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Sound of Hatching

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匿名ユーザー

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 楽観的に平和を唱えるなど子供の理屈だと言った。
 理念なくば国が滅ぶとも言った。

 戦争という殺し合いの果てに世界が平和になるかと言えば、答えはノーである。国土と国民を前にして理念を貫けるかどうかと言えば、こちらも答えはノーと言える。誰一人国民のいない焼けた土地で理念を叫ぶただ1人の王の言葉を、誰が聞くというのだろう。
 垣間見た平和は泡沫の夢。しかし、人にとって争いのない世界は捨てられぬ夢。理想と現実の境界線がどの辺りにあるのか、誰にも本当は分からないのかも知れない。

 本当は何と戦うべきなのかと問い、今来た道を振り返える。累々と積み重なる屍はナチュラルもコーディネーターも関係なく、ただ物言わず横たわっている。切れてしまったの彼らの人生を嘆き悲しみ、手を下したものに対する憎しみで人はまた立ち上がり屍だけが増えてゆく。
 敵か味方か。任務だと命じられるままに手を血に染める兵士達。大儀の元に誇りと名誉を胸に死地へと向かう大軍の中の1人。
 古来から続く慣わしとして、それが戦争終結への道だと、平和への道だと疑わなかった。

 きっかけは少年と少女2人。誰よりも強い力を持つ少年と、誰よりも清らかな心を持つ少女が指し示す道。誰よりも純粋な心を持つ少女が背中を押す道。
 振り返り歩んできた道の愚かさを恥じて、その道が間違いではないと進む。
 例え、彼らに見えていた光の道が見えなくとも、その道の果てには平和があった。

 しかし、思い描いた安息の地で、瞬きのうちに平和は破られた。苦しみと悲しみを癒せるのは時間だけだと、いつか誰かが言ったように、突然の死に動かぬ屍を抱いて泣き叫ぶ者の慟哭がまた争いを呼び寄せる。
 道は絶えることなく続き、終りなどなく。
 指し示された道の先にある無限に広がる白地図に、愕然として歩んできた道を振り返る。争いの歴史が繰り返されるように、そこは前に、来た道を振り返った場所。
 今はもう、前に光る小道はない。

 少年と少女2人。彼らともはぐれてしまった。
 遠くで呼ぶ声がぱたりとやみ、真っ白な世界が眼前に広がって包み込む。前にも後にも道はなく、希望を叫び、死を嘆く声に為す術はない。世界にみちる様々な声に白い世界はあっという間に混濁した。強者が弱者を食み、怨嗟の声が満ちるたびに亀裂が走り、光が浮かぶ度に震える。
 本当の世界はこんなにも力弱く、混迷し、不安定だった。
 道などどこにも見つからない。

 僅かな明かりを頼りに踏み出せば、ギシギシと音を立てて背後が崩れていく。走りだそうにも行く先は見えず、方向さえ定まらない。ただ、沈まぬように歩くのが精一杯。
 遠くで「走れ!」と誰かが叫ぶ。
 掲げられた光が垣間見えても、薄膜を隔てた世界の外にあっては翼を持たぬ人は行きようがなかった。夢にまで見た約束の地は霞み、ただ世界の果てに向かって歩きつづける。

 それは新たに開拓した道か、かつて辿った道か。
 誰かが通った道かも知れないけれど、様々な色で塗りつぶされた地面ではそれは分からない。
 まだ見ぬ地を探す人々もただ歩き、嘆きに暮れながら歩きつづける。隣には、怒りながら歩く人、後には笑いながら歩く人。
 世界は歩きつづけた人、今も歩きつづける人で、できている。


少年の孵化する音。世界が万人に厳しくあればいい。

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