メリーの居る生活 六日目(後編)
メリーの居る生活 六日目からの続き
「咲、あそこじゃない?」
「えーっと…そうね、間違いなさそう」
パンフレットを頼りに勝手知ったる校舎を歩く咲。
「ところで、あの中で何をやってるの?」
「行ってみてのお楽しみってね。早く行きましょ」
小走り気味な咲を追いかけて、私もその教室に向かった。
「…ナニコレ」
「友達が部長やってる演劇部の出し物なんだけd―――え…」
私と咲はその教室の前に来るなり絶句した。
「…メイド喫茶って思いっきり書いてあるね」
「おかしいなぁ…ファンタジー喫茶って言ってたのに…」
廊下からの外見も妙な装飾がされ、入り口には『おかえりなさいませ ご主人様♪』と書かれたプレートが掛けられている。
「結構並んでるね…」
「め…珍しいからじゃないかな?」
客層はさすがに男子生徒が多いものの、女子生徒も混ざっている。
「どうする?並ぶの?」
「いやー…。メイド喫茶に堂々と入っていく委員長補佐も微妙じゃない?」
「うーん…」
私達が他の場所に行こうかとパンフレットを広げた時、中から出てきた一人のメイド―――もとい、女子生徒が咲に気づいた。
「あ、咲ー」
「え?あ、雫ちゃん…。すごい格好してるね」
「へへ~ん、可愛いでしょ?」
「可愛いっていうか…何というk――――」
答えに迷っている咲に、この雫という人は詰め寄って、もう一度、今度は重い声で聞いた。
「可 愛 い で し ょ?」
「う、うん、可愛い可愛い」
「でしょ~?結構気に入ってるんだよー」
「あはははは…」
咲が乾いた笑いで相槌を打つ。
「…………………」
「………。この生意気そうな娘は何?」
「あ、この子はメリーちゃん。メリーちゃん、この人は雫ちゃん。私の友達で演劇部の部長なの」
「…よろしく」
他愛もなく挨拶をする。
「ふーん…。結構可愛いわね」
「!?…そ…そうね、それじゃ、メリーちゃん他の出し物行こうか?それじゃ、またね雫」
「…?」
咲が慌てて私の腕を掴み、ここから離れようとする…が。
ガシ!!
「そんなに慌てないで、お茶でもどう?」
「あははは…遠慮します…」
「それじゃ、メリーちゃんだけ、こっちにいらっしゃいな」
「あぁ、メリーちゃんをそっちの世界に連れて行かないで!!」
「………?」
訳が分らない。一体何をしたいの?
「大丈夫よ、ちょっときてもらうだけだから」
「それがダメなのよぉ…」
「固いこと言わない、ね?いいでしょ、メリーちゃん」
「…?」
咲の方を見る。
(ダメって言っていい?)
(言ったらひどいことされちゃうかも…)
(…………)
アイコンタクトでダメだと言われる以上、相当な被害があるのだろう。
仕方なく私は承諾する事にした。
「…わかった」
「じゃ、決まりー。ささ、こっちに来て来てー♪」
「変なことしないでよねー!!」
「何着せようかなー」(聞いていない)
「…………はぁ」
私は、雫にズルズルとメイド喫茶に引きずり込まれていった。
――――――――――――――――
「……はぁ」
あれから17度目のため息。
「やっぱり断って逃げた方がよかったかも…、うんって言ってひどい目にあってるんじゃねぇ…」
「何で私がこんなことしなきゃいけないのよ…はぁ」
今私は、彼女が――――雫が着ていた物と同型の服を着ている。
そう、いわゆるメイド服。
私が着ていた服は、雫率いる演劇部の連中に奪われ、やむなく彼女達の【お願い】とやらを聞く事になった。
――――――――――――――――
メイド喫茶に連れ込まれた私は、雫に連れられ、奥の個室に入った。
『今年は、このメイド喫茶で今年一番の売り上げを掴みたいの。だ・か・ら♪』
『な…、何?』
バッ!!と私の目の前に、メイド服を突きつける。
『これ着て、学校を歩き回って宣伝してきて?』
『…………(呆然)』
『ということで…、出てきなさい!!』
『はーい!!』『はーい!!』『はーい!!』『はーい!!』
返事もしていないのに、四方八方から女子部員が個室に侵入してくる。
『え!?え?いや…!!ちょっと、変なところ触らないで!!いやーーーー!!』
『にょほほほほ。それじゃ、頼んだわよー』
――――――――――――――――
