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「Burning Dark(前編)」(2009/05/02 (土) 17:36:32) の最新版変更点
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*Burning Dark(後編) ◆9L.gxDzakI
あ……ありのまま 今起こったことを話すぜ!
『デスゲームの参加者を監視していたらお月さまのうさぎさんが水上をぴょんぴょん跳ねて渡っていた』
な…… 何を言ってるのか わからねーだろうが
わたしも何が起こったのかわからなかった……
頭がどうにかなりそうだった……
寝不足だとか幻覚だとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
もっとおそろしいものの片鱗を味わったぜ……
「……とんだ大馬鹿ね。もう一度よく見てみなさい、リニス」
◆
唐突だが、この殺し合いのフィールドには川がある。
それなりに幅と水量のある川が二本、箱庭を南北に横切っているのだ。
これまで多くの参加者達が、この川に道を阻まれてきた。
かと思えば全速力の助走をつけ、思いっきり飛び越えた者もいるし、中には川に命を救われた者もいる。
更に言うならば、予め用意されたもの以外に、即席の橋を作って渡った者もいる。
だが少なくとも、飛び越えるというやり方を除けば、これまでに身一つで川を渡った者はいなかった。
泳いだり、歩いたりして渡った人間は、これまで1人もいなかったのだ。
しかし今、川のとある一ヶ所において、その歴史が覆されようとしていた。
病院の北に当たるH-6の川の上を、飛び跳ねて渡る者がいたのである。
ぴょん、ぴょん、ぴょん、と。
小柄な身体が跳躍する。銀色の毛が躍動し、白い長耳がゆらゆらと揺れる。
黄金に輝く大きな瞳。片目を覆うのは漆黒の眼帯。
戦闘機人ナンバーⅤ――バニーガールの姿をしたチンクだ。
彼女が今まさに、川の上を渡っている張本人であり、どこぞのネコミミ娘が神秘的なうさぎさんと見間違えた少女である。
そして、それが奇跡を操る魔導師ではなく、科学の結晶たる戦闘機人の所業ならば、そこには何かしらのタネがあって然るべきだ。
因幡の白兎の川渡りも、狂暴な鰐鮫の背中を渡ることで実践されたのだから。
厳密に言うと、彼女は川の上に浮いているわけではない。
病院を崩壊させたエンジェル・アームによって発生し、川に落ちた瓦礫の合間を、跳んで渡っているのである。
橋を作って渡るのと何が違うのか、という声が聞こえそうだが、この状態はチンクが作ったものではない。
故に、このデスゲーム史上初の、身一つで川を渡るという行為が試みられ――
「……よっ、と」
たった今、完遂された。
まさかこうも上手くいくとは思わなかったが、これで移動は完了だ。
わざわざ迂回することもなく、こうして市街地の奥へと分け入ることができた。
頭のうさぎ耳が少々歪んでいたので、戻す。
鬱陶しいのなら外せばいいだろうのが、こうして身につけているうちに、意外と満更でもないと思えてきたチンクだった。
派手なハイレグに網タイツはまだしも、ふわふわのウサミミはなかなかに可愛い。
ところで、ここで1つ疑問が浮かんでくることだろう。
クアットロを待っていた彼女が、何故移動を開始したのか、と。
これにはいくつかの理由があるのだが、まず第一にあるのは時間的理由。
フィールドに放ったガジェットドローンには、「朝までに」と刻限を記載しておいた。
そしてチンクに支給された時計の針は、当に朝に相当する範疇を通りすぎている。
それでも未だにクアットロが来ない辺りは、まだ発見できていないのか、はたまた移動に手間取っているのか。
いずれにせよ、馬鹿正直に病院に留まっているメリットはない。
むしろ橋の周辺であるG-6~8の3マスをぶらついていた方が、早く合流できるだろう。
すれ違う可能性を考えれば、昼頃に病院へ戻るのが妥当な頃合いか。
そしてもう1つ、彼女が病院から動いた理由がある。
それは亡き妹ディエチへと、殺し合いに乗らないと誓いを掲げたが故の理由だ。
クアットロがここを訪れない理由の1つに、「敢えて無視している」という線がある。
狡猾で嗜虐的な彼女のことだ。
このデスゲームから生き残ろうとするならば、集団に潜り込み同士討ちを誘発させることで、一網打尽を狙うだろう。
その場合、手の内を知っている知り合いは邪魔でしかない。
世間知らずのディエチならともかく、稼働年数の僅かに勝るチンクを誤魔化すことは無理だろう。
故に彼女ら姉妹を見捨て、病院への移動を断念する――その可能性は決して低くはない。
チンクとしては、それを許すわけにはいかなかった。
何せ極力殺さないという意味のの約束を交わしたのだ。姉の暴挙くらい止められなければ、きっと妹に叱られる。
自分が殺し合いに乗らないと決めたのなら、クアットロにも殺人を加速させてはいけない。
それらの理由から、チンクは待つという行為を一時中断し、自らクアットロを捜すことにしたのだ。
さて、ではどの辺りから回ることにしようか。
この周辺にはいくつか、チンクの興味を引く施設がある。
デュエルアカデミアやDevil May Cryなど、わざわざその存在を明記されている施設だ。
クアットロが人捜しをするならば、これらの施設を回っていてもおかしくない。
既に何者かに取り入っていたとしても、そうした連中が同胞を探すために、この手の施設を回るという可能性も考えられる。
ではまず、病院行きの橋に近い、デュエルアカデミアとやらから覗いてみようか。
そう考えた、その瞬間。
「っ」
