「盟友(後編)」(2008/12/06 (土) 17:37:13) の最新版変更点
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*盟友(後編) ◆WslPJpzlnU
ぎ、と。
軋む音がする。
「ぅあ……!!」
右腕は胴と一緒に締め付けられ、槍を持つ左腕は伸ばした状態のまま固定された。両脚こそ縛られていないが、それは四方八方から絞め曳かれている為に必要がないだけだ。
やがて左腕にも力が入らなくなり、緩んだ掌からミライが槍を引き抜いた。
「この……離せよッ!!」
完全な捕縛、しかし口を封じる事はしていなかった。憤りのままに、ヴィータが吠える。
「落ち着いて、ヴィータちゃん!」
「うるせぇ、キショい呼び方してんじゃねぇよ!」
「僕達は君を傷つけるつもりはないから、だから……」
「だったら離せ! その瞬間、テメェをぶっ殺してやる!」
「——落ち着いてくれ、ヴィータ」
問答し、だが不意に、クロノの語りかけてきた。見やれば、肩で息をするクロノがこちらへと歩み寄っていた。彼はヴィータの目前まで近づき、汗に濡れた顔でこちらを真正面から見据える。
「その人の……ミライさんの言っている事は本当だ。勿論、僕の言いたい事も」
悔恨する様に。
改める様に。
思う様に。
「すまなかった。話を聞いて欲しい、ヴィータ」
言った。
言葉に含まれた感情は、先ほどヴィータを責め立てた事に対する自責か。
「都合の良い事、言ってんじゃねぇよ」
言ってみて。
「だけどそれが、僕の今の意思だから」
言い返されて。
込められた感情に。
気が削がれ。
ごぎゃ。
「—————————————————は?」
唐突な音がした。
砕くような、外れるような音、が。
「何だ……?」
音はクロノが立つ側、彼の更に後方から響いてきた。一体何事か、そう思う意思が説得していた者もされていた者も関係なく、音のした方へと視線を向けさせる。
そこにいたのは、例の小さな恐竜だった。
「……アグモン?」
そういえばこちらに火を吐いてから一度も動かなかったな、とヴィータも思い、そして一つの事実に気づいた。
どうして、あのアグモンというらしい恐竜は身体をこちらに向けたまま、頭を真後ろに向けられるのだろう。
そして。
恐竜が見ているあの男は誰だろう。
真赤なコートを着た、十字架を持つ。
あの男、は。
「……ダレ?」
聞こえた恐竜の声は余りに掠れた濁声で、それは、喉が捩じれ締まっているせいなのだ、と理解した。
「悪いなぁ、トカゲ君」
言いつつ、悪びれた風もない、笑顔で。
十字架を持つ男は、恐竜の下顎に手を添え。
「本部に目ぼしい物が無かったのでな、せめて貴様の首輪でも頂こう」
思い切り、ひっぱたいた。
面白いようにアグモンの頭部が旋回して。
ぶちり。
と。
聞くに。
堪えない。
音がして。
首が、千切れ飛んだ。
&color(red){【アグモン@デジモン・ザ・リリカルS&F 死亡】}
&color(red){【残り 53人】}
●
吹っ飛んだ恐竜の首が地に落ちる音をアーカードは聞くともなしに聞く。
やはり獣の血はあまりいい匂いではない、というのがたった一つの感想だった。断裂によってささくれ立った筋肉と血管と覗ける喉、一拍もすれば、破裂したような勢いで血が噴き上ってくる。
その血は、当然だが人のそれではない。外見通りの獣の匂いが鼻孔一杯に広がり、上半身が粘質な赤黒い体液で丹念に塗装されていく。
ちろり。
唇についたそれを、舐める。
「違うなぁ」
ああ違うとも、とアーカードは思う。人と獣、ひいては化物とでは、やはり味が違う、と。
匂いが違い。
色が違い。
量が違い。
質が、違う。
「……違うのだよなぁ」
きぃ、と。
軋む様に。
わらう。
血流が噴き上がる中、アーカードの右腕がその流れを分つ。手は血を吹かす首を目指し、そこに備わっている体にならざる物へと触れた。
首輪だ。
四指を首輪と首の間に差し込み、残された親指との間にそれを握り込んで、ゆっくり、と首から外していく。頭部という閊えを失った首輪は何に障ることなく首から外れ、血流の中からアーカードの目前に持ち寄られた。
これがか、という思いがある。主催者気取りのあの女が、おそらくはこの場にいる者全てに付加した物品。おそらくは場所と行動と生死を知り、時には自らの手によって殺す為の装置だ。
不快だ、と思う一方で、こうして手に入れた事を幸いに思う意思がある。
「インテグラルにくれてやれば、まあ、喜ぶか」
仕えるべき主、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲート・ヘルシング。
賢しい彼女の事だから、こうした判断材料を得る事は喜ぶ筈だ。仕える者として、主の得となるなる事はしておくべきだ。
それに、得る物があれば、と思って行ったHELLSING機関本部が空振りに終わったという事もある。銃器の類でもあればと思ったのだが、さすがに主催者の女もそれを許すほど広い心は持っていなかったようで、施設に目ぼしい物は何もなかった。
だがまあ良い。
こうして土産になりそうな物も得たし、強者であろう者共と出会えたのだから。
少年が一人。
青年が一人。
少女が一人。
つい先ほどまで交戦していた三人は、今はもうそれをやめてこちらを凝視している。
この、アーカードを。
「さあ人間諸君、祝杯に血は上げてやったぞ!? 次は我々の番だ、血と皮と肉と命を散らして——殺し合おうではないか!!」
血流を途絶えさせた恐竜の胴体が、鈍い音を立てて崩れ落ちた。アーカードはその腹を踏み潰して、一歩前に出る。
「さぁ」
また一歩。
「さぁ」
一歩。
「さぁ」
一歩。
「さぁ」
一歩。
「さぁ」
一歩。
「さぁ」
一歩。
一歩。
一歩。
「さぁ来い人間諸君! 早く、早くだ!! HURRY! HURRY! HURRY!」
また一歩踏み出して、アーカードは三人へと近づいていく。強者であろう、少なくとも今の戦いを見る限りにおいて決して弱くない、その三人と殺し合う為に。
殺意も露わなアーカードに対して、対処を取ったのは少年だった。既にこちらと向き合っている少年はポケットに掌を突っ込み、そこに収まっていたのだろう二つの物品を取り出す。
それは掌から若干余る程度の黒塗りの小さな箱、そして二等辺三角形に似た鏡の破片だ。
「何だそれは少年? 爆薬か? 何かの操縦装置か? まさかその鏡で切り付けて戦うつもりか!?」
少年は箱を突き出し、もう片方の手で掴んだ鏡と向き合わせる。それが何になる、とアーカードは問おうとし、耳鳴りに似た音を聞いたのは、その時だった。
龍を、見たのも。
「……何!?」
鼓膜を切りつける様な唐突な異音、それと呼応するようにして、少年の手にした鏡の破片から巨大なそれが出現する。
赤く、長く、蛇のようでいて生え揃った牙と角、そして爪のある手足を持つそれは龍と呼ぶべき形態だ。アーカードの身長よりも大きな口から、お、という咆哮を引き摺り、龍は弧を描いてこちらへと迫る。
その指示したような行動、そして少年が箱と鏡を向き合わせた途端に現れた事から、アーカードはこの龍が少年の傀儡であると推測した。
「成程、それが貴様の武器か、少年」
驚異的だな、とアーカードは思う。外見は元より、龍が持つ気配はそれが強い戦闘力を持っている事を容易に理解させる。その攻撃、その咆哮を直に受ければアーカードの肉体も容易く避けるだろう。
だが、
「——断然ぬるい!!!」
目前に迫った龍の下顎を、アーカードは十字架でもって叩き抜いた。
驚くべきはそれを果たした速度でも度胸でもなく、それが通用する程の力を有していた事だ。それほどまでの、腕力。
『オ、オォ……!!』
「どうした龍!? 顎と共に脳が揺れたか!? 化物の貴様が、そんな正攻法が通じてどうする!!!」
続く、大跳躍。
準備動作も無しに龍の頭上まで飛び上がったアーカードは右脚を突き出し、それを縦に回転させたまま落下する。そうして一回転もすればそれは立派な踵落としとなり、龍の眉間を打ち付ける。