「それ着てうろついてれば返してもらえるんだし、気にしない気にしない。ね?」
「人事だと思って…」
…とりあえず棒は死守できた。
騒ぎを起こすなとは言われてるけど、護身用として持つなら問題ないと思う。
「あはははは…。あ、何だろあれ?」
「え?………何あれ」
はるか前方に見える、青色の巨大な二足歩行型草食動物。
つまり、青い大きなウサギが教室の前で、ブンブンと手を振っている。
「ねぇ、メリーちゃん。あれって、着ぐるみだよね?すごーい…」
「うわ、気持ち悪…」
「私達のクラスじゃチョコバナナだけなのに、他のクラスって頑張ってるねー」
「何やってるのかな?」
私達は、懸命に手を振る青ウサギがいる教室に歩いていった。
「………ねぇ、この学校ってさ…」
「うん、分ってる。でもね?今年だけだよ?いつもは平凡すぎてつまらないくらいの文化祭だよ?」
「今年は当たり年なんだ…」
青いウサギが、わざとらしいジェスチャーで、曲げた腕の肘から先を横にしたり立てたりしている。
そのウサギのジェスチャーが伝えたい事は、教室に大きく、かつ自信に満ちた字で張り紙に書かれていた。
【ファンシー・アーム・レスリング!!】
「アームレスリングって、腕相撲のことだよね?」
「そうだね…。ねぇ、ちょっと中見てみようよ」
咲が、突然おかしなことを言いだす。
それは私だって興味が無いって言ったら嘘になるけど、中に入って見ようなんて思わない。
「えー…つまらなそうだよ?」
「でも、中でどうやって腕相撲してるか見たくない?」
「それは気になるけど…」
「じゃあ、入ってみようよ。つまらなかったら出ればいいことだし。ね?」
ここまで言われちゃったら、断るのも悪いか…。
「つまらなかったら、すぐ出るからね?」
「それじゃ、入ろっか?ウサギさん、案内して」
さっきの着ぐるみに案内してもらい、私達はその教室の中に入っていった。
「――――――…ふむ?」
二人が教室の中に入っていくのを偶然見かけた男は、2.3度うなずいて、その教室に近づいていった。
――――――――――――――――――――――――
一方、メリーが演劇部の女子部員に襲われている同時刻。
「いらっしゃいいらっしゃい!!今のブームはチョコバナナ!!食わなきゃ時代に乗り遅れるよー!!」
教室内にけたたましく反響する声にイライラしながら、僕は灼熱地獄のプレートを使って、チョコを溶かしていた。
「うるさい…、ただのセール品バナナに業務用チョコを塗りたくっただけだろ…」
今のグループは、僕と俊二を入れて5人の男どもで営業している。
華が無いので、余計暑苦しい。
「精進足らんぞ小僧。それ程のことで心を乱すとはな」
その中の売り子として大活躍中の俊二が、僕を嗜めるように言う。
「うっさい、この暑さと単純作業に加えて、あの騒音。やってられんよ」
「ま、確かに教室で客呼びしても効果は今ひとつだろう。だが、静かな店よりはマシだろ?」
「楽しそうだな…お前達」
恨めしそうに睨む。
さっきからうるさい客呼び1人
売り子2人(内の一人が俊二)
雑用1人(バナナを売り子に渡したり、キッチンの仕事やったり)
全員が全員楽しそうな顔して言いやがる。
「いやぁ、中々忙しくてやりがいのある仕事だな」
「まったく、メニューはバナナだけだから、ファーストフードのバイトより楽でいいわ」
「思いっきり大声出す機会なんて、カラオケ以外じゃ早々ないからな。爽快だぞ?」
「と、皆思い思いに職務を楽しんでいるわけだ。お前は不満があるみたいだな?」
……ここでぶーたれてたら、ただの子供だな。
「…チョコ溶かすのって、すっげぇ楽しい」
あくまで棒読み
「ノリノリだな料理長。そのまま頑張ってくれ」
「チョコをぶっ掛けられたくなかったら、黙ってろ」
殺意を帯びた目で俊二を睨む。
暑さで気が立ってるんだよ。
「おお恐い。俺、小休憩がてらちょっとぶらついてくるわ」
「すぐに戻って来いよ?ピーク過ぎたみたいに客いなくなったが、またいつ来るか分らんからな」
「看板娘ならぬ、看板美形がいなきゃ客も集まらん。安心しろ」
「バナナの皮を食らえ」
近くの生ごみ入れから、バナナの皮を掴み投げつける。
「無駄だ」
ヒョイっと避ける。
「そんじゃ、行ってくるー」
