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Last update 2008年03月16日

ガイノイド  著者:平良原



「人が変わっていくのは救いであって、自分が変わらない世界なんて、私はごめんこうむりたいわ」
 私は彼の提案をそう言って突っぱねた。
 彼の提案。
 それは私のアンドロイドを作らせてくれないか、ということだった。



 彼と知り合ったのは中学1年生の冬。
 私が放課後、校舎の屋上で歌をうたっていたときに彼がひょっこりと屋上に現れたのがきっかけ。
「歌に引き寄せられてきた」
 とは彼の弁。
 冬の屋上は風が強く寒いため立ち寄ろうとする人は滅多にいない。
 実際、私は雨や雪が降っていない日の放課後は毎日のように屋上に行っていたけど、冬の屋上に来たのは彼が初めてだった。
 目線を逸らし頭を掻きながら照れくさそうに言ったその言葉がなければ、歌手としての今の私はいない。

 彼と私は学校で浮いているという点でよく似ていた。
 通っていた学校は小中高一貫教育の超進学校。
 成績が悪かったわけではない。
 私は一応は上位3分の1以上はキープしていたし、彼に関しては常にトップの座をキープしていた。
 もしかしたら、私の場合は自分で浮いていると思っていただけで、周りから見ると溶け込んでいたのかもしれない。
 でも、私はクラスメートの将来について『外交官になる』『医者になる』『弁護士になる』などと瞳を輝かせて話しているのをただ微笑んで聞いていることしかできなかった。
 勉強が嫌いだったわけではない。知識が増えて今までわからなかった事がわかる瞬間は本当に嬉しかったし楽しかった。
 けれど、それ以上に私は歌に魅せられてしまった。
 親に連れられて行ったある歌手のライブ。
 大きなライブ会場ではなかったけど、その歌手の歌で会場は完全に一つとなった。
 そこには完成された小さな世界があった。
 凄く気持ちが良かった。これ以上の快楽があるのかと子ども心ながら思うほどに。
 ライブが終わり呆けている頭で思ったのは
『私もあのような世界を作りたい』
 だった。
 そう思った私の行動は早かった。調べて色々なオーディションに参加した。
 残念ながらオーディションに受かったことは一度もなかった。
 何回目のオーディションかは忘れたけど、オーディションに落ち、トボトボと重い足取りで会場の外に出ようとしていた私を呼び止める声がした。
「よかったら家の事務所に入らないか」
 立ち止まり、振り返った私にそのような言葉が投げかけられた。
 何度も何度もオーディションに落ち、歌手には向いていないのではないかと思っていた矢先の事だったので、騙されるのではと疑ってしまったけど、その人の顔を見てすぐにその考えはなくなった。
 私にその言葉を投げかけたのは、先程落ちたオーディションの審査員をしていた人だったから。
 有名なプロデューサーであのライブに行くまで歌に興味がなかった私でも顔と名前を知っている人だった。
 あまりもの突然の出来事に呆然としている私に
「その気ならここに電話してね。勿論、親御さんに相談して許可を得てからね」
 と、微笑みながら名刺を渡すとオーディション会場へと戻っていった。
 数分呆然としていた私が我に返ったときに浮かんだ感情は喜びではなかった。
『親御さんに相談して許可を得てからね』
 その言葉にはっとしたからだ。
 オーディションは親に内緒で受けていたのだ。
 どう親に話そうか悩んでいたときにかけられたのが彼のあの言葉。
 だからこそ彼の言葉が凄く嬉しかった。
 色々な悩みを全部吹き飛ばしてくれた。
 彼に始めて会った日の夜、親に歌手になりたいこと、内緒でオーディションを受けていたこと、事務所に入らないかと誘われたことを渡された名刺を見せてそう言った。
