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カサブランカ






 それにしても・・・。
 毎度のことながら、シンは姿をカモフラージュするセイバートリィを見て感心していた。ボタン一つで完全に周りの景色と同化する仕組みとは、一体どんなものなのだろう。

「すげーな、おい。どうやったんだ、俺にも教えろよ」

 ハイネが興味津々とばかりに早速アレックスに突っかかっているから、空賊なら誰でも知っているという技術でもないらしい。

 と言う事は。
 これもアレックスが作っちゃった装置・・・って奴なのか。

「企業秘密だ」
「秘密って、俺達同じ空賊だろ~」

 呆れるミーアと何か言いたそうなラクスを横に、街の入り口でアレックスは一人ハイネと奮闘している。

 砂漠を超え、僅かばかりの緑の向こうにあるのは煙を吐く火山だった。鉄の城門でぐるりと囲まれた連邦の玄関口は、コスモス連邦の領土と言う緊張感を誘うには少しばかり違っていた。溢れる旅人に商人、帝国も連邦も無い、交易の要衝としてその町はある。
 アプリリウスをぎゅっと凝縮したような街。

「最初はこんなもんだろ」
「俺、なんか緊張して損した」

 しかし、ステラは目を輝かして街の様子に見入っていた。

「ステラ、ここ来たことがある!」
「そいつは良かったな」

 街の中には、小さなバザールが山のようにたち、歩く隙間もない程賑わっている。確かにこれだけ人が居ればネオ本人が見つからなくても、手がかりくらいは見つかりそうだ。なんと言ってもネオは金髪に妖しい仮面と言うとても目立つ格好をしている。

「この中から探し出すのか・・・」
「君、いきなり見つかるとでも思ってるの?」

 人混みにうんざりしているアレックスと、見つかるわけがないと決め付けているキラをシンは睨む。

「とにかく情報を集めませんと」

 こんな時、ラクスの建設的な意見がありがたかった。逆に、張り合っている二人が子供っぽく見える。

「一刻おきにここで報告な、えっと、あんた・・・」
「ミーアよ」
「留守番頼めるか?」

 キャンベラのミーアはこの混雑の中でも目立つ。その上腕も立つから誰かに危害を加えられることもない。確かにいい人選だ。

「うーん、いいわ。みんながちゃきちゃき働くのを高みの見物してるわね」
「おいミーア・・・」

 連邦でもキャンベラが珍しい種であることには変わりがないらしく、ミーアをちらちら見る視線が多いこと多いこと。しかも赤面したり、邪な瞳まで混じっているではないか。今ではシンもすっかり慣れてしまったけれど、本当に目もくらむようなスタイルをしている。

「あら心配? 大丈夫よ。アタシはアレックスがこの人混みで迷子になっちゃわないかって事のほうが心配だわ」

 自覚があるのか、口を噤む彼。あまりにはっきり言われてぐぅの音もでないアレックスの横で、シンは思わず肩を震わせる。

「何笑ってるんだ、お前」
「イテッ」

 バシッと頭を叩かれてシンは頭を押さえる。
 こういう所が横暴なんだと改めて思う。ステラに同意を得ようと彼女に話しかけようとしたら、彼女の視線は人混みのある一角を見つめていた。

「・・・ステラ?」

 そこに何があるのだろうと、人々が行き交う大通りを見る。荷車を引いているバザールの店主が麻袋を背負った商人とぶつかって騒ぎになっている。彼らの足元には割れた瓶がいくつも散らばっていた。

 見物人も集まってちょっとした集団を形成している。
 群集のざわめきの中に怒鳴り声が混じり、それでも、気の利いた市場の誰かが間に立って収めている。

 騒ぎが収まって人がばらけて行くその向こう、通りの反対側にどこかで見たことのある人物がいた。溜息を付いて頭の上で腕を組む仕草。もっと大きな騒ぎになるのを楽しみにしていたのに、これで終わってしまって残念。そんな雰囲気で引き返していく。