「まったく…」
スタコラと教室から出て行く俊二。
他の奴らは、既に脱力モードだ。
ちゃんと作業してるのは僕だけか。…僕も休憩するか。
――――――――――――――――――――――――
それから数十分経って、俊二が教室に戻ってきた。
…中に色々詰め込まれたビニール袋を大量持って。
「どうしたんだ?その袋。全部買ったのか?」
「聞いて驚け皆の者!!今年の最優秀委員長をこの俺が取ったのだ!!」
「な、なんだってー!!」
教室の中にいる全員(といっても、店員の僕らだけだが)が、耳を疑った。
何せ、今目の前にいる袋を持ったバカが、委員長の仕事をちゃんとこなしていたとは知らなかった。
実際、ほとんど委員長らしい仕事をした所を見たことが無い。
本当にやっていたとしても、他のクラスの委員長を越える成績を収めたなんて信じにくい。
「………咲に感謝するんだな」
俊二以外の全員が頷く。
「待て、それは俺が何もやらずに、咲に仕事を全部任せていたと言いたいのか?」
「そこまでは言わないでおこう、クラスメイトの情けだ」
またも全員で頷く。
「………俺ってそんなに信頼感薄いか?」
「いい評価として厚紙程度か」
「……ま、まぁいい。さっき校内でメイドとやらを見かけたぞ」
「…無理やり話し切り上げとは珍しいな」
「そんな日もある」
「そうかい…で、何で学校にメイドなんだ?」
「あぁ、他のクラスの連中だろ。なんたって今年の文化祭は、まさに祭り状態だ」
そんなにか…。
くそ、先に学校を回っておくべきだったな。
「山崎のクラスの出し物は知ってるか?」
「ん?山やんの所は…腕相撲するとか言ってたよな?」
「あぁ、山崎のやつ着ぐるみ着て腕相撲してたぞ」
「なんだそりゃ?」
意味が分らん。
腕相撲と着ぐるみと何が関係があるんだ?
「そのままの意味だ。名づけてファンシーアームレスリング」
「今年は当たり年なんだな…」
着ぐるみを着た山やんが、対戦者をバタバタとなぎ倒している姿を想像してみた。
…よし、自由時間に様子を見に行こう。
「ちなみに、その着ぐるみを倒したのは、一人しかいない」
「何!!山やんを倒す兵だと!?」
「あぁ…、それもさっき話したメイドにやられてた…」
…マジかよ。
「そのメイドって、男か?メイドでガイなのか?」
「いや、女だ。しかもお前がよく知ってるやつ」
「………誰だ?」
僕はメイド服を着そうな知人をリストアップした。
…該当件数ナシ。
俊二に聞いても、含み笑いを浮かべるだけで答えなかった。
山やんの様子見るついでに、その知り合いとやらの名前を聞いておこう。
その間キチンと勤めを果たすか。
僕は固くなり始めたチョコを溶かすために、電気プレートの電源を入れた。
――――――――――――――――――――――――
「メリーちゃんすごーい!!」
「着ぐるみなんか着てる奴になんか負けないわよ」
私と咲は校庭を歩いている。
今度は校庭の出し物(主に飲食店)の食べ歩きで意見が合致したので、来たわけだ。
「それで、まずはどれから行くの?」
数十にも及ぶ露店を見渡し、隣にいる咲に訊く。
「片っ端ってどう?憧れてたのよねー。片っ端」
「いいんじゃない?どれもおいしそうだし」
「だよね?だよね?よーし、それじゃ、今日は体重の事は気にしないで、ジャンジャン食べよー!!」
「体重か…最近測ってないかな…」
「食べる前から気にしてたら楽しめないよ?さあ、行こう!!」
「わっとっと……」
咲に手を掴まれ、一番端の店に向かう。
最初の店は焼きそば屋だった。
私と咲は一つずつ貰った。
店員が水もいるかと聞いてきたが、邪魔になるので断った。
二軒目に行く前に早速食べる事にした。
「あ~…もうお腹一杯…」
「え、まだ五軒目だよ?」
四件目のタイヤキをクリアした時点で、咲がフラフラになっていた。
私はまだ平気なんだけどな…。
「う~…、とりあえず貰っておこうかな…」
トボトボと歩き出す咲の後をついて五軒目に行く。
五軒目はたこ焼きだった。
「これなら自分のペースで食べれるよね…」
「あんまり無理しない方がいいよ?」
「だって、せっかくタダで食べれるんだし、もったいないじゃない」
「そうだけど…」
