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 ふらつく足元が急に崩れ落ちる。あと少しでベッドと言うところで膝を付き、辛うじて上半身をベッドの端にのせる。両手でシーツを掴んで、ずり落ちそうになる身体を支えようとするが、手足の先から沸き起こる寒気に入れたそばから力が抜けていく。
 反対に身体の奥から沸きあがる感覚に拳を握って耐える。気を抜けば全身を支配される感覚に頭の奥のどこかが歓喜し、浅い息が短く繰り返される。
 少し損傷が激しいだけだ。まだ・・・大丈夫。まだ、耐えられる。
 襟口から覗く首元、握り締められた拳の付け根が墨を引いたように亀裂が走っていた。肌の上を波打って広がる闇の前にアスランは瞳を閉じる。隣の部屋からヴィジホンのコール音がいつまでも続いていた。


 クロスのされていないテーブルにはいくつもの染みや傷が残り、木目もすっかり擦り切れている。店内は暗く、壁の模様など到底見ることは叶わない。テーブルにつく人影がいくつあるのかさえ、頭をめぐらせても分かるかどうか。最もこんな場末の飲み屋に来て、そんな無粋な事をする奴はない。
 珍しく両手でグラスを掴んで、薄汚れたテーブルを凝視する。考えるのは今後の事ばかりだ。ため息を付いたかと思えば、口元をぎゅっと引き結んで、グラスの水滴を睨みつける。らしくないイザークの態度に、マスターのアデスも珍しそうにカウンターの奥から視線を飛ばすが特に何も言いはしない。
 どうする。
 声に出して言いはしないが、まさにイザークの頭の中はこの言葉で埋め尽くされていた。
 原因が分かっているのでニコルも静かに、ちょっぴり苦いジュースを飲む。助けられてこのアデスの店に落ち着いて開口一番、ニコルがイザークに礼を言った。約束だからと軽く答えた時はまだ普通だった。しかし、まる一日経過するうちに、イザークのテンションは下がりつづけた。
「でも、セキュリティは作動していなかったんですよね」
「ああ」
 カランと氷が揺れる。
「今もよ、指名手配の情報だってネットで流れてねえんだろ」
「ああ」
 反対側のスツールに座るディアッカが肘を浮いてイザークを見る。
「なら、まあ、きっと大丈夫さ」
「お前が言ってもあてにならん。大体、ニコル、お前だって情況は同じだ」
 カウンターのテーブルにうなだれた男が三人、心気臭い話をしている。犯罪者が官警の手が伸びているかどうか後を振り返って怯えている、話の内容を言えばこうだ。
「事態が動くまでは、こっちも手の打ちようがないんですから、今は前代未聞のセブンスフォースの根城からの帰還を喜びましょうよ」
 しかし彼らに限って言えば、怯えているという表現は当てはまらず、図太くもう大丈夫だろうと構えている。
「手配情報が配信されてからでは遅いんだぞ」
一人、首謀者だけが用心深く構えているのだが、仲間はそうでもなかった。
「まずは傷の手当てをしましょう」
「お前らもちょっとは危機感を持てっ!」
 少々汚れたコートを脱いで、傷を検分するニコルに腕を差し出す様子からイザークも現在の情況を分かってはいるのだろう。ただ、事態の大きさに気持ちの整理がつかないのだ。天使の居城から逃げ出したエンジェルスレイヤーなど、未だかつで存在しない。
 左腕を10センチ程の切り傷が走っている。深さはないのか既に血で固まっていた。ニコルが簡単にアルコールで汚れをふき取って治療は完了した。あまりのそっけなさにディアッカが抗議する。
「おいおい、それで終りか?」
「こんな傷、2・3日で直る」
「そうです、自然治癒ってやつですよ」
 お決まりの肩を竦めるポーズをしてディアッカが空になったグラスを差し出した。マスターが何も言わずに、新しいグラスを前に置く。一口含むディアッカがイザークとニコルを羨ましそうに見る。
「ホント、人間ってたくましいよなあ」


 長い一夜が明けて、キラはその日カレッジを自主休学した。与えられたデスクにうつ伏せになって寝る。寝てるつもりで身体が休息を求めていても、頭が休む事を拒む。
『悪魔と契約したらあんなこともできるの?』
『分からないわ。けど、彼はもしかしたら、いえ、そんなこと有り得ないのよ』
 あの時、マリューさんはなんと言おうとしたのだろう。先を聞きたくて、でも聞きたくない気持ちもあって、疲れたことを口実にこうして机に突っ伏している。街の協力者が集まるこの部屋は比較的平穏だったが、天使達は朝からビル内を駆け回っていた。昨夜の後始末に負われているだけではないと知ったのは、ようやく意識がもたげかけた昼過ぎだった。
 女性がキラの机の前に睨むように立っていたのだ。
「お前がキラ・ヤマトか」
 何、何、この人。って、天使?
