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Last update 2007年10月13日

グラスホッパー、重ねて不動の動者 著者:七夜実


もう酔狂としか言いようのないものだったと思う。

満天の星空の下。

観客は僕一人。

一面の野原の真ん中で。

楽しそうに2人が踊っていた。

いや、正確には、



1人と1箱が、ぴょんぴょんと跳びはねながら。



               * * * * *



その友人の部屋に入ったとき、思わず目を疑った。

玄関を開けてすぐ見える居間の四畳半の、まさにその中心に。

ロッカーが横たわっていた。

よくよく見渡せば、部屋の壁や窓は旬の飾り付けで覆われている。

ロッカーも、モミの木ばりの彩色が施され、その上にケーキやシャンパン、ローソクが所狭しと配備されている。

が、やはりロッカーなのだ。

それがあるがゆえに、渾身のデコレーションも、すべてが色あせてしまっている。

というか、なぜロッカーが、この部屋にあるんだろう?

そして、部屋に上がる友人達に次々とグラス(よく見るとプラスチックのコップだ・・・)を渡していく部屋主は、それが当然であるかの如く。

他の来客達も、やはりその直方体に戸惑っているみたいで、とりあえずはソレを囲む形で畳に座り込む。

そういえば、この部屋、畳敷きなんだな。

デコレーションが浮いて見えるのは、それも原因なのかな。

「今日は、こんな狭い部屋に集まってくれてありがとうです!」

既に酔っぱらっている主催者。

なんでも、昼間から実家に帰って、家族とのパーティーを済ませてきた所なんだとか。

いきなりやってきた従兄弟達へのプレゼントのせいで、年越しの分は吹き飛んでしまった、と、みんなと顔を合わせた途端に泣きついたっけ。

そのテンションのまま、この部屋にやってきたのだが。

「さ、どうぞどうぞ!遠慮無く食べて騒いでくだされ!」

何時、用意したんだろう?

様々な疑問を余所に、部屋の主人は「上下左右の部屋の主には、今日だけ外に出て行ってもらった」と、かなり物騒な事も宣いながら、勢いよくシャンペンを開けていく。

「出て行った、のではなくて、約束があって出掛けてるんでしょ?」

「・・・何が、言いたい、の、かな?」

「つまり、お前だけフリーだっわふ!」

「そのまんま固定しておいて。溢れても構わないから」

そんなヤジと応酬も飛び交いながら、さらにシャンペンを・・・既に二桁は開けてるが、どうするつもりだ?

「ほらほら、呆けてないで飲みなさいよ、ほら!」

片っ端に空にするつもりだ。

これは、死ぬかも、しれない。

そんなわけで、結局誰もロッカーに触れることなく、いきなり呼ばれた勢いのままに、聖なる夜の雰囲気も吹き飛ばす馬鹿騒ぎへと突入していくのだった・・・。



               * * * * *



目を覚ましたのは、どうしてなのか。

暖房があまり効かない部屋だったから、身体が冷えたのか。

一緒にごろ寝している友人達の、誰かの身体がぶつかったのか。

でもきっと、誰かの話し声がしたから、だから気になったのだ。

「・・・ホント、ごめんってば・・・」

「・・・疲れたな、大変だったな、五月蠅かったな・・・」

「・・・だって、紹介するわけにも・・・」

「・・・何回か、けっ飛ばされたな・・・」

周りを気遣うように囁く、2人の会話。

1人は分かる、が、もう1人は誰の声だろう?

