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Last update 2007年11月23日

びわの木のある家  著者:なずな


 だれでも、出会った瞬間から、
別れに向かって邁進しはじめるのさ。

 そういうものなんだ。
 誰だって いつまでも 一緒にいられるわけじゃない。

 解ってたはず。
 解ってたはずさ。



 いろんな人に抱っこされ、
 色んな手で撫で回されて
 連れて行かれて
 また同じところに戻された。

 また 連れて行かれて 
 今度は自分で逃げ出して

 そうやって 結局 オイラ独りで生きてきた。


 一緒に暮らそう。
 ヨリはそう言って、オイラをあたたかい服でくるんでくれたね。
 鼻水垂らした汚い顔を きれいなハンカチで拭いてくれたね。

 ありがとう、ありがとう。 でも

 永遠なんて どこにもないんだよ。


        *



鼻水たらした猫を抱いて 
ヨリはあたしの家のドアの前でぼんやり立っていた。

「ばか、何連れて来てんだよ。
 ウルサイご近所にバレたらどうすんの。」


ヨリとあたしの住む、このマンションは犬猫飼育禁止である。
大急ぎでドアを開け、とりあえずヨリを玄関に引っ張り込んだ。
深夜のマンション、ドアの開閉の音だって気を使う。

看護師の母が夜勤で留守なので 今うちにはあたしひとり。
小学校の頃からこんな夜ヨリは 宿題と夜食を持ってよく泊まりに来た。



「ヨリ、ココアでも入れるっか。
 ソイツはミルクとか飲むのかなぁ?」

ダイニングキッチンの小さなテーブルの
3脚目の椅子は ほとんどヨリ専用。
足が床に届かないくらいチビの頃から 今まで
それは ずっと同じ。


ヨリは マグカップを両手で包んだまま
口もきかず、瞬きさえせず 固まっている。 
カップからゆらゆらと湯気が立ち上ってでもいなければ  
誰かが 一時停止ボタンを押して 
全てを停止させてしまったんじゃないか・・そんな気になった。

そして これが永遠に続くのではないかと恐ろしくなった時
猫がたて続けに 大きなくしゃみをした。


ヨリの黒目がうろうろ動き 
やっと ぽそぽそ、語りだした。



 *


 うちね、来月引っ越すって言ってたじゃない?


 昔からさ、あたしと麻美さん(ヨリは母親を名前で呼ぶのだ)
 日曜日には ぶらぶら 家見てまわるのが趣味だったんだ。

 古臭い、縁側のある平屋。
 ペンキのはげた木枠の窓。
 庭に猫が出入りして、大きなびわの木とかある家。
 ステテコ姿のおじいちゃんとか住んでそうな家、
 そういうのに憧れた。


 庭に植える花の種類や 垣根の柵のペンキの色
 何匹も飼うつもりの猫たちのことなんかを 二人で好き勝手に想像してたら
 それだけで ふわふわ楽しかった。
 日曜日って 買い物に行くと家族連れが多いじゃない?
 何となく二人、スーパーマーケット通り過ぎて 
 当てもない散歩したの。



 だからさ、麻美さんが あの家に住もう、
 引越ししようって 本気で決めて来た時、
 あたしと麻美さん・・・猫のいるのんびりした静かな日常
 そんな生活を 当たり前のように思い描いてたんだ。

 シンちゃん、解る?

 私が「それ」を知った時どんな気持ちになったか。


  *

ヨリがその猫を抱いて、バイトから帰ってきた時、
玄関には男物の靴があった。

 ─(麻美さんの現恋人の)秋山さんが来てるのか・・
ヨリはそういうの、別に気にしない(と、ヨリは言う)


ヨリをうんと若いころ産んだ麻美さんは
ヨリの父親と別れてからも 常に恋をしている。
恋人が変わると服装や雰囲気で すぐに解るし
そういうことを 全く隠さない人だ。

 ─誰とも長続きしないのは 私がいるせいなのかなぁ・・
ヨリがあたしに、悩みを打ち明けた時もある。 
 ─どうやらそれも彼女の恋愛のスタイルのようで
ヨリのせいではなさそうだ・・、
本当の意味で当たっているのかどうかは、未だ解らないけれど
幼いあたしたちの出した、それが結論だった。

