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エンジェルスレイヤー 13

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 何もないように見えた荒野も、少し進めば建物の朽ちた残骸だとか、意味不明な金属の塊などがあってとても単調な荒野ではなかった。何よりも荒野は平坦ではなかった。地面は隆起しひび割れてクレパスがあちこちに亀裂をつくり、干上がった河が横たわる。申し訳程度に地表を追おう草と潅木を避けて地表すれすれを進む。
「おい、ニコル。後どれくらいなんだ?」
 小休憩をとる彼らは大きく傾いた看板の影に入って暑さを凌いでいた。イザークがニコルに聞いていることは正直もキラも知りたい事だった。
「そうですねえ、あと半時ってくらいです。もう少し行くと見えてくるはずですよ」
 道なき道に見えて、地図も確認せずに進んで既に半日。丘陵を登り始めて、オーバーヒート気味のエアバイクを冷却する傍ら、操縦者も休憩する。
「そうか。ならいい。エアバイクの燃料の事もあるしな」
「キラさん。これ飲みます?」
 差し出されたのはボトルに入った飲料水。喉から手が出るほど欲しいけれど、いきなり手を伸ばす事もできなくてキラは手を震わせる。
「あと少しとは言っても何が起こるか分からんぞ。水分は取っておけ」
「えっと、頂きます」
 自然とこのパーティのリーダーがイザークになっていて、特に何もしなくてもいいのでキラは楽だった。ニコルを乗せているのも彼だし、こうやって休憩を指示するのも彼だ。
「あの天使・・・最上級天使がなぜ」
 キラが水を飲む間、イザークがぼそりと呟く対象がなんなのかキラにも分かった。
 街が閉ざされる瞬間に天より降り立った、桃色の長い髪の6枚の羽根を持つ天使。
「やっぱアスラン狙いなんじゃねーの?」
「それにお前はなんだ。どうして昼間から出てこられる?!」
 お前と呼ばれたのは、イザークの影から出てきた悪魔。ディアッカと言うらしい。キラは初めて見た時と同様にしげしげと見つめてしまう。昼間から姿を実体化できる悪魔なんてありえない。
「説明しろっ、ディアッカ!」
「俺もよくわからないんだけどさ、アレを中途半端に食らったおかげかと・・・」
 アレ?
 全員が、キラもニコルもイザークも何の事か検討がつかないが、ディアッカが指で大きく頭上に円を描くと皆が『ああ~アレか』と頷いた。
「俺達悪魔は住んでる影がなくなると消滅するじゃん? でもそれって、悪魔が全く太陽光を受け付けないからなんだよね。アレって、強制的に影に光をいれて、過負荷で消滅させるってしくみなんだろ?」
 ディアッカがキラを見ていた。突然、同意を求められても、原理など知らないキラに答えようもなく、頭の中でローエングリンを思い描く。
「僕もローエングリンの仕組みは・・・」
「あれってローエングリンって言うんですね」
 どこかほのぼのしたニコルの声にかぶさるようにディアッカは説明する。えらく難しい言葉や難解な言い回しが、イザークやニコルと交わされていたのだが、話の輪に入っていけなかったキラは、単に耐性がついただけと結論づけた。3人の議論は既に違う話題に移っているらしく、受け取ったボトルを持ってでこぼこした地表を見つめた。雲が大地に所々染みを作っている。
 ってことは、アスランの契約している悪魔も光に耐性があるってことなのかな。
 キラは朝日を浴びて地中に消える姿や、いくつもローエングリン・リングが広がる中で天使達と攻防を広げる彼を思い出す。夕暮れの中で天使に連れ去られた時のあの姿。
「・・・と契約? そんな話は聞いたことないしなあ。まあ、俺らが知らない奴ってことじゃないのか」
「そんなはずはない。融合しかけたあの姿はただの悪魔じゃないだろう」
 耳が会話をキャッチする。
「確かに・・・どうあがいていも悪魔は飛べねえしなあ」
「堕ちた天使はその聖性を失うと言われているが、実際に堕天使に会って確かめたわけじゃないしな、奴の悪魔がそうだという保証もない」
 堕天使って・・・?
