、とカリスアローを振るう。
ヘルターにそれを受け止められ、スケルターによる反撃が迫る。
ひらりと身をかわし、回避。己が刃を引き戻し、バックステップで後方へと下がる。
構えた得物の名は醒弓。
どどどどどっ、と音を立て、光の弾丸を連続発射。
う゛んっ、と大気の震える音が鳴った。
ギラファアンデッドを覆うバリアが、フォースアローを全弾防ぎきったのだ。
「オオオオオオッ!」
だが、無論そんなことは百も承知。
カテゴリーキングの鉄壁の牙城に、その程度の射撃が通用しないことは理解している。
なればこそ、この連弾はあくまで牽制。
相手の動きを抑え、直後の突撃に繋げるための囮。
『CHOP』
カリスアローへとカードをラウズ。
シュモクザメの始祖を封印したハートの3――チョップヘッドの効力を発動。
消費APは600。得られる能力は、腕力強化。
通常以上の破壊力を上乗せした必殺の手刀・ヘッドチョップの使用を可能とするラウズカードだ。
駆ける、駆ける、疾駆する。
己が全脚力を発揮して、ギラファアンデッドの懐へと飛び込んでいく。
こんな気持ちで戦う日が来るとは思わなかった。
天音母子でもない何者かの想いのために、こうして全力疾走することになるとは思わなかった。
こんなことは、死神の仕事ではないというのに。
ジョーカーであるはずの自分にはまったくもって似つかわしくないというのに。
「ダァッ!」
それでも今は、かつてほどそれを不快には思わない。
人の想いの尊さを知った今なら、多少は素直に受け止められる。
人を守るための戦いも、その人の美しさを知った今ならば、悪くないと思える自分がいる。
びゅん、と右手を振りかぶった。
渦を纏った手刀が唸った。
大気を切り裂く疾風の一撃が、目にも止まらぬ速度で異形へと殺到。
「ちィッ……!」
がきん、という鈍い音と共に。
神々しささえ漂わせる黄金の甲殻が、眩い火花を上げてたじろぐ。
ゴリ押しで叩き込んだヘッドチョップが、クワガタの魔物へと命中した。
手ごたえあり。直撃だ。
「はぁぁっ!」
だがこの程度で倒せる相手ではないことも理解している。
故にこの硬直につけ込み、更なる攻撃に繋げる必要がある。
もとよりカリスの基本スペックは、カテゴリーキングたるギラファよりも劣っているのだ。
その上で確実に勝利を手にするためには、相手に反撃の隙を与えず、一気呵成に連続攻撃で畳みかけることだ。
「調子に乗るな!」
しかし。
カリスアローを振り上げ、次なる攻撃を繰り出そうとした瞬間。
「ぐぁっ!」
クロスに振り下ろされた金居の双刃が、斬撃ごと始を弾き返した。
ヘッドチョップ以上の轟音と共に、漆黒の鎧が投げ出される。
黄金と白銀の剛剣の軌跡が、目の奥でちかちかとスパークする。
「く……」
唸りと共に、身を起こした。
カリスアローを杖としながらも立ちあがり、構えを正し、正対した。
さすがにこれだけでどうにかなるほど、仮面ライダーはヤワじゃない。
力任せに振り抜かれた程度なら、まだスバルの放ったあの一撃の方が効く。
「そうだ、ジョーカー。お前にはその方がお似合いだ」
ぎらん、と金と銀が光る。
黄金のヘルターと白銀のスケルターを、互いにこすり合わせて刃音を鳴らす。
挑発的な動作を取りながら、黄金色の王者が語りかけた。
「所詮お前は処刑人……戦ってこそのジョーカーだ。人と群れるなんて似合わないのさ」
だからさっさと楽になれと。
殺戮者の本能に身を委ね、ジョーカーとなって好き勝手暴れるがいいと。
どうせ滅ぼしてしまうのだから、人間とじゃれ合うことなどやめちまえ、と。
なるほど確かに、こんなことはジョーカーらしくない。
いずれは全人類を滅ぼすかもしれない厄災が、人の情になびこうとするなど、虫のいい話なのかもしれない。
「たとえそれしかできなくとも……昔のように戦うことはしない……!」
だが、それでも構いはしない。
自分が闘争を求める殺戮者であったとしても、それでも構わないと思っている。
人と分かり合うことができなかったとしても、それでも構わないと思っている。
カリスアローを握り締めた。3枚のカードを手に取った。
ハートの形を描く紅蓮の複眼が、決意に眩く煌めいた。
「戦うことしかできないとしても……それが誰かを守ることに繋がることだってあるはずだ……」
いずれは決着をつけなければならない時が来る。
この身がアンデッドである限り、いつか人とぶつかり合う日は必ず来る。
かつてのヒューマンアンデッドのように、人類種の代表として戦う戦士――仮面ライダーと戦う時は、いつか必ず訪れるだろう。
そうなれば、必ず何かが終わる。
人の世と自分の命、どちらかが潰えることになるだろう。
だが、せめて。
せめてそれまでの間は、自分にも人の想いを守れるのだと信じたい。
ただアンデッドを駆逐するだけの戦いでも、それで救われる命があるのだと願いたい。
「本物の仮面ライダーになれなくとも、仮面ライダーの真似事くらいはできるはずだ……!」
ハートの4――フロート。
ハートの5――ドリル。
ハートの6――トルネード。
無機質な機械音声と共に、手にしたカードがラウズされていく。
蜻蛉、巻貝、そして鷹――3種の原種の内包した力が、この身を駆け巡っていく。
『SPINING DANCE』
あの青色の髪の娘と共に戦うことはできない――その想いは、今でも変わることはない。
正義のヒーローは眩しすぎる。
誰の命も奪わせたくないと願うスバルと、ギラファの犠牲も辞さない自分は、いつかどこかですれ違う。
そして、たとえそうでなかったとしても、自分は本物のライダーにはなれないのだろう。
人のために尽くしても、人と共存できないジョーカーは、人から賞賛されることはない。
仮面ライダーとまるきり同じように、理解と共感を受けることはできない。
「だから俺は、仮面ライダーを名乗って戦う! まがい物であったとしても……人の想いを守るために!」
ならば、自分は日陰者でいい。
たとえ誰からも褒め称えられずとも、誰からも愛されなかったとしても。
自分が勝手に愛した人間達を、勝手に守っていく程度で構わない。
正義の味方になれずとも、日陰に紛れて悪を討つ、闇の処刑人で構わない。
それも無駄ではないはずだ。
それでも昔よりはましなはずだ。
ただ淡々と敵を討つだけの日々よりは、ずっと尊く、胸を張れる生き方であるはずだ。
そうだろう――――――ギンガ!
