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ファンタジード 7

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 墓の番人





 シンだけでなく、先を急ぐ誰もが最後尾を振り返った。
 そこはまだ熱の冷めない輸送艇のエンジンが回っている発着ポートで、ヨウランとヴィーノが慌しくパーツ奪取のために整備点検の道具箱を運び込んでいた。その少し離れた所でアレックスが腕を組んで立ち止まっている。

「ヴィーノ、ヨウラン! 頂けるものは飛行石でも何でも貰っておけよ」
「了解!」

 くすくすと笑うミーアがアレックスの横まで戻って、呆れたように『めっ』と指差す。

「そういう言い方は良くないと思うわ」
「じゃあ、どう言えば良かったんだ」

 アレックスがムッとしてミーアに聞き返している。少し意外な表情にシンが感心していると、ラクスがシンの前まで戻っていた。

「どういう意味でしょうか?」

 見据える王女の瞳は厳しくアレックスを睨んでいるよう。それを見て彼もミーアに向けていたような表情がガラッと変わる。

「俺は空賊だ。レジスタンスに協力するつもりはない」

 対するラクスも無表情のまま告げる。

「わたくしに、帝国の圧制に苦しみ、国を失ったアプリルの民を見捨てろと」
「それが俺に何の得がある?」

 はあ・・・と横のミーアが溜息をついていた。

「空賊が・・・」

 シンは二人のやり取りを息を呑んで見守っていたが、ダコスタのはき捨てた一言が耳に残る。確かにアレックスは空賊なのだ。亡国の王女ラクスやその国の将軍だったキラとは違う。まして、帝国の王子であるシンとは背負う物が天と地ほど違うのだ。

「王国復興と言うが、市民にとってはどんな国が治めようと争いがない状態が一番だ。それは俺達、空賊にとっても同じだ」

 統治する者と庇護される者、そのどちらにも属さないから空賊は自由人と呼ばれる。だが、戦乱の世は消費する世界なのだ。金や資源、人命を国家が徹底的に搾取してしまい、軍隊・国家という怪物相手に空賊は太刀打ちできない。

「シン、お前もステラをアプリリウスまで届けたら帝都へ帰れ」

 突如、自分の名前が呼ばれてシンは慌ててアレックスを見た。今までも見ていたが声は頭の中を素通りしていたのだ。改めてみるアレックスの前に咄嗟に声が出ない。

 シンを見据えるアレックスがまるで別人のように見える。
 銀髪を一筋も揺らさずに厳しい声を掛ける兄を前にしたように、シンは本能で背筋を伸ばし、その視線にほんの僅かな懐かしさを感じていた。

「王国復興は、勇者ごっこじゃない。フェイスに言われただろう」

 帝国の飛行戦艦でフェイスマスターのディアッカに言われた事が蘇る。
 目の前でラクスが身体を硬くしたのにも気づかず、背後でダコスタが飛び掛らんとした所をキラに制止されていた事にも気づけなかった。

「お前のやることは滅びた国を復活させることか?」

 俺だっていつか帝国の為、より良く帝国を治める為に動かなきゃいけない時が来る。

「違うだろ。今なら定期便も運行されているし、アプリリウスならお前の兄だっている」

 確かにそうすることが一番いいのだろう。
 彼女をネオの元に届け、自分は当初の目的どおり執政官府に兄を訪ねる。

 そこで旅は終わり、冒険は終わる。

 シンがアレックスの言うことに頷いて納得しかけた時、ステラがシンの袖を引っ張った。

「でも、ステラ、アプリリウスに戻っても1人。アウルやスティング達、もう、出発していない」
「えっ、何だって、ステラ?」

 ステラのおかげでシンの緊張が一気に解けていた。

「ネオ達、一度出かけると当分帰ってこない。だからアレックス、シンと一緒に居てもいい?」
「あのな、空賊だって遊びじゃないんだ」

 シンは自分より彼を当てにしたステラに恨みがましい視線を寄せる。
 呆れた表情の彼はステラを見て扱いに困っているようだった。シンには強く出る彼も相手が少女だから戸惑っている。
 ミーアがステラの前でしゃがみ込んで、頭を撫でる。

