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エンジェルスレイヤー 01

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 夜の街を映す水溜りが飛沫を上げる。
「おのれ、スレイヤーめが。我らを性懲りもなく付けねらうとはっ」
 歓楽街に似つかわしくない若い男達が走り去る。少し送れて男二人が追いかける。代金を踏み倒した客を追いかける店の男と言うには彼らは似つかわしくなかった。大通りに出た所で、先頭を走る男が出会い頭に路を行く人とぶつかった。
 逃走スピードが落ちる3人組。それを見逃す追跡者ではなかった。銃を抜くとすばやい動作で狙いを定めた。サイレンサー付きのため銃声は聞こえない。
「よくもうちのひヨッ子達をっ!」
 二人がガクンと膝をうって道路に転がる。まだ少年の顔をしていた。しかし一度振り返っただけで足は止まらない。追いかける二人のうち、野球帽を後ろ向きに被ったこれまたあどけないと言った少年が路面の塊に近づいて膝をつく。倒れた体がぼんやりと発光して、まるで魂が離れるがごとく淡い光の塊が背中から出てくる。
「雑魚は放っておけっ!あいつを追うぞ、仲間がいるはずだっ」
「あっ、待って、イザークっ」
 銃を片手にした銀髪の、こちらは少年ではなく青年が大通りを走りぬける。まだ一人残っている。
 突然のことで、道端の人も、足を止めた女性も動けない。夜更けの逃走劇は最悪の結果を迎えようとしていた。倒れた人に近寄ろうとして押し留められたり、見ぬ振りをして通り過ぎようとする所を彼らは今度こそ目を見張った。倒れた人影が光り、その光がまるで一対の羽根のように羽ばたくのを。

 天使。
 伝説や御伽噺でしか見ることはないと思っていた存在。
 テレビや雑誌でその存在が報じられても半信半疑の架空の生き物。
 それが目の前で、何者かに撃たれ消えた。
 いや、何者かではない。大声で言うのを憚られる存在。天使を狩るを生業とする者、すなわちエンジェル・スレイヤーに狙われたのだ。
 愕然とする彼の前でまたもや信じられないことが起きる。銀髪の青年が追う人物はビルの入り口に滑り込む直前、いきなりふわりと舞い上がったのだ。続いて追う青年も後を追う。喧騒を嫌うがごとく高く漆黒の夜空にビルの側面を蹴って二段ジャンプの要領で飛び上がる。だが、逃げるものと追うものとの間を飛行船がさえぎる。芸者のCMを映すオーロラビジョンに舌打ちする。
「邪魔だっ!」
言うよりも早く爆発音がして飛行船が火を噴く。煙を噴いて上空から落ちて飛行船に路上は軽いパニックになった。いくら往来は日中に比べて少ないとは言え、被害がゼロであるわけがない。逃げ惑う群集に混じって、地上にいたスレイヤーの少年が喚いた。
「ああ、もうっ。知りませんっ!」


 地上を埋め尽くす無数のビル群。
 夜半を過ぎたとあって光度は随分と落されているのだろうが、ネオンサインの合間を縫ってビルの谷間から小さく煙が上がる。どこからか聞こえるサイレンとポリスのローター音。それは一際高いビルの屋上にも届き、フェンスの切れた梁の上で夜の街を見下ろす青年は顔を上げた。
 身体を包む最後のエンジェルフレアーが名残惜しそうに羽をかたどって消え、スレイヤーの少年に体内から核を取り出そうとされていた。眼下で繰り広げられる天使とそれを追う者の勝敗は今の所天使に不利だった。一人残った天使が地上を離れる。
 この場所を目指すのだろうと漠然と思い当たった時、彼に声が届く。
「逃げろっ。スレイヤーが来るっ」
 切羽詰った声で叫ぶから視線をあわせた。天使らしい中世的な顔、でもどこかで見たことのあるような特徴のない顔と髪。そう、ついさっき消滅したばかりの少年天使と同じ顔を持つ天使が狼狽する。
「おいっ、同胞達はどうしたっ」
 目を見開いて慌てて身を翻そうとする。だがそれはかなうはずもなく、彼はあくまで無表情に天使を見つめる。あとは自分のフィールドに捕まって引き寄せられるだけ。
「!? お前もっ、スレイヤーっ!」
 もしかしたらその瞳に驚愕した天使など映ってなかったのかもしれない。無造作に上げられた青年の右手と交差する。青年の右腕に貫かれる天使。突き出た右手に握られているのは光を放つエンジェル・コア。
「・・・このような地上で・・・不覚・・・」
 消え入る声の主の瞳から既に光は消えている。手足の先から体組織の崩壊が始まり、発光するエンジェルフレアーが漏れる。その様子は闇夜に慣れた目を持つ者なら、意識してさえすれば十分発見できるものだった。
「お前っ、アスラン!」
背後のビルのヘリポートを越えてようやく追いついた追跡者があわられる。イザークだった。たった今天使を消滅させた青年の名はアスランと言うらしく、振り返った彼の背後にはトワイライトカラーの空が広がる。彼に臆することなく話し掛けるその声音はとても冷静とは言えず。
「俺の獲物を横取りするとはいい度胸だな」
「向こうが勝手に来たんだ」
対する彼もイザークを無視して右腕を掲げる。輪郭を無くした天使の残骸が崩れて、埃のように空気中に舞うのを気にもせず、握っていた指を広げた。
 手の中からゆっくりと上っていくコアが光の筋を引く。
 微かな光はやがて夜空の星になる。
 イザークもアスランもじっとその光景を見詰め、イザークが視線を戻した。何か言おうと口を開きかけて眉をひそめる。
「ふんっ。命拾いしたな」
 アスランの黒いコートのすそをはためかせる暴虐な風のように、いきなり来て、唐突に消えるイザークに彼は無言で答えた。ビルの谷間に消えるイザークを少しだけ目で追い、夜空に張り付いた星を見上げ僅かにその翡翠の瞳を細める。
 彼が周囲に静寂を取り戻した頃、碧色の小鳥が静かに肩に舞い降りた。