お腹壊しちゃうよ?と言おうとした時、この文化祭に相応しくない罵声が聞こえた。
「んだとゴルァア!!」
…近い。この校庭で叫んでる。
「な…何、今の?」
咲が辺りをキョロキョロと見回す。
さっきの声の大きさからすると、2列先の露店通りかな。
「さぁね?どこかのバカが何かやってるんでしょ。見に行く?」
「い…委員長補佐として、現場を見ておかなきゃ!!」
ちょっとパニクってる咲を従えて、私は声のあった通りまで走る。
(ちなみにたこ焼きは、咲の分を含めて全部私が食べた。少し粉っぽかった)
校舎に近いその通りには遠巻きだが、人だかりが出来ていた。
「ちょっとすいません…通してください…通して…!!いたたた…」
咲に道を開けさせ、人だかりの中に混ざる。
「んぐ……、すいません…あ、ごめんなさい…ううぅ…」
咲ファイト。
「メリーちゃんも手伝ってよー…」
何とか(私が)無事に人だかりを抜ける。
「あー店員が絡まれてるんだ。何したのかな?」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
咲は肩で息をしていて、返事は期待できそうにない。
私は改めて騒ぎの本を見る。
どうやら4人組の不良が、焼きトウモロコシ屋を恐喝しているようだ。
「何で俺のトウモロコシだけ生焼けなんだよオイ!!」
「す…すいません!!すぐに取り替えます!!」
「あぁ!?弁償だろ弁償?違うかぁ!?」
「え…な、なんで…」
「うるせえ!!ゴチャゴチャ言ってねえで、弁償しやがれ!!」
「ひ、ひー…」
「……………」
何だろう…。
嫌な気分…。
『ここでは、騒動を起こさないようにしてくれ。頼むから』
隆一が言っていたことは、出来るだけ守りたい。
でも…。
「ち、ちょっと!!あ…あな…あな…あななたたち!!」
え!?
私が迷っている間に、咲が不良相手に大声で注意した。
「た…他校の生徒なら…えっと…もっとマナーを守ってください!!」
「それ以上、恐喝紛いの行動を取るなら、警察を呼びます!!」
不良が、咲を見て固まっている。
「第一、他の学校は授業をやっているはず、何故他校のあなた達が本校にいるのですか!!」
咲がどんどんと相手を追い詰めるマシンガントークを放つ。
「…咲?」
「貴女は黙ってて!!」
「は、はい!!」
…人格変わっちゃってるー。
「他校から来た事には目を瞑りましょう、ですがマナーを守らないのであれば、本校から強制退場としますよ」
「う、うるせーぞこのアマぁ!!」
「阿魔とは何ですか!!私は注意をしているのですよ?あなたたちに阿魔呼ばわりされる筋合いはありません」
「…一度痛い目にあいたいらしいな。女だからって容赦しねえぞオイ」
不良全員が先ににじり寄ってくる。
「咲、下がって!!」
私は咲をかばうように前に立ち、棒を構えた。
「ん?お前はこの前の…」
「あ、あの女じゃね?」
「あの山崎って奴と一緒にいた女か」
「そういえば山崎の学校だったな」
不良達は4人で話し出す。
そうだな。などと話を区切り、全員で私を睨んでくる。
「まぁいい、この前のお礼参りだ。さっきも言ったが女にも手加減しねえからな」
「…………」
「どうした?なんとか言ったらどうだ?」
「いや、あなた達誰?」
「な…んだとゴルァ!!」
二度目の咆哮。
あーあ…。騒ぎ起こしちゃった…。
ゴメンねー隆一。
――――――――――――――――
「煉れば煉るほど色が変わって、こうやってつけて…あづぅー…」
もう今年中はチョコの匂いもかぎたくない。
「なぁ、俊二…なんかこう、暑さを紛らわせるトークしないか?」
「鍋の話はどうだ?」
「死んでしまえ」
「おーい、外で面白い事やってるぞー」
廊下から休憩しにいった客呼び係が、帰ってくるなり速報を伝えてくれた。
「お?」
「ん?」
「みんな外見てみろよ。結構ギャラリーもいるぜ?」
呼ばれるままにフラフラと教室に出る一同。
売り場には誰もいなくなるが、客も来ないから平気だろう。……多分。
誰が来ても言いように、教室に休業の張り紙を張って僕も外に出た。
「んだとゴルァ!!」
を?と間抜けな声を出して、窓に近づく。
食い物屋が並んでいる校庭で、人だかりが出来ている。
乱闘騒ぎの類か。野次馬としての血が騒ぐ。
