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Last update 2008年06月01日

ミステリーサークルへようこそ  著者:なずな



「我々の、お茶会へようこそ」メンバーは一斉にそう言った。


1.居場所 

学園は 小高い丘一帯、広大な敷地を有し、丘の頂上に旧校舎が、中腹に新校舎がある。
煉瓦造りの古めかしい旧校舎の建物は今ではほとんど使われておらず、物好きな同好会の部室や、風変わりな教師の研究室などいくつかが使用されている以外は ほどんど人気もない。
長い廊下の突き当たり、丸い塔に当たる部分の最上階、細いらせん階段を上ると、突き当りには小ぶりのドアのついた部屋があった。 
鍵を開け、中に入る。うっすらと埃の被った窓枠に手を掛けそこから眺めると、外に広がる丘全体が見渡せた。
妖精でも潜んでいそうな小さな森や、落ちたら絶対に浮かんでこないと言われる沼、老職員が怪しい魔法植物を育てているという噂の温室
そして何故かいつまでも手付かずのまま、伸び放題の草原。(死体が埋まっているなんて話もあった)
その間を縫うような細い坂道を上って登校してくる学生たちの姿は、ここから見下ろせば酷くちっぽけで一人一人がその中に どんな感情を隠し持ち、どんなことに悩むのかなど、本当に些細な事のように思えた。

ある日一人がやって来て、その小部屋の扉を開けた。その時、いつもは掛かっているはずの鍵が開いていたからだ。
やがてまた一人やって来てガタついた木枠の窓を開け、黴の匂いのする空気を入れ替え、次の日には二人来て、埃だらけの床を掃き出した。
数人掛かりで中央に古くて重いテーブルを運び込み、その人たちがここに集うようになったのは、
遠くまで広がる裏の草原の上をさわさわ音立てて吹き抜けていく風が、暖かく感じられるようになった頃のことだった。

 ─Mystery Circle。
彼らはその文字を木の札に彫りつけ、壁に飾った。
美術が得意らしい一番年下のシグと呼ばれる彼が、見事に細工の施されたプレートを創る。
来る人来る人が順に、そのプレートに惜しむことなく手放しの賛辞を贈った。

かれ等はいつもばらばらにやって来て、自分勝手にくつろぐ。
同じジャケット、同じネクタイ。一見揃いの制服を着てはいるものの、規則遵守の模範生タイプから、校則無視のTシャツ着用者、制服を着崩す者でも、その着こなしさえまちまちだった。
髪型、持ち物などを見る限りでも、何の繋がりも趣味の一致もなさそうなメンバーたち。けれど彼等にとって、ここは特別の居心地のよい空間なのだろう、やがて部屋は、それぞれが持ち寄る様々なジャンルの本で充ち、書きかけの原稿用紙が入り乱れるようになった。
熱く創作について語る者、静かに本の世界に浸る者。音楽を聴く者、眠る者。
ぼくはそんな彼らの様子の全てをずっと見ていた。尽きぬ羨望を胸に。
冷たく固く寂しかったその場所が、少しずつ少しずつ変化し始めていた。 


2.お茶会 

「ずっとアンタに会いたいと思ってたんだ。なぁ、出てきてくれないか」
うろうろと鏡の前を行きつ戻りつし、その人は何度も『彼』に呼びかける。宥めすかす様に、またちょっと厳しく・・と声の調子を変えたりしながら熱心に。
そのひとの呼び名はルロイ。後ろで短く束ねた黒髪、薄く色の付いた眼鏡。その一見年齢国籍も不詳の大人びた雰囲気で、教室に帰ったら同じ歳の連中からも敬語で話される男。
普段は人をからかうような目をして薄く笑っているけれど、その笑いが引っ込んだ時の彼の迫力も想像に難くない。
じっと見つめられると誤魔化しや言い逃れができない、色付き眼鏡の奥の瞳は時折、何とも言えない不思議な色に光った。