落下する痛烈な一打に龍の頭が落ち、その顎が校庭を割って轟音を生じさせた。そのままアーカードは額へと降り立って、龍を呼び出した少年へと声を飛ばせる。
「私を殺したければ貴様が来い、人間!! たかが化物如きで——私が殺せると思ったか!!!」
見据えた先で、同様にこちらを睨んでいた少年が歯を噛むのが見える。化物め、という怨嗟も、また。
だが少年もまた、龍だけでは役不足だと理解したのだろう、新たな動作に入った。龍を呼び出してた後は離していた箱と鏡、それを再度向き合わせたのだ。また何か呼び出すのか、と期待したアーカードの見る先で、新たな影が出現する。
しかしそれは異形ではなく、少年の腰に巻き付くベルトだ。バックルの部分は何かがはまり込むようなスリットが設けられている。
丁度、龍を呼び出した箱が入りそうな大きさの。
「……変身!!」
と、そう叫んで、少年は箱をスリットに装填した。直後に起こるは影の重複、どこから現れたのは銀色の人影が少年と重なり、そして砕けた。
それらが砕けた後の少年は、最早少年の姿をしていなかった。白と黒と赤、その三色に彩られた奇妙な形状の鎧、それによって全身を覆っている。左腕には龍の頭部を模した奇妙な籠手が装着されていた。
それもまたその箱の力か、とアーカードが喜悦に口角を吊り上げ、そうする最中に少年はバックルに嵌った箱へと手を伸ばす。
どうやら箱には切れ込みが入っていたらしく、添えた指が箱から一枚のカードを抜き出し、そして右腕に装備されていた龍を模す籠手へと差し込まれた。
直後に龍の目を象った部分が発光、籠手は音声を放つ。
『——SWORD VENT』
電子音は剣を示す言葉、言い終えるやすぐに、それが何であったのかが現象によって説明された。何が居た訳でも無いだろう空から、一つの長細い影が鎧に覆われた少年の手へと飛来したのだ。
それが龍の尾先を模した刀剣であった。そう気づけたのは、丁度それが目前まで迫っていたからだ。反り返った刀身は青龍刀を思わせる形態、それが額に乗る敵を排除しようと迫る。
「ふんッ!!」
だがアーカードは十字架でもってそれを防ぎ、尚も押しやる尾先の力を利用して跳躍、龍と距離を空けた。
だが、どうやら少年はそれを狙っていた様だ。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
アーカードの更に上を行く跳躍は、恐らくはあの奇怪な鎧が脚力を強化したためだろう、と理解し、そして剣を振り上げた鎧姿がアーカードへと到来する。
「来たな、少年ッ!!」
私を殺しに。
そう言う前に、少年の剣が交差したこちらの腕に斬り込んだ。筋肉の筋を、一本ずつ丹念に断裂させ、骨に達する感覚。
甘美。
これぞ殺し合い。
前面に出していた左腕が完全に切断され、右腕に至ろうとした頃に二人は地面へ到達した。撃墜とも称せるほどの落下速度、まとまりのある土は割れて小さな谷を作り、そうでないものは砂埃として噴き上る。それを煙幕してアーカードは少年から離脱した。
「ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっッ!!」
切り落とされた左腕を銜えた為に、やや間の抜けた笑い声となってしまった。だがそれが気にもならない高揚し、アーカードは右腕を左手に持ち替える。そして切り落ちた方と体に繋がっている方、両方の断面を密着させた。治癒はその程度の処置で十分。
一瞬とたたずに双方は癒着、意思を込めれば五指はその通りに動いた。しかし普段よりも癒着が遅く、また五指に痺れと鈍さを感じる。何だろうか、とも思うが、まあ良い、とも思った。
闘えれば。
「さあ少年、どちらから来る!?」
自分と少年の落下によって発生した陥没、それに押されて土はめくり上がり、小さな谷と化している。薄らいだ粉塵の中に鎧の姿は無く、どうやら少年は捲れ上がった土塊を挟んで自分とは対照位置に着地したようだ。
ならば来るのは、迂回して右か、逆側から左か、飛び越えて上か。
あるいは。
「……正面!!!」
谷と化した土塊を蹴散らして、再び龍がその面を現した。再起していたのか、と思いつつ飛び退くが、龍の口腔はそれに追いつき、アーカードの下半身をその範疇に入れた。
がつん。
「お、お、ぉ、おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
閉じられた牙の羅列が腹を串刺しにし、腸の隙間と背骨の左右に差し込まれてアーカードを捕える。
そして、飛翔。
アーカードの上半身を口先から覗かせたまま、龍は翼のないその身で月を目指す。すぐに校舎も遥か下方へと置き去りにし、アーカードと龍は月光にその身を影とし、黄みを帯びた月の白さに輪郭を浮かばせた。
そして縦一直線となった龍、少年がその背を駆け登る。
「あ、あ、あ、あ、あああぁぁぁ………ッ」
鱗とも呼べぬような龍の固い皮膚を足場に飛び上って少年は鼻先に到達、上半身を牙から露出したアーカードと対面する。
「ごきげんよう、少年」
「……ッ!!」
挨拶には剣が返された。
型も何もない、思いつくがままの、滅多切り。
服が肩が胸が腹が臍が脇が腕が手が指が爪が顔が目が瞼が耳が鼻が髪が睫毛が唇が舌が歯が額が頬が顎が首が喉が皮が骨が血管が血液が唾液が頭蓋が脳髄が肋骨が鎖骨が筋肉が胃袋が大腸が小腸が食道が肺腑が腎臓が鼓膜が喉仏が神経が。
切られ。
斬られ。
伐られ。
肉塊に。
変わる。
感覚が。
それも。
無くな。
る。
「……だが死なないんだろう!!?」
「————————————その通りだぁッ!!!!」
問いには答える、紳士。
それがアーカード。
この程度。
治る程度。
「だが、これで……ッ!!」
不意に龍がその牙を開いた。腹に幾つもの孔を空けたアーカードの体が、解放によって宙へと舞う。だがそれがアーカードを死なせる為の解放である事を、その場にいる誰もが理解している。
「は、は、はぁ……その龍は、そんな事も、出来るのかぁ」
治癒中の喉に声が歪む。泥状になった眼球をどうにか球形まで戻し、形ばかりを整えた瞳で眼下の龍を見た。暗いはずの喉奥、そこに炎を溜めて照らす、様を。
放火、か。
「………………!!!!」
理解するやいなやの攻撃、やや塊のある炎が浮遊するアーカードの肉体を焼いた。
月夜に花火、あるいは太陽が生まれたかのような、業火と轟音だった。消炭となったアーカードの体が、反動によってより高空へと舞いあがる。
昇って。
昇って。
次第に失速して、滞空。
だが飛行する訳でもない体が何時までもそうしている筈もなく、やがては墜ちる。黒煙を引いた炭素の塊は夜空よりも明らかで、ゆるゆる、と弧を描くでもなく真っ逆様に墜落する。
「これで」
という、龍の鼻先に立った鎧姿の少年を。
アーカードは、見た。
「死いいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいんだと思ったかッ!!!?」
残念。
まだまだこれも。
この程度、の内。
「……ッ!!!」
「残念だったなッ!!?」
炭素と化した表皮が動作によって崩壊、鱗にも似た炭の被膜が粉砕して、内部からアーカードの肉体が覗いた。
無傷の。
真新しい。
皮膚。
アーカードは龍へは着地しない。自分の腹へと食らいついていた顎をすれすれに通過する軌道をアーカードは選び、そして右手でもって龍の下顎の先を掴んだ。勿論それは、この化物を始末する為の準備。
顎を掴んだアーカードは龍の顎裏に両脚を着ける。そこに踏ん張りをかけて身を起し、左手は右手の傍らにしておく。そうして完成した姿勢は、龍の顎裏に掌をついて中腰になった姿勢。
そして龍の顎に触れている両手と突き立つ両脚に力を込めて、
「めええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇくれぇろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
思い切り、立ちあがった。
吸血鬼の握力は、強固な怪物の顎を保持したまま立ち上がるという行為を成功させる。
その結果。
龍の下顎は。
反り返るように。
へし折れた。
『ギィィィィィィィィィィィィィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!』
痛烈な感覚に龍の悲鳴が立ち上る。しかしアーカードの反撃は、これで終わったという訳ではない。
「この程度で悲鳴を上げるか怪物! 良い様じゃあないかぁッ!?」
顎握る手を離さず。
「——だったらその叫び」
尚も両脚を力ませ。
「——もっと大きくなるように」
用意。
「——大きくしてやろう!!!」
どん。
べりべりべりべりべりべりべりべりべりべりべりべりべり。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……………』
顎を掴んだまま、今度は疾走する。顎裏から喉元に渡り、そのまま長い胴を走り抜ける。
顎を掴んだまま。離す事もなく。
なのに走れるのは。
龍の大きな口が。
裂けていくから。
「どうだ!? 自慢の口がより大きくなったなぁッ!!?」
身体を上下に二分する裂け目を口というのなら、最早龍の口はその全身によって再現されたと言っていい。喉の奥から臓腑に至るまで、体内の全てを口腔として龍はそれらを外気に晒した。
アーカードの問いにもその大きくなり過ぎた口では返事を返せる筈もなく、龍は意識を失ったかのように崩れた。
「う、ぁ」
制御を失った従者、その巨躯の揺らぎに少年もまた姿勢を崩す。安定を失って鼻先に立っていられなくなり、足を滑らせた鎧姿は肩から地上へと落下した。
そしてその体が自分よりも先に落ちるまで、アーカードは垂れ下った龍の下顎に掴まって待つ。
「次は貴様だ、少年!!」
墜落する龍の体を蹴ってアーカードは少年へと切迫する。
「はっはぁ!」
破顔一笑で少年の握る剣を蹴り飛ばして手放させる。その際に掴んでいた五指があらぬ方へと曲がった気もしたが、気にする必要もない。
これから死なせる、人間には。
気兼ねは何一つとして、無い。
「……なあ少年、ひとつ疑問に思わなかったか?」
墜落する少年に合わせてアーカードもまた飛来、そして妙に優しげな口調で問いかけてきた。
「私は今の今まで、大きな十字架を持っていただろう? しかし龍を引き裂いてやった時には持っていなかった。……さあ、どこに行ったと思う?」
答えは、背後した天上へと伸びるアーカードの右手が証明する。虚空を握る五指、何もありはしないそこに、しかしそれはやってきた。
十字架、が。
「あいにくと貴様が滅多切りにした時、うっかり手放してしまってな。だがこうして間に合ってくれて良かった」
横一文字と縦一文字の交差点、そこに空いた五つの小さな穴に五指を通してアーカードは握り込む。そして足場のない空中で、身のひねりだけでアーカードは投擲の姿勢を作る。
強固と称して更に強固、その十字架を、少年へと投げつける姿勢を。
振り抜く。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaMEEEeeeee———————Nッ!!!」
落下中にあってそれだけの大質量を投げつけられるのは、一重にアーカードの異常な腕力の賜物。まるで矢の如く十字架は投げつけられ、その最も長い先端が、鎧をまとう少年の腹へと食らいつく。
「が———————————————」
衝突によって少年の落下速度はさらに上がる。最早落下というよりも、上空から地面に向けての推進と呼べるほどの速度に乗って、少年は地上への回帰を果たす。
接近していく地面。
少年はそこへ背中から落下してく。
その腹に十字架を喰らいつかせたままで。
そして、二つの擬音は生じた。
だん。
ぐじゅ。
前者は少年の体が地に打ちつけられた音。
後者は、十字架が少年の臓腑を貫いて、彼を地に縫い付けた音。
●
致命傷を受けたからだろうか。或いは、龍が校舎の窓硝子へと潜り込んだからだろうか。少年の全身を覆っていた奇妙な鎧は、硝子が砕けるような様と音をたてて消滅した。
「……………ぉ」
アーカードの足の下で、少年が僅かばかりの苦悶を上げる。
十字架による腹部貫通。
更には高空からの墜落。
即死しても可笑しくはない損傷の筈だが、虫の息とはいえ生き延びた少年に感心の情が湧いてくる。陥没した地面に溜まる血液は、全て少年の体から溢れ出たものだ。それが黒を基調とする少年の体を粘質な赤へ染めていく。
「どうだ少年」
白くなり始めた少年の両眼、その様を見つつアーカードは口を開いた。
「この苦しみ、この痛み。……あともう少しで貴様は完全に死亡するだろう」
突き立つ十字架に手を添え、落下のまま押さえつけていた足の裏で少年の胸を踏み躙る。生理的な筋肉の動きか、貫かれた腹回りの肉が十字架を絞め、両の手足が痙攣した。
しかし、手足の震えは、単なる生理的反応ではない。
何故なら。
足は地を踏み。
手はアーカードの脚を握り。
首はもたげられ、こちらを睨み上げるから。
「ぉ、お、お」
吐血で口を濡らし、瞳の薄い両目が零れ落ちんばかりに見開かれる。
戦意、ここに絶えず。
愉快で、堪らない。
「はぁはははははははははははははははッ! 良い意欲だなぁ、少年? その意思、敬意に値する!!」
だがなぁ、と言った所でアーカードは笑みの質を変える。嘲笑、そう呼ばれる種類の笑みに。
「視野を広く持たないか、少年? 周りを見れば、考えが変わるかもしれないぞ?」
こつり、と。胸を踏みつけていた足先が、少年の顎に触れた。そしてそのまま、ぐ、と力を込めて顎を押し上げていく。
が。
動かない。否、耐えている、というべきか。
「……はっ、まだ私と対峙しているつもりなのか。それとも、見たくないのかな?」
しかし死にかけた子供の力など、たとえ吸血鬼の力を持っていなくとも圧倒するのに容易い。
次第に。
次第に。
押し上げる足の力に負けて、少年の顎は反らされていく。逆さまに、この庭の向こうを見る目線へと、移ろいでいく。
「可笑しいとは思わないか、少年。あれだけ奮闘したのに、貴様と共にいた男と娘は手を出すどころか声もかけない。落ちていく貴様を受け止める事も、私を妨害する事もない。それは、何故だ?」
反らされ。
反らされ。
後頭部が、地面に近づく。
耐える力も空しく、視界が拓けた。
ごつん。
と音をたてて後頭部が地に衝突し。
少年の視界が拓けた。
周囲に目を向けた。
何も無い、庭を。
誰も居ない、庭を。
「—————————————————————————————————————————————………………」
少年の目が強く開き、そして。
緩む。
「ふっくっくっく………ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
瞬間、アーカードの哄笑が響き渡る。
「十字架越しに伝わってくるぞ少年!! 貴様の力が、一気に抜けていく様が!!!」
愉悦。
愉快。
胸の奥が煮え立つような、湧き立つような類の感情がアーカードに高揚をもたらす。
「少年、貴様が闘っている間に奴らは逃げてしまった様だぞ!? 残念だなぁ、貴様は裏切られてしまった様だぞ!? はははははははははははははははははははッッッ!!」
この少年が、残る二人を守る為に自分へ挑んできた事は、理解していた。あるいは共闘する上で、先んじて自分に挑んできたのかもしれない。どちらにせよ同じことだった。結局のところ、少年はあの二人に裏切られ、気付かないままに闘って、気付いて死んでいくのだから。
そして、絶望の底で横たわる様な少年が、その胸に残り僅かな力を込めた。
発声するのだ、と理解して、アーカードは笑いを抑えた。末期の少年がどんな事を口走って死ぬのか、興味がある。そうしてアーカードが見つめる下で、少年は青黒く干乾びた唇を震わせて。
声を。
「……………よかった」
●
ねぇ、かあさん、とおさん
僕は成功したみたいだよ ————あの二人を逃がす事に
もう、体が動かなくなってたんだ
もう、駄目だと思ってたんだ
でもね、最後の最後で気がつけたよ 二人がこの場から、もうきっと、遠くまで離れていた事に
僕ね、ヴィータを救えたよ ミライさんっていう人も、助けられたんだ
二人が、この場所にいる他の皆も助けてくれるよね?
