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エンジェルスレイヤー 05

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匿名ユーザー

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 あの夜、初めて見た特別な色のエアパトが幾分埃の落ち着いたビルの谷間に滑り出す。マリューの運転で、キラはその助手席に乗った。慌てて駆け寄ったフラガを振り切って彼女は手を振る。
「大丈夫よ、ちょっと現場見学に行くだけだから」
 キラはフラガを上から見る羽目になっていきなり不安になった。
「本当にいいんですか?」
「私だって運転くらいできるわ」
 運転ね。
 どこか頼りないドライビングに、早くも選択を誤ったのではとキラは思う。セブンスフォースが交通事故だなんて情けなさ過ぎてネタにもならない。第一、天使のくせに交通事故はないだろうと思い当たった。
「あの、聞いてもいいですか?」
「何っ? 手短に頼むわね」
 運転に全神経を集中している彼女は、キラを見もしない。爆破直後に比べたら視界は回復していたがそれでもまだクリアとは言いがたい情況で、確かに慎重に運転しなければならないだろう。だからと言って、そんなに肩に力を入れなくてもいいのにと思う。
「マリューさん達は、その、天使なんですよね」
「そうよ。よく知っているわね」
 皆、知っているよ。存在を信じられないだけで。
「どうして、こんなエアビーグルに乗っているんですか?」
 シグナルで止まって、初めてマリューがキラを視界に入れた。 
「私達は飛べるけど、皆が皆、飛び回っていたら怪しまれるでしょ?」
「確かに。狙い撃ちされますもんね」
 動き出したエアパトにキラはこっそりため息をついた。
 こんなバレバレのエアビーグルで、律儀に信号で止まるってどういう事なんだよ、と。


 その夜もアスランは、屋上で肩に鳥型のペットロボットを乗せて街を見下ろしていた。
 特に決まりはないが日課のようなもので、気が向いたら街に降り、気が乗らなかったら帰る。しかし、その夜は確かに気が乗らなかったのに帰ることはなかった。彼の視界には、崩落を続けるビルと巻き上がる埃と煙によって覆われた夜空が映っていた。
 緊急車両で付近は赤いライトで埋まり、飛び回る報道関係のエアビーグル。更に上空を行くのはエアパトで天使たちが現場に群がっている。そして、夜空から天使の一団が降りてきていた。
「この非常事態にセブンスフォースが呼んだのか」
 一団の一部が分かれてこちらにやって来るのを認めて、彼はさらに不機嫌になった。相手をするのが嫌ならさっさと帰ればいいものを、俺も存外に好戦的なんだなと自嘲する。
「お前は帰っていた方がいいね・・・」
 彼の呟きは上空にあって彼を見下ろす天使たちには聞こえなかったようだ。パサリと軽い羽音を立てて夜の街に消える金属の鳥に目も止めずに、また一体、一体とビルの屋上に降りて実体化する。ただ平然とその様子を見るアスランに、隊長らしき天使が前に進み出て彼を見据えて足を止めた。
「貴様、どうしてこんな所にいる」
「この惨事を見ていちゃ悪いのか」
その瞳はあくまで無表情で、目のいい天使のことだから彼の玲瓏ぶりがよく分かった事だろう。
「名前は? 市民番号を聞かせてもらおうか」
声を荒らげるのは天使の方で、彼は淡々と返答する。
「その問いに、答える義務はないと思うが」
「見て分からないのか?」
さも自分は警察だ、天使だと存在を誇示する。
「だから何だ。たかが天使だろう?」
 初めて見せた表情は酷薄な笑みで、天使の隊長が動くよりも早く、彼の手が纏ったばかりの仮初の肉体を貫いていた。エンジェルコアを手にしたまま、ワンステップで宙に踊り出る。漫然と事態を見る天使達の目には、アスランが宙返りをしてそのまま消えたように見えただろう。一瞬の出来事に慌てて屋上から落ちた彼を追う天使達。
「正気かっ!」
 80階分を逆さまに落ちながら、アスランは手にしたエンジェルコアを両手で持ち直して、一呼吸置いて夜空に放った。ゆらゆらと登っていくエンジェルコアを追う天使たちが捕獲したとしても、今日の所はそれでもよかった。そして、そのまま落下し続けた。
 悪魔は空を飛べない。堕ちた瞬間に地上に縫い付けられてしまうから、地上に落ちた影に住まうほかなかった。彼らにできるのは契約した人間に超人的な力を与える事のみ。そして、人間は元から空を飛べない。
 アスランは各地の渋滞のために著しく交通量の多い空路に突っ込む。
 降下して追う天使達は上空からにビルの谷間に消える光景を見下ろすだけだった。