「無茶言わないの・・・」

 泣きそうなステラにミーアがそっと微笑むが、ラクスはその様子をチラリと見ただけでアレックスに話しかけた。その唇の端には笑みを少しだけ乗せて。

「では、空賊、こうしましょう。王墓にある宝を貴方に差し上げますわ」

 王の墓には埋葬品として多くの財宝が眠っていると相場が決まっている。
 ラクスは自分の先祖になる、それこそ自分の一存では決められない歴史的価値のある代物をポンとアレックスに差し出していた。

「覇王の財宝か・・・その話、信じてもいいんだろうな?」
「今まで誰にもその場所を暴かれなかったのですもの」

 肩の力を抜いたアレックスがラクスから視線を逸らす。どうやらこの勝負、彼女の勝ちのようだ。財宝が手に入るならアレックス的にも問題ないのだろう。ミーアに肘で小突かれて居心地悪そうにしている。

 ステラも手を叩いて喜んでいる。
 これで残すは唯1人だ。

「俺は一緒に行ってもいいのか?」
「あらどうしてそう思いますの?」
「だって、俺・・・」

 アンタ達が倒そうとしている側の人間だ。
 シンはそれを口に出せなくて、視線を落とした。

「大丈夫。僕達、君をそんな目で見ないよ」

 シンの気持ちを察したのはキラ。しかし、元将軍は優しいだけではなかった。

「あっ、それもちょっと違うかな。君は確かにプラントの王子だけど・・・それだけだ」

 シンはその意味が分かってしまって拳を握り締めた。ここ数日、ずっと自分が感じてきた焦り。直面した現実。プラントの王子としての注意を向ける必要がないのだ。影響力がないといっていい。敵にも味方にも。

「アプリル復興レジスタンスの仲間入りはちょっと無理ですけれど、空賊の仲間と言うことなら問題ありませんわ」

「な!」

 振り向いたラクスをまじまじと見てしまう。彼女はにこりと笑って、その後ろのアレックスが怖い顔をしているのがぼやける。

「あっ、俺・・・」

 一緒に居てもいいんだ。柄にもなく目の奥がじいんとするから、急いで瞬きしたけど目じりに熱いものが浮かんで慌てて腕を上げる。ステラが不思議そうに見上げるから、妙な泣き笑いになってしまって誤魔化せなかった。

「予定変更。さっさと撤収するぞ」

 いきなりアレックスが輸送艇に張り付いていたヨウランに声を出す。装甲を剥しかけていたヴィーノが反対側から顔を出し文句を言う。

「まだ、全然なのに~」
「またやばいことに首突っ込んでるよ絶対、これ」

 ヴィーノとヨウランが顔を合わせてブーブー言うが、アレックスは聞こえないフリをして工具をしまい始める。

「さっさと行く!」

 シンも照れ隠しに工具箱に手をかけるが、ヴィーノから『それはそっちじゃない!』と盛大に怒られてしまった。真似したステラがヨウランに同じように怒られたのはそのすぐ後。ラクス王女達は王墓へもう一つの種石を探しに、成り行きで空賊見習いとなったシン達は財宝を探しに、セイバートリィが空中都市から旅立った。





 見習いの仕事は多い。
 ヨウランとヴィーノについて簡単な飛空艇の整備を教わった後、輸送艇からぶん取ってきたパーツの仕分けを手を油塗れにして一緒にする。その後は雑用が待っていた。おかげでセイバートリィの中を隅から隅まで見ることができるわけだが。

「見習いか~」
「ついに俺達にも手下が!」

 ヨウランとヴィーノが頭の後ろで手を組んで簡単に案内を始めた。
 財宝と物資が雑然と詰め込んであるカーゴスペース。そこには食料や水もあって、隣には小さな炊事場があった。仮眠スペースと炊事場の間に大きな筒があり、頭を傾げているとヨウランが得意げに説明を始める。

「アレックスって、きれい好きなんだよ」
「そっ、あれで結構、風呂好きなんだよなあ」

 驚くことにこの筒の中で簡単にお湯を浴びることができるらしい。
 想像できなくてステラと二人で中を見回すが、どのような仕掛けになっているのか、風呂と聞いて大理石の大浴場か安宿の風呂桶しか思いつかないシンには見当もつかない。