「まだ決め手はないってことか」
「そろそろ出発しましょうよ。アスランのことならきっとまた会えますって、お礼はその時まで取っておくってことでいいじゃないですか」
「お礼?」
 口をつぐんでいたキラもさすがに口に出していた。3人の視線が一斉に集中して、びっくりしてボトルを落としそうになって慌てて力を込める。イザークがにやりと笑ってエンジンをかける。
「余計なことを言うな、ニコル。ビルから逃走した時の話さ」
 ボトルをニコルに返して、つられてエンジンをかけるキラ。イザークとニコル、アスランが第7機動隊がいるビルから見事逃げおおせた事なんて、もう随分昔の事に思えた。砂埃を少し巻き上げて、エアバイクが持ち上がる。低い振動音と共に、2台は丘をまた登り始めた。振動音に違うものが混じり始めたのに最初に気づいたのはキラ。はっと顔を上げて、左右を確認する。その時には、イザークは銃を構えていて、ニコルが背負っていた袋の中をまさぐっていた。


「バクゥ!」
地面が小刻みに震えて、砂埃が上がっている。見え隠れするように肉食獣か、ライオンかヒョウか何かが頭をめぐらせたように見えた。
「何だそれはっ」
「都市風に言えば、悪魔ですよっ!!」
 こんなのが悪魔!
 暗い土色をした動き回る物体が地中から生えている。太陽が燦燦と降り注ぐ中で、土の破片を撒き散らす謎の物体。ニコルを除いて、キラもイザークも一瞬動きが止まる。あまりの勝手の違いにイザークが叫ぶ。
「あれが悪魔だとっ!」
「急所はあの岩塊に守られた首の付け根です、けど・・・」
 狙えるかっ、そんなところ。
 キラはその首の付け根を見て思った。硬い岩で鎧のように守られた顎の下は半端な重火器では太刀打ちできそうにない。その上、絶えず動き回っていて遠距離からも狙えそうにない。
 アグニの光線でも当てられるかどうか。
 とにかく動きを止めなければどうしようもなかった。それはイザークもニコルも同じで、むやみやたらに近づこうとはしなかった。しかし、相手は待ってはくれない。前足というのもなんだか、それを大きく上げて、地面に打ち付ける。続けて、口を大きく広げて煙のようなものを吐き出した。
 振動で浮いているはずのエアバイクが揺れる。地面に接触し、エンジンが嫌な音を立て、キラは慌てて高度を上げた。砂埃の中から出ると悪魔の全貌が見えた。
 まるで動物。地面につながれた猛獣だった。
 イザークあたりが見たら、おそらくそれをスフィンクスと読んだに違いない。
 これは・・・逃げるって選択もありかも知れないと思い、イザークのエアバイクを探した。煙の中、咳き込む二人は間違いなく悪魔の正面にいた。イザークの銃が悪魔に向かって放たれるが、土くれを弾き飛ばすのが精一杯。伸びる前足が煙の中のエアバイクを捕らえる。
 くそっ。
 見捨てられるわけ、ないじゃないか。駄目元と分かっていてアグニを放つ。青い光線が砂埃に消えて、もうもうと立ち上がる煙が爆発した。イザークとニコルを踏み潰そうとした足の土の装甲の亀裂に青い光線が命中していた。
 土の装甲さえ何とかなれば、アグニでなんとかなるかも。
 爆煙に混じってエアバイクが上昇してくる。でも、眼下の地表で蠢く悪魔の前足は既に復活していて、急所に当てなければ致命傷を与えられない事を知る。
「このまま行くと村が!」
 ニコルの叫びに丘の向こうに小さな集落が見えた。そこがニコルが目指した所なのだろう。悪魔の獣は一心不乱に丘陵を登り、そのうち村に辿り着くだろう。
「くそっ、どうする!?」
 歯軋りするイザークの姿に、熱い人物なんだと漠然と思った。よくよく考えれば一大事なのだが、言ったこともない外の村のことをこんなにも考えている。
「あっ、亀裂からアグニを当てればダメージを与えられるみたい、だけど」
「そういうことはもっと早く言えっ!!」
 それは、さっき、知ったんだよ、このオカッパ。
「ディアッカ、手を貸せ。俺が囮になってチャンスを作る。ついでに土の装甲も吹き飛ばしてやるから、お前はしっかり当てろよ」
 キラを一瞥してまた直ぐ煙の中に飛び込んだニコルとニケツするイザークのエアバイクを目で追って、キラは魔獣の動きを何一つもらすまいと睨んだ。