 内緒でオーディションを受けたことにお咎めを受けたけど、高校までは卒業することと成績を落とさないことを条件に事務所に入ることの許可を得た。

 彼は私と違い誰が見ても浮いていた。
 彼は学校内で有名人だった。私も初めて会う前でも噂で名前は聞いた事があった。
 学校始まって以来の大天才で授業は免除され教室には試験の日にしか現れず、普段は併設されている大学の研究室にいる。
 これは彼に纏わる有名な話だった。
 このような話が沢山出回っていたので私と同じ学年ということを忘れてしまっていた。だから彼の口から名前を聞いたとき、私の彼に対してそれまで持っていた像との齟齬が激しく同じ人物だと結びつかなかった。
 一度、彼にこう聞いた事がある。そこまで頭が良かったら勉強が面白くないのでは、と。
 その言葉に彼は首を横に振った。
 技術はある知識とある知識が互いに影響しあうことで爆発的に発展する事がある。その瞬間は本当に楽しい。
 それに、まだまだ経験則だけで理論の追いついていない技術がある。もしその理論が詳しく解明されればその技術は飛躍的に進歩する可能性がある。
 こう語る彼は凄く楽しそうだった。
 そんな彼が常々言っていたのは
「アンドロイドを作りたい」
 ということだ。
 救助、介護など様々な分野で活躍するロボットは誕生している。しかし、完全に人の形をしたロボット――アンドロイド――は誕生していない。自分がそれを成し遂げたい、という話は耳にたこができるぐらい聞かされていた。
 現在、彼はその道の――ロボット工学の第一人者と言っても過言ではない。 
 そう遠くない未来、アンドロイドを誕生させるだろう、そう思っていた。
 だから、電話口でアンドロイドを作り始めると聞いたときはそれ程驚かなかった。ついにそのときがきたんだ、その程度だった。
 でも、私のアンドロイドを作りたいと聞いたときはすごく吃驚した。電話をサウンドオンリーにしていたことを神に感謝したい程、凄いリアクションを取ってしまった。
 少し考えた後、その提案は却下した。
 私のアンドロイドを作るという事は私に瓜二つのものができるということ。
 それだけなら却下はしないんだけど、私が年をとってもそれは若い私のまま。
 それを想像すると、凄く気持ちが悪かった。生理的に受け入れられそうになかった。
 だから、あんな支離滅裂な言葉で彼の提案を却下してしまった。
 後で落ち着いて考えると、彼がそのような提案をしてきたことに疑問を感じた。
 彼は科学者にはモラルが必要だ、技術的にできるからと何でもしていいわけではない。という考えをもっている。
 私が提案を受け入れないのもわかっていたことではないか。だとしたら、何か理由があるのではないか。
 そう考えると彼に『直に会って話したい事があるから空いている日はいつ』とメールを送った。 流石にあんな言葉で却下したのに数時間後に電話でそれを伝えるのは恥ずかしかったから。
 二人とも明後日が空いていたので、その日に彼の家で会うことになった。



「相変わらず片付いているわね」
 勝手知ったる他人の家という感じで彼の家に入ると思わずそう呟いた。
 彼の家はいつ訪ねても片付いている。
 忙しいはずなのに……確か一昨日まで海外に出張していたはず。
 物は私の方が少ないのに彼の家の方が片付いていて綺麗なのは何というか情けない。
「また家が散らかしっぱなしなんてことはないよな」
 私の呟きが聞こえていたのだろうかじと目で見ながらそう言ってくる。
「あはは……一昨日までライブツアーだったから」
「……小母さんから呼び出されて片付けさせられるのはもう二度と勘弁だからな」
「……そ、それは私も勘弁……」
 はぁ……と二人のため息が見事に重なる。