気配を感じた。
視線を向けた。
その先には建物の影から現れる、1人の人間の姿があった。
漆黒の法衣を身に纏い、首から提げるのは白銀の十字架。
自身の尋ね人を彷彿とさせる丸眼鏡の奥には、野獣のごとき鋭い眼光。
どうやらこちらに気付いたらしい。凶暴な視線がこちらを向く。
老齢な部類に入るであろう顔立ちだが、その体格は非常に整えられており、背筋も針金が通ったかのようにまっすぐだ。
その手に掴むのはグラーフアイゼン。記憶が正しければ、かの機動六課の副隊長の鉄槌。破壊力は折り紙つき。
さて、どうしたものか。
目の前の男の正体を、静かに見定める。
見たところ相当に気が立っているようだ。振り撒く殺気も、相手の実力を雄弁に物語っている。
これが殺し合いに乗っている人間ならば大変だ。
中距離戦主体のチンクが、これほどの接近を許して、見るからの危険人物相手に上手く立ち回れるかどうか。
だが、向こうはまだ決定的なアクションを見せてはいない。即座に逃げ出すのは早計すぎる。
さて、どうするか。
この者はいかなる存在か。
障害として立ちはだかるならば――
「――いやぁ、これは失礼しました」
にこり、と。
その時、不意に。
拍子抜けするほどの笑顔が浮かんだ。
殺気立っていた男の顔が、穏やかな喜色に染まっていく。
「すいませんね、急に睨んでしまって。恥ずかしながら、少々気が立っていたものでして」
「あ、ああ……いや、気にすることはない」
思わず語調がたどたどしくなる。
予想外な事象故に、ついつい反応しづらくなってしまう。
殺し合いに乗っていない可能性はあるにはあったが、まさかこうも温厚な顔を見せるとは思わなかった。
先ほどまでの獰猛な顔と比べれば、それこそまるで別人のようだ。
「申し遅れました。私はアレクサンド・アンデルセン。貴方は殺し合いには乗っていない……そう判断してよろしいですね?」
「ああ。私はチンクという」
それでも、まだ油断していいわけではない。
今のこの仏の顔も、実際はただの演技であって、裏にはあの阿修羅が潜んでいることもあり得る。
殺し合いに乗っていないという判断も、先の凶悪な風貌を見てもなお、こちらが明確な敵意を示さなかったことを見てのものだろう。
つまり、それなりに理性がある。嘘の笑顔を作る余裕がある。
「さて、1つお伺いしたいのですが……ヴァッシュ・ザ・スタンピードという男を見ませんでしたか?
派手な赤いコートを着て、金髪を箒のように逆立てた男です」
「いや、見ていないが……はぐれたのか?」
「どうやらそのようでして……いやはや、お恥ずかしい限りです」
この男、どうやら自分と同じように、はぐれた仲間を探しているらしい。
金髪に赤コートという特徴は、あの病院にいた人間には当てはまらない要素だった。
そのうち金髪だけならば、右腕を失った死体もいるにはいたのだが、あれが箒頭かというとかなり無理がある。
ふと、考えた。
この状況は、ひょっとすると上手く利用できるかもしれないと。
「実は私も人を探していてな。クアットロ、という女なんだが」
「ほほう、貴方もですか」
その話題を切り出したのには理由があった。
まずはこれから、自分もヴァッシュを探しておく、とアンデルセンに申し出る。
その見返りとして、彼の方でもクアットロを探してもらおう、という寸法だ。
たとえ誰かと行動を共にしていても、
さすがに第三者から「チンクが病院で待っている」と言われれば、彼女も移動せざるを得ないだろう。
でなければ、同行者に不審がられる。それの分からない馬鹿ではない。彼女はチンクより頭がいい。
ついでに言うと、この胡散臭い男を上手く追い払えるから、という理由もあるのだが。
自分は思ったよりも運がいいのかもしれない。
そのようにさえ思えていた。
仲間とするにはいまいち危なげな奴ではあったが、メッセンジャーとしての役割を試すのには十分。
あくまで伝えるのは容姿だけだ。位置を伝えることはない。そもそも位置など分からない。
たとえアンデルセンが殺し合いに乗っていたとしても、どうせ自分以外は皆殺すことに変わりはない。
容姿を伝えるだけならば、とりわけ不利になることはない。
まして、本当に善人だったのならば、万々歳だ。
「ああ。茶色い髪を左右で結び、顔には丸い伊達眼鏡をかけている。暗色系のフィットスーツを着ていて……」
故に、4番目の姉の情報を与える。
「――ちょっと待て。貴様は奴の知り合いなのか」
それが間違いだと気付いたのは、そこまで言い終えた後だった。
眼光。
ぎろり、と。
爛々と輝く、凶暴な光。
さながら暗闇の豹か虎か。あの獰猛な野獣を思わせる殺意の瞳が、一瞬にして男の顔に戻る。
滲み出るプレッシャー。どす黒い気配は殺気。
轟々と音を立て燃え盛る、暗黒色の業火に煽られるかのような。
まずいことを言ってしまったか。
チンクもまた、黄金色の隻眼を細めた。
どういうわけかは知らないが、クアットロの存在が、彼の気に障ってしまったらしい。
何故か? 少なくとも、自分達姉妹とは初対面のはずだが。
あるいはこの殺し合いの最中に、既に彼女が彼に対し、何かやらかしたのではなかろうか。
聞き出す必要がある。知らなかった、では、この先非常に面倒なことになるかもしれないからだ。
故に。敢えて。
その問いに、答える。
「ああ……彼女は私の家族だが――」
――ずどん。
返事は鈍い破砕音。
びゅん、と鼻先を勢いよく掠める風圧。
ほとんど条件反射だった。
ぞわりと肌を撫で上げた悪寒。全身を粟立たせる直感こそを信じ、バックステップ。
おぞましき殺意と共に振り下ろされたのは、金属の光沢放つグラーフアイゼン。
目にも留まらぬ速さだった。気付いた時には地に向いていた。