「で、会えたの、ルロイ?」
「いや、もうちょっと、ってとこかな。」
「こういうのって『もうちょっと』とかそういうのあるの?」
「だめじゃん、ルロイって自分で言うほど霊感とかないんじゃない?」
「やっぱり信頼関係が決め手でしょ。」
「えーっ、信頼?霊との?」
「怖いもん、普通にルロイはさ。幽霊だって怯んじゃう。」
「『幽霊なんて生きてる者の怖れの心が作り出す幻想です。UFO騒ぎも心霊写真も全て説明可能なものです』」
「それ、誰かが言ってた。えっと・・名前何だっけ、地味ぃなセンセ。ほら、くしゃくしゃの白衣着て、いつも眉間に皺寄せて・・」
「冷静で無感動って感じなのに、たまに目が合うと あわててハンカチで汗拭くんだ」
「『科学的考察で 全ては解明できる』・・砂原だったっけ、化石みたいな古株教師」
「化石ねぇ・・ちょっと言えてるけど」

テーブルに肘をつき、本から目を離さないま向かい側の席の一人が言う。クラウド、いつも冷静なメンバーの頭脳。
「ま、あいつにゃ、絶対見えないね。」
「夢とか想像力とかあの頭には一切入る余地なさそうだもんなぁ」
「霊感の問題じゃないの?」
「いや、どちらにせよ、ああいう人って見えるものも見えないんじゃない?」

「・・でもこの鏡がここにあったとはね。オリザくんがここを見つけて本当に良かったね」
丸顔で童顔、明るい声、ムードメーカーのソラが、ルロイに向かって言う。話題の主が「先生」だとしても、誰かの悪口で盛り上がるなんて、このメンバーでは厳禁なのだ。

呼び名は勿論本名ではない。メンバーもお互いを詮索せず、そこにいる時だけ彼等は「仲間」だった。


「午前0時、この大鏡の前で合わせ鏡をする。映った手前から3番目の鏡に自分以外の誰かが見える・・」
「ずっと昔からある、学校の七不思議の内の一つはそうでした」
「でも、15年程前に幽霊騒ぎがあったっていう頃の話は、それとはちょっと違う」
「その上、それまでずっと怪談話があってもそのままだった鏡が」
「その時、すぐに取り外された」
「無くなったはずのその鏡は、実は壊されたり捨てられたりはせず」
「この塔の小部屋まで運ばれて」
「部屋ごと封印された」

「この中のキミ、キミは何か知ってるんだよな?そして何かを伝えたかったんだよな?」
オリザが鏡に向かって声を掛けた。
『彼』の返事はない。鏡に映るのは もちろんオリザの姿だけだ。

「恨むような誰かがいたの?」
「遣り残した何かがあったのか?」
「心残りがあるんだよね」
オリザが鏡に呼びかけるのを真似るように、皆が口々に語りかける。今、まさに何者かがその中から答えそうな、そんな気配が漂った。

「困るじゃない。そんな質問攻めにしちゃ。ごめんね、本当にせっかちで。このひとたち悪気じゃないんだ」
ミヒロが皆をたしなめるように言い、鏡に向かって謝った。

「・・アンタと話がしたいんだ」
コホンと咳払いをして、ルロイが改まった口調で優しく手を差し伸べて言う。笑顔になると案外人懐こい印象になった。
ルロイに続くようにクラウドが、本から目を離して呼びかけた。
「どうぞそこから出て来て下さい。」
部屋に風が吹き込み、サークル名を彫りこんだプレートがカタカタと揺れた。


「僕らのお茶会へようこそ!」
メンバー一同は もう一度親しみを込めて、声を合わせた。




3.証言

「元用務員さん」紹介するミヒロの声がして、老人の声が語り出す。

 ─はい、はい・・大鏡、覚えてますよ。ああ、言っときますが、あたしゃ怪談話なんて信じない方ですからね、
お手伝いして運びました。狭い階段でね、重い、立派な鏡でね、そりゃ苦労しましたよ、全く。
処分せよって理事長先生はお命じになったんですがね、一人の先生にこっそり頼まれました。
何年度だか忘れましたが、昔の卒業生さん一同からの寄贈品らしいですし、ま、捨てるってわけにゃいかんとしても何も、わざわざこんな塔の天辺に運んで鍵閉めて、先生は何をお考えなのかって思いましたよ。
賢い方のすることなんて あたしにゃ理解できねぇと、常々思ってましたけどね。ええ、一々理由なんて聞きません。
余計なこと言って怒られるのはごめんですしね。
校長先生や教頭先生はもういらっしゃらなくて、先生だけ、まだあの学校にいなさる?理事長先生もご健在で・・へぇ、そうなんですか。


