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真実が紡ぐ歴史






 帝都とは違う湿気を含んだ大気に思わず頬を撫でた。
 そして、目の前の苔むした建物を見た。蔦で覆われ、注意深く見なければ人工物だとは思えない石造りの建物。

「では、行こうか」

 一瞬のうちに場所を移動する魔法などあっただろうか。
 イザークは知識を探るが思い当たらず、コーディネーターとやらの能力に顔を顰めた。

 ドクター・クルーゼの後をついて、蔦を手で払いのけて建物の中に入っていく。ひんやりとした壁に手を這わせ細い通路を抜けた先、イザークの目に入ったもの。

 なんだ、ここは?

「君には知っておいて貰った方がいいと思ってね」
「ここは・・・!?」

 伽藍とした空間では岩肌がむき出しになり、建物の一部が大きく抉られていた。
 壁は壊され、天井から床から根こそぎごっそりなくなっている。

「種石があった場所だ」

 種石!?
 この状態は、誰かが持ち出したのか。だとしたら、一体誰が。まさか・・・。

「今はすっかり、連邦に持っていかれてしまったがな」
「連邦も種石の研究をしていると・・・いや、当然だな」

 それは予想してしかるべきであって、今更驚くべき事柄ではない。この異端のコーディネーターが見せたいものは別にあるのだと、イザークは瓦礫とかした空間を見渡す。地肌が露出した床に、崩れた壁や天井が散らばり、無残にも荒らされた遺跡。

 民俗学に造詣が深いイザークにはこの光景は目も当てられぬものであった。
 詳しく調査すればどれだけの事が明らかになっただろう。種石を安置していた稀有な遺跡として、歴史に大きく貢献しただろうに。開戦の事は別として、臍を咬む思いだった。

「奴らは、戦争に利用するだけしか脳がないのか」

 辛うじて残った奥の壁だけが空しい。

「おかげで、君に見せたいものを残してくれたよ」

 瓦礫の山を歩き出すドクターの後ろを歩く。不思議な文様や文字が刻まれた瓦礫を見るに付け、イザークは眉を顰め舌打ちする。奥の壁にも同じように文字が刻まれていた。

「読めるかね」
「ふん」

 扉らしきものにびっしりと文字が刻まれている。
 イザークは直接はその文字を知らなくても、遥か昔の古代文字だと言う事は分かった。崩れた瓦礫からおおよその年代を探って、現在発見されている文字を当てはめる。

 だが、それ以上に、文末に刻まれた模様に見覚えがあった。

「覇王の刻印・・・!?」
「ほほう」

 と言う事は、これはグレン王が書き記したものなのか・・・。
 イザークは顔を上げ文頭へと視線を投げる。


 種石を求める者よ
 真実を手にする覚悟あるなら
 この扉を押して奥へ進むがよい
 その力の意味と使い方を知るであろう
 種石を求める者よ
 真実を手に入れるならば
 シード弾ける時
 蒼穹への門が開かれん

 覇王ジョージ・グレン


「流石は殿下。博識であらせられる」

 ドクターが感嘆するのを一瞥して、考え込む。
 文言が意味する所は簡単である。だが、具体的に何がどうなのかと言う点はさっぱり見えてこない。この奥へと進むしかないのだろうが、それにはイザークは些か躊躇する。

 いや、危険も何も今更ではないか。
 現にここにはドクターと自分の2人しおらず、何か魂胆があれば今までに何度でもチャンスはあった。

「とにかく、奥へ進めばよいのだろう」

 扉へと手を触れる。

 触れたと思った。
 硬い石造りの扉の表面に波紋が広がり、いきなり視界が切り替わる。自分は動いていないのに、扉が後へと移動したかのようだった。

「凝った仕掛けだ。俺は種石を持っていないのだがな」
「そこは大目に見てくれ」

 続く部屋はずっと小さな部屋で、側面の壁にぎっしりと彫られた文字があった。
 微妙に行や列が曲がっている所を見ると、誰かが自力で掘ったものらしい。くせのある古代文字が延々と綴られている。