爆音と共に砕けたアスファルトの破片を、ぱらぱらという音と共に払うアンデルセン。
「クカカ……危ないところだった。まさか、貴様も奴の仲間だったとは」
その顔に浮かぶのはまたも笑み。
されど、そこに宿す気配はまるで違う。
先の優しき神父の笑顔を、慈愛に満ちた太陽のごとくと形容するのなら。
今チンクの目の前にあるのは、獲物を前に舌なめずりする狩人の笑みだ。
「殺し合いには乗ってないんじゃなかったのか?」
「殺してはならぬ命があるように、殺さねばならぬ命もまたあるということだ――最後の大隊(Letzt Batallion)」
ああ。ようやく理解することができた。
こいつはクアットロのみを目の敵にしていたのではない。
ナンバーズそのものがこいつの敵だったのだ、と。
最後の大隊という呼称には聞き覚えがないが、恐らく彼なりの表現なのだろう。
ともあれこいつの憎悪と殺意は、クアットロ個人にも、ましてやチンク個人にも向けられていない。
こいつの敵意の矛先は、彼女を取り巻く群体そのものだ。
ナンバーズという集団自体が、こいつの殺すべき対象なのだ。
「シイィィィィィ―――ッ!」
咆哮。
毒牙を剥いた大蛇の唸りか。
空気を吐き出すような独特な雄叫びと共に、鉄の伯爵が虚空に躍る。
一撃。またも一撃。頭蓋目掛けての連続攻撃。
流れるような、という表現とは程遠い。
狂気の怒号と共に放たれる猛攻からは、流麗な旋律を連想することなどできはしない。
代わって世界を満たすのは、激音。
強引に大気を薙ぎ払う音。建築物の壁にめり込む音。アスファルトの破片を踏み砕く音。
獰猛な殺意が振るう鈍色の鉄槌は、たとえるならば雨中の激流。
触れれば五体全てを持っていかれるような、慈悲も容赦もない暴力の奔流だ。
(まずいな……今の私には武器がない)
五撃目をサイドステップで回避した瞬間、改めてチンクは、現状の苦境を再認識した。
今現在、彼女の手元には武器がない。
IS・ランブルデトネイターは、触れた金属を爆発物に変える。その爆薬を投擲し攻撃するのが、彼女の戦いの基本スタイル。
もちろん、金属には困らないようにしてきた。
工具の備蓄は大量にあったし、有事に備え、派手な兜までもらっていた。
だが、今手元にはそれがない。
あの病院の崩壊の折、全て残らず消費してしまった。
迫り来る瓦礫を粉砕するために、全て残らず爆破させてしまったのだ。
今デイパックに残されていたのは、あの現場にあった剣の柄のみ。
そもそも、その時に使ったナイフを回収していなかったのが、今にしてみればまずかったのかもしれない。
覚悟しているつもりだった。
武器のない現状で、このように襲われることも。
だがまさか、これほどまでにきつかったとは。
ぎり、と奥歯を鳴らす。
思考の最中、しかし絶え間なく襲い来る鋼鉄の濁流。
振りは大きい。綺麗なコンビネーションとは言えない。最悪、武器の勢いに任せきりにさえ見える。
しかし、チンクは知っていた。
あのグラーフアイゼンには、それだけの破壊力があるのだと。
現状を武器の勢いに任せているだけだとしても、それに値する勢いと破壊力は確かにあるのだと。
ただの拙い戯れではない。
これは型に嵌まらぬ猛獣の爪。
一撃でも掠めようものなら、小柄な身体はあっという間に吹き飛ばされる。
故に、ハードシェルは使えない。
使えるには使えるが、頼ることができない。
そもそもチンクは地上本部戦にて、スバル・ナカジマ相手に手痛い敗北を喫している。
魔力に振動破砕を上乗せした一撃に、防壁を問答無用で破壊されている。
もちろん、この男にそんなものはない。
眼前でハンマーを振り回すアンデルセンには、ISなんてものはない。
だがその手に握られているのは、機動六課でも最強クラスの打撃力を誇るグラーフアイゼン。
重量特化形態・ギガントフォルムにでもなれば、ハードシェルなど一撃で砕かれてしまうだろう。
故に、ここは回避に徹する。
揺れるうさぎ耳、舞う銀髪。
凶悪な暴風に煽られるシェルコート。
迫る一撃一撃を、紙一重で巧みにかわしていく。
「ゲァハハハハハ! どうした、どうした嬢ちゃん(フロイライン)!
戦闘機人とはこの程度か!? 強化されたのは逃げ足だけか!?」
「言われずとも……っ!」
言いながら、着地する。
かつん、とバニーのハイヒールの鳴る音。両足を乗せたのはガードレール。白い境へとさっと手を触れる。
無論防戦一方のまま、無為に時間を過ごすつもりはない。
振り下ろされる鉄槌の重量。当然命中する前に、跳躍。
さて、チンクが回避したグラーフアイゼンは、一体何に当たるだろうか。
答えは簡単だ。一瞬前まで乗っていたガードレールである。
であればそれがいかなる結果を招くか。論ずるまでもない必然。
強烈な鉄槌の一撃を受けたガードレールは、あっという間にひしゃげてしまう。
そして。
「――ランブルデトネイター」
これこそがチンクの狙いだった。
轟音が鳴り響く。
閃光が視界を遮る。
猛獣神父アレクサンド・アンデルセンを襲うのは熱量。
すなわち、爆発だ。
ガードレールに触れた瞬間、チンクは自身の固有能力を発動させていたのだ。
その手で触れたあらゆる金属を、爆発物へと変化させる異能――インヒューレントスキル・ランブルデトネイター。
白き境はその身を爆薬へと変える。刺激を加えれば当然炸裂。
結果、グラーフアイゼンを振るったアンデルセンは、その猛威を真正面からもろに食らうことになった。
黒き法衣の上半身を覆う、爆炎と爆煙。
これで仕留めたか。魔導師のような防御手段がなければ、一撃で致命傷の火力だが。
油断はできない。あの男の見せた獰猛な殺意が、油断することを許さない。
依然として注意を失うことなく、チンクの片目が巻き上がる黒煙を睨む。
(悪いな、ディエチ)
