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Men of Destiny 30

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思い出す事



「ステラ。アスランさんったらひどいんだぜ・・・」


 墜落したルソーから使える備品がないかメカニック達が総出で出払っている頃、シンはルナ達との会話も程ほどに廊下を歩いていた。あれからアスランとは会話をしていない。彼もルソーに行ってしまったからで、シンはアスランにああ言われたが、ミネルバやルソーの乗員に活躍を労われて休みを与えられた。
 艦の説明を買って出ても良かったがそんな気分にはなれず、ベッドでゴロゴロするのにも飽きてミネルバ内をうろうろする。シンの周りを飛び跳ねるハロ達が、毎度のようにドアロックを解除する。
 薄暗い通路と鉄格子。
「知り合いの部隊、撤退しましたよ。俺も追撃しませんでしたから無事に基地に辿り着けたんじゃないですか」
 俺は頑張ったのに。
 シンはまず最初にステラに話したのだ。しかし、眠りつづける相手に話しても、すぐに虚しさが込みだして来て、ただの愚痴になってしまっていた。シンは誰かにちゃんと聞いて欲しくて、場違いとは思ったがいかに自分が頑張ったのかを捕虜の男に独り言のように呟く。
 それなのに。
「なんだテメエ、あの兄ちゃんのいいなりか」
「そうだよ、悪いかよ! アスランさんの言葉が浮かんで、撃つのをやめたんだよ、俺は」
「それが甘いってんだよ、ぼうず」
「うるさい!」
 思い出せば思い出すほど腹が立つ。言われ放題だった自分にも、叩いたアスランにも。知らず頬に手が行きそうになって、苦し紛れに鉄格子を掴む。
「ったく、ギャンギャンうるさい餓鬼だぜ。俺の息子と、同じだ」
 牢の中の男が鼻で笑う。
「なんか腹減っちまったぜ。飯はまだかねえ」
「知りませんよ、そんなこと」
 そう言えば、自分の食事がまだだったと、シンはおなかのあたりを抑えて食堂を目指した。


 一方、食堂ではルソーの乗員も加わり大所帯になったせいが、席が殆ど埋まっていた。
「聞いたよ、シンの奴をひっぱたいたんだって?」
「副長」
 トレイを抱えたアーサーが空いた席を探して腰を落ち着けたのは、アスランが一人で陣取るテーブルだった。伝説の英雄という前評判に加えて、シンを叩いたことが影響して誰も彼のいるテーブルについていなかったのだ。
「小食だねえ、アスラン。これだけで足りるのか?」
「副長は食べ過ぎだと思いますよ」
 副長のアーサーは中肉中背の体格だが、トレイには山盛り乗っていた。
「これから要塞攻略が控えているんだから、これくらい食べないと!」
 大きな山脈の隙間にある谷と、それを守るように張り巡らされた要塞にミネルバは向かっていた。地上に隠された無数の砲台と外からの攻撃を受け付けないシールドで構成されるガルナハン線。今まで散発的に起こっていた戦闘も所詮はその要塞所属の部隊との間で繰り広げられる余興でしかなった。
「では作戦立案、副長にお任せしますよ」 
「おっ、噂をすればシンが来たな。シンっ!」
 せっかく座っていたのに立ち上がって、手を振ってここに席が空いているぞと知らせている。強引な話題転換に苦笑するアスラン。
 対して、入り口付近で食堂を見回していたシンは、アーサーとアスランを見つけても一瞥するだけでトレイを片手に奥の配膳台に行ってしまう。一連のシンの動きを見ていたアスランが、アーサーとこっそりシンから盗み見られているのを知らずに、小さくため息を付いて窓から外を眺める。


