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Last update 2008年06月01日

 鉄格子は錆びてざらざらし、冷たい雨の感触はぞっとしなかった。まだ昼を過ぎて間もない時刻だと言うのに、中を覗けば陰湿と言うような表現が一番しっくり来るかのように暗く翳っていた。僕はその死体のような建築物を外から舐めるようにして一周し、それから覚悟を決めて、錆びて重くなった鉄の門扉を蹴るようにして押し開け、霧雨そぼ降る視界の悪い園内へと踏み込んだ。
 そこはまさに、死体の如き廃屋だった。かつては人の息吹きがそこにはあったであろう建築物の死骸だった。僕は、至る所に散らばる得たいの知れない瓦礫を迂回しながら奥へと進む。遥か向こうから見える崩れた窓の明かりが妙に寒く感じられ、僕の足取りをさらに重くさせた。
 バキリと僕の足の下で何かが折れる。僕にとってはそれが腐蝕した人骨のような感触に思える程、その場の持つ雰囲気に恐怖を感じていた。
 小さな遊園地だった。ジェットコースターや大型のアトラクションなど、設置の望みも出来ない程に小さな遊園地だった。雨に濡れる黒く錆びたメリーゴーラウンドや、各所に転がるコインで動く電動式の木馬などが怖いほどに哀しく見えた。
 かつてはこんな場所でもそれなりには繁盛し、人も来た事だろう。例え派手な演出の遊具は無くとも、それなりに子供を遊ばせる事の出来る施設だったのだろう。
 だが、そんな面影がそこに滲み出るかのように存在する廃屋は、余計に惨めで哀しかった。転がる遊具は全て死者であり、それを全て受け入れているその場所こそは、死者達が眠る墓地そのものなイメージだった。
 僕は、煙る雨を避けるようにして半地下となる屋内施設へと踏み込んだ。廃屋となった建造物に当たる静かな雨の音が、例えようもなく寂しく聞こえる。どうやらそこはレストランのような施設だったらしく、至る場所に埃の積もったテーブルや椅子が散乱していた。僕は、無造作に積まれたその障害物を避けながら奥へと進む。そこに探している相手がいると言う確証など何も無かったのだが、僕の勘は、彼女はそこにいるぞと告げている。
 横たわるペンキが剥がれ切った大型の人形を避け、積まれたスマートボール系の筐体の山を避け、奥まる暗がりの廃屋の一室に、白いスーツの彼女はいた。やはり彼女は、僕をそこで待っていた。
「お待ちしてたわ。ようこそ、night_stalkerさん。いえ、親しみを込めて内藤さんとお呼びすべきかしら?」
 そう言って、須藤加代子は笑った。確かにそれは、送って貰った写真の中で見た笑い顔の口元と同じだった。
 長く黒い髪。冷淡なイメージを感じさせる整った顔立ち。そして、均整の取れた肢体を包む白いスーツの上下。スカートの膝下から覗く黒いストッキングに、白いハイヒール。両手に嵌めた白い手袋すらも、薄暗がりの中の彼女には良く似合っていた。
 彼女は前以て、そこだけは綺麗に拭き掃除でもしていたのだろうか。彼女が椅子を引いて立ち上がったその一角だけは、廃屋の中から浮いて見えるぐらいに綺麗に見える。
「どうぞ、お座りになって。良かったらお茶でもどう?」
 優雅に語り掛ける彼女を無視し、僕はなるべく感情を殺したような声で、「須藤加代子さん?」と聞いた。
 彼女はそう聞かれる事を予期していたか、「えぇ」と薄く笑いながら返事をする。僕はゆっくりと彼女の立つテーブルの近くまで歩み寄り、勧められた椅子には腰掛けないまま質問をした。
「皆を殺したのは君なんだね?」
 ノーと言うように、彼女は首を横に振る。