そして内心で、軽く亡き妹へと謝罪した。
彼女とて、誰も殺さずに済むとは思っていない。
殺し合いには極力乗らないことを決めたものの、殺さねばならない場面には必ず直面する。
いざという瞬間を迎えた時に、ディエチに誓った禁を破る覚悟はあった。でなければ、彼女の同志への方針と矛盾する。
だがまさか、最初に出会った人間を殺害する羽目になるとは。
覚悟していたとはいえ、情けない。自虐の念が胸中へと込み上げた。
「――やるじゃねえか」
しかし現実は、個人の感傷になど構いはしない。
漆黒のカーテンの向こうから、しかし耳を打つのは平静な声。
「!?」
煙が流れた。暗黒が晴れた。
瞠目する黄金の隻眼に映るのは、なおも笑みを浮かべるアンデルセン。
笑っている。
今なおこいつは笑っている。
まず間違いなく致命傷クラスの爆撃を、至近距離から叩き込んだにもかかわらず、だ。
その残忍な気配は微塵も衰えず。その凶悪な殺意は砕けることもなく。
そして、チンクは見た。
未だ失われぬ、アンデルセンの余裕の正体を。
「再生能力……!?」
肉が、蠢いていた。
ぐちゃりぐちゃりと音を立て、千切れた筋繊維が動いている。
さながら一個の動物であるように。それそのものが生命として、独立した意思を持っているかのように。
肉と肉は互いに手を結び、取り戻していくのは健全な身体。
スピードはそこまで早くない。それでも、生命体には異常と言っていい再生力。
からくりなど知らない。そんなものに意味はない。
ただ確かなのは、こいつにとっては並の傷など、即座に再生できてしまうものだということ。
「今のはなかなかに効いたぞ、戦闘機人(サイボーグ)……認めてやろう。少なくとも貴様は戦闘機人であると。
口先と逃げ足だけの売女(ベイベロン)とは違う。貴様こそあるべき殺人人形(キリングドール)だと」
賞賛されている。
戦闘意志と能力を、目の前の男に称えられている。
されど、どこまで本気かどうか。
こいつの化け物じみた再生能力の前では、即死の一撃でもない限り、さしたる意味はないに違いない。
ああ、そうだ。人の姿をした化け物がこの世にいるならば、こいつは十分にその範疇だ。
戦闘機人のセンサーは、未だ一切の魔力反応を感知していない。
つまり、これは生身の再生力。この男が元来備えた生命力。
創造主ジェイル・スカリエッティといえど、これ程の自己修復機能を生体に与えられるかどうか。
いずれにせよ、こいつは化け物だ。
今なお再生を続けるこの男を、化け物と呼ばずして何と呼ぶのか。
ごくり。
我知らず、喉が鳴った。
さて、こいつをどう攻略するか。
こうなるとデイパックの中の大百足の柄は、威力不足で何の役にも立たない。
今のように地形を利用した攻撃も、そう何度は通用しないだろう。
いいやそもそも、連続攻撃に適していない。単独の火力が足りないのだから、素早い連撃ができないのは致命的。
とすると、逃げるか。いいやそもそも逃げ切れるのか。
「塵は塵に(Dust to dust)――貴様が真に戦機なら、せめて戦場の地に抱かれて死ね」
じりじりと、迫り来る。
鋼鉄の光輝を携えた、狂乱の神父が歩み寄る。
駄目だ。
色々と考えてはみたが、やはり手持ちの武器が絶望的なまでに少ない。
確実に逃げ延びるための手段も、今のところまだ見つからない。
万事休すか。打つ手なしか。
振り上がる鋼鉄。アスファルトを叩く靴。
「Amen.」
アンデルセンがその足を踏み出し、今まさに殺到せんとした瞬間。
「――サンダガッ!」
光が、瞬いた。
「ぬううぅぅっ!?」
ばちばちと鳴り響く音。一瞬硬直するアンデルセンの身体。
雷の一閃か。
突如として飛来した電撃が、鉄槌構える神父を襲う。
次いで駆け抜けたのは――白。
びゅん、と。
純白の翼が、風を切った。
まさしく電光石火。後方から飛び込んできた何者かが、一瞬にして間合いをゼロにする。
振り上がったのは巨大な鉄塊。
鋭きそれは片刃の剣か。
勢いよく振り抜かれた大剣の峰が、アンデルセンの腹部を殴り付ける。
斬撃はない。されど、そこに宿るのは強烈な重量。
豪快に、鮮やかに。野球ボールをバットで打つかのように。
大の大人の男の体躯が、弾丸の速度で吹っ飛ばされた。
「無事か、チンク」
乱入者の声がする。低い、落ち着いた男の声だ。
白銀の隻翼をはためかせる、黒髪の剣士の姿があった。
年齢は20代半ばだろうか。年の割には厳つい気配。青く妖しく輝く視線が、背中越しにこちらを見ている。
アンデルセン同様、見覚えのない顔だ。名前を知られている理由がない。
「あ、ああ……しかし、お前は一体……」
「やはりな……だが、説明は後だ。お前の味方だと捉えてくれれば、今はそれで構わない」
言いながら、男が剣を構え直す。
そう。戦いはまだ終わっていないのだ。
ゼロ距離からの爆発からも生還したアンデルセンが、打撃の一発でやられるわけがない。
ビルの壁に打ち付けられた、神父の身体がぴくりと動く。
ぱらぱらと身体から落ちるコンクリの破片を、グラーフアイゼンの一振りで吹き払う。
「ハッ! 相対するのはこれで三度目か!? アンジールゥゥゥッ!」
「人の名前を覚えるくらいの理性は、さすがに備わっているようだな!」
獰猛な魔獣の笑みを浮かべ、遭遇に歓喜するアンデルセン。
ただ冷静に、ともすれば冷徹とすらも思えるほどに、刃を向けるアンジールとやら。
実に対照的な反応を見せる両者が、互いの得物を構え向かい合う。
一触即発。
一方的に攻め立てられた、先のチンクとアンデルセンの戦いではない。
互いに接近戦用の武器を携えた、本気の殴り合いが始まろうとしている。
恐らく因縁深き者同士であろう、神父と剣士の戦いが。
「いいだろう! いいだろう! いいだろう!
