メリーの居る生活 五日目 前編・後編(修正版)
前編
「ふぁ~…」
午前10時40分。彼女の一日が始まる時間だ。
「……………」
と言っても、彼女が本格的に起動するには10分の時間を要する。
大抵この10分は見た夢の余韻を楽しむ。
「(お姉ちゃん…綺麗だったな…)」
お姉ちゃんと一緒に、読書したり、風を感じたり、お昼寝したり…。
すべて昔の頃の記憶。
だが、夢には時の概念はなく、いつでも戻ってこれる。
今でもお姉ちゃんに会いにいける。
夢は素敵だ。
グゥ~…
お腹がすいた…。
そろそろ、現実への扉を開けよう。
メリーは、大きく伸びをすると、行動を起こした。
「…さてと」
とりあえず、布団を片付けようか。
ふと、窓の外を見る。
…今日は天気が良さそうだ。
「…干そうかな」
お天道様の匂いに包まれて眠るのも、これまた気持ちのいいものがある。
「…面倒くさいけど、まぁいいわ」
自分の布団を担ぎながら、窓辺に向かう。
窓の外には一階の屋根が、出てすぐそこにある。
一階の屋根の上にそのまま置けば、それでいいという事だ。
作業は物の数秒で終了する。
「これで今日の夜もグッスリね…」
少しウキウキしながら部屋に戻る。
部屋に戻ると、もう一つの布団があることに気づいた。
というか、その布団を踏んでいた。
『あいつ』の布団だ。
ちょっと昨日は暴れすぎた。
危なく隆一の記憶を飛ばすところだったし。
お詫びということも兼ねて、布団を干してやろう。
トントントン…
階段を下りてリビングに向かう。
「お…、おはようです」
リビングに居る、家族に挨拶する。
「あら、おはよう。メリーちゃん」
テレビのワイドショーを見ていた、おばあさんが返してくれる。
「おはよう。メリー」
新聞とにらめっこしている、おじいさんも返してくれる。
やはり、家族が出来たとはいえ、まだ慣れない。
すこし恥ずかしい。
「え~…と、ご、ご飯を…その…」
さすがに、この時間に『朝』ご飯などを食べたいと、ケロリと言えるほど図々しくない。
だって、居候だし…。
「それじゃ、ちょっと早いけど、お昼にしましょうか?」
ワイドショーがCMに入ったので、動き出すおばあさん。
「さて、何作ろうかしら」
言いながら、すでに何かを作り始めている。
…テレビでは、パンダの二頭目が生まれたというニュースがやっていた。
「ところで、メリーちゃん」
「ふぇ?」
オムライスをほおばりながら、間の抜けた返事をする。
「この町には慣れたかしら?」
「えーと、まぁ、そこそこ…」
実は不良に絡まれてから(二日目参照)まったく外に出ていない…。
まぁ、歩いてこの家まで(隆一を殺りに)来れているんだ、嘘ということでもない。
「あ、そうだメリーちゃん」
「はい?」
今度はちゃんと返事をする。
「この町をよく知るために、一緒に買い物行きましょ?」
「え…、えぇ!?」
「あら?何で驚くのかしら?」
「えっと…、あの…」
「この町を隅から隅まで案内してあげるわ」
「わ…わかりました」
実際、外の事が解るのは嬉しい。
…嬉しいのだが、おばあさんと一緒に歩くのは正直恥ずかしい。
「それじゃあ、お昼食べたら行きましょうか?」
「わかりました」
「このばあさんは、重い荷物をもう持てぬからの。メリーや、手伝っておあげ」
オムライスを箸で撃破したおじいさんが、からかうように言った。
「まだまだ、若い者には負けたくありませんけどねぇ…ふふふ」
「おばあさんだって、十分若いですよ?」
とりあえずフォローを入れる。
「その言葉は一世代前の人にまでしか通用しなくてよ?」
「まったくだな。ははははは!!」
夫婦と少女は、少し早い昼食を楽しく過ごした。
一方学校では………
「どうも、死人です」
「よう、死人。腐敗臭が漂ってるぞ」
「『何かあったのか?』とか聞かない辺り、お前は素晴らしい奴だよ」
「で、どうした?その……切り傷・打撲傷・アザ・擦り傷・脱臼…数えきれんな」