 持ち上がる前足。合図とばかりに最適な位置にストライクを回す。
 そらされる頭と首元に何発も打ち込まれる銃弾はハンドガンとは思えないほど力強くて、キラはアグニの引金を引いた。
 一直線に伸びる青い光線は首元に飲み込まれるように消えて、一瞬の間の後、バクゥは土くれと化した。盛大な砂埃がキラのストライクを越えて舞い上がる。魔獣とやりあいながら何時の間にか丘を登りきっていたそこから、切り立った崖の合間に慎ましやかに集う村が見渡せた。


「何もない所ですけど、ちょっと座っていて下さい」
 ニコルが出て行った後、キラとイザークはとりあえず立ち尽くした。
 崖に渡された縄はしごやつり橋、木で組まれた足場。それを行き交う村人は崖にへばりつくようにして立てられた小屋に住んでいた。都会の人と変わらない喧噪さで村人が走り回っている。
「妙に慌しいですね」
 怪訝そうに村の様子を伺うニコルに連れられた二人は、ニコルの小屋の下にエアバイクを置いてまず、ここに案内されたのだった。 
「座るってどこにだろ」
 なんか、すごい所だ。キラの初っ端の感想はまずそれで、街の再開発地区の廃ビルだってここまで原始的ではなかった用に思う。部屋の中の節々に文明の利器は見て取れるが、時代が違う。
「適当でいいさ」
 イザークが何かの毛で編まれたラグの上にどっかと腰を下ろす。肩肘をついて身体を後に倒し、足を組んで部屋を見回す姿はまるでどこかの女王のようだと思った。
 なんか、アスランとは違った意味で逐一、動作が様になる人だなあ。
 じろりと睨まれて、そそくさと腰をおろした頃、ニコルがお盆を片手に戻ってきた。なんと表したらいいのか分からない材質の入れ物に入っていたのはハチミツをずっと薄めた飲み物。
甘く喉を滑り落ちていく感触に肩の力が抜けた。
「これから・・・どうする・・・・・・」
 キラが聞けた義理ではないが、ここを追い出されでもしたら行く所がない。しかし、ニコルはにっこり笑って肩に向かって手を差し出した。
「その前にまずはそれの修理ですね」
 そこには昨晩からすっかり定位置になっていた鳥型のペットロボットが泊まっていた。『トリィ』と一声鳴いて、ばっと部屋の中に飛び上がる。2・3周して今度はキラの頭の上に泊まった。想像するとちょっと間抜けな姿にキラは慌ててトリィを手に乗せようとする。
「こら、トリィ」
「トリィって言うんですか。すっかりキラさんに懐いちゃったみたいですね」
 ニコルは荷物を漁って、ビニール袋と工具セットを取り出した。小さなビニール袋に入っていたのは小さな小さな歯車。軸にベアリングのついたものだった。
「本当は彼にやってもらうのがいいのでしょうけど、外の世界は環境がきついから今やっちゃった方がいいです」
 差し出された手に何を渡せばいいのか分かって、キラは手に乗っていたペットロボを渡した。何をされるのか察知したトリィが翼を広げようとしたので慌てて両手で押さえ込んでニコルに渡す。すばやく電源を切ると、動かないただの機械のペットロボットがいた。
 二人で覗き込んでトリィのパーツを交換するのにかなりの時間がかかっていた。もともとハード的なことが苦手なキラが役に立つわけでもなく、ばらしたボディを四苦八苦して元に戻した、というところだったのだ。電源をいれて『トリィ』と第一声を上げたことにどれほど安堵した事か。しかし、ニコルが同時に呟いた。
「本当はペットロボなんて外で飼うのは無理なんです」


「ニコル、父さん達に紹介してくれないのかい?」
「父さん、母さん! いらしてたんですか?!」
 沈んだニコルの表情は、小屋のドアを開けた男にぱっと明るくなった。入ってきたのはニコルと同じ髪の色をした男性と女性で、温和な表情の二人だった。ニコルに簡単に紹介されて、イザークに習ってキラも名乗った。
「キラです。キラ・ヤマトです」
「イザークさんにキラさんも、5月都市に比べてとんでもない所で驚いたでしょ?」
 服装も言葉も、そう街と変わらない。
「バクゥの襲撃があったばかりで無理かも知れないがな、ゆっくりしていきなさい」
「襲撃って、本当ですか!」