貴様もまたこの俺が――このアレクサンド・アンデルセンが滅すべき男よ!」
「これ以上、この子らには指一本たりとも触れさせん……今度こそ、ここで全て終わらせるッ!」
◆
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*Burning Dark(前編) ◆9L.gxDzakI
あ……ありのまま 今起こったことを話すぜ!
『デスゲームの参加者を監視していたらお月さまのうさぎさんが水上をぴょんぴょん跳ねて渡っていた』
な…… 何を言ってるのか わからねーだろうが
わたしも何が起こったのかわからなかった……
頭がどうにかなりそうだった……
寝不足だとか幻覚だとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
もっとおそろしいものの片鱗を味わったぜ……
「……とんだ大馬鹿ね。もう一度よく見てみなさい、リニス」
◆
唐突だが、この殺し合いのフィールドには川がある。
それなりに幅と水量のある川が二本、箱庭を南北に横切っているのだ。
これまで多くの参加者達が、この川に道を阻まれてきた。
かと思えば全速力の助走をつけ、思いっきり飛び越えた者もいるし、中には川に命を救われた者もいる。
更に言うならば、予め用意されたもの以外に、即席の橋を作って渡った者もいる。
だが少なくとも、飛び越えるというやり方を除けば、これまでに身一つで川を渡った者はいなかった。
泳いだり、歩いたりして渡った人間は、これまで1人もいなかったのだ。
しかし今、川のとある一ヶ所において、その歴史が覆されようとしていた。
病院の北に当たるH-6の川の上を、飛び跳ねて渡る者がいたのである。
ぴょん、ぴょん、ぴょん、と。
小柄な身体が跳躍する。銀色の毛が躍動し、白い長耳がゆらゆらと揺れる。
黄金に輝く大きな瞳。片目を覆うのは漆黒の眼帯。
戦闘機人ナンバーⅤ――バニーガールの姿をしたチンクだ。
彼女が今まさに、川の上を渡っている張本人であり、どこぞのネコミミ娘が神秘的なうさぎさんと見間違えた少女である。
そして、それが奇跡を操る魔導師ではなく、科学の結晶たる戦闘機人の所業ならば、そこには何かしらのタネがあって然るべきだ。
因幡の白兎の川渡りも、狂暴な鰐鮫の背中を渡ることで実践されたのだから。
厳密に言うと、彼女は川の上に浮いているわけではない。
病院を崩壊させたエンジェル・アームによって発生し、川に落ちた瓦礫の合間を、跳んで渡っているのである。
橋を作って渡るのと何が違うのか、という声が聞こえそうだが、この状態はチンクが作ったものではない。
故に、このデスゲーム史上初の、身一つで川を渡るという行為が試みられ――
「……よっ、と」
たった今、完遂された。
まさかこうも上手くいくとは思わなかったが、これで移動は完了だ。
わざわざ迂回することもなく、こうして市街地の奥へと分け入ることができた。
頭のうさぎ耳が少々歪んでいたので、戻す。
鬱陶しいのなら外せばいいだろうのが、こうして身につけているうちに、意外と満更でもないと思えてきたチンクだった。
派手なハイレグに網タイツはまだしも、ふわふわのウサミミはなかなかに可愛い。
ところで、ここで1つ疑問が浮かんでくることだろう。
クアットロを待っていた彼女が、何故移動を開始したのか、と。
これにはいくつかの理由があるのだが、まず第一にあるのは時間的理由。
フィールドに放ったガジェットドローンには、「朝までに」と刻限を記載しておいた。
そしてチンクに支給された時計の針は、当に朝に相当する範疇を通りすぎている。
それでも未だにクアットロが来ない辺りは、まだ発見できていないのか、はたまた移動に手間取っているのか。
いずれにせよ、馬鹿正直に病院に留まっているメリットはない。
むしろ橋の周辺であるG-6~8の3マスをぶらついていた方が、早く合流できるだろう。
すれ違う可能性を考えれば、昼頃に病院へ戻るのが妥当な頃合いか。
そしてもう1つ、彼女が病院から動いた理由がある。
それは亡き妹ディエチへと、殺し合いに乗らないと誓いを掲げたが故の理由だ。
クアットロがここを訪れない理由の1つに、「敢えて無視している」という線がある。
狡猾で嗜虐的な彼女のことだ。
このデスゲームから生き残ろうとするならば、集団に潜り込み同士討ちを誘発させることで、一網打尽を狙うだろう。
その場合、手の内を知っている知り合いは邪魔でしかない。
世間知らずのディエチならともかく、稼働年数の僅かに勝るチンクを誤魔化すことは無理だろう。
故に彼女ら姉妹を見捨て、病院への移動を断念する――その可能性は決して低くはない。
チンクとしては、それを許すわけにはいかなかった。
何せ極力殺さないという意味のの約束を交わしたのだ。姉の暴挙くらい止められなければ、きっと妹に叱られる。
自分が殺し合いに乗らないと決めたのなら、クアットロにも殺人を加速させてはいけない。
それらの理由から、チンクは待つという行為を一時中断し、自らクアットロを捜すことにしたのだ。
さて、ではどの辺りから回ることにしようか。
この周辺にはいくつか、チンクの興味を引く施設がある。
デュエルアカデミアやDevil May Cryなど、わざわざその存在を明記されている施設だ。
クアットロが人捜しをするならば、これらの施設を回っていてもおかしくない。
既に何者かに取り入っていたとしても、そうした連中が同胞を探すために、この手の施設を回るという可能性も考えられる。
ではまず、病院行きの橋に近い、デュエルアカデミアとやらから覗いてみようか。
そう考えた、その瞬間。
「っ」
気配を感じた。
視線を向けた。
その先には建物の影から現れる、1人の人間の姿があった。