「総称して、『大けが』と言える…」
今は自習。
このクラスの担任の授業なのだが、今朝その担任が、なにやら大胆なイメチェン決めて学校に来た、
生徒にそのイメチェンの指摘された瞬間、『し…しまったー!!』と言って、どこかに走り去ったそうだ。
「お前の情報網も侮れないな」
「まぁ、お前のおばさんが町内なら、学校が俺の管轄内って事さ」
「先公…忘れたんだなアレを」
「そうだろうな…もうあの髪型は拝めないな」
「次回は光り輝く、本当の姿の先公が来るぜ」
僕と俊二は、静かに澄み渡った空に一点が極端に輝く担任の姿を写した。
「…なぁ、俊二。今日の放課後から始めるんだよな?準備」
「そういえば明日だっけな。面倒だが、お情けで付き合ってやるか」
「お前はセットに妙な仕掛けを仕組むから、早々に帰ってほしい」
「今回はかなりジャンルを増やしたぞ?」
「もう、今帰れ」
そして、メリーは…………
買い物に行くことになってから、やたらと緊張していた。
別に、『おばあさんとだから』という訳ではない。
人と一緒…二人きりで歩くのに慣れていないからだ。
「それじゃ…行きましょうか?」
「あ…はい」
「ということで、おじいさん。留守番お願いしますよ?」
「あぁ、気をつけて行ってきなさい」
「…い、行ってきます」
(あぁ…笑顔が引きつってるのが自分でも解るっ!!)
「…む!?」
隆一の祖父は、彼女のその一瞬の表情を見逃さなかった!!
「メリーや…ちょっと待ちなさい」
「あぅ…はい」
「今の表情…何かあると見た!!」
「……(ピク)」
「図星じゃな?」
「はい…」
「そうじゃろうそうじゃろう。そんなこともあろうかと、コレを用意しておいた。使うといい」
そう言って、彼は縦に細い袋を彼女に渡した。
「…これは?」(ガサ…
中を取り出してみると、長さ40cm程度の鉄製の棒が三本入っていた。
「取り外し可能で折り畳める棒じゃよ。護身用にピッタリじゃろ?」
「えーと…あ、ありがとうございます」
「善からぬ男は、それでホームランじゃ!!」
おじいさんは親指をグッ!!と立てた。
少し重い袋を腰から下げた少女の顔には緊張した『おもむき』はなかった。
おじいさんのエール(?)で随分和んだ。
「さて、メリーちゃん。今日は何が食べたい?」
「そうですねー…。サラダ食べたいです」
「んー。なら魚系は合わないわねぇ」
「ピーマンの肉詰めとかどうです?」
「あら、いいのねぇ」
「私は、ミンチ肉こねるの手伝いますよ」
「ふふふ…そんなこと言われると、本当の娘ができたみたいだわ」
商店街を歩く少女と老婆は、まるで孫と老婆のようだった。
広いスーパーの中で、メリーは買う物を取りにパタパタと走り回っていた。
「キャベツと玉ねぎとピーマン…っと」(ガサガサ←買い物カゴに入れる音
「あとはミンチ肉とそれから…」
おばあさんは、買う物を脳内でリストアップしている。
「次、何持ってきます?」
「そうだ、メリーちゃん。おかし持ってきていいわよ?」
「おかし?いいんですか?」
「もちろんよ。450円以内でね?ふふふ…」
「わかりましたー」
菓子コーナーに着いた。
このスーパーは、無駄に広いので、各コーナーの大きさも普通ではない。
「スナックとか太っちゃうし、美味しくないからパスー」
約10mに陳列されたスナック菓子コーナーが瞬殺(除外)される。
奥の方に行く。
「あ、チョコ…」
甘い物大好きなメリーには堪らないアイテム『チョコ』の、コーナーに来た。
「あ…、キャンディ…」
その隣のコーナーには『飴・キャンディ』のコーナー。
「あぅ…両方いいかも…」
チーン
「ありがとうございましたー」
「さて…買う物も買ったし、帰りましょうか?」
「はーい♪」
二人は家に向かって歩き始めた。
結局、メリーは板チョコと60円の棒付きキャンディを三つ買って貰った。
ガサガサ(袋をあさってる