「ねえシン、あの人がアスラン・ザラってホント?」
 イスを暖める前にルナマリアが迫った。
「ああ。アレックスってのは実は嘘で、アスランってーの」
 がたんとイスを引いて、フォークをジャガイモに突き刺す。ルナとメイリンを無視しして、勢い良く口の中に放り込む。
「何、すねているのよ、アンタわ」
「拗ねてなんかいない」
 言ってしまってから、しまったと思った。ルナとメイリンが顔を見合わせて笑っている。おまけに隣にいるヨウランとヴィーノまで肩を震わせているではないか。
 ニンジンとジャガイモを素早く切り刻んで、とにかく口に入れる。
「あーあ、羨ましい。ずっと一緒だったんでしょ?」
「どこが。プラントで超重労働だよ。死にそうになったし、フリーダムは出るし」
「うん、それはまあ、大変だっただろうけど」
 できれば思い出したくない経験だし、二度と体験したくない。あんなコーディネーター収容所が世界にまだあると思うとぞっとする。
「そのプラントがバビューンと宇宙に飛んで、プラント独立を宣言しちゃったのよねえ」
「もう殆ど戦争状態だよな」
 ヴィーノの一言で皆が一瞬口を噤む。
 確かに世界は大変なことになっているのだ。レジスタンスの抵抗運動とは分けが違う、社会対社会の、それこそ陣営同士の戦争へと発展しつつあったのだ。このミネルバだってそうだ。ゲリラ戦を仕掛け失敗すれば逃げればいい、潜伏すればいいという抵抗組織ではない。
「それはそうと、お前の初恋の彼女はどこだよ?!」
「ネタは上がってんだ。白状しろ~~」
「なっ!?」
 ヨウランとヴィーノにビシッとフォークとナイフを向けられて、シンは思わずのけぞっていた。
「ステラなら医務室だよ・・・」
 力のないシンの声に、ルソー移住組みの4人が肩の力を抜いた。シン達のテーブルの空気が盛り下がったところで、ルナマリアが場を盛り上げるようにルソーでの旅を話し出した。


 あれからシンはルナ達とステラの病室を訪れることが多くなった。アスランがメカニックに混じって相変わらず整備を手伝っていて、シンも新たに出された課題がクリアできていなかったからだ。
「そうか、ついに7体のハロのレーザーを避けることに成功したか。じゃ。次はこれな?」
 そう言って差し出したのはタオル。
「目隠しでハロのレーザーを避けるなんて、それ無理!」
 とシンは吼えたが、それにはアスランがお手本として見せてくれた1セットを目の当たりにして挑むことになってしまった。しかも今回はバツゲーム付きだ。失敗したら、油塗れになって整備を手伝うことになるのだ。その話を聞きつけたメカニック達は、毎日のようにシンに今日の予定を伝えに来る。
「シン、今日は戦闘機のエンジン交換するからな」
「主任かアスランにフラップの調整の仕方ならっとけよ」
「シン。今日はいつから入れるんだ?」
 格納庫で課題をクリアしようとするのが土台無理だと悟ったシンは、甲板を目指した。そこなら見よう見真似でハロと戯れるルナを気にすることもないし、メカニック達に声を掛けられることもない。
 吹きさらしの甲板は風が強く訓練には不向きだったが。
「誰もいないや」
 今日も一日、ハロ相手に散々だった。夕日が甲板を赤く染め、目隠しのタオルをすると、ミネルバのエンジン音と風の音しか聞こえない。
「よし、ハロいいぞっ!」
 音声を認識して、飛び跳ねるハロがランダムにレーザーを放つ。シンはそれを察知してライトセーバーで防ごうと四苦八苦する。簡単にできるのなら、苦労はしないし、毎日格納庫でオイル塗れになることもない。
「あーもう、なんでお前はこっちから来るんだよ!」
 ジュッとお尻にレーザーがヒットして、目隠しを手でもぎ取る。
 ハロに向かって文句を言っても、ハロはこの通り『シン、大丈夫か!?』と神経を逆なでしてくる。シンの苛立ちを無視してハロ達は自分勝手に飛び跳ねては、シンの周りをくるくると回る。その中の一つ、ネイビーのハロの向こうに人影が見えた。
「こんな所にいたのか」
 甲板への出入り口立っていたのはアスランだった。手に持っていたミネラルウォーターのボトルを投げてくる。
「このところずっと、頑張ってるよな」
「いやみですか、それ」
 頑張っても、報われないってことですか。
 甲板の上には離着陸用の様々なマーキングがしてあって、アスランがその上を歩き出す。吹き荒れる風が彼の髪を持ち上げて遊んでいた。
「どうして、シンは強くなりたいんだ?」


