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 ふわふわとこのまま飛んでいきそうだった。地面を蹴る足がおぼつかなくて、何度も転びそうになる。だけど耳鳴りがずっと続いていて、ふとした瞬間に視界が真っ白になる。

『・・・ッ、アスランっ!!』

 これは夢の中の自分の声。
 真っ白な世界で中心から急速に広がっていく青。飛び込んできた紅。
 そこで、自分は叫ぶ。

 ハッとして、目を擦るとそこは瓦礫の山で、ヘリとサイレンと爆音ばかりが聞こえる街。なぜ、息を切らして走っているのか、どこに向かっているのがもう自分でも分からなかった。ただ、早く行かないと。それだけで走っていた。
 父さんの所へ。
 じゃないと、いなくなってしまう。
 それは恐怖。イザークは、騒ぎが大きくなっている方へと向かった。軍の装甲車が道を占拠し、瓦礫を踏みつけて進軍する。ガラスの割れたビルの前を走り、折れた信号機の下を潜った。時折、ビルの谷間から空を見上げて、煙が沸き立つ方向を探す。
 のどはカラカラで。
 目は埃が入って、瞬きするたびに痛い。
 散乱したダストボックスを乗り越えて大きな道に出た時だ、大人の声がした。
「子供がこんな所で何をしているんだ。早く避難するんだ!」
 大きな銃を持った軍人が走ってくる。
 本能的にやばいと思って反対方向に走り出すが、すぐに追いつかれてしまうだろう。懸命に足を動かし手を振るが、足音がすぐ近くまで来て目を閉じる。
 もう駄目だ!
 振り返ったイザークが思いがけず見たものは、ボコボコになったスポーツカーだった。
「乗れ!」
 ドアが乱暴に開いて、奥から手を伸ばしている男がいた。それが誰なのか、なぜ、ここにいるのか、どこから出てきたのか? そんな事は一切考えずに、イザークは飛び込んでいた。






「どこに行くつもりなんだ?」
 運転しながら、男が聞く。浅黒い肌に金髪。サングラスをして目元を隠し、かなり荒っぽい運転で、ステアリングを右に左に切る。
「悪いな。リムジンじゃないんでね」
 ドアの内側にぐっと押し付けられて、見上げた男が苦笑する。
「・・・えっと、ありがとう。あの」
 暢気に話をしている場合ではないのである。窓ガラスに手を付いて、見上げる街。
「紅い・・・」
 言いかけて、口を噤む。テレビでなんと言っていたのか思い出した。今や、父は皆の敵で、この騒ぎの犯人だと言っていた。
「テレビでやってる奴か?」
 即答されて、イザークは奥歯をかみ締める。
 もう、みんな知っているんだ。この人も、父を倒しに行くのだろうか。
「ち、違うぞ! 俺だって、こんなの許せないし、父さんは帰って来ないし」
「・・・父さん?」
「俺がいないと、もうホント駄目で、すぐ無茶するんだ。だから迎えに行かないと!」
 だらしなくて、よく考えずにさっさと決めるし、どうでもいいことにこだわるし。
 イザークはまだまだ言いたいことがいっぱいあったけれど、伸びてきたが頭に置かれた。
「ああ、分かった分かったイザーク。で、どこへ行けばいいだ」
 イザークは、相手が自分の名前を知っていたことに気がつかなかった。
「えっ・・・、どこって」
「待ち合わせ場所とかさあるだろ、迎えに行くんだろ?」
 そんな、だって、いつも父さんは仕事に行ってて、帰って来るんだ。行き先がどこかなんていつだって聞いてない。
 居ても立ってもいられなくて避難場所を飛び出し、父を探して当てもなく走り続けていた。
 そんな時、浮かんだ言葉。

 ―――迷子になった時はあそこで―――

 そう言って二人で見つめていたのはどこだっただろう。
 夕日を受けて光り輝くものを持っていたのは、女神。

「波止場の、女神像・・・」
「マジかよ、戦場は港へと向かっている。このまま行けばあの辺で激突だぜ」
「でも、約束したんだ」
 前を向いて、駄目だと言われたら、いつでも飛び降りる覚悟だった。
「分かった分かった。ただし、波止場までだぜ。こいつじゃ島へはいけないからな」
「うん!」
 イザークが勢いよく返事をした瞬間から、ぼこぼこのスポーツカーが重低音を響かせて、瓦礫の山をかっ飛んで行く。大きな坂を下って、開けた港の景色は一変していた。ビルが根元から寸断されて、女神が立つベドロー島への架け橋になっていたのだ。
 これなら、走ってあそこまでいける!
 それがどんなに危険なことなのか考えもせずに、イザークは喜んだ。
「ありがとう! おじさん!」
「おい、無茶っ・・・」
 イザークは、車が完全に止まる前に、ドアを開けて走り出していた。
 周囲で爆発が起こり、今また一つビルが倒壊するその戦闘の中心地。

