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Last update 2008年03月16日

Death. ~魅了~  著者:真紅



それは静かに、こちらに近づいてきていた。

いや、もう既に「訪れた」と言うべきか。
時間と言う怪物が、ゆっくりと告げる刹那に私は浸る。
怪物の声は「カチッカチッ」と単純で、規則正しく、とても無機質だ。
その瞬間は絶対でありながら、人間にとって避けられない現実となる。
我々はいつかは「生」という形を、「死」という形で終わる。
そう、今この場で私が看ていたこの男のように。
兆しも無い。
誰にも気付かれる事無く、急に訪れる。
規則的に元気に上下していた電気信号の波が、平坦になった。
死期を悟った冷たい部屋を、高い電子音が鳴り響く。
それまで部屋を牛耳っていた耳が痛いほどの静寂は、突然破られた。
刹那。
私にとってそれは日常で、非日常であった頃が懐かしく思えるほどである。
慣れたもので、私は長針と短針の鬼ごっこを眺める。
患者の顔に、純白の真四角の布がフワリと優しく被せられた。

若い医者が、「お気持ち察します」と慰めているのが聞こえる。

周りの患者達も、「可哀想に」と同情の念を口にする。

看護婦も、「大変でしたね」と女性に寄り添っている。

患者の傍らには、唯一の家族である妻らしき女性の姿。
女性は最早「抜け殻」となってしまった患者に、しがみ付き泣いていた。
聞こえてないだろうが、この言葉を告げるのが私の責任であり義務である。
目の端にその光景を捉えながら、私は責任と義務を果たすべくその女性に告げる。

「―――ご臨終です。」

私が、この退屈な繰り返すだけの、過ぎ行くだけの日常で最も興奮を覚えるのは。
この瞬間だ。
全身の毛穴が開くの分かり、汗が噴出し、立ち眩みを起こす程の。

快感。

一種の優越感。

「生きていた」物が、「そうでなくなる」瞬間を最も近い特等席で見れているという。
私が普段内に秘めているこの感情を知れば必ず、誰もが異を唱えるだろう。
きっと皆が皆、口を揃える。
そう、たった一言。

「異常者」と。

だが、私はそのような一元論者は相手にする程暇でも、心豊かでもない。
ほら、もうそろそろ体温が下がり身体が冷たくなってくる頃だろう。
そして全身の筋肉は段々と硬直し、やがて段々と弛緩していく。
それが過ぎれば、微生物による身体の分解が始まる。
皮膚は腐り落ち、肉は萎み逝き、骨は粉となり、見る影も無くなる。
魂を狩る死神達でさえ、この一年余りの寸劇を見る事もなく現世を去るのだ。
私ならその幾多の芸術に「自然の摂理」、というタイトルでも付けようか。
だが、それは滅多に見る事は叶わない。
その芸術を目のキャンパスに描く前に、皆は焼き払ってしまうからである。
恐らく、この患者もそうされる事であろう。
私は、女性の泣き声が木霊するその場を静かに後にした。

 ――――――――――――――――――――――――――――

高まり過ぎた興奮を冷ますため、私は少し早い正午の休憩を取る事にした。
そうして街に出たのは良いものの、この五月蝿いだけの喧騒には相変わらず吐き気を覚える。
決して慣れはしない、音、音、音。
耳を塞いでも、三半規管に叩き付けられる―――不愉快でしかない。
それに比べ、人の身体が奏でる音は実に良い。
血の、頚動脈から流れ出る音。
肉の、切ったにも関わらず千切れるような音。
骨の、折れる直前の響くような軋む音。
それ等は私にとって、どんな一流のオーケストラにも勝る演奏となる。
いつでも変わり無く与えてくれるその快感に、隠しながらも良く身震いしたものだ。
それが見たくて、聞きたくて、意図的に患者に死を見届けた事もあるほどに。
あの絶頂にも似た高揚感を身体が思い出すと、思わず唇が攣り上がる。
私は血を見て興奮するような、下卑た快楽殺人者などではない。

ただ、「生」から「死」。

歴史に名を刻んだ嘗ての殺人鬼達は、その欲望を満たすために手を赤く染めた。
だが、私は決して彼等の如く欲望のままに動きはしない。
何故なら私は、「芸術」として見るのだから。
季節の移り変わりのように、当たり前に起こるその事象を。
皆が畏怖するその事象が、私の興奮をこれでもかと駆り立て、脳を活発に刺激するのだ。

 ―――それこそが、私の至福。

少し深呼吸すると、ふと肺が裏返るような気持ち悪さを感じた。
気持ちが悪い。
気のせいか、頭も体も重い。
私はヨロヨロと、足取りも重いまま路地へと入っていく。
吐き気を催すような気持ちの悪さではないのを、私は感じていた。
言い表すならば、そう、まるで誰かに全身を探られているかのようだ。

 ・・・!?