何度となく繰り返した自問が、今もまた始の脳裏に響く。
殺すためでない戦いなど、まるで自分らしくない。
地球上の全生命種を虐殺するために生まれたジョーカーには、腐臭と返り血こそがお似合いだったはずなのに。
「とぁっ!」
ぶん、とカリスアローを振るう。
ヘルターにそれを受け止められ、スケルターによる反撃が迫る。
ひらりと身をかわし、回避。己が刃を引き戻し、バックステップで後方へと下がる。
構えた得物の名は醒弓。
どどどどどっ、と音を立て、光の弾丸を連続発射。
う゛んっ、と大気の震える音が鳴った。
ギラファアンデッドを覆うバリアが、フォースアローを全弾防ぎきったのだ。
「オオオオオオッ!」
だが、無論そんなことは百も承知。
カテゴリーキングの鉄壁の牙城に、その程度の射撃が通用しないことは理解している。
なればこそ、この連弾はあくまで牽制。
相手の動きを抑え、直後の突撃に繋げるための囮。
『CHOP』
カリスアローへとカードをラウズ。
シュモクザメの始祖を封印したハートの3――チョップヘッドの効力を発動。
消費APは600。得られる能力は、腕力強化。
通常以上の破壊力を上乗せした必殺の手刀・ヘッドチョップの使用を可能とするラウズカードだ。
駆ける、駆ける、疾駆する。
己が全脚力を発揮して、ギラファアンデッドの懐へと飛び込んでいく。
こんな気持ちで戦う日が来るとは思わなかった。
天音母子でもない何者かの想いのために、こうして全力疾走することになるとは思わなかった。
こんなことは、死神の仕事ではないというのに。
ジョーカーであるはずの自分にはまったくもって似つかわしくないというのに。
「ダァッ!」
それでも今は、かつてほどそれを不快には思わない。
人の想いの尊さを知った今なら、多少は素直に受け止められる。
人を守るための戦いも、その人の美しさを知った今ならば、悪くないと思える自分がいる。
びゅん、と右手を振りかぶった。
渦を纏った手刀が唸った。
大気を切り裂く疾風の一撃が、目にも止まらぬ速度で異形へと殺到。
「ちィッ……!」
がきん、という鈍い音と共に。
神々しささえ漂わせる黄金の甲殻が、眩い火花を上げてたじろぐ。
ゴリ押しで叩き込んだヘッドチョップが、クワガタの魔物へと命中した。
手ごたえあり。直撃だ。
「はぁぁっ!」
だがこの程度で倒せる相手ではないことも理解している。
故にこの硬直につけ込み、更なる攻撃に繋げる必要がある。
もとよりカリスの基本スペックは、カテゴリーキングたるギラファよりも劣っているのだ。
その上で確実に勝利を手にするためには、相手に反撃の隙を与えず、一気呵成に連続攻撃で畳みかけることだ。
「調子に乗るな!」
しかし。
カリスアローを振り上げ、次なる攻撃を繰り出そうとした瞬間。
「ぐぁっ!」
クロスに振り下ろされた金居の双刃が、斬撃ごと始を弾き返した。
ヘッドチョップ以上の轟音と共に、漆黒の鎧が投げ出される。
黄金と白銀の剛剣の軌跡が、目の奥でちかちかとスパークする。
「く……」
唸りと共に、身を起こした。
カリスアローを杖としながらも立ちあがり、構えを正し、正対した。
さすがにこれだけでどうにかなるほど、仮面ライダーはヤワじゃない。
力任せに振り抜かれた程度なら、まだスバルの放ったあの一撃の方が効く。
「そうだ、ジョーカー。お前にはその方がお似合いだ」
ぎらん、と金と銀が光る。
黄金のヘルターと白銀のスケルターを、互いにこすり合わせて刃音を鳴らす。
挑発的な動作を取りながら、黄金色の王者が語りかけた。
「所詮お前は処刑人……戦ってこそのジョーカーだ。人と群れるなんて似合わないのさ」
だからさっさと楽になれと。
殺戮者の本能に身を委ね、ジョーカーとなって好き勝手暴れるがいいと。
どうせ滅ぼしてしまうのだから、人間とじゃれ合うことなどやめちまえ、と。
なるほど確かに、こんなことはジョーカーらしくない。
いずれは全人類を滅ぼすかもしれない厄災が、人の情になびこうとするなど、虫のいい話なのかもしれない。
「たとえそれしかできなくとも……昔のように戦うことはしない……!」
だが、それでも構いはしない。
自分が闘争を求める殺戮者であったとしても、それでも構わないと思っている。
人と分かり合うことができなかったとしても、それでも構わないと思っている。
カリスアローを握り締めた。3枚のカードを手に取った。
ハートの形を描く紅蓮の複眼が、決意に眩く煌めいた。
「戦うことしかできないとしても……それが誰かを守ることに繋がることだってあるはずだ……」
いずれは決着をつけなければならない時が来る。
この身がアンデッドである限り、いつか人とぶつかり合う日は必ず来る。
かつてのヒューマンアンデッドのように、人類種の代表として戦う戦士――仮面ライダーと戦う時は、いつか必ず訪れるだろう。
そうなれば、必ず何かが終わる。
人の世と自分の命、どちらかが潰えることになるだろう。
だが、せめて。
せめてそれまでの間は、自分にも人の想いを守れるのだと信じたい。
ただアンデッドを駆逐するだけの戦いでも、それで救われる命があるのだと願いたい。
「本物の仮面ライダーになれなくとも、仮面ライダーの真似事くらいはできるはずだ……!」
ハートの4――フロート。
ハートの5――ドリル。
ハートの6――トルネード。
無機質な機械音声と共に、手にしたカードがラウズされていく。
蜻蛉、巻貝、そして鷹――3種の原種の内包した力が、この身を駆け巡っていく。
『SPINING DANCE』
あの青色の髪の娘と共に戦うことはできない――その想いは、今でも変わることはない。
正義のヒーローは眩しすぎる。
誰の命も奪わせたくないと願うスバルと、ギラファの犠牲も辞さない自分は、いつかどこかですれ違う。
そして、たとえそうでなかったとしても、自分は本物のライダーにはなれないのだろう。
人のために尽くしても、人と共存できないジョーカーは、人から賞賛されることはない。
仮面ライダーとまるきり同じように、理解と共感を受けることはできない。
「だから俺は、仮面ライダーを名乗って戦う! まがい物であったとしても……人の想いを守るために!」
ならば、自分は日陰者でいい。
たとえ誰からも褒め称えられずとも、誰からも愛されなかったとしても。
自分が勝手に愛した人間達を、勝手に守っていく程度で構わない。
正義の味方になれずとも、日陰に紛れて悪を討つ、闇の処刑人で構わない。
それも無駄ではないはずだ。
それでも昔よりはましなはずだ。
ただ淡々と敵を討つだけの日々よりは、ずっと尊く、胸を張れる生き方であるはずだ。
そうだろう――――――ギンガ!
