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マイルストーン





 砂漠が切れ、緑が所々生い茂る大地に反乱軍が集結していた。
 かつて帝国と王国の国境だったその場所は、灌漑施設で痩せた土地でも食物を育てることができる地だった。

 深紅の飛空艇が青空から舞い降りて、旗艦と思われる飛空戦艦へと近づく。
 大空を埋めるのは反乱に参加する各地の飛空戦艦と艦載の突撃飛空艇で、編隊を組んで訓練と哨戒を繰り返していた。

「さて、バルトフェルト侯の旗艦に到着したわけだが、どうするつもりだ?」

 飛空艇のドックにセイバートリィを停めてアレックスがラクスを振り返った。再三の警告を無視し、哨戒機や反乱軍所属の飛空艇をすり抜けた彼が、何でもないことのように問う。
 覇王の剣を握り締めるラクスは、操縦席越しに振り返る彼を見据えて言う。

「決起を収めて頂く様にお話します」

 ミーアがステラを抱き寄せて、アレックスを見る。
 二人がお互いに顔を見合わせて頷き、席を立ったのは一人。

「では、参りましょうか? 王女様」

 キラが嫌な顔をしたのもお構いなしに、アレックスが背中を押す。

「ミーア、後を頼む」
「大丈夫よ」

 ラクスが早足でコックピットを出て、キラに続いてアレックスも飛空艇を降りることになった。セイバートリィは反乱軍の兵士達にすっかり囲まれていたから、ミーアとステラは残って正解だった。

「この飛空艇に手を触れないで下さい」

 ラクスが釘を刺し、二人の男を従えて艦橋へと向かった。警告を無視して強行突破し、無理やり飛行戦艦に着艦した犯人がピンクの髪の女性と来て、乗組員達は度肝を抜かれていた。
 たゆたう長い髪を結い上げて、毅然とした眼差しをした女性はアプリルの王女その人。そして、後ろに続くキラの姿を見て息を呑むのだ。

 死んだはず。王女も将軍も。

 緊張した面持ち二人を他所に、一人アレックスだけが物珍しそうに空中都市製の飛空戦艦をチェックしていた。艦内のクルーも『こいつは何者だ?』と怪訝な視線を寄せていたが、本人は我関せず、通路やパネルの計器類を触れて回る。
 幾つも通路を折れて、エレベータで昇った先に衛兵がずらりと待ち構えていた。

「俺はここに残ろうか」

 ラクスとキラが振り返る。
 どうして? と彼女の目は語っていたが口にはしない。

「誰か一人、扉の前で待っていないと駄目だろう」
「そうだね。万が一の事を考えると彼の言うとおりだ」

 ラクスとキラが扉の向こう、バルトフェルト侯の待つ艦橋へと消えても大勢の衛兵に一人混じって、扉の前で待つアレックスは壁に背を付ける。腕を組んで凭れて待つ姿を反乱軍の衛兵達が物珍しそうに眺めていた。






 ラクスとキラが艦橋に足を踏み入れた時、バルトフェルト侯は杖を両手で床に突き、前方の大地を眺め降ろしていた。悠然と構えた態度は確かに帝国と連邦の間で舵取りをしてきた老成した男の雰囲気を醸し出していた。

 ラクスはその様子を見て僅かに眉をひそめる。
 バルトフェルト侯は奥方もおらず、まだ不惑を超えたばかりの歳。空中都市を挟んでアプリル王国と帝国に義理立てし、独立を保ってきたとは言えここでアプリルに大きく舵を取らせてしまった。
 彼と彼の民をアプリルの命運に巻き込んでしまった。

 振り返った侯は、そのような事を微塵も見せずに問う。

「二人だけかね。シンや、あの空賊はどうした?」

「シン・アスカ・プラント殿下は帝都ですわ。・・・アレックスは―――」
「あの空賊なら扉の外で待ってますよ、バルトフェルトさん」

「ふうん。それで、ラクス王女。君は何をしに来たのかねえ、まさか止めに来たとか」

「そのまさかですわ」

 これには艦橋にいた誰もがびっくりしてバルトフェルト侯爵と向き合うラクスを見た。ピンク色の長い髪や優雅な声は誰しも一度は聞いたことのある、王女の姿と一致していた。今しがたも、侯爵は彼女を『ラクス王女』と呼んだ。