「なんですか、突然」
「そう言えば、ちゃんと聞いていなかったと思って」
シンを追い越して、アスランの作る影がシンの足元まで伸びている。夕日に照らされて身体のシルエットが浮かび上がる。
「何をそんなに急いでいるんだ?」
「言っておきますけど、ステラのことじゃないですよ」
「それは、分かっているよ」
 そう言って少し笑うから、シンは張り詰めた息を吐き出した。それがよりシンが思い出したくない事に繋がるとも知らずに。
「初めて会った時のこと覚えているか? お前はナチュラルの少年達と今にも喧嘩しそうで」
 いや、もうあれはとっくに喧嘩になっていたんです。
 忘れもしない。アスランにナイフを止められた夕暮れだ。それも遠い昔のよう。
「俺も、自宅に連れて行って夕食ご馳走してくれるおせっかいなヤローが、伝説の英雄だなんて思いもしませんでした」
「そう言うなよ。色々厄介なんだからさ」
 なし崩し的にミネルバに乗ることになって地球軍と戦うことになっているが、それがなければ今頃はあの辺境の街でまだひっそりと暮らしているのだろう。
「コーディネーターの国とか言っていたな」
 アスランにはできても俺には無理だと本能的に悟っていた。あんなふうに隠れるようにして暮らす生活は。いつか飛び出すときが来る。
「俺がいた国は前の戦争で焼かれて、ナチュラルとコーディネーターが共存している国だったのに、どっちからも攻撃されて両親も妹も死んで、俺だけが生き残りました。あの、今は平和秩序維持機構の、フリーダムが戦闘していて、その攻撃に巻き込まれて一瞬で死んだんです」
 シンの眼前で今でも蘇る、消し炭になる妹の身体。手しか残らず、呆然とそれを見ていたのを思い出す。それからは各地を転々として生きてきた。あの街に落ち着いたのも、アスランと出会う数ヶ月前だったのだ。
「だからお前は強くなりたいのか。あの時家族を守れたらと」
 確かにそうかもしれない。
 しかし、死んだ者は帰ってこないのだ。
「誰だって、そう思うさ。大切なものをなくした奴は皆」
 そう言って視線を夕日に向けるアスランも、何か大切なものを失ったのだろうか。そのために戦いに身を投じたのだろうか。
「でも、今は違います。こんな俺の力でも少しでもコーディネーターの為になるのなら、ステラやルナ達を守れるなら! そのためには力がなくちゃ何も始まらない」
「シン。お前・・・」
「俺はアンタみたいに英雄じゃない! だけど、いつか俺だって」
 ポンと肩に手を置かれるまで、シンはアスランが隣に立っていることに気が付かなかった。そんなところにまで、悔しさを感じてしまって下を向いてしまう。
「シン、初乗りであそこまで戦闘機を動かし、もうハロ達の攻撃を防げるようになった。初めてだよ、こんなのは。まだ若くて、少し経験が足りないだけだ」
 顔を上げればアスランがシンを見ていた。夕日を写しこんだ彼の瞳はライトグリーンで発光しているようでもあった。
「お前はもっと我慢することを覚えろ、な」
 藍色の少し長めの髪がなびく。どこから取り出したのか、彼の手には青いライトセーバーの光が伸びて、ブォンと刃を出現させた。
「ちょうどいい、一手手合わせしようか。約束だったしな」


 夕日が地平線に沈む。
 はじかれたライトセーバーが宙を舞い、甲板を転がった。



 大地と水をたたえた大河がミネルバの下に横たわっている。低空を飛んで木々を掠めるように飛び、山肌に船体を隠すように着陸する。
 いよいよミネルバは、地球軍の要塞・ガルナハン線を攻略するのだ。
 現地協力者とコンタクトを取ったミネルバが彼らの活動拠点に出向いて共同作戦を練る。とにかく要塞を守るリフレクターを解除しない限り、突破はままならない。幹部連中と現地の協力者達が作戦を確認する中、シンは副長のアーサーにテントに呼ばれた。
 地図を広げて取り囲むむさくるしい集団に一斉に見られてシンは思わず気押されしそうになる。顎鬚を生やしたり、腹が出ていたりと貫禄だけは無駄にある。
「失礼だが、彼が?」
「ええ。うちのエースです」
 混じっているミネルバの乗員が子供のようだった。地図を挟んで向こう側に立っていたアスランなど・・・シンは絶対に本人の前で口に出せない印象を抱いてしまった。その彼がシンを見て微笑む。
 シンはその何かを企むような口元から発せられた作戦内容に唖然とした。


 派手な音を立ててドアが吹き飛ぶ。もう殆ど飛び蹴りの要領で鍵の掛かった鉄製のドアを吹き飛ばす。
 何が、ミネルバのエースだ。
「あの1本だって、俺に行かせるためにわざと食らったに違いない!」