 あと、入ったことがないといえば機関部くらいだろうか。ラクス曰く、王墓は大陸の端にあると言うから、辿り着くまでに一度は入ることがあるだろう。大陸の端と聞いて複雑な顔をしていたアレックスとミーアが気にかかるのだが、それ程遠いのだろうか。

「ヨウランとヴィーノは飛空艇の操縦はできるのか?」

「飛空艇の操縦?!」

「ああ。いつも整備ばっかしてるから」

 顔を見合わせる二人は笑いながら、シンの肩をポンポンと叩く。通路の壁にもたれるヨウランが少し真剣な顔をして言う。

「それは気が早いってもんだぜ、シン」
「そりゃ俺達だって、普通の飛空艇の操縦くらいできる。でも、これは違う」

 コンコンと壁を叩くヴィーノ。

「本当はさ、整備だってアレックスがやった方が断然早い」
「えっ、そうなのか・・・?」
「なんたって、あの人が設計して自分で作った飛空艇だからな」

 自分で設計して、自分で作った?
 設計はいい、図面を引くことだ。けれど、自分で作るというのは良く分からない。

「俺達も良く分からないけど、コツコツ一から作り上げたらしいぜ」
「だからこんな規格外のわけわかんねえ設備が満載なわけよ、セイバートリィは」

 自分で一から・・・そんな事が可能なのだろうか。
 木のおもちゃの模型飛空艇とは違うのだ、なんてったってセイバートリィは本物の飛空艇。正真正銘に人を乗せて空を飛べる。

 あ、と言うことは。シンはようやく思いつく。

「じゃあ、セイバートリィってのもアイツの命名?」

「あたり」
「ネーミングセンスないよな~」

 カツカツと靴音が響く通路の先は飛空艇のコックピット。バシュと音を立てて扉が開くと、そこにはミーアの広げた地図を覗き込むアレックスと地図を指差すラクス達がいた。

「この先は飛空艇では進めないから、歩きだな。大丈夫か?」

 アレックスがラクスに確認するのを見て、シンは口を尖らせる。ターミナルであれほど剣呑な二人だったのに、今、彼は彼女を気遣っている。それはステラも同じだったようだ。

「アレックスとラクス、仲直りしたの?」

 付き合いの長いヨウラン達にはさほど奇特な光景でもなかったらしい。

「ああ・・・あの人、基本的に女に弱いから」
「ミーアの尻に引かれてるしな」

「聞こえてるぞ」

 舌打ちをした当の本人が振り返って、釘をさす。慣れたもので、だからどうというわけではないやり取りに、気にするだけ無駄だと思った。それより、気になったのは何もそれだけじゃないので、別のことを聞くことにした。

「飛空艇では進めないって?」
「お前、本当に何も知らないんだなあ」
「まだ見習いですからー」

 アレックスに意地悪く言われて、シンはぶすっと開き直った。




 飛空艇から降りてシン達が少し進んだ所で、ヨウランとヴィーノが手を振っていた。その姿が急に消え、セイバートリィそのものが消えてしまった。シンとステラは純粋に驚いていたが、ラクス達は違った。険の含んだ声。

「便利な機能ですのね」
「ああ、空賊にとってはな」

 ヨウランとヴィーノが残っているとは言え、安全とはいえない。
 アレックスは有名な賞金首で彼を追い掛け回している空賊もいる。彼自身も飛空艇も身を隠す必要がある時があるのだ。

 空を自由に飛べる飛空艇に唯一の不便があるとしたら。
 それはエネルギーでも定員でも国境でもない、飛空艇が飛べない空。大陸の果てや絶海のエリア、いわゆる前人未到の秘境である。誰かしら足を踏み入れた場所は秘境ではなくなるから、畢竟、飛空艇が乗り入れできない場所、イコール、秘境であった。
 原因は分かっていないが、ただシードが濃過ぎる場所では飛空艇は空を飛べなかった。
 大気なのか、地上に何かがあるのか、そこでは飛空艇を降りて、自分の足なり動物なりで進むしか道はない。