「えーっと…焼きトウモロコシ屋がやられてるな…」
「あれ?あそこに立ってるのメリーか?」
「…あぁ、どうやらそうらしいな。後ろに咲もいる」
二階の窓からだからすぐわかる。
四人の不良を前に、メリーがあの棒を構えて咲を守っている。
「騒ぎを起こすなってのに…俊二、止めに行くぞ」
走って廊下に向かう。
「待て、走っても間に会わないぞ!!」
が、俊二に呼び止められる。
確かに走って向かっても間に合いそうは無い。
「でも、他に行ける所が無いだろうが!!」
「常識で考えるな若造が!!」
言うが早いか、俊二は僕の胸倉と腹辺りを掴んで―――――。
「飛べ」
「え?」
―――――――外に向けて投げた――――――――。
「ぎいいいいいいいいやあああああああああああああああああ!!!!!」
宙を舞う男子学生。もはや文化祭で一番のイベントになっただろう。
それにしても恐ろしいほどスピードが出てる。どこにあんな力が蓄えられてるんだ?
僕は成す術もなく、万有引力に従い地面にどんどん引き寄せられた。
ドカッ!!
「うおっ!!」
「まぎゃ!!」
「ぶべら!!」
「しぎゃ!!」
僕は猛スピードで不良に突っ込んで、無事着地した。
…なるほど。
あの野朗は僕を不良に投げつけて、攻撃とクッション代わりにしたのか…。
……すっげぇ痛ぇ。あとで殴ってやる。泣くまで殴るのやめねえぞ。
「うおーい。そのまま二人を連れて校舎裏に逃げろー」
あのバカが2階から指示を出してくる。
「いってぇ…」
何とか立ち上がる。…幸いケガはしていないらしい。
「メリー、大丈夫か?」
「私と咲は平気、それより…あ、あんたこそ大丈夫なの!?」
「心配するのは後にしてくれ、とにかく逃げるぞ」
「ば…私は心配なんt―――――」
「それもいいから、さっさと逃げる!!ほら、咲も着いてこい!!」
「う、うん!!」
僕達は、一目散で校舎裏に向かって走った。
「待てやコラぁ!!」
50メートル程走った所で怒声が聞こえた、そのまま気絶してくれてれば助かるんだけどな…。
「やば、気が付いたんじゃない?」
「僕の直撃食らったんだ、すぐには動けないだろ」
「自慢になってないかもー」
「自慢じゃねえ!!」
勝手知ったる校舎裏を疾走する。
「メリー!!」
「何!?」
「言っておくが、これは戦略的撤退だ、逃げてるわけじゃないぞ!!」
「わかってるわよ!!そんなこと!!」
「そこは排水溝開いてるから飛び越えろ!!」
走りながら教えて、ジャンプする。
「…ッ!!」
メリーは軽々と飛び越える。
「え、えい!!」
咲も危なっかしくだが、飛び越える。
そこからさらに数メートル走ったところで俊二が手を振っていた。
「こんの野朗!!」
そのまま走りから、殴りかかる
スルリとかわされる。
「甘い。遊んでる場合じゃないぞ、早く入れ」
俊二は裏口を指している。
ここから校舎に入れるのだ。
咲は言われたとおりに校舎に入る。
メリーも続いて中に入っていった。
「…ふぅ。で、この後どうするんだ?」
「お前も中に入れ。後は俺と―――」
「お前と?」
俊二の背後からヌッと大きな影が現れる。
「このファンシー腕相撲元チャンプのシルティが引き受ける」
…カエルの着ぐるみが立っていた。
「ま、シルティが危なくなった時に俺が出る予定だ」
「わかった、気をつけろよ」
「咲にチョコバナナの店番を頼んでおいてくれ」
「あいよ。じゃな」
「おう」
僕は校舎に入り、ドアを閉めた。
二人は階段に座っていた。
「おつかれーい」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
咲は話せそうに無い。
「俊二は?」
メリーは相変わらず、息を乱していない。
「シルティと一緒に戦ってる」
「…シルティ?」
「気にするな。咲、俊二がチョコバナナ頼んだってさ」
「え!?そ、それは遺言!?」
乱れた呼吸を整えつつボケをかます。
「どこのアホが、そんな意味の解らん遺言を残すか」
「あ、そっか…」
天然かよ。
「そ…それじゃ、私教室に戻ってるね…」
咲がフラフラと階段を上がっていく。
「ところで…、何だその服?」
ずっと気になってた。なんでメリーがメイド服なんて着てるんだ?