(プリン味甘くて最高~♪)
ガサガサ(包装を取ってる
(剥きにくい…ふぅ…取れた…)
チュパチュパペロペロ…
(甘い~幸せ~)
―――――――――――
「……は!?」
意識が飛んでた。
たまに彼女は、幸せ状態になると、周りが見えなくなる。
「…またやっちゃった。えーと…おばあさん?…あれ?」
おばあさんがいない。
前方、左方、右方、後方、上方。
どこを見ても、おばあさんの姿が見えない。
「…もしかして。これってどう見ても迷子?」
本当にありがとうございました。
一方、学校。
「授業という名の束縛から、今。僕は解放された」
「まぁ、明日の準備という名の封印が待ってるんだがな」
「それは言わない約束だ」
「ところで、お前の顔…というか全身の傷はどうした?消えてるぞ?」
「寝たら治った」
「お前、薬草数個で重症が完治できるんじゃないか?」
「あぁ、自信あるぜ」
そして、迷子―――――――
「完全に道に迷ったみたいね…」
結構冷静に見えますが、内心かなり焦ってます。
「はぁ…困ったなぁ…カマがあれば何とかなったんだけど…」
商店街のど真ん中(?)で途方に暮れる。
「あいつに迎えに来てもらうかな…シャクだけど…」
とりあえず、ベンチに座る。
「酒屋と洋服店の近くって言えばわかるかな…」
「ぐす…ぐす…うぅ…」
「…ん?泣き声…?」
泣き声の方を向く。
隣のベンチには、一人、少女が座っていた。
「ぐす…ヒック…」
「…あなたも迷子なの?」
「ぐす…?………(コクン)」
「そぅ…実は私もなの」
「ぐす…お姉ちゃんも?」
「!…(お姉ちゃん…か…)」
「お姉ちゃんも、迷子なの?」
「変でしょ?お姉ちゃんが迷子だなんて」
「うん…変」
「ぐ…」
ちょっとムカっときた。
「で…でも、お姉ちゃん泣いてないよ?」
「ぐす…それじゃ、こぃも泣かない…」
「こぃ?あなたの名前?」
「うん…こぃって言うの」
…珍しい名前。
「それじゃ、こぃちゃん、泣き止んだごほうびにキャンディあげるよ」
「ほんと?ありがとー」
メリーは包装を破いたキャンディーを少女に渡した。
「はい」
「ペロペロ…」
「こぃちゃんは何歳なの?」
「えっと、8才でした」
「過去形?」
「かこけいって?」
「…まぁいいわ」
でした?…9才なのかな。
「とりあえず、隆一に連絡しとこうかな…」
「ん?」
「お姉ちゃん一人で帰れないから、…えーと、弟を呼ぶのよ」
「お姉ちゃんなのに、弟が迎えに来るの?」
「あぅ…そうなの…」
「クスクスクス…」
「わ…笑うことないでしょ…」
あいつが迎えにきたら、まず一発殴ろう。(八つ当たり)
準備作業中
「おーい!!板をこっちにも二枚頼むー!!」
「どんどん机を外に持っててくれー!!」
「そ、そこの人ー!!角材でチャンバラは止めてー!!」
ガヤガヤ
「で、準備してるのに何で僕らは大掃除しなきゃならないんだ?こりゃ、夕暮れまで終わらんぞ?」
「知るか。昼飯無しでこの仕打ちは高くつくぞあのハゲ…」
「担任に当たるな。とりあえずやる事やってとっととトンズラしよう」
「そこの二人ー掃除の邪魔になってるよー!!」
「あぁ、ゴメン…って、僕らが掃除してるんだ!!」
「あうぅ…ごめーん!!」
「見事なノリツッコミ …7点」
「うるせぇ…ん?」
「どうした?産気づいたか?」
「誰か僕をお呼びのようだ」
「LOVEコールか」
「………いや、死の宣告だな」
「熱いねぇ…お気の毒だな」
(ピ…
「あ、もしもし。隆一?」
「…この電話番号は現在、この次元に存在しないか。持ち主が遠くの世界に逝ってる為かかりません」
「………」
「番号をもう二度と確認しないで、怖い目にあう彼の身になって、もう一度お掛けなお…」
「昨日の制裁で反省してないみたいね」
「…さなくて結構です。ご用件をどうぞ」
「迎えに来なさい」
「とうとうVIP扱いですか?」
リムジンの運転なんかできねぇぞ?
