Mystery Circle 作品置き場

松永 夏馬

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nightstalker

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Last update 2008年01月13日

月光(モンマス外伝MC編) 著者:松永 夏馬


 おわりとはじまりはいつもいっしょにやってくる。

 誰が言った言葉か知らないが、言い得て妙である。先ほどまでビィトは相棒のテンと街へ帰還すべく道なき道を街道目指し進んでいた。
 少年から青年へと、ゆっくりそして確実に成長しつつある彼らは冒険者。世界を旅する自由な人種だ。もうすぐこの旅、老学者からの依頼で廃城の探索だったが、もひとまず終わる。今回の仕事の報酬でしばらくはのんびりできる。
 ……はずだった。

「ウチは関係あらへん言うてるやろがッ!」
 今ビィトは山中にある盗賊のアジトの地下にある牢の中にいる。となりで喚くのは相棒のテンではなく、赤味がかった髪の女。マレットと名乗った少し年上のその女は、鉄の檻に掴みかかり、檻の外で少々戸惑った顔の盗賊に噛み付く勢いでまくし立てた。
「ウチは無関係やっちゅーねん! 知るかそんな石! 知ってたらコッチが欲しいわボケぇ!」

 街道まで出た所でビィトとテンの二人は道端に座り込むこの女冒険者と出会ったのである。仲間とはぐれたという彼女は、さして困った様子でもなくあっけらかんと笑い、そしておそらくマレット自身が迷ったのであろうが、どこかへ行ってしまった仲間に対し文句を言い続けた。スラリと伸びた四肢と健康的に焼けた肌、整った目鼻立ちは美人の部類には入るだろうが、えらく口が悪かった。
 ビィト達が彼女と出会ったのはたまたまである。
 そして、テンが用足しに茂みの奥へと離れたこともたまたまであろう。
 そんな偶然が重なった瞬間に、盗賊達に襲われたのだった。

 ********************

「……どうしましょう?」
 盗賊は『石』をよこせ、『石』のありかを言え、の一点張りだった。ビィトにはなんのことやらさっぱりわからないし、マレットにとっても心当たりは無いらしい。結局盗賊は「強情なヤツだ」と言い放ちどこかへ行ってしまった。
「助けを待つか? ……それにしても腹へったなぁ」
 大分時間が経過している。窓がないからわからないが、おそらくもう夜だろう。ビィトははぐれてしまったテンのことを思い浮かべた。戦士とは名ばかりの自分とは違い、文武に長けた魔導士。全てがビィトの憧れだった友達。
「助け……来てくれるでしょうか?」
「あ? アンタんとこの仲間おるやろ。なんやったっけ……えーと」
「テンのことですか?」
「そうそう。あの子やったらウチらがさらわれるとこ見てたやろし」
 彼は来てくれるだろうか、ビィトはマレットから視線を逸らし俯いた。ドジを踏むのはいつも自分だ、常に足手まといの相棒を助けに来てくれるだろうか。いいかげんに愛想を尽かしてもおかしくはない。
「……さてと」
 マレットはそんなビィトの態度に肩をすくめ、あっさりと話題を変えた。
「しゃぁない、さっさと出るか」
「はい?」
 ビィトは驚いて顔を上げる。その顔を見て満足げなマレットは、少しだけ考えた様子で牢の扉にかけられた大振りな錠前に手を伸ばした。
「あんまり騒ぎになっても逃げるの大変やからな」
 赤い髪を留めていたバンダナから隠してあった針金を取り出すと、錠前の鍵穴に突っ込んだ。余裕に満ちていた目がが一瞬真剣な光を帯び、その瞬間カチャリと小さく音を立てて錠が開いた。
「早……」
 数秒であっさりと扉を開けたこの女冒険者を、ビィトは驚いた顔で見つめた。もしかしたらすごい冒険者なのかもしれない。
「チャチやな」
 うひひ、とあまり上品ではない笑い声を漏らし、マレットは牢を出る。脇に置かれた机にビィトの荷物が放り出されているのを見て顎をしゃくった。ビィトは慌てて荷物をまとめて背負う。武器の長剣も残されていたのでホッとして腰に収めた。
「アンタ剣士? 戦士かな? それにしては弱いなぁ」
 マレットが口元を上げてそう言った。盗賊団に襲われた時もあっさりと捕まったのはビィトのほうだ。
「……悪かったですね。どうせ僕は弱いですよ」
 悪気があるようには聞こえなかったが、ビィトは不機嫌そうに口を尖らせた。
「どうせ僕はテンの足手まといですよ。助けに来てもらえるかもわかりませんしね」
 言葉が止まらなかった。
「テンは魔導士のくせに剣術も格闘も巧いし、頭だって良い。大体ボクなんかとパーティを組むレベルじゃないんだ。もっともっとスゴイ冒険だってできるヤツなんだ。なんで……なんでアイツはボクとパーティを組んでるんだろう」
 ギリ、と奥歯をかみ締めてビィトは右手を握り締めた。
「いつだってそうだ。ボクはアイツの背中ばっかり見てる。いつも守ってもらって、いつも助けてもらって。……ボクは……ボクはアイツみたいになりたい。アイツの後ろじゃなく……アイツの隣に立ちたいのにッ」
 マレットは少しだけ困ったような顔で頭を掻いた。
「えー……まぁ、なんや。あっさり捕まってもうたのはしゃーないのよ? たぶんあの盗賊団のボスはモンスターマスターや」
 モンスターマスター。それは契約によって魔物を使役し異能力を操る人間のことだ。力を得るものは富と名声も得る。それを夢見てモンスターを探す冒険者も少なくないという。
「も、モンスターマスターなんて……本当にいるんだ……。噂だけだと思ってた」
 実在するモンスターマスターの話にビィトは驚いた顔を上げてマレットを見た。マレットがニィと笑う。たしかにビィトは捕まる直前に妙な気配と体の動きが鈍くなったような気がした。それがモンスターの能力なのか。
 そして、冒険者という人種の共通点でもある『好奇心』により少しだけ顔を明るくしたビィトの姿にマレットは小さく頷いて口を開いた。
「アンタな、パーティがおんなじヤツばっかりやったらあかんねん。戦えるヤツ、考えるヤツ、守るヤツ。引っ張って進むヤツとその手綱を握るヤツ。互いに互いの欠点を補い、利点を生かす。それがパーティやねん」
「テンは一人でなんだってできるようなヤツですよ」
 ビィトの言葉は仲間を称えるというよりも、自分を卑下しているように聞こえる。マレットはヤレヤレ、と言った風で続けた。
「アンタ、聞き手どっち? 右やな? 剣を持つのも、鉛筆持つのも右やな」
 頷くビィト。
「たしかに右手は器用や大概のことはできる。でもな、紙に字ぃ書くとき左手はどうしてる? 武器を右手に戦う時左手はどうしてる?」
 ビィトは思い浮かべる。紙を押さえる手を。盾を持つ手を。
「わかるか?」
 左手によって右手はその真価を発揮する。