「好きで着てるわけじゃない…」
「メリーがメイド服着てるってことは、山やんを倒したのはメリーって事か…」
なるほど、納得。
「何一人で納得してるのよ」
「いや、なんでもない。…さて。メリー一緒に文化祭回るか?」
「え?」
メリーが、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして驚く。
「いや、咲が帰っちゃったから代わりに僕が一緒に行くってこと」
「……しょうがないわね。いいわ、行ってあげる」
「へいへい。それじゃ、一旦教室に戻って他の奴らに伝えに行かなきゃな」
「あ、私チョコバナナ食べてない」
「そういえば来てなかったな。よっしゃ、ついでに食ってけ」
「言われなくても、食べるわよ」
僕達も階段を上がり、教室に向かうことにした。
教室に向かう間、メリーの姿を改めてみてみた。
普通に歩いてるはずなのに、フワフワと揺れるスカート。
モノクロのツートンカラーがシンプルで落ち着いた大人っぽい感じに加えて、フリルがついて女の子らしさもアピールしてる。
「…意外と似合ってるな。かわいいわ」
「!?」
あ、やべ、声にして出しちゃった。
「………」
「………あ、ありがとう」
カウンターをくらった。
どう反応していいかわからず、僕とメリーはお互い無言で教室に歩いていく。
ガラガラガラガラガラ
「ういーっす」
「おかえりー」
「俺はもう今日は終わりでいいか?」
一番近くにいた雑用係りに話しかける。
「あぁ、もう大丈夫だろ。な、咲」
「そうだねー。後は私達で足りると思うよ」
「だとさ。おつかれさーん」
「おいおい、ずいぶん淡白だな…。なあ、咲。帰る前にメリーにチョコバナナ一本おごってやってくれ」
「うん、わかった」
咲が用意していた串刺しバナナにチョコを塗り、トッピングをかけてメリーに渡す。
「ありがと」
「サンキューな」
「ううん、いいの。こっちこそさっきはありがとね」
「あれは俊二のした事だ。礼を言うなら俊二に言え」
「アハハハ」
「それじゃ、俺は帰るわ。またなー」
「おーう」
「またねー」
「おつかれー」
「じゃーなー」
クラスメイトの声を背に受けながら、帰ろうとした―――――――その直後。
「キャ!!」
「!?」
メリーが何かを踏んで、滑った。
ドサッ!!
「っ!!大丈夫か?メリー」
転倒する直後、僕の改心の動きで倒れるメリーを受け止め、大事には至らなかった。
「メリーちゃん大丈夫!?」
「…び…びっくりしたぁ…」
驚いたのはこっちだ。
メリーを立たせて、足元を見る。
「やっぱりな、バナナの皮だ」
原始的かつ有効的なトラップツールが机(テーブル代わり)と机の間で息を潜めていた。
「ったく、誰だよ、こんな所にバナナ落とした奴は」
「あれって、隆が俊二に投げたバナナの皮じゃ?」
「あ、俺もそう思った」
「じゃあ犯人って…」
「そこでボソボソ話してる野朗三人組シャラップ!!」
忘れてた。…犯人は俺か。
「…?どうしたの?」
どうやら被害者の耳には届いていなかったらしい。
「いや、なんでもない」
「アハハハハ…そうそう」
…咲には聞こえてたか。
「バナナは無事か?」
「大丈夫。上に向けてたから」
なんて執念だ。
今、僕とメリーは教室から出て、廊下を当てもなく歩いてる。
すぐにバナナを平らげたメリーは、こんな事を言い放った。
「さて、次は何食べようかな」
「…太るぞ?」
「……………」
あれ?黙った?