「卒業記念として贈呈した年度の卒業生の方ですが・・」
紹介されて、今度は落ち着いた初老の男の声が、後に続く。

 ─大鏡ですか・・。ああ・・・私たちの年度ってそんなでしたかね。PTAだか生徒会が決めたんだと思います。あんまり覚えてないですね。
寄贈した後?ああ、校舎の北の階段の踊り場に取り付けられたとか聞いてます。
階段の鏡で怪談話ですか?あはは。まぁ夜中とか 普通に怖い感じはするものね。学校の建物自体相当古いし。ああ、もうあの校舎は使っていないんでしたね。
で、何かあったんですか?それにしても懐かしいなぁ、学生時代かぁ。


「続いて、鏡が階段にあった頃の卒業生の方」
壮年の紳士の声。

 ─ああ、大きい鏡ね。ありましたよ、階段に。
登校したらまず、自分の姿をチェックしろとか、そんな意味でしょ。でも若い頃って人目気にするじゃないですか?ナルシストっぽく見られるのって恥ずかしいから 僕なんかはサッと通り過ぎました。
ああ、怪談話?どこにでもありますよね、合わせ鏡に何か映るってああいうの。
夜中の12時だとか、手前から3番目に出る、だとかね、実しやかに言われてたから、怖がって目背けるヤツもいましたけど。
いつ取り外されたかって・・?うーん、僕たちが出てからですね、何かあったのかな。


「鏡が取り外された頃の、卒業生の方」
先ほどより少し若い男の声。

 ─俺らの頃?うん、途中で取り外されたな、覚えてる。
誰が見たのか解らないけど、急に噂が広がってね、階段の鏡に数年前に学校で倒れて死んだ先輩が映ったとか。そりゃあ大騒ぎ。肝試し気分で皆見に行くし。
そうそう、鏡の中の幽霊は 悲しげに「ミステリーサークル」って呟くとか。
理事長まで血相変えて飛んできてさ。全体集会で思いっきり否定されたよ。幽霊なんてありえないって。いつまでも馬鹿なこと言って騒ぐ者は停学だ、とか。無茶苦茶だよな。
外されてどうなったかって?さあ・・気が付いたらもう なくなってたよ。
死んだ先輩ね、もともと病弱だったとかは聞いたな。そうそう、物凄く存在感ない人で、いじめとか無視とかじゃなく 普通に忘れ去られるような存在?だからいつも悲しげに鏡を見つめてたんだとか。自分の存在確認して安心してたんじゃない?
本当かどうかは知らないよ。噂だよ、噂。怪談話。こんなのあんまり怖くないね。でも、もう新校舎建って、そっち使ってるんでしょ?