恋人と別れた夜は ヨリが彼女をよしよしと慰めて眠らせる、
そんな ヨリんちの母娘関係も 
聞き慣れればなかなか ほほえましく感じられた。



「麻美さん、この猫 見て。ほら、くしゃみばっか すんの。
 風邪でもひいたかなぁ・・
 お医者さん連れていこうと思ってさ。

 実はね、ずっと前から公園でよく見かけてて、
 すっごく気に入ってたんだ、この子・・」  

痩せているため、目ばかりがぎょろりと大きいその猫を見たとたん
いつも お洒落で落ち着いた笑顔の秋山さんが
「ぎゃっ」とも「ひゃっ」ともつかない奇妙な声を出し、
麻美さんの後ろに こそこそ隠れた。

「来月には 引越しするんだし
 今度は飼ってやれるんだから ねぇ、少しの間なら
 ここで、様子見てやってもいいよね。」



クシャミ(あたしが今命名したんだけど)は、
ペットショップに行けば、あたしのバイト代の何倍もする値札をつけているような
特徴のある毛並みを持った猫だった。
野良なのは 何か事情で捨てられたんだろうか。
ヨリが知ってる間だけでも、何人かの子どもが家に連れて帰ったという。
なのに、いつの間にかまた 公園にひょっこり顔を出す。

 ─また 捨てられちゃったの?それとも自分から逃げて来たの?
 ─ 悪い病気なんかじゃ、ないよね?
ヨリは汚れたその猫を抱き上げてほおずりする。


あたしには猫のことは解らない。



  *


「結婚するって。」

冷めてしまったココアを、くるくるかき回し、
できた渦をじっと見つめたまま ヨリはやっと、先を続けた。
感情を抑えた 色のない声。

「今度引っ越す家に一緒に住むって言うんだよ、あの人も。
 そんな話聞いてないよ
 今まで 全然聞いてないよ。」

「あの人って・・秋山さん・・?」
ヨリは小さな子どもみたいに コクンとうなずく。

「いいかもよ、やっと長続きする人にめぐり合えたんだ。
 ヨリは、麻美さんの恋愛、応援してたんじゃなかったっけ?」

あたしの母も数度、「子ども(あたしのことだ)のために」と薦められ、見合いをした。
色々屈折した子ども心や思春期の思いを えいっと乗り越え
母さえ気に入ればどっちでもいい、と思えるまで あたしも「進化」した。

だけど結局 未だに、ご縁のないままだ。



「あの人さ、苦手だから 猫は飼いたくないって言うんだよ。
  それも、そんな病気の野良猫なんかって。」


猫が クシュンとくしゃみした。
鼻水が出たので ヨリにテッシュを箱ごと渡す。

「それだけじゃないんだ。それだけじゃなくって・・麻美さんなんか・・。」
「どうしたよ?」
「・・・いずれ、あたしのイモウトかオトウトを産みたいんだと。」





猫がまた くしゃみした。


  *


ヨリはその後ずっと押し黙ったままだ。
麻美さんが迎えに来ても、帰らない。

思い描いてた「びわの木のある家」が
急にすっかり違う風景になってしまったのだ。
ヨリだって混乱しているのだろう。

クシャミの鼻水を拭くヨリを見ながら、あたしはずっと考えていた。



わざわざ布団を敷いてやったのに 
ヨリはあたしのベッドにもそもそ入って来る。
いいや、どうせ寝付けないんだし、一晩中愚痴 聞いてやろう、
そうハラくくったのに、ヨリはうつ伏せになったまま わざとらしい寝息を立てている。
話しかけても ひとことも返事しない。

猫は外に出たいのか、カリカリ窓やドアを引っ掻くし
やっと うとうとしかけたら 鼻水撒き散らしてくしゃみする。


その晩、あたしは一睡もできなかった。



  *




次の日、あたしは学校で爆睡、
ヨリはクシャミを医者に連れてったまま 学校には来なかった。

家に帰ったらまだヨリがいるんじゃないか、
あたしはキャットフードをお土産に買って、慌てて家に帰った。

家のドアを開けたら いきなり母が待ち受けていて
「家に帰って 麻美さんとよく話し合うように、説得したから。」
ため息ついて あたしに言った。

あたしも ため息・・。


  *


同じ学校だけど、ヨリとはクラスも選択授業も違うから
あまり会えないし、話す機会もない。
それでも 通りすがりを装って様子を見に行くと
案の定、何もかも上の空って顔してた。