 あ~、本当に危なかったしいなあ。前に何かいないと走れないんだな。
 キラは相変わらずハンドルに噛り付くようにして運転するマリューを横目に窓の外を見る。煙や埃に阻まれた視界も今は1ブロック先まで見通せる。それなのに頼みの運転手はすぐ前のエアバスのテールランプを食い入るように見ている。
「混んでますね・・・」
 数珠繋ぎのエアウェイではテールランプとライトがリボンのように連なっている。それがビルとビルの間を縫うように広がり、まるで血管のようだった。上の空路に上がった時のふと下を覗き込んでの自分の想像に、大動脈という例えを思い出す。
 目と鼻の先の崩落現場に向かうのにあちこち通行止めで、右へ左へ、上へ下へと随分と遠回りする羽目になっている。
 うわ、これじゃ思いっきり反対方向だよ。目的地は後なのに。
 ばれないようにこっそりため息をついて、サイドガラスに肘を付く。前を行くエアビーグルの列の向こうに市中心部の超高層ビル群が見える。
「なんだっ!?」
 前方で一つ上の空路から急降下して衝突するエアバス。急降下というよりは叩きつけられるようにエアバスは路線に突っ込み、下にいたエアビーグル2台が巻き込まれる。
 弾みで次々とエアビーグルやエアバスが衝突している。
「やだ、事故?!」
「避けてっ」
 意外と出ているスピードに迫る事故車両。
 思わず手の出たキラの手がハンドルを大きく切った。
 渋滞時にありがちな追突事故に、前方を注視して車線を移るが如何せんマリューの運転である。玉突き事故現場を回避し損ねて変に蛇行して事故現場すれすれを進む。
 切り抜けられたと思ったのもつかの間、ガコンと言う衝撃の後、エアパトは重心を左にずらす。
「うわぁっ」
「なにっ? ナニッ?」
 慌ててパネルを操作するマリュー。
「どこかぶつけたっ?」
 うまく避けられたと思ったのに?
 キラもマリューが操作する損傷チェックを見ていたが異常は見当たらない。それでも崩れたバランスに窓を開けた。
「ちょっとキラ君! 危ないわっ」
 最初何かの積荷だと思ったそれは、ビルの窓に映った姿を見て人だと知った。
「マリューさん。あれっ見てっ!」
 夜の街を映すガラス張りのビルには、エアパトとそれにぶら下がる人間を映していた。足をかけるスキットを腕一本で掴んで、コートの裾を無下に広げている。
 あれ・・・って。
 見覚えのある背格好が、連続する全面ガラス張りのファッションビルにフィルムのコマ送りように映る。しかも、斜め後方に見える数台のエアビーグル付きで。
 うそっ。どうしてアスランがこんな。
「まさかっ、あれは・・・」
 チラリと問題の人物を見て、両手でマリューがハンドルを握りなおす。キラは後を振り返り、エアパトの下を覗き込んで彼の生存を確認してまた後との距離を測る。
「このままじゃ追いつかれる」
「貴方っどっちの味方なの?」
「勿論、天使の味方ですよっ!」
 即答するキラにマリューは声を大きくして言った。
「追ってきているのは味方よっ。彼は―――」
 言いよどむマリューに後ばかりを見ていたキラが顔を戻した先には、黄色いキープアウトの標識が山のように浮かんでいて。
「マリューさん。前、前っ!」
 ビルの谷間を渋滞を飛び越え、交通放法規を無視して飛びつづけるエアパトに、これが役得などと感心する余裕はなかった。眼前に迫るのは崩壊寸前の炎上するビル。このまま行けば激突は間違い無しで、無論、エアパトにぶら下がる彼などはひとたまりもないわけで、キラは横合いから思いっきりハンドルを切ったのだが。
 間に合わない。
 二人の乗ったエアパトは火花を散らして腹を擦ってビルを上に駆け上がる。振動で手を離しそうになり、未だ上がる煙にむせてエアパトは本来向かうはずだったテロ現場を切り抜けた。 辛うじて飛ぶエアパトに彼はいなかった。