「俺は――仮面ライダーカリスだッ!!」
絶叫と共に、床を蹴った。
ラウズカードの輝きと共に。
トルネードホークの突風と共に。
漆黒の烈風と化したカリスが、宵闇を切り裂いて飛翔する。
仮面ライダーとして認めてほしいわけではない。あえてその名を名乗ったのは、いわば意思表示と戒めだ。
有言実行の意志のもと、その名に相応しい存在にならんと。
たとえ狂気に堕ちたとしても、決して人を害することをしないようにと。
「ハァアアアアアアアアア―――――――――ッッッ!!!」
ラウズカードコンボ、スピニングダンス。
消費AP、3200。仮面ライダーカリスの持つ、最大最強の威力を有した必殺キック。
その姿はまさに疾風一閃。天空より飛来し邪悪を撃ち抜く、一撃必殺の風の矢だ。
ドリルのように身をよじり、竜巻のごとき風を纏い。
一陣の風となった鎧の戦士が、ギラファアンデッド目掛けて殺到した。
「馬鹿め!」
しかし、それでも動じない。
始の持つ最高火力のコンボを前にしても、黄金のキングは避けようともしない。
素早く腰部へと伸ばした手を、そのまま投擲のようにして振るう。
回転する始の視界の片隅で、きらん、と黄金が光った気がした。
瞬間。
「っ!?」
ずどん――と爆音。
次いで、がくん、と身を襲う違和感。
足元で爆ぜた衝撃と熱量が、スピニングダンスに急激なブレーキをかける。
スピンの勢いが相殺され、回転軸が僅かにぶれた。
それがギラファアンデッドの腰部に備え付けられた、鋏型の爆弾であった時には既に遅く。
「ォオオオオオアァッ!」
揺らぐ視線の先には、光り輝く双剣を構える金居の姿があった。
気合いと共に襲いかかる、二閃。
妖しき光を纏ったヘルターとスケルターが、飛来するカリス目掛けて突き出される。
瞬間、世界が炸裂した。
轟、と響いた衝撃音と共に、強烈な極光が世界を照らした。
「があぁぁっ!」
眩い闇を切り裂いたのは、今まさに必殺の一撃を放たんとしていたはずの始の悲鳴。
呻きと共に弾かれた漆黒の鎧が、もんどりうって床を転がる。
てらてらと水溜まりを作る緑色の血と、足から立ち上る黒煙が、そのダメージの大きさを物語っていた。
ダイヤのカテゴリーキング――ギラファアンデッドの双刃には、ブーメラン状の光弾を放つ能力が備わっている。
本来なら射撃武器として用いられるのだが、敵はそれを刀身に留め、斬撃の破壊力を強化したのだ。
いかにカリスのスペックがジョーカーに劣るといえど、その最大必殺技をまともに受けては、さすがの金居もひとたまりもない。
しかし、あらかじめ爆弾を命中させ勢いを殺したところに、
120パーセント以上のパワーを込めた斬撃を当てれば、このようにして対処可能。
それでも、一瞬でも爆弾を投げるタイミングが遅ければ、反撃に転ずる前に殺られていた。
それを難なくこなしてのけたのは、さすがは最上級アンデッド屈指の切れ者といったところか。
「随分といい台詞を言うじゃないか。感動的だな」
鎧の表面から立ち上る陽炎の奥で、黄金の異形が口を開く。
挑発的な口調と共に、勝ち誇ったギラファが言葉を紡ぐ。
「だが無意味なんだよ。御大層な理想を口にしても、それを叶えるための実力が伴ってないようじゃあ、な」
こんなところで俺に倒されるようでは、誰一人として救えはしないぞ、と。
「くっ……」
ああ、確かにその通りだ。
傷などは戦っているうちに治る。だが、問題はそこではない。
必殺の覚悟で放ったコンボだったが、今のを防がれたことで、AP残量が相当に厳しいことになってしまったのだ。
スピニングダンスの消費APは3600。
さらにヘッドチョップの発動で600マイナス。
初期APの7000からそれらを引くと、残されたAPは既に2800しかない。
スピニングアタック――否、スピニングウェーブを使った時点で、ほぼカード1枚分のAPしか残らなくなる数値である。
つまり、これほどの敵を相手にしていながら、カリスは完全に決め手を欠いた状態で戦わなければならないということだ。
その程度のAPで勝てるほど、カテゴリーキングは脆弱な存在ではない。
「さて……そろそろお前との因縁にもケリをつけようか」
じゃきん、と双剣が引き抜かれる。
かつり、かつりと歩み寄ってくる。
どうする。どうやって対処する。
一度変身を解いてAP消費をリセットするか? 否、変身制限の設けられたこの舞台では、その戦法は実行できない。
ジョーカーへと変身して戦うか? 否、それではまず間違いなくスバルを巻き込んでしまう。
ならばスバルへと撤退を促すか? 否、あれが逃げろと言われて逃げるタマとは思えない。
何か手を考えろ。
残されたAPと10枚のカードで、この男を倒す方法は――
「これで終わりだ」
瞬間。
振りかざすヘルターとスケルターと共に。
黄金と白銀の煌めきと共に。
ギラファアンデッドの剛腕が、最後の死刑宣告を口にした刹那。
「!?」
猛烈な轟音と烈光が、両者の間に割って入った。
ラウズカードの輝きと共に。
トルネードホークの突風と共に。
漆黒の烈風と化したカリスが、宵闇を切り裂いて飛翔する。
仮面ライダーとして認めてほしいわけではない。あえてその名を名乗ったのは、いわば意思表示と戒めだ。
有言実行の意志のもと、その名に相応しい存在にならんと。
たとえ狂気に堕ちたとしても、決して人を害することをしないようにと。
「ハァアアアアアアアアア―――――――――ッッッ!!!」
ラウズカードコンボ、スピニングダンス。
消費AP、3200。仮面ライダーカリスの持つ、最大最強の威力を有した必殺キック。
その姿はまさに疾風一閃。天空より飛来し邪悪を撃ち抜く、一撃必殺の風の矢だ。
ドリルのように身をよじり、竜巻のごとき風を纏い。
一陣の風となった鎧の戦士が、ギラファアンデッド目掛けて殺到した。
「馬鹿め!」
しかし、それでも動じない。
始の持つ最高火力のコンボを前にしても、黄金のキングは避けようともしない。
素早く腰部へと伸ばした手を、そのまま投擲のようにして振るう。