 ・・・呼吸がし辛い。

 ・・・耳が効かない。

 ―――寒い。

視界までもが、薄い黄色にじわじわ染まっていく。

 ―――こんな感覚、初めてだ。
渇きに飢える、砂漠の民にでもなった気分だ。

無常にも、この地獄の苦しみで思考が研ぎ澄まされる。
黄色く染まった視界などに興味など無い。
私は、目を閉じる。

何だこれは。

何故だ!?
今日は、あんなに快感に打ち震えたではないのか!?

何故だ!?
私はもう、あの程度では満足できなくなってしまったのか!?

 ・・・私は、一線、を越えてしまったのか?

この形容しがたい気持ち悪さ。
その理由を弾き出すべく、私は集中し思考の回転を早めた。
が、結果として何も思い付かない。
汗で湿ったネクタイを、思い切り緩ませる。
"ツゥ・・・"と汗が背中を流れ落ちるのを、敏感になった頭が感じ取った。
同時に、僅かだが一つの結果さえも過ぎらせた。
「死」を。

これが――――。
これが『死ぬかも知れない』という恐怖か。

何故こんなにも落ち着かない。
今までに感じた事も無い感情に、戸惑っているとでも言うのか。
煙草を探す。
無い、無い、無い。
ライターさえ見当たらない。
気付かぬ間に、どこかで落としたのだろうか。
私は、今まで経験した事の無い言い知れぬ恐怖に駆られていた。

 ―――糞。

自身で、自分の顔が硬直し引き攣っていくのが分かる。
今日私が見た男も、確かこんな風に顔を引き攣らせていた気がする。
私は、その表情を見て震えるほどの恍惚を覚えていたというのに。
それがいざ自分の身となると、まさかこれほどまでに恐ろしい物だとは。

落ち着け。
私が、最も、気を許せる場所へ、還るんだ。

視界はもう、ピントの合わないカメラのファインダーを覗いてるかのようだ。
遠ざかり、近付いては、また遠ざかっていく意識。
今の私は一本のか細い藁に、全てを託し縋り付く流される者だ。
手繰り寄せるが、滑り、また手繰り寄せるが、また滑り。
その藁ほどの意識を手放してしまいそうなのを、私は必死で堪える。
しかし閉じ行く瞼への僅かばかりの抵抗も虚しく、私は意識を虚空へと放した。
頭を掠める、自らの"死"への恐怖に少しずつ興奮を覚えながら―――。

 ――――――――――――――――――――――――――――

 ―――。
何だ―――熱い。
先程まで寒かったというのに、いい加減な話だ。
だが、鬱陶しいほどの息苦しさは相変わらずである。
そして暗い。
視界が濁っているのにもかかわらず、この暗さは何だろうか?
手足を動かそうともがく。
どうやら、何故か何かとてつもなく狭い『入れ物』に入れられているようだ。
車のトランク?
まさか、誘拐された訳ではではないだろう。
効かない鼻でも仄かに香る匂いから、この『入れ物』が木で作られている事ぐらいは分かる。
おまけに微かにだが、花の香りがする。
この効かない鼻でも香るのだ。
かなりの量の花が傍に在るのだろう。
此処は何処だ?
しかし記憶を辿っても、何も心当たりは在りはしない。
私といえど、自らこんな『入れ物』に入るわけもあるまい。
この余りにも理解しがたい状況に、私は幾つか可能性を挙げてみた。

私はその初めに、夢遊病を疑った。
今までのは全てが夢。
身体は寝ているが、脳が起きている状態だ。
その結末として、この訳の分からない『入れ物』に入ってしまったというオチ。
在り得なくはない。
夢遊病患者のほとんどが、自覚症状が無い。
私もその一人だろうか?
が、周りの人間の反応を思い出す限り否定しても良さそうだ。
だがくだらなさ過ぎて、声にならないほどの溜息が漏れた。