「いいから来なさい!!」
「…場所は?」
「えーと。少幽酒店と女霊洋服店…の前?」
「僕に聞くな。商店街だな、とりあえずそっちに行くわ」
「俊二、あとの掃除は頼んだ」
「もう終わったぞ?」
「そうか、それじゃあな」
「俺の奥義を使ったボケを流すとは…相当急いでるな」
「あら?俊二君、終わったならこっちを手伝ってくれる?」
「…………」
「…さて、これで迎えが来るわね」
「………」
「そういえばこぃちゃんは、どうするの?」
「…お母さんたち、夜にならないと帰ってこないの」
「それじゃ、ここでずっと待ってるつもりだったの?」
「…うん」
「ん~…それじゃ、お姉ちゃんのお家来る?」
「迷惑だから止めとく…」
「気にしないでいいから」
「…わかった」
あの妙な名前の店は結構わかりやすい所に建ってた気がしたが…
え~と…あ、いた。
「うぉ~い」
「あ、来た」
「迎えに参りましたぞ、お嬢」
「よきにはからいなさい」
「適当なセリフで返事すな」
どこで、そんな言葉覚えるんだ…。
「で、なんでこんな所で遭難してるんだ?」
「おばあさんとはぐれたのよ」
「…と言うことは、まいg(ブン!!)…って、のわぁ!!何だその棒!?」
「おじいさんから貰ったの」
おじいちゃん…渡す相手間違ってるよ…。
「で、そのミニマム生物は?」
「素直に女の子と言いなさいよ」
「素直に迷子と認めなさいy(ゴ」(突きHIT)
「あぅ…」
「ほら、怖がってるじゃない」
「突きはモーションが少ないから奇襲に最適だぜ…ゴフ」
「この子も迷子。連れて帰るわよ」
「それ誘拐です」
「ちょっと訳ありで、夜まで家にくるのよ!!」(ゴッ!!
「痛い!!ストンピングは痛い!!」
「お兄ちゃん…大丈夫?」
「これで大丈夫だったら、自分を褒めたいです」
「お姉ちゃん怖いね?」
「B級ホラー映画より、あいつと一緒の部屋にいる方が数倍怖いです」
「弟なんだから、お姉ちゃんをもっと大切にしなきゃダメだよ?」
「…?わかった。身体が壊れない程度に大切にします」
逆なんじゃないか?
「ふふふ…♪」
何がおかしいんだ、この小娘めが。
「なぁ、この子連れて来ちゃって本当に大丈夫か?」
「とりあえず勝手に付いて来てるんだからいいんじゃない?」
「それでも誘拐罪になるぞ?」
「そのときは、あんたを主犯格で」
本当にやりそうだ…。
家の前に着いた。
「夜まで何してるんだ?」
「遊び相手が何言ってるの?」
「ぎゃあ」
只今の時刻:2時17分
「ねぇねぇ、このお家がそう?」
「…あぁ、あれが僕の家」
ガチャ
「ただいまー」
「ただいま」
「おじゃましまーす!!」
この三人の声が、隆一のサドンデス タイトルマッチのゴングとなった。
後編に続きます。
後編
小娘を僕の部屋に待機させ、僕とメリーは一階に下りた。
「さーて、まず何で遊んであげるの?」
「勝手に連れて来て、無責任すぎです。というか、無計画すぎです」
「う…うるさいわね」
「とりあえず、お菓子とジュースを出すか」
戸棚を開ける。
お菓子は茶菓子しかねぇぜ…。
メリーはスナックとか嫌いだもんな。
冷蔵庫を開く。
飲み物は麦茶と緑茶しかねぇぜ…。
昨日で飲み干したんだっけ。
(昨日は走り回ってたから)
「なぁ、メリー……って、いねぇし」
さっきまで後ろにいたメリーは姿を消している。
もう二階に戻ったか…。
「何だかんだ言って、メリーがずっと世話してるかも」
まぁ、そうするのが当たり前なのだが。
まぁ、何とかなるだろ。
僕は適当に甘そうな茶菓子と、麦茶を持って戦場に戻った。
ガチャ
「スイーツだ、喰らうがいい…ん?」
…やけに静か。
っていうか、小娘の様子がおかしい。
メリーはメリーで、対応に困っている
「…おい、どうしたんだよアレ」
小声で、メリーに話しかける。
「知らないわよ…。戻ってきたら、この調子よ?」
さっきまで、あんなに騒がしかった小娘が、何やら元気が無い。
「………………………」
この場合、固まっているという表現が適切なのか。
何かに怯えているような感じだった。
「やっぱり、連れて来たのがマズかったんじゃないか?」
「でも、ここに来るまで元気だったじゃない」
「…この塞がり方、普通じゃないぞ?」
体育座りして、小さくなっている小娘を見る。
ブルルン…ヴーーーーーーーン!!