 数年前に忙しく何ヶ月も掃除をせず、散らかしっぱなしになっていたことがあった。
 そろそろ掃除しないと人として駄目だよね、と思いながら夜遅く家に帰ると掃除され見違えるほど綺麗になっていた。
 母さんがやってくれたのだろうと思い、翌日の朝に電話をすると母さんからとんでもない言葉が返ってきた。
「ああ、それ? 真(しん)くんにやってもらったから♪」
 その言葉を聞いた瞬間私は埴輪顔になってしまった。
 真くんとは彼のこと。
 母さんは彼のことを気に入っていて真くんと呼んでいる(本名は真一)
 彼の方も母親を小さい頃に亡くしているからか、母さんのことを実の母のように慕っている。
「小母さんには逆らえないんだよ」
 母さんに電話した後、文句の一つでも言おうと彼に電話をしたとき私が何かを言う前に疲れた様子で言った言葉。
 下着だけは小まめに洗っていたのは不幸中の幸いだったけど、彼に……異性に初めて生まれたままの姿の私を見せたときよりも恥ずかしかった。
「ライブツアー終わったのは一昨日だったよな?」
 重い空気を振り払うかのように彼がそう聞いてきた。
 何でもいいから別の話題にしたかったのだろう、私も同じ気持ちだったからその話にのることにした。
「うん。真も一昨日まで海外……だよね」
「ああ。半年近く向こうにいたから疲れた。荷物も資料やらで多くて、昨日片付けるのに時間がかかったし」
 疲れているなら次の日に片付ければいいじゃない、と思うけど彼の性格上それはできないのだろう。もし、こんな事を口走ると怒られるのは目に見えているので絶対に口には出さないけど。
「いい加減突っ立てないで座ろうか。見せたい物もあるし」
「見せたい物? 私のアンドロイドじゃないでしょうね」
「……あのなぁ……あれだけ意見が対立しているんだから、そんなことができるわけがないだろうが」
 私の言葉に対しため息を吐いてそう返してくれた。
 冗談だったのにそう素で返されると虚しくなる。
「後、女性タイプの場合はアンドロイドではなくガイノイドな。ほら、早く座った座った」


 私に早くソファーに座るように催促するとキッチンに向かった。
「コーヒーでいいよな」
「いいよ。豆は何でもいいから」
「ラジャー」
 ミルでコーヒー豆を挽く音がし始めるとコーヒーのいい匂いが漂ってきた。
「お待たせ」
 コーヒー豆を挽く音が止むとお盆にコーヒーの入ったグラスを2つ乗せてキッチンから戻ってきた。
「これは?」
「水出しコーヒー。あれは2杯目」
「水出しコーヒーまで手を出し始めたんだ」
 彼のコーヒー好きは私の影響なんだけど、男の人って凝り始めるととことん凝るよね。
 そんな私の視線に気が付いたのか苦笑を浮かべている。
「まぁ、それはいいとして……見せたい物って何?」
 コーヒーを一口飲んでからそう切り出した。
 うん、美味しい。水出しコーヒーは変な苦味が出ないのが好き。
「ああ、ちょっと待って」
 そう言って立ち上がると隣の部屋に入った。
 その部屋は寝室に使っている部屋のはず。寝室と言ってもパソコンやら資料やらを置いているので仕事部屋兼寝室といったところだろうか。
「これ……なんだけどね」
 私に見せたい物を持ってくると私の対面に座り、それをテーブルの上に置く。
「これ?」
「うん、これ」
 二人の間に微妙な空気が流れている。
 どこか彼の表情も引きつっているような気がする。
「で、これは何?」
「まこまこプレイヤー」
「……」
「まっこまこにしてやんよ」
「……」
「……そんな可哀想な子を見るような目で見ないでくれ」
 彼が持ってきた物。それは長さが30センチぐらいの人のぬいぐるみだった。
 目が白目なのがぷりちー……と、私が言うとでも思うのかな。
 よくできている。確かによくできている。
 でも、何で私のぬいぐるみなの?