 いきなり過ぎて返事もできずに、中途半端に身体を起こしながらじっと見つめてしまった。それがどうやら睨んでいると取られたらしい。キッと目が鋭くなって、怒鳴られる瞬間を覚悟した。
「ナタルっ! こんな所にいたのね。探したわっ」
 マリューの思わぬ声に、目の前の女性天使が横を向く。部屋の入り口には急いで駆けつけてきたらしいマリューがいて、ナタルと呼ばれた天使が敬礼をする。


「彼女はナタル。地上に降りた大天使を統括する天宮のドミニオンで、私達の上官になるわ」
 キラはブリーフィングルームで他のセブンスフォースの隊員と共に新たに地上に降りてきた天使の紹介を聞く羽目になっていた。マリューやフラガは階級で言うと実は下から二つ目の第8階級、大天使・アークエンジェルに当たる。今、紹介された彼女はその上の第4階級の主天使・ドミニオン。
 マリューが上長であるナタルにわりと親しげに話をするのは、マリューがナタルの指導官だかららしい。天使は生まれた時のスピリッツの格でランクが決まり、成長しない。それでも、生まれて当初からバリバリ仕事ができるわけではないので、初めは教官の下について世の仕組みを学ぶ。ナタルにとってマリューがそれだったと言うわけである。
「ナタルだ。今回、新兵器の投入の指揮を執るために地上に降下し、君達と共に作戦にあたる事になった」
 マリューに指導と受けたとは思えない、ビシッとした態度で説明をするナタルをキラは見上げる。きつい容貌ではあるが、一般の天使とは違うオーラを確かに感じる。仮初の姿であっても違和感なく女性であると意識できるのも、上級である証拠。
「聞いているのか、キラ・ヤマト」
「えっ、はっ、はい」
 疑いの視線を寄越されて、慌てて居住まいを正す。
 じろじろ見ているのがバレたのかな。
 度重なる地上の失態に、ついに天宮は開発されたばかりの新兵器を投入する事にしたらしいと、説明を聞くキラは画面に映される新兵器・ローエングリンを見る。巨大な砲台で巨大なリングを空に発生させ、悪魔の潜む影を分離蒸発させる兵器。キラの持つアグニを広範囲にわたって作動させる新兵器。
 あんなにでかくて、大丈夫なんだろうか?
 数人掛かりで運び、始動も遅そうだ。スレイヤー達のあのスピードに敵うのだろうか?