「…ッ!?」
「ん?」
何だ?今何かに反応した…。
「ちょっと、隆一聞いてる?」
「いいから、ちょっとお前も小娘のこと見てな」
もしかしたら、と思うが、もう一度見てみなきゃ確信が…。
「…………」
「何も変わらないじゃない?」
「う~ん…」
思い違いかな?と思った、その矢先。
ガチャン…ブーヴーーーーーーン!!
「…………ック!!」
「あ…」
メリーも小娘の変化に気づいた。
「夕刊配達のバイクだな。この音が原因だ」
メリーが近寄る。
「こぃちゃん、バイクの音が恐いの?」
小娘は、少し時間を置いて首を縦に振った。
「隆一、どうしよう…?」
「何の罪の無い、夕刊配達員の方々を、一人残らず懲らしめに行くか?」
「そんな事するわけ無いでしょ……バカ」
「はぁ…、とりあえず窓やら扉やらを閉めて、音をなるべく小さくしよう」
「私は?私は何をすればいい?」
「え?あ…あーっと…」
メリーは何やら厄介な使命感に燃え始めたようだ。
「…メリーは、その子のお姉さんなんだろ?お前はそばに居て、手を握ってやってろ」
「…お姉さん?」
言った自分が照れてきた。
「結構重大な役目だろ?」
「…うん、私お姉ちゃんだもんね」
僕は部屋にある窓という窓を全て閉め、外気を完全に遮断した。
それでも、その音は壁を突き抜けて部屋に浸食してくる。
少女はずっと震えていた。
メリーはその横に寄り添って、手をずっと握っていた。
バイクの音が、こんなにも忌々しい物とは思わなかった…。
「…よし、だいぶ静かになってきたな」
「こぃちゃん、もう平気だよ?」
「………ホント?」
「うん、頑張ったね、こぃちゃん」
「お姉ちゃん…ありがとう」
「ふふふ…」
………
僕から見た彼女の笑顔は、
お姉さんとしての笑顔に見えた。
「さーて、遊びますかコンチクショウ」
なんとなく、僕もやる気が出てきた。
「何するの?お兄ちゃん」
この小娘は、すっかり元気になってるし。
「そうだな…、人生ゲームでもやるか?」
「なにそれ?」
「なにそれ?」
二人が、左右対称に首を傾げた。
本物の姉妹みたいだな…。
「簡単に説明すると、すごろくだ。ルールは―――――」
30分経過
「やりぃ、【会社で功績を示す】3万ドルGET!!」
「お姉ちゃんすごーい!!」
く…メリー、なかなかやるじゃねぇか。
こっちは手持ち5万ドル一人身
メリー40万ドル二人、小娘22万ドル三人
圧倒的な経済状態。
だが、挽回して男を見せるのが、このゲームの熱いところ。
女子供に容赦はせぬ。それがこの家のルールだ。
さらに15分経過
「【徳川埋蔵金を発掘50万ドルを得る】っと。もういらないわよ」
「お姉ちゃん、これ読んで~」
「どれどれ…うわ、【企業が大成功70万ドルを得る】だって」
「HAHAHA!!開拓村は僕が一番乗りだぜ!!」
(*開拓村:ゴールの手前にあり、必ず止まるマス。借金がある場合そこで出た数の目だけ、借金を返す作業を繰り返す)
「一人身で借金を抱えたまま、たどり着くところがそことはね…哀れなものね」
「先の人生に不安を見出せますよ…」
肩をトントンと叩かれる。
振り返る
「…どんまい。お兄ちゃん」
…幼女にフォロー入れられた。
結果発表
一位:メリー 154万2000ドル
二位:こぃ 120万6000ドル
三位:隆一 いまだ返済中
「もう僕これ嫌い…」
「結局上がれなかったわね」
「お兄ちゃんかわいそう…」
「しばらくそっとしておいてください」
「じゃあ、頑張って自己修復してね」
「善処いたします…うぅ…」
「…よっこいしょ!!」
ドサドサドサ!!
