Mystery Circle 作品置き場

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nightstalker

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Last update 2007年10月20日

メイドの悩み 著者:知


 『「ただただぐるぐるぐるぐる」私はそうありたくてここに来たのに、たとえばアスファルトの光を見ただけで中途半端に感傷に浸れる余裕を、贅沢を、何でまだ持ってんの?』
 『そんなはずじゃなかったのに。そんなんじゃここに来た意味がない。』

 もう1人の私が夢の中でそう問い詰める。最近よく見るもう1人の私が問い詰めるという夢。
 『そんな事はわかっている』
 思わず、そう怒鳴り散らしたくなる。実際に夢の中で私はもう1人の私にそう言っている。でも、もう1人の私はその言葉が聞こえていないのか、何度も何度も繰り返し、私を問い詰めてくる。

 『また、この夢』

 私は目を覚ましてから思わずため息を吐いた。
 ナイトテーブルに置いてある目覚まし時計を見ると起きる時間まで後30分。眠たくもないし、少し早いけど起きよう。
 腰まである長い黒髪を櫛で梳かし軽く化粧をする。そして服を着替えて姿見でおかしいところがないかを確認する。

 『いけない、ホワイトブリムが曲がっている。』

 ホワイトブリムを真っ直ぐに直して、もう一度おかしいところがないかを確認すると、私は微笑みを浮かべ鏡に向かって言葉を発する。
 それは私がこの仕事に就いてからの日課。服を着替えこの言葉を発することで私は私ではなくなり


「おはようございます、旦那様、奥様」


 橘家のメイドになる。




 「おはようございます、お坊ちゃま、お嬢様」
 「「「「おはようございます」」」」
 朝食の準備がもう少しでできるというところで、橘家の子供達4人が起きてきた。男の子が2人、女の子が2人。
 4人とも小学校低学年~幼稚園なのにしっかりとしているのはしっかりと躾がなされているからだろう。旦那様も奥様もそういうのを凄く気にするのだ。問題は子供のためというわけではなく、自分達の体裁のためということだが。
 旦那様と奥様は昨日は仕事で帰ってきていないので、朝食は子供達だけ。そのせいか子供達も緊張せずに、落ち着いて朝食を食べている。本当のところを言うと、子供達が旦那様と奥様がいると落ち着いて食べられないのは旦那様と奥様が躾に五月蝿いという理由だけではないんだけどね。

 橘家で雇われているメイドは私1人だから『雑役女中(maid of all works)』に当たり、子供達の躾も私がやっている。でも、旦那様も奥様もいないときは私は五月蝿くは言わないので、子供達も落ち着いて食べられるようだ。と言っても、行儀が悪い子はいないんだけどね。
 「「「「ごちそうさまでした」」」」
 子供達全員が朝食を食べ終わり、小学校へ幼稚園へ行く準備をしに自分の部屋に戻っていった。
 私はその間に片づけをし、車を出しておく。小学校、幼稚園への送り迎えも私の仕事だからね。

 子供達を小学校、幼稚園に送り、家に帰ってきてから掃除を始める。メイドを雇うだけあって広い家ではあるが、掃除の大半はロボットが自動でやってくれるので、それほど時間はかからない。私が掃除をしなければならないのはロボットができない部分だけだからね。ロボットが掃除をしている間に、洗濯を始める。掃除はロボットがある程度はやってくれるとはいえ、この家のメイドは私1人だ。時間は無駄にしたくない。


 『そんなはずじゃなかったのに。そんなんじゃここに来た意味がない。』

 洗濯、掃除を終え、休憩しているとまたそんな声が聞こえ始めた。
 「コーディー」
 私はそんな声を振り払うかのように庭に出て、私がこの家に雇われるときに連れてきた犬の名前を呼ぶ。放し飼いにされているが、私が名前を呼ぶとすぐに私の元へやってくる。
 コーディーは表向きはこの家の番犬ということで連れてきた。確かに、しっかりと訓練されたコーディーは優秀な番犬であろう。しかし、私がコーディーを連れてきたのはその為ではない。
 私がコーディーの首輪を外すと、コーディーの雰囲気が変わる。もし、首輪を外した状態で私がコーディーの側を離れるとコーディーは側にいる人を殺す。私がその様に訓練したのだ。コーディーの雰囲気が変わるのを確認すると私はコーディーに首輪をかける。