 そう、目の前に広がる砂漠のように。
 遥か向こうに蜃気楼が浮かんでいる。

「廃棄された油田だな」

 飛空艇が開発されるまで、地底から掘り上げた油を使って物を動かしていたのだという。グレン王が大陸をまとめることでその座をシードを含んだ石にとって変わられることになった。
 しかし、数十年前からコスモス連邦では失われた技術を見直し、こうして油田を再開発したりもしていた。その有用性が見出せずこの油田は破棄されて久しいが、技術競争は魔法とシードを含んだ石だけでなく、過去の遺産、未知の可能性、そんな所にまで及んでいた。

「大砂漠を超えた向こうにグレン王の墓は眠っています」

 同じように過去の遺産を求めるラクス王女。
 シンは勇ましくスタッフを抱え、砂漠に足を踏み入れる女性を見る。

 もう一つの種石を手に入れたらこの人はどうするのだろう。
 決まっている。クライン王家の生き残りとして名乗り上げて、アプリルが帝国から独立する為の運動をするのだ。常に付き従うダコスタと言う軍人も、一歩引いて彼女を守るキラもその戦いに身を投じる。

「先を急ぎましょう」

 ダコスタがささっと前に出て露払いを始めるが、ミーアとアレックスはのんびり歩き出した。

「そう慌てるな、ここから先は長丁場になる」
「彼の言うとおりだよ。この砂漠、慎重に進まないと」

 先を急いだラクスとダコスタを呼び止めるように、キラとアレックスが後ろから続く。シンとステラはさらにその後ろからミーアと一緒に歩いていた。

「その者達を信用するのですか、ヤマト殿は」 
「信用するとかしないとか、ただ僕はその方がいいと思っただけだよ。だから、ミーアさん、貴方が先導を頼みます。見たところ貴方が一番、シードに敏感だ」

 驚いたミーアはラクスとそう替わらない年齢に見える。むしろ嫌そうな顔をしたのはアレックス。

「あ、あたし? そう、よねえ・・・アレックスに任せたらここでミイラだわ」
「いいのか?」
「何よ、あなたより道案内は正確よ?」

 それはそうだ。アレックスには前科がある。キラの判断は正しい。

「そういう意味じゃなくて」
「大丈夫よ。その代わり、この二人の見習いさんを宜しくね、アレックス」

 さっさと歩き出したミーアは砂漠から立ち上る陽炎にぼんやりと揺られ、大砂漠と遺棄された油田施設の間を進んだ。






 一方、その頃のアプリリウスではディアッカが、結局上手い言い逃れが思いつかずにありのままをイザークに報告していた。

「それで貴様はおめおめ引き下がってきたというのか!」
「ほら、そろそろシンも独り立ちしないといけない年頃じゃない?」
「アプリル復興派と一緒にいて何が独り立ちだ! 王女は稀代の歌姫だぞ、ころっと洗脳されたらどうしてくれる!!」

 執務室のデスクを挟んだやり取り。
 悪びれもせず飄々とする部下に憤ってみても後の祭り。

「まあまあ、落ち着けって、イザーク、殿下」
「フン!」

 臣下の礼を取られれば、イザークは怒りを収めて節度ある態度を取らねばならなかった。
自分でも詮無きことと思っても、歯がゆいのはもはや自分の性分だと諦めるしかない。
 シンは自分に残された、ただ1人の弟だ。
 王宮にいる皆が大切にし、危険から遠ざけ、帝国の闇に染まらずにこれまで育ってきた奇跡のような存在だった。

 あの兄でさえ、シンには全く裏の顔を見せなかった。シンを子ども扱いする大人であり、優しい兄なのだ。実際にはフェイス達を抱きこみ、元老院と激しい情報戦を繰り広げている最も皇帝に近い男。

「兄上の様子はどうだった。大事はないか?」
「ああ。変わりはなし。だが、油断はできんだろう。あっちは完璧に元老院を敵に回しているからな。お前と元老院相手に本当によくやるよ」

 ギルバート・デュランダル・プラント。
 イザークとシンの兄は次期皇帝と目されながらも、未だ皇太子として指名されることはなかった。その真意の読めない言動から元老院は彼を恐れた。
 だからこそ、イザークにも皇帝の座主を取る機会が残されているのだが、己がそれを望んでいるのかと問われれば返答に困る問いだった。