「もう、このゲームの参加者は君と僕しかいない。君じゃなければ犯人は僕だと言う事になる」
 イエスと、大きく一つ首を縦に振る。
「確かに僕は、心の病にかかっている。鬱で、分裂気味で、多重人格的な部分もある。だが、僕には彼等を殺す動機が無いし、恨みもなければ殺した筈の記憶も無い。だから僕は、事実を知りたくてここに来た。君はこの事件の全貌を知る人間なんだろう?」
 ふふふと、彼女は笑った。そして彼女はその笑い顔のまま俯くと、その姿勢のままで堪えていた笑いが堰を切ったかのように、長く高い狂気染みた笑い声へと変化させる。轟く彼女の笑い声は、ひびの入った廃屋の壁や天井に突き刺さり、その声だけでこの老朽化した建物を崩壊させてしまうようなぐらいの威力を持っていた。
 ガバと、音が聞こえるぐらいの勢いで、彼女の顔が持ち上がる。僕はそこに、狂気の色が浮かんだ彼女の両目を見た。そして彼女はその笑い顔を顔面に張り付かせたままで、僕の想像の遥か上にあるような説明を始めた。
「貴方は、今自分がどんな世界のいるのか判っているの? そして貴方と言う存在は、この世界に措いて実に曖昧なものだと言う自覚は持っているの? 貴方はきっと、自分の書き上げた作品の通りに事件が進んで行く事実に困惑している筈。でも、それと同時に自分の繋げた導火線が順に点火して行くのを見て、満足げに笑っている自分もその中にいる。それは判っているの? 理解出来ているの?」
 彼女の腕が宙を泳ぐ。まるで彼女の周りの空間に存在する、空間の繋ぎ目を探しているかのように。
「この世界は、貴方が作り出した世界なのよ」 彼女の笑顔の中から目だけがその呪縛から逃れ、その鋭い視線が僕の両目に突き刺さる。
「貴方はこの世界で、貴方の友人である管理者達を殺して回る。でも実際は誰も死んでいない。だってこの世界で起きた事なんか、たった一枚の紙が紡ぐ空想でしかないんだもの。それが証拠に、どの管理者達だって、実際のハンドルネームをちょっといじっただけの似たような名前でしょ? そして故意に全員の性別を逆転させている。全ては貴方が書き上げた作中の登場人物以上ではないのよ。死んだも何もなく、貴方が考えて拵えた出来の悪いミステリー小説以上では無いのよ」
 何を言っているんだ? 僕は彼女が語る話の内容には全く思考が追い付かず、まるでエコーが掛かっているようなその声を麻痺し始めた脳内で何度も繰り返して反芻するばかりだった。
「まだ判らないの?」 彼女は言葉を続けた。
「貴方は、私。私こそが、この世界の中の貴方。内藤と、須藤加代子。幼稚な語呂合わせね。そのまんま貴方のハンドルネームじゃない? つまりは、管理者全員の性別の反転があるならば、貴方の逆は私になるのよ。だから貴方はこの世界での異端なの。いてはいけない存在なのよ。貴方が作り上げた世界に、貴方が実在の登場人物として存在してしまう。同じ魂の人間が今ここに二人存在している。だから貴方は事の全てに気付けないし、困惑するばかりなのよ」
 彼女の言葉が少しの間静止する。
 風が出て来たみたいだった。屋内に少しだけ残った窓のガラスが風に煽られバタバタと鳴っていた。
「全て貴方の書き上げた原稿の通りでしょう? 貴方は実在する管理者全ての名前を使って連続する殺人ミステリーを考え付いた。そしてその作中には既に出来上がっている台本があり、その通りに人が殺されていくのを自分一人だけが知っていて、結局は最後まで何も出来ない。最後に自分の命が狙われるまでね。そして今がそれよ。貴方の書き上げた原稿では、この後は一体どうなるの? 貴方の原稿通りに犯行を重ねて来たのは、何と自分の書いた作品の中の自分自身だった。その世界の中で、生き残れるのはたったの一人。同じ人物は二人と要らない。貴方か、私か、決着はここで着くんだったよね?」