 あれって。
 シンの脳裏に浮かぶ二人。確か―――。

「アウル! スティーング!!」

 シンが口にする前にステラが駆け出していた。

「あっ、ステラっ!」

 シンは慌てて追いかけて、人混みの群れに突っ込んだ。

「いきなりビンゴかよ!?」

 ハイネが後を追う。
 キラが駆け出し、完全に出遅れたアレックスがミーアとラクスに事情を説明することになる。

「どうやら見つかったみたいだな。シンやハイネたちが追いかけた見たいだから、俺達はここで待っていようか」

 ネオ達を知らないラクスが今更追いかけたところで皆には追いつけない。元々留守番のミーアと一緒にのんびり吉報を待とうと提案したが。ミーアがそれを許すはずもなかった。

「何言っているのよ。アタシ達は大丈夫。だから早く追いかけなさいって!」
「やっぱりか・・・」

 苦笑して軽く手を上げる。大通りに向かえばすぐに人混みに紛れてしまった。

「どうも最近、親父くさいのよね・・・変に保護者ぶってると言うか・・・」

 呆れたミーアの呟きに、ラクスがこっそり彼女を見る。

「でも、それも素敵な魅力ですわ」
「あらまあ、どうしちゃったの?」

 目をぱちくりさせてミーアがラクスを見る。

「わたくし、少し分かった気がして」

 ミーアがアレックスが去っていった人混みを見つめるラクスの視線を追って苦笑する。彼女はアレックスがいつも視界の片隅でラクスを捉えていることを知っている。それは何も、彼女が王女様でも、報酬の為でもない。

「空賊ってだけじゃ括れない面があるってことね」

 ラクスが横のミーアを見る。キャンベラ族のミーアはラクスよりも頭半分背が高い。勿論長い耳を除いての話。見上げる空色の瞳が気持ち見開かれているのを見て、ミーアは微笑を濃くする。

 基本的に女性に弱く、流されやすい。
 けれど、ラクスには結構、言いたい放題だった。

「空賊にだって色々なタイプが居るって事よ。結局、大切なのはその人、一人一人」
「確かに彼は少し空賊らしくありませんわ。あんなに『空賊なんて・・・』と思っていたのに、今思えば―――」

 時に耳に痛い言葉も、さりげない言葉遣いも、『王女様』と突き放しながらもラクスは彼に大事にされている。純粋に飛空艇が好きで、空に上がると嬉しそうにセイバートリィを飛ばす姿は少年のようで。

 国に縛られた自分とはかけ離れた存在だった。

「わたくしは、本当は彼に一番分かって欲しかった、のですね。だから、亡くした人の幻影に彼の姿を重ねた・・・わたくしの事を応援して欲しかった・・・」

 その気持ちがアプリルでの惨事を招いてしまった。後悔しても仕切れない過去でも、一つの真実をラクスは手に入れることになった。

 きっと、わたくしは彼が好き。

「迷惑な男だわ。女心に疎くて無関心、その上不器用なんだから。・・・厄介な奴に引っかかったわね、ふふ」

 ともすればミーアに対する宣戦布告のような事を言っているのに、彼のパートナーである彼女は笑って受け流していた。人の時間よりも何倍も長く生きるキャンベラ族の彼女にとっては、彼も通り過ぎる風のようなものなのだろうか。

 アレックスが迷惑だと不器用だと散々な言われようなのにつられて、ラクスが相槌を打とうとした時。





「全く、その通りだと思うぜ」

 不意に背後から投げられた声にラクスとミーア、二人が同時に振り返った。

「ラスティ!?」

 派手なオレンジ色の髪が太陽の光を反射している。ミーアが気配を感じて視線を戻すと、そこには金髪の男が爽やかに笑いながら立っていた。

「―――ミゲル!」

 ミーアがラクスの手を掴んで、駆け出した。





 ミーアとラクスが思わぬ危機に見舞われている時、走りに走って、シンはステラを見失わないようにするのに必死だった。以下、ハイネ、キラ、少し遅れてアレックスと男達が連邦の玄関口の街中を走る。

 ステラは少女と思えない程の速さで人混みを駆け抜けていく。

「ステラっ! 待てよっ!!」

 シンが追いかけるステラも当然、アウルとスティングを追っている。と言う事は、つまり彼らも走り回っていると言う事だ。

 どう言う事だよ!?