「父上はどうなさるおつもりだ・・・シンの事といい、兄上のこといい」
「お前、こーんな辺境に飛ばされた自分のことは棚上げか?」

「俺は兄上と血みどろの権力闘争を繰り広げたいわけではない。帝国の未来を考えた時、ただ兄上の望むとおりに進むのが恐ろしかっただけだ。もしもの時は俺が兄上を止めねばならん。その為に何の力もなかったのでは話にならんではないか」

 兄を認めないわけではない。
 優れた洞察力や指導力を持っていると思う。だが、元老院が危惧する不安をイザークも同じく抱えていた。

 兄弟だからと安易に構えていることはもうできないのだ。
 その為に弟を1人、失った。

 ただ1人正妃から産まれた弟は、7年前に皇帝の座を狙う兄に障害とみなされ排除された。気づいた時には兄は既に詰めに入っており、当時何の力もなかったイザークには子供だましの妨害しかできなかった。

 イザークの一つ違いの弟。
 アスラン・ザラ・プラント。
 滅びたアプリル王国のラクス・クライン王女の許婚だった。

 覇王の血を引く正妃を母に持ち、将来を託望された、年が近いせいか何かと癇に障る弟だったのに。
 正妃の血族に連なる者を延々と辿って殺害し、蹂躙され焼き尽くされた弟の封土ユニウス領にイザークは愕然としたものだ。王宮の恐ろしさと現実を知ったあの時から、理想と正論で構築された学術の世界から、権謀術数渦巻く世界へと足を踏み入れた。

「まあそう焦ることはないと思うぜ。シンの奴、空賊と楽しくやってるみたいだからさ」
「空賊か・・・ラクス王女に丸め込まれるよりは、ましか」

 自分の中で何かしらの落としどころを見つけたイザークはようやく緊張を解く。

「そうとも限らんぜ。あいつはどことなく似ているよ」
「誰にだ?」

 いつもと違うディアッカの声に聞き返していた。『あいつ』が誰を指し、誰に似ているのか確認したかった。

「一緒に居る空賊がさ、ちょっと見た目アスランに似てるんだ」

 なるほど。だから、その空賊とやらに付いて回っているのか。
 イザークはその瞳にしか色らしい色を持たないが、会えば嫌味しか言えなかった弟は濃紺の髪とエメラルドの瞳を持っていた。珍しい組み合わせだが、世界でただ1人というわけでもあるまい。現に彼の母親、レノア王妃も青い髪に緑の双眸だった。

 世界に3人はいるという、他人の空似か。

「いつか・・・不肖の弟が世話になっていると、挨拶に出向かなければならんな」
「きっと馬が合わないと思うぜ」

 7年も経てば、過去の惨事も思い出に替わる。
 痛みに耐えられない自分ではないはずだ。

「だろうな。空賊と馴れ合いたくもない」 
「と言うことは、シンはこのままか?」


「それとこれとは別だ。動向には注意を払っておけ」 
「あ、やっぱり」

 イザークはディアッカが持ち帰った黄昏の種石を手に、ラクス王女の次の手と兄の動きを考える。そして、アプリリウスの空に帝国軍ではない帝国の飛空艇が到着したのを見て、眉を潜めた。

「ディアッカ、席を外してくれ。ドクター・クルーゼが来る」
「それでは、お暇しましょうか」

 手にした種石はぼんやり光を包んで不思議な色を放っている。
 これの件で来たのだろうと、苦笑した。

「まいったな。筒抜けじゃないか」

 辞したディアッカと入れ替わりに執務室に入ってきたのは、白い着崩した軍服と白い仮面をつけた金髪の男だった。ドクターと言うにはいささか好戦的じみている。

「これはドクター・クルーゼ。このような辺境に遠路はるばるよく来られた」
「いやいや。私も君の奮闘振りを見ぬわけにはいかぬ」

 それもそのはず、ドクター・クルーゼはイザークが学業時代に師事した教授である。専門とは別に剣技や魔術にも通じ、学術全般にわたって教えを乞うた恩人である。そして、あの兄と懇意にして、自分専用の研究所を設立させるという荒業を成し遂げた人物だった。