 最初の手合わせはあっけなく勝負がついて、シンには何がなんだか分からないうちに終わった。一振りはしたような気がするのだが、気が付けば喉もとにライトセーバーの光があった。手合わせした気になれなくて、必死に頼み込めば日没までと言う条件で付き合ってくれた。
 茜色の中の青い光の軌道はシンにも分かるくらい基本に忠実で、何度も何度も挑むうちに軌道がリボンのように繋がるのが見えるようになった。
 今まさに、日が沈みゆく瞬間、肥大した太陽の中で青い軌道に赤い軌道が追いついた。軽い衝撃の後、アスランがライトセーバーを手放した。僅かに見開かれた瞳に一瞬の隙を突いて、そのまま勢いに乗って踏み込む。
 届いたと思った瞬間。
 自分の方が動いたのではないかという錯覚と共に、シンのライトセーバーは宙を切った。彼の髪が一房風に舞う。まるで甲板を滑るように距離を取って着地するアスランが、甲板を転がるライトセーバーに向かって手を伸ばす。
 シンは信じられないものを見る。
 物理法則を無視して、ライトセーバーがアスランの手の中に吸い寄せられたのだ。再び出現する青い光に反射的に構えたが時既に遅し。瞬きする間に距離を詰められた。
「油断は禁物だ、シン」 
 太陽が完全に沈んだ夕闇の世界で、ライトセーバーの光と彼の緑の瞳が浮かび上がっていた。


 実際には、あの夕暮れの甲板で1本取っただけなのだが、あの一言が村人を信用させるきっかけにもなったのだ。
「あんた、本当に大丈夫?」
 後に続く少女が、しかめっ面でシンを見上げている。迷路のような要塞を案内してくれる現地の協力者。コニールという少女。
「自分はルナと別ルートで、俺はガキのお守りかよ!」
「あーあ。アタシはあっちのお兄さんの方がよかった」
「悪かったなっ」
 まじまじと見つめられて、盛大にため息を突く姿がまた癪に障る。ドアが全てロックされて、鍵と言う鍵を全て銃で吹き飛ばして突き進む。
「大体、なんでロックが解除されてないんだよっ」
「こんなに派手にやってれば当り前だと思うけど。それでも敵に見つからないあたしのルート選びに感謝して欲しいわ」
 これでは、どっちがお守り役か分からなかった。


 タイムリミットは2時間。2時間以内にシンかアスランどちらかがリフレクターを解除できなければ、ミネルバは攻撃に出られない。それだけではない、最適な攻撃ポイントイコール敵の射程圏内なのだ。
 侵入組みは二手に分かれて陽動をかねた派手に動くシン達と、本命アスラン達。逃げ切ることが必須だから、シンには現地の協力者がパートナーについた。
「突き当たりは右!」
「!?」
 角を曲がったところで待ち構えていた敵兵達が一斉に銃を構える。
 俺達は殺し合いをしているわけじゃない。
 一瞬、アスランの言葉が脳裏を掠めるが、耳をつく銃声にとコニールの叫び声にシンは鉢合わせた地球軍兵士を切り倒していた。コニールの手前、残虐なことはできないが、動きを止める=死であることには違いない。ドサリと崩れ落ちる魂の入れ物達。ライトセーバー特有のブォーンという音。
 人を切る生暖かい嫌な感触が手に残る。高射砲をたたっ切った時には感じなかったそれ。
 肉の血の焼ける臭いが通路に満ちて、シンとコニールは無口のまま駆け抜けた。 自分の冷や汗を冷たく感じ、喉の奥が乾いて仕方がなかった。
「殺したのか?」
 答えたくなかった。聞こえないフリをして走りつづけると、足音が遠くなる。振り返れば、コニールが少し離れた後で突っ立ったままじっと見ていた。
「さっきの兵士達、殺したのかよ」
「だったらなんだ。やらなきゃこっちが殺られていた」
 俯く少女の方は震えていて、一歩も動こうとしない。
「同じだ。おまえ達も、邪魔になるとあたし達を切り捨てるんだ」
「は? 何言ってんだよ」
 両目に溜まった涙にギョッとして、近寄ろうとした。しかし、突然背中から聞こえた声にシンは注意力散漫になっていたことに気づく。
「まじこっちがビンゴなわけ?!」
 接近されるまで気が付かないなんて。
 近寄ろうと一歩踏み出したシンは、乱れ飛ぶ銃弾の中コニールを抱えて飛ぶことになった。