「今度は何・・・だ・・・」

 試しに目に入った文字を解読していく。

 はじめは怪訝な表情で読み進め、ぶつぶつと独り言が混じる。
 次第に文字をなぞる指先が震えて、解読する早さがどんどん早くなる。

 記されていたのは、古代の王国の歴史。
 歴史と言うよりは知っていることを書き記した昔語りに近い。

「これを記したのは覇王か」

 所々に覇業が絡んでくる所を見ると、時代はジョージ・グレンが大陸の覇を成し遂げた時代。一介の小国の青年が大陸の数々の国を平定した原動力は、今まで種石だといわれていた。神から授けられた力によって大陸に平和をもたらした。

「罪悪感か、罪滅ぼしのつもりか、こんな事がーーー」

 そう伝えられていた。
 大筋では間違ってはいない。

 けれど、ここに記されている王国を誰も知らないとはどう言う事だ。

「この部屋はどちらかと言えば、我らの空間なのでね」

 最後の一行に記されている。

 我が記憶が消される前に
 我が友、我が戦友、彼らの国の歴史を記しておく。

「これが我らのやり方だ。存在そのものを消し去るのだよ」

 忽然と全ての記録から消え去った国。
 風化した人々の記憶からも、歴史書からも、存在そのものがきれいさっぱりなくなっていた。歴史や民俗学を専門にする自分が知らないのだから、ドクター・クルーゼの言う通りなのだ。

 ここに記されたことは真実なのだと。

 ジョージ・グレン王が成し遂げた大陸統一に隠された真実の歴史。
 大陸が纏まる前に数あった国の中でも最大の国、最後までグレン王と争った大国の存在を、今では誰も知らない。

 種石の力をもって、グレン王は覇を成し遂げた。
 ただ、そう伝えられるのみの歴史の裏に、血で血を洗う壮絶な争いと、当時、歴史の紡ぎ手に抗った国の存在。

「貴様達はっ!!」

 振り返ってドクター・クルーゼに一歩踏み出す。
 振り上げた拳は、最後に覇王が書き記す手を止めたであろう壁に叩きつけた。

「だからこそ、私はここにいるのだよ」

 彼らの調停とは、誤った歴史を根底から書き換える。
 今までそこにあった国の、王の、国民の生き様をきれいさっぱり洗い流してしまう。

 帝国の歴史も、そこに生きる民の毎日の喜怒哀楽も、涙一つ、消されてたまるものか。
 中央で難題を前に頭を捻る官僚達、下町の幼児の鳴き声も、辺境で汗を拭う農夫もなかったことにされてしまう。奴らに見初められて命を落とした弟も、苦渋の決断を強いられた父や兄の想いさえ。

 コーディネーターだと言う彼を睨みつける、イザークの瞳は鋭いほどの青い燐光を宿す。
 瞬時に場所を移動し、記憶を操り、大陸中から一国の情報を消し去るほどの力を持つものがイザーク達の敵なのだ。

「帝国は絶対に負けるわけにはいかん」

 握り締めたこぶしの中で爪が食い込む。
 どこか負けなければいいのだと、軽く考えていた。

 だが、これで絶対に負けられないのだと、絶望的な危機感が急き立てる。

 遺跡の外に出れば、鬱陶しい大気さえ、手で払う余裕もない。

「君の部下は中々優秀だな」

 目の前に小型の高速飛空艇が停まっていた。
 中から出てきたのは、帝国第3軍副官のシホ。

「勝手に出歩かないで下さい、殿下」
「なぜ、ここが・・・」

 シホはあっさりと種明かしをした。

「ギルバート殿下からお伺いしました」
「一言断っておいたほういいと思ってね」

「それで、何があった?」

 ただ、居場所を押さえる為にシホが自らで向くことはない。イザークの問いかけに、シホは姿勢を正して報告用のプレートを構える。

「連邦軍の侵攻を確認しました」





 飛空艇のブリッジで報告を受けるイザークは、連邦の領土を見下ろした。砂漠を挟んだコスモス連邦は大まかな所で帝国の風土は変わらない。

「7時の方向に敵影を発見」

 タイミングが悪い。
 ドクター・クルーゼはシホと入れ替わりに一足先に帝都に戻り、イザークはシホとともに前線の帝国軍を視察して戻る予定だった。低空を飛び、もう少しで連邦の領空を抜けようと言う所で、連邦の哨戒機に見つかってしまった。