「……見せたい物ってこれ?」
「ああ」
「……お邪魔しました」
「待て。帰りたくなるのはわかるけど。待ってくれ」
 帰ろうとしたけど捕まってしまったので仕方なくソファーに座った。
「で、これは何?」
「まこまこプレイヤー」
「……」
「まっこまこにしてやんよ」
「……お邪魔しました」
「待て。帰りたくなるのはわかるけど。待ってくれ」
 今度はソファーから立ち上がった時点で捕まってしまった。
 残念だけどこのまま帰ることはできないみたい。
 何度も繰り返すのは時間の無駄なので話を進めることにする。
「これ作ったの誰?」
「聞かなくてもわかるだろ?」
「……そうね」
 二人とも同時にため息を吐いた。
 これを作ったのは彼の同僚で私のファンの人。
 可愛らしい(10代と言っても通用すると思う)女性で手先が器用でよく自分で私のグッズを作っているのだ。
 よくそれを彼女から貰うんだけど出来がいいだけに捨てるのが勿体無いし、自分のグッズを持っているのも恥ずかしいのでどう処分していいのか困る。
「プレイヤーと言うからには音楽が聴けるの?」
「本命はそっちなんだけどな。作っているのをあいつに見つかって、何時の間にか中身を俺が作り、外見をあいつが作るってなってたよ」
 彼のその言葉で中身――プレイヤーの部分はまともということがわかって安心する。
「見せたかったのはプレイヤーというわけね」
「そいういうこと……ポチっと」
 ぬいぐるみの鼻を押すと口からディスクトレイが出てきた。
 ディスクを入れトレイを閉めるとぬいぐるみが抱えている箱の液晶画面に『Now Loading』と表示された。
「5,6分はかかるからコーヒーを淹れてくるよ」
 彼はそう言うとお盆にグラス2つを載せてキッチンに行った。
 数分後、今度はお盆にコーヒーカップを2つ載せて戻ってきた。
 液晶にはまだ『Now Loading』と表示されていたのでぼーと液晶を見ながらコーヒーを一口飲む。
「……ハワイコナ?」
「当たり。ブルーマウンテンにしようかとも思ったんだけど、豆切らしてて」
「本当のブルーマウンテンは高いし入手し辛いからね」
 ブルーマウンテンはブルーマウンテン山脈の特定エリア以外の地域が産地のコーヒーにはブルーマウンテンという名前を付けれない。
 日本に輸入されている多くのブルーマウンテンは、そのエリア外で栽培されているのにブルーマウンテンの名が付けられている事が多い。
 本当のブルーマウンテンを手に入れるのは難しいのだ。
 あっ、『Now Loading』の表示が消えた。
「ん、読み込み終わったみたいね」
「そのまま置いておけば再生が始まるから」
「あっ、本当だ」
 表示が『Now Playing』に変わった。
「これが見せたかった物? 特に何の変哲もないプレイヤーに思うけど」
 プレイヤーから流れているのは私の曲。
「本人にもそう聞こえるのなら大成功だな」
 私のその言葉に嬉しそうにそう返してくる。
「違うの?」
「次の曲を聞いたらわかるよ」
 そんな事を話している間に次の曲になった。
 聴こえてきたのは私の歌声。でも……
「えっ、何これ? 何で?」
 私はこの歌を一度として歌った事がない。
 でも、聴こえてくるのは間違いなく私の歌声だ。
 物真似では絶対ないと言い切れる。
「……種明かしをお願い」
 曲が終わるやいなや私はそう言った。
「前に俺が眞子(まこ)に作って渡したの覚えてるか?」
「前に貰った物? ……ああ、あれね」
 数年前に彼から貰った物、それは数十年前に流行ったボーカル音源のDTMの声を私にしたもの。
 ボーカル音源のDTMは数十年前に流行し、定着した。
 現在までに様々な会社から何十種類もの声のバージョンが発売されている。 
「でも、あれってどうやっても機械臭さが残るはず」
 実際、彼から貰った物もどうやっても機械臭さが残ってしまった。
 しかも、全く調整をしなかったら可笑しくてまともに聴ける物ではなかった。
 もう一回、私の曲を流してみても可笑しなところはない。
「ただ機械臭さをなくすだけなら前のときでもできたよ」
「そうなの?」
「音楽を読み込んで自動的にここまで歌える様にはできなかったけどな」
 流石と言うか何と言うか……