それはきっと、僕一人じゃ出来ないような、とてもない大変な事
でも僕は、そんな大変な事をする人達を、一人で助けられたんだよ?
ねぇ、かあさん、とおさん
助けられたよ、救えたよ、みんなを
うん
あの人たちなら きっと 一緒に協力して やってくれると 思うよ……
ねえ、かあさん、とおさん
仲間 できたよ
●
「………………………」
アーカードの脚の下に、最早何の感触もなかった。
腹を貫かれ、顎から頭を踏みつけられた、少年の身体。
身体には、もう何の力も無い。
身体には、もう何の抵抗も無い。
力も意思も命も、無い。
少年は、事切れていた
「少年、貴様は囮だったという事か?」
その死に様を見て、アーカードの問いは零れる。
「あれだけの力と意思を見せて…………持っていた目的は、それなのか?」
少年は答えない。
少年は答えられない。
死人に口なし。
「……私が、読み違えたという事か?」
死人に、口なし。
「……………………………………………………………」
クロノは喋らない。
死体は喋らない。
アーカードは喋らない。
生者は喋らない。
語らない。
そしてアーカードは、ふと自分が照らされている事に気づいた。
それは照明灯が放つような、人為的で強烈な光ではない。
上空から淡く降り注いでくる、闇夜の垣間から注ぐ光を感じる。
空が変わる時。
時は既に、
「————黎明、か」
&color(red){【クロノ・ハラオウン@リリカルリリカルTRIGUNA's 死亡】}
&color(red){【残り 52人】}
【1日目 黎明】
【現在地 D-4 学校】
【アーカード@NANOSHING】
【状態】疲労(中)、不調(僅・治癒中)、半裸(衣服は完全に炭化)
【装備】パニッシャー@リリカルニコラス
【道具】首輪(アグモン)、基本支給品一式
【思考】
基本:インテグラルを探しつつ、闘争を楽しむ。
1.……少年よ………
2.その後、学校へ向かい闘争を楽しむ。
3.アンデルセンとスバル達に期待。
【備考】
※スバルがNANOSHINGのスバルと別人であると気付きました。
※パニッシャーが銃器だという事に気付いてません。
【共通の備考】
※D-4学校の校庭に以下の5つが放置されています。
・パニッシャーに腹を貫かれたクロノの死体
・首をねじ切られたアグモンの死体と生首
・ギルモンの死体
・龍騎のカードデッキ@仮面ライダーリリカル龍騎(ドラグレッダーは重傷です。参加者を喰わせる、あるいは相当の時間が経過するまでドラグレッダーは使用不能です)
・拡声器@現実
・クロノ、アグモン、ギルモンの支給品一式とランダム支給品(合計2〜7)
学校からいささか離れた市街地、その大通りに声が響いていた。
それは叫び声、音量だけではなく、悲痛と称するに値する激情が込められた声。
「離せよぉッ! 離せっつってんだろぉ!!」
叫びは、ヴィータのものだ。滂沱の涙を容易に想像させる声色は、鼻詰まりと引き攣った喉からなる吃音じみた発声。それをすぐ後ろにしながら、ヒビノ・ミライは走り続けた。
ヴィータは両腕を胴ごとバインドで縛られており、頭をミライの背後に向ける形で腹を肩に乗せている。
「戻れよテメェ! 早く戻んねぇと、あいつが殺されちまうだろぉが!!」
「駄目だ……!」
ヴィータが自分の後ろ姿を睨んでいる、それを感じつつミライは答える。
「あの時のクロノ君の言葉を聞いただろう? 僕とヴィータちゃんが一緒に戦っても、あの赤いコートの男には勝てない!」
それはミライも、そして恐らくはヴィータも感じていた事だろう。突如として現れ、冗談の様にアグモンを殺したあの男の戦闘力と凶暴性を。だからあの男がアグモンから首輪を奪っている最中に、クロノはミライとヴィータに語りかけた。
今一番戦闘力のある自分が足止めするから逃げろ、と。
ヴィータは反対したし、ミライもまたそれと同様の思いを持っていた。
しかしそれを離した時のクロノの目が、気配が、その拒絶を拒んでいたのだ。
絶対に生きて下さい、と。
そう語りかける瞳が、あった。
だからミライはクロノの言う通りに縛られたヴィータを担ぎ、赤い龍が飛び出したのを好機に校庭から逃げ出した。
「あいつを置いていけるかよ!! あんな奴に、借りなんか作ってたまるか!!!」
泣き叫ぶヴィータの言葉、だがそれが真意でない事はその声色と、発露する意思から容易に理解出来る。
優しい子だ、とミライは思う。素直じゃない子だ、とも。結局のところ、ヴィータとクロノは敵対しているらしかった。しかしクロノはヴィータを信じたし、ヴィータもまたこうして彼が死ぬのをよしとせず暴れている。
表層のところでどう言っていようと、根のところで優しい子達だ。
と。
思った所で。
「……ぁ」
ヴィータを縛るバインドが、解けた。その事実に、そしてそれが指し示す現実に、ミライとヴィータは声を漏らす。
捕縛系の魔法が解除されるのは、四つの場合がある。
一つは、術者が解く事。
一つは、対象が破る事。
一つは、距離が余りに離れた事。
一つは、
「……術者が、死ぬ事……」
最後の可能性を、ヴィータは声にしていた。
このバインドはヴィータが暴れて一人戻ってくることを防止するためのもの。だから、クロノが解除する事はない。
バインドブレイクはヴィータも試みていたが、乱れた感情では上手く成功しなかった。だから、ヴィータは破っていない。
相手を捕縛するバインドの維持範囲が狭くては本末転倒、だからその範囲はかなり広い。だから、ミライは離れる程の距離を開けていない。
だから、あり得るのは。
最後の可能性。
クロノの。
死。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ—————————————!!!」
市街地に、ヴィータの涙が木霊する。
それに混じって、ミライのものも。
【一日目 黎明】
【現在地 D-4 大通り】
【ヒビノ・ミライ@ウルトラマンメビウス×魔法少女リリカルなのは】
【状態】疲労(小)、号泣、哀しみ、背に切傷
【装備】メビウスブレス@ウルトラマンメビウス×魔法少女リリカルなのは
【道具】基本支給品一式、ランダム支給品0〜2
【思考】
基本:殺し合いを止める。
1.ヴィータを連れて一刻も早く学校から遠ざかる。
2.クロノ君……ッ!!