 こんな事なら、ドクターに付いて行けばよかったと思っても今更遅い。

「逃げ切れるか?」
「分かりません。単機なのか、それよりも国境沿いの方が問題でしょう」

 今はまだ連邦の領空であるから、これから向かう連邦との国境沿いにむしろ大軍が控えており、哨戒機の連絡で網を張られているだろう。

「殿下。陸路を行きます」

 前方の煙を吐く火山を避けて、山間に飛空艇を隠す。
 製造元が分からないようにカモフラージュされているが、万が一のこともある。シホはある程度飛空艇から遠ざかると、自動操縦で飛空艇を火山湖に沈めた。

「足を手に入れねばならんな」
「この位置ですとオーブを抜けねばなりません」

 地図を確認するシホはともかく、イザークは陸路を進む装備を何一つ持っていなかった。辛うじて腰に下げた軍用の剣で身を守ることはできるが、旅装束には程遠い。

「私が調達して参ります。しばしお待ちを」

 一瞬でシホが姿を消す。
 彼女の腕を信用しているが、イザークは自分だけがのんびり待っているわけにもいかず、手じかな草花でまず衣服を汚す。王宮で着ていた服のままでは襲ってくださいと言わんばかりだ。

 流れる風が熱を持ったのが感じられ、腰の剣に手をかけた。

「厄介な事になったな」

 取り囲む気配が複数。
 冷静に数を探り、開いた手で魔法を唱えた。防御と白魔法の回復呪文を自らに掛ける。

「いつまで隠れているつもりだ」

 言うが早いか、火を纏ったマジックアローが降り注いだ。





 バサバサと鳥が森から飛び立ち、木の葉が舞い散る。
 鬱蒼した森がざわざわと音を立てて風を遮る。動物達の音に混じって何かが高速で動く音に、シン達は馬の足を止めた。

「連邦軍だな」

 崖下に隠れて一団をやり過ごす。
 かなりの人数が森を駆け抜けて行ったが、狙いはラクス達ではないようだった。

「どうする?」
「行くしかない。二手に分かれよう」

「二手って、どうする気?」

 キラが発案者のアレックスを問いかける。
 問われたアレックスがミーアと頷き会って、森の様子を探る。

「俺達が囮になるから、その間にロドニアへ向かうんだ」
「おいおい、お前ら2人で大丈夫かよ」

 アレックスとミーア。たった2人で逃げ切れるのか、ハイネの心配はもっともな事だったが、アレックスは事も無げに腰を上げる。

「元々俺達は空賊だ。心配はないさ」
「大丈夫よ、シン」

 キュッと抱きしめられて、『しっかりしなさい』と注意された。アレックスにいたっては『ヘマするなよ』と頭をポンポン叩かれる。

 2人はあっという間に森の中へと向かい、男達の声があちこちで聞こえた。足音や銃声が聞こえるたびに身体が硬くなるが、その音も徐々に遠ざかっていく。
 耳を澄ましていたハイネとキラが、おもむろに立ち上がる。

「行くよ」

 キラが道を切り開き、ハイネが後を守る。その中にあって、シンの位置はキラの後でラクスを守ることだった。剣を抜き、周囲を警戒しながら馬を進める。垂れ下がる蔦を切り、枝を打つ。慎重に馬を進め、幸運な事に連邦の兵士とは出くわさなかった。森の木々は徐々にまばらになり、一本の道に出た。

「警備兵だ・・・」

 シンが気がついた時には、ハイネがその兵士の口を押さえて森の中へと引きずっている。短剣を米神に当てて、研究所のありかを吐き出させていた。ラクスが目を背けたが、昏倒した兵士を置いて馬を進める。道の先、木々の間に建物が見えた。

 木々に迷彩シートで巧妙に隠された入り口。

「あれが研究所の入り口だね」

 シン達は内部へ侵入するチャンスを待った。






 しかし、囮となったアレックスとミーアは予想外に多い連邦軍に、今だ逃走を余儀なくされていた。沸いて出る連邦軍の中には、雑魚のように弱い兵士と中々の手繰を持った兵士が入り混じっている。

