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Last update 2008年03月16日

サイレン  著者:櫻朔夜



 人が変わっていくのは救いであって、自分が変わらない世界なんて、私はごめんこうむりたい。いつだってそう思ってる。それなのに何だろ、この異様な焦燥感。

 私は、オーバーな身振り手振りで話す男と、行きつけのカフェにいた。そして、話しながらひっきりなしにキョロキョロとする、落ち着きのない私の彼―ショウをぼんやりと眺めていた。コーヒーカップに指をかけたまま、口を挟む余地すらないその一方的などうでもいい話を、無反応にやり過ごしながら。
 ショウにとって、相手が相槌を打ってるとか、聞いているかどうかは問題じゃない。ただ、自分が『話している』事実だけで満足なのよね。その証拠にほら、私が今外を通り過ぎたちょっと好みの男を目で追いかけている事にすら気付いていない。
 彼の前には、氷が溶けて茶色と無色の2層になってしまったアイスコーヒー。彼のお喋りの向こうから、カラン、と氷が溶け揺れる音がする。対して、私のコーヒーカップはだいぶ前から空っぽだ。それを見て、小さな溜息が漏れた。でも彼はそんな事には触れようともしない。きっと、気付いてないんでしょ。アナタはキョロキョロしてばかりで、私と目を合わせもしないんだから。

 ショウは、私の高校時代の同級生だ。特に仲が良かったわけではないけれど、25歳の時に同窓会で再会。ありがちな話。高校時代は何とも思わなかったのに、私は彼に恋をした。寡黙な印象に魅かれて、思い切って私からお付き合いをお願いしたけど、結局アナタも他の男と同じだったのね。
 付き合い始めて1年ちょっと。最初の頃は『どうしたの?』と気にかけてくれて、いつも優しくて寡黙だった彼は、いつの間にかお喋りな彼に変わってた。設計士の彼と、派遣社員の私。表向きちっとも違和感の無い2人かもしれないけど、私はもう随分前から孤独を感じてる。それに私、煩い男は嫌いなの。特に独り善がりで、人の話を聞かない男は。

 でも、私にとって男は皆同じ。皆私の話なんて聞かなかったし、頼んでもいないのに、自分のことをダラダラと話す…それが男だって、知ってるわ。



 夜、私は彼のアパートに居た。あれからそのまま、いつもみたいに一緒に帰って来たけど、1つだけ違うことがある。それは今日、私が彼に別れを告げようとしてること。今日の昼間、あのカフェでつくづく思った。私は、私をちゃんと見てくれる人じゃないと嫌。ショウみたいに、話しっぱなしの人とは将来なんて考えられない。
 ショウは帰って早々に、ソファに伸びきってテレビの電源を入れた。私は冷蔵庫から冷えた缶ビールを2本取り出して、彼の寝そべるソファの下に座り込む。テレビは、お笑い芸人扮する総理大臣と、実際の政治家が討論するっていう、そこそこ人気のバラエティ番組だった。彼はこういう、ディベートみたいな企画物や、トーク番組が大好き。お喋り好きのアナタらしいわよね。けれど、対談とたった1つ違うのは、アナタには相手の存在が必要ないってことかしらね。

 1言2言、短く言葉を交わした意外は特に話すこともなく、2人でテレビを見ながら時間をかけてビールを飲む。こういう番組の時だけ、ショウは静かだ。番組ゲスト達のヒートアップする対話。時間的に、トークも佳境に入ってきたみたい。テーマは…多分現代の教育について。社会政策としての机上の教育、地域とかコミュニティとしての教育…難しくて私にはよく分からないけど、お互いでお互いの言葉を打ち消しあうように2人が同時に喋ってる-いや、怒鳴り合ってる。
 大して興味を持っていた訳でもないけど、その出演者達のただならぬ熱意に、私も引き込まれていたんだと思う。こんな番組に反応するのは、私が今日、ショウに話をしなくちゃならないって、思ってたからなのかもしれない。思わずポツリと、言葉が口をついて出た。

「この人達、少しは話、聞いてあげればいいのにね」

 ちょっとの間の後、
「あれだけ意見が対立しているんだから、そんなことができるわけがないだろうが」と、普段のお喋りと違う、意外に落ち着いた声でショウが答えた。その静かな声に、何だか不意打ちを喰らったような、そんな気がしたけど、同時に、会話すらままならないショウはそんな事言える立場じゃないくせに…、と内心思いながらムッとして言った。
「そうかなぁ?聞こうと思ってくれる人が居なけりゃ、いくら話しても無駄じゃない」
 私にしては、珍しく意地張ってる気がする。
「そんなことないんじゃないか?」
 背後から、ズズッ…と呑気にビールを啜る音が聞こえた。
「じゃぁ、何ならあるっていうのよ」