2.なのは、フェイト、ユーノ、キャロと合流したい。
3.アグモンを襲った大男(弁慶)と赤いコートの男(アーカード)を警戒。
【備考】
※メビウスブレスは没収不可だったので、その分、ランダム支給品から引かれています。
※制限に気付いてません。
※デジタルワールドについて説明を受けましたが、説明したのがアグモンなので完璧には理解していません。
【ヴィータ@魔法少女リリカルなのはA's】
【状態】疲労(小)、号泣、哀しみ、左肩に大きな切り傷
【装備】ゼストの槍@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【道具】支給品一式×1、デジヴァイスic@デジモン・ザ・リリカルS&F 、ランダム支給品0〜1
【思考】 基本 はやてを救って、元の世界に帰る
1.クロノ……ッ
2.八神はやて及び他の守護騎士たちとの合流
そして彼らに偽者の八神はやてがいて、殺し合いに乗っていることを伝える
4.ヴィヴィオを見付けた場合は、ギルモンの代わりに守ってやる
5.赤コートの男(アーカード)はぶっ殺す。
【備考】
※はやて(StS)を、はやて(A's)の偽物だと思っています
※デジヴァイスには、一時的に仮パートナーとして選ばれたのかも知れません。
※なのは達のデバイスが強化されたあたりからの参戦です
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|Back:[[盟友(前編)]]|ヒビノ・ミライ|Next:[[パンドラの箱は王の手に]]|
|Back:[[盟友(前編)]]|ヴィータ|Next:[[パンドラの箱は王の手に]]|
|Back:[[盟友(前編)]]|&color(red){アグモン}|&color(red){GAME OVER}|
|Back:[[盟友(前編)]]|&color(red){クロノ・ハラオウン}|&color(red){GAME OVER}|
*盟友(後編) ◆WslPJpzlnU
ぎ、と。
軋む音がする。
「ぅあ……!!」
右腕は胴と一緒に締め付けられ、槍を持つ左腕は伸ばした状態のまま固定された。両脚こそ縛られていないが、それは四方八方から絞め曳かれている為に必要がないだけだ。
やがて左腕にも力が入らなくなり、緩んだ掌からミライが槍を引き抜いた。
「この……離せよッ!!」
完全な捕縛、しかし口を封じる事はしていなかった。憤りのままに、ヴィータが吠える。
「落ち着いて、ヴィータちゃん!」
「うるせぇ、キショい呼び方してんじゃねぇよ!」
「僕達は君を傷つけるつもりはないから、だから……」
「だったら離せ! その瞬間、テメェをぶっ殺してやる!」
「——落ち着いてくれ、ヴィータ」
問答し、だが不意に、クロノの語りかけてきた。見やれば、肩で息をするクロノがこちらへと歩み寄っていた。彼はヴィータの目前まで近づき、汗に濡れた顔でこちらを真正面から見据える。
「その人の……ミライさんの言っている事は本当だ。勿論、僕の言いたい事も」
悔恨する様に。
改める様に。
思う様に。
「すまなかった。話を聞いて欲しい、ヴィータ」
言った。
言葉に含まれた感情は、先ほどヴィータを責め立てた事に対する自責か。
「都合の良い事、言ってんじゃねぇよ」
言ってみて。
「だけどそれが、僕の今の意思だから」
言い返されて。
込められた感情に。
気が削がれ。
ごぎゃ。
「—————————————————は?」
唐突な音がした。
砕くような、外れるような音、が。
「何だ……?」
音はクロノが立つ側、彼の更に後方から響いてきた。一体何事か、そう思う意思が説得していた者もされていた者も関係なく、音のした方へと視線を向けさせる。
そこにいたのは、例の小さな恐竜だった。
「……アグモン?」
そういえばこちらに火を吐いてから一度も動かなかったな、とヴィータも思い、そして一つの事実に気づいた。
どうして、あのアグモンというらしい恐竜は身体をこちらに向けたまま、頭を真後ろに向けられるのだろう。
そして。
恐竜が見ているあの男は誰だろう。
真赤なコートを着た、十字架を持つ。
あの男、は。
「……ダレ?」
聞こえた恐竜の声は余りに掠れた濁声で、それは、喉が捩じれ締まっているせいなのだ、と理解した。
「悪いなぁ、トカゲ君」
言いつつ、悪びれた風もない、笑顔で。
十字架を持つ男は、恐竜の下顎に手を添え。
「本部に目ぼしい物が無かったのでな、せめて貴様の首輪でも頂こう」
思い切り、ひっぱたいた。
面白いようにアグモンの頭部が旋回して。
ぶちり。
と。
聞くに。
堪えない。
音がして。
首が、千切れ飛んだ。
&color(red){【アグモン@デジモン・ザ・リリカルS&F 死亡】}
&color(red){【残り 53人】}
●
吹っ飛んだ恐竜の首が地に落ちる音をアーカードは聞くともなしに聞く。
やはり獣の血はあまりいい匂いではない、というのがたった一つの感想だった。断裂によってささくれ立った筋肉と血管と覗ける喉、一拍もすれば、破裂したような勢いで血が噴き上ってくる。
その血は、当然だが人のそれではない。外見通りの獣の匂いが鼻孔一杯に広がり、上半身が粘質な赤黒い体液で丹念に塗装されていく。
ちろり。
唇についたそれを、舐める。
「違うなぁ」
ああ違うとも、とアーカードは思う。人と獣、ひいては化物とでは、やはり味が違う、と。
匂いが違い。
色が違い。
量が違い。
質が、違う。
「……違うのだよなぁ」
きぃ、と。
軋む様に。
わらう。
血流が噴き上がる中、アーカードの右腕がその流れを分つ。手は血を吹かす首を目指し、そこに備わっている体にならざる物へと触れた。
首輪だ。
四指を首輪と首の間に差し込み、残された親指との間にそれを握り込んで、ゆっくり、と首から外していく。頭部という閊えを失った首輪は何に障ることなく首から外れ、血流の中からアーカードの目前に持ち寄られた。
これがか、という思いがある。主催者気取りのあの女が、おそらくはこの場にいる者全てに付加した物品。おそらくは場所と行動と生死を知り、時には自らの手によって殺す為の装置だ。
不快だ、と思う一方で、こうして手に入れた事を幸いに思う意思がある。
「インテグラルにくれてやれば、まあ、喜ぶか」
仕えるべき主、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲート・ヘルシング。
賢しい彼女の事だから、こうした判断材料を得る事は喜ぶ筈だ。仕える者として、主の得となるなる事はしておくべきだ。
それに、得る物があれば、と思って行ったHELLSING機関本部が空振りに終わったという事もある。銃器の類でもあればと思ったのだが、さすがに主催者の女もそれを許すほど広い心は持っていなかったようで、施設に目ぼしい物は何もなかった。
だがまあ良い。
こうして土産になりそうな物も得たし、強者であろう者共と出会えたのだから。
少年が一人。
青年が一人。
少女が一人。
つい先ほどまで交戦していた三人は、今はもうそれをやめてこちらを凝視している。
この、アーカードを。
「さあ人間諸君、祝杯に血は上げてやったぞ!? 次は我々の番だ、血と皮と肉と命を散らして——殺し合おうではないか!!」
血流を途絶えさせた恐竜の胴体が、鈍い音を立てて崩れ落ちた。アーカードはその腹を踏み潰して、一歩前に出る。
「さぁ」
また一歩。
「さぁ」
一歩。
「さぁ」
一歩。
「さぁ」
一歩。
「さぁ」
一歩。
「さぁ」
一歩。
一歩。
一歩。
「さぁ来い人間諸君! 早く、早くだ!! HURRY! HURRY! HURRY!」
また一歩踏み出して、アーカードは三人へと近づいていく。強者であろう、少なくとも今の戦いを見る限りにおいて決して弱くない、その三人と殺し合う為に。
殺意も露わなアーカードに対して、対処を取ったのは少年だった。既にこちらと向き合っている少年はポケットに掌を突っ込み、そこに収まっていたのだろう二つの物品を取り出す。
それは掌から若干余る程度の黒塗りの小さな箱、そして二等辺三角形に似た鏡の破片だ。
「何だそれは少年? 爆薬か? 何かの操縦装置か? まさかその鏡で切り付けて戦うつもりか!?」
少年は箱を突き出し、もう片方の手で掴んだ鏡と向き合わせる。それが何になる、とアーカードは問おうとし、耳鳴りに似た音を聞いたのは、その時だった。
龍を、見たのも。
「……何!?」
鼓膜を切りつける様な唐突な異音、それと呼応するようにして、少年の手にした鏡の破片から巨大なそれが出現する。
赤く、長く、蛇のようでいて生え揃った牙と角、そして爪のある手足を持つそれは龍と呼ぶべき形態だ。アーカードの身長よりも大きな口から、お、という咆哮を引き摺り、龍は弧を描いてこちらへと迫る。