4.過去の少年

「・・・そして、亡くなった少年と同級だったひとの話では・・」
ミヒロがそこで言葉を切った。手にした何枚ものレポート用紙。メンバーの内の誰かが調べ上げた学園の記録だ。
「線の細い病弱な少年で、学校を休みがちだったそうです。
なかなか友達もできず、たまに登校すると、存在感のなさをネタに時々からかわれていたそうです」
「いじめ?」他のメンバーが問う。
「そうですね、たまに登校しても気が付かないふりをしてぶつかられたり、声を出しても聞こえないとか言われたり・・」
「ふざけてただけだとか言うんだろ。そういう連中ってさ、後で言うんだ、『あんな位で傷つくなんて思ってもなかった』とか」
「他人の心の痛みを解ろうともしない人たち。相手の気持ちを想像する力が少しでもあればいいのに、と思いますね」
「その鏡の前でよく自分の姿を見てた?そうやって自分の存在を確認してた、なんて・・」
「可愛そうに。」
「許せねぇな・・そいつら皆、片っ端から殴りてぇ」
「また、ルロイは物騒なこと言って」
「・・で、その子は何で亡くなったの?自殺・・とか?」
「いえ・・それが・・皆が登校前の早朝、校内で倒れていたそうです。」
「病弱で学校を休みがちな少年が 早朝一番乗りで登校?」
「保健室に運ばれた後、病院に連れて行かれ、そのまま入院。一ヶ月足らずで亡くなったそうです。」
「救急車、すぐに呼ばなかったのかね」
「一体どこで倒れてたんだろう」
「話を聞かせてくれた同級生の方は、そこまで気にかけなかったようでした。残念というか・・寂しいことですが」
「『地味で存在感のない人』・・か」
「切ないですね」
「酷いよな」
「話を聞いてやりたいな」
「友達になれるかもしれないし」

「やっぱり 今でもここに『居る』のかな?本当に呼び出せると皆、思ってる?」
鏡を覗き込みながらソラが改めて皆に問いかける。
「僕はそういうの、きっとあるって信じるけど」
「信じたい」
「ありえない、っていう証明なんかできませんよ、絶対に」



「その頃、すでに身体の具合が思わしくなくて、手術のために入院することが決まっていたそうです」
ミヒロが皆の言葉が終わるのを待って、続きを話す。
「また 長期欠席しなくちゃならなかったんだ。ショックだったろうなぁ」
「学校のこと好きだったのかな、そんな酷いヤツらがいる所でも」
「親しくしていた先生はいたそうですよ。彼もその先生の研究室にはよく行っていたらしい。ただちょっと・・」
「何?」
「気が弱くて、教室ではそんな連中に注意することもできず、どちらかといえば・・」
「見て見ぬふり・・ってヤツかよ」
「情けないなぁ。」
「まだ、この学校にいる・・って用務員さんが言ってたの、その先生?」
「彼が亡くなってからは更に無口で、ほとんど研究室に篭るようになり、生徒とも交流を持たない先生になったそうですよ」
「それって・・」

ガタン。
鏡の後ろのカーテンが揺れた。




「砂原先生、一体いつまで隠れてるんですか?」


5.先生

鏡の後ろ、ルロイがカーテンを、捲ると、青ざめた砂原が身体を縮込めてしゃがみ込んでいた。

「いい加減にしなよ。先生。盗み聞きなんてタチ悪いし」
「時々ここにいらしてたんでしょ。僕たちが来たら ここに隠れて」
ルロイとクラウドが砂原に向かって言う。
「えーっ、先生がここに潜んでたなんて。ズルイや、二人とも知ってて黙ってたの?秘密主義反対!」
ソラが驚いて声を上げた。

「身体が冷えます、先生。そんな所でいつまでも座ってたら」
オリザが砂原を助け起こして立ち上がらせた。
「『彼』と懇意だったのって、砂原先生なんですね?」
「処分したことになってる鏡を ここへ運ぶように指示したのも先生なんですか?」
ミヒロが砂原に問いかけると、ずっと何かを描き続けていて口数の少なかったシグも顔を上げた。
砂原はおびえた目のまま部屋を見回し おずおずとメンバーの顔を確認した。
日頃の砂原の近寄り難い雰囲気からは想像も付かない。気弱で頼りない印象だ。
二周り以上も年下の生徒相手なのに、まるで悪戯がばれた子どものように 砂原は俯きながら鏡の後ろから進み出る。
教室で見る生徒の顔と「メンバー」の声やニックネームを一致させようとするように、ひとりひとりを見た後
砂原はまだ誰かを探すように 部屋を見渡した。皮肉な調子でクスリとクラウドが笑う。
「用務員さんとか、卒業生とか、大勢お客様でも見えてると思ってらしたのかな?」
「ミヒロくんは七色の声の持ち主だもんね。凄いや、先生騙されちゃった?」
ソラが手を叩きながら、嬉しそうに声を上げる。
「放送部部長、演劇部公演ではいつも拝み倒されての友情出演だもんね」
「見事なもんだな、いつもながら。声で人格や外見まで想像させる」
描き上げたそれぞれの証言者のイメージ画を示し、シグはミヒロの方を向いて笑った。