漆黒の法衣を身に纏い、首から提げるのは白銀の十字架。
自身の尋ね人を彷彿とさせる丸眼鏡の奥には、野獣のごとき鋭い眼光。
どうやらこちらに気付いたらしい。凶暴な視線がこちらを向く。
老齢な部類に入るであろう顔立ちだが、その体格は非常に整えられており、背筋も針金が通ったかのようにまっすぐだ。
その手に掴むのはグラーフアイゼン。記憶が正しければ、かの機動六課の副隊長の鉄槌。破壊力は折り紙つき。
さて、どうしたものか。
目の前の男の正体を、静かに見定める。
見たところ相当に気が立っているようだ。振り撒く殺気も、相手の実力を雄弁に物語っている。
これが殺し合いに乗っている人間ならば大変だ。
中距離戦主体のチンクが、これほどの接近を許して、見るからの危険人物相手に上手く立ち回れるかどうか。
だが、向こうはまだ決定的なアクションを見せてはいない。即座に逃げ出すのは早計すぎる。
さて、どうするか。
この者はいかなる存在か。
障害として立ちはだかるならば――
「――いやぁ、これは失礼しました」
にこり、と。
その時、不意に。
拍子抜けするほどの笑顔が浮かんだ。
殺気立っていた男の顔が、穏やかな喜色に染まっていく。
「すいませんね、急に睨んでしまって。恥ずかしながら、少々気が立っていたものでして」
「あ、ああ……いや、気にすることはない」
思わず語調がたどたどしくなる。
予想外な事象故に、ついつい反応しづらくなってしまう。
殺し合いに乗っていない可能性はあるにはあったが、まさかこうも温厚な顔を見せるとは思わなかった。
先ほどまでの獰猛な顔と比べれば、それこそまるで別人のようだ。
「申し遅れました。私はアレクサンド・アンデルセン。貴方は殺し合いには乗っていない……そう判断してよろしいですね?」
「ああ。私はチンクという」
それでも、まだ油断していいわけではない。
今のこの仏の顔も、実際はただの演技であって、裏にはあの阿修羅が潜んでいることもあり得る。
殺し合いに乗っていないという判断も、先の凶悪な風貌を見てもなお、こちらが明確な敵意を示さなかったことを見てのものだろう。
つまり、それなりに理性がある。嘘の笑顔を作る余裕がある。
「さて、1つお伺いしたいのですが……ヴァッシュ・ザ・スタンピードという男を見ませんでしたか?
派手な赤いコートを着て、金髪を箒のように逆立てた男です」
「いや、見ていないが……はぐれたのか?」
「どうやらそのようでして……いやはや、お恥ずかしい限りです」
この男、どうやら自分と同じように、はぐれた仲間を探しているらしい。
金髪に赤コートという特徴は、あの病院にいた人間には当てはまらない要素だった。
そのうち金髪だけならば、右腕を失った死体もいるにはいたのだが、あれが箒頭かというとかなり無理がある。
ふと、考えた。
この状況は、ひょっとすると上手く利用できるかもしれないと。
「実は私も人を探していてな。クアットロ、という女なんだが」
「ほほう、貴方もですか」
その話題を切り出したのには理由があった。
まずはこれから、自分もヴァッシュを探しておく、とアンデルセンに申し出る。
その見返りとして、彼の方でもクアットロを探してもらおう、という寸法だ。
たとえ誰かと行動を共にしていても、
さすがに第三者から「チンクが病院で待っている」と言われれば、彼女も移動せざるを得ないだろう。
でなければ、同行者に不審がられる。それの分からない馬鹿ではない。彼女はチンクより頭がいい。
ついでに言うと、この胡散臭い男を上手く追い払えるから、という理由もあるのだが。
自分は思ったよりも運がいいのかもしれない。
そのようにさえ思えていた。
仲間とするにはいまいち危なげな奴ではあったが、メッセンジャーとしての役割を試すのには十分。
あくまで伝えるのは容姿だけだ。位置を伝えることはない。そもそも位置など分からない。
たとえアンデルセンが殺し合いに乗っていたとしても、どうせ自分以外は皆殺すことに変わりはない。
容姿を伝えるだけならば、とりわけ不利になることはない。
まして、本当に善人だったのならば、万々歳だ。
「ああ。茶色い髪を左右で結び、顔には丸い伊達眼鏡をかけている。暗色系のフィットスーツを着ていて……」
故に、4番目の姉の情報を与える。
「――ちょっと待て。貴様は奴の知り合いなのか」
それが間違いだと気付いたのは、そこまで言い終えた後だった。
眼光。
ぎろり、と。
爛々と輝く、凶暴な光。
さながら暗闇の豹か虎か。あの獰猛な野獣を思わせる殺意の瞳が、一瞬にして男の顔に戻る。
滲み出るプレッシャー。どす黒い気配は殺気。
轟々と音を立て燃え盛る、暗黒色の業火に煽られるかのような。
まずいことを言ってしまったか。
チンクもまた、黄金色の隻眼を細めた。
どういうわけかは知らないが、クアットロの存在が、彼の気に障ってしまったらしい。
何故か? 少なくとも、自分達姉妹とは初対面のはずだが。
あるいはこの殺し合いの最中に、既に彼女が彼に対し、何かやらかしたのではなかろうか。
聞き出す必要がある。知らなかった、では、この先非常に面倒なことになるかもしれないからだ。
故に。敢えて。
その問いに、答える。
「ああ……彼女は私の家族だが――」
――ずどん。
返事は鈍い破砕音。
びゅん、と鼻先を勢いよく掠める風圧。
ほとんど条件反射だった。
ぞわりと肌を撫で上げた悪寒。全身を粟立たせる直感こそを信じ、バックステップ。
おぞましき殺意と共に振り下ろされたのは、金属の光沢放つグラーフアイゼン。
目にも留まらぬ速さだった。気付いた時には地に向いていた。
爆音と共に砕けたアスファルトの破片を、ぱらぱらという音と共に払うアンデルセン。
「クカカ……危ないところだった。まさか、貴様も奴の仲間だったとは」
その顔に浮かぶのはまたも笑み。