回転する始の視界の片隅で、きらん、と黄金が光った気がした。
瞬間。
「っ!?」
ずどん――と爆音。
次いで、がくん、と身を襲う違和感。
足元で爆ぜた衝撃と熱量が、スピニングダンスに急激なブレーキをかける。
スピンの勢いが相殺され、回転軸が僅かにぶれた。
それがギラファアンデッドの腰部に備え付けられた、鋏型の爆弾であった時には既に遅く。
「ォオオオオオアァッ!」
揺らぐ視線の先には、光り輝く双剣を構える金居の姿があった。
気合いと共に襲いかかる、二閃。
妖しき光を纏ったヘルターとスケルターが、飛来するカリス目掛けて突き出される。
瞬間、世界が炸裂した。
轟、と響いた衝撃音と共に、強烈な極光が世界を照らした。
「があぁぁっ!」
眩い闇を切り裂いたのは、今まさに必殺の一撃を放たんとしていたはずの始の悲鳴。
呻きと共に弾かれた漆黒の鎧が、もんどりうって床を転がる。
てらてらと水溜まりを作る緑色の血と、足から立ち上る黒煙が、そのダメージの大きさを物語っていた。
ダイヤのカテゴリーキング――ギラファアンデッドの双刃には、ブーメラン状の光弾を放つ能力が備わっている。
本来なら射撃武器として用いられるのだが、敵はそれを刀身に留め、斬撃の破壊力を強化したのだ。
いかにカリスのスペックがジョーカーに劣るといえど、その最大必殺技をまともに受けては、さすがの金居もひとたまりもない。
しかし、あらかじめ爆弾を命中させ勢いを殺したところに、
120パーセント以上のパワーを込めた斬撃を当てれば、このようにして対処可能。
それでも、一瞬でも爆弾を投げるタイミングが遅ければ、反撃に転ずる前に殺られていた。
それを難なくこなしてのけたのは、さすがは最上級アンデッド屈指の切れ者といったところか。
「随分といい台詞を言うじゃないか。感動的だな」
鎧の表面から立ち上る陽炎の奥で、黄金の異形が口を開く。
挑発的な口調と共に、勝ち誇ったギラファが言葉を紡ぐ。
「だが無意味なんだよ。御大層な理想を口にしても、それを叶えるための実力が伴ってないようじゃあ、な」
こんなところで俺に倒されるようでは、誰一人として救えはしないぞ、と。
「くっ……」
ああ、確かにその通りだ。
傷などは戦っているうちに治る。だが、問題はそこではない。
必殺の覚悟で放ったコンボだったが、今のを防がれたことで、AP残量が相当に厳しいことになってしまったのだ。
スピニングダンスの消費APは3600。
さらにヘッドチョップの発動で600マイナス。
初期APの7000からそれらを引くと、残されたAPは既に2800しかない。
スピニングアタック――否、スピニングウェーブを使った時点で、ほぼカード1枚分のAPしか残らなくなる数値である。
つまり、これほどの敵を相手にしていながら、カリスは完全に決め手を欠いた状態で戦わなければならないということだ。
その程度のAPで勝てるほど、カテゴリーキングは脆弱な存在ではない。
「さて……そろそろお前との因縁にもケリをつけようか」
じゃきん、と双剣が引き抜かれる。
かつり、かつりと歩み寄ってくる。
どうする。どうやって対処する。
一度変身を解いてAP消費をリセットするか? 否、変身制限の設けられたこの舞台では、その戦法は実行できない。
ジョーカーへと変身して戦うか? 否、それではまず間違いなくスバルを巻き込んでしまう。
ならばスバルへと撤退を促すか? 否、あれが逃げろと言われて逃げるタマとは思えない。
何か手を考えろ。
残されたAPと10枚のカードで、この男を倒す方法は――
「これで終わりだ」
瞬間。
振りかざすヘルターとスケルターと共に。
黄金と白銀の煌めきと共に。
ギラファアンデッドの剛腕が、最後の死刑宣告を口にした刹那。
「!?」
猛烈な轟音と烈光が、両者の間に割って入った。
◆
この身がバラバラになろうとも。
自分1人で闇に堕ちることになろうとも、私の知ったことじゃない。
情けが瞳を曇らせるなら、心を捨てても構わない。
犠牲が足りないというのなら、命を捨てても構わない。
その一心で、身体を動かす。
怒りの心で拳を振るい、憎しみの心で脚を繰り出す。
罪の報いに軋む五体を、それでもなおも動かして、目の前の敵へと挑んでいく。
「はああぁぁぁぁぁぁーっ!」
だんっ、と跳躍。
両足で蹴られた大地が砕け、小規模なクレーターが形成される。
噴き上がる土煙と小石の中で、金のポニーテールが舞い躍る。
刹那の浮遊感と共に、瞬動。
土色の闇の中で煌めくは、黄金と七曜に彩られた閃光。
一筋の光条と化したヴィヴィオが、雄叫びに大気を震わせて殺到。
ぐわん、と拳が空を切った。
ぎらん、と2色の双眸が光った。
七色の魔力光を宿した鉄拳が、吸い込まれるようにして目標へと迫る。
鮮血と新緑の瞳に映るターゲットは、雷鳴と稲光を纏いし神――エネル。
「くどい!」
しかし、一喝。
ばちばちと唸る雷電を右手に溜め、迫りくる拳を迎え撃つ。
響く烈光と烈音は、極大の電圧と魔力の反発するスパーク。
虹色と蒼白の火花が弾け、衝撃に大気がびりびりと振動し、交錯する出力が風景すらも歪めた。
膠着の余波は衝撃波へと変換され、ざわざわとホテル周辺の木々を掻き鳴らす。
土と石と木の葉とが混ざり合う宵闇の中、拮抗を制したのはエネルだった。
今や雷神は個人にあらず。
人界・自然界双方の、ありとあらゆる電力を味方につけた群体であり、巨大な積乱雲そのものとでも言うべき現象であった。
支配するエネルギーの総量がケタ違いなのだ。
エネルギー同士で真っ向からぶつかり合えば、もはや何物にも打ち負けることは有り得ない。
暴風のごとき速度で肉迫していたヴィヴィオが、風に煽られた落ち葉のように吹っ飛ばされる。
「まだ……まだァッ!」
されど、それでも怯みはしない。
エネルが雷神だと言うのなら、ヴィヴィオもまた只人にはあらず。
エネルが纏うのが暗雲ならば、ヴィヴィオが纏うのは究極の闇。