「何か言いたそうだな? 鈍重だと言いたいのだろう」
 マリューに劣らず、ナタルという主天使もかなり人間の思っていることを当てるのがうまいらしい。キラは心で思っていた疑問を当てられて口にすべきかどうか迷う。
「ええ、彼らはかなりのスピードを持っていますから」
「それには及ばない。天使達数体で宙に設置するものだ、スピードを持ってしても届きはしない」
 しかし、それではあまりに標的から遠すぎはしないか? とキラに限らず疑問に思ったのだろう。フラガがナタルに誰を狙うつもりなのかと尋ねる。
「悪魔が潜む影は通常の影とは違う。この濃さの違いを利用して砲撃する。よって、悪魔と契約した人間全てが標的となる」
「そんな無差別に、もし、地上の人間達に影響が出たら・・・」
 毅然と言い放ったナタルと、動揺を隠せないマリュー。この都市に一体どれだけの人間がいるのか分かって言っているのだろうか。影響はないと言っても、アグニのように防がれてしまう事だってあるのだ。キラは眉をしかめる。
 天使達だって全て把握しているわけじゃないのに。
 しかし、ナタルは部屋の空気の悪さなど関係ないとばかりに言葉を続ける。
「それと言うのも、ギルドの幹部は逃し、エンジェルスレイヤーに本部から逃走されるだだの。これ以上の失態を見過ごす事はできないと、天宮が判断したに他ならない。第一回砲撃を一週間後に行う」
 これには確かにセブンスフォースの誰もが反論できなかった。天宮から緊急報告があったギルド幹部来訪に対処できなかったのは確かだ。キラ達には詳しいことは知らされていなかったが、天宮の本部ではギルドの不穏な動きを察知しているのだろう。なのに、先手を打とうとして先を越された。焦った天宮が送り込んだのがローエングリンと言うわけだ。
 何を掴んでいるんだ?
 キラは自然とナタルを探るような視線で見上げていた。


 5日ぶりとなるカレッジで、キラは友人達から不信の眼差しを向けられた。今まで無断で欠席したことのないキラが5日も音信普通だったのだ。
「ついに彼女ができた・・・とか?」
 吐けとばかりに首を絞めるトールに降参の手を上げて、キラはバイト先でこき使われている事を話した。詳しいことは言えないが、とにかく大変だということを伝えたのだが。
「で、お前のぞっこんの相手ってどんなだ?」
「は?」
 おかしい。そういう話は一切していないのに、サイが突っ込む。きょとんとして意味が分からないと言った感のキラを見て、フレイとミリアリアが顔を見合わせて笑った。
「ライバル店にすっごい気になる奴がいて、そいつが気になって気になってしょうがないから、ずっとバイトに出ずっぱりだったって、聞こえたんだよ」
 トールがニヤニヤしながら脇をこずくには。
「で、どんな奴なんだよ。年上? 年下? 可愛い?」
 可愛いというより、すごく綺麗で・・・。
 キラは脳裏に浮かんだ姿に慌てて頭を振った。
「・・・格好いい」
「年上かあ~っ!」
「えっ、えっ!?」
 どうやら無意識に呟いていたらしく、4人に拠って集られて『翠の目で・・・』なんてしどろもどろに容姿を白状させられてしまっていた。片思いだと勝手に決め付けられて、これから顔を合わせるごとに進展具合を聞かれるのだろうと思うとウンザリする。だって、彼とは敵同士なのだ。仲が進展しようがない。
 冗談じゃないよ。
 はあ~と大きくため息をつく。
 こんなに能天気でいいのだろうか。天使達が、地上の悪魔たちを一掃しようと一大計画を練っていると言うのに。裏で悪魔達も何か仕掛けてこようとしているに違いないのに、この街はこんなに平和だ。この間までテロだなんだと騒いでいたのが懐かしい。
「みんな平和そうで羨ましいね」
「あら、キラ、知らないの?」
「対テロ条約。評議会で可決しただろう?」
 それは、都市間の人、物、資金の移動記録を共有して、テロリストの活動を制限することを目的とした条約。当然、経済界からは反発が出たが、背に腹は帰られないと言うことらしく、この5月都市もついに加盟することになったのだと言う。
「知らなかった、ナニ、ソレ」
「お前、彼女追っかけすぎ」
 トールの指摘にも、キラは上の空でしか答えられない。明日にもローエングリンの第1射が行われると言うのに。