されど、そこに宿す気配はまるで違う。
先の優しき神父の笑顔を、慈愛に満ちた太陽のごとくと形容するのなら。
今チンクの目の前にあるのは、獲物を前に舌なめずりする狩人の笑みだ。
「殺し合いには乗ってないんじゃなかったのか?」
「殺してはならぬ命があるように、殺さねばならぬ命もまたあるということだ――最後の大隊(Letzt Batallion)」
ああ。ようやく理解することができた。
こいつはクアットロのみを目の敵にしていたのではない。
ナンバーズそのものがこいつの敵だったのだ、と。
最後の大隊という呼称には聞き覚えがないが、恐らく彼なりの表現なのだろう。
ともあれこいつの憎悪と殺意は、クアットロ個人にも、ましてやチンク個人にも向けられていない。
こいつの敵意の矛先は、彼女を取り巻く群体そのものだ。
ナンバーズという集団自体が、こいつの殺すべき対象なのだ。
「シイィィィィィ―――ッ!」
咆哮。
毒牙を剥いた大蛇の唸りか。
空気を吐き出すような独特な雄叫びと共に、鉄の伯爵が虚空に躍る。
一撃。またも一撃。頭蓋目掛けての連続攻撃。
流れるような、という表現とは程遠い。
狂気の怒号と共に放たれる猛攻からは、流麗な旋律を連想することなどできはしない。
代わって世界を満たすのは、激音。
強引に大気を薙ぎ払う音。建築物の壁にめり込む音。アスファルトの破片を踏み砕く音。
獰猛な殺意が振るう鈍色の鉄槌は、たとえるならば雨中の激流。
触れれば五体全てを持っていかれるような、慈悲も容赦もない暴力の奔流だ。
(まずいな……今の私には武器がない)
五撃目をサイドステップで回避した瞬間、改めてチンクは、現状の苦境を再認識した。
今現在、彼女の手元には武器がない。
IS・ランブルデトネイターは、触れた金属を爆発物に変える。その爆薬を投擲し攻撃するのが、彼女の戦いの基本スタイル。
もちろん、金属には困らないようにしてきた。
工具の備蓄は大量にあったし、有事に備え、派手な兜までもらっていた。
だが、今手元にはそれがない。
あの病院の崩壊の折、全て残らず消費してしまった。
迫り来る瓦礫を粉砕するために、全て残らず爆破させてしまったのだ。
今デイパックに残されていたのは、あの現場にあった剣の柄のみ。
そもそも、その時に使ったナイフを回収していなかったのが、今にしてみればまずかったのかもしれない。
覚悟しているつもりだった。
武器のない現状で、このように襲われることも。
だがまさか、これほどまでにきつかったとは。
ぎり、と奥歯を鳴らす。
思考の最中、しかし絶え間なく襲い来る鋼鉄の濁流。
振りは大きい。綺麗なコンビネーションとは言えない。最悪、武器の勢いに任せきりにさえ見える。
しかし、チンクは知っていた。
あのグラーフアイゼンには、それだけの破壊力があるのだと。
現状を武器の勢いに任せているだけだとしても、それに値する勢いと破壊力は確かにあるのだと。
ただの拙い戯れではない。
これは型に嵌まらぬ猛獣の爪。
一撃でも掠めようものなら、小柄な身体はあっという間に吹き飛ばされる。
故に、ハードシェルは使えない。
使えるには使えるが、頼ることができない。
そもそもチンクは地上本部戦にて、スバル・ナカジマ相手に手痛い敗北を喫している。
魔力に振動破砕を上乗せした一撃に、防壁を問答無用で破壊されている。
もちろん、この男にそんなものはない。
眼前でハンマーを振り回すアンデルセンには、ISなんてものはない。
だがその手に握られているのは、機動六課でも最強クラスの打撃力を誇るグラーフアイゼン。
重量特化形態・ギガントフォルムにでもなれば、ハードシェルなど一撃で砕かれてしまうだろう。
故に、ここは回避に徹する。
揺れるうさぎ耳、舞う銀髪。
凶悪な暴風に煽られるシェルコート。
迫る一撃一撃を、紙一重で巧みにかわしていく。
「ゲァハハハハハ! どうした、どうした嬢ちゃん(フロイライン)!
戦闘機人とはこの程度か!? 強化されたのは逃げ足だけか!?」
「言われずとも……っ!」
言いながら、着地する。
かつん、とバニーのハイヒールの鳴る音。両足を乗せたのはガードレール。白い境へとさっと手を触れる。
無論防戦一方のまま、無為に時間を過ごすつもりはない。
振り下ろされる鉄槌の重量。当然命中する前に、跳躍。
さて、チンクが回避したグラーフアイゼンは、一体何に当たるだろうか。
答えは簡単だ。一瞬前まで乗っていたガードレールである。
であればそれがいかなる結果を招くか。論ずるまでもない必然。
強烈な鉄槌の一撃を受けたガードレールは、あっという間にひしゃげてしまう。
そして。
「――ランブルデトネイター」
これこそがチンクの狙いだった。
轟音が鳴り響く。
閃光が視界を遮る。
猛獣神父アレクサンド・アンデルセンを襲うのは熱量。
すなわち、爆発だ。
ガードレールに触れた瞬間、チンクは自身の固有能力を発動させていたのだ。
その手で触れたあらゆる金属を、爆発物へと変化させる異能――インヒューレントスキル・ランブルデトネイター。
白き境はその身を爆薬へと変える。刺激を加えれば当然炸裂。
結果、グラーフアイゼンを振るったアンデルセンは、その猛威を真正面からもろに食らうことになった。
黒き法衣の上半身を覆う、爆炎と爆煙。
これで仕留めたか。魔導師のような防御手段がなければ、一撃で致命傷の火力だが。
油断はできない。あの男の見せた獰猛な殺意が、油断することを許さない。
依然として注意を失うことなく、チンクの片目が巻き上がる黒煙を睨む。
(悪いな、ディエチ)
そして内心で、軽く亡き妹へと謝罪した。
彼女とて、誰も殺さずに済むとは思っていない。
殺し合いには極力乗らないことを決めたものの、殺さねばならない場面には必ず直面する。