次に思慮したのは、何かの悪い冗談という可能性である。
小さな頃に良くテレビで見た、「ドッキリカメラ」という可能性。
私を何らかの方法で気を失わせて、『これ』に閉じ込める。
その私の反応を、どこかでモニターを通して誰かが嘲笑でもしているのだろうか。
在り得ない。
街を歩けないほどの有名人ならともかく、私のような一般人にカメラを向けるか?
これも即座に否定し、私はまた此処がどこかを考えた。

 ―――しかし、熱い。
一体どうなっているんだ。
熱い。
ヒリヒリと、肌が炙られている様な感触。
熱い。
全身に、松明が押し当てられているかのようだ。
嗚呼熱い、熱い熱いアツいあツいアツい熱い熱い。

熱で少し歪んだのだろうか。
『入れ物』の隙間から赤い、ユラユラと揺らめき、力強く辺り一面をを這う何かが見えた。

あれは・・・火だ、火が、火に囲まれている。
何なんだここは!?!?
何故私が燃えている!?

 ・・・!?
今、私は何て言った・・・!?
『燃えている』?

一日の記憶が、鮮明になっていく。
まるで走馬灯。

平坦になった、電気信号の波。
 ―――狭い、木で作られた『入れ物』。
そして、すがり付き泣く女性の傍で息絶える患者。
 ―――『燃えている』。
その、患者に被せられた白い布。
 ―――息苦しさ、効かない視界、寒さ。
白い布の、下。

 ――――――――――――――――――ワ、タ、シ。

そうだ。
『入れ物』という棺桶に入っているのは、私。
『燃えている』のは、私。
そうだ。
あの場で、『死んでいた』のは、私。
あの病室で、「私」は「私」に死を告げていたのか――――。

『悪夢で在ってくれ。』

そう願うも、燃え盛る炎の熱さが現実逃避すら許さない。
しかし妙に清清しいまでの、不思議な気分だ。
今、私は自分が快感を覚えていた「生」と「死」を体感しているのだ!
熱で切れゆく筋肉と、沸騰する血液の音。
ギシシ、と軋む骨。
その全てを、私は今、確かに感じている。
悪くはない。
最高だ!

恐怖と、興奮が入り混じる。
絶、頂。

ア、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ。

 ・・・今高笑いしテルのは誰だ?
かつての私のように、私の『死』で喜びに打ち震えているのは誰だ!?

それを確かめようとした私は、もう私ではなくなった。
何故なら、高笑いしているのが誰なのかが分かってしまったから。
私は燃え行く身体で、微かに動かぬ口で呟く。
誰も聞いては居ない事を知っていながらも、誰にも聞き取れぬぐらい。
「―――――。」
力尽きた私は、私の、私としての身体と意識は高く高く煙となって、空に散っていった。

 ――――――――――――――――――――――――――――

「・・・見ろよ・・・あの奥さん、火葬場で笑ってたらしいぞ。」

そこには、男の傍らで泣き叫んでいた女性。

「可哀想に。」

当時患者として、同室にした男が言う。

「当然だよ・・・ダンナがあんな趣味じゃあな。」

「奥さんのお気持ち、察しますよ。」

医者達が呟く。

「噂じゃ、奥さんがダンナを殺したんじゃないかって話だしね。」

「さぞかし色々と大変でしたでしょうね。」

「病院で、泣く演技までしてたらしいわよ?」

担当していた、看護士もそう話し込む。
病室では、男の遺品が片付けられていた。
誰が開けたのだろうか。
窓から、9月にも関わらず少し冷たい風が吹き込んだ。
一冊のノートが、その中で音をも立てずに踊っている。
まだ何も書いては居ない、真っ白で汚れを知らないままである。
風はノートを最後のページまで、めくり上げた。
女性はそのノートを手にして「ヒッ」と小さく声をあげた。
だが、それには誰も気付かない。
女性は、気持ちの悪い物を持つようにしてノートをゴミ袋に叩き込んだ。
風が吹き止むと、何も無かった最後のページに文字が現れていた。
赤く、赤く、ぬめりを帯びた物で書かれた字はまだ新しい。
男が、残した言葉は。
「近頃じゃテレビ・タレントも、嗚咽なんてことを知らないくらいだものな。」




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