「なぜ止めたっ、ディアッカ。せっかくの大天使をあんな奴にみすみす・・・」
地上に降り立ったイザークはニコルを探しつつ、人工の灯りからできた影の中から隣に出現した影のない男を詰った。
「エンジェルコアなんて腹の足しにもならないし。人の魂の方が断然美味い」
その男はイザークとは正反対の色を持っていた。褐色の肌に金の髪。紫の瞳は悪魔の証。
「俺は堕ちんぞ」
「期待してねえよ。俺はあいつの契約している魔物の方に興味があるね」
 天使がいるなら悪魔もいる。
 非力な人は悪魔と契約することで天使を倒す力を得、悪魔達は人の世にまぎれて人を魔に堕とし、エンジェル・コアを奪う。夜は悪魔達の時間。しかし、夜には地上を照らす光がなかったのだ。神は昼と夜を作ったが、恩恵を受けるのは神である太陽が出ている昼に限定された。
 そもそも神に逆らった末路である悪魔達に恩恵が与えられるはずもなく、彼らは冷え切った夜の世界に熱をもたらすべく天使を狩ることを始めたのだ。神に作られた天使達の持つ核が星となって夜空に瞬いているなど誰が信じようか。
 もうずっと昔から、人の社会で天使と悪魔の攻防は続いていた。
 日が沈み、夜が明けるまで。
 夜は、イザークやアスランのように天使を狩る者が闇を切り裂き、反対に天使たちはそんな彼らを見張り排除する。人間が悪魔にそそのかれて堕ちるのも圧倒的に夜であるからだ。
「パトロールが人間にやられて星籍に入るなんてざまーない」
「大切な同僚だったわ」
 仲間を失った天使がため息をつく。
 防壁に守られた天使達の前線基地もやはりこの地上の都市にあった。パトロールをする実行部隊、情報を分析する部隊と実はかなりの数の天使が地上に降りている。表向きはなんの変哲もない建物でも、内部は悪魔達が破れない神の力で隠蔽された別空間になっている。
「六等星になったそうだよ」
夜空の星を見上げてマリューが呟く。
「あの星一つ一つが仲間達の墓標か」
フラガが返し、マリューが目を伏せる。
「どうして神は現れないのかしら」
 天使達は神が望んだとおり、地上の浄化を、世界の平和と秩序を頑ななまでに守っているのだ。それでも奇跡は起きない。今日も大天使が星になり、まだ生まれたての若い天使まで犠牲になった。


 まだ太陽が顔を出す前の暗い早朝。自転車で景気良く坂を下る青年がいた。彼の名はキラ。カレッジに通う18歳。この街で一番高いビルを過ぎればバイト先とは目と鼻の先で、通り過ぎる車の少ない信号を待つ時間が惜しい。
 あー、時間がないって言うのに。
 少し焦ってペダルを強く踏みしめた時、視界が僅かに横滑りする。
 なんだっ?
 信号が青に変わったのを呆然と見送って、自らに起こった不可解な現象を何か引き寄せられるような・・・と認識して、鈴がなるような微かな流れるような耳鳴りが一瞬頭に響いた。
 キラが自転車の上で固まっている背後のビルの屋上には、未だ佇むアスランがいた。

続く。予定は未定。

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