 延々と続く砂漠で幾度も野宿をし、オイル臭い油田施設で蒸し焼きになりそうなりながら、ようやく超えた砂漠の向こうには一転して海が広がっていた。

「あーやっぱり、水はいい」

 海水を蒸留して飲料水を蓄えたばかり。
 教わったばかりの炎の魔法で火をおこし、氷の魔法で急激に冷やして蒸留する。残った塩も勿論無駄にはしない。この暑さの中、根気よく魔法にチャンレンジしたシンとステラにミーアが『素質あるわよ!』なんて褒めるものだから二人はバシャバシャと一緒に海岸線を走っていた。

 無駄に魔法を掛けながら。

「大陸の先にこんな所があったなんて」
「海からもおそらく侵入できないのだろうな」

 オアシスの木陰で、即席で作った椰子の葉の団扇でお互いを扇ぎあっているアレックスとミーアがその光景をぼんやりと眺めている。その中間にラクスとダコスタ、一歩後ろにキラが太陽に照らされて立っていた。

「暑くないのかしら」
「高貴な人の考えることは分からないさ」

 アレックスが補充したばかりの水を喉に流し込む。ラクスの後ろ姿を見ながらミーアが呟いた。

「王墓にどんな財宝が残っていると思う?」
「君はあの話を当てにしているのか?」

 動く気配を見せた王女様ご一行に、やれやれと腰を上げる。

「当たり前じゃない。こーんな苦労をして行くのよ、何もなし、じゃ割に合わないわ」 
「はは。確かに、な」

 シン達に手招きしながらミーアは思い出したようにアレックスを見る。

「キャンベラの詩にあるわ。世界の種は天の四方に一つずつ配されたと」
「4つの樹が天蓋を支えている、と言うあれか」
「ええそう。そして、神は人に樹を切り倒されないように見張りをつけたの」

 初めて聞く話だと彼は眉をひそめ、その続きを即す。分かっていながら聞かずにはいられなかった。

「見張り?」
「要するに種石を守る番人ね」

 ラクスの話ではこの弧を描く海岸の辿り着く先に王墓が隠されているのだと言うが、彼女はどこまでジョージ・グレン王の王墓のことを知っているのだろうと、二人は歩き出した王女を見つめた。

 一日進めば海岸の先に切り立った断崖が見え、内陸へと細い道が繋がっていた。道中はやはり野生化した凶暴な猛獣が出現したが、使命に燃える王女一行の敵ではなかったらしい。多少の疲労感を纏って、細い道を抜ける。

 岩場を繰り抜いて作ったと思われる石の都が目の前にあった。

「ここがグレン王の王墓」
「そうですわ・・・おそらく」

 ダコスタが感慨深く呟いた傍から、ラクスが一歩前に出て正面の大きな建造物を見据えた。

「王墓への入り口は・・・あそこですわ」

 外は日差しが照りつけじりじりと焼けるようだというのに、墓室内への入り口はひんやりとして涼しかった。シンとステラは王墓の壁にぺたりを頬をつけてヒンヤリ感を楽しむ。

「ラクス様。本当によろしいのですか。空賊風情に」

 ラクスが壁にへばりついているシンとステラを見る。その後ろからアレックスがシンの頭をベチッと叩いていた。ミーアとステラが単純に無事の到着を喜び、財宝に胸を膨らましているように見える。

「ダコスタ。わたくしは約束しましたわ。例えそれが空賊だとしても、決して違えることはありません」
「はっ。出すぎた真似を、申し訳ありません」

 アレックスに叩かれて少し神妙にするシン。
 石造りの扉の前で誰が一番に乗り込むかで少しは逡巡するかと思っていたら、2・3言交わしただけであっけなくダコスタが飛び込むのを見て、なんだかその努力に涙を誘われそうになった。

「ラクス様、こちらです」

 ぞろぞろと内部へ入り込む光景は、観光案内のように危機感のないもので。

 しかし、観光とは行かなかった。

「なんだよ、これ!」

 足を踏み入れた墓室の内部には薄く靄みたいなものがたゆたっていた。光のプリズムを鈍くした光のない靄が流れている。

「シードが濃いのよ」
「シード、目に見えるの?」

 ステラの疑問はもっともな事で、ステラの頭をくちゃっとしながらアレックスが続ける。

「普通は目に見えないな。けれど、シードが集まる場所では目に見えることもある」
「じゃあ、魔法が使いやすいのか」
「そうとも言えないな。確かに俺達もシードを集める手間は軽減されるが、相手もそうだろうから、条件は同じだ。むしろ分が悪いかも知れない」