 落下の際の衝撃に耐えた身体も、ビルに叩きつけられ、割れたガラスの上をオフィスの家具を倒しながら、何度も転がればさすがに呻き声の一つもあげたくなる。
 勢いが消えるまで転がり続け、どうにか腕をついて身体を起こす。身体の上に覆い被さったファイルががさがさと床に落ちる。
「どうしたものか」
 ビルの外には追手の天使たちの気配。
 威嚇無しに放たれた光に、再度床を転がった。運良く階段を見つけて駆け上がる。充満する鉄の溶ける匂いに、このビルがテロにあった天使たちの次の居城だと知った。
 足音もなく近寄り、またも光線が放たれる。彼は足で登るのに天使たちは飛んで距離を詰める。
 拘束する気はないってことか。
 壁に当たって嫌な臭いと音を立てる。
 崩れた天井にふさがれた階段を捨てて、フロアに出た。標識を見ればそこは53階。火の手は一つ上の階で上がっているらしい。かなりの熱風が流れ込んできて、ビルの中にいるのに彼の髪とコートを揺らす。やがてに熱に耐え切れなくなって、天井、壁、床と次々陥没する。
 ああ、下に逃げればよかったのか。
 急に開けた視界に煙が広がって、風が一吹きして炎も煙も止んだ。
「お前がアスランとやらだな」
 微かに見える夜空を背景にパワーズ30体が彼を見下ろしていた。ビルの屋上にいたアスランを襲った部隊の本隊がいた。
「そうだと言ったら?」
 存在を完全に失念していた事に舌打ちした。
「大人しく投降すればよし、さもなくは処分させてもらう」
「悪魔を引きずり出して、俺を浄化すると?」
「お前の魂の転生には時間がかかるだろうが、心配するな。そこは寛容だ、魂ごと消滅させることはない」
 いつも地上にいる天使とは明らかに違う戦闘的な格好をして、銃器を構えている。見たことのない新型の兵器に、苦笑いする。
 今日は気が乗らないはずだったのに、いつもより多いじゃないか。
「一個中隊という言った所か」
 俺をマークするくらいだから天使達も暇なのだろう。そんな体たらくだから、ビルを崩壊され、何万人と巻き添えにするようなテロも防げない。
「貴様、抵抗するするつもりか?」
「夜空を飾るには足りないが、足しにはなるだろう。・・・ウロボロス」
 右手に現れる細長い円錐形の槍。
「スピットブレイク」
 左手にも同じ形状の黒いランスが出現した。しかし天使達にはそれを捕らえる事ができないのか「半径1キロに閉鎖空間発生させます!」だの「隊長! 高エネルギーフィールドが発生!」と戦闘準備と情況分析を始める。今すぐにでも攻撃を仕掛けるべきだったのに、彼らは僅かな勝機を失った。
「気をつけろ。あれも悪魔の力かもしれん!」
 陣形を崩さず距離を取る天使たちを見上げて、アスランは呟いた。
「光栄に思えよ。パワーズごときに俺の槍は過ぎた恩寵だ」
 言葉と共に前列の天使が消し飛んだ。フレアを残すまもなく。ゆらゆらと登っていくエンジェルコアを呆然と見つめる指揮官。彼の目には腕一本動かしていないように見えただろう。
 後退の指示を出す間も無くパワーズの中隊は消滅していた。漣がアスランを中心に空気中を走る。天使達は仮初の体が受けたダメージを自覚することなく、彼の振るう槍の軌跡などそれこそ知覚できもせず散った。
 ただ、雷光と風の刃が竜巻のように起こっただけに過ぎない。遠めに見ればようやく収まったテロ現場で再度爆発が起こったようにしか見えなかっただろう。
 その中心に立つ彼は事もなく、夜空に消えるパワーズ達のエンジェル・コアを見上げた。
 不意に曇る表情。
 パワーズの援軍の中にさっきまで自身がぶら下がっていたエアパトを見つけたのだ。塗装はあちこちはがれ、まっすぐ飛べないボロボロのエアビーグル。窓のシールドも機能していないのか、キャビンが丸見えだった。
 ・・・キラ?
 どうしてセブンスフォースとそこにいる?


 アスラン? どうしてそんな所に?
 その手に持っているのは何?
「こんな・・・こんな時を狙うなんて、なんて神経しているの? 彼はっ!」
 ハンドルに顔を埋めるマリューの言葉がキラの頭を右から左に抜けていく。上空で合流した後続部隊と共に爆破テロのあったビルに到着したのに、先遣隊も別働隊もいない。変わりにいたのは黒いコートの青年。不自然な空気の揺らぎ。波紋が広がる。
 来るっ!?
「貸してっ!」
 マリューを押しのけて、座席に身体を滑り込ませる。強引にアクセスペダルに足をかけて、迫る歪みの端を探した。空間の切れ目に走る黒い稲妻を捕らえて、片手でステアリングを握り、アクセルを全開にする。逆方向から迫る二つ目の稲妻がエアパトのアンテナを霞めて、左手でギアを操作するキラの目の前に崩れたビルの壁面。
 やはり微動だにしないアスランがキラの瞳に映る。
 右手の槍でなぎ払う仕草がハエでも追い払うように何でもないものだった。キラの耳に届く後からの衝撃波。振り返って目を見開けば、残っていた天使の部隊が上空から降ってきた赤い光線に貫かれていた。
 必死にパネルを制御して姿勢を制御するキラがアスランの視線が逸れた事に気づき、避けたはずの黒い稲妻が左右から迫るのを見た。上に突き上げられ、後部座席が切断され、振り下ろされた黒い雷光に吹き飛ばされる。
「うわぁぁぁっ」
 どうすることもできなくて、両手でステアリングを握るだけだった。