「……いいなぁ」
 ビィトの口から言葉が漏れた。
「僕達も右手と左手のようになれないかなぁ」
「なりたいんやったらなれるんちゃう?」
 マレットはそう言ってくるりと背を向けた。
「さぁ、さっさと逃げるで」

 ********************

 盗賊のアジトは思ったより構造は単純で、階段を上り一階まで出ると出入り口まですぐだった。しかし単純な造りだからこそ隠れるには不向きで、当然といえば当然、(マレット曰く)盗賊の下っ端に見つかり騒ぎが大きくなる。
「ボスが来ると面倒や、一気に突破すんで」
 ビィトの手を引くようにマレットは走る。荷物もないのに何処からか取り出す火薬玉で相手を霍乱させつつ出口を目指す。動きに無駄のないマレットに、ビィトは付いていくだけで精一杯だ。
 そのまま出口から飛び出したビィト達の目の前に男が立ちふさがった。額から右目、頬にかけて大きな傷跡を残した凶悪そうな顔。不機嫌そうな目でビィトとマレットを見下ろし、「ケッ」と息を吐いた。ビィトは思った、絶対にカタギの人間ではない!

 その男は手にしていたポーチをマレットへと押し付け、不機嫌そうに口を開いた。

「てめぇ自分の荷物くらい自分で持ちやがれ」
「なんやブラスちゃん、助けに来るの遅いやん?」
 なんのことはない、マレットの仲間だ。盗賊のボスよりもガラの悪い顔だが。
「外の連中は片付けてんな?」
 ブラスの背後、月明かりに照らされた夜の草むらは、盗賊たちが十数人転がっていた。いや、一人いる。
「ああ、全部アイツがやっちまったよ」
 ブラスが親指を立てて背後を示す。温い風に髪を揺らし、細身の剣を腰に納めたのはビィトの仲間、テン。
「テン!」
 思わず声を挙げたビィトは一瞬視界が滲んだ。助けにきてくれた。仲間が。
 テンはビィトを見つけて相好を崩し頷いた。
「良かった、無事だったんだね」

「たいしたもんだぜアイツ」
 ブラスがアジトから出てきた追っ手を拳骨で殴りながら言った。
「魔導士のくせにちゃんと急所外してこれだけぶっ倒しちまった。かなり我流だろうが、あのクソ剣士並にセンスあるぜ」
「ほほう。……ホンマになんでもできるんやなあのコ」
 感心した様子でマレットはビィトを小突く。 

 その時だった。

「テン!! 危ない!!」
 ビィトが叫ぶ。テンのその背後に音も無く姿を見せた男。キツネのような目をした盗賊団のボス。振り返るテンの動きが急に鈍くなる。
「オレ様が少しばかり席をはずした隙に、部下どもをかわいがってくれたようだな」
 テンは動けない。体がゆっくりとしか動けない。気ばかりが焦る。細い目の奥に光る凶悪な瞳に睨まれ感じる違和感。
 軽々と掲げあげたバトルアックスを手に、盗賊団のボスはいっそう目を細め口元をあげる。

