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Last update 2008年03月16日

I'm The BOOK  著者:松永夏馬



「私がいるために、笑いたい時にも笑えないなんて言われるといやだからね」

 彼女に、いや昨夜まで彼女だった女性の言葉を何度も反すうし、ようやくカズマはそれがカズマよりも彼女自身を守る言葉だと理解した。『もうアナタとは付き合えないけど、恨んだりしないでね』つまりはそういうことだ。
 ベタ惚れなのを知っていたじゃないか。キライになれるわけがないじゃないか。
 フラれたくらいでフッた女を呪うようなせせこましい男だと思われたことに憤慨する。……というタテマエだ。悲しみと怒りと虚しさと情けなさの入り混じった感情をどこかに向けることで混乱を抑えていると言ってもあながち間違ってはいまい。ともかく、カズマは恋人にフラれたショックから大学の講義をサボって寝ていた。

「実は夢……とかちゃうよなぁ」
 布団の隙間から視線をめぐらし、カズマはぼやいた。1Kの学生用賃貸アパート。雑誌や洗濯物が散らかってはいるが男子学生の部屋にしてはマシな部類だろう。テレビの上に置かれたままになっているフォトスタンドの2ショット写真が哀愁を誘う。
「あかん……ショックでおかしくなってもた」
 弱々しげに呟いたカズマは、再び布団を頭から被る。フラれたことでこれほどまでにショックを受けているのか。これでは、彼女にすでに付き合っている恋人がいてカズマとの付き合いはお遊びの浮気だったなんて事実を知ったらどうなることやら。ましてやその彼女の恋人がカズマの友人の菊地だなんて。

「なんやて!?」
 がば、とカズマが布団を跳ね除けて半身を起こした。そしてそのまま両手をのば……うわわわッ。ちょッ……な?! え?

「ホンマか! 菊地のヤロー」
 か……カズマは『彼』をがしりと掴み、噛み付くような声で詰め寄った。どういうことであろう、『見えない』はずの、『存在しない』はずの存在に、『聴こえない』はずの言葉に気付いているのだ。これは『彼』にとっても初めてのことだった。この知的でストイックな『彼』でさえも混乱しておかしくはない。
「つかコレは……オマエなんやねん? さっきからずーっと喋ってるけど、意思があんのか?」
 いきなり捕まえておいてオマエとは、失礼な男だ。これではフラれるのも当然かもしれない。
「な。オマエのほうが失礼やろ」
 そこではた、とカズマは気づく。

「なんやねん……」
 カズマはその非現実的な光景に今更ながら慌てて手をひっこめた。
「なんやねんこの『本』!」

 ******************** 

「お……おい、『本』」
 一通りの慌て振りを披露してから、カズマはいくらか落ち着きを取り戻した。おそるおそる声をかける。確かにカズマから見れば、そこに浮いているのは一冊の本なのだろう。黒い革の装丁がなされた上品な佇まいの一冊の本。本に「本」と呼びかけるなどということは、カズマに対して「おい人間」と呼びかけるようなもの。まったくもって品性のかけらもない。
「な、なんつーか。理屈っぽい本やなコイツ」
 失礼な男だ。『彼』にはビルフォード・オールレイウェン・オリオグラマイア・キングストンという何処となく高貴さ漂う名前があるというのに。
「長ッ」
 その名の頭文字をとり、BOOKという愛称で親しまれている。
「結局“本”やんか」
 ブック、と呼ばれている。
「おい、本」
 ブック、と呼ばれている。
「本」
 ブック、と呼ばれている。
「……おい、ブック」
 さすがに諦めたらしい。
「なんやムカつくなコイツ」
 下賎な者が高貴な者を見る視線は、羨望が奥底に潜むやっかみでしかない。
「……おい、本」
 ブックと呼ばれている。
「もうええっちゅーねん!」
 万年床から体を起こし、噛み付くような顔でカズマは怒鳴る。非現実的ながらブックの存在を認めた様子で、寝癖のついた髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。
「あのな」
 カズマはブックに呼びかける。
「いや、とりあえずお前、そのヒトゴトみたいなシャベリ止めへん? その、なんつーか、まるで小説の地の文みたいな」
 そんなことを言われ、ブックも戸惑いを隠せなかった。なにしろ、こうやって存在を知られるなどということが初めてだったからだ。