「ぎゃああ!!……お、重い…!!」
「そろそろ布団を入れないと、冷めちゃうからね」
「あー……こんな時間か…行くか?もう日が暮れちまうぞ」
「あ、お兄ちゃん復活した」
「…そうね、そろそろ行った方がいいわね」
「暗くなってきたな…」
「バイク…来ないよね?」
「もしバイクが来たら、お姉さんが、そのバイクを港まで持っていって、制限時間内に破壊してやるってさ」
「どこの次元の話してるのかな?ん~?」
「体が伸びるインドの僧侶とか、空飛んで頭突きをかます相撲取りとか、髪のセットに余念の無い空軍が居る世界のお話だ」
「その魑魅魍魎の世界に私を入れないでくれる?」
「その恐い笑顔は止めてください。K.O取られそうです」
「家に帰ったら、好きなだけ取らせてあげるわ」
「全力で遠慮します」
「あははは!!」
何が可笑しいか小娘…。
「で、こぃちゃんは、どこかで待ち合わせしてるの?」
「ううん、商店街で、お母さんかお姉ちゃん見つけるの」
「アバウトだな…、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ?」
「心配だな…、どうする?メリー」
「この際、探してあげましょ?」
「やっぱりな…、めんどくs――――」
ブルゥウゥン!!!
「―!?」
しまった!!バイク!?
「い……いやあぁーーー!!」
「こぃちゃん!?」
小娘は急にその場で、うずくまって動かなくなってしまった。
「こぃちゃん!!大丈夫、お姉ちゃんが付いてるから!!」
「来ないで…こっちに来ないで!!」
早く…!!早くどこか行ってくれ!!
僕はそのバイクに、念じるように訴えかけた。
ブー…ブルルン…ヴーーーーーーン!!
バイクが動き出す。
バイクは僕達の方でなく、反対方向の道に走って行った。
それなのに…。
「いやーーーーーーー!!」
ダッ!!
「あ!!こぃちゃん!!」
「…な!?」
小娘は、走り出した。そこにはもういないバイクから、逃げるかのように。
「くそ、追いかけるぞ!!」
「あ…う、うん!!」
僕らも追いかけて走り出す。
タッタッタッタッタ!!
小娘は商店街に続く十字路を曲がらず直進して、猛ダッシュをかましている。
これじゃあ、商店街には着かない。
とにかく、早く捕まえよう!!
タッタッタッタッタッタッタ!!
「ハァッハァッ!!な…何だ!?あいつ速くないか!?」
僕らの全速力でも一向に距離が縮まない。
「な…!!何で追いつかないの!?」
「つーか、何で幼女にダッシュで負けてるんだよ!?」
クラスで短距離なら、平均より少し上をキープしてる僕でも、追いつけない。
巨大なカマを振り回すほどの身体能力を持ったメリーも、追いつけない。
どんどん距離を離されながらも、僕とメリーは小娘の背中を追い続けた。
タッタッタッタッタッタ!!