 何かに惹かれるように階段を降り始めたラクスを慌ててダコスタが追い、勢い全員が王墓の奥深くへと進む。

 物々しい石像が所狭しと並び、階段の脇にはシードによる炎が灯されている。
 ふと視線を感じてシンは振り返った。

「すげぇ」

 見たこともない大きな石像がシンを見下ろしていた。
 幾つも手があり幾つも脚がある、謎の物体。

 どっかの神様・・・なんだろうか。

 そうこうする内にその石像が動いた、ように見えた。

「あれ?」
「シン、どうした」

 立ち止まったシンを見つけたアレックスも同じように立ち止まり石像を見上げる。

「すごい石像ーーー!?」

 二人が見上げる中、その石像の腕がガシャンと振り下ろされた。手にした刃物は石造りとは言え、人の身の丈はある巨大なもので、しかもその石像には無数に腕があるのだ。

 全員が目を見張る中、石像がずるずると動き出した。シン達のいる方に向かって、幾つもある足をムカデのように動かしなら。その様子に生理的嫌悪を感じたミーアがステラを引っ張って一番に走る。

「あの扉まで走って! 早くっ」

 ラクスを庇ってダコスタとキラが残り、シンとアレックスがギリギリ扉に滑り込んだ。と、同時に扉に重低音が響き、振動でびりびりと揺れる。

「みんな。無事?」
「・・・何とかな」

 キラが確認すると、ゼーゼーと息をつくシンの変わりにアレックスが答えるが、言い終わらない内に足元に振動が響く。

「いいえ、まだですわ!」

 嫌な音が前方から迫っていた。逃れたばかりの石像と同じものがずるずるとこちらに向かってくるのが見える。剣を抜くダコスタとキラ。ラクスがスタッフを振って、二人に魔法を掛けていた。

「ミーアはステラを頼む。これが番人なのか・・・?」
「分からないわ。でも、早くしないと・・・あたし達ぺちゃんこよ!」

 ぺちゃんこ!?
 シンは迫る石像に向かって剣を振り上げて切り込んだ。

「こらっ、シン待てっ!」

 アレックスが銃を構えて後を追う。

「あー、もう」

 4人が寄ってたかって攻撃したものだから石像はなんとか破壊できたけれど、男連中は時間を気にして全力でぶつかっていた。

「そんなに焦らなくても・・・仕方ないわねえ」

 ミーアが皆に疲労回復の魔法を掛ける。

「アレックスまで混じって、何も銃の端で殴ることないじゃない」
「ごめん。ちょっと焦った」

 息を整えて、石の瓦礫を乗り越える。
 気を取り直して進んだ扉の先に本番が待ち構えているとも知らずに、ラクスが通路の先の扉を押す。

 そこには先程の石像よりさらに大きな石像が道を塞いでいた。
 2度も遭遇すればただの石像でないと誰でも予想が付いた。

 巨大な石像の台座にラクスが触れ、掘られた文字を辿る。読めない文字ではなかった、王家のたしなみとして多少なりともかじった古代文字。

 魔人ジャスティス。

 文字が浮き上がり床に巨大な図形が浮かび上がる。
 一同の予想にたがわず、無機質な岩の身体を赤く染めて手にした剣を振り下ろした。

 まるで血が滴り落ちそうな紅色をした巨人は、黄緑色の目を見開いて大剣を振り回す。背に白い布地を垂らし、それすら動くたびに風圧でシン達を翻弄した。頭には大きな角が2本あって、この巨人が微妙に女性の身体をもっているなんて反則だと思った。