 思わずビィトは走りだした。勝手に体が動いたのだ。

 テンを助ける。
 今までは……今までは左手になろうとすら思わなかった。何事もこなす相棒を、指を咥えて見ていただけだった。
 今なら。
 ビィトは走る。『左手』になる為に。

 が、しかし。テンポを突き飛ばそうとしたその時、ビィトの体の動きが止まる。駈け寄ったビィトの体がスロー再生のようにゆっくりとしか進まない。
「ふッ。オレ様は牢の幽霊ワイトのモンスターマスター。“音の堅牢”は時間の流れを遅くする」
 動きたくても体が思うように動かないビィトとテンの頭上から、大振りの戦斧が振り下ろされた。
「死ね」

 ビィトとテンに覆い被さるように、飛び込んだブラスが体を割り込ませる。当然ブラスの動きも鈍くなるが、その鋭い目が盗賊団のボスを居抜いた。
 と同時にバトルアックスがブラスの脳天へ―――。

『ガッッ!』

「……ッ痛ぇな」
「な!?」
 顔をしかめつつ、ブラスは頭で受け止めた斧を両腕で掴んだ。攻撃が効かない異常な事態に盗賊団のボスは戸惑った顔をヒクつかせる。ブラスの体を覆う紫色のビジョンは禍々しい雄鶏の姿を見せる。
「悪ぃな、オレはコカトリス“流動の石塊”のモンスターマスターだ。石化した体にこんな攻撃は効きやしねぇ」
「貴様もモンスターマスター!?」

「ウチも、な」

 盗賊団のボスの背後で小型のクロスボウを突きつけたマレットが冷めた目で言い放つ。その体を覆う黒い霞が魔物の姿を映し出す。獰猛な魔獣・ジャバウォックの凶悪な影。

「アンタみたいなヤツが『盗賊』名乗るなボケぇ」
 マレットは元盗賊なのだ。不機嫌そうにそう言葉を吐いた。

「や、やめろ。助けてくれ」
 妖しく光る目を向けた漆黒の魔獣の姿に、蒼白の顔で盗賊団のボスが言葉を漏らした。それを受け、マレットは満足そうにニッコリと微笑みを返す。

「イヤや。……黒煙に焼き払え“甲冑蠱王”」

 ********************

 ふと気づくとマレットとブラスはすでにどこかへと姿を消していた。残ったのはビィトとテン。気絶したまま転がる盗賊達。一際異彩を放つのは、髪をチリチリにして煤けた顔で白目を剥いた盗賊団のボス。

 後に憲兵に届けて知ったのだが、この盗賊団は近隣の街を襲い『ヴィオリの魔石』と呼ばれる石を強奪した犯人だった。しかし、魔石は発見されていない。捕らえられたボスは「森に隠したが誰かに盗まれた」と証言している。

「なぁ、テン」
「何?」
 月夜の道を歩きながら、ビィトは前を歩くテンに声をかけた。
「テンはさ、オレなんかと組むよりもさ、もっとレベルの高い冒険者とパーティを組みたいとか思わないのか?」
 振り向いたテンの顔。
「テンは才能あるよ。もっといろんな冒険、できるんじゃないか? テンならできると思う。オレといつも『おつかい』に毛が生えたようなクエストじゃなくってさ……」

「やだ」
 テンはまるで子供のように首を振った。
「オレはビィトが連れ出してくれたから冒険者になったんだ。ビィトじゃなきゃやだ」
 たしかに冒険者になったきっかけはビィトのほうだった。でもテンには才能がある。
「でもさ、テン……」

「ビィト。君はモンスターマスターっての見たことあったか? オレは初めてだったぞ」
「え、ああ、ボクも。初めてだ」
「それも一夜で三人も」
「うん」
「すごかったなぁ」
「時間を遅らせるとか、体を石にするとか、爆発させるとか、なんでもアリなんだな」

 少し興奮気味に声が大きくなったビィトを、テンは静かに見つめた。

「ビィトと一緒に冒険してたって、『おつかい』みたいな冒険してたって、こんな不思議な夜は来たじゃないか」
 そして月をバックに両手を広げ、テンはにっこりと楽しそうに笑った。

「気づいてないだけさ。不思議な、超すげぇ冒険の世界はどこにだってあるんだ。そうだろ?」
 頷くビィトを確認すると、くるりと背を向け歩き出す。ビィトは自分の両手を少しだけ見つめた後、離された距離を埋めるべく地を蹴った。月の白い光に照らされた顔は少しだけ力強く。
 追いついてテンの隣に並び歩きながら、ビィトは自分の左手を軽く握ってテンの右手にコツンと当てた。

「なぁテン。不思議の国は、ずうっと、ここにあるんだね」




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