「コニールは戻れよ」
「お前・・・」
 背中に庇いだてして、ライトセーバーを構える。相手はマシンガンを二挺。1本の剣で防ぎきれるとは思えない。だけど身を隠すもののない通路で身を守る手は他にない。
「お前ら、ファントムペインの」
 ステラの仲間達。どうしてこんな所にいるんだ?
 実験部隊のファントムペインが地球軍の部隊に編入されたことなどシンが知る由もない。
「お前。プラントにいたコーディネーターじゃん。ネオやスティングには悪いけど、獲物は俺がもらーいっ!」
 二つの銃口から発射される銃弾。床に落ちる薬莢がうるさくコンクリートを打ち鳴らす。シンは一発も撃ちもらさないようにライトセーバーを構えなおしたのだが、背後のコニールがそれよりも早く壁に駆け寄って、虎柄模様で囲まれたガラスを叩き割っていた。
 天井と床から通路を塞ぐ隔壁。
 突然のことに、狙いを外した相手を見るまでもなくシンは隔壁の影に滑り込む。
「お前らっ!!」
「こっちっ」
 コニールが来た方に走り出して、シンは完全に閉まった隔壁を確認して後に続く。


「おいっ、ちょっと待てよ!」
 来た道とも違う別のルートをコニールは走りつづける。シンは付いて行くしかなくて同じように走り続けて少女の肩を掴む。それを合図にお互いハアハア言いながら壁にもたれる。
「いいのかよ、こんな方来ちまって」
「良くないよ。アタシだって来た事ないんだ」
 っておい。ちゃんと脱出できるかよ、俺達。
 殊更大きくため息をついて、天井を見上げた。そんなシンの視界に膝を抱えて、足元をじっと見るコニールが目に入った。丸まっていると歳相応の少女なのか本当に小さかった、いや、実際には年齢からしたらずっと小さいのだろう。
「怖い」
 ぽつんと呟かれた言葉。
 とてもさっき非常隔壁のボタンを叩いた少女と同じだとは思えなかった。
「最初は優しかったんだ、あいつらも。なのに、土地を奪って、こんな要塞作って、村を分断して。家族が会うこともできなくなった」
 要塞のことは良く分からなかったが、山林の地中に張り巡らされた通路は地形を知り尽くしてなければ為しえないものだという事はシンにもわかる。
「何か言えばすぐ殴って。銃で脅す。あたし達には何の力もなくて、言いなりになって働いて」
「もういいって。これで終りにするんだろ? 俺達も手を貸すから」
 しかしコニールは更に膝に顔を埋めてしまった。まるでシンの言うことなど聞きたくないと言わんばかり。通路に木霊する軍クツの足跡をシンの耳は捉えていた。
 僅か分かりの焦りはあった。でも、コーディネーターがどんな風に普通の人に見られるかもよく知っていて。
「俺はコニールの助けがなければ、言われた作戦をこなすことはできないし、ここから動くこともできない」
 本当ならひっぱてでも、立たせたい。こんな所でぐずぐずしている時間はない。
「ミネルバや村の人たちだって待ってる。アスランさんって怒らせると怖いんだぜ、俺なんか前、往復ビンタ食らったし」
 でも、自分は我慢が足りないと言われたばかりだった。
 こんな小さな、震えている少女に力づくで言うことを聞かせようとするなんて、要塞を作った地球軍と同じ。自分達は対等で協力関係にあるのだと、コニールに分かってもらわなければならない。
「力を貸してくれ」 
「急にやさしくするなよ。気持ち悪いなあ、期待しちゃうだろ」
 顔を上げたコニールは泣き笑いのような変な顔でシンを見上げた。