 私は滅多にコーディーの首輪を外すことはしない。何かの間違いがあって、コーディーが人を殺してしまうといけないから。私がコーディーをこのように訓練したのは、この橘一家を殺すためだけだから、他の人にその牙を向けさせてはダメなんだ。


 私が始めてこの家に来た時、今までにこれ程喜んだことがないというほど喜んだ。
 私の念願が叶う可能性が出来たからだ。私は橘家に復讐することだけを考えて生きてきたといっても過言ではない。その復讐の相手である橘家に雇われることになった、これ程嬉しいことはない。

 私の母は若くして亡くなった。中学生のときに私を産んで、母の手一つで私を育てたから心労が溜まっていたのだろう。亡くなったときは、30歳台とは思えない程、体はボロボロだった。父親は……私には法律上の父親はいない。認知されなかったからだ。でも、誰かはわかっている。旦那様だ。もし、旦那様が私を認知していればあんなに苦労することなく母は長く生きられただろう。間接的ではあるが母を殺した旦那様が憎かった。体がボロボロになりながらも働いている母の姿を見て、旦那様に殺意を抱くのは私にとって自然なことだった。

 復讐の相手である橘家のメイドになって、ある違和感にすぐに気づいた。今の旦那様と奥様は互いに再婚である。旦那様は男の子2人を、奥様は女の子2人を連れて再婚した。どうやら、旦那様と奥様は相手の連れ子を殺したいと思っているようだ。

 旦那様の方の理由はすぐにわかった。母を孕ませてから何年か経つ間にペドフェリアだけではなくネクロフェリアにもなっていたようだ。しかも、性愛対象に見る年齢が低くなっている。それは、旦那様の奥様の連れ子2人を見る視線を見れば一発でわかるだろう。奥様の方はおそらく遺産関係だと思う。自分の子供には遺産を与えたいが、連れ子には一銭もやりたくないといったところだろうか。互いに相手の連れ子を殺したいと思っていて、自分がいないと自分の子供は殺されてしまうということに気づいているのだろう、私を雇ったのは自分の子供を殺されたくないといった理由もあるように思う。その雇ったメイドは一家全員を殺したいと考えていることは何という皮肉であろうか。

 しかし、私はまだ実行できないでいる。コーディーの首輪を外し、私が少し出かけるだけで私の復讐は完了する。でも、それができない。子供達と触れ合うにつれ、この子達には何の罪もないのではないか、私と全く同じではないが私と似たような境遇にあるのではないかと思ってきた。どうやら、子供達は幼いなりに自分の父が、母が自分を殺そうとしているのに気がついているようである。

 最近、実行できない私にもう1人の私が早く殺せと問い詰める。お前は何のためにここに来たのかと問い詰める。どうするべきか悩んでいて、頭を切り替えるために庭を散布している時に信じられない光景があった。コーディーが子供達に懐いていたのだ。今まで首輪をつけていてもコーディーは私以外の人に懐かなかった。

 首輪を外したのはそのような光景を見たからだ。ここに来て数年経ってコーディーが変わってしまったのか確認すために。でも、コーディーは何も変わっていないようだった。今でも首輪を外して私がコーディーの側を離れれば、コーディーは側に来た人間を殺すだろう。
 でも、確かに今まで私以外に懐かなかったコーディーが子供達に懐いていたのは事実だ。
 私は嬉しそうにしっぽを振って私の側にいるコーディーの頭をなでながら呟いた。

「今まで私以外の人に懐かなかったから、あなたは私にしか懐かないと思ってたよ。」




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