 事態のおかしさにようやく気がついたシンは、ハイネに肩を掴まれて、この追跡劇が終わりを告げたことに気がつく。目の前、人気のない公園のような所でステラが立ち止まっていた。その前にアウルもスティングも居る。

「これはまた、計算が狂ったなあ」

 崩れかけた壁の向こうから姿を現したのは、金髪に妖しげな仮面をつけたネオだった。かなりの様相を見てハイネが耳打ちする。

「アイツがネオか?」
「ああ」

 シンとハイネにキラが追いついた時、ステラがネオを呼びかけた。

「ネオ! 会いたかった」
「ステラも無事だったみたいだな? そっちは・・・シンか?」
「うん! ステラ、シンと一緒に空賊見習いなったの!」
「そうか、偉いぞ」

 ネオに褒められて本当に嬉しそうな彼女。
 分かっていても、複雑だった。ステラにとってネオがどれだけ特別な人間かは初めて会った時から知っていたはずなのに。

「それで、人工種石は手に入れたのか?」

 ステラがびくんと肩を震わせる。
 ネオの台詞にシンは耳を疑う。今、人口種石と言わなかったか?
 胸の奥がもやもやとして、心臓が鼓動を早める。
 すっかり忘れていた。
 ステラを空中都市まで追いかけたのはなぜだった?

「・・・ごめんなさい。それ、もう、ない」

 項垂れる彼女を見て、アウルが言う。

「なら、なんでもっと早く戻って来ないんだよ?」
「だって・・・シンが」

 少しはステラの中に自分が居ることを知ってシンは嬉しかった。嬉しかったけれど、シンは手を伸ばしたい衝動に駆られた。

「戻って来いステラ。ちょうど移動する所だったんだ」

 ネオの誘いに乗らないでくれと、シンは祈る。行かないでくれと・・・。
 戸惑っているステラがシンを見るから、何か言わないと、と焦る。だが、焦れば焦るほど、喉の奥が閉まって彼女に答えることができない。

 弱弱しく彼女の名前を呼ぶ。

「ステラ・・・行くなよ。ほら、俺達まだ半人前だし、一緒に空賊を目指すんだよな!」

 彼女を引き止める決定的な何かが欲しかった。
 本当はネオから4つ目の種石のありかを聞きだす予定だったことなど、すっかり忘れていた。

「うん。シンと約束した。けど・・・」

「ステラ!」

 ネオが語気を荒くして彼女を呼んだ。今度はビクンと震えて、ステラがネオを凝視する。ネオの口元は笑っているのに、吐き出されることはとても冷たいものだった。

「もうすぐ恐ろしいモノがやって来て、俺達を殺す」

 目に見えて、彼女が震え始める。

「なんてことを言うんだ。いきなり!」

「ステラのやることはなんだ?」
「・・・ステラ・・・みんなを守る。準備する」

 誘導されるように、彼女は零していた。
 一歩、ふらりと揺れてネオの方へと足を踏み出す。

「ちょっと待てよ、ステラっ!?」

 シンが伸ばした手を制して、キラがネオに問いかける。

「その前に種石の在り処を教えてくれますか? 僕達、その為に貴方を探していたんです」

 ステラを抱きとめたネオが、くっと唇の端を上げる。彼の前には庇うようにアウルとスティングが立ちはだかる。シンと彼らは知らない仲じゃない、それなのに敵を見るような目で見られるのが辛かった。

「教えるとでも?」

 答えはノーだった。

「シン。君には悪いが、ステラはうちの子だから。見つけて、ここまで連れて来てくれて礼を言うよ。だが、あちこち連れ回してくれたのは感心しないな」

 シンは唇をかみ締めて、拳を握る。
 わざとそうしたわけじゃないのに、結果的にそうなってしまっていた。もっと早く彼女をネオに返すべきだったのに、数々の危険に晒してしまった。
 ステラが楽しそうにしていたから、と言うのは言い訳にしか過ぎないと分かっているから反論できない。

「おいおい。そういう言い方ないだろーが」

「まあ、そう怒らないで貰いたい。いろいろ、難しい子なんでね、スティング、アウル、行くぞ」

「ステラ!」

 シンは一瞬、彼女と目が合う。
 少しだけ潤んでいるように見えるたのは気のせいだったのだろうか。けれど、すぐにネオに向けられた視線があまりに安堵したものだったから、シンは追いかけることができなかった。本当に人目のない公園でただ立ち尽くすだけ。





