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Last update 2008年03月14日

ブラッディ・ドリーム  著者:望月来羅


 膿み始めた傷のように、どくどくと熱を持って疼くのだ。
まるで、ソレ自体が自我を持っているかのように。心拍数が上がる。呼吸が乱れる。
(いけない―・・・)
鮮血の匂い。そこかしこで燃え上がる炎。遠く聞こえる阿鼻叫喚の叫び声。まるで、ブラッディ・ドリームのように。
目の前の光景に圧倒されながら、マリアは強く自分の右腕を抱き寄せた。
 ダメ。私は腕を解いちゃ駄目。自分と戦うのよマリア―・・・!

「―やぁだぁ。意固地ねぇマリア。」

うずくまり、額に脂汗を滲ませて必死に脈打つ右腕を押さえていると、不意に真上から軽い声が降ってきた。
 馴染みのあるその声にのろのろと顔を上げると、目の前に積み上げられている、崩れた赤い木材の上に、誰かが膝に頬杖をついてこちらを眺めていた。

 逆光気味だが、面白そうに首をかしげた拍子に金髪が肩にすべるのが見えた。
整ったアーモンド型の紫眼に金髪。自分の幼馴染である。
「・・・フィン。放っておいて」
「お馬鹿さん。それ何回目?いい加減殺れば?」
トッと足音軽く、フィンが目の前に降り立った。動きやすい黒のワンピースにスパッツが覗く。
「せっかく助けてもらえた命なのに、餓死する気?ほら・・・美味しいよ」
一昨日まで、村中から称えられていた容貌を微笑ませ、フィンはマリアの前に跪いた。右手をマリアの頬に寄せ、赤い左手で・・・血でぬめった華奢な親指で、マリアの唇に色を落とした。
「やめて!」
血の匂いにザワリと、身体が騒ぐ。左手で押さえた右手が一際大きく脈打ち、はっとして覗くと、あのキズ・・・手首につけられた大きな傷を中心として、薄い棘のようなアザと、血管が浮き出ていた。
「く・・・ぅ・・・!」
鼻につく匂いが、一際強く立ち込める。ドクンッと肩に鈍痛が走る。ゆっくりと視線を落とすと、盛り上がった血管が波打ちながら肩の上、鎖骨まで広がった痛みだった。もう、こんな所まで。やがて、全身にいたるだろう。そのとき、自分は。首を振って、汗が滴り落ちる。唇から、美味しそうな香りがした。
駄目だと自制しても、その匂いは―・・・。目の前で、楽しそうに自分を眺める幼馴染を見、マリアはゆっくりと手を唇に―
 ・・・。―――ちゃりん。
「・・・・あ」
上げかけた指が、胸元にかかった十字架にさわった。もういない、牧師である兄から誕生日祝いに貰った、純銀製の十字架に。涼しげな音を奏で、その瞬間、マリアは自我を取り戻した。
ひゅっと息を吸い込む。動悸が早くなる。
「・・・どしたの、マリア」
心配そうに、フィンが両肩に手を置いて顔を覗き込んでくる。だが、汗が出てくるのを感じながら、マリアはフィンの両目を見返した。
「駄目。わ、私まで人を襲ったら、私たちを襲った吸血鬼たちと同じになっちゃう・・・」
その、顔。生きて17年。家が隣同士であり、いつでも一緒だった。マリアの肩までの髪は、地味な栗毛色。いつも太陽のように輝く明るいフィンに憧れていた。 フィンの珍しい紫の瞳はどこへ行ってももてはやされた。そう、つい一昨日まで。
 戦争の滅多にないご時世、帝国圏の端に位置するフィンとマリアの生まれ故郷。小さいながらに温かみのあったチグリス村は、一昨日深夜。近隣を荒らしていた吸血鬼、ウラド伯爵の襲撃を受けた。

住民は皆殺し。フィンの両親も殺され、マリアのただ一人の肉親である兄も目の前で生気を吸い取られた。
 二人で手を取り合って魑魅魍魎に囲まれながら。耐え切れなかったのだろう、最初にフィンが精神を病んだ。村で最後に残された自分たちのところに伯爵がくると、マリアの手を抜け出し、虚ろに笑って腰を屈めたのだ。

 今、目の前にいるフィンの目は、焦点が合っていなかった。
綺麗な顔は幾筋もの返り血で汚れ、金髪は所々朱に染まっている。差し出す手は血管と棘のあざに覆われ、その中心は首に穿たれた二本の孔から。
 頬についた返り血を拭うと、嬉しそうに、だが虚ろに眼を細める。不意に、マリアの目に涙があふれて来た。自分たちは、気まぐれに、殺されなかった。ただフィンは血を吸われ、マリアは腕を裂かれ。そして血を注ぎ込まれた。
 吸血鬼の『血』の狂気。日を追うごとに身体が侵されていくのが分かる。血が欲しい。血を頂戴?そういって、フィンは狂って行った。
 伯爵は、興味が失せたように二人をその場に捨て置いた。吸血鬼の『血』を置き土産に。最初の半日は、マリアがフィンを抑えた。フィンは、マリアは襲わなかった。狂ってもマリアを判別し、同類と微笑んだ。
 必死に取り縋り、宥め・・・だが、一日は続かなかった。フィンは哂う。哂いながら、2つ先の村に飛び込んだ。そして、止めるまもなく―・・・殺戮に走り出した。
殺戮は一昼夜続けられた。『血』の成果なのか、フィンは身体の一部を刃のように形状変化させ、最初の農夫を殺し、その流れるワインレッドの液体をマリアの目の前で美味しそうに飲み干した。生気ではなく、『血』を。兄の生気を吸い取ったウラド伯爵と姿がダブる。
破壊衝動。直接血を吸われたわけではない。だが、マリアの身体も『血』を欲していた。その腕が、疼く。

今、マリアとフィンが座り込んでいる所は、フィンによって壊され、端から火の手が上がりだした教会だ。割れたステンドグラスが火に反射して煌めき、片腕の無くなった聖母の像がそれでも慈悲の微笑を浮かべていた。
聖母『マリア』。牧師であったマリアの兄が、年の離れた妹に名づけた名前。
なんて皮肉。マリア様、マリア様。コレまでにどれだけ祈りを捧げたことだろう?
亡羊とした瞳から涙をとめどなく流し、マリアは目の前の血にまみれたフィンを何も言わずに抱きしめた。フィンがくすぐったそうに笑う。フィンは、あと一週間で18歳の誕生日だった。毎年プレゼントを贈りあい、互いの生誕を祝いあった。
 今年は、鮮血の夢をあなたに?
遠くの叫び声が、近づいてくるのが分かった。分かっている。村の生き残りたちが団結して彼らにとっては吸血鬼、フィンとマリアと戦いに来たのだろう。死を覚悟しながら、それでも、愛するモノを守るために。
 マリアたちと、同じ道であった。
そうして、村人たちは滅んだ。吸血鬼ウラドに傷一つ付けられないまま。

マリアは震える手で、胸元の十字架を握り締めた。最早、神は信じていない。兄が目の前で殺されたときに、マリアのなかで『神』という言葉のピースは欠け落ちた。(神は助けてはくれないんだわ。)
 でも、だからこそ。マリアは今この神の前で、殺戮に走るわけには行かなかった。信じてはいない。だが、マリアにとって『神』は兄なのだ。
 フィンの肩から顔を上げたマリアの瞳から、透明な涙がスーッと頬を伝った。




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