「おやおや。よりによって君がそれを言うのかい? この決起が何の為のものか知らないわけでもあるまい」

 反乱と呼ばれようとも、彼らの願いは一つ。失われた祖国の回復であった。
 帝国に吸収されたアプリル王国の再興。たとえ、この決起が帝国の皇帝崩御の喪中を狙ったものであっても、どんな可能性でもあれば見逃すわけにはいかなかった。

「勿論、存じております」
「我々に残された時間は思うほどに多くはない」

 あえて言えばこれは千載一遇の機会なのだ。
 これ以上帝国の支配が長引けば、帝国領土としてのアプリルが定着し、徐々に王国の空気は失われてしまうだろう。その上、かつての王都アプリリウスに居を構えた執政官はよくこの地を収めていた。

「イザーク・ジュール・プラントの居ない今が、絶好の機会だと思うがね」

 その切れ者の執政官も、さすがに皇帝崩御の為に留守にしている。
 軍事的才能にも人心の掌握にも長けた亡き皇帝の息子の一人は、意外とアプリリウスの民から信頼を寄せられ始めていた。アプリリウスでもアプリルの街道沿いの街でも、以前ほど帝国に対する呪詛を聞くことはなくなった。

「勝てるとお思いなのでしょうか?」
「皇帝の息子達やフェイスマスターならまだしも、彼らは皆帝都だ。また勝てるだけの布陣が揃った、こんな事はもうないだろう」

 ラクスはバルトフェルトの視線につられて艦橋から解放軍を見渡した。
 アプリルを帝国から解放する為の大艦隊は、様々な形の飛行戦艦が並び、今もひっきりなしに飛空艇が哨戒を続け、艦橋近くを飛空艇が飛び去った後、ブリッジのクルーが慌しく動き始めた。

「犠牲となる命を惜しむか、本当に君は聖女だな」
「聖女などと・・・本当に帝国が何の手も打たないとお思いでしょうか?」

 皇帝崩御は突然のことだったけれど、後手に回るような帝国だろうか。ラクスの問いかけにバルトフェルトは口をつぐんだが、艦橋に届いた通信は彼女の杞憂を見事に言い表していた。

「東方の哨戒機より打電。ユニウス領上空に帝国の艦隊を発見。数はおよそ・・・・・・2個軍!!」


 ラクスは候の表情から力が抜けるのを見ていた。
 薄く笑って瞳を閉じるその姿。

「バルトフェルト候・・・」
「なるほど王女、君の言うとおりだが、数だけで負けと決まったわけではないぞ。そうだろう? ヤマト将軍」

 侯爵は矛先をラクスからキラに変えて、問いかけた。

「例え確立は低くとも、引けない時があると思わんかね」

 2年前の王国陥落時に最後まで抵抗した元将軍に、勝てる見込みがなくとも、立ち向かわなければならない時があるだろうと。

「勝てなければ唯の犬死ですよ。いや、今よりひどくなるかも知れない」

 キラの返事は短かったが、現実だった。
 たとえ緒戦で勝ったとしても、独立を勝ち取るまでにどれだけの血が流されるだろうか。まして、敗れた時の光景はいかほどのものだろう。恐らく二度と独立など思わぬように徹底的に弾圧されるだろう。

「皆様の決意を無駄にしないために、今一度お考え直し下さらないでしょうか? アプリルの為にも」

 ラクスにとっても、アプリル再興は譲れない夢だ。
 だからこそ、その為に、今ここに集う力を絶対に失うことはできない。今はまだ帝国に敵わなくとも、いつか支配を打破する時に必要となるのだ。

「バルトフェルト候、どうか・・・!」

 思案する男を決断させたのは、哨戒機からもたらされた帝国軍の情報だった。

「哨戒機から続報。旗艦ヴェサリウス・・・これは・・・帝国第3軍です! さらに、艦橋に白のインペリアルフラッグを確認!」

 フッと笑って杖で床を一つ打った。
 ブリッジのクルーの誰もがバルトフェルトとラクスを見上げていた。
 打電にあった旗艦名ヴェサリウスは有名な帝国の高速飛空戦艦で、インペリアルフラッグは皇帝直々にしか与えられない特別旗。まして、その旗の色がプラント王子の貴色の白と来ては、その艦隊を指揮する者が誰なのか知らしめているのも同然だった。