 いつも落ち着いて話すニコルが声を荒らげるものだから、キラは思わず中腰になったニコルを見た。安心を誘う優しい声で『追い払ったから、もう心配ない』と告げるニコルの母とニコルは雰囲気が良く似ていた。
「あなた達もとんだ時に居合わせたわね」
「後で長老の所に顔を出すようにな、ニコル」
 ニコルの両親はこの村や街に定住せず、街や村々を回って物資を運ぶ商売人らしい。都市間輸送は空路を使うのでそうそう出番はないが、点在する中間の村や町にはどうしても地上を行く商隊の出番がある。改造したエアトラックで都市で仕入れた品物を卸した町で、視察途中に悪魔に襲撃されるエザリアを助けたのだとか。
「その節はお世話になりました」
「ああ、そうだイザーク君。エザリア女史は無事に4月都市に着いたようだよ」
「そうですか・・・」
 あの銀髪の女性もなんとか街から逃げおおせたんだ。評議員だったのだし、当然と言えば当然だと、キラは一人納得する。
「5月都市がこんな事になってしまって、6月都市のようにならないといいのだけれど」
 ニコルの母がちょっとしたお菓子の入った皿を床に置く。テーブルだとかそういう洒落たものはこの部屋にはない。コップも皿も床に直置きである。顔を出しただけのニコルの両親が去るとキラ達はしばしの休憩を得た。長老に会えと言われていたニコルものんびりお菓子を食べ、いつのまにかうつらうつらしている。
 もう本当に大丈夫なのかと、一抹の不安を抱えながら、キラも眠りに誘われる。
 イザークは部屋の中の壁やら天井を眺め回し、終いにはぶつぶつ言いながら腰をおろしているラグの網目を掻き分けている始末。声をかける気にもならずにキラはうとうとし始めた。


 どれくらい眠っていたのかは分からない。日が暮れてはいない上に、どことなく疲れが残っているからそれほど眠れたわけではないらしい。
「さっ、長老に会いに行きましょう」
 キラはニコルにポンと肩を叩かれて昼寝から起こされていた。まだ醒め切らない頭でのろのろとニコルとイザークの後を付いて行く。一人とぼとぼと歩くキラとは反対にイザークの足取りは確かだった。
 寝なかったのかな。あれからずっと部屋の中を眺め回していのだろうか、変な人だ。
 ひび割れ、磨り減った木の渡し通路をいくつも辿って、崖の奥へと進むうちにあたりは暗くなって空には星の瞬きが見えるようになった。
「ちょっと挨拶するだけですから。キラさん、緊張してます?」
 いきなり話かけられて、びくんと肩を震わせてしまった。ただ星を見ていただけなのに、ニコルにいらぬ心配をかけてしまって、慌てて大丈夫と答える。よかったと笑うニコルは突き当たりで、丁寧に織り込まれた布を持ち上げて真っ暗な部屋へと入っていく。
 たった今、大丈夫と答えたキラはその暗さに少し入るのを躊躇する。背を屈めて暖簾を潜る要領で部屋の中に入る。
 部屋だと思ったそこは、崖の裏側、ニコルの部屋があったような崖に囲まれた空間、村の集会所と思われるところだった。勿論全くの暗闇でもなく、村人らしき人たちが頻繁に行き来している。大きく崩れた断崖を覗けば、特に変わったところはない。広場の中央には大きな火の手が上がっていて、数人が腰をおろしていた。直感的にそこに向かうのだと思ったキラは、先を行くニコルとの差を詰める。
「客人も座りなさい」
 年齢不詳。性別は多分、男。
 長老らしき人物に言われて、丸太を転がしただけの椅子に腰掛けた。薪の火が大きく爆ぜて、キラの頬を赤く照らす。
「お久しぶりです、長老」
「ニコルもな」
 ニコルが長老と挨拶を交わす間、不思議と落ち着いて火を見つめる事ができた。絶えず揺れ動いて、消えていく炎は街のネオンとは明らかに違った光だった。
「都市の中とは違うであろう、ここは。5月都市のことはなら聞いておる。また、天使達も思い切ったことをするものじゃ。6月都市で懲りておるはずなのにの」
 バチバチと爆ぜる火の粉を目で追って夜空を見上げる。キラは長老の独り言を漠然と聞き流しながら失礼にあたらない程度に、星を数えていた。
「あの時から時代は転機の時を迎えたのかもしれん。この道の先は上り坂か下り坂か、星を見上げる青年よ、どちらだと思うかね」
 どちらだと思うかね・・・?