 北17番街のボロビルの地下、相変わらず人影まばらなアデスの店内にイザーク達はまだ、たむろっていた。
「ディアッカも眠っちゃいましたし、いつまでこうしていても」
「うるさいぞ、ニコル。俺は眠いんだ」
 だったら家に帰って寝ればいいのに。とはニコルも言わない。やはりどうあってもイザークは確証が欲しいのだろう。眠いと言いつつ、カウンターでアルコールをあおり、気を利かせたマスターからサンドイッチをご馳走になり、ミネラルウォーターを飲むイザークがニコルの手の中のもに目を止める。
「ソレは何だ?」
「これですよ、ボアズで渡す約束だったパーツ」
 金色の小さな歯車。そんなものが? と聞こうものなら歯山の数が、巧妙なカーブが当時の流行で、と薀蓄を語りだすに違いないと、イザークはそれ以上聞くのを止めた。爆弾オタクのニコルとペットロボットのパーツについて話の合うアスランを想像することもできない。
 奴のおかげでこうして無事に帰還できてしまった。
 真昼のビル街で並んで歩いていたのがもうずっと過去のように頭に浮かぶ。
「礼を言いそびれてしまったな。近いうちに合えるといいが・・・」
 ニコルが歯車を掴んだまま、動きを止めてイザークを見る。
「どうしたんです、イザーク、急に。アスランに合いたいだなんてっ!」
「借りっぱなしというのは性に合わん」
 やけくそ気味に水をがぶ飲みするイザークが咳き込むのを見て、ニコルが笑う。テーブルに叩きつけられたグラスにマスターがまた水を並々と注いだ。時間超過も甚だしい二人に、もう閉店だからと追い出すような店ではなかった。



 時刻あわせから4時間。現在時刻21時00分。
 地上気温7度。上空気温1度。北北西の風、風速12。
 ローエングリン外輪展開完了。試射レベル修正コンマ25。
 観測部隊配置完了。第1観測地点から14地点まで準備完了。
 天使の居城の屋上に設置された発令所に待機するナタルの元に続々と報告が寄せられる。
「ローエングリン発射10分前」
 ナタルが引き連れてきた天使の別部隊が今は都市の上空に溢れていた。キラを初めとするセブンスフォースも地上部隊の一員として今回の作戦に組み込まれており、指定のビルの屋上でストライクに跨って、ローエングリン発砲後に観測地点を巡回する予定になっている。
 あれがローエングリン。
 上空に小さく見える点がローエングリン砲で、その周りに見えないがエネルギーを集積する外輪と呼ばれる機構が浮いている。それらを天使が空中で支え、地上からスレイヤーや悪魔達の脅威を排除する。
 作戦時間前にキラはカレッジで仕入れた対テロ条約について聞いてみた。結果は散々足る物で、歯牙にも掛からぬとはこのことだと思った。
 人間を信じていないのか。と、喉まで出かかった。もう何年も地上で悪魔と、エンジェルスレイヤーとなった人間達と対してきた天使達にはおいそれと人間を信じる事ができないのかも知れない。それが、無差別に地上の人を狙うなんて所まで来てしまった。
 なんだか、事態が悪くなるばかりだな。
 空に大きなリングが描かれるのを見つけて、この先どうなるのだろうと思った。地上の惨劇が始まるまであと少し。
「時間だな」
 隣にいるフラガの顔色もいいとは言えず、屋上に陣を構えたセブンスフォースの面々は手はずどおり夜の街の巡回に繰り出していく。キラはストライクに跨ったまま、同僚たちを見つめたまま動かない。ローエングリンに照らされれば影が分離され蒸発する。影がなくなれば悪魔と契約している人間は消える。散々アグニで同じ事をしてきたのに、言いようのない不快感ばかりが募る。アイドリングするエンジン音だけが響く。
「大丈夫。奴はあれで色々と規格外だから、こんな攻撃じゃやられやしねえって」
「誰の事、言っているんです?」
 どうして皆、僕がアスランの事をそんなに気にしてるって思うんだ。
 キラは顔を背けてスロットルを回す。
 いきなり全開になったエンジンがけたたましく音を上げてストライクがビルの谷間に飛び出した。ローエングリンの影響を受けるのは直接外に出ている者だけだから、屋内にいればやられない。キラは地上を行き交う人を見下ろしながら、影響を受けて影を無くす人を探す。一人、また一人と蒸発する影を見つけるたびに息が止まる。
 こんなっ。
 誰が誰だか分からないよ、これじゃ。