「もしかして…怒ったか?」
「ねぇ、隆一…」
「は、はい!!」
「その…さっき、…私を抱きかかえてくれた時、あの…重く…なかった?」
「へ?」
思わず素っ頓狂な返事をする。
「…………」
メリーはうつむいてしまっている。
とっさのことで重さなんて覚えてないよな、普通。
「…重くは無かったな」
「本当?」
「ま、まぁ…な」
笑顔でこっちを見つめる。
ちょっとドキッときた。
「よーし、これで思いっきり食べれるわ!!」
何ですって?
「途中から中断しちゃったのよねー。食べ歩き」
待て待て待て待て。
「姐さん、サイフの中身の尊さを知ってくれないか?」
「金は使うためにある!!行くわよ隆一!!いざ校庭へ!!」
いきなり元気になったかと思うと、メリーは全速力で階段へ走っていった。
「な、おま…!!ちょっと待てええええええええええ!!」
僕はそいつを全力で追いかけて、その間に出来るだけ無駄使いを食い止める手立てを考えるのだった。
エピローグ
「あー面白かった!!」
メリーが満足したように言う。
文化祭が終わりに近づいた頃、僕とメリーは学校から出て家に向かっていた。
理由は文化祭の後片付けから逃れるため。と、軍資金が尽きたからだ。
うちの学校は、後片付けに関しては係などという境界線は存在せず、近くを歩いている学生を片っ端から捕まえて手伝わさせる。
それを危惧した僕は、学校から名残惜しがるメリーを連れて早々に去ったのだ。
言うまでも無いが、学校を出る前にメリーの服は取り返した。
雫達のところに赴き、着替えさせたのだ。
…店で変な目で見られたがな。
「サイフが軽い…」
元から軽かったサイフが余計に軽く感じる。
アルミで作られた硬貨とサイフ自体の重さしか残っていない。
「はぁ…」
明日から帰り道は寄り道なしだな…。
――――――――――――――――
咲と一緒にいた時に感じた物足りなさ。
あれの正体が解った気がする。
一度歩いた校舎が、隣に居る人が違っただけでこうも変わる物なのかと驚いたほどだ。
楽しかった。……ううん、嬉しいに近い感情。
その感情を誤魔化すために、いろいろな所を回った。
ちょっと歩いただけなのに、もう隆一は溜息なんてつくくらい疲れているようだ。
もっと鍛えてあげなきゃ…!!
――――――――――――――――
「ん?」
商店街を抜けたところで、以前見たような、見なかったような4人組が道をふさいだ。
「………さっきはよくもやってくれたな…」
さっき…?
「お前があの時降ってこなけりゃ、この女を痛めつけてやったのによ…」
「あ、あの時の不良か」
何故か生傷だらけの不良4人組は、懲りもせずに僕らを待ち伏せしていたらしく、何故か怒りの矛先は僕に向けられていた。
「とにかくこっちは腹の虫が収まらねえ、お前を叩きのめしてスッキリさせてもらう」
あはははは…洒落になってねえよ。
今は山やんも俊二もいない。
今度ばかりは絶体絶命か―――――。
「あら、あんた達…また会ったわね」
…あ、最終兵器が。
「あん?(三度目)」
不良の見た先には、腰に手を添え、ちょっと怒りのオーラ的な雰囲気を漂わせる我らがメリーさん。
ヤバイ、何があったか知らんが、この殺意だと殺しかねん。
ツカツカと僕の前まで歩を進め、立ち止まる。
「あーメリー?何があったか知らんが、ここは―――――」
「ねえ、隆一?」
メリーがゆっくり振り向く
「………」
「正当防衛って事で…。学校内じゃないし、人気も無いから、大丈夫だよねぇ?」
嗚呼、笑顔の裏には般若の顔が…。止めたら被害が僕のほうにも来るよ…コリャ…。
「…死なない程度に」
「さすが、話がわかるわね…」
「おい、シカトしてんじゃねえよ!!」
シュル…カチャカチャ…
「あぁ…、夕日が綺麗だ…」
放送規制が入るような効果音を背中で聞きながら、過ぎ去る今日のお天道様を見つめて、僕は溜息をついた。
拍手っぽいもの(感想やら)
- 最後に、不良に向かって「・・・私メリーさん。今あなた達の前にいるの・・・」とか言わせてみたい -- (砂) 2010-02-26 19:45:45