「妙ね・・・」
「ああ。誰かを追っているようだが、作戦にしてはあまりにちぐはぐだ」

 連邦軍が翻弄されているのだろうが、数が多く、標的も逃げおおせてはいないと言ったところか。

「どうやら、標的はあちらの方角だわ」

 耳を澄ましたミーアが呟く。
 チラリとアレックスを横目で見るから、どうするのかと暗にアレックスに聞いているらしかった。連邦軍がシン達が逃げた方向とは反対に終結するなら、もはやアレックス達の役目も一先ず終わりである。

 ここでシン達を追うか、それとも。

 その時、森の木々からシードが立ち昇る。
 何者かが魔法を使うのだ、広範囲に影響を及ぼす魔法を。

「やばいっ!」

 慌てて防御の魔法を唱えるミーアとアレックス。
 森の奥から吹き抜ける冷気を含んだ風が木々を凍らせていた。

「これはどうやら・・・わざわざ行くまでもなかったようだな」

 一瞬にして冬景色となり、樹氷を纏って凍りついた森。

「でも、こっちに向かっているみたい」
「そいつはまずい」

 同じように、難を逃れた連邦軍も退散を始めている。アレックス達は彼らを相手にしながら、徐々にこの魔法を放った主を恨み始めていた。容赦なく魔法を放ち、森全体を戦闘フィールドにして戦う大馬鹿者。

「これじゃ、敵も味方もないじゃないか」
「仕方ないじゃない。アタシ達だって似たようなものでしょ」

 この森に味方の部隊はいないから、それを気に掛ける必要はない。
 そんな戦い方に舌打ちして、連邦軍の兵士を殴り倒す。

「来るわ」

 ミーアの咄嗟の一言からやや遅れて、強大なシードの流れをすぐそばに感じた。
 アレックスはシードの流れの中心に視線をやって、そのエメラルドの瞳を目いっぱい見開くことになった。





 森の濃密な大気を利用して、イザークは魔法で一掃する作戦に出ていた。仮にシホがここにいたとしても、十分に身を守る術を心得ている。とにかく数を減らさなければこの森から出られない。

 シードが十分に集まったのを感じて、イザークはそれを解き放つ。
 広域を氷結する魔法が自身を中心に放たれる。

 白い氷の粒となったシードが吹雪となって森を抜ける。
 木漏れ日に反射して、キラキラとオーロラ色に輝いた。

「ふん。連邦にも身を守れる奴がいるか」

 凍りついた樹木の向こうに動く影があった。

 それは、今までの連邦兵とは違って、ひどく場違いな格好をしていた。
 一人はキャンベラで、もう一人は若い男。

 晴れていく氷の世界で、イザークは一瞬、彼と目が合った。
 まだ距離があって顔を判別できるはずがないのに、はっきりと見える。氷の霧のベールの向こうで見開かれる瞳は、記憶に残る色。



 あれは。


 ―――アスラン。



 向こうもこちらを見つけたのか、驚いている。

 他人の空似か。
 もう7年前の記憶だ。
 いや、俺がアイツを間違えるはずがない。

「お下がり下さい!」

 2人の間に割り込んだ声とともに、降り注ぐ炎の矢とそれを打ち消す風の防御壁。
 同時に上空から切り込んできた連邦の兵士の一撃をイザークは剣で受け止める。背後に隠れていた兵士の胴を貫いて、力任せに振り落とす。血飛沫とともにまた一人。