 瞳に星を移したまま、一瞬固まり、キラは慌てて質問を反芻した。急に話を振られたせいか、ただ驚いた顔を向けてしまった。気が付けばニコルもイザークもキラの答えを待っている。
「星は天使達のなれの果てじゃが、わしらには夜の大切な道標でもある」
 そんなつもりで星を見ていたわけじゃないのに。
 キラは困惑した。長老の皺で半分隠れた瞳は黒く、焔とキラとを映してじっと答えを待っている。薪が爆ぜる音がキラの思考に吸い込まれそうな僅かな瞬間、長老は不意に言葉を紡ぐ。
「既にある昼と夜、天使と悪魔の存在を嘆いても何も始まらん。天使達は悪魔の非道を説き、悪魔は天使の独善を笑うがの、都市の外では天使も悪魔もないわい。ただ超然なる自然に負けまいと救世の伝説が語り継がれるだけじゃ」
 今日抜けてきたばかりの荒野で遭遇した岩塊の巨大な悪魔も、ここでは自然現象の一つに過ぎないのか。確かに見た目は既にキラの知っている悪魔とまるで違い、倒すべき悪と認識するのは少し難しい。
 天使や悪魔だってかなり自然を超越した存在なのだが、キラはそれを棚に上げてスケールの違う話だと感じていた。
「この地方に伝わる伝説だな。神の子が天と地を結びつけて脅威のない約束の地へと導いてくれるとか言う。都市の外には良くある類の伝説か・・・」
「信じている人なんていないですけどね」
 ニコルが苦笑して言えば、長老も笑いながら蒔きをくべる。ぱっと舞い上がる火の粉の果てに夜空と無数の星が瞬く。
「どう足掻いた所で、明日は巡ってくるからの。道探しはお前さんがた若いもんに任せてわしはそろそろ休むとするか。明日から忙しくなるだろうからの」
 のそりと立ち上がる長老に釣られて薪を囲んでいた老人達がかすかな明かりが灯る、崖の小屋へと去っていく。
 街でならまだまだこれからという時間だろうに、あたりはシンと静まり返っている。日が落ちてからどれほど時間が経ったというのだろう。腕時計を見ればまだ7時前、それでも、不思議と身体を動かす気にはなれずにただぼんやりと焔を見つめた。
 暗闇に立ち上がる焔の揺らぎは、肌に黒い焔の痕を浮かばせる彼とまるで正反対の色をしていた。


 ぐっすりと眠ったはずなのに、体の節々に疲れが残るような目覚め。キラはをそれを硬いラグの上で寝たせいだと結論付けて身体を起こした。頭をぐるりとまわして部屋の中を見回せばキラの他には誰もいない。
 翌日の村は長老の言葉どおり朝から沸き立つ喧噪で満ちていた。小屋から出たキラを待っていたのは、身支度を終えたニコルとイザークだった。木組みの通路をバタバタと走る村人達、見たこともない古い型のエアバイクが地面を走っている。
「貴様も早く降りて来い。いつまで寝ている気だ」
「ああ。うん」
 朝っぱらから何? とは寝ぼけた頭では口に出せずに、意識もそぞろに二人に付いて行く。ニコルから渡された質素な朝食を食べ終わる頃には、キラは崩れた崖とそれを見上げる人だかりの後にいた。
「これ・・・」
 昨日の岩の悪魔に襲われた痕だろうかと村人達の会話に耳を澄まし、深く抉られた岩肌と無残な住居跡に呆然となる。話の内容を総合すれば、どうやら集まった男衆は今から修復のための木材を切り出しに行くらしい。そして、自分達もまた。
 どうして? という疑問は彼らのボロボロのエアビーグルを見て納得した。どれほどの木材を運ぶのか検討もつかないが、キラやイザークが乗ってきたエアバイクはその数倍の運送手段足りえたのだ。
「俺たちの役割は分かっているな」