 さっきまで、あんなにけたたましく騒いでいた番組は、いつの間にか終わってた。よく分からないような、ふざけたCMが続いてる。目まぐるしく変わる画面と、余裕さえ感じさせるショウに、私は苛々さえ感じ始めていた。
 ふいに、テレビが切られた。急に静かになったリビングに、時計の音だけがいやに大きく響いてる。私はそれでも、彼の方は見ようともせず、テレビからも視線を逸らさず、じっと座っていた。ショウは私の問いに、何か考えているみたいだったけど、暫くしてゆっくり口を開いた。

「こっちが聞こうと思っても、会話にならない人だって居るだろ?」
 ショウの言葉に、私は憮然として答える。

「そうかもしれないけど、でも、答えもしてないのに話し続けられたら、聞いてる方は嫌な気分になるじゃない」
 ……おかしいな、テレビの話してるんだよね?
「相手が聞いてもいないのに、何であんなに喋ってられるのか、私には全然わかんない」
 ……これ、テレビじゃなくて、私とショウのことだ。
「聞く人と、話す人が居て初めて会話っていうんじゃないの?」
 ……そんなの小学生でも知ってるのに、貴方は……。
「もう嫌なのよ、誰でもそうだけど、特に意味の無いお喋りに付き合ってるのは!」
 ……ああ、私ついに言いたかったことを口にしたわ。
「ショウは私の話なんか聞きもしないくせに!!何が会話だって言うのよ!」


 番組に触発されたのか、過熱した私の声が部屋に反響した。そこでやっと、私はハッとして口を噤む。珍しく感情的な私に驚いたのか、それとも呆れているのか、背後の彼からは何の反応も無い。しばらくしてショウの起き上がる気配とともに、静かに、けれどハッキリと声がした。

「それじゃあお前は、俺に話そうとしてくれた事があるのか?俺の話は聞いてたか?」

 私、その問いかけに思わずショウを振り返った。ビクって、心臓が小さくなる。私がいつも感じてる寂しさが独り善がりなんじゃないか?って、ショウの心を目の前に突きつけられたような気がした。そして何より、いつもキョロキョロしていた彼の目が、初めて私の目をじっと見詰めてた。
 その目が、無言で饒舌に語りかけてた。他の何者でもなく、私だけを映して。

 いつからだろう、ショウがお喋りになったのは。いつからだろう、私がショウの話を聞かなくなったのは。それに、いつだっただろう、私が最後に自分の思ってる事を素直に口に出したのは?嫌われたくなくて、思った事を気取られたくなくて、いつも目を伏せてたのは、誰?


「俺、お前が話してくれるの待ってたんだ。けど、待ってるだけって、あんまり好きじゃないし」
 そういいながら彼は私の頭に手を置いた。
「話すのは得意じゃないけど、お前あんまり話さないから。俺が話そうって、頑張ってた。聞いてもらいたかったし、聞かせてもらいたかったから」
 完全に起き上がって私に目線を合わせたショウは、そのまま黙り込んでしまった。



 そうだわ、ショウは元々無口だったじゃない。
 どうせ聞いてくれない、聞いても笑うだけだって決め付けて、最初っから意地張って。仕舞いこんで、会話する気が無かったのは、ショウじゃなくて私だったんじゃない。ショウは私を見てたし、見せようとしてくれてたのに、私が見ようとも、見せようともしないまま独りで寂しがってただけ。今、やっと気が付いた。


 変わってなかったのは、貴方じゃなくて


 私だわ。


『どうしたの?』
 私をまだじっと見詰めてる彼の目が、そう言ってた。懐かしい。その問いに、私はずっと耳と目を塞いでたのね。ショウも寂しかったかもしれない。今の私のままじゃ無理かもしれないけど、今やっと私に届いた彼の声は、心地良かった。

「今日初めて、本当の声聞いた気がするよ」
 頭の上の掌が、髪をクシャクシャとやっていた。気付いたら、何年ぶりかの涙が溢れてて、私はショウの首に腕を回してた。私、アナタと上手く話せなくて、素直さをどこかに忘れてたみたい。
「ごめんなさい…」

 さよならしようって思ってたけど
 アナタが助けてくれるなら、

 私も変わりたい。




 言葉というのは、 きわめて乱暴なものである。
 思い1つでこんなに聞き、聞かせることができるなんて知らなかった。

「これから、いっぱい話そうな」

 私はも1度、
 ショウの言葉で、恋をする




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