その指示したような行動、そして少年が箱と鏡を向き合わせた途端に現れた事から、アーカードはこの龍が少年の傀儡であると推測した。
「成程、それが貴様の武器か、少年」
驚異的だな、とアーカードは思う。外見は元より、龍が持つ気配はそれが強い戦闘力を持っている事を容易に理解させる。その攻撃、その咆哮を直に受ければアーカードの肉体も容易く避けるだろう。
だが、
「——断然ぬるい!!!」
目前に迫った龍の下顎を、アーカードは十字架でもって叩き抜いた。
驚くべきはそれを果たした速度でも度胸でもなく、それが通用する程の力を有していた事だ。それほどまでの、腕力。
『オ、オォ……!!』
「どうした龍!? 顎と共に脳が揺れたか!? 化物の貴様が、そんな正攻法が通じてどうする!!!」
続く、大跳躍。
準備動作も無しに龍の頭上まで飛び上がったアーカードは右脚を突き出し、それを縦に回転させたまま落下する。そうして一回転もすればそれは立派な踵落としとなり、龍の眉間を打ち付ける。
落下する痛烈な一打に龍の頭が落ち、その顎が校庭を割って轟音を生じさせた。そのままアーカードは額へと降り立って、龍を呼び出した少年へと声を飛ばせる。
「私を殺したければ貴様が来い、人間!! たかが化物如きで——私が殺せると思ったか!!!」
見据えた先で、同様にこちらを睨んでいた少年が歯を噛むのが見える。化物め、という怨嗟も、また。
だが少年もまた、龍だけでは役不足だと理解したのだろう、新たな動作に入った。龍を呼び出してた後は離していた箱と鏡、それを再度向き合わせたのだ。また何か呼び出すのか、と期待したアーカードの見る先で、新たな影が出現する。
しかしそれは異形ではなく、少年の腰に巻き付くベルトだ。バックルの部分は何かがはまり込むようなスリットが設けられている。
丁度、龍を呼び出した箱が入りそうな大きさの。
「……変身!!」
と、そう叫んで、少年は箱をスリットに装填した。直後に起こるは影の重複、どこから現れたのは銀色の人影が少年と重なり、そして砕けた。
それらが砕けた後の少年は、最早少年の姿をしていなかった。白と黒と赤、その三色に彩られた奇妙な形状の鎧、それによって全身を覆っている。左腕には龍の頭部を模した奇妙な籠手が装着されていた。
それもまたその箱の力か、とアーカードが喜悦に口角を吊り上げ、そうする最中に少年はバックルに嵌った箱へと手を伸ばす。
どうやら箱には切れ込みが入っていたらしく、添えた指が箱から一枚のカードを抜き出し、そして右腕に装備されていた龍を模す籠手へと差し込まれた。
直後に龍の目を象った部分が発光、籠手は音声を放つ。
『——SWORD VENT』
電子音は剣を示す言葉、言い終えるやすぐに、それが何であったのかが現象によって説明された。何が居た訳でも無いだろう空から、一つの長細い影が鎧に覆われた少年の手へと飛来したのだ。
それが龍の尾先を模した刀剣であった。そう気づけたのは、丁度それが目前まで迫っていたからだ。反り返った刀身は青龍刀を思わせる形態、それが額に乗る敵を排除しようと迫る。
「ふんッ!!」
だがアーカードは十字架でもってそれを防ぎ、尚も押しやる尾先の力を利用して跳躍、龍と距離を空けた。
だが、どうやら少年はそれを狙っていた様だ。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
アーカードの更に上を行く跳躍は、恐らくはあの奇怪な鎧が脚力を強化したためだろう、と理解し、そして剣を振り上げた鎧姿がアーカードへと到来する。
「来たな、少年ッ!!」
私を殺しに。
そう言う前に、少年の剣が交差したこちらの腕に斬り込んだ。筋肉の筋を、一本ずつ丹念に断裂させ、骨に達する感覚。
甘美。
これぞ殺し合い。
前面に出していた左腕が完全に切断され、右腕に至ろうとした頃に二人は地面へ到達した。撃墜とも称せるほどの落下速度、まとまりのある土は割れて小さな谷を作り、そうでないものは砂埃として噴き上る。それを煙幕してアーカードは少年から離脱した。
「ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっッ!!」
切り落とされた左腕を銜えた為に、やや間の抜けた笑い声となってしまった。だがそれが気にもならない高揚し、アーカードは右腕を左手に持ち替える。そして切り落ちた方と体に繋がっている方、両方の断面を密着させた。治癒はその程度の処置で十分。
一瞬とたたずに双方は癒着、意思を込めれば五指はその通りに動いた。しかし普段よりも癒着が遅く、また五指に痺れと鈍さを感じる。何だろうか、とも思うが、まあ良い、とも思った。
闘えれば。
「さあ少年、どちらから来る!?」
自分と少年の落下によって発生した陥没、それに押されて土はめくり上がり、小さな谷と化している。薄らいだ粉塵の中に鎧の姿は無く、どうやら少年は捲れ上がった土塊を挟んで自分とは対照位置に着地したようだ。
ならば来るのは、迂回して右か、逆側から左か、飛び越えて上か。
あるいは。
「……正面!!!」
谷と化した土塊を蹴散らして、再び龍がその面を現した。再起していたのか、と思いつつ飛び退くが、龍の口腔はそれに追いつき、アーカードの下半身をその範疇に入れた。
がつん。
「お、お、ぉ、おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
閉じられた牙の羅列が腹を串刺しにし、腸の隙間と背骨の左右に差し込まれてアーカードを捕える。
そして、飛翔。
アーカードの上半身を口先から覗かせたまま、龍は翼のないその身で月を目指す。すぐに校舎も遥か下方へと置き去りにし、アーカードと龍は月光にその身を影とし、黄みを帯びた月の白さに輪郭を浮かばせた。
そして縦一直線となった龍、少年がその背を駆け登る。
「あ、あ、あ、あ、あああぁぁぁ………ッ」
鱗とも呼べぬような龍の固い皮膚を足場に飛び上って少年は鼻先に到達、上半身を牙から露出したアーカードと対面する。
「ごきげんよう、少年」
「……ッ!!」
挨拶には剣が返された。
型も何もない、思いつくがままの、滅多切り。
服が肩が胸が腹が臍が脇が腕が手が指が爪が顔が目が瞼が耳が鼻が髪が睫毛が唇が舌が歯が額が頬が顎が首が喉が皮が骨が血管が血液が唾液が頭蓋が脳髄が肋骨が鎖骨が筋肉が胃袋が大腸が小腸が食道が肺腑が腎臓が鼓膜が喉仏が神経が。
切られ。
斬られ。
伐られ。
肉塊に。
変わる。
感覚が。
それも。
無くな。
る。
「……だが死なないんだろう!!?」
「————————————その通りだぁッ!!!!」
問いには答える、紳士。
それがアーカード。
この程度。
治る程度。
「だが、これで……ッ!!」
不意に龍がその牙を開いた。腹に幾つもの孔を空けたアーカードの体が、解放によって宙へと舞う。だがそれがアーカードを死なせる為の解放である事を、その場にいる誰もが理解している。
「は、は、はぁ……その龍は、そんな事も、出来るのかぁ」
治癒中の喉に声が歪む。泥状になった眼球をどうにか球形まで戻し、形ばかりを整えた瞳で眼下の龍を見た。暗いはずの喉奥、そこに炎を溜めて照らす、様を。
放火、か。
「………………!!!!」
理解するやいなやの攻撃、やや塊のある炎が浮遊するアーカードの肉体を焼いた。
月夜に花火、あるいは太陽が生まれたかのような、業火と轟音だった。消炭となったアーカードの体が、反動によってより高空へと舞いあがる。
昇って。
昇って。
次第に失速して、滞空。
だが飛行する訳でもない体が何時までもそうしている筈もなく、やがては墜ちる。黒煙を引いた炭素の塊は夜空よりも明らかで、ゆるゆる、と弧を描くでもなく真っ逆様に墜落する。
「これで」
という、龍の鼻先に立った鎧姿の少年を。
アーカードは、見た。
「死いいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいんだと思ったかッ!!!?」
残念。
まだまだこれも。
この程度、の内。
「……ッ!!!」
「残念だったなッ!!?」
炭素と化した表皮が動作によって崩壊、鱗にも似た炭の被膜が粉砕して、内部からアーカードの肉体が覗いた。
無傷の。
真新しい。
皮膚。
アーカードは龍へは着地しない。自分の腹へと食らいついていた顎をすれすれに通過する軌道をアーカードは選び、そして右手でもって龍の下顎の先を掴んだ。勿論それは、この化物を始末する為の準備。
顎を掴んだアーカードは龍の顎裏に両脚を着ける。そこに踏ん張りをかけて身を起し、左手は右手の傍らにしておく。そうして完成した姿勢は、龍の顎裏に掌をついて中腰になった姿勢。