 街の人も隣人が突如もだえ苦しみ、炭となれば驚かずにはいられない。ニュースには早速第一報が流れることだろう。街頭の臨時ニュースのテロップに流れる、相次ぐの人間蒸発事件。やりきれなさを感じつつ、キラはエンジェルスレイヤーの数をカウントした。


 報告された数が多いのか少ないのかは判断できなかった。自分のデスクで、マリューがこっそり持ってきてくれたエンジェルスレイヤーのリストを上から順に目で追う。一通り目を通してホッと息をついた。
「よかった」
 この中にはいないみたいだ。
「そんなに心配なら、早く自分で捕らえることよ、キラ君」
 そうだよ、こんなのでやられてもらっちゃ困るんだよ。
 キラはマリューと同じようにマグカップを掴んだ。
「やけに嬉しそうだな、キラ・ヤマト、ご執心のエンジェルスレイヤーでもいたか?」
 ナタルという天使はマリューやフラガの上官だけあって、この建物の中を自由に闊歩している。近寄りがたいお堅い雰囲気に声を掛けるのは躊躇われるが、声を掛けられるとは思っていなかったキラも向こうから声を掛けられてびっくりした。しかも揃いも揃って皆言うことは同じ。
 そんなに僕がアスランを取り逃がした事を根に持っているとでも言いたいのか。
「違いますよ」
「・・・・・・お前がエンジェル・コアを運べるとか言う人間だな」
 唐突に聞かれた事柄に、そういうこともあったっけ、と思い出した。もともとキラがこの第7機動隊に籍を置くことになったのもそれが可能だったからなのだ。マリューを見れば、妙な照れ笑いをされて、もしかしたら適当な口実だったのではと疑いたくなる。
「そうですけど、何か? あれ、あと何回撃ったら終わるんですか」
「今までの戦績を拝見させてもらった。たいした成績だな、エースにとっては広範囲攻撃可能なローエングリンの投入は不満か?」
 雲行きの怪しさを感じ取ったマリューがナタルを連れて部屋から出て行こうとするが、ナタルもキラも一歩も引かなかった。
「心臓に悪いですよあれ。突然人間が蒸発するんですよ」
「悪魔と契約したら、それはもはや人間ではない」
 額に手を当ててため息を付くマリュー。
「これだけは言っておこう。我々にはもう後がないのだ。地上の自浄能力を待って入られない。まして人間の希望など当てにはできぬ」
 それじゃあ僕達のして来たことは無駄だって言うのか? 夜のパトロールも、ギルドの監視も。キラは背筋に駆け上がるものを感じ、声を上げようと息を吸ったところでマリューに遮られた。
「そうね、そうねナタル。その通りかも知れないわ。でもまだ神の・・・」
「いつまでそんなものを待っていればいい? あれは第4研究部門の妄想に過ぎない、貴方もご存知のはずだ、神は現れない」
「そうね・・・そうだといいわね」
 マリューとナタルの二人の会話にキラは口をつぐむ。
 神・・・?
 天使。悪魔。ただでさえも不確かなこの世にまだ意味不明な存在がいるのかと、半ば呆然と二人のやり取りを聞いていた。


 歩道のあちこちに張られたキープアウトの黄色いテープ。チョークで記された人型の跡。街はいつもと同じように見えて、どこか道行く人々は早足だった。壁を埋め尽くされたディスプレイに踊る異常な言葉にイザークは足を止めた。
 謎の人間蒸発事件。影が爆発!?
 一般の市民には馴染みのない単語でも、エンジェルスレイヤーには身に覚えがありすぎるフレーズだった。エアタクを待つ間、街頭で仕入れた使い捨てニュースパッドを斜め読みする。映りの悪い手のひらサイズのディスプレイには、昨夜の不可解な事件を推論を交えて報道していた。影が膨らんで爆発し、歩いていた人間が蒸発すると。それは都市のいたるところで見られ、確認されただけでも20人を超えると言う。警察当局は現在調査中を繰り替えずばかりで、捜査がさっぱり進んでいない実情を非難している。
 どういうことだ、これは。何があった。
 イザークがアデスの店に篭っている間に、多くのスレイヤー達が消されてしまったのは確かだった。今まで単独チームとのやりあいは合っても、小規模の小競り合いがせいぜいだったのが、いきなりのこの大攻勢。
 エアタクに乗って家路に付く間も、考えるのは天使達の方針転換とも言うべき無差別攻撃。 なぜこのタイミングで?