「さすがに鎮圧ごときに重飛空戦艦は出して来んか・・・しかし、よもやイザーク殿下のお出ましとは」

 戦争は一人ではできない。
 末端の兵士1人1人にまで命令が行き届き、勝利への確信がなければ無理な話だった。イザーク・ジュール・プラントが来ると聞いて、前線の兵士達が浮き足立つのは無理のない話しだろう。バルトフェルト候でさえ、王子やフェイス達が出向かないからという条件の下に決起しているのだから、大前提が崩れてしまう。

「僕は勝ち目のない戦はしない主義でね・・・解放軍各艦に伝令。訓練中の飛空艇を収容しつつ、各艦転舵。警戒を怠るな、集合地点は追って通達する」

「ありがとうございます」

 ラクスはバルトフェルト候に緩く笑みを向け頭を下げた。






 一触即発の危機の最中、シン達を乗せたハイネの飛空艇はユニウス領上空を飛行していた。草木一本ない荒涼とした荒野はなぜか昼だというのに薄暗く空は黄昏ていて、地上を蛍のような光が舞っていた。形を留めない建物の残骸が延々と続き、豊かだった地形も平らげられていた。山も丘も、河も湖も何もなかった。微かに揺らぐ仄かな光以外、何もない地。

 シンは上空からユニウス領を見下ろしていた。
 幼い時に数回、兄に引っ付いて訪れた事があった。兄が死んでユニウス領が無くなってしまってから、初めてその惨状を目の当たりにする。

「これがユニウス・・・」

 豊かな農地が広がり、緑に覆われた土地だと記憶していた。
 街道を進めば土地の農民が手を振ってくれ、春先にキャベツの収穫を兄と一緒にしたのを覚えている。それが、今は見渡す限りの荒野、いや、命の気配が感じられない幽玄の場所だった。

「アスラン様の封土だったなユニウスは・・・皇帝の座を巡って兄弟が争った結果がこれとはな」

 同じように地上を見下ろしていたカガリが零す。

「カガリは兄上を知っているのか?」
「残念ながら、まだその時は下っ端だ。今居るフェイスで当時から居たのは・・・フェイス・グラディス・・・で、そうちょうど、ディアッカがフェイスに成り立てだったか」

 一時代に数人しかいないというが、二人というのは少なすぎる。シンは不思議に思った。

「二人の時代もあったんだな。それに比べれば今は多いんだ」
「いや、確かもう一人いたぞ? この争いに巻き込まれて行方不明になっている、なんて名前だったかな・・・」

 フェイスと言えば帝国の象徴であるというのに、行方不明とはどういうことだろう。シンは深く考えずに口に出していた。

「フェイスのくせに、だらしがないなあ」
「言ってくれるな、耳がいた―――くっ」

 突然飛空艇が上下さかさまになり、シンはしたたか背中を打ちつけることになった。ひっくり返ることはなかったが、案の定フェイスのカガリはそんなことなくて飛空艇の座席にしっかりとつかまっていた。

「危ないなっ、もう!」

 そう言えば、前にもこんなことがあったな、と。

「悪い悪い、手が滑ったぜ」

 笑いながら飛空艇を操縦するハイネが、そう言いつつ片手で操縦しながら振り返るものだから今度は身体が急に軽くなった。ぐんぐんと迫る地上がコックピッドから覗いていた。ぎょっとしてシンは叫ぶ。

「ちょっと、前、前っ!! わ――――――っ」

 地上の建物のあとがくっきり見えるところで姿勢を立て直した飛空艇は埃を巻き上げ、しっかり機体を何かにちょっぴりぶつけて舞い上がった。

「ふ―――っ、危なかったぜ」

 額の汗を拭いながら息を吐くハイネが両手で飛空艇を空へと掛ける。

「前見て操縦してくださいよっ!」

 間一髪の所で助かったというのにハイネにはあまりそこまでの危機感はなかったようだ。こんな所で操縦不注意で命を落とすのは洒落にならないと、シンは今更ながらゾッとする。