「・・・おじさん、か。昔の同僚に向かって、お前って奴は」
 女神像の立つ島へと倒れた高層ビルの端で、ディアッカが呟いた。爆音が轟いて、視線を対岸へやれば、崩れ落ちるビルから煌く細い線が幾つも伸びていた。咄嗟にカメラを構えて、レンズの向こうを覗いてため息をつく。
 先頭を行くのは、全身を紅く硬いもので覆った、人。嘗ての同僚で、親友のライバル。
「ジーンブレイド化したアスランを父親と呼ぶ、イザークそっくりなガキ・・・ね。ま、真実を明かさないことがいいこともあるか」
 続いてわらわらと出現するコーディの大群。レンズを覗き込むのを止めて、イザークが消えていったビルの端へと目をやる。
「死ぬなよ。・・・さてと。ほんじゃま俺は、ミリアリアがしでかしてくれちゃったことの後始末に行くか」




 イザークが必死に横倒しになったビルの外壁の上を走っている時、アレックスはひとッ飛びで女神像の麓にたどり着いていた。もう、どれだけコーディを倒したのか分からない。
「指示された場所はここだが・・・」
 女神像を見上げて、不意にイザークとの約束を思い出した。
「俺の方が先に着いたの始めてかも。はは、イズーは来ないじゃないか」
 でも、それでいいんだ。
 あの子は幸せになるんだ、迷子になんてさせない。
 遅れて辿り着いたコーディを寸断して、女神像へとジャンプする。飛べないコーディ達が女神像の下で集まってよじ登り始めた。それはまるで蟻の様に不気味な光景で、アレックスは顔を顰める。
「お前達に罪はないのかも知れない」
 アレックスは意識を髪の先へと向けて、幾線もの鋼鉄の糸が空中を舞った。
「だが、もう人でもない。―――俺も」
 カシャと女神像のブロンズの肩に現れる影を見上げて言う。
「お前も」
 アレックスを見下ろすキラがいた。

「確かに、そうかも知れない。けど、僕は、力の全てが悪いと思っているわけじゃないから」

 必要悪。そんな言葉が浮かんで消えた。

「人が本当に生きていくのに必要な力じゃない」

 この力をイザークに与えたいと思えない。親が子供に望まない力を、どうして必要だと思えるのだろう。確かに、この力があれば、容易に他者を打ち倒すことができる。使い方によっては、あっという間に何でも手に入るだろう。
 事実、各地を転々として幾つも職を渡り歩いてきたアレックスとて、この力のせいでこの街で暮らしていけている。この力でコーディを倒すことで報酬を得て、イザークを育てることができる。けれど、と思うのだ。
 もし、俺に何かあって、イザークが一人で生きなくてはならなくなった時、この力を残したいと思うだろうか。・・・答えはノーだ。
 いきなり全部は無理でも、少しずつ前に進むことはできる。
 時間をかけてゆっくりと、イザークは大人になっていくだろう。その課程で、色々な事を身に付け、今は小さなあのイザークが何かを成し遂げる人間になる。目の前の存在は、そんなあの子の可能性を狭めてしまう。

「君が逃げるというなら、僕は―――」

 ガン。
 刃通しがぶつかり合い、衝撃が海を白い波を立てて割った。
 肩を通り抜けて、頭にまで跳ね返る衝撃に、アレックスは少し後悔した。パリンと、腕の装甲の一部にひびが入る。

 女神像を足場に空中で幾度となくぶつかり合う。青いリボンに絡み取られて、地面に叩きつけられた。間髪おかずに上空からキラの剣が付きたてられた。

 痛みと快楽が、指の先にまで届く。
 レイ。まだか?
 俺の理性が保つ内に、早く、俺達ごと消して欲しい。
 キラが髪を掴んで引き寄せ、腕を引く。ここでやられるわけにはいかないから、その一撃をギリギリで避けて、少し距離を置いた。