「何かあったのか?」

 遅れてやって来たアレックスにシンはずかずかと歩み寄って、思わず拳を振り上げていた。

「アンタ、遅いんですよっ!!」

 シンのパンチは軽々と掴まれてしまったが、戸惑うアレックスの前で、シンは涙目を懸命に堪えて見上げる。震える唇と、ハイネとキラの凝視する視線に何か良くないことが起こったのを察して、シンの肩に手を置く。

「ステラは?」

 ため息を付くハイネとキラ。
 シンは言葉を詰まらせたまま、うっ・・・と鼻を啜る。

「行っちゃいましたよ! ネオ達と一緒に!!」
「えっ、ネオ?!」

 そのネオを探していたのではなかったか?
 ステラはネオが種石の在り処を知っていることを知っていた。なぜかと言えば、ステラは連邦と帝国を行き来する商隊に居て、ネオはそこのお頭的存在だったからで・・・。

「あっ、そうか・・・」

 アレックスも元々ステラはネオの仲間だったのだと言うことを思い出した。シン共々、成り行きで面倒を見ていたからすっかり忘れていた。

「振り出しに戻ったんだよ」
「ここでずっと立っていても時間の無駄だ。ミーア達の所に戻ろうか」

 しかし、街の入り口付近の待ち合わせ場所に二人の姿はなく、アレックスはキラをはじめとする男連中に睨まれる結果となっていた。

「一体、君は何をやっていたのさっ!」
「何って、君と同じだろうが。そんなに慌てるなよ、ミーアの居場所ならすぐに分かるから!」

 アレックスが腕を構えて、方角を探る。よく見れば手首にベルトのようなものが巻きつけられていて、それを覗き込んでいるようだった。

「南西の方角・・・こっちだ」

 怪訝な顔のキラと、面白そうに口を鳴らしたハイネの後を、シンは恨めしそうに付いて行く。

 ステラがいないのに、なんだよ・・・。
 そりゃ、ステラはラクスとは違ってただの商人の仲間で空賊見習いさ。でも、もうちょっと心配してくれたっていいじゃないか。

 連邦の高官から議会で演説してくれと頼まれたラクスと、ただの少女。
 どちらが重要なのかはシンにだって分かるから、何かやりきれないものを抱えてアレックスの後を歩く。
 その間も、ステラの影を探して人混みに目をやっているから、畢竟歩みは遅くなり、その度にハイネに腕を掴まれていた。