「そう、カリカリするなって。男のくせにうるさい奴だな」
「うるさいと言う問題ではないぞ、真面目にやれ」

 便宜上シンを守る立場にある彼女にとっても笑い事ではないので、釘を刺すカガリ。お守りする王子もろとも飛空艇の事故で死亡とは、笑い話にもならず、連邦に一矢報いるどころの話ではない。
 だが、肝心の飛空艇の主は随分と楽観的で。

「フェイスもこれくらいのことでぶつぶつ言うなって」
「ブツブツだとっ!?」

 早速、片手で操縦していた。

「それともアレの日―――ぐへっ!?」

 カガリの一撃に飛空艇が大きく揺れた。

「ぶつかる、あ――――――っ!!」
「バカ野郎、静かにしろ。帝国の艦隊だっ」

 地上すれすれと飛ぶ飛空艇の遥か前方の上空に、西進する大艦隊がいた。中央よりやや後方に位置する白銀色の飛行戦艦にシンは見覚えがあった。
 まだシンには与えられた艦隊はなく、皇帝不在の帝国でこの先、シンが正式に艦隊指令に任命されるかは不透明だけれど、皇帝の王子達は皆、自分の艦隊を持っている。
 艦橋に翻る旗までは見えはしないが、きっと白い旗が翻っているはずだ。

「兄上があそこにいる」





 隊列の大外を抜けて、飛行戦艦の周りを周回しながらカガリが怒鳴っていた。

「だから、私はフェイスマスター・カガリだ。イザーク殿下に火急の用件があると言っている!」

 通信装置を壊す勢いで彼女は叫ぶが、応答はちょっと待ってくれの一点張りだった。

「あのさ・・・もうちょっと落ち着いてしゃべったら?」
「なら殿下が、あのうるさいハエどもを説得してください」

 イザークの乗るヴェサリウスの周りには警戒の為の飛空艇がわんさか群がっていて、容易には踏み込めない徹底振りだった。さすがはイザークの部下である、飛空艇のパイロットの1人まで皆頑固者だった。
 まず最初に、兄に会いに来たと告げたシンの声は一蹴に伏されたのだ。
 ならばと私がと変わったカガリまでも、相手にされない徹底振り。

「やっぱり、強引に着艦しちゃおうぜ」
「兄上に伝わりさえすれば、こんな奴らっ」

 3人ともそれしか方法がないかと諦めかけた時、シン達の乗る飛空艇がヴェサリウスから曳航のワイヤーに拘束された。

『速やかに貴艦の所属を明らかにされたし』

 今までとは違う対応に少しは上のものに伝わったのかと安堵したシンは、カガリから通信装置を奪って、目いっぱい大声で怒鳴った。

「俺はシン・アスカ・プラント。そこにいる兄上に会いに来た! 兄上と話がしたい」

 会って話して、アプリルの反乱軍を殲滅するなんてことを阻止するんだ。
 せっかく上手くアプリリウスを統治していたのに、こんなことで旧アプリルの艦隊を殲滅させたら。ようやく芽生えた帝国への信頼だって吹き飛んでしまう。

 あのラクスが皇帝崩御の隙を付いて挙兵するわけないんだ。

「殿下の護衛のフェイスマスター・カガリだ。そこを通せ」
『今しばらくのお待ちを』

 ぶつりと切れた通信に3人は固唾を呑んで返答を待ったが、未確認飛空艇接近の報告を受けたヴェサリウスの艦橋ではイザークが米神に指を当てて、蒼い瞳を閉じる羽目になっていた。