いざという瞬間を迎えた時に、ディエチに誓った禁を破る覚悟はあった。でなければ、彼女の同志への方針と矛盾する。
だがまさか、最初に出会った人間を殺害する羽目になるとは。
覚悟していたとはいえ、情けない。自虐の念が胸中へと込み上げた。
「――やるじゃねえか」
しかし現実は、個人の感傷になど構いはしない。
漆黒のカーテンの向こうから、しかし耳を打つのは平静な声。
「!?」
煙が流れた。暗黒が晴れた。
瞠目する黄金の隻眼に映るのは、なおも笑みを浮かべるアンデルセン。
笑っている。
今なおこいつは笑っている。
まず間違いなく致命傷クラスの爆撃を、至近距離から叩き込んだにもかかわらず、だ。
その残忍な気配は微塵も衰えず。その凶悪な殺意は砕けることもなく。
そして、チンクは見た。
未だ失われぬ、アンデルセンの余裕の正体を。
「再生能力……!?」
肉が、蠢いていた。
ぐちゃりぐちゃりと音を立て、千切れた筋繊維が動いている。
さながら一個の動物であるように。それそのものが生命として、独立した意思を持っているかのように。
肉と肉は互いに手を結び、取り戻していくのは健全な身体。
スピードはそこまで早くない。それでも、生命体には異常と言っていい再生力。
からくりなど知らない。そんなものに意味はない。
ただ確かなのは、こいつにとっては並の傷など、即座に再生できてしまうものだということ。
「今のはなかなかに効いたぞ、戦闘機人(サイボーグ)……認めてやろう。少なくとも貴様は戦闘機人であると。
口先と逃げ足だけの売女(ベイベロン)とは違う。貴様こそあるべき殺人人形(キリングドール)だと」
賞賛されている。
戦闘意志と能力を、目の前の男に称えられている。
されど、どこまで本気かどうか。
こいつの化け物じみた再生能力の前では、即死の一撃でもない限り、さしたる意味はないに違いない。
ああ、そうだ。人の姿をした化け物がこの世にいるならば、こいつは十分にその範疇だ。
戦闘機人のセンサーは、未だ一切の魔力反応を感知していない。
つまり、これは生身の再生力。この男が元来備えた生命力。
創造主ジェイル・スカリエッティといえど、これ程の自己修復機能を生体に与えられるかどうか。
いずれにせよ、こいつは化け物だ。
今なお再生を続けるこの男を、化け物と呼ばずして何と呼ぶのか。
ごくり。
我知らず、喉が鳴った。
さて、こいつをどう攻略するか。
こうなるとデイパックの中の大百足の柄は、威力不足で何の役にも立たない。
今のように地形を利用した攻撃も、そう何度は通用しないだろう。
いいやそもそも、連続攻撃に適していない。単独の火力が足りないのだから、素早い連撃ができないのは致命的。
とすると、逃げるか。いいやそもそも逃げ切れるのか。
「塵は塵に(Dust to dust)――貴様が真に戦機なら、せめて戦場の地に抱かれて死ね」
じりじりと、迫り来る。
鋼鉄の光輝を携えた、狂乱の神父が歩み寄る。
駄目だ。
色々と考えてはみたが、やはり手持ちの武器が絶望的なまでに少ない。
確実に逃げ延びるための手段も、今のところまだ見つからない。
万事休すか。打つ手なしか。
振り上がる鋼鉄。アスファルトを叩く靴。
「Amen.」
アンデルセンがその足を踏み出し、今まさに殺到せんとした瞬間。
「――サンダガッ!」
光が、瞬いた。
「ぬううぅぅっ!?」
ばちばちと鳴り響く音。一瞬硬直するアンデルセンの身体。
雷の一閃か。
突如として飛来した電撃が、鉄槌構える神父を襲う。
次いで駆け抜けたのは――白。
びゅん、と。
純白の翼が、風を切った。
まさしく電光石火。後方から飛び込んできた何者かが、一瞬にして間合いをゼロにする。
振り上がったのは巨大な鉄塊。
鋭きそれは片刃の剣か。
勢いよく振り抜かれた大剣の峰が、アンデルセンの腹部を殴り付ける。
斬撃はない。されど、そこに宿るのは強烈な重量。
豪快に、鮮やかに。野球ボールをバットで打つかのように。
大の大人の男の体躯が、弾丸の速度で吹っ飛ばされた。
「無事か、チンク」
乱入者の声がする。低い、落ち着いた男の声だ。
白銀の隻翼をはためかせる、黒髪の剣士の姿があった。
年齢は20代半ばだろうか。年の割には厳つい気配。青く妖しく輝く視線が、背中越しにこちらを見ている。
アンデルセン同様、見覚えのない顔だ。名前を知られている理由がない。
「あ、ああ……しかし、お前は一体……」
「やはりな……だが、説明は後だ。お前の味方だと捉えてくれれば、今はそれで構わない」
言いながら、男が剣を構え直す。
そう。戦いはまだ終わっていないのだ。
ゼロ距離からの爆発からも生還したアンデルセンが、打撃の一発でやられるわけがない。
ビルの壁に打ち付けられた、神父の身体がぴくりと動く。
ぱらぱらと身体から落ちるコンクリの破片を、グラーフアイゼンの一振りで吹き払う。
「ハッ! 相対するのはこれで三度目か!? アンジールゥゥゥッ!」
「人の名前を覚えるくらいの理性は、さすがに備わっているようだな!」
獰猛な魔獣の笑みを浮かべ、遭遇に歓喜するアンデルセン。
ただ冷静に、ともすれば冷徹とすらも思えるほどに、刃を向けるアンジールとやら。
実に対照的な反応を見せる両者が、互いの得物を構え向かい合う。
一触即発。
一方的に攻め立てられた、先のチンクとアンデルセンの戦いではない。
互いに接近戦用の武器を携えた、本気の殴り合いが始まろうとしている。
恐らく因縁深き者同士であろう、神父と剣士の戦いが。
「いいだろう! いいだろう! いいだろう!
貴様もまたこの俺が――このアレクサンド・アンデルセンが滅すべき男よ!」
「これ以上、この子らには指一本たりとも触れさせん……今度こそ、ここで全て終わらせるッ!」
◆
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