「まずは動きを止めないと!」

 避けるのがやっとではいつまでたっても倒すことができない。
 炎と共に剣戟が建物全体を震わせる。

「あの大剣は俺がやろう!」

 振り上げている時が多い腕をアレックスが狙い、キラ達が足を狙う。
 何度目だっただろう。
 シンは剣を振り上げた。

「いい加減に、やられろってんだっ!!」

 ミーアの疲労回復魔法の光が収まってすぐに、魔人ジャスティスの動きが止まる。
 赤い光が巨体から迸ったと思ったら、今度は色を変えて魔人の身体へと集まっていく。その中に何か光るものがあると気が付いた時には、巨体はすっかり消えていて、宙にプカプカとクリスタルが浮いていた。

「今のが・・・番人ね」
「だとしたら、この先には」

 汗をぬぐうアレックス。ミーアがシンとステラの手当てをしながら奥を見やる。
 魔人の消えた先には小さな、しかし重厚な入り口があった。

「結局、財宝なんてなかったな」
「いいえ、あの魔人こそが覇王の遺産だったのです」

 入り口の前で振り返るラクスが笑みを浮かべた。
 何もかも分かっていて、財宝があるかも? と持ちかけたのだ。

「冗談はよしてくれ」

 アレックスは宙に浮かぶクリスタルに手を伸ばす。
 確かに見た目はきれいだし、ちょっと変わった宝石として通用するかもしれない。けれど何かの拍子に今の魔人が出てきたとしたら? そんな物騒なものを持ち帰るわけには行かない。触れるだけにしてそのままにしておこうと思ったのに、クリスタルに指先が揺れた瞬間、その透き通ったクリスタルは消えてしまった。

「なっ!?」
「お気を悪くなさらないで下さい。わたくしも詳しくは知らないのです」

 ラクスはそっけなく告げて入り口を潜る。
 未だ感触が消えないのか、彼が指先を見ていると、トントンと背中を叩く手。

「まっ、気にするなよ!」

 シンにはこれで二度もお宝を手に入れそこなった彼を励ましたつもりだったのに、返ってきたのはゲンコツだった。

「痛ってぇ」
「何が気にするなだ、見習いのくせに生意気なっ」

 両手で頭を押さえたシンもアレックスも小さな入り口を潜る。ステラが隣に来てぎゅっと服を掴んだのを見て、ラクスが立ちすくむその先を見た。

 暗いはずの墓室の最も奥の部屋に、青白い光が浮いていた。

「暁の種石・・・」

 なぜラクスは立ち止まっているのだろうとシンは光を凝視する。
 それが人の形をしていると気が付いて、深紅の瞳が限界まで見開かれることになった。シンの記憶の中にいる人物がそこにいるのに、今すぐにでも駆け寄りたいのに足は頑として動かない。







 シンと同じようにラクスも、もう一つの種石を前にして動くことができなかったのだ。
 ギリギリ手の届く位置に安置されていたというのに、手を伸ばすことができない。ただ、その種石を手に取りこちらに歩み進んでくる姿を凝視するしかできなかったのだ。

 どうしてこんな所でお会いするのでしょう。

 会ったのはもう何年も昔に数回だけ。
 思わず顔の前で手を合わせてしまう。その小指に嵌っているのは小さい時に送られた手作りの指輪。決して美しくはない、不恰好な指輪には宝石の一つも付いていなかったけれど、けれど確かにそれは約束の指輪だった。

 目の前にいるのはその送り主。
 かつての婚約者が暁の種石を手に、同じ光に包まれて優しく微笑んでいる。
 ゆっくりと歩む姿が自分と同じ年齢を重ねていることに、これは幻だと分かっているのに。もしかしてと期待してしまう。

「アスラン・・・」

 差し出された種石をラクスが受け取ると、本当に微かなけれど笑みを浮かべて脇を通り過ぎていく。その動きを追い、ラクスは振り返って彼の後姿をずっと見送った。

 呆然と見送る彼女をシンがただじいっと見つめていることも知らずに、手の中の種石を抱え込む。

 あれから7年も経つのに、こんな所でずっと待っていてくれたのだろうか。
 王家の為にいつか立つわたくしを信じて?

 光がすうっと引いていき、ダコスタが彼女に声を掛けるまでラクスはしばし時と場所を忘れていた。





長い・・・長いよ! 長すぎて読み直す気にならない。今回ちょっと詰め込みすぎかなあと、でも、ちんたらやってると終わらないし。進・ま・な・い。

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