 何をしに来たんだ、シンは。
 帝都でおとなしく待っていればいいものを。
 拠りによってフェイスマスター・カガリも一緒だと?
 ディアッカは何をしていたんだ。

 艦隊は既にユニウス領を抜け旧アプリルとの国境地帯にまで進んでいた。反乱軍が駐屯している地はもう目と鼻の先である。

「殿下、如何がなさいますか?」

 伝令役の女性が回答を要求してきた。
 茶色の長い髪を後ろで縛った、やや無表情な女性はそれでも、イザークのことを気遣ってはいたようだった。

「弟君とお話されますか?」

 溜息を付く。
 イザークの方に今話をすることはない。あるとすればシンの方にあるのだ。わざわざ進軍中の帝国艦隊にまでやってくるとはつまり、シンの話たい内容とはその物ずばり、この進軍についてなのだろう。

 安っぽい正義では国は治められん。
 ラクス王女にほだされたのか。それとも、空賊に感化されたのか。
 こんな所まで意思を伝えにやって来たシンの成長を少しは喜びたい反面、訴えを聞き入れてやることはできないだろう。

 王子二人がアプリルの反乱軍を巡る会話をすることで艦隊に与える影響も。

 イザークは伝令の女性に指示を出す。

「即刻、帝都へ送り返せ!」
「はっ。了解しましたッ」

 踵を鳴らして伝令が去って行くと、ヴェサリウスから飛空艇一個編隊が問題の飛空艇を取り囲んだのが分かった。後は上手く誘導して帝都へ送り届けてくれるだろう。

「殿下」
「今度は何だ」

 飛空艇が見えなくなったことを確認して、イザークは今一度視線を伝令へと向けた。

「南西に敵艦6。反乱軍かと」






 ラクスは目の前に立つキラの背中越しにバルトフェルト侯の声を聞いていた。
 前にも後ろにも艦橋の兵士達が取り囲み身動きできない。けれど、状況は刻一刻と差し迫った方向へと向かっていく。

「君を行かせるわけにはいかないな」
「わたくしが説得します」

 艦橋に伝えられるのは、転進して衝突を回避するはずだった解放軍の一部が帝国軍艦隊に向かって進み始めたと言う事。バルトフェルト侯が状況の不利を説いて再度期を伺い、その時の為に英気を養えを命令をした後だった。
 納得できない者達がアプリル復興を掲げて進軍し始めたのだ。

「止めたまえ、一度決壊したものを元に戻すことはできない」

 ラクスは折角収まりそうだった戦争の針が一気に進んだのを感じていた。
 ぴりぴりと肌に突き刺さる空気は開戦の前触れだ。2年前にも経験した、あのある種の絶望的な高揚感が全身を、この艦橋を包んでいる。

 合流する艦あり!
 ブリッジの通信途絶えました。

 最後に入ってきた言葉は、アプリルに栄光あれ。独立を!
 ラクスは自分1人でも早まった飛空戦艦に乗り込もうと艦橋を飛び出そうとしたが、それをバルトフェルト侯に阻まれたのだ。今はキラの背に守られている状態。

 帝国軍との距離500。
 あと20分で射程距離内に入ります。 

 何としてでも追随させる艦を出させるな。

 報告だけが頭に入り、自分はここで見ていることしかできないのか。
 それだけではない。見ているだけではなく、見捨てるのだ。なぜならバルトフェルト侯の指揮する旗艦は帝国軍に背を向けているからだ。頭では分かっていても、アプリルの民を守るという王女しての責務が圧し掛かる。

 止めなくては。
 この戦いは、戦わなくてもよかったはず。

「お願いです。まだ20分あります、帝国の司令官がイザーク殿なら!」
「本来なら君が盟主だろう、ラクス・クライン王女殿下」

 ラクスは歯を噛み締める。
 何の為に自分がここまで来たのか、これでは分からなかった。
 祖国の復興の為に身を隠して、種石の秘密を追いかけていたのはなんだったのか。

 庇護を逃れて危険に飛び込んだのは、何もできない自分が悔しかったからではないのか。守られるだけ、準備万端整った所で最後に一声発するだけの存在になりたくなかったからだ。その為に、剣すら手にしたのに。