「やべぇ…っハアッハッハァッ!!そろそろ限界!!」
「気張りなさい!!ハァ…ハァ…ハァ!!」
言ってるメリーも相当キツそうだ。
小娘との距離もかなり離れてきた。
小さかった背中が、さらに小さく見える。
そのとき、あれまで直進で暴走してた小娘が、急に十字路で曲がった。
「ヤバ!!曲がった!?」
「急いで!!」
残った力を振り絞って、曲がり角までスパートをかける。
「…ッハァ…いない…見失…ゲホッ!!な…った…ハァ…ハァ…」
「そんな…」
曲がり角を曲がると、小娘の後姿は、すでに無かった。
「…っていうか…、ここ…どこだよ…ゲホッゲホ!!」
「…………」
メリーは、呆然と立ち尽くしてる。
「私…、私お姉ちゃんなのに…。あの子を、見失って…」
ここは…子供の頃、時々遊びに来てた公園の近くか。
ずいぶん走ったな…。
「………ん?公園…まだ希望はあるな……ゲホ…」
単純だが、少し希望が出てきた。
「………どういう事?」
「メリー、まだ歩けるか?」
「…当たり前よ、あなたこそ、膝が笑ってるわよ…」
「…一種の芸だ。気にするな」
僕達は、近くにある公園に向かった。
かなりではないが、そこそこ大きい公園。
昔時々来て、俊二と山やん…あと誰かとで遊んでた。
「懐かしいなぁ…」
「公園…ここにいるの?こぃちゃん」
「まぁ、ガキが来るとしたら、ここだろ?わざわざ曲がったことも説明がつく」
「…こーぃちゃーん!!」
「小娘ー!!」
僕とメリーは、手分けして公園を探した。
「いねぇし」
「……まったく」
一周回った所で、メリーと合流した。
「んーむ、僕の推理とシックスセンスが、ここだと言ってたのだが…」
「他に子供がしそうなことは?」
「…木の上か?」
苦肉の案。
「この公園の木は、調べたわよ」
速攻両断。
「…どうやって?」
「ここの木は、桜の木が大半みたいでね。ちょっと協力してもらったのよ」
流石魔女。やることがメルヘンの世界だ。
「…って、ちょっと待てよ?その力で、どこにいるかも分らないのか?」
「あ…」
顔が一瞬で真っ赤になる。アホ魔女…。
「―――////!!」(ガスガス
「イテテテ、蹴るな蹴るな」
「…ちょっと待ってなさい」
そう言って、メリーは静かに目を閉じ、集中し始めた。
「……分ったわ…こっちよ」
タッタッタッタ…
メリーは走って行ってしまった。
「場所が分ったんだから、走らなくてもいいんだけどな…」
仕方なく追いかける。
タッタッタッタッタ…
メリーと僕は、公園の隅にある垣根の前まで来た。
「この先みたいね…でも、どうやって入るのかしら?」
メリーの言うとおり、ここからは葉っぱの壁で先に進めないようになっている。
「この木の壁…懐かしいな」
僕は知っている。
この緑色の壁の先を。
「メリー、こっちだ」
「え?」
「たしかここに抜け穴が…あった」
垣根の隅には、大人が這って入れる程度の抜け道があった。
「何でこんな穴知ってるのよ…」
「いいから入れって」
「先に入りなさい」
「…何で?」
「いいから!!」
「へいへい…」
微妙なお年頃ってやつか…。
ガサガサガサガサ…
「……ふぅ、抜けたか」
「メリー、大丈夫か?」
抜け道でもがいてるメリーに手を伸ばす。
「髪の毛に引っかかって、あーもう!!」
バキ!!メキメキメキメキ…
自力で脱出。
「ふぅ、…ん?何その手」
「いや、なんでもない」
相手が悪かった。
「さて…、メリー見てみ」
「…秘密基地?」
そう、そこには、昔僕達が作った秘密基地なるものが建っていた。
子供の頃、僕達は―――、僕と俊二と山やんは、この公園に基地を作ることに決めた。
僕は公園の中から、俊二は木の上から、山やんは公園の外から、それぞれ、基地を立てる場所を探した。
戻って合流した三人が、一斉に提案したのが、公園の一角にあるこのスペースだった。
毎日通い続け、一ヶ月ほどかけて、この秘密基地は完成した。
この基地が出来た頃は毎日のように来ていたのに、いつの間にか来なくなっていた。
僕が今ここに来ることがなければ、この基地はそのまま僕の記憶の中に埋もれていたままだっったのかもしれない。
曖昧なまま、子供の頃の思い出として、扱っていたかもしれない。
一人感傷にふけっている僕を横目に、メリーは基地の中で眠っている少女を見つけた。
「こぃちゃん!!」
小娘は、基地の中ですやすやと眠っていた。