 イザークに念を押されるように確認されて、キラは少しむっとした。話を聞いていれば分かることを一々確認してくるこの銀髪の青年は随分と態度が威圧的だ。
「分かってるよ」
「ふん。どうだか。まあいい、行くぞ」
 強めに返事をしても、あっさり交わされるところが相手にされていないようでまた尺に触る。そんなイザークとうまくやっているのか、ニコルがエアバイクの後に座って携帯用ボトルから何か飲んでいる。街ではエンジェルスレイヤーとして同じチームを組んでいたのだから当り前だ。それに引き換えキラは、どうしたってここではよそ者だった。がやがやとうるさい集団に混じって目的に移動する時でさえ、無意識のうちに目立たないよう行動してしまう。


 クレパスの憶測にたまった地底湖に切り出された木材が浮かべられていた。地表から森が消えても、こんなところに過去の遺産が残されていた事に純粋に感動する。村から北に移動する事1時間。亀裂を下り始める事2時間。九十九折に断崖を降り、光が届かなくなったそこに広がっていた地下水脈。
「すごい」
 感嘆の声が幾重にも重なって響く。村の男達が『そうだろう』と声を掛けて木材を引き上げる。粗末な台車に括りつけられた木材の量に少しばかり不安になるキラ。
「こんなに運べるかな」
「重量の設定値をいじった方がいいですね」
 ニコルがエアバイクのパネルから推力の調整する。トルクを調整する代わりに強制的に重力値を上げたほうがいいとか、荷台の重さを考慮したバランス比を巡ってキラとニコルが細かい設定オプションでマニアな会話をしているところにイザークが出発を告げに来る。
「いつまでエアバイクをいじっている気だ、このメカオタクが。すっかり最後尾だぞ」
いつもより吹きの悪いエンジン音が地底湖に響いて、地底を後にする。行きは荷台に乗ってきた男達が黙々と登り、キラとイザークが頭上の光を目指してマップを確認する。
 ちょうど地表に出るか出ないかのところで、騒音が沸き起こった。木材が転がる音と共に僅かな爆発音。途切れない地響きに、キラは慌ててスロットを回すが重量オーバーのストライクは早々前に進めない。もどかしさに荷台を切り離そうとした時だ、イザークのエアバイクが先に飛び上がった。
「何をしている!」
 頭ごなしに怒鳴られるとはまさにこのことだ。
 振り返って村の男達を見れば、とっくに木材が積まれた荷台とストライクを結び付けていたロープを解いてしまっていた。
「早く!」
「くそっ、やっぱり出やがったか!」
 口々に揃えて言われる言葉は、危機に瀕してそれを払うことへの期待。一瞬の迷いも、飛び上がったイザークが小さくなるに連れて掻き消えた。地底へ降りる断崖からぱらぱらと欠片が降り注いでいよいよ振動が激しくなる。
「行きます!」
 頷く彼らを前にスロットルを全開にする他なかった。地表の眩しさに目を瞑り、次に視界に入ったものは、村に辿り着く前に見た岩でできた怪物。あるいは、悪魔。
「でかいっ!」
 立ちはだかる岩塊は以前遭遇した悪魔より、数倍の大きさがあった。首の付け根の弱点を探すが、幾重にも岩の突起に取り囲まれて簡単には狙えそうもない。イザークのエアバイクに並んで、同じように見下ろすが、有効な手立てがないのは同じ。
「なんてデカさだ・・・」
「でも、やるしかない」
 首元めがけて突っ込む。後ろで聞こえたイザークの怒鳴り声は悪魔の咆哮にかき消された。
大口開けて放たれるのは渦巻く煙と矢のように飛んでくる岩の塊。慌てて避ければ、放たれた岩の雨が村の男達がいる大地に降り注いでいた。巻き上がる土煙と悪魔の咆哮に彼らの生死を確かめる事もできない。