「僕らは 知りたかったんです」
「何故鏡を運び込み、先生はここに通ってらしたんですか」
「まさか先生も、本当は幽霊とか信じてたの」
「信じてただけじゃなく、会ってたとか言う?」
「いや・・それは・・」
砂原が首を横に振り、力なく呟く。今の砂原はまるで、隠れんぼで見つかってすっかり気落ちした子どもみたいだ。
「もしかして、僕らなら『彼』を呼び出せると、信じてくれてた?」
「会いたいんだけどなぁ」
「これがなかなか 難しい」
「シャイなんだよ、『彼』はきっとさ」

「早朝に倒れていた彼を見つけたのは 先生だったと聞いてます」
ミヒロが レポートに目をやりながら問いかける。
「何か、あれ以外のこと、他の誰も知らないことをご存知なんですか?」

砂原は硬い表情のままメンバーを見た後グラリとよろけ、頭を抱えたままよろよろと歩いて、テーブルに手をついた。
重い沈黙の中に砂原の荒い息遣いだけが響いていた。砂原の額に汗が滲む。皆が砂原の語り出すのをただ、待っていた。
パンパン、手を叩く音が静寂を破った。
「ほらほら、先生困ってるじゃない、そんな質問攻めにしちゃ。すみません、先生」
以前にも砂原がこのカーテンの陰から聞いた台詞を、またオリザが口にした。
「でも、僕は・・僕らは知りたいんだ。本当のことを。教えてくれますよね、先生」
ルロイが鏡に向き合ったまま、砂原に言った。



6.Mystery Circle

「あの朝、倒れている篠永一真を見つけたのは・・確かに私だ」
「誰も登校して来ないくらい早朝だったそうですね」
「どこに倒れてたの?」
「彼・・篠永君は何をしていたの?先生」
長い沈黙の後、砂原が唸るよう答えた。
「ミステリーサークル、篠永はあの草原に、ミステリーサークルを作ろうとしていた」
全員の視線が窓の外に引き寄せられた。遥か遠くまで丈高い草が風にそよぎ 先は急勾配になっているのか霞んだ空と接している。
「『鏡の幽霊の呟き』は、それを意味してた訳だ」
「何か足跡を残したい・・僕の名は残らなくてもいいから、伝説を作りたい、皆がわくわくするような何かを作りたい。
彼はよく私の研究室に遊びに来て・・そんな話をした」
「『存在感がない』とか言われて傷ついてたって聞きました。先生にそんな悩みとか打ち明けてました?」
「いや、それよりも彼は・・篠永は・・病弱な身体を持つ自分へのもどかしさをよく口にした。言葉は少なかったが。
私なんぞ、悩みを打ち明ける程 頼れる存在でもなかったのかもしれない・・」
砂原は寂しそうな表情を見せ、深いため息をついた。


「でも、何で そこで『ミステリーサークル』なの?」
「それは・・」
砂原が口ごもる。

「先生の影響なんだよ」
ルロイが唐突に口を挟んだ。眼鏡の奥の瞳がそんな時不思議な輝きを見せるのを、クラウドは見逃さない。
「砂原先生の研究室を訪ねては、コレクションの本や資料を見せて貰うのが楽しみだったんだ。
窓から裏の草原の見えるあの先生の部屋は、学園内の嫌な事を一切忘れられる、唯一の大事な居場所だったんだよ」
誰も知らなかったそんな事実をもルロイが知っていたことに、皆は驚きを隠せない。
メンバーの方を振り向きもせず、ルロイはコツコツと砂原の近くまで歩み寄った。
「そして、彼を、自分の部屋に迎えるのが先生にとっても楽しみだったんですよね?」
砂原が頷き、がくんとうな垂れる。
「彼はある地域のミステリーサークルが人為的な物だったという記事を見つけ、老人二人が数時間で成し終えたという箇所を繰り返し読んでいた。そして何度も、自分でも作ってみたいと言っていた」
「篠永君って、先生と同じタイプだったの?ほら、科学が全て・・とかいう」
「いや 彼は・・たとえ自分が同様に作れたとしても、『不思議なもの』を信じる気持ちは変わらないとそう言い切った」
砂原が苦しそうに息をつく。ポケットからハンカチを出してシグが砂原に渡した。
「興味の方向は違っていても、美しいと思う気持ちは同じだった。幾枚もの資料の中の、正確で無駄のない形状を、私たちは飽きず眺めていたものだ」
砂原は額の汗と目頭を、そのハンカチで拭った。