 今ここで何もできずに守られてしまったら。

「キラ」

 何としてでもここを。
 ラクスが心で最後の手段を考えている時、艦橋の入り口付近で派手な音が沸き起こった。

「ホント、いいタイミングだよね」

 バタバタと倒れていく兵士達をまたいで乱入してきたのは、アレックスだった。

「早く。急ぎませんと!」

 形勢の逆転を見てもラクスを捕らえようとする兵士をキラがなぎ倒して、ラクスとキラが艦橋を走り去る。最後、バルトフェルトは後片付けをするアレックスと目が合った。

「君は一体、何がしたいのかねえ」

 アレックスは何も答えずに身を翻して艦橋から姿を消した。





 ミーアの機転でいつでも飛び立てるようになっていたセイバートリィが、取って返して帝国軍に向かって進撃する決起艦隊へと向かう。少し毛色の違う飛空戦艦はアプリルより南部地方のものだろうか。

「アプリルの艦じゃないな。どこの出だろう、あの型・・・どこかで見たことが」

 考え込むキラを他所にミーアの声が上がる。

「駄目。全然繋がらない!」
「無理でもお願いします。呼びかけ続けてください!」

 コックピットから通信を入れようとしたが、確かな返事はない。
 セイバートリィは足自慢だが、たとえ決起した飛空戦艦に追いついても戦艦の足を止めることはできない。艦橋に繋がらなければ話すこともできず、解放軍旗艦に乗り込んだように直談判をする時間もない。

「どうするの? ラクス。このままだとすぐに開戦だよ」
「向こうからも先走った奴が一機来るな。それに、後ろを見ろ」

 飛び出したラクスを守るためにバルトフェルト侯率いる解放軍主力も後方に留まっていた。点在する青い光は突撃飛空艇が多数発進した合図で。前方にも同じだけの光を無数に確認できた。

 もはや、セイバートリィからも帝国軍が視認できる。
 空を黒く染める大艦隊が鎮圧の為にアプリルと帝国の国境付近にまで来ていた。
 恐らく今頃はお互いに射撃の調整を一生懸命しているだろう。

「戦艦が一杯、ねえミーア、何が始まるの?」

 戦争よ。とは誰も言えなかった。
 ラクスは胸にしまった種石を握り締める。
 あの艦隊に、目の前の飛空戦艦と後方の同志の艦が落ちてしまう。

 わたくしはなんて無力。

 戦争を止めたい。
 止めたいのに。







 ―――ラクス。




「アスラン!?」

 ラクスはハッと顔を上げた。

 目の前に居るのは青白い光に包まれたアスランで、伸びてきた手がそっとラクスの両手を包んだ。握り締めた種石が熱かった。指の間から光が漏れてコックピッド全体を照らしていく。




 君に力をあげる。



 帝国軍を退ける力を。
 アプリルを帝国から解放するんだ。



「よせっ!」

 操縦席から立ち上がったアレックスが叫んでいた。
 ラクスに微笑むアスランと、アレックスが重なる。

 手の中の種石は持っていられない程熱くなり、光り輝いてやがてひとりでに宙に浮き上がった。

「駄目よ!」

 アレックスが目を瞠る前を過ぎる影。長い桃色の髪がなびき、宙の種石を掴もうと手を伸ばしていた。

「ミーアさん!」

 しかし間一髪取り戻したのはラクスで、驚いて必死の形相をしているミーアを見つめていた。

「もう止められないわ。今すぐそれを捨てて、できるだけ遠くへ逃げるのよ!」

 ミーアは無茶を承知でコックピッドの窓を開ける。途端に舞い込む風が吹き荒れるが、ラクスにはどうすることもできない。

 手の中の種石を捨てる?

 目の前にいたアスランは消えていて、ラクスの問いには答えなかった。熱さと光を増した種石を見て思い出した。帝国軍の戦艦が消失した事件、今まさにあの時と同じことが起こっている。

 やがて本当に持っていられなくなり、ラクスは手を離す。
 宙に浮かぶ種石を飛空艇の外に放り投げたのはアレックスだった。





ようやくここまで来ました。暁の種石発動です。本当は艦隊戦を描きたかったけど無理でした。「ッて―――っ!」と「回避―――っ!」だけじゃない艦隊戦って、戦術や艦隊運用のことが分かってないと難しいですよね。こうした戦争部分は雰囲気で読み進めていただけると嬉しいです。細かい距離や時間計算とかしないでちょ。