「別に俺以外の奴でもやろうと思ったらできると思うぞ。やらないだけで」
「えっ、他の人でもできるの?」
 驚き発言だ。それじゃあ……
「何で売り出さないのかって思ってる?」
 顔に出ていたのかそう言われた。
「うん」
「色々問題があるからなぁ……」
 少し長くなるけどいいかと聞かれたので頷いた。
「先ず自分のクローンが作られることに抵抗感を感じる人が多いという理由がある」
「それは今までのでも同じでしょ?」
「うん。だから歌手のボーカル音源DTMは一つもない。まぁ、それに関しては他にも理由があるんだけど」
 これはこっちに置いておいてと身振りだけして話を続ける。
「流石に完璧に自分の声と同じになると声優でも抵抗感があるみたいでな。それよりも、本人がOKしても事務所の方が断るケースが多いみたいだな」
 どうやら実際に売り出そうとした試しはあるみたいだ。
「数十年前も多かったみたいだけど、最近の声優は歌をうたう人が大半だからね」
 カバー曲が氾濫してしまうのは事務所としては遠慮したいところだと思う。
「後、公序良俗に反することに使おうとする人が少なからずいるからな」
 それはボーカル音源DTMに常に付き纏う問題。
 楽器のように扱えるけど飽くまで人の声。
 公序良俗に反することに使えば声を担当した人の名誉などを傷つける可能性が強い。
「後、機械臭さが完全になくなると生理的嫌悪を感じる人が増える恐れが強い」
「生理的嫌悪?」
「まぁ、画面の中の世界だからそこまで考える必要はないかもしれないけど、考慮しておかなきゃいけない問題だな」
「どういうこと?」
 何故、生理的に嫌悪することになるのかわからない。
「俺が電話で眞子のガイノイドを作りたいと言ったときどう思った」
「どう思ったって……」
 確かに生理的に受け入れられそうにないと思った。
「でも、それとこれとは別の話じゃないの?」
 素直に思ったことを口に出して聞いてみた。
「俺は根本では同じ問題だと思ってる」
「根本では?」
「ああ。人間は人間じゃないのに人間の姿形をするものが人間らしく振舞うことに生理的嫌悪を感じる、ということでな」
 ふぅと一息吐いて、残っているコーヒーを一気に飲み干し話を再開した。
「20世紀の後半からアンドロイドやガイノイドの実現が現実味を帯びてきたからか、様々な小説や映画が作られた」
 ……説明モードに入ってしまったようだ。こうなったら話が長くなるんだよね……
「その中で特に21世紀中ごろからよくあったのが、アンドロイドやガイノイドが迫害される内容の物」
 例えば……ガイノイドに性行為を可能という機能をつけた物を登場させた作品を読んだ事がある。その作品では人形の癖にロボットの癖に汚らわしいと迫害されていた。
「物語の中ですらそんな事が考えられている。現実にアンドロイドやガイノイドが作られて、物語の中のようになるかならないかって言ったら、なる可能性の方が強いと思ってる」
 人は想像できる範囲でしか創造できない。
 彼がよく言っていることで私もその通りだと思う。
「実際に作ったとしても、今のロボットと同じような使い方しかされないだろうから、道具としては作る意味はない」
 もし作られたらロボットと違う使い方を考えることになると思う。
 ロボットとの違いは人の形をしているということ。
 ろくな使われ方をしない可能性が高い。
「今のロボットと同じ使い方、というところにも問題はある。今のロボットは人間が立ち入る事ができない危険地帯で活動しているのが多い。『心』がある物にそんなことをさせて大丈夫なのか」
 アンドロイドは如何に人間に近づける事ができるかがコンセプトとされている部分がある。
 機械に心が宿るのか。まるでSFの話みたいだけど、実は技術的に可能になっているのだ。
 彼が作った人工知能、色々な事を学習させるとある変化が現れた。
 感情が表れ始めたのだ。
 彼にその事を聞いたときは冗談だと思った。
 でも、実際に見せてもらうと確かにそれには感情があった。
 今も元気に彼のパソコンの中で生きている。
 最後に見たのが1年以上前だから今はより人間らしくなっているかもしれない。
「『心』があることをロボットの癖にと思う人も現れる……そうよね?」
 私の言葉に彼は頷いた。
 言葉というのは、きわめて乱暴なもの。