 ガルナハン線は無数の地下砲台からそれを守るリフレクター発生装置までかなりの広範囲にわたる要塞である。従ってそれなりの規模の部隊が駐留しているが、先日の戦闘で被害を受けたこともあり、幸いにもその守備は完璧とは言えない。少なくとも、感知されずにミネルバが接近できるほどにはその警備に穴があった。
「いっそ、リフレクター発生装置の方に言った方が出口に近いと思うんだ」
 医務室らしきところで、脱出ルートを模索するシンとコニールは意外な結論に達していた。その部屋にあったパンをかじりながら、地図をまで引っ張り出して確認している。シンはルート探索はコニールに任せて、あるものを探していた。
 目当てのものを見つけたシンは、コニールが覗き込んでいた地図をたたんで引き出しを開ける。
「手を出せよ。切っただろ」
 コニールの手はガラスを割ったおかげで、切れた個所から血が出ていた。本人も気が付いていなかったのか、思いのほか重症の傷に驚いている。簡単に手当てをして包帯を撒く。ちょっと大げさかと思ったが、他にいいものが見つからなかったのでそのまま紙テープで止める。
 ずっと無言だったコニールが、手当てが終わって引出しを締めるシンを凝視する。
「なんだよ」
「お前も結構かっこいいぞ。お前のアスランさんには負けるけどね!」
「なんだよ、それ!?」
 勢いよく引出しを閉めたつもりが、何かが引っかかって手をはさみそうになる。引き出しからはみ出したものを取り出せば、それはあちこち付箋の貼ってある紙のノートだった。照れ隠しにそのノートをぺらぺらとめくる。
 コニールの視線から逃れるためにただ見ているだけのページに、ある単語がシンの目に止まる。
 エクステンデット。
 確かにそう書いてある。医学用語はさっぱり分からないけれど、その部分だけはおそらくそうスペルが書き綴ってある。
「どうかしたのか?」
「なっ、なんでもない。もう時間がない、そろそろ行くか」
 心臓が鳴るのに合わせて声が震えているような気がした。ノートを腰の後に挟んでシンとコニールは要塞中心部に向かった。


 階段を登り、兵士の影を察知して、部屋に隠れる。通り過ぎるまで息を潜めてやり過ごす。
「多分、この上がリフレクター発生装置だ」
 コニールが先導し、シンが前後左右を確認してまた一つ階段を駆け上がる。ロックを奪った銃で破壊して、足で蹴倒した。始めに比べれば随分と周囲に配慮した蹴り方だった。
「もしかして・・・」
「俺達の方が先に辿り着いた、のか?」
 コンソールらしき制御室が巨大な部屋の向こうに見え、中央に鎮座するジェネレータが低音を発して稼動している。コードやパイプが天井や床を這い、高電圧マークがあちらこちらに貼られている。
「そうでもないみたい」
 銃声と靴音。シンとコニールは慌てて制御室の方に回り込む。中の技術者を確認したところで、反対側の扉からライトセーバーが飛び出した。
 コニールが小声で『すごーい』と言う。
 そんなこともできるのかと、確かに戦車を切ったりするのだから当り前なのだが、ロックされた分厚いドアをライトセーバーでくり抜いている。色がピンク色だからあれはルナマリアだ。
 あいつ、結構力あるな。気をつけようとこっそり思った所で、ゴロンと倒れた入り口からルナマリアとアスランが転がり込んできた。ルナが前衛でアスランが後方で、敵部隊と応戦しながらなだれ込んできたのだ。シン達も驚いたが、中の技術者の方がもっと驚いていた。どたばたと席を立ち、どこかへ連絡を取ろうとしている。
「あっ、シン!」
 げっ。ルナの奴!
「あんた何やってるのよっ。こっちの苦労を無駄にする気!?」
 ルナの言うことが引っかかったが、目ざとく身を潜めているシンとコニールを見つけて大声で叫ぶものだから、二人の存在はバレバレだった。攻撃にさらされそうになり、シンは一か罰かでコニールを庇いながら制御室に入る。中にいた技術者を昏倒させて、手当たり次第にレバーを引き降ろす。
「身を伏せてろっ」
 ジェネレーターが止まるのと、最後の守備兵が倒れるのは同時だった。ほっと胸を撫で下ろすルナマリアにシンが食って掛かろうとした時、新手が乗り込んできた。