やっと 機会を見つけて ヨリに話しかける。
「クシャミ、元気か?」

「うん。だいぶ良くなったけど、結構タチの悪い鼻炎らしくてさ。
 医者に通うため 隠して連れ出すのに気を使うよ。」

ヨリの手には、就職の手引きや進路指導のプリント。
あたしの視線に気がついて、ヨリは言った。

「やりたい勉強があるわけじゃないしさ、
 就職して 家 出てみるのもいいかなって・・。
 猫飼っても文句言われない住み家探すんだ。
 いい機会だしさ、麻美さん、子離れさせてやろうかな、なんてね。

 問題は 学校卒業するまでだ、さて どうするかなぁ・・。」


「麻美さんには、ちゃんと相談してるの?」

先に歩き出したヨリを追いかけて 後姿に聞いた。
返事がない、と諦めた頃 くいっとあごを上にしてヨリは答えた。

「大事なことを全然相談してくれなかったのは 
 麻美さんだって 同じじゃない。」



  *


   よりちゃんへ
   ずっとたのしかったよ。よりちゃんがいてよかったです。
   ありがとう。さようなら。


   ひより様
   ありがとう。もう一度生まれてきても
   ひよりちゃんの ペットになりたいです。


   ヨリへ
   ちょっと ぼうけんの旅に出ます。
   またね。大好きだよ。ありがとう。
   ・・って、ピーちゃんが言ってたよ。
   元気出してね。 




こんな手紙を今まで何度 あたしはヨリに書いたことだろう。
ペット禁止と言っても小動物はOKなので、小鳥、金魚、ハムスター
ヨリの家には 今まで色んな生き物がいた。

そして その生き物が死んでしまう度(行方不明もあった)、 
落ち込むヨリを見てられなくて
あたしは そいつ等の手紙を「代筆」してきたのだ。

そいつ等の「ほんとうのところ」なんか 知らないけど、
それがあたしの冴えない頭で考えた、精一杯のことだったのだ。


ヨリと麻美さんと「びわの木のある家」、
二人の思い描いてた 猫のいる暮らし。

取り戻せないものって 死以外にも やっぱりあるんだろうか。



  *

「クシャミがいないの。どうしよう
     ・・あの子、まだ 治療中なのに。」

夜遅く 泣きそうな顔でうちに飛び込んできたのは 麻美さんだった。
「ベランダの窓が開いてたの。私 気がつかなくて・・。」
「ヨリは?」
「外、探すって 飛び出していった。」

「解った、あたしも行くよ。」

「待って、私も。」

部屋の留守番をあたしの母に託すと、
あたしが靴を履くのも待たず麻美さんは先に駆け出した。
マンション中「クシャミ、どこ?」の声を響かせて。


  *


あたしたち三人、必死で探し回った。
だけど クシャミはどこを探しても見つからない。
「明日、また公園に行ってみよう。いつもあそこに戻ってた。
 心配ないよ、大丈夫だよ。」
慰めてたのはヨリの方だった。