そして龍の顎に触れている両手と突き立つ両脚に力を込めて、
「めええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇくれぇろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
思い切り、立ちあがった。
吸血鬼の握力は、強固な怪物の顎を保持したまま立ち上がるという行為を成功させる。
その結果。
龍の下顎は。
反り返るように。
へし折れた。
『ギィィィィィィィィィィィィィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!』
痛烈な感覚に龍の悲鳴が立ち上る。しかしアーカードの反撃は、これで終わったという訳ではない。
「この程度で悲鳴を上げるか怪物! 良い様じゃあないかぁッ!?」
顎握る手を離さず。
「——だったらその叫び」
尚も両脚を力ませ。
「——もっと大きくなるように」
用意。
「——大きくしてやろう!!!」
どん。
べりべりべりべりべりべりべりべりべりべりべりべりべり。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……………』
顎を掴んだまま、今度は疾走する。顎裏から喉元に渡り、そのまま長い胴を走り抜ける。
顎を掴んだまま。離す事もなく。
なのに走れるのは。
龍の大きな口が。
裂けていくから。
「どうだ!? 自慢の口がより大きくなったなぁッ!!?」
身体を上下に二分する裂け目を口というのなら、最早龍の口はその全身によって再現されたと言っていい。喉の奥から臓腑に至るまで、体内の全てを口腔として龍はそれらを外気に晒した。
アーカードの問いにもその大きくなり過ぎた口では返事を返せる筈もなく、龍は意識を失ったかのように崩れた。
「う、ぁ」
制御を失った従者、その巨躯の揺らぎに少年もまた姿勢を崩す。安定を失って鼻先に立っていられなくなり、足を滑らせた鎧姿は肩から地上へと落下した。
そしてその体が自分よりも先に落ちるまで、アーカードは垂れ下った龍の下顎に掴まって待つ。
「次は貴様だ、少年!!」
墜落する龍の体を蹴ってアーカードは少年へと切迫する。
「はっはぁ!」
破顔一笑で少年の握る剣を蹴り飛ばして手放させる。その際に掴んでいた五指があらぬ方へと曲がった気もしたが、気にする必要もない。
これから死なせる、人間には。
気兼ねは何一つとして、無い。
「……なあ少年、ひとつ疑問に思わなかったか?」
墜落する少年に合わせてアーカードもまた飛来、そして妙に優しげな口調で問いかけてきた。
「私は今の今まで、大きな十字架を持っていただろう? しかし龍を引き裂いてやった時には持っていなかった。……さあ、どこに行ったと思う?」
答えは、背後した天上へと伸びるアーカードの右手が証明する。虚空を握る五指、何もありはしないそこに、しかしそれはやってきた。
十字架、が。
「あいにくと貴様が滅多切りにした時、うっかり手放してしまってな。だがこうして間に合ってくれて良かった」
横一文字と縦一文字の交差点、そこに空いた五つの小さな穴に五指を通してアーカードは握り込む。そして足場のない空中で、身のひねりだけでアーカードは投擲の姿勢を作る。
強固と称して更に強固、その十字架を、少年へと投げつける姿勢を。
振り抜く。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaMEEEeeeee———————Nッ!!!」
落下中にあってそれだけの大質量を投げつけられるのは、一重にアーカードの異常な腕力の賜物。まるで矢の如く十字架は投げつけられ、その最も長い先端が、鎧をまとう少年の腹へと食らいつく。
「が———————————————」
衝突によって少年の落下速度はさらに上がる。最早落下というよりも、上空から地面に向けての推進と呼べるほどの速度に乗って、少年は地上への回帰を果たす。
接近していく地面。
少年はそこへ背中から落下してく。
その腹に十字架を喰らいつかせたままで。
そして、二つの擬音は生じた。
だん。
ぐじゅ。
前者は少年の体が地に打ちつけられた音。
後者は、十字架が少年の臓腑を貫いて、彼を地に縫い付けた音。
●
致命傷を受けたからだろうか。或いは、龍が校舎の窓硝子へと潜り込んだからだろうか。少年の全身を覆っていた奇妙な鎧は、硝子が砕けるような様と音をたてて消滅した。
「……………ぉ」
アーカードの足の下で、少年が僅かばかりの苦悶を上げる。
十字架による腹部貫通。
更には高空からの墜落。
即死しても可笑しくはない損傷の筈だが、虫の息とはいえ生き延びた少年に感心の情が湧いてくる。陥没した地面に溜まる血液は、全て少年の体から溢れ出たものだ。それが黒を基調とする少年の体を粘質な赤へ染めていく。
「どうだ少年」
白くなり始めた少年の両眼、その様を見つつアーカードは口を開いた。
「この苦しみ、この痛み。……あともう少しで貴様は完全に死亡するだろう」
突き立つ十字架に手を添え、落下のまま押さえつけていた足の裏で少年の胸を踏み躙る。生理的な筋肉の動きか、貫かれた腹回りの肉が十字架を絞め、両の手足が痙攣した。
しかし、手足の震えは、単なる生理的反応ではない。
何故なら。
足は地を踏み。
手はアーカードの脚を握り。
首はもたげられ、こちらを睨み上げるから。
「ぉ、お、お」
吐血で口を濡らし、瞳の薄い両目が零れ落ちんばかりに見開かれる。
戦意、ここに絶えず。
愉快で、堪らない。
「はぁはははははははははははははははッ! 良い意欲だなぁ、少年? その意思、敬意に値する!!」
だがなぁ、と言った所でアーカードは笑みの質を変える。嘲笑、そう呼ばれる種類の笑みに。
「視野を広く持たないか、少年? 周りを見れば、考えが変わるかもしれないぞ?」
こつり、と。胸を踏みつけていた足先が、少年の顎に触れた。そしてそのまま、ぐ、と力を込めて顎を押し上げていく。
が。
動かない。否、耐えている、というべきか。
「……はっ、まだ私と対峙しているつもりなのか。それとも、見たくないのかな?」
しかし死にかけた子供の力など、たとえ吸血鬼の力を持っていなくとも圧倒するのに容易い。
次第に。
次第に。
押し上げる足の力に負けて、少年の顎は反らされていく。逆さまに、この庭の向こうを見る目線へと、移ろいでいく。
「可笑しいとは思わないか、少年。あれだけ奮闘したのに、貴様と共にいた男と娘は手を出すどころか声もかけない。落ちていく貴様を受け止める事も、私を妨害する事もない。それは、何故だ?」
反らされ。
反らされ。
後頭部が、地面に近づく。
耐える力も空しく、視界が拓けた。
ごつん。
と音をたてて後頭部が地に衝突し。
少年の視界が拓けた。
周囲に目を向けた。
何も無い、庭を。
誰も居ない、庭を。
「—————————————————————————————————————————————………………」
少年の目が強く開き、そして。
緩む。
「ふっくっくっく………ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
瞬間、アーカードの哄笑が響き渡る。
「十字架越しに伝わってくるぞ少年!! 貴様の力が、一気に抜けていく様が!!!」
愉悦。
愉快。
胸の奥が煮え立つような、湧き立つような類の感情がアーカードに高揚をもたらす。
「少年、貴様が闘っている間に奴らは逃げてしまった様だぞ!? 残念だなぁ、貴様は裏切られてしまった様だぞ!? はははははははははははははははははははッッッ!!」
この少年が、残る二人を守る為に自分へ挑んできた事は、理解していた。あるいは共闘する上で、先んじて自分に挑んできたのかもしれない。どちらにせよ同じことだった。結局のところ、少年はあの二人に裏切られ、気付かないままに闘って、気付いて死んでいくのだから。
そして、絶望の底で横たわる様な少年が、その胸に残り僅かな力を込めた。
発声するのだ、と理解して、アーカードは笑いを抑えた。末期の少年がどんな事を口走って死ぬのか、興味がある。そうしてアーカードが見つめる下で、少年は青黒く干乾びた唇を震わせて。
声を。
「……………よかった」
●
ねぇ、かあさん、とおさん
僕は成功したみたいだよ ————あの二人を逃がす事に
もう、体が動かなくなってたんだ
もう、駄目だと思ってたんだ
でもね、最後の最後で気がつけたよ 二人がこの場から、もうきっと、遠くまで離れていた事に
僕ね、ヴィータを救えたよ ミライさんっていう人も、助けられたんだ
二人が、この場所にいる他の皆も助けてくれるよね?