「滅殺っ!」
「邪魔するなよっ」

 声を張り上げて突っ込んできた一人を、イザークはそのまま横凪に払って絶命させ、さらに横から迫る連邦兵を返す刀で切り上げる。

「ぐはっ」

 ちっ、しぶとい。
 明らかに致命傷となる傷を押して、血を吐きながら魔法を唱え始める。

 しかし、身体が浮き上がった所で、連邦の兵士は横から来た衝撃に頭を撃ち抜かれていた。森の中を銃声が木霊して慌ててイザークは森の奥を探す。

 表情の読めないエメラルドの瞳と、射抜くようなサファイアの瞳。

 視線が合ったのは瞬きよりも短い時間で、求める姿はすぐに踵を返した。

 一瞬の邂逅は終わりを告げる。
 けれど、イザークはうっすらと笑みが浮かぶのを止められなかった。

 ディアッカが言っていたのはこの事か。
 シンが乗り込んでいるという飛空艇を操る空賊は、見目麗しいキャンベラをパートナーにしていると言う。

 確かに似ている。
 違うな。似ているわけではない、あれは、アスランだ。

「シホ、遅いぞ」
「申し訳ありません。少し手間取りました」

 視線を戻せば、木々の向こうに気配は消えている。ここで深追いする必要はないと、当初の目的を思い出す。

「戻るぞ」





 たどり着いた町で待っていた帝国の間者の手引きで無事連邦を脱したイザークは、国境沿いで防衛に当たる帝国軍の飛行戦艦の艦橋に上がる。侵攻して来た連邦の艦隊をなんなく沈めて考え込む。

 折角、装備を換装した艦隊だったのだが、その実力を発揮する間もなかった。

「先方の所属は割れたか?」
「は、推測ですが、第5艦隊の一部ではないかと・・・」

「ジブリール理事か」

 連邦は帝国とは違う国体だが、民主主義を謳うその内部は決して纏まりのあるものではない。連邦議会、安全保障理事会と数々の思惑が絡み合っているのは帝国と同じである。なまじ、民の合意を国の基本に上げているから動きが鈍い。

 その中でジブリール理事はアズラエル理事とならぶタカ派で知られていた。

「この程度で侵攻してくるとは、何か隠し玉でもあったのか?」

 もう少しであわや開戦となる事態に、連邦も帝国もこれ以上の動きを見せない。帝都からは帰還命令が出て、イザークは迎えに来たカガリの指揮する艦で帝都へと戻ることになる。

「間に合わなくて残念だったな」
「まだこれからです、殿下」

 その通りだ。
 まだ、何も始まっていないのだ。

 イザークは、見えてきた帝都を前に硬く瞳を閉じる。
 帝国の未来に立ちはだかっているあまりに大きな壁に、もう逃げられないのだと思う。

 俺は、俺の為すべきことをするだけだ。
 もうあの頃のように何も知らなかった自分ではない、そして、それは、お前も同じなのだろう?

 あの一瞬、目があった顔を思い出して。

「随分と、ましな顔になったじゃないか」

 一人呟く。
 カガリが怪訝そうな顔を寄せるのに、唇の端を上げて笑い返した。帝都でイザークを待っていたもの、それは、編成された大艦隊と、ギルバートのいる執務室への呼び出しであった。




 兄と弟で、引けない一線の駆け引きが始まる。





「プラントの名を持つ者が先頭に立たずして、なんとする」
「まさに帝国の脅威。陛下身罷った今、我らが立つのは当然のことです」

 執務室で集う帝国の重鎮達は、ギルバートとイザークのやり取りを固唾を呑んで見守っていた。事は帝国の総司令官を誰が勤めるかが焦点であった。

「しかし・・・ここは私が引き受けるが筋だと思うが?」

 頷く議員達にとって、議会の採決権限を持つ独裁官は目の上のたんこぶであった。 

「独裁官殿がお出になるには及びません」

 イザークは何が何でも是を引き出さなければならなかった。
 プラント帝国のために。
 作戦中のレイを除いたフェイスマスターと議会の議員達を前に言い放つ。

 組織された防衛艦隊は、各フェイスマスターが持つ艦隊をあわせれば、5個軍団はくだらない大編成となる。あわよくば、開戦を思いとどまらせたい帝国にとって、連邦に戦えばただではすまないぞと知らしめるに十分な数を揃えたつもりであった。

「ですが、帝国の舵取りは誰がなさるのです」

 フェイス達が頷き、また、議員達が頷く。
 邪魔者ではあるが、誰も本気で帝国の舵取りなどできないのだ。それだけの責務を背負う覚悟も、技量もない。

 イザークは兄を出陣させるわけにはいかなかった。
 何が何でも帝都に押し込めて、危険から遠ざけなければならない。ここで兄を失えば間違いなく、帝国が内部から瓦解する。それを防ぐ為に自分が最前線に出ると進言する。