「おいおい、この中汚くないのか?」
「…案外キレイになってるわよ?」
「…どれ?うわ本当だ」
誰かが基地を定期的に掃除しているのか、基地の中はいたって清潔を保っていたままだった。
「誰がこんなことを?」
「こぃちゃん、起きて」
聞いてない…。まあ、いいけど。
「起きねぇな、小娘」
「困ったわね…」
「このままおんぶして商店街まで運ぼうか。寝てればバイクの音で逃げることもないだろ」
「それが良さそうね」
「やっぱり僕が背負うんだよな…」
商店街に戻る道。
「いいじゃない、女の子をおぶるなんて、そうそう経験出来ないわよ?」
「こんな経験なら、ノーサンキューだよ…くそ、足の感覚が…」
「踏ん張りなさい、だらしのない」
オレンジ色の空の下。
二つの伸びた影が、やけに幻想的に見えた。
「……ん、あれ、お姉ちゃん?」
「こぃちゃん、大丈夫?」
「……ここは?」
「商店街よ。こぃちゃん途中で眠っちゃったから、隆一が負ぶさってきたの」
メリーとこぃはベンチに座っている。
二人が出会ったあのベンチだ。
「…お兄ちゃんは?」
「ここだ、小娘」
「ヒャン!?」
背後からオレンジジュースを頬に当て付ける。
「はいよ、メリー」
「ありがと」
メリーにも同じオレンジジュースを渡す。
僕はベンチの横の木に寄りかかる。
「まったく…良い運動になったよ…ふぁー…」
「かなり走ったからねぇ…」
「?」
「さてと、今度は保護者探しか」
実はコレが一番厄介なのかもしれない。
「こぃちゃん、お母さんとお姉さんの特徴は?」
「ねぇねぇ、それよりまた今度も遊んでくれる?」
「ん?もちろんよ」
「勘弁してくれよ…ったく」
「本当にいいの?」
「指切りする?」
メリーが細い小指を向ける。
「うん!!」
小娘がその細い小指に、小さな小指を絡ませる。
「ゆびきりげんまん うそいったら はりせんぼん のーます」
やたらと生々しい契約を始め
「ゆーびきった!!」
「ゆーびきった!!」
すぐ終わる。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん」
「うん?」
「んあ?」
魂が抜け始めて、適当な返事しか出来ない。
「今日は本当にありがとう。楽しかったよ。また遊ぼうね!!」
「…え?あ、ちょっと!!」
「………」
あっと言う間の出来事だった。
小娘は、それだけ言うと、夕暮れで賑わう人ごみに突っ込んでいった。
「おかあさーん!!」
そんな声が聞こえたのは、少し時間を置いてのことだった。
メリーの隣に座る。
「お姉さんはどうだった?」
「ちょっと大変だったかな…」
「……明るくなったり暗くなったり、騒がしいヤツだったな」
「本当ね…」
「騒がしいと言えば、明日僕の学校で文化祭やるんだった…」
今思い出した。これだけ疲れてたら明日に響くかもしれない。
「今日は早く寝よう…」
「あら?二人ともどうしたのこんな所で」
「あ…おばあちゃん」
「おばあさん、今までどこにいたんですか?」
「ずっと商店街にいたのよ」
いつからいたんだ?
「商店街は情報がよく飛び交ってるからねぇ…ついつい長居しちゃうのよ」
「そろそろ帰らないと、晩ご飯に送れちゃいますね」
「そうね、帰りましょうか」
「よし、帰ろ…」
立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
そのまま、ベンチに堕ちる。
「…僕は後で行くから、先帰ってて」
「はぁ…、情けないわね」
メリーが呆れている。
「肩貸してあげるわ、掴まりなさい」
「女の肩を借りて歩くのは、男としてどうかと思います先生」
「ボディブローの一撃で昏倒した後、私に担がれて帰宅するのどっちがいい?」
「…謹んで肩を拝借致します」
「よっこいしょっと…」
「ぐぐ…感覚がほとんど無いってどうよ?」
「いいから行くわよ」
「おう」
商店街から家に戻るまで、僕はメリーに引きずられて帰ることになった。
「重くありませんか?」
「別に?」
あのカマを振り回せるんだ、コレくらい楽勝か。
メリーに担がれていると、メリーからいい香りがしてくる。
シャンプーの匂いだな…桜の香りか?
こだわるな…こいつ。
その匂いにうとうとしながら、僕は引きずられつつ、家に帰った。
オレンジ色だった空は、少し黒く染まり始めていた。
拍手っぽいもの(感想やら)