薄く開けた目を巡らして、声のする方を見る。

そこに、

「・・・何してるの?」

「「!」」

すっかり生クリームとシャンペンまみれになったロッカーに顔を寄せて話す部屋主が居た。

「あ、と、起きたの?」

「あぁ、起きてる」

「暖房効いてない?寒かった?」

「いや、それはそれほどでもない」

「そっか、良かった」

「それよりもさ」

「!」

「何してたの?誰かと話してたみたいだけれど」

「全然!ぜんっぜん何処の誰とも話してないけど?」

そういって、数十秒、互いを見つめ合う。

明らかすぎるほどに怪しい。

何か隠している。

が、それは、暴くことをしてはならない、そんな類のもののようにも思える。

どうにも、面倒なことに、なりかねないような、そんな予感。

「・・・わかった」

「え?」

「空耳かもしれないし、あんたのことだし」

「・・・それはどういう意味?」

私の返答にキョトンとしたのも一瞬、すぐさま噛みついてくる。

それに被せるように、チェシャ猫笑いを浮かべつつ、冗談を重ねていく。

そうしているうちに、他の友人達も起きてくるだろう。

まだ、夜は長いのだ。

独りでいていい時間ではないのだ。



               * * * * *



そう、私は知っている。

この部屋の主は、人の前でこそ明るく、楽しそうに振る舞う。

しかし、それでも独りで居なければいられないような時間が、未だに生活のほとんどを閉めていることを、私は(きっと他のみんなも)知っている。

それは、孤独でも、寂しさでもないし、そんな言葉で済ましてはいけない、そんな類の事実。

きっと、そうしなくては、あいつはアイツで居られないのだ。

それが普通ではないことは分かっている。

けれども。

それでもアイツは、私達と一緒にいられるように、この社会で生きていけるように、ギリギリのところで踏ん張っているのだろう。

だから、それには、触れない。

ただ、アイツをいつでも受け入れられるように。

誰かが必要になった時に、必ず答えられるように。



               * * * * *



「ねぇ」

「ん?」

「ここ、どこ?」

「あ?」

「起きてるんでしょ、周り見てよ、周り」

「そんなこと言っても、空しか見えな・・・空?」

「ちょっと、あんた立てるから、手伝って」

「わ、わかった」

中と外から、息を合わせてロッカーを持ち上げる。

そして、立ちつくす人とロッカー。

「・・・どこ?」

「さっき聞いたんだけど」

「驚きの余り、頭の中から見事に消滅し」

「分かったから。それよりも、なんで此処にいるのかな?」

さっきまで、確かに自分の部屋にいたはずなのだが。

今、2人がいるのは、間違いなく野原だった。

空はまだ、今が夜であることを示してはいたが、真ん丸だったはずの月は、どこにも見えなかった。

ただ、満天の星空が、そこにあった。

「・・・何処まで見ても、木も建物も見えないんだけど」

「そんな場所、近所にあったかな?」

「無いよ、っていうか」

「どうやって移動したんだろ?他の皆さんは?」

「さぁ」

風も無く、この時期なのに全く寒くない。

それどころか、何故かはわかんないけど、

「なぁ」

「何?」

「なんだか、暖かくないか、ここ」

「・・・分かるの?」

「いや、普通はわかんないんだけど」

この野原は、まるで暖炉のある部屋にいるかのように、とても暖かかった。

「なんでかな」

「なんでだろうね」

つまりは、夢の中、ということなのだろう。

そうと分かれば。

「「・・・踊るか!」」

その声に、なんとはなしに目が合って、ちょっぴり呆れ合って、そして笑い合った。

どうしてそう考えたのかなんて、自分にも分からない。

ただ、この暖かさが、もしかしたら、身体の底からわき上がっているからかもしれないと、全く答にならない答に思い至った。

だから、そこまで考えたのだから、後はもう、踊るしかないじゃないか!



               * * * * *



それは、異世界の光景だろうか。

僕の目の前で繰り広げられる、人と箱の競演。

その二つしかない踊りは、何時終わるとも分からないままに、その位置をクルクルと変えながら続いていく。

見よう見た目のワルツやバレエを踊り続ける人と、

ぴょんぴょん跳びはねながら、時にはクルリと回ってみせる箱と、

ただ、何となく、楽しそうで。

それを見ていた僕は、

彼らをそうさせたのが自分だと分かっていて尚、

どうしても愉快で堪らなかった。



               * * * * *



聖なる夜の、その境目。

誰もが、幾千もの想いを胸に眠りにつく頃。

世界の外の誰も知らない場所で。

誰とも知らない誰かが笑いながら、こう叫ぶ。



ワレ成功セリ





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