地獄の大帝の名を名乗り、極大の怖れと畏れを引き連れて、戦場を闊歩する凄まじき戦士。
古代ベルカの叡智の詰め込まれた、最強最悪の殺戮兵器――聖王なのだ。
ぐるんと体躯を回転させ、勢いを相殺。
そのまま飛行魔法を行使し、遥か頭上高くへと飛翔。
高く、もっと高く。
速く、もっと速く。
雷電の光と暗雲の闇を掻き分け、彼方の高みへと一直線。
皮膚から漏れる膨大な魔力が、雲を引き裂き千切れさせ、天上の満月を露出させる。
「スケィィィィィィィィスッ!!」
月に吼えた。
煌々と光る銀月を背後に、自らの力を高々と掲げた。
<死の恐怖>の二つ名を冠する、漆黒と黄金に彩られた刃鎌――“憑神鎌(スケィス)”。
最愛の母という欠落に呼応し、復讐の意志に従って顕現した、死神の力を宿すロストロギア。
黒天を照らす満月に、三日月模様の影が差す。
「神たる私よりも高く飛ぶな……!」
それが神(ゴッド)・エネルにとっては、何物にも代えがたき恥辱であった。
天とは神のおわす場所。
雷の神たるエネルにとって、天空とは自らの領域であり、絶対不可侵の聖域だった。
それをあのような小娘が、我が物顔で侵している。
誰よりも強く高き存在であるはずの自分を、更なる高みに立って見下ろしている。
まったくもって度し難く、まったくもって許し難い、最低最悪の不敬罪だった。
「神たる私を見下すなッ!!」
怒りの咆哮はまさに神鳴り。
真昼のごとき煌めきと共に、乱神エネルが空へと飛び立つ。
下半身から伸びる二条の雷光が、上空高くへとエネルを押し出す。
両足を雷へと変換し、更に大気の静電気を集め、推力へと変換した電気ロケットだ。
大地を舐める電圧が、熱量となって地面を炙った。
木々を薙ぎ倒し焼き尽くし、緑の森を赤色へと染めた。
「雷鳥(ヒノ)! 雷獣(キテン)!」
鳥神招雷。
獣神招雷。
3000万ボルトの眷属が、2体同時に解き放たれる。
ノーモーションで放たれた鳥と狼が、暗闇を踏み締めヴィヴィオへと殺到。
大技を使う際に叩いていた太鼓は、電力を効率よく使用するための予備電力だ。
全身是雷電と化した今のエネルには、わざわざ太鼓を叩く必要などありはしない。
「ふん! せぇぇぇいっ!」
斬――と二閃。
全身の筋肉ををフルに使って、躍動感たっぷりに鎌をぶん回す。
七色の魔力を纏った憑神鎌の刃が、2つの虹のリングを描く。
迫り来る稲妻の猛獣を、魔性の処刑鎌(デスサイズ)をもって両断。
瞬きの間に切り裂かれた雷神の使いは、霧散し闇へと溶けていった。
刹那、ばちっ、と。
ヴィヴィオの視界の片隅を、電気の烈音が立ち上った。
反射的に、上を向く。
天空に座するは、雷神エネル。
稲光を後光とし、まさしく神の威容を醸し出す大男が、莫大な閃光と共に浮かんでいた。
ばちばちと弾ける雷鳴は、さながら巨獣の唸りのようだ。
「受けよ、6000万ボルトの雷――雷龍(ジャムブウル)ッ!!」
否。
それはただしく巨獣であり。
それはまさしく龍神だった。
鼓膜を突き破らんばかりの爆音が襲う。
網膜を焼き切らんばかりの極光が迫る。
超巨大な龍蛇の姿を成した雷の塊が、雄叫びと共に舞い降りてきたのだ。
身をくねらせ牙を剥くさまは、伝承に伝えられたドラゴンそのもの。
これはスケィスでは切り裂けない。砲撃で返すにはチャージ時間が足りない。
故に急速旋回し、反撃ではなく回避を行う。
必要最低限の動作で、掠めるほどのギリギリの回避。
あえて転身には出力を使わず、生じた余裕を上昇へと使う。
昇る聖王に、下る雷龍。
灼熱の光に煌めく龍の腹をなぞるようにして、七色の王が天へと昇る。
輝く星々は点から線へと。
流れた吐血が乾くほどの。
疾風迅雷の速さと共に、天上で吼える神へと迫る。
「オオオオオオオッ!」
「ダアアアアアアッ!」
轟くは赤と黒。
血濡れのごときレイピアと、宇宙の暗黒のごとき処刑鎌。
雷を纏ったジェネシスの剣と、妖光を孕んだ憑神鎌が、月光をバックに真っ向から衝突。
火花さえも呑み込むスパークが、激烈に鮮烈に爆裂する。
猛反発の生んだ衝撃が暴風を成し、天空を満たす雨雲全てを弾き飛ばした。
千々に千切れた暗闇の中を、疾走する2柱の天神と邪神。
駆ける。交わる。離れて駆ける。
走る。ぶつかる。すれ違い走る。
もはや人間の動体視力では、人影として視認することすらかなわなかった。
人知を超えた超速で疾駆する神々は、一切の誇張なく2本の光線と化した。
金と虹が闇を飛び交い、激突と離脱を繰り返し、夜空に蜘蛛の巣のごとき軌跡を生む。
音すらも置き去りにした光と光による、瞬きよりも速い空中演舞。
ずぅぅん、と大地を爆音が襲った。
今さらになって地面に着弾した雷龍(ジャムブウル)が、森林を呑み込む業火へと化生。
轟――と炎熱の音が湧き上がると同時に、ヴィヴィオとエネルが空中で静止し、一瞬の対峙を生み出した。
今や空を満たすのは、夜の暗黒のみではない。
大帝が放つ七曜の極光。
雷神が纏う雷電の神光。
地より昇る灼熱の烈光。
天より注ぐ銀月の霊光。
銀色、赤色、白色、七色。
数多の光彩が入り混じり、魔力の残滓がプリズムを成し、雷鳴と火花が伴奏を奏でる、暴力的な光の混沌。
恐るべきはこのカオスが、たった2人の人間によって生み出されたということだ。
自然の法則を真っ向から粉砕し、狂的魔的な光の異界を創造した両者は、とうの昔に人間の次元を超越していた。
「もう一度食らうがいい!」
振り上がる両腕。
突き出される掌。
神の裁き(エル・トール)の電力を上乗せされ、更なる凶暴性を得た雷龍(ジャムブウル)が再臨する。
煌々と輝く剛腕から射出された龍神が、一直線にヴィヴィオへと襲来。
「それはもう、覚えた!」
されど、地獄の聖帝は怯まない。
震えも怖れも見せぬまま、悠然とも取れる覇気と共にそこに在る。
瞬間、光が揺れた。
内より湧き上がる膨大な魔力に、周囲の光が陽炎のごとく揺らいだ。
魔力の風に煽られて、金糸のサイドポニーがはためいた。
エネルと同じように両手を振り上げ。