「やっぱり、スピードでは君の方が上だね。距離をとって何のつもり? それとも、君が待っているものはアレ?」

 空に爆撃機の大群が迫っていたが。
 キラが手を翳して、両手を空に広げた。同時に放たれる青い光が、爆撃機の大群へと向かう。
「当たれっ!!」
 叫んだ途端、空に幾つも爆発が起こる。

「残念だったね」
 向き合ったキラが笑う。

 イザーク。父さん、また間違えちゃったかも知れないな。

 これで、この女神像に集まったコーディと目の前のキラを自分で何とかしなくてはならなくなった。辺りを見回せば今だに島を目指すコーディ達が波止場にいる。海に飛び込むモノもいれば、ただそこで咆哮を上げるモノもいた。

「因子を加速させられた、プラントの被害者達。僕らはこんなことをもう終わらせなくちゃならないんだ」
「ああ、俺もそう思うよ」

 自在に伸びる刃と剣が火花を散らし、キラの放つ青い光が地面を穿つ。アレックスは必死に避け、隙を見て拳を繰り出しながら、漠然と思っていた。

 ちょっと、戻れそうにないんだ。
 けど、イザークなら大丈夫だよな。

 だから、イザークの世界に必要のないものは、全部父さんが持っていくよ。

 ありえない力を行使して、人が築き上げてきたものを瞬時に破壊する力。破壊に快楽を見出す習性・ジーンブレイド。変容する因子がために身体が変化するコーディ。いつコーディ化するか分からない不安を与える因子。全ていらないものだ。

 さあ、コーディども。ジーンブレイドはここにいる。

 アレックスが女神像の松明の上で、右手を掲げた。
 浮き出る紅玉が輝きを増す。温度が上がり、赤からオレンジへ。

「何をっ!?」

 自分が倒れるか、この光に焼き尽くされて全てが消えるか、どちらか。女神像に集まったコーディ達が消し飛び、光は青くなり、やがて白へ。
 真っ白な空間で、青いブレードが目の前に迫る。
 ああ、俺が倒れるのが先か・・・、アレックスが黙ってそのブレードを見つめる先で、突如青白い何かが立ちはだかった。



 傾いた外壁を必死に走って辿り着いた女神像の麓には、コーディが山のように群がっていた。どれもイザークに気がつかずに一心腐乱に女神像に縋り付いて上へと行こうとしている。そう言えば、なぜかコーディ達はみんなここを目指していた。テレビでは、コーディ達を率いているとも。
「あれはっ!?」
 女神像の上に方に動く影がある。残像しか捕らえられないが、赤と青だった。
 あれが、父さん。
 そう思ったのもつかの間、女神像の松明が光り出した。
 眩しくて手を上げて、目を細め、見えたもの。
 それは、真っ白な光の中、父に襲い掛かる青い人影。
 それはさっきまで、突然頭の中に浮かんだ一場面。

 あれを止めなければ。
 ただそれだけで、イザークはキンと一瞬、気が飛びそうになった。身体が軽く、足元が覚束ない。

「誰だっ、イッ、イザークなのか!?」
「君はまたっ!」

 目の前には福祉施設で出合った、青い刃を振るう大人。
 背後で声を上げたのはアレックスであり・・・。

 こいつはアスランだ。
 俺がずっと追っていた、裏切り者。右手のジーンブレイドを生み出したライバル。

 これは誰の記憶?
 アスランを知っている? どうして。そして、イザークは気がついたのだ、自分が、夢の中と同じ姿をしているということを。その背丈は二人よりも大きく、全身を白く輝く装甲に覆われて、宙に浮かんでいる。

 まるで今までが長い夢をみているような、そんな気がして、目の前の事象をようやく認識する。迫る青いブレード。

 ああ、これはあの時と反対だ。
 急速に蘇る記憶が、夢と紡ぎ合わさっていく。
 この前は、俺がブレードを付き立てる側だった。プラントを裏切ったアイツらからジーンブレイドを取り戻す為、試験的に作り上げた試作品ジーンブレイドを発動させて俺は彼らを追い詰めた。
 オーブの科学者、キラにブレードが届く寸前で庇うように割り込んだアスラン。
 勢いを止められなくて、でも、傷つけることもできなくて。
 自分のブレードは彼を傷つけることはなかったが、いきなり捻じ曲げられた力のベクトルは全て自分に跳ね返った。

 俺は今度こそ、こいつを守って死ぬのか?