ルロイの瞳がすうっといつもの色に戻っていた。




「入院して学校に来れなくなる前に、何かやらかそうとしたんだね、先生も手伝って?」
「いや、何をするかは知らされてなかった。ただ、一番に学校に来て、と言われて、早めに出勤した」
「すぐに解ったんですか?彼がどこにいるのか」
「この塔に上って、窓から外を見るように言われてた」
「それで、ここから、倒れている彼を見つけたんですね」
「草原で、手を付けられていたのはまだほんの一部だった。彼が何をやりたかったのか解ったのは、近くまで降りて行って資料と同じ板や紐などの道具や、傍に落ちていた設計図を見てからだった」
「何の形を残せないまま、倒れちゃったのか」
「可愛そうに ・・」
「そりゃ 未練残るよなぁ」

「理事長の指示でひとまず保健室に篠永を運んだ。戻って見ると彼がサークル作りに使った道具は即片付けられていた。
設計図は・・理事長が一瞥しただけでぐしゃぐしゃに握り潰した」
「あいつ・・」
「酷いな」
「作りかけの一部について、このままにしておくのか私が聞いても、
『何のつもりか知らないが、馬鹿馬鹿しい。こんなもの誰も気付きゃしない、放っておけ』と・・」
「ああ・・」
誰からともなくため息が漏れた。
「『誰にも気付きゃしない』・・なんて。」
「倒れた原因とか、そこにいた理由とか、誰も追究しようとしなかったんですか?」
「元々病弱で、それも入院直前のこと・・学校恋しさに無理したんだろうとか、そんな風に説明された」
「何か、無理やりだなぁ」
「いじめのこと等も含め、余計な事を一切口外しないというのを条件に、私はクビにならずに済んだ。
校長と教頭は数年の内に退職と転職した。理事長が手を回し、それ以降の美味い条件をつけて追い出したんだと思う」

「・・新しい噂を流したのは 先生ですか?」
いきなりの言葉に皆がクラウドの顔を見た。
「怖がらせたかったのは・・理事長?」

「霊感があると噂のある生徒がまず言い出した。噂に『ミステリーサークル』という呟きを加えるくらいは簡単なことだった」
「噂に尾ひれをつけて流した・・ってことですね」
「先生は信じたの?噂を利用しただけ?」
「幽霊なんていやしない。ただ、彼を忘れまいと思った。結局篠永のために何にもしなかった自分を許せなかった。そして理事長も」
砂原が苦々しげに言い切った。けれど、その声は弱く、自信なげに響く。
「あのタヌキ親父、先生に口止めして、鏡外して、それで全て終わったと思ってるんだろうなぁ」
「悔しいですよね。彼の想いなんてどうでもいいって感じで」
「いじめも無視も、無かったことにされ」
「彼の『何かを残したい』って気持ちも、無かったことにされ」

「あ、もしかしていつかまた鏡や幽霊話使って、理事長をやっつけようとか思ってた、先生?」
「いや・・私には・・私はそんなこと・・ただ・・」
砂原の目が揺らぎ、青白い頬に赤みが注した。