 気が付いて周囲を見回したキラが見たものは、いくつものエンジェルコアを夜空に放つアスランの後姿だった。燻る廃墟に立ち、無数の星が漆黒の天に上るのを見送っている。
「アス―――」
「動かないで!」
銃を構えるマリューがいた。狙いはしっかり定めてあるのに、こんなに頼りないのはなぜだろう。
「彼はエンジェル・スレイヤーよっ!」
「っ!」
「見ていなかったの? たった今、あれだけの天使を消したじゃないのっ」
「だって、彼はあの時、追われていた僕を助けてくれたんだ」
「そのエンジェル・コアは、キラ君の手を離れた後、彼が奪っていったわっ! 私の部下を道ずれにしてね・・・」
 キラはアスランの背中から目を離せない。彼の手から、最後のエンジェルコアが上っていく。
「嘘だよね。アスラン、君はスレイヤーからエンジェルコアを守ってくれたんだよね」
 悪い予感がする。いや、これは予感じゃなくて確信。
 次に彼が口にする言葉はきっと僕を裏切る。
 振り返って、初めて会った時と同じ顔で、冷たい言葉を吐く。
「無能な天使のスピリッツなど、星になるのがちょうどいいだろ?」
「・・・無能って?!」
 マリューさん、天使なのに睨み付けてるよ。うん、黙っていられるわけないよね。
 今まで会ったどの天使よりずっと天使らしいのに、僕を騙していたんだ。僕が追われていた理由なんて宣告承知だったんだ。
 だって彼は天使を狩るエンジェルスレイヤー。あんなにいた天使を一瞬で消す程の。
「無能だろう。このテロの惨劇を見てもまだ分からないのか?」
 なのにその力を天使を消す事になんか使うんだ。キラは腹の底から湧き返る感情を視線に込めてアスランを見た。
「それは、君達スレイヤーがテロを起こしたからじゃないかっ!」
 どうして彼を天使だと思ったのだろう。黒いロングコートに身を包んで、髪は夜空と同化できそうな濃い藍色。白い顔に浮かぶ瞳は無機質は緑色で。
「地上は天使と悪魔の戦場だ。止められなかった天使が悪い」
 キラの心情など預かり知らぬアスランは裏切りの言葉を吐きつづける。
「今や地上は、祝福の地から最も遠き場所。掃き溜めだ」
「そんなことはないっ! この街で生きている人たちだっていっぱいいるんだ。君だってそうじゃないか、それを掃き溜めだなんて。確かに、殺人事件は毎日起こるし、天使を殺そうとする人間だっているよ。だから何をしたっていいの? 天使を狩ったり、街の人を大勢巻き込んだり」
 言ってから気づく言葉をぶつけた彼の違和感も、今は怒りが勝る。二人の空間は固まり、言葉が振動となって満ちる。目を瞑っていたアスランが目を開ける。
「僕が絶対に守ってみせる」
「・・・そう」
 どうして、そんな顔をして笑う?
 意気込むキラとは反対にアスランは静かにその宣言を聞いていた。少し寂しそうに肯定も否定もせず微かに笑う。遠くでサイレンが響き、黒い突風が駆け抜けると、彼は二人の前から姿を消した。爆破テロ現場に残されたキラとマリュー。
「マリューさん、僕、見習いでいいって言いましたよね」
「えっ? ええ、そうね」
 アスランが消えた夜の街を見たままキラは言った。
「セブンスフォースの一員にして下さい」

ようやく「起」の部分が終わりました。これでようやく三つ巴のイザーク対アスラン、キラ対イザーク、キラ対アスランが成立。ちょっとあからさまな感じもしますが、こうでもしないとキラとアスランが敵対関係にならないので、ふう。本当は今回だけで2話分のカウントをしたのだけど、内容的に一回分だよなあ・・・と無理やり一回になりました。またしてもちょくちょく修正が入ると思います。

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