 アスランの絶叫が聞こえた。



「イザ―――クッ!!」



 青いブレードを受け止めたのアスランだった。その身をブレードに串刺しにされながら、引き抜かせまいとブレードを掴んでいる。
「イザークには傷一つ付けさせるものか、お前もここで・・・」
 アスランが最後まで台詞を言えずに、色を失っていく。

 その動きと呼応するようにキラのジーンブレイドまでが形を変え、色を失って結晶のように宙に漂う。最後まで残った左手のジーンブレイドが黒い痣となって中心にあった青玉が肌の下に沈んでいく。発動が解除された彼は、視界の端で落下していった。 

 そして、アスランは白く透き通って終いにはパリンと弾けた。彼がいた空間がキラキラと輝き、人の形をした空間が揺らいでいる、それが徐々に小さくなっていく。まるで成長が巻き戻るように。青年から少年、子供、そして。

 イザークはただ目を瞠る。

 粉々になったクリスタルの破片が、最終的に残った空間の揺らぎに集まってフワフワと漂い落ちていく。

「あ」

 あれを抱きとめなければ。
 身体は自然に宙を滑り、その光を抱きしめる。ただ暖かいだけの光が緩やかに渦を巻いて、光を失うと共に少しずつ重みを増していく。腕の中の存在を見下ろしたまま、膝をついた。

「アスラン・・・なのか・・・?」

 眠る赤子は紺色の髪。
 強く抱きしめて、名前を呼んだ。
 額を付き合わせ、キスを落とした。そこから先は、急速に薄れ行く意識の中で、ヘリの音を聞いたような気がした。





 最も激しく消滅した中心現場に佇む青年がいた。
 女神像は跡形もなく消し飛び、かつて島だったそこを中心に円形の更地が広がっている。波止場もビルも全て消えうせていた。ただ、空中からはらはらと降る光る結晶を受け止めようと手のひらを上げると、落ちてきた瞬間に消えてしまった。

「この男はどうしますか?」
 プラントの特殊部隊に指差された場所に、男が一人転がっている。
「そのままにしておけ。あの子供はどうした?」
「は、既に収容完了しております」

 この中心地で発見されたのは3名。一人はそこで気を失っている青年。残るは赤子を抱えた子供。さらさらの銀髪の子供をレイは知っていた。何が起こったのかは分からない、ただ、命が2つだったことで奇跡が起こったのだ。

 彼らもろとも爆撃しようとしたプラントと軍の混合部隊が壊滅させられた時は、どうなることかと思ったが、その後放たれた光が全てをなぎ払ってコーディ達は一瞬で消滅した。
 多く建造物を道連れにして。
 ヘリの中で、保護した子供を見る。
 気を失っているようにも、眠っているようにも見える。

「では、ラボに向かいます」
「いや・・・すまないが、ここに向かってくれ」
 そう言ってディスプレイで表示させたのは、かつて親子だった頃の二人が暮らしていたアパートメント。煙が棚引き、大崩壊もかくやの光景の中、ヘリは上空を大きく先回した。 



 それから10年。


 あの時の傷跡もすっかりなりを潜めた街。
 消滅の中心地の島には、女神像の変わりに、オーブ財団が立てたという再建のシンボルとして手と手を取り合う像が建っていた。

「ァァァアスラン! いい加減に起きろっ」
「ん・・・もう・・・ちょっと・・・」
「貴様はぐーたら親父かぁ―――っ」
 布団が宙を舞う。

 イザークはかなりぽーっとした弟の面倒をみる、しっかり者の兄として地区に君臨していた。僕と化したシンとルナマリアが、一階のレストランにまで聞こえる声に毎朝の恒例行事だとため息をつく。

 ぼてぼてと仕方なく起きた弟が、眠気が取れないまま顔を洗いに行く。キッチンでワシャワシャした後、タオルで顔を拭きながら目に入った紙を見る。
「ほんと、下手くそだよな」

 壁に残されていたのは、兄が小さい頃に書いたと言う落書き。いい加減外せと進言する自分を、兄は一蹴して未だにここに飾られ続けている。
 その横には、同じように書きかけの落書きが添えられていた。
「しかも書きかけだし、誰が飾ったんだよ」
「お前が言うな」

 朝刊で頭を叩かれた。







おわり




やー、意外と時間が掛かってしまいました。ウィッチブレイドパロ。最後はちょっと駆け足だったけれど(いつものことです)、エピローグはちょっと蛇足だったかなあなんてね。