 こうなってはブックについて少し説明が必要だろう。
 端的に言えば、彼は人間の世界で言う『小説家』なのである。彼の言葉は全て『物語』として紡がれ本に刻まれる。小説において3人称である『地の文』こそ『神の言葉』であり、本来ならば登場人物であるカズマには伝わることなどないはずだった、いや伝わることなどあってはならないのだ。 


「……つまり、そういう形でしか喋れへんということか」
 そういうことである。
「その返事はええんかい」

 少しずつ事態を整理しつつ、カズマは額を掻いた。
「ふむ。オレはその登場人物、というわけか」
 登場人物が登場人物として動き出す物語が今までにあっただろうか。このままでは物語が立ち行かない可能性も出てきた。ブックは端麗な横顔を少しだけ曇らせる。
「この本のどこに端麗な横顔があんねん」
 カズマも鼻毛の出たアホ顔をしかめた。
「出てへん!」
 本人はなかなか気づかないものなのである。
「……む」
 口をへの字に曲げ、カズマは腰を上げた。ちらりとブックを一瞥してから洗面所の鏡を覗き込む。
「出てへんやんけ!」
 どうやらカズマは騙されやすい男のようだ。
「うっさい!」
 女に弄ばれるのも仕方のないことだ。
「うがー!!」

 ********************

 朝昼兼用のインスタントラーメンをすすりながら、カズマはブックにちらりと目をやった。困った様子でため息をつく。
「……なぁ。いつまでおんねん」
 そりゃそうだろう。常に監視されているような状態でカズマの一挙一動を言葉にされていることになる。ブックにしてみても自分の存在を知られてしまって困っているのだが、とにかく物語を完成させなければならない。物語を途中で投げるなんてブックの美学に反する。
「完成? 死ぬまで一緒かい」
 どこの世界にただただ登場人物の日常を記録しているような本があるというのだ。
「ムカつく言い方やのう。どないしたらええねん」
 崇高なテーマと劇的な展開、そして大どんでん返しがあれば物語は完結する。
「何気に難しいこと言うなぁ」
 どこから見ても平凡、いや平凡未満な男だが、しかしながらカズマという人間は『ブック』を認知するという特殊な存在なのかもしれない。
「何気に失礼や」
 勇者として異世界に召喚され、その世界を救う。
「へ?」
 などというファンタジーな物語は先例も多いので目新しさがない。
「どないせーちゅうねん。つか普通に会話になってるけどええの?」
 もうそのへんは気にしない方向で。
「ええー」
 本格推理サスペンスはどうだろう。
「登場人物に訊くなよ」
 連続殺人事件に巻き込まれる。
「血なまぐさいのはちょっとなぁ」
 主人公も殺される。
「斬新すぎ!」
 では謎の組織の秘密を偶然知ってしまい、命を狙われるバイオレンスな展開はどうだろう。
「痛いのとかは嫌やで」
 最終的には激突! 爆発音! 断末魔! 的な展開で。
「いやいやいや。ちょっとソレは」
 まったく我が侭な登場人物だ。
「あのな」
 カズマはラーメンの汁を啜り、ふと思いついてニィと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「うっさい。気持ち悪いとか言うな。……なぁなぁ。燃え上がるようなラブロマンスとかには出来ひんの?」









「なんか言え」








「なんか言えって」






「……ごめんなさい」




 まぁ……やって出来なくはないが。
「ほんま? そういうの、そういうのにしよ。な? な?」
 最終的には激突! 爆発音! 断末魔! 的な展開で。
「なんでやねん!」




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