エネルと同じように両掌を突き出し。
エネルと同じように溜め込んだ力を。
「吼えろ――帝龍(カイゼルドラッヘ)ッ!!」
エネルと同じ龍の名と共に、放つ。
瞬間、爆音を伴い現れたのは、プラズマの鱗を煌めかせる七星の龍。
暗雲を引き裂きまき散らし、渦巻く魔力の轟音を雄叫びとして。
虹色のオーラを身に纏いし魔導の龍が、大気を焦がし火花すらも熔かして、満月の夜空に躍り出た。
聖王ヴィヴィオを最強の生物兵器たらしめるものは、その圧倒的パワーだけでも、堅牢な聖王の鎧だけでもない。
戦いの中で相手の技を解析し、理解し、我が物として習得する――それが聖王第3の能力・高速データ収集だ。
単一脳で動作し殺戮する野獣ではなく、ロジカルをもって力を制御する暴君。
奇しくもかの不死王(ノスフェラトゥ)アーカードと同じ、知性的なパワーファイター。
それこそが古代ベルカ技術の粋を集めて生み出された、最強最悪の凄まじき戦士である。
輝くカイゼル・ファルベを媒介として顕現した、帝王の名を冠する龍は、エネルの雷龍(ジャムブウル)の紛い物。
されどそこに宿りし力と威容は、本物の雷龍(ジャムブウル)にも一歩も劣らぬ確かな物。
その巨体は見る者全ての網膜を焼き尽くし。
その咆哮は見る者全ての鼓膜を引き千切り。
その剛力は寄る者全ての五体を蒸発させる。
ばちばちと叫ぶ白色の龍が、牙を剥いて飛びかかった。
ごうごうと唸る虹色の龍が、うねりと共に迎え撃った。
龍と龍。
雷と虹。
オリジナルとダイレクトコピー、その力は全くの互角。
衝突により生じた光と音は、世界を隔てる境界さえも、ガラスのごとくかち割らんばかりの迫力。
地獄の業火に照らされた宵闇の中で、2頭の巨龍が咆哮した。
互いに爪を立て合い肉を噛み千切り合い、身が絡まらんばかりの勢いでのたうち合った。
「神の力を真似る盗人めがッ!」
エネルが迫る。
灼熱色の切っ先を、稲妻色に照らし上げ、怒れる雷神が襲いかかる。
龍と龍の攻防を背景にして、神と神とが激突する。
振るわれるは幾千万の快刀乱舞。
迎え撃つは怪力無双の虹の円環。
目にも留まらぬ速さで繰り出される連続攻撃を、目にも留らぬ速さで連続防御。
「くっ……」
僅かにエネルの勢いが勝った。
身長差から来る高低差が、エネルへと有利に働いた。
一瞬の防御の崩れ――その刹那を突いたジェネシスの剣が、ヴィヴィオを地へと叩き落とす。
接地寸前のところでバランスを立て直し、大地を滑るようにして、着地。
憑神鎌の切っ先を地へと突き立て、慣性に引きずられる身体へとブレーキをかける。
後を追うようにしてエネルが着地し、再び対峙する姿勢となった。
初撃の雷龍(ジャムブウル)に焼かれた森は、まさに灼熱の運河のど真ん中だ。
そしてそこへ迫る、新たな光。
エネルの着地とほとんど同時に、2頭の龍が地へと降り立つ。
互いの身を貪り合う雷龍と帝龍が、互いに絡み合いながら迫り来る。
両雄は主君らのすぐ脇を掠め、その後方にそびえる施設――ホテル・アグスタへと殺到。
ばごん、と鈍い音が鳴り響いた。
コンクリートの壁が砕かれ、ガラス窓が瞬時に蒸発し、ホテルに巨大な風穴が空いた。
「ほう……?」
ふと。
その、瞬間。
不意にエネルの目線が逸れた。
殺意にたぎっていた乱神の視線が、ヴィヴィオ以外の何物かを捉え、興味深げな呟きを漏らす。
「あ奴め、まだ生きていたのか」
にやり、と笑った。
訝しがるヴィヴィオもまた、つられるようにして視線の方へと振り返る。
ぱらぱらと瓦礫の音を立て、煙をたなびかせる穴を見やる。
暗闇の中にあったのは、合計3つの人影だ。
1つは全身を黄金色に染め上げた、クワガタムシのごとき外観を有した怪物。
1つは鏡の世界で戦った男にも似た、ハートの意匠が目を引く漆黒の鎧。
「スバル、さん……?」
そして最後の1つは、管理局の制服を着た青髪の少女――なのはの部下、スバル・ナカジマ。
「どうして……どうしてそんなところにいるの……」
何故だ。
何故お前がここにいる。
こんな所で何を悠長に引きこもっている。
黒々とした理不尽な怒りが、沸々と胸へと込み上げてくる。
お前にはやるべきことがあるだろう。
私の最愛の母であり、お前の上官であるなのはママを守ること――それがお前の役割だろう。
なのにその有り様は何だ。
自分の職務をほっぽり出して、一体何をしているのだ。
ママを守ることもせずに、訳の分からない異形と共に、一体何をじゃれ合っているというのだ。
そんな人型崩れの化け物の相手の方が、ママよりも大事だとでも言うのか。
許せない。
断固として許しておけない。
相手がかつての仲間であろうと知ったことじゃない。
ママを見捨てた裏切り者は、私がこの手で始末してやる。
そこにいる黒と金色の2人組諸共、まとめて迅速に殺戮してやる。
「このぉ……裏切り者があああああぁぁぁぁァァァァァァァ――――――ッ!!」
自分1人で闇に堕ちることになろうとも、私の知ったことじゃない。
情けが瞳を曇らせるなら、心を捨てても構わない。
犠牲が足りないというのなら、命を捨てても構わない。
その一心で、身体を動かす。
怒りの心で拳を振るい、憎しみの心で脚を繰り出す。
罪の報いに軋む五体を、それでもなおも動かして、目の前の敵へと挑んでいく。
「はああぁぁぁぁぁぁーっ!」
だんっ、と跳躍。
両足で蹴られた大地が砕け、小規模なクレーターが形成される。
噴き上がる土煙と小石の中で、金のポニーテールが舞い躍る。
刹那の浮遊感と共に、瞬動。
土色の闇の中で煌めくは、黄金と七曜に彩られた閃光。
一筋の光条と化したヴィヴィオが、雄叫びに大気を震わせて殺到。
ぐわん、と拳が空を切った。
ぎらん、と2色の双眸が光った。
七色の魔力光を宿した鉄拳が、吸い込まれるようにして目標へと迫る。
鮮血と新緑の瞳に映るターゲットは、雷鳴と稲光を纏いし神――エネル。
「くどい!」
しかし、一喝。
ばちばちと唸る雷電を右手に溜め、迫りくる拳を迎え撃つ。
