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Last update 2008年03月15日

死刑執行人  著者:グラン



「まずは一人目」
「え?」
 驚いた私は、思わずティーカップを落としそうになった。
 考え事をしていると、まるで耳が塞がれたのかと思うくらい生活音が消えてしまうことがある。
 私もまさにそんな状況で、目の前にいる無精ひげを生やした男が部屋に入ってきたことに気づかなかった。
「何をそんなに驚いてる。時間通りだろ」
 彼はやや幼さの残る顔で、それとは不釣合いな野太い声で私に話しかけた。溜め息が出る。
 第一印象は良くない。電話で連絡をとった時の、嫌な印象が残っていたのかもしれない。
「あと、何人くらい?」
「さぁな。いつもならこの時間帯は部屋が女子高生で溢れる」
 彼のおどけた顔が、窓から差す夕日のオレンジで照らされた。
 なるほど。私はそう心の中でつぶやいて、同じく夕日色の紅茶をすすった。
「おじさんは、私のこと変な奴だと思ってる?」
「おじさん、じゃなくてお兄さんのほうが嬉しいな」
「じゃあお兄さん」
 じゃあとは何だ、じゃあとは。おじさんはそんな風に笑顔で悪態をつきながら、私の座っている、まるで取調室にあるようなシルバーのテーブルに寄りかかった。
「そうだな、普通の女の子とは思ってない。これが正直なところだ。最も、ここに来る女子高生に普通の子なんているとは思えないんだけどな」
「それって見た目? それとも心?」
「両方」
 無精ひげの顔が、私に向けられる。
 私の見た目……ふち無し眼鏡、肩に少しかかるくらいの黒髪、ピンクの髪留め、私立の女子高の制服、その他もろもろ。
 どこが変なんだろうか。どこにでもいる、歴史に名を残しそうに無い、普通の女の子だと思う。
「この仕事の内容、分かってるよな? それを知って、ここまで来たのがお前みたいな"ありきたり"の女の子だったってことが普通じゃない」
「じゃあ見た目は普通ってことじゃない」
 少しほっとした。
 やっぱり、思春期真っ盛りの女子高生としては、他人にどう見られているかがとても気になる。
 普通であることにほっとする私は、俗世間の一人間に過ぎないんだろう。
 おじさんは窓の外、夕闇の街を眺めている。私の視線も、いつの間にか窓に向いていた。
「考え直せ、とは言わない。俺だってお前みたいなありきたりの普通の女子高生を求めているんだ。
 だけどな、問題はお前の気持ちだ。お前は、どうなんだ」
 何故かその言葉が、妙に心に突き刺さる。
 痛い。苦しいとかではなく、ただ痛かった。
「……私みたいな子、他にいるんだよね?」
 確認のため聞いてみる。
 確かそう書いてあったはずだ。でなかったら、こんな仕事、普通の女子高生が見つけるはずがない。
 ネットサーフィンをしていて見つけた、バイト募集のサイト。
 でも、雰囲気が普通とは違っていた。黒の背景や、おどろおどろしいドクロの画像も、それなりに迫力はあったが、
 私が気になったのはもっと別のこと。つまり、文章だ。
 どこか威圧感のある、ふざけているとは思えないその文章が、私にはとても新鮮に、そして魅力的にうつった。
 書かれていたのはたった一言、