それはきっと、僕一人じゃ出来ないような、とてもない大変な事
でも僕は、そんな大変な事をする人達を、一人で助けられたんだよ?
ねぇ、かあさん、とおさん
助けられたよ、救えたよ、みんなを
うん
あの人たちなら きっと 一緒に協力して やってくれると 思うよ……
ねえ、かあさん、とおさん
仲間 できたよ
●
「………………………」
アーカードの脚の下に、最早何の感触もなかった。
腹を貫かれ、顎から頭を踏みつけられた、少年の身体。
身体には、もう何の力も無い。
身体には、もう何の抵抗も無い。
力も意思も命も、無い。
少年は、事切れていた
「少年、貴様は囮だったという事か?」
その死に様を見て、アーカードの問いは零れる。
「あれだけの力と意思を見せて…………持っていた目的は、それなのか?」
少年は答えない。
少年は答えられない。
死人に口なし。
「……私が、読み違えたという事か?」
死人に、口なし。
「……………………………………………………………」
クロノは喋らない。
死体は喋らない。
アーカードは喋らない。
生者は喋らない。
語らない。
そしてアーカードは、ふと自分が照らされている事に気づいた。
それは照明灯が放つような、人為的で強烈な光ではない。
上空から淡く降り注いでくる、闇夜の垣間から注ぐ光を感じる。
空が変わる時。
時は既に、
「————黎明、か」
&color(red){【クロノ・ハラオウン@リリカルリリカルTRIGUNA's 死亡】}
&color(red){【残り 52人】}
【1日目 黎明】
【現在地 D-4 学校】
【アーカード@NANOSHING】
【状態】疲労(中)、不調(僅・治癒中)、半裸(衣服は完全に炭化)
【装備】パニッシャー@リリカルニコラス
【道具】首輪(アグモン)、基本支給品一式
【思考】
基本:インテグラルを探しつつ、闘争を楽しむ。
1.……少年よ………
2.その後、学校へ向かい闘争を楽しむ。
3.アンデルセンとスバル達に期待。
【備考】
※スバルがNANOSHINGのスバルと別人であると気付きました。
※パニッシャーが銃器だという事に気付いてません。
【共通の備考】
※D-4学校の校庭に以下の5つが放置されています。
・パニッシャーに腹を貫かれたクロノの死体
・首をねじ切られたアグモンの死体と生首
・ギルモンの死体
・龍騎のカードデッキ@仮面ライダーリリカル龍騎(ドラグレッダーは重傷です。参加者を喰わせる、あるいは相当の時間が経過するまでドラグレッダーは使用不能です)
・拡声器@現実
・クロノ、アグモン、ギルモンの支給品一式とランダム支給品(合計2〜7)
学校からいささか離れた市街地、その大通りに声が響いていた。
それは叫び声、音量だけではなく、悲痛と称するに値する激情が込められた声。
「離せよぉッ! 離せっつってんだろぉ!!」
叫びは、ヴィータのものだ。滂沱の涙を容易に想像させる声色は、鼻詰まりと引き攣った喉からなる吃音じみた発声。それをすぐ後ろにしながら、ヒビノ・ミライは走り続けた。
ヴィータは両腕を胴ごとバインドで縛られており、頭をミライの背後に向ける形で腹を肩に乗せている。
「戻れよテメェ! 早く戻んねぇと、あいつが殺されちまうだろぉが!!」
「駄目だ……!」
ヴィータが自分の後ろ姿を睨んでいる、それを感じつつミライは答える。
「あの時のクロノ君の言葉を聞いただろう? 僕とヴィータちゃんが一緒に戦っても、あの赤いコートの男には勝てない!」
それはミライも、そして恐らくはヴィータも感じていた事だろう。突如として現れ、冗談の様にアグモンを殺したあの男の戦闘力と凶暴性を。だからあの男がアグモンから首輪を奪っている最中に、クロノはミライとヴィータに語りかけた。
今一番戦闘力のある自分が足止めするから逃げろ、と。
ヴィータは反対したし、ミライもまたそれと同様の思いを持っていた。
しかしそれを離した時のクロノの目が、気配が、その拒絶を拒んでいたのだ。
絶対に生きて下さい、と。
そう語りかける瞳が、あった。
だからミライはクロノの言う通りに縛られたヴィータを担ぎ、赤い龍が飛び出したのを好機に校庭から逃げ出した。
「あいつを置いていけるかよ!! あんな奴に、借りなんか作ってたまるか!!!」
泣き叫ぶヴィータの言葉、だがそれが真意でない事はその声色と、発露する意思から容易に理解出来る。
優しい子だ、とミライは思う。素直じゃない子だ、とも。結局のところ、ヴィータとクロノは敵対しているらしかった。しかしクロノはヴィータを信じたし、ヴィータもまたこうして彼が死ぬのをよしとせず暴れている。
表層のところでどう言っていようと、根のところで優しい子達だ。
と。
思った所で。
「……ぁ」
ヴィータを縛るバインドが、解けた。その事実に、そしてそれが指し示す現実に、ミライとヴィータは声を漏らす。
捕縛系の魔法が解除されるのは、四つの場合がある。
一つは、術者が解く事。
一つは、対象が破る事。
一つは、距離が余りに離れた事。
一つは、
「……術者が、死ぬ事……」
最後の可能性を、ヴィータは声にしていた。
このバインドはヴィータが暴れて一人戻ってくることを防止するためのもの。だから、クロノが解除する事はない。
バインドブレイクはヴィータも試みていたが、乱れた感情では上手く成功しなかった。だから、ヴィータは破っていない。
相手を捕縛するバインドの維持範囲が狭くては本末転倒、だからその範囲はかなり広い。だから、ミライは離れる程の距離を開けていない。
だから、あり得るのは。
最後の可能性。
クロノの。
死。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ—————————————!!!」
市街地に、ヴィータの涙が木霊する。
それに混じって、ミライのものも。
【一日目 黎明】
【現在地 D-4 大通り】
【ヒビノ・ミライ@ウルトラマンメビウス×魔法少女リリカルなのは】
【状態】疲労(小)、号泣、哀しみ、背に切傷
【装備】メビウスブレス@ウルトラマンメビウス×魔法少女リリカルなのは
【道具】基本支給品一式、ランダム支給品0〜2
【思考】
基本:殺し合いを止める。
1.ヴィータを連れて一刻も早く学校から遠ざかる。
2.クロノ君……ッ!!
2.なのは、フェイト、ユーノ、キャロと合流したい。
3.アグモンを襲った大男(弁慶)と赤いコートの男(アーカード)を警戒。
【備考】
※メビウスブレスは没収不可だったので、その分、ランダム支給品から引かれています。
※制限に気付いてません。
※デジタルワールドについて説明を受けましたが、説明したのがアグモンなので完璧には理解していません。
【ヴィータ@魔法少女リリカルなのはA's】
【状態】疲労(小)、号泣、哀しみ、左肩に大きな切り傷
【装備】ゼストの槍@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【道具】支給品一式×1、デジヴァイスic@デジモン・ザ・リリカルS&F 、ランダム支給品0〜1
【思考】 基本 はやてを救って、元の世界に帰る
1.クロノ……ッ
2.八神はやて及び他の守護騎士たちとの合流
そして彼らに偽者の八神はやてがいて、殺し合いに乗っていることを伝える
4.ヴィヴィオを見付けた場合は、ギルモンの代わりに守ってやる
5.赤コートの男(アーカード)はぶっ殺す。
【備考】
※はやて(StS)を、はやて(A's)の偽物だと思っています
※デジヴァイスには、一時的に仮パートナーとして選ばれたのかも知れません。
※なのは達のデバイスが強化されたあたりからの参戦です
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|~|ヴィータ|Next:[[パンドラの箱は王の手に]]|
|~|&color(red){アグモン}|&color(red){GAME OVER}|
|~|&color(red){クロノ・ハラオウン}|&color(red){GAME OVER}|
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