響く烈光と烈音は、極大の電圧と魔力の反発するスパーク。
虹色と蒼白の火花が弾け、衝撃に大気がびりびりと振動し、交錯する出力が風景すらも歪めた。
膠着の余波は衝撃波へと変換され、ざわざわとホテル周辺の木々を掻き鳴らす。
土と石と木の葉とが混ざり合う宵闇の中、拮抗を制したのはエネルだった。
今や雷神は個人にあらず。
人界・自然界双方の、ありとあらゆる電力を味方につけた群体であり、巨大な積乱雲そのものとでも言うべき現象であった。
支配するエネルギーの総量がケタ違いなのだ。
エネルギー同士で真っ向からぶつかり合えば、もはや何物にも打ち負けることは有り得ない。
暴風のごとき速度で肉迫していたヴィヴィオが、風に煽られた落ち葉のように吹っ飛ばされる。
「まだ……まだァッ!」
されど、それでも怯みはしない。
エネルが雷神だと言うのなら、ヴィヴィオもまた只人にはあらず。
エネルが纏うのが暗雲ならば、ヴィヴィオが纏うのは究極の闇。
地獄の大帝の名を名乗り、極大の怖れと畏れを引き連れて、戦場を闊歩する凄まじき戦士。
古代ベルカの叡智の詰め込まれた、最強最悪の殺戮兵器――聖王なのだ。
ぐるんと体躯を回転させ、勢いを相殺。
そのまま飛行魔法を行使し、遥か頭上高くへと飛翔。
高く、もっと高く。
速く、もっと速く。
雷電の光と暗雲の闇を掻き分け、彼方の高みへと一直線。
皮膚から漏れる膨大な魔力が、雲を引き裂き千切れさせ、天上の満月を露出させる。
「スケィィィィィィィィスッ!!」
月に吼えた。
煌々と光る銀月を背後に、自らの力を高々と掲げた。
<死の恐怖>の二つ名を冠する、漆黒と黄金に彩られた刃鎌――“憑神鎌(スケィス)”。
最愛の母という欠落に呼応し、復讐の意志に従って顕現した、死神の力を宿すロストロギア。
黒天を照らす満月に、三日月模様の影が差す。
「神たる私よりも高く飛ぶな……!」
それが神(ゴッド)・エネルにとっては、何物にも代えがたき恥辱であった。
天とは神のおわす場所。
雷の神たるエネルにとって、天空とは自らの領域であり、絶対不可侵の聖域だった。
それをあのような小娘が、我が物顔で侵している。
誰よりも強く高き存在であるはずの自分を、更なる高みに立って見下ろしている。
まったくもって度し難く、まったくもって許し難い、最低最悪の不敬罪だった。
「神たる私を見下すなッ!!」
怒りの咆哮はまさに神鳴り。
真昼のごとき煌めきと共に、乱神エネルが空へと飛び立つ。
下半身から伸びる二条の雷光が、上空高くへとエネルを押し出す。
両足を雷へと変換し、更に大気の静電気を集め、推力へと変換した電気ロケットだ。
大地を舐める電圧が、熱量となって地面を炙った。
木々を薙ぎ倒し焼き尽くし、緑の森を赤色へと染めた。
「雷鳥(ヒノ)! 雷獣(キテン)!」
鳥神招雷。
獣神招雷。
3000万ボルトの眷属が、2体同時に解き放たれる。
ノーモーションで放たれた鳥と狼が、暗闇を踏み締めヴィヴィオへと殺到。
大技を使う際に叩いていた太鼓は、電力を効率よく使用するための予備電力だ。
全身是雷電と化した今のエネルには、わざわざ太鼓を叩く必要などありはしない。
「ふん! せぇぇぇいっ!」
斬――と二閃。
全身の筋肉ををフルに使って、躍動感たっぷりに鎌をぶん回す。
七色の魔力を纏った憑神鎌の刃が、2つの虹のリングを描く。
迫り来る稲妻の猛獣を、魔性の処刑鎌(デスサイズ)をもって両断。
瞬きの間に切り裂かれた雷神の使いは、霧散し闇へと溶けていった。
刹那、ばちっ、と。
ヴィヴィオの視界の片隅を、電気の烈音が立ち上った。
反射的に、上を向く。
天空に座するは、雷神エネル。
稲光を後光とし、まさしく神の威容を醸し出す大男が、莫大な閃光と共に浮かんでいた。
ばちばちと弾ける雷鳴は、さながら巨獣の唸りのようだ。
「受けよ、6000万ボルトの雷――雷龍(ジャムブウル)ッ!!」
否。
それはただしく巨獣であり。
それはまさしく龍神だった。
鼓膜を突き破らんばかりの爆音が襲う。
網膜を焼き切らんばかりの極光が迫る。
超巨大な龍蛇の姿を成した雷の塊が、雄叫びと共に舞い降りてきたのだ。
身をくねらせ牙を剥くさまは、伝承に伝えられたドラゴンそのもの。
これはスケィスでは切り裂けない。砲撃で返すにはチャージ時間が足りない。
故に急速旋回し、反撃ではなく回避を行う。
必要最低限の動作で、掠めるほどのギリギリの回避。
あえて転身には出力を使わず、生じた余裕を上昇へと使う。
昇る聖王に、下る雷龍。
灼熱の光に煌めく龍の腹をなぞるようにして、七色の王が天へと昇る。
輝く星々は点から線へと。
流れた吐血が乾くほどの。
疾風迅雷の速さと共に、天上で吼える神へと迫る。
「オオオオオオオッ!」
「ダアアアアアアッ!」
轟くは赤と黒。
血濡れのごときレイピアと、宇宙の暗黒のごとき処刑鎌。
雷を纏ったジェネシスの剣と、妖光を孕んだ憑神鎌が、月光をバックに真っ向から衝突。
火花さえも呑み込むスパークが、激烈に鮮烈に爆裂する。
猛反発の生んだ衝撃が暴風を成し、天空を満たす雨雲全てを弾き飛ばした。
千々に千切れた暗闇の中を、疾走する2柱の天神と邪神。
駆ける。交わる。離れて駆ける。
走る。ぶつかる。すれ違い走る。
もはや人間の動体視力では、人影として視認することすらかなわなかった。
人知を超えた超速で疾駆する神々は、一切の誇張なく2本の光線と化した。
金と虹が闇を飛び交い、激突と離脱を繰り返し、夜空に蜘蛛の巣のごとき軌跡を生む。
音すらも置き去りにした光と光による、瞬きよりも速い空中演舞。
ずぅぅん、と大地を爆音が襲った。
今さらになって地面に着弾した雷龍(ジャムブウル)が、森林を呑み込む業火へと化生。
轟――と炎熱の音が湧き上がると同時に、ヴィヴィオとエネルが空中で静止し、一瞬の対峙を生み出した。
今や空を満たすのは、夜の暗黒のみではない。
大帝が放つ七曜の極光。
雷神が纏う雷電の神光。
地より昇る灼熱の烈光。
天より注ぐ銀月の霊光。