「それ、いいかも」
ソラが嬉しそうな声を出し、立ち上がった。。
「いい、いい。ねぇ、計画しようよ。理事長って、案外怖がりだったりしてさ」
「怖がらす・・か」
「懲らしめる?」
秘密の計画を立てるの高揚感。メンバーが思い思いに策を練り出すと、ミヒロが静かに嗜めた。
「こらこら、面白がってちゃ不謹慎だよ。亡くなった篠永君の気持ちの方を真剣に考えようよ」

鏡を見つめて黙っていたルロイの、色付き眼鏡の奥のその瞳に、また不思議な色が宿る。
「・・誰かを怖がらせたり、脅かしたりとか・・そんな事したかったんじゃない」
ルロイが消え入りそうな声で呟いた。
「ルロイ?」
ソラが声を掛けると、ルロイは弾かれたように顔を向け一瞬口ごもり、そして普段の目になった。
「いや、何となくだよ。何となく、その幽霊の『彼』?彼がさ、そう思ってるんじゃねぇかなって・・」
「何だ、ルロイらしくないこと言うし熱でもあるのかと思っちゃった」
クスクス笑って子犬のようにじゃれ付くソラを、軽くはたいてルロイも笑う。


「先生は この部屋に来て、鏡を見ながら何を想ってらっしゃったんですか」
オリザが問いかける。椅子に崩れるように座り込み、頭を抱えて黙り込んでいた砂原は
「・・・もう一度会えるものなら謝りたいとは思ったさ」
「先生も、この鏡があれば、また彼に会えるような気がしたんだよね?」
「何度も何度も、この鏡に向かって呼びかけてたんじゃないの?先生も」
「篠永の幽霊?まさか、とんでもない。私が信じる訳がない、そんな・・そんな馬鹿な話」


「会えたんですか?一度でも」
静かに砂原に近づき、そっと顔を覗き込むようにしてクラウドが聞く。
「いや・・・」
砂原は鏡の方を振り向いて、じっと見つめた後、自嘲的な笑いを浮かべ
「ぼくにはきっと・・『見えるものも 見えない』んだよ。夢も想像力も持ち合わせがないし」
「あ・・」
数日前、砂原が鏡の後ろで聞いていることに気づかずに話題にした時のことを、メンバーは思い出していた。
「先生、ごめん、あれは、えっと・・」
自分だけが悪口を言った訳でもないのに焦ってしどろもどろにソラが言い訳する。
あまりの慌てように 思わず周囲に笑いが起こり、少し雰囲気が和む。
砂原もやっと顔を上げて寂しげに微笑んだ。

「先生。オレたちにもコイツの魅力、教えてくれるよな」
ルロイはそう言って、ポケットから切り抜きの写真を一枚出し、砂原に手渡しながら言った。
「この間、先生のバインダーがここに残っていたのをたまたま見つけてね。中から一枚失敬してました」
「それで、先生とこの部屋と『ミステリー・サークル』の繋がりに気が付いたってわけです」
クラウドが付け加えて言った。

「ミステリー・サークル?!」
ソラが乗り出して写真を覗き込み歓声を上げる。
「完璧な幾何学模様だな」
「綺麗だねぇ」
シグとソラが続けて言う。
「先生も 今日から僕らの仲間だな」
ルロイが言い、
「ようこそ、ミステリーサークルへ!!」
オリザとミヒロが声を合わせて言った。



7.未明

「これより彼の遺志を受け継ぎ、オレたちは伝説を作る」
ルロイが仲間の前に進み出て言う。

まだ暗い空。メンバーと砂原が緊張の面持ちで草原に立っていた。ここに何かが描かれたら 校舎から見下ろした時にちょうどくっきり見えるはずだ。
「計画通り段取り良く頼む。早朝練習の運動部のヤツらが来るまでに完璧に終わること。
言わなくても解っているだろうが、秘密は絶対に守ること」
「了解」
「ラジャ」
「OK」
「解ってる。秘密は墓場まで持っていくよ」

「出来上がりの図はこれね」
シグが設計図というには美しすぎる絵を皆に見せて言う。

ルロイの支持に従ってメンバーは持ち場に分かれ、作業を開始した。
同じ目的を持ち、何かを完成させることが楽しくて仕方が無い。
空が白み始める前に、学校の裏の草原に少しずつ美しい模様が浮かび上がってきた。