「無茶するねえ、少年!」
 声は斜め上から聞こえた。視界を塞ぐ土煙の中から現れたのは顔に傷もつ男だった。エアバイクに跨り、ゆっくり下降してキラのストライクと同じ高度をとる。


「お初にお目にかかるよ。しかしまあ、あのストライクがこんな少年だったとはねえ、おっともう少年って歳ではないのかな」
 黄色と黒のエアバイクの両脇につけられた派手な武器にまず目が行き、続いてそれを操る人物に目が行った。その口調とは裏腹に見た目は豪快そのものだった。
「お前はバルトフェルト!」
 イザークがキラとは反対側につける。2台に挟まれた虎柄のエアバイクは一回り大きかった。
「これはこれは5月都市のイザーク・ジュール。無事に脱出できたようだな。とまあ、そんな話は置いておいて、今はアレをどうするかだ」
 おしゃべりをするうちにも岩の悪魔は埃の咆哮を放ち、青空が砂埃ですっかり覆われようとしていた。キラは悠長に構えている虎縞の男を見る。
「そう睨むな、少年。幸いここには二人のエースがいるわけだし、僕のラゴゥの準備も終わった。合図をしたら首の弱点を狙いたまえよ!」
飛び出す虎柄エアバイクの武器が展開するやいなや、無数に放たれるミサイルはもはや個人の装備を超えていた。砂埃の中、正確に目標に向かう性能を信じられない思いで見つめ、キラは、轟音を越えて聞こえた声に慌てて横を振り返った。
「・・・援護する」
 一言、残してイザークがキラの返事を待たずに動いた。
 ミサイルの軌跡が土ぼこりを切り裂いて、首元を覆う土のガードを次々と打ち落としていく。
「任せます!」
 イザークに遅れること数秒、キラは苦し紛れに上空を向く巨大バクゥの懐に飛び込んだ。アグニを構えてトリガーを引き絞る。出力は当然最大。落ちてくる岩やミサイルの破片はイザークが見事な腕前で破壊していく。砂埃と土ぼこりが目に入ろうとも、二人のエアバイクは障害物を避けて、胸から首筋へと上昇していく。
 土煙が止み、イザークのエアバイクがどいた向こうはひび割れた岩の悪魔の弱点で、臨界点まで引き絞ったアグニの射線が吸い込まれるように見える。
 悪魔の岩の表面に走る亀裂と二台のエアバイクは螺旋を描きながら青空へと消え、天頂でターンを切ったストライクの真下でバクゥが崩壊した。消滅を確認するように旋回する黄色のエアバイクに近寄るもう一台の黄色いエアバイクが小さく見える。晴れた視界の向こうに村と、木材を運ぶ男達の隊列が確認できて、キラはゆっくりと高度を下げた。



 黄色いエアバイクのペアは荒地では有名なエンジェルスレイヤー・砂漠の虎。
「狩るのは天使ばかりじゃないがね」
 寄り添う女性をアイシャと紹介された。少し舌足らずなしゃべり方をする女性がイザークとキラをねぎらう。
「君達、4月都市に行くのなら急いだ方がいいぞ」
 天使達の次のターゲットは4月都市らしい。キラはイザークが短く息を吸い込むのを聞いた。木材は男衆が自力で村に運び込んでおり、自分達の役割が運搬ではなく護衛だったと知ったのは村についてからで、その時にはニコルとイザークが村を出る準備を進めていた。

間が開いてしまったのでなんとなく書き方を忘れています。そろそろ回収作業に出ないといけないのですが・・・なかなか思うようにはかどりませんね

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