「あんたら、よく会うよねえ」
 変な仮面をつけた男。その後にはついさっき相対した少年と、プラントで会ったことのある少年が銃を構えてシンやアスランと距離を取る。
「ルナマリア! コニールをつれて早く脱出しろ。ミネルバが来るぞっ」
「分かったわっ」
 アスランがルナに指示を飛ばした。
 シン程とはいかなくても、ルナマリアもライトセーバーで銃撃を防いで、コニールを抱き寄せる。ライトセーバーを下段に構えて、仮面を見据えたままアスランが言う。
「シンはコンソールを潰せっ」
「そうはさせないってねっ!」
 ブワッとシンの前に移動する仮面男。口調は丸いが、目の前に突きつけられた剣からは殺気が流れる。そう、仮面だけでなく、二人の少年も手にライトセーバーを持っていたのだ。
「ネオっ、そいつは俺の獲物だぜっ」
「アウルとスティングはそいつを止めろっ。気を付けろ」
 アスランが少年二人を相手にするのを見届けて、シンは前を塞ぐ仮面男に迫る。一直線にライトセーバーを突き立てて、切り結んだ剣を滑らせて頭上を飛び越える。
 シンが逃れようとする進路、避けようとする方向に面白いように剣が来る。思うように当てられなくてこめかみから汗が流れる。それでも、再びジェネレーターを回されるわけにもいかないので必死で制御室の入り口を守る。
「いい加減にっ、諦めろよっ!」
「くっ」
 注意が一瞬削がれるのを見逃すシンではない。仮面男の僅かな隙を突いて、下から跳ね上げた。
「余所見とは余裕かよっ」
 ジェネレーターを挟んだ反対側で、アスランが二人の少年と戦っている。甲板で彼と剣を合わせたことのあるシンにはそれが真剣勝負ではないことが分かる。往なすだけの、足止めするだけの、しかし、気を抜けは腕一本は持っていかれそうな鋭い一振り。実際、一人の少年の手からライトセーバーが弾かれていた。
 大きくジャンプして仮面男はシンの一撃を交わしたが、シンは着地点に打ち込む一閃をフェイクにして制御室に駆け込んだ。
 ライトセーバーでレーバーを切り落とす。
 会わせたように機械が揺れるほどの大きな振動。まるで地震のように、物が倒れ手元のコンソールがライトがちかちかと一瞬不安定になる。ミネルバの砲撃と、地元住民の一斉蜂起が始まったのだ。
 火花を拭くコンソールの横で再び仮面男を対峙する。
 シンが男との間合いを計る間に、振動が伝わり、ついには警報が鳴り出した。定期的にアナウンスされるカウントダウン。
 天井からもぱらぱらと建材が落ちてきて、いよいよ脱出するのも限界の時間。
「ミネルバのコーディネーターね。さしずめエースって行ったところか」
「待てよっ!」
 相手がライトセーバーの刃を納めて出口に向かって走り出した。ネオと呼ばれていた仮面男が二人の少年に合図を出す。それはちょうど床に転がったライトセーバーをアスランが拾い上げて投げ返すところだった。
「シン、俺達もそろそろヤバイ」
「なに暢気に言っているんですか、アンタはっ」
 二人は、ルナマリアが空けた出口からジェネレータールームを後にした。


 シンとアスランがミネルバに辿り着いた時、二人は途中で噴出した消火設備でびしょぬれになっていた。ガルナハン線はその後盛大に爆発する。褒め称える村人達の輪を抜け出して、シンはアスランを探す。どうしても確認したいことがあったのだ。
「今回の作戦」
「何だ?」
 上着を脱いで、水を絞っている。
「もしかして俺達のほうが、ジェネレーターを止める予定だったんですか」
 最後にぎゅっと一ひねりして、肩にかける。中に着ているインナーがペタリと肌に張り付いている。
「最初の予定では違う。俺達でやるつもりだったんだが、おまえ達が中心部を目指してるみたいだったからな、陽動をすることにしたんだよ。結局手ごたえがなくて、あまり意味がなかったが」
 特に悪びれもせずアスランが事情を説明する。
 作戦が始まった当初は、陽動なんてつまらないと思っていた。コニールをつれて行くように言われた時、ガッカリしたのを覚えている。
「でも、お前はできたじゃないか。あの子を守りつつ、リフレクターを止めることができた」
「俺、毎日、鍛えられていますから。アスランさんのおかげです」
 アスランが濡れた上着でシンを叩く。同じように輪から抜け出してきたルナとコニールが加わった。
「シンだけずるい。アタシもアスランさんに弟子入りする!」
 ルナがほおを膨らませて、『弟子入りさせてくれ』とアスランに迫っている。対するアスランは微笑むだけで、ルナには曖昧な返事しかしていなかったが、まんざらでもなさそうだ。
「強敵出現だね、シン」
「だから、どーいう意味だよ・・・」
 コニールがシンを小突いた。


コニたんの話を急遽することになりました。結構、好きだったりします。最初は予定になかったけど。前回分と今回分で一回でやろうしてたんだよな。トホホ。そんなの無理に決まっているじゃん。

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