 まさか、俺達のせい・・・とは考えられんな。
 一瞬、自分とアスランの天使達の本部ビルからの脱走劇が引き金になったのかと思ったが、それは違うと思い直した。
 報復にしては大々的過ぎるしな。
 エアタクを乗り捨てて、誰もいない母子が住むにしては広すぎる自宅フロアーまで高速エレベータで一気に上がる。自室で待っていたのはニコルからの緊急連絡で、内容は言うまでもなく件の怪現象である。
『とにかく分かっているのは、これが天使達の仕業って事だけです』
 トレースを恐れて手短に話すニコルも、情報収集するためのヘッドセットをつけたまま画面に映っている。
『新兵器という情報が流れています。ストライクにやられた時と似てるって噂も。とにかく、注意するに越した事はありません。また何か掴んだら連絡しますから!』
 通信が切れた後、コートを着たままだったのを思い出して、ハンガーにかける。所々汚れた白いコートに目を細めて、それでも一応はハンガーにかけた。ため息をついて、ソファに深く沈みこむ。考えをまとめようと目を瞑れば、居間からヴィジホンのコールが響いた。
 母上か。
 イザークの身を心配したエザリアが、何度目かのコールにようやくイザークを捕まえ、画面に現れた母の様子にイザークは親不孝を詫びた。泣き叫んで、己の身を案じた事を口うるさく言うことはしない母が、それでも悲痛の面持ちを青い瞳に宿していたからだ。
 しかし、それをお首にも出さない母。直ぐに話題を変えると、疲れたイザークの精神を鞭打つような事を言った。
「貴方もそろそろ自覚してもいい頃だと思うの」
 触れられたくない話題に、イザークは僅かに目を逸らす。お互い顔を合わせているのだが、微妙にすれ違う視線にものともせず、エザリアは続ける。
「今週末の条約締結レセプションに貴方を連れて行くわ」
「お断りします」
 目を見開いて、殊更驚く素振りを見せる。それは母の常套手段で、イザークの予想の範囲内だった。天使達が不穏な動きをしているこの時期に、できれば目立つ行動は控えたいと言うのが本音で、更に言えば、市評議会の議員や大企業のトップが列席する会合に顔を出すなど疲れることこの上ない、のである。
「それでは貴方は私に一人で会場へ行けと言うのね」
「母上」
 妙齢の女性に一人でパーティに行って恥をかけとイザークは言ったも同然で、母親にこういわれてしまっては答えは一つしかない。
「分かりました。当日はエスコートさせていただきます」
「嬉しいわ。貴方に合わせたい女性がいるのよ」
 うれしそうな笑顔とは別に、何かを企む女性から視線を逸らす。
「母上、そういうお話はお断りしたはずですが」
「あらそう? 残念。でも、合わせたいのはお見合い相手だけではないのよ、条約締結のパーティだけれども各地の経済団も大勢出席するの。プラントの会長もいらっしゃるのよ」


 それがどうした。
 ぬるめのシャワーを浴びて、濡れた銀の髪を乾かす。母の嬉しそうな顔に、見事にしてやられたことを悔やむ。1週間も家を空けたのも敗因の一つだった。
 それというのも、あいつがわけのわからん事をするからだ。
 セブンスフォース本部のセキュリティを無効化するなど、普通、信じられるものか。 
「やはり、ひとこと言わんと気がすまんな」
 イザークは摩天楼の街並みに向かって呟いた。

簡潔に書くって目標はどこへ行ってしまったのか。話が進んでいないのに、文字数だけはがっちりと稼いでいます。話と話の合間って、書いていてつまらないです。それと言うのも面白い話を書く力がないからなんですが。こういうインターバルでさえもそれと気づかせずにうまく話を書けるようになりたいなあ~てね。がんばれ、イザーク。