「お前、いい加減にしろ。もう二度と会えなくなったわけじゃあるまいし、腰をすえてじっくりいくしかないだろ?」

 分かってるよ。
 けれど、シンはそうは言えなくてただ、ハイネを睨みつけるだけだった。





 街の中を優に一刻は歩き回った時、アレックス達は前方から歩いてくるミーアとラクスにばったりと出くわした。向こうも移動していたから、中々居場所が掴めなかったのだ。

「ごめんなさい。ちょっとしたアクシデントがあって・・・」

「こっちも大トラブルだ」

 ラクスとミーアは誰かを探すように視線を泳がせる。

「あの・・・ステラさんは?」

 ラクスの問いかけに無言の瞬間が流れ、シンが重たい口を開けた。

「ステラなら帰ったよ」
「帰った・・・とは?」

 ラクスが言葉を引き継ぐが、事態を察したミーアがアレックスを見る。彼が微かに首を振ったから事情を飲み込んで、シンを抱きしめた。

「ネオに会ったのね。ステラは彼らの元に帰ったのね・・・」
「それでは、種石の事は・・・」

「分からない。教えられないと言われたよ。僕達には教えられないのか、本当に知らないのか」

 キラが苦しそうに吐き出す。
 唯でさえ時間がなく、無駄にできる時がないというのにいきなりの大ブレーキである。

「手がかりが無くなってしまったのですね」

 改めてそう言われると、一同意気消沈である。下手な慰めを言っても逆効果になりかねないと言うのに、平然とそれを口にできる男がいた。

「そうでもないぜ。心当たりがある・・・」

 ハイネである。
 ラクスとシンがパッと顔を上げた。アレックスとキラが厳しい顔をしたのと対照的に、ハイネは思い出すそぶりをして腕を込む。

「確かあいつらが、連邦の領土で怪しげな施設を見つけたと昔、言っていたような・・・」
「あいつらって誰のこと?」
「あー、オレンジの奴らだ」

「オレンジ団か・・・」

 途端に嫌そうな顔をするアレックスは分かるとして、ラクスとミーアが顔を合わせるの見て疑問に思う。ラクスはミゲルやラスティを知っていただろうか? と。

「あの彼らか。空賊じゃ今どこにいるか分からないね。それに信憑性も怪しい」

 価値がないと切って捨てるキラにハイネが口を尖らせる。

「厳しいなあ」
「どちらにしても、今すぐどうこうできる話じゃない」

 ハイネもアレックスも諦めムード。
 シンはステラのことで頭がいっぱいで、皆の会話が頭をすり抜けていく。本当なら今すぐ追いたいのに、のこのこ引き下がって来てしまった。

 今から追いかけてもどうせ間に合わない。
 ステラは元々ネオ達の仲間だったんだから、俺がどうこう言える立場じゃない。

「アタシ達、あいつらに会ったわ」
「は?」

 思案していたアレックスが顔を上げてミーアとラクスを見る。

「ですから、わたくし達、彼らに追いかけられて逃げていたのです」

 嬉しそうに両手を合わせるラクスに、ポカンと口を開けるアレックスと呆然とするキラがちょっと間抜け面だなあ、なんてシンは思う。

「えっ、ちょっとどう言う事?!」
「まーなんだ。立ち話もなんだし、どこか宿でも取ろうぜ」

 ハイネの提案で、シン達は手ごろな居酒屋兼宿屋を探すことになった。




 事の次第を聞き終えたアレックスが、やはり大きく溜息をつく。

「ちょっと、そういう態度はないんじゃない?」
「だって、つまりミゲル達がこの街にいるかも知れないってことだろ?」

 恨みがましい目でミーアを見るが、ラクスは至って平然と答えを寄越す。

「そう・・・なりますわね」

「ミーア、俺があいつらに狙われてるって知ってるよな」

 うふふと笑って肯定を示すミーアを見て、知っていて言っているのだとシンは少しアレックスを気の毒に思う。

「この街の中からあの二人を探し出すなんて、できるの?」

 あくまで懐疑的なキラに、ちっちっちと指を振るハイネ。

「そこはそれ。蛇の道は蛇ってね、空賊やハンター達の情報網を甘く見てもらっちゃ困るよ」

 ますます嫌そうな顔になるアレックスを除けば、善は急げと情報収集に繰り出すシン達。

「シンは気乗りしないか」

 一緒に街の居酒屋巡りをすることになったアレックスが唐突に問い正した。

「そういう訳じゃ、ないけど」
「ステラの事、やっぱりちょっと悔しいよ」

「俺だってすっごく! 悔しいです。俺の事、ステラの中にあまり残っていなかったんだなって」

 俺のほうがずっとステラの事を思っているのだと噛み付くが、シンはまた項垂れる。今頃口にした所でステラに伝わらなかったことには変わらない。

「そう凹むなよ。また会えるさ」
「そういう言い方、止めてくださいよ。何の根拠があって・・・」

 先を行くアレックスが振り返って、立ち止まったシンを見る。

 シンの視線は自分の足元の少し先に落ちていた。連邦の玄関口のこの街の大通りは石で補強されていて、砂埃や土臭さはなかった。帝国で見慣れた鎧姿もぐっと数が少なくて、代わりに連邦の警備兵特有の全身を覆う柔らかそうな鎧姿を見た。彼らは剣ではなく肩から銃を下げ、街を警備している。

 世話しなく動き回る人や亜人で、午後の街は相変わらずの活気だった。
 警備兵も商人も誰一人立ち止まらない街で、目の前で立ち止まった気配にのろのろと顔を上げる。

「そうじゃないさ。ステラは人工種石を探していただろ? それにさ、自分は人口種石より強いだの、頑張るだの言っていただろう。きっと、彼女は種石に深く関係がある」

 アレックスは歩み寄らずにシンが歩き出すのを待っていた。

「種石を追っていれば、いつかまた、会えるんじゃないか?」

 不思議と最初から戦い方を知っていたステラ。
 今にして思えば、彼女は元から訓練されていたのかも知れない。認めたくなかったけれど、ステラは、彼女は、連邦のスパイだったのかも知れない。