「死刑執行人、募集します。若い方、女性歓迎」

 普通に考えれば、理解不能だ。
 死刑執行人というバイト内容、それも若い女性歓迎、ありえない。
 でも、そのありえなさの中にある深い闇に吸い込まれるような不思議な魅力に、私は取り付かれてしまった。
「さっきも言ったが、お前みたいな子はたくさんやってくる。それこそこんな小さな部屋を埋め尽くすくらいにな。
 だが、すぐ辞める。大体一回、良くて二回やったら辞めていくな」
「どうして?」
「俺に聞くな。まぁ、ストレスだろうな。死刑執行なんて、マトモな神経の人間がやれることじゃない。女子高生だったらなお更だ」
 当然のように疑問が浮かぶ。
 だったら、何故女子高生のような若い女の子を特に募集するのか。
「だったらさ、普通もっとゴツイ男とか集めるんじゃないの?」
「……そうかもな」
 おじさんは一言、それだけ言って黙ってしまった。
 こんなバイトをやるのは、不良少女だけかと思ってたけど、案外そうでもないらしい。
 サイトには、普通の、という部分が強調されていた。つまり、私のような普通の女子高生を募集しているということだ。
 何故そこまで普通にこだわるのか、私には分からなかった。
 目の前にいる、この無精ひげの男には分かっているんだろうか。この人は、本当にあのサイトを作成した人間なのか。
 何もかも分からない。そして、何もかもわかっていなかったという事に気づき、
 私は少し怖くなった。
「あの、そろそろ時間なんじゃない?」
 私は時計を見ながら言った。
 日は沈んだ。蛍光灯の灯りが、不気味なほど白く明るい。
 結局、今回の募集で集まったのは私だけだった。たった一人だけでバイトが出来るんだろうか。
「もっと来るかと思ったんだけどな。今回の収穫は一人、か」
 そう言った後のわざとらしい溜め息が、少し耳に障る。
「で、いつからやるの? あと、どうやって?」
「いつからかと言われれば、今日からだな。どうやってと言われれば、紙に書く、って答えが適当だ」
「今からやるの? ていうか、紙に書くって意味わかんないんだけど」
 正直な気持ちだった。
 代理殺人の類ではないということは、サイトに明記されてはいたものの、紙に何か書くだけでどうやって死刑を執行できるのか。
 素人の私にも出来るということは、よっぽど簡単な内容なのだろうか。
「死刑執行というと、誤解を招くかもしれないが、実際に死刑を執行するってわけじゃない。
 分かりやすく言えば、自殺の手助けだ」
 自殺。
 女子高生にはあまりにも馴染み深い言葉。
 自殺方法の代表選手、リストカットの経験者は、私を含め、周りに数え切れないほどいる。
 ネットでは自殺掲示板が大盛況、リスカや自殺未遂のことを書いた女子高生のブログが口コミで広まっている。
 私の友達には、自殺未遂した人間がたくさんいる。
 みんな塾や友達関係に疲れてのものだ。私も、何度か考えた事がある。
 だから、自殺の手助けが女子高生にピッタリという異常な発想も、私にはすぐ納得できてしまった。
「……その顔、納得したみたいだな」
「リスカして死にたがる子、いっぱいいるしね」
 私がそう言うと、おじさんは小さく含み笑いをした。嫌な笑い方だった。
「リストカットじゃ、死ねない」
「そうかな」
「そうだ。お前はもしかしたら勘違いしてるかもしれないから言っておく。
 手助けするのは、女子高生じゃなく中年男の自殺だ。紙に何を書くかというと、彼らの遺書を書くんだ」
 中年の自殺を手助けする。そして、遺書を書く?
 それが死刑執行のバイト内容だなんて、一体誰が想像できたのか。
 あまりの簡単さと方法の意味不明さに、私は言葉を失った。こんなバイトで給料がもらえるなんて……
「何で女子高生が中年の自殺を手助けしなきゃいけないの? それも、遺書書くだけなんてありえなくない?」
「何で、の答えはお前が一番よく分かってるはずだ。自殺なんて、女子高生の間じゃ普通に話題に上るんだろ?
 力も体力もない人間なんだから、遺書を書くだけって内容もおかしくはないと思うが」
 おじさんの声が、酷く無機質なものに聞こえた。
 何か言いくるめられているような気がしないでもない。でも、ここまで来て帰るわけにもいかなかった。
「分かった。納得したとは言えないけど。とりあえずこれからどうすればいいわけ?」
「そうだな、お前には心得てもらわなきゃならないことがある。これが一番大事なことだ」
 おじさんは、私の横に来て、テーブルの上に一枚の写真を置いた。
「誰?」
「お前が今日裁く、最初の人間だ」
 そこに写っていたのは、奥さんらしき女性と笑顔で手を組んでいる禿頭の中年男性。
 ――この人の自殺を手助けするんだ。
 私の中で、言いようのないものが渦巻き始めていた。
「いいか、よく聞くんだ。お前はこの男の話を聞き、それを元に遺書を作成する。
 その後、彼がどこでどうやって死ぬのかをお前に伝えてくる。そしたら、その現場に行って見届けろ」
「え……」
 絶句、という表現がこれほどまでに当てはまる場面はそうそうないだろう。
 遺書を書くだけじゃなく、人が死ぬところを見ろと言うことなのか。
「ちょっと待ってよ。そんなの……」
「怖くてできない、か? じゃあ辞めたほうが良い」
「……」
 私は無言で、続行のサインを示した。
 おじさんはほんのわずかだけ関心したような顔になった気がした。
「……良いか、自殺で人は救われない。このバイトでは、そのことを深く心に刻んでおけ」
「何それ、説教してるの?」
 この男は、そんな目的で女子高生を集めていたのか。
 そう思うと、何だか腹立たしい。
 偽善者。
 その言葉がピッタリだ。教師面でもしたいのだろうか。
「説教? 違うな。お前が本当に自殺が人を救えないと思えるかは、お前次第だ。誰も強制してない。
 ただ、このバイトをする以上は、覚えておいて欲しいってことだ」
 どこまでも冷静な言い方。見下されているようで、イライラする。
「じゃあ何でこんなことしてるわけ? 私に遺書書かせて、それで何の意味があるの?」
「死を間接的に理解出来る。それだけだ。だが、自殺で死ぬことが無駄であるという事実を知ることが、一番大切だ。
 自殺することで幸福になれる人間なんていやしない。だから、お前が遺書を書くことで誰かが救われるわけでもない。
 俺が言いたいのは、そういうことだ」
 理解できるはずがなかった。
 でも、それは私が理解しようと思ってないからなのかもしれない。
 そう考えると、自分がとても惨めに思えてくる。
 彼の表情は見えなかった。でもどんな顔をしているのかは、知りたくなかった。
 カタッ、とティーカップが揺れた。息苦しさと緊張で、背中がじんわりと汗ばんでいる。
 ――書く事で誰かが救われるわけじゃない。
 自分の中でもう一度反復したその言葉は、虚しく広がって消えた。




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