銀色、赤色、白色、七色。
数多の光彩が入り混じり、魔力の残滓がプリズムを成し、雷鳴と火花が伴奏を奏でる、暴力的な光の混沌。
恐るべきはこのカオスが、たった2人の人間によって生み出されたということだ。
自然の法則を真っ向から粉砕し、狂的魔的な光の異界を創造した両者は、とうの昔に人間の次元を超越していた。
「もう一度食らうがいい!」
振り上がる両腕。
突き出される掌。
神の裁き(エル・トール)の電力を上乗せされ、更なる凶暴性を得た雷龍(ジャムブウル)が再臨する。
煌々と輝く剛腕から射出された龍神が、一直線にヴィヴィオへと襲来。
「それはもう、覚えた!」
されど、地獄の聖帝は怯まない。
震えも怖れも見せぬまま、悠然とも取れる覇気と共にそこに在る。
瞬間、光が揺れた。
内より湧き上がる膨大な魔力に、周囲の光が陽炎のごとく揺らいだ。
魔力の風に煽られて、金糸のサイドポニーがはためいた。
エネルと同じように両手を振り上げ。
エネルと同じように両掌を突き出し。
エネルと同じように溜め込んだ力を。
「吼えろ――帝龍(カイゼルドラッヘ)ッ!!」
エネルと同じ龍の名と共に、放つ。
瞬間、爆音を伴い現れたのは、プラズマの鱗を煌めかせる七星の龍。
暗雲を引き裂きまき散らし、渦巻く魔力の轟音を雄叫びとして。
虹色のオーラを身に纏いし魔導の龍が、大気を焦がし火花すらも熔かして、満月の夜空に躍り出た。
聖王ヴィヴィオを最強の生物兵器たらしめるものは、その圧倒的パワーだけでも、堅牢な聖王の鎧だけでもない。
戦いの中で相手の技を解析し、理解し、我が物として習得する――それが聖王第3の能力・高速データ収集だ。
単一脳で動作し殺戮する野獣ではなく、ロジカルをもって力を制御する暴君。
奇しくもかの不死王(ノスフェラトゥ)アーカードと同じ、知性的なパワーファイター。
それこそが古代ベルカ技術の粋を集めて生み出された、最強最悪の凄まじき戦士である。
輝くカイゼル・ファルベを媒介として顕現した、帝王の名を冠する龍は、エネルの雷龍(ジャムブウル)の紛い物。
されどそこに宿りし力と威容は、本物の雷龍(ジャムブウル)にも一歩も劣らぬ確かな物。
その巨体は見る者全ての網膜を焼き尽くし。
その咆哮は見る者全ての鼓膜を引き千切り。
その剛力は寄る者全ての五体を蒸発させる。
ばちばちと叫ぶ白色の龍が、牙を剥いて飛びかかった。
ごうごうと唸る虹色の龍が、うねりと共に迎え撃った。
龍と龍。
雷と虹。
オリジナルとダイレクトコピー、その力は全くの互角。
衝突により生じた光と音は、世界を隔てる境界さえも、ガラスのごとくかち割らんばかりの迫力。
地獄の業火に照らされた宵闇の中で、2頭の巨龍が咆哮した。
互いに爪を立て合い肉を噛み千切り合い、身が絡まらんばかりの勢いでのたうち合った。
「神の力を真似る盗人めがッ!」
エネルが迫る。
灼熱色の切っ先を、稲妻色に照らし上げ、怒れる雷神が襲いかかる。
龍と龍の攻防を背景にして、神と神とが激突する。
振るわれるは幾千万の快刀乱舞。
迎え撃つは怪力無双の虹の円環。
目にも留まらぬ速さで繰り出される連続攻撃を、目にも留らぬ速さで連続防御。
「くっ……」
僅かにエネルの勢いが勝った。
身長差から来る高低差が、エネルへと有利に働いた。
一瞬の防御の崩れ――その刹那を突いたジェネシスの剣が、ヴィヴィオを地へと叩き落とす。
接地寸前のところでバランスを立て直し、大地を滑るようにして、着地。
憑神鎌の切っ先を地へと突き立て、慣性に引きずられる身体へとブレーキをかける。
後を追うようにしてエネルが着地し、再び対峙する姿勢となった。
初撃の雷龍(ジャムブウル)に焼かれた森は、まさに灼熱の運河のど真ん中だ。
そしてそこへ迫る、新たな光。
エネルの着地とほとんど同時に、2頭の龍が地へと降り立つ。
互いの身を貪り合う雷龍と帝龍が、互いに絡み合いながら迫り来る。
両雄は主君らのすぐ脇を掠め、その後方にそびえる施設――ホテル・アグスタへと殺到。
ばごん、と鈍い音が鳴り響いた。
コンクリートの壁が砕かれ、ガラス窓が瞬時に蒸発し、ホテルに巨大な風穴が空いた。
「ほう……?」
ふと。
その、瞬間。
不意にエネルの目線が逸れた。
殺意にたぎっていた乱神の視線が、ヴィヴィオ以外の何物かを捉え、興味深げな呟きを漏らす。
「あ奴め、まだ生きていたのか」
にやり、と笑った。
訝しがるヴィヴィオもまた、つられるようにして視線の方へと振り返る。
ぱらぱらと瓦礫の音を立て、煙をたなびかせる穴を見やる。
暗闇の中にあったのは、合計3つの人影だ。
1つは全身を黄金色に染め上げた、クワガタムシのごとき外観を有した怪物。
1つは鏡の世界で戦った男にも似た、ハートの意匠が目を引く漆黒の鎧。
「スバル、さん……?」
そして最後の1つは、管理局の制服を着た青髪の少女――なのはの部下、スバル・ナカジマ。
「どうして……どうしてそんなところにいるの……」
何故だ。
何故お前がここにいる。
こんな所で何を悠長に引きこもっている。
黒々とした理不尽な怒りが、沸々と胸へと込み上げてくる。
お前にはやるべきことがあるだろう。
私の最愛の母であり、お前の上官であるなのはママを守ること――それがお前の役割だろう。
なのにその有り様は何だ。
自分の職務をほっぽり出して、一体何をしているのだ。
ママを守ることもせずに、訳の分からない異形と共に、一体何をじゃれ合っているというのだ。
そんな人型崩れの化け物の相手の方が、ママよりも大事だとでも言うのか。
許せない。
断固として許しておけない。
相手がかつての仲間であろうと知ったことじゃない。
ママを見捨てた裏切り者は、私がこの手で始末してやる。
そこにいる黒と金色の2人組諸共、まとめて迅速に殺戮してやる。
「このぉ……裏切り者があああああぁぁぁぁァァァァァァァ――――――ッ!!」
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