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Last update 2008年03月15日

徒花―アダバナ―  著者:知



(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
 私の言葉に対して、私の中に入るもう一人の私がそう返してきた。
(そうね……でも、彼にそう言っても意味がないでしょ?)
 私がそう返すと苦笑を浮かべながら消え去っていった。久しぶりに出てきたと思ったら……いいわ、先ずは彼の方ね。
 ちらりと彼の様子を伺うと彫刻のように固まっている。いや、ショックのあまり動けないというのが正しいのかもしれない。
「私が言いたいのはそれだけ」
 私はそう呟くと彼の前から去った。彼に背を向けた瞬間に呼び止めようという雰囲気を彼から感じた。だけど無視して歩き始めると彼から私を呼び止めようとする声は出なかった。


「それがあなたの弱さ……そして、あなたの魅力……でもあるのよね……」
 人気のなくなった場所で歩みを止め、そう呟いた。
 彼は自分の欠点に気が付いていない、そして、自分の魅力にも気が付いていない。でも、それを私が指摘するのはお門違いだと思う。何より……
(自分の事で精一杯なのに、他人の世話なんて焼いてられないよね)
「……久しぶりね……」
(うん、久しぶり。ぼくが出てきたということは何かあったの?)
「あったのでしょうね……」
 彼女の言葉に対し、私はため息を吐きながらそう呟いた。
(ん~もしかして自覚がなかった?)
「……そう……ううん、違う……自覚はあったけど、無視していたのだと思う」
 最近、無理をしているという自覚はあった。でも、彼女が出てくるまでとは思っていなかった。
(特にこれという理由はなくて色々なことが積もり積もって……という感じ?)
「そうね……大学入試とかあってどうしても将来のことを考えてしまうから」
 私はそう呟くと止めていた歩みを進め始めた。話を切りたいからというわけではなく、家に帰ろうとしているのに長い間こんなところに止まっている意味はないと思ったからね。お腹もすいたし。
(じゃあ、続きは家に帰って一息ついてからね)
 彼女はそう言うと消え去った。
 時間を確認すると家に帰ってからご飯を作るには少し遅い時間だった。だけど、冷蔵庫の中の事を考えると外で済ますということはできない。簡単なものでもいいから作って食べないと。


「ただいま」
 母さんは仕事で遅くなると言っていたから家には誰もいないはずなのだけど、家に明かりがついている。もう、帰ってきているのかな?
「お帰り」
 家の中に入るとカレーのいい匂いがしてきた。
「あっ、母さん。今日は遅くなるって言ってなかった?」
 そう言いながら私はその匂いに誘われるように母さんの声が聞こえてきたキッチンに向かった。
「急に予定が変わってね……ご飯、食べたの?」
 私が如何にも「お腹がすいています」というような顔をしていたのか、母さんがそう聞いてきた。
「まだ……」
「まだ……って、今から作って食べるつもりなの?」
「そのつもりだったのだけど……」
 キッチンから漂ってくる美味しそうなカレーの香りのせいで……
「もう出来上がっているから食べたかったら食べてもいいわよ」
「そうする……」
 作る気力が完全になくなってしまっていたので母さんの言葉に甘えることにした。

「いただきます」
 服を着替え、手を洗ってから私はご飯を食べ始めた。
 うん、美味しい……私も料理を作るのは得意なのだけど母さんの腕にはまだまだ敵わない。
「こんな時間になるまで晩御飯を食べてないなんて何があったの?」
 私が食べているのをぼんやりと見つめていた母さんがそう聞いてきた。
「ちょっと……ね……」
 私が答え辛そうに言ったので何となくわかったのか母さんは大きなため息をこぼした。
「はぁ……これで何人目?」
 ――たぶん、二桁になっています。
「男の人と付き合ってみるのもいい経験になるわよ」
 ――わかってはいます。
「別に誰でもいいから付き合ってみろとは言う気はないけど、好意を持っている人から告白されたのなら付き合ってみるのはいいと思うけどね」
 最後の方は苦笑いを浮かべながら母さんはそう言った。
「……私は徒花……だから」
 私はそう呟くと椅子から立ち上がり食べ終えたお皿をキッチンの方に持っていこうとすると
「水につけておくだけでいいわよ。私が洗っておくから」
 と、母さんが言ったのでお皿を水につけると自分の部屋に戻った。
 何故、あの言葉を母さんの前で言ってしまったのだろう……やはり私の心は思っている以上にまいっているみたいだ。


「徒花……か……」
 懐かしい言葉を耳にした。まさか娘からこの言葉を聞くことになるとは。
 容姿は私に似ているのに「……私は徒花……だから」と呟く姿は亡くなった夫にそっくりだった。

『俺は徒花だから』

 私が告白した時に彼は初めそう言って断った。俺は長く生きられない。咲いてすぐに散る桜の花のようなものだ、と。
 紆余曲折を経て私と彼は結婚し、子どもができ、医者の宣告よりも長生きし彼は逝った。
 彼は幸せだったのだろうか。聞いてみたかったけれど、一度も聞けなかった。返事が怖くて……返事を聞くと今まで手にしたと思っていたものが儚く消えてしまうような気がして……私も彼と会う前は『徒花』だったから……


 徒花には彼の言った意味の他に『咲いても実を結ばない花』という意味もある。私はそれだった。作り上げてきた物を自らの手で壊してしまう。そんなことを繰り返しているうちに誰とも深く関わらないようになった。今考えても何故、彼にあれほどアタックをかけたのかわからない。でも、彼がいなければ今の私は絶対にいない。心のどこかで私が変わるには彼の存在が必要ということを感じ取っていたのかもしれない。
 娘の言う『徒花』は私の意味の方……娘にも私にとっての彼のような存在が現れるのだろうか……


 それにしても昔の私と同じような悩みを抱えているとは思わなかった。そのような素振りは殆ど見えなかった。あの言葉は思わず口に出てしまった言葉なのだろう。
 ああ、よく考えたら彼は辛いのに何ともないという素振りを見せるのが上手だった。彼と私の余計なところが遺伝してしまったみたいだ。

『お芝居が、うまいのねえ』

 彼にそう言った時の彼の苦笑いを浮かべた顔がふと頭の中に浮かんだ。




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