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Last update 2008年03月15日

sound of piano  著者:真紅



「人間を愛するって、音楽を愛する程の自由がないのよ。」

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そう呟いて、私は鍵盤に手を躍らせる。
指は、私とはあたかも別の生き物かのように揺れて、振れる。
ポロン、とピアノが笑う。
少し甲高い笑い声は、少し低い洒落た声になる。
私が鍵盤を叩く度、ハンマーは弦を叩く。
ペダルを踏み締める。
指は、妖艶に、白と黒の舞台を所狭しと舞い踊る。
足は、力強く、タップを踏み鳴らす。
テンポ良く刻む、鍵盤を叩く音。
ピアノが紡ぐ、響く囁くような透き通った声。
ff、私は鍵盤を叩く。
p、感じる窓から流れる風。
grave、ペダルを踏む。
音は広がりを見せる。
少女のような、あどけなさを見せては。
「・・・違う。」
官能的な女性の声になり。
「こんなのじゃない。」
少年のように元気が溢れた声を響かせて。
「違う。」
紳士的な男性の落ち着いた雰囲気を醸し出す。
「・・・私が、聞きたいのはこんな音じゃない。」
私は無い物強請りをする子供のように、がむしゃらに鍵盤を叩く。
気のせいか。
段々と、ピアノの声が濁って行くようだ。
それはまるで、人が痛みに呻くかのような声。
嫌だ、こんな音。
指が、激しく鍵盤を叩く。
「ダン!」
痛いまでの、複雑な和音。
伸びて、伸びる。
そして途切れる。声。
音楽は人と違い、嘘を付かない。
私が躊躇えば、音は変わる。
笑い声から、怒鳴り声にもなり、すすり泣く声にもなる。
だから私は魅せられる。
「・・・A Tempo」
風は止み、ピアノは黙り込み、指は死んだようにうな垂れていた。

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ド、レ、ミ。
街の雑踏の音ほど、五月蝿い物は無い。
大声の携帯電話での話声は、汚い音を奏でている。
私は思わず耳を塞いだ。
車のエンジン音やクラクションは、高いようで低い。
人の笑い声は、癇に障る物からまるで聞こえない物までピンからキリ。
ファ、ソ、ラ。
風の音はビルの間を駆け、人の隙間を縫って私の耳を掠めていく。
人が靴で地面を蹴る音は、正に千差万別で。
高架を電車は、規則的に音を響かせ走り去る。
シ。
何処からか聞こえる、誰かの罵声と誰かに対する怒声。
ド。
これ等の音より静かに、それ等の音より一番大きな私の鼓動の音。
私が、一番嫌いな音。
享受するべき。
享受しなければならない音が、何故か私は嫌いだ。
止めれる物ならば、止めてしまいたい。
この規則的過ぎて、変化も何も無い、秩序だらけの音を。
自分の鼓動でさえ、音でしかない。
私にとって、全ては所詮音、音、音、だ。
彼も、彼女も、私も音だ。
だからこそ、止めてしまいたい。
醜く、濁った、私自身が奏でている音を。
気持ちが昂ぶる。
「・・・D.C。」
全ては、最期から最初へと戻る。
また最初から最期へと戻る。
私も、それに則るだけ。
ただ、それだけ。
ポロン。
私が一番好きな音が聞こえた気がした。
それは、私の頬から流れた涙が地に舞い落ちる音だった。
何故私は泣いてるんだろう。
頬に残る一筋の虚しさを、私は拭って歩き出した。

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音に支配されたこの世に、私は嫌気が差した。
だから私は今宵、自分という楽器が奏でる音を止めよう。
私が愛せなかった人間より、来世はきっと唯一愛した音となろう。
そして、海岸線を辿り、ジャングルを抜け、そして、街を通り過ぎて駆け抜ける。
鍵盤に触れる。
冷たい鍵盤が、私の指先に優しく感触を残す。
指で、一つ叩く。
ポロン、とピアノが泣いた。
私にはそう聞こえている、だからこそ音を愛でた。
人は、こんな私を愚かだと言うだろうか。
音に生き、音に死ぬ私を嘲笑するのだろうか。
私は、自嘲しピアノの前に座る。
鍵盤を、一つ一つ確かめるように叩く。
ピアノは、慈しむ指に優しく触れてくれる。
ポロン、ポロン。
とても優しい音色。

それに合わせるかのように。

地が、突然激しく暴れ出す。
確かに最近、地震が多かった気がする。
昨日の夜も、弱いながら遭った。
この地震はそんな物ではない。
激しく、激しく、激しく。
私は椅子から転げ落ちる。
立ち上がれない程の揺れだ。
ギシッ、ギシッ。
ピアノが、軋んでいる。
ギシッ、ギシッ。
私は、ピアノにしがみ付く。
恐れ震える子を、慰め抱き締める母親のように。
その怒号ともいえる音に、私は恐怖を感じた。
恐怖で混乱する私の上に、ピアノが覆い被さって来るのが見える。
意識が、僅かな音を巡らせ途絶えた。

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ポロン。

 ―頭がボヤっとしている。

ポロン。

 ―私は、ピアノに押し潰されたのか。

ポロン。

 ―下半身の感覚が無い。

ポロン。

 ―心地良い程度の痺れる痛み。

ポロン。

 ―ピアノは、泣き続けている。

ポロン。

 ―無意識に動く、私の指によって。

ポロン。

 ―やっと、止まるのか。

ポロン。

 ―醜く、濁った、私という音。

ポロン。

 ―

ポロン。

 ―シにた

キ、ン。

 ―弦が、切れた。

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 ―――キ、ン。
短い音。
鋭く、響いた。
その音は、終わりを告げる。
私の身体に響き、外へと飛び出していった。
檻から解き放たれた、鳥のように。
自由を得た音は、大気を震わせて駆ける。
その音はどこまでも駆け抜けていった。

海岸線を辿り、ジャングルを抜け、そして、街を通り過ぎる。




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