「どうか、わたくしにその任を」

 膝を折り、頭を垂れる。
 臣下の礼を取った弟に、ギルバートは否を唱えることができなくなった。

 自分が帝国の最高位にいるのだと言う事を暗に示してみせたのだ。頂点に立つものが帝都を離れて防衛戦に出ることは許されない。元老院なき今、機能不全の帝国議会を前にして国を取りまとめ、国政を導く責があるからだ。

 皆の見ている前で、イザークの決意を無為にできない。

「イザーク・ジュール・プラント。そなたにこの度の防衛の、総司令官を任ずる」

 ギルバートが立ち上がって、弟に手をかざす。

 その瞬間から伝令が中央を走り回り、帝都に緊張が走る。
 切れ者と名高い第二王子を頂いて、ついに帝国軍が動き出すのだ。

 人が出払った執務室で、肘を突いて組んだ両手に頭をつける。

「イザークを頼む」

 窓の外から帝都を見ていたドクター・クルーゼが溜息を付く。

「残念ながらそれは断られたよ」
「そうか」

 肩の力が抜け、ドクターに肩を叩かれる。

「私は君の傍にいるさ。彼にそう頼まれているからな」

 ギルバートは、総司令官の任を拝命して辞するイザークを思い出す。
 少し歳の離れた弟は真っ向から正論を唱える学者肌の人間だった。それが何時頃か、自分と同じ権謀渦巻く舞台に立っていた。持ち前の負けん気と興味への貪欲さから、瞬く間に帝国の一翼を担うようになる。喜ばしく思う反面、その力を頼ってはならないとも思っていた。

 それが、気がつけば当てにしている。

 弟が戻って来るのは、この戦いに勝ってからになる。分の悪い、神を相手取ったこの戦で勝利を収めるまで、お互いに言葉を交わすこともないだろう。

 改めて、自らが挑んだ途方もない道の是非を問いかける。

「やはり、行かせるべきではなかったな」

 だが、我らは負けるわけにはいかんのだ。
 大切なものを守るために。






 緩衝地帯での小競り合いは連邦、帝国、双方に何の影響を与えなかったわけではなかった。帝国では侵攻を脅威と捕らえ、防衛の為の大艦隊が用意された。

 一方、連邦では。
 侵攻を指示したジブリール理事を笑う人物がロドニアに通信を繋げていた。

『全く・・・ダメダメですね』

 片方の眉を上げて、皮肉な笑みを浮かべる。面と向かって叱責しない変わりに、随分と持って回った言い方をする。

『侵入者には逃げられ、侵攻はあえなく失敗とは。使えないものは用済みですよ? 私はね、馬鹿は嫌いなんですよ馬鹿は。種石の力とやら、使えるようになったという話ですから? ちゃんと成果を上げてくださいよ』

 通信を背後で聞いているネオは、森の中で戦死した兵達を思い出す。種石の力を取り込む実験台にされ、まだ少年だったのに、一般兵に混じって戦場に借り出されて命を落とした。

「心得ております」

 上司が深く頭を下げる姿を見つめる。
 ジブリールが命令を下した、国境での実験兵器も失敗に終わったらしいと聞く。この研究所で生み出されたらしい兵器は、発動する前にあっけなく艦ごと沈んだらしい。

『もっとも、これで最終兵器にゴーサインを出しやすくなりましたけれどね』

 所詮は捨て駒か・・・。
 次は自分か、それとも、あの子達か。

 ひどい言葉であの子達を縛る自分を棚に上げて、彼らがこんな戦争で命を落とさなければいいと願う。

『頼みましたよ』
「ハッ」

 敬礼をするのに習って、通信が消えるまで手を下ろせなかった。
 上司がしかめっ面で振り向いた途端、非常警報が鳴り響いた。

「思ったそばから、これだ」

 やるせなさを奥に隠して、ネオは至急部隊を召集するように指示を出した。





一つの山場です。さあ、ここからが大変ですよ。