 時として常人を超える力を発揮していた。
 もしかしたら、その力が種石によるものだとしたら。

 そうだ。
 あの連邦の女軍人も言っていたじゃないか。種石を研究していたのは帝国だけじゃないって。

「また、会える・・・ステラと」

 もしかして、俺を励ましてくれてるのか?

「敵としてか味方としてかは分からないけどな」

 浮上したシンの精神を、心なし打ちのめす言葉を吐いてアレックスがまた歩き出す。シンも彼の後を付いて行く。僅かに短い歩幅に気がついて、足早にアレックスを抜かして前を歩く。

 俺ばっかり沈んでいられない・・・んだよな。
 過ぎたことをあれこれ悩んでも仕方ない。仮に今度、敵として再会したのなら、その時また説得するまでだ。

 ステラにだってステラの事情があるのだから。
 シンは一人、『うん』と気持ちを切り替える。

 オレンジ頭の若い男を見たと言う情報から居酒屋を探し当て、シン達がこっそり彼らの元へと押しかけたのは、もうその日の夕方になっていた。何だかんだで、ちゃんと彼らを探し出せた情報網に感嘆する。

 空賊御用達のダウンタウンの居酒屋で、のんびり寛ぐミゲルとラスティがいた。

「わお。アンタ達のほうから来てくれるなんて、どういう風の吹き回し?」

 前面に立つのはキラで、続いてハイネとラクスが立つ。シンとアレックス、ミーアが少し離れて様子を見守る。

「知りたいことがある」
「へえ。どんなこと?」

「連邦で怪しい研究施設を見たって言う話、本当かな?」

 問いが右から左へと抜けて行ったのか、二人の様子に変化はなく、ただグラスを煽る。

「さあ、よく覚えていないな」

 ヒュン。
 風を切る音がして、テーブルの上にあったランタンが途中から上半分が消えてなくなっていた。

「ちゃんと思い出してくれないと、首が飛ぶよ」

 剣を抜いたキラが無表情に立っていた。
 その様子を見て、ミゲルがグラスをテーブルの上におき、ラスティが消し飛んだランタンの上半分を探して、無駄だと分かっていて引っ付かないか試している。

「あーあ、乱暴だな。飛んだら答えられないってのにね・・・研究施設か。そうだ、ラスティ、3年前に遭遇した妙な輸送機」
「あ、あの馬鹿でかい輸送機と護衛艦隊のことか?」

 キラに刃を付きたてられながらも、ラスティとミゲルがうんうんと頷きあっている。そして二人してニタリと笑う。

「で、ただで聞き出そうってわけ? アプリルの将軍のくせにけちくさい奴だな」
「勿論、それなりに報酬は払うよ」

 キラ振り返って、シンを見る。
 にっこり笑うキラを見て、シンは背中を冷や汗が流れるのを感じる。

 まさか、帝国からせびる気か?

「彼、賞金首でしょ? 似るなり焼くなり好きにしていいから」

 身構えたシンの背後で息を呑む音。
 キラはシンではなくアレックスを差し出していた。

「おいっ!!」

 速攻アレックスから抗議の声が上がる。

「だって、君が彼らに捕まれば一石二鳥じゃない? 一生遊んで暮らしてもお釣りが来るくらいの賞金なら文句はないはずだし、ね」

「何が、『ね?』だ!」
「あの派手で下品な色の飛空艇は、僕が操縦するから心配する必要は無いよ」

 開いた口が塞がらないアレックスを他所に話はどんどん進んでいく。

「ちょっと待て。セイバートリィなら、ここは同じ空賊として俺が責任もって操縦するぜ」

 話が変な方へ進み始めたと思ったら、ハイネがとんでもない事を言い出す。それこそ、ハイネのでたらめな操縦を身をもって経験しているシンからすれば、却下である。

「だー!! アンタは駄目です。ハイネに任せるくらいなら俺が飛ばした方がましです!」

 俺はれっきとしたこの人の弟子で、空賊見習いなんだから!
 俺にこそ、飛ばす権利がある。

 フンと意気込むシン達の輪に、ミゲルが割って入る。

「はー、ったく、俺達を無視して勝手に話を進めるなよ」
「調子狂うなあ、あんな不確かな情報ならいくらでもくれてやるよ。深紅の空賊も安くなったよなあ・・・そう思わないか、ハイネの旦那」