「さっき、あの人・・秋山さん来たよ。すぐ帰ったけど。」

額に汗、手に土、身体に草のにおいをつけ、
疲れ切った表情で帰って来たあたしたちを迎えたのは
憮然とした表情の母だった。



ヨリと麻美さんにおやすみを言って家に帰ると
あたしは二人分のコーヒーをいれ、
さっき母が言わないでいた何かを 無理やり聞き出した。

事情を話し、今手分けして探してるはずだ、と説明すると
秋山氏は 速攻、言ったそうだ。
「とりこみ中みたいだし、僕、帰ります。」

そして 続けて 出た言葉。
「猫って、自分の死期を悟ると 姿くらますとか言うしなぁ・・。」



息を弾ませたヨリの顔が浮かぶ。
そして、ヨリ以上に真剣な麻美さんの表情。

あたしなら結婚相手が猫嫌だったとしても、それだけなら全然構わないけど
麻美さんの男を見る目、大丈夫なのかな・・
あたしは ヨリのこと思って不安になった。



  *


 ─ヨリへ

  オイラは独りが 案外好きで・
  やっぱ、きままに暮らします。
  いつも気にしてくれてありがとう・・・



 ─もし このままクシャミが見つからなかったら・・。
勉強も手につかず、そんなことばかり考えていた。

まさか 死んじゃったりしないよね、クシャミ。

もやもやした気持ちで あたしはヨリ宛のメールの画面に文字を打ち込んでいた。
でも、あたし自身、子どもの時みたいな純粋な気持ちには遠い。

「だれでも、出会った瞬間から、別れに向かって邁進しはじめるのさ。」
どこで聞いたんだか、そんな どうしようもないフレーズが 頭に浮かんで離れなかった。

 ─ こんなのちっともヨリの慰めに ならないや・・

解ってるのにそんな言葉ばかりが画面に ずるずる連なっていく。 


もし このままクシャミが戻ってこなかったら、
ヨリは麻美さんと 暮らせるんだろうか。
あの 秋山さんとも暮らせるんだろうか。




「くしゅん」

猫のくしゃみが聞こえた。
ベランダの網戸と、あたしの部屋のクローゼットの扉が 
少し開いていた。



    *


朝から 引越しのトラックが来て
ヨリん家から荷物が運び出されていく。

麻美さんは相変わらずモテるようで
嬉々として引越しを手伝う男、数人確認。

「もういいのよ、あんな男。」
麻美さんは笑う。いい笑顔だ。
「どこが好きだったのか 解らなくなっちゃったし。」

それでも きっと散々泣いて、ヨリに慰めてもらったんだろう。
髪も ばっさり切って、ショートになった。

 ─ あの人ってさ 猫嫌いなだけじゃなく、赤ちゃんも好きじゃなくって
おまけに新築のマンションでなきゃ嫌だなんて 言い出したんだよ

ヨリが呆れ顔で あたしにこっそり教えてくれた。


クシャミの入ったキャリーバッグを、交互に覗き込んでは笑い合ってる、
そんなヨリと麻美さんを離れて眺めていた。
荷物が運び出された がらんとしたヨリの家に 風が吹き抜けた。

「ひよりちゃんだって、いつかは親離れするのにね。」
母は あたしの肩に手をやった。

いつの間に あたしは母の背を抜いたんだろう。


 *

クシャミが帰ってこなかったら・・そう思って書きかけたメールは
削除ボタンで「ゴミ箱」に入れた。。
恥ずかしいので 極力思い出さないようにしているが
あの妙にセンチで救いのない文章の最後に、
あたしはこんな言葉を打っていた。


  「人間てさ、たった一匹だけにしちゃうと死んじゃうんだって。

   だからさ、アンタはずっとそばにいてやってよね。」

  クシャミはそういって あたしにヨリを託して行ったんだよ。



   *



 シンちゃんへ

  ここは とても居心地のいい家です。
  鼻の具合も ずいぶん良くなりました。

  シンちゃん、ボクは最初にミルクをくれたシンちゃんが
  とても好きです。

  シンちゃんのクローゼットはあたたかくて もぐりこんだら気持ちよくなって
  ついつい 眠ってしまったんだよ。
  いっぱい探してくれて ありがとう。

  そうそう、ひよりも元気です。
  ひよりも シンちゃんが大好きで お隣同士になれて良かったって
  言ってます。ずっと仲良しでいてやって下さい。



  びわの実たくさんつきそうです。
  ころころしたびわの実を見てると
  いつか 麻美さんにころころ赤ちゃん生まれたら
  それも 楽しいかな・・
  そんな 気もします。



ヨリの引越しから数日して あたしん家のポストに手紙がきていた。

差出人の住所は「びわの木のある家」


「クシャミから」の手紙だった。


ヨリの丸っこい字が並んだ便箋を かさかさ畳む時、
びわの実の 甘い懐かしい香りがしたような 気がした。




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