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Last update 2008年03月14日

ひとりぼっち  著者:おりえ



 誰かが足で、天井をたたく。
 ボロアパートの薄い天井は、たやすく上の住人の音を階下に知らせる。
 鍋の蓋を落とせば最後のくわんくわんくわん……まで聞こえてしまう。最悪だ。
 静かに本を読みたい僕としては、聞きたくもないラジオを延々聞かされているようなものだ。
 今では上の住人の好きなテレビ番組まで知っている。……ふ。何歳だか知らないが、おまえが毎週楽しみにしているのは知っているぞ。サ○エさん。……はぁ。小さい頃は気づかないが、大人になってから観るとよくわかるんだよな。あの家族の異様な関係が。特にタ○オにはイラつかされる……○ツオの不憫さも涙を誘う。泣かないけどさ。
 会社に貢献して7年目。それなりに蓄えもできたし、会社のどろどろした人間関係にうんざりしていた僕は、ある日突然、辞職した。
 周囲は驚き、引き止めようとしてくれた同僚もいたけれど、僕の決意は揺るがなかった。
 辞めてもう一ヶ月ほどになる。今までは給料から差し引かれていた保険金やら税金やらの請求が一気にポストに投函されていてうんざりもしたが、僕はそんなに焦りを覚えてはいない。人間何とかなるものさ。そんな気持ちで毎日過ごしている。
 一人暮らしのいいところは、何物にも束縛されないことだ。何を置いてもいいし、誰かに気を遣うこともない。まさに天国である。
 上の住人の物音は悩みのタネだが、これくらい本に集中すればなんということもない。無職でひっきー。それも一時のことさ。

 さて、そんな僕が次の本に手を伸ばしたときだった。
 どたん、といつもと違う音が天井から伝わった。……なんだろう?
 その音がした途端、上の住人が何の物音も立てないことが気になった。音からして大分大きな物だ。住人が慌てて駆け寄る音がしていいはずだが、上は静かなままだ。
 ……まさかな。
 僕は嫌な予感を振り払う。いくらなんでも、考えすぎだろう。
 だがその状態が二日続いたとき、僕は読んでいた本をパタンと閉じた。…しまった。しおりを挟むのを忘れた。
 僕は外に出て、上の階まで走った。まさか。まさかと思いながらも、僕の心臓はさっきから早鐘を打ちっぱなしだ。

「どうしたのかしらねえ…」
「特に何も言ってなかったけど――」

 外階段から駆け上がった僕は、問題のドアの前で怪訝そうにしながら話をしているおばさんふたりを見つけた。
 おばさんたちは、ドアからはみ出ている新聞の束を見て、ひそひそ話をしている。僕は肩で息をしながらおばさんたちに近づいた。

「どうしたんですか?」
「ああ、それがねえ……」

 本当は、わざわざ聞かなくても予感はあったんだ。おばさんたちの話を聞くまでもなかった。
 僕は冷静に行動した。……警察に電話だ。


 突然死だった。
 本人も、恐らくわけのわからないまま逝ってしまったのだろう。
 僕が聞いた物音は、その人が倒れた時のもの。僕たちが見つけなかったら、きっとそのままだったんだろう。
 身内らしき人が数人来て、家の中のものを整理している音を、僕は下でぼんやりと聞いていた。


 ……一人暮らしの悪いところは、一人でいること。それを痛感した。
 上の人は僕のことを知らない。僕だけが、勝手に上の人に親近感を覚え、いつの間にか上の人の生活音に馴染んでいた。
 今ではその生活音は失せ、これから誰もいなくなるのだということを知らせる音が鳴りっぱなしだ。
 誰かが足で、天井を叩く。
 その音は酷く寂しかった。
 やがて時は静かに過ぎる、葬列のように。

 僕は立ち上がった。
 音がないと、僕は生きていけない。
 例え上の階の住人でも、僕は誰かがいないと、生きていけない。
 行こう。外へ。
 たくさんの人たちの中で、生きていこう。



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