 ははは・・・とハイネが乾いた笑いを漏らす。
 笑いのネタにされた当の本人は、もうとっくに言い返す気力もないのか、ミーアの肩に顔を埋めていた。

「輸送機は連邦のロドニア方面へ向かって行ったぜ」
「妙な警備部隊がいて領空を封鎖してる。謎の研究施設があるって噂だ」

 ロドニア方面。
 連邦の地図がさっと頭に浮かばないシンは、それがどのあたりなのか検討もつかない。まずは連邦の形を思い浮かべ、首都JPワシントンの位置を思い出そうとして、頭の中をひっくり返す。

「首都の手前ね」
「オーブ領を超えていくのが近道だが」

 シンはアレックスの独り言に反応したキラを見逃さなかった。
 去り際に残した二人の忠告に拳を握るキラを、シンは無言で見つめていた。

「あそこは今も人が住めない地だぜ」
「最も、今じゃあ普通に通り過ぎるくらいなら平気らしいって話だ」





 帝国と同じくコスモス連邦も、周辺諸国を吸収合併して領土を拡大してきた歴史は変わらない。これから目指すことになったロドニア地方も、元は帝国に隣接した小国で、その途中で通ることになるオーブも吸収され滅ぼされた小国である。

 領空を封鎖されていると聞いて、俄然、目を輝かせたアレックスをパコンとミーアが叩く。

「危険に挑んでどうするのよ」

 と言うわけで、シン達は飛空艇を降りて陸路を進むことになったのだ。
 運よく遭遇した、ニコルにセイバートリィとヨウラン、ヴィーノを預けて、長旅の装備を整える。

「保管は任せてください。預かり屋ニコルが責任を持って預かりますから!」
「お前、情報屋じゃなかったのか・・・? しかも、どうしてこの街に・・・」

「いや~、愛だねぇ・・・」

 これって、愛・・・なのか?
 疑問符を浮かべるシン。

 感心するハイネをニコルとアレックスが横目で睨み、キラが視線を鋭くするから、口を挟む間もなく、ニコルが微笑み満開になる。

「やだなあ。必要とあれば何でもするのが情報屋ニコルのモットーですから」

 にっこり。

「じゃ、ニコル悪い」
「西門を出た所で馬が借りられますから」

 連邦の玄関口、始まりの街を出て、シン達はロドニア地方を目指して馬上の人となった。3日も進めば、すぐに旧オーブ領。






 草花が生い茂り、蔦が建物を這うのどかな田園地帯。
 澄み切った清流が流れ、見たこともない美しい昆虫や小動物で溢れていた。

 シンは冷たそうな水に惹かれて手を伸ばす。

「シン! その水は身体に毒だよ」

「え?」

 シンは掬い上げた透明な水を見る。
 指の隙間から零れていく水は、清流に混じると僅かに水色をしていた。太陽の光を受けて、川魚の背が光る。

「草も花も全部、身体に悪いから、うかつに口に入れちゃ駄目だよ」

 ミーアが目を閉じて美しい光景から目を逸らす。
 キラの忠告に、花の香りを楽しんでいたラクスが慌てて身体を離した。5つのオレンジ色の花びらはとても美しく、強い花の香りを放っている。蝶や蜜蜂が花々の間を飛び交っているのに。

 ここには唯一つ、人の気配だけがなかった。






前回あまり進まなかったので、なんだか急遽進めてしまいました。なんだかいっぱい人が出てきましたし! 懐かしい顔オンパレード過ぎて、なんだか、いっぱいいっぱいです。サブタイトルのカサブランカにたいした意味はありません。何となく、出会いと別れを髣髴とさせるような気がしたので・・・なんとなく、カサブランカに。