 それによってどれだけ『心』が傷つくか……
「結局、人間の精神が人間に似ているものを受け入れるまで精神が発達していないのかもな」
 彼は肩を竦めながら、俺もその一員だと言うように悲しそうにそう呟いた。
「モラルがなければ科学は今頃どのくらいまで発達しているんだろうと思う事があるよ」
 天井を見ながら彼はそう呟いた。
 昔はモラルなど関係なしに研究者の本能の赴くがままに研究していた一面がある。
 悲しいことだけど、戦争中は様々な分野で大きな進歩があった。
 非人道的な実験も行われた。
 戦争に勝つために様々な技術が兵器のために使われた。
 平和的に利用するために開発された物でも悪用されたこともあるし、初めから軍事目的で開発されたものが世に広まった物もある。
 科学者にモラルが問われるようになったのは何時の頃からだっただろう。
「ん? じゃあ何で私にあんなこと言ったの?」
「あんなことって?」
「私のアンドロイド……ガイノイドだっけ……を作りたいと言ったことよ」
 今日、彼の家に来た理由をすっかり忘れるところだった。
「ああ。理由は二つ。一つ目はどういう反応をするのか確認したかったから」
 ……迷惑な理由だね。
「これは予想通りの反応だったな。やはりアンドロイドは受け入れられないなと改めて思ったよ」
「それは私の姿形、声をした物だから……いえ、もし私の姿形、声をした物じゃなくても同じかも」
 彼の話を聞いていて人間の形をした人間じゃない物を受け入れられる自信がなくなった。
「もう一つの理由……こっちが本命なんだけど……」
 そういうと私の目をじっと見た。
「眞子、おまえあの病気になったんだってな」
「……誰から聞いたの……」
 彼の思いがけない言葉に吃驚しながらも言った言葉は思った以上に低い声だった。
「眞子の主治医からだよ」
 あの病気……約20年前から現れた奇病。
 原因不明で治療方法もわかっていない。
 人形病と呼ばれ、症状は話せなくなる、目が見えなくなる、耳が聞こえなくなるなどがあり、その症状が一つだけ出たり複数出たりする。
 これらのことは他の病気でも引き起こされる事態。
 それなのに特別に新しい病名をつけているのだから公にされていない症状がある。との噂が飛び交い不安を煽り、人形病に罹った人が差別される事態にまで至っている。
 それでも尚、どの国もこの病気について今の情報以外のことを発表していない。
 そのせいで余計に差別が強くなっている。
「……あの医者は……」
 差別が強いから人形病に罹ったことは本人と親族にしか話さないことになってる。
 それなのに彼に話したのだ。
「世間からは夫婦同然に見られているからな」
「世間だけではなく友人にもね」
 私の主治医は彼の友人なのだ。
 夫婦同然どころか実際は私と彼は付き合ってもいないんだけどなぁ。
「「はぁ……」」
 ため息が重なった。
「俺は結婚するなら眞子しかいないと思ってるぞ」
「私もよ」
 彼の言葉に普通にそう返した。
「互いに照れも入らなくなったか」
「それは、何回も同じ事を言ってればね」
 私も彼もその言葉を本心で言っているんだけど、何回も言ったり聞いたりすれば慣れてきて照れなくなってくる。
「このまこまこプレイヤーの技術を使えば、言葉も機械臭さなしで話せるようになるから、それを使って眞子が話せなくなったときに話す道具を作ろうと思ってな」
「ちょっと考えさせて」
「すぐに返事を聞こうとは思ってないから。これに関して眞子から何も言わなかったら却下ということにしておくから」
「わかったわ」
 そう言うと時間も時間だったのでお暇することにした。



 人形病に罹った人はそのことを必死に隠そうとする。
 人形病の公にされていない症状のことを考えると人形病に罹ったことを隠すことは無駄なのだけれど。
 正確に言えば人形病は病気なんかではない。彼もそのことは知らないみたい。
 正確なことは罹った人にしか伝えられないので、変な噂が広がり差別される。
 言葉というのは、きわめて乱暴なもの。
 病気でないとしても隠したがるのは、その言葉の乱暴さが理由なのかもしれない。




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