8.再び塔の小部屋

「いるんだろ?」
 ─います。ここに。

「これで いいの?」
 ─はい。ありがとう。嬉しいです。
「砂原と話さなくていいのか?」
 ─先生の気持ちは伝わってます。僕のこと気に掛けてくれて、今でも覚えていてくれるだけでもういいんです。
それと・・理事長先生のことも脅かしたり怖がらせたりしないで下さって良かったです。僕は・・
「ちゃんと存在感あるよ。そこにいるって、すぐに解った」
 ─あんまり記憶がなくて、申し訳なかったです。色々ご迷惑かけました。僕さえちゃんと覚えていたら、あちこち調べに行かなくても済んだものを・・。
「いや、探偵ごっこも嫌いじゃないし。それより辛いこと思い出させて、悪かったのかな」
 ─いいえ。僕が僕自身の存在を消そうとしてたのかもしれません。あの頃も、こんなになってしまってからも、まだ。

「アンタの代わりに『伝説』を作るって、皆張り切ってるよ。オレらはきっと今日のこと忘れない。アンタのことも」
 ─ありがとう。・・色々なことを少しずつ思い出しています。生きてるってことは・・感じることだったんですね。
暖かや寒さ、味、匂い・・辛さも悲しさも、嬉しさも悔しさも。自分のことだけでなく他人の痛みや苦しみや・・もっといっぱい。
「そうだな。本当に、そうなんだろうね。それ、鈍感で、無感動で生きてる連中に聞かせてやりたいね」
クスリ・・鏡の中で影が笑った。



「ミステリーサークル 作ろうとした日のこと、覚えてる?」
 ─そうですね・・。今よりもっと寒い季節でした・・空はもっと暗い頃 僕は作業を始めました。
広い草原に一人っきりでしたけれど、何だか生まれて初めてうきうきしていました。そうだ、小雨が降り始めてた。
ああ、冷たい雨に冬の匂いがしたこと、思い出します。
そう、僕はあの時、草の葉を踏みしめながら幸せだったんです。信じてもらえますか?幸せだったんですよ。
「信じるよ。でも・・」
 ─でも?
「アンタに、もっと別の幸せを感じて欲しかったな」
 ─ありがとう。僕、今あの時よりもっと・・幸せかもしれません。


「そろそろ行こうか、見届けてくれるだろ?」
 ─ええ。そしておそらく・・
「おそらく?」
 ─全て思い出したら、本当にお別れです。
自分が生きてたことと、自分が死んだこと、ちゃんと受け容れなくっちゃ きっとどこにも行けないんですね。
「ああ・・そうなのかもしれないな」

 ─ありがとう、ルロイ。さようなら、皆に会えて本当に良かった。



エピローグ



「あれ、ルロイどこ行ってたの?」
ソラが聞く。
「『部屋』に忘れ物取りに行ってた」
薄明るくなった芝生のあちこちに点々と、仲間の姿が見える。
正確に測った細かい部分の草を踏んでいる、砂原先生の姿も 遠くに見える。
「サボるなよー。ここ、ルロイの持ち場、もう出来上がっちゃうぞー」
「見て見て、綺麗でしょ」
「学園の連中 ぶったまげるぞ、きっと」
口々に言う仲間の声。


「オレとしてはさ、鏡を理事長室に運び込んで絶対外せないように貼り付けでもして、寿命縮む程怖がらせてやりたかったんだけどな」
「何?ルロイ。今更計画に不満でも?」
オリザが腕組みして聞き咎める。
「いや、何でもない」
「秘密主義はんたーい!」
シグがルロイの脇腹をつつく。
「はんたーい!」
ソラがおどけ、皆が笑う。晴れやかな顔だ。

離れた所で見ていたクラウドがルロイにそっと近寄ると
「お疲れさま」
それだけ言って、ルロイの肩を叩いた。

強さと温かみを増した朝日が、仲間の顔を照らし始める。
学園にもうすぐ「新しい伝説」が、完成する。




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