 そう……と、我知らずに僕の口が動いていた。
「そう、君の言う通り生き残れるのはたったの一人だよ。でも、それの束の間、登場人物はみんな死ぬ。そう、あの有名なる女流作家のミステリー同様。生き残った最後の一人は、自らその命を消してしまう。このゲームは誰が犯人でも構わないんだ。最後に、『そして誰もいなくなった』と言う一文に向けて進む絶望的なストーリーなんだから」
 僕の言葉を聞いて、須藤加代子は満足げに笑みを漏らした。そして彼女の手には、いつの間にそこにあったのだろうか、幅の狭いいかにも鋭利そうな一振りのナイフが握られていた。
「そうね。ではそろそろこのお話しの幕を閉じましょう。貴方の書いたお話し通りに拳銃までは用意出来なかったけれど、これでも充分に人は死ぬ。貴方の上げる血飛沫か、私の体内に流れる悪魔の血か。これから数分後には、私のこの白いスーツは真っ赤に染まる事でしょうね」
 そう言いながら、須藤加代子は僕の方に向かってゆっくりと歩いて来た。
 僕は僕に殺される。いや、彼女は彼女に殺されると表現するべきか。この後に待つ終劇の幕は、僕ら二人のどちらかが書き終わらせればいいだけだ。
 白いスーツの女は、僕の目の前で大きく腕を振り上げる。どうやら僕には、その行動を止めるだけの気力も無いらしい。振り下ろされるそのナイフは、僕の鎖骨の上辺りからざくりと刺さり、一瞬で僕の心臓をえぐるのだろう。そして僕は、再び現実の世界の物書きへと戻る。僕が僕自身を殺す陳腐なミステリー小説は、ここで僕の出番を終えるのだ。


「待て!」
 目を瞑り、その瞬間を待つ僕の耳に、聞きなれた友人の声が響いた。
 その瞬間は訪れなかった。須藤加代子はナイフを振り上げたままの姿勢で声のする方を向いていた。
 散乱したまま無造作に積み上げられた瓦礫の上で、窓から覗き外の明かりで真っ黒に写るそのシルエットは、確実に僕達二人をその視界に捉えて話し掛けていた。
 そのシルエットは身軽に窓から飛び降りて、半地下となった室内へと着地する。そうしてその人物も僕達と同様薄暗がりの住人になった所で、ようやくその風貌が人の形となって現れた。
(荒木君!) 僕がそう言おうとするより前に、僕の横から細く長い呻きの声が流れ出した。
 呻き声は、言葉にならない心の悲鳴のように途切れる事無く響き、そして僕がその声の主を横目で見た瞬間、須藤加代子の恐怖は頂点へと達したか次なる悲鳴はその身体が発する絶叫へと変化していた。
「きぃやゃぁぁぁぁぁ~っ!」
 まるで猿が上げる金切り声のような悲鳴は、先程までの狂人的な彼女よりも更に常識性を逸し、完全に恐怖で我を忘れた絶望なる悲鳴だった。僕は一体何が起こっているのかも判らないまま、彼女の前から後ずさりをする。
 急変は、その次の瞬間に起こった。彼女の声が限界を超え、続く息もそこで途切れて呼吸音のそれに近付いた頃、彼女は振り上げたそのナイフを勢い良く自らの胸に突き立てた。
 僕には良く判らなかった。ナイフとは、こんなに容易く人の体内に刺さるものなのだろうかと。だが、柄の部分を残して深々と刺さったそのナイフは、次第に彼女の纏う白いスーツを赤く染めて行った。
 バタリと大きく音がして、暗い室内に埃が舞い散る。須藤加代子は、ほとんど直立不動のような格好で仰向けに床へと倒れ込む。
 そして僕は気付いた。これは小説の世界なんかじゃない。この世界は現実だと。死は死であり、人は生身で、僕は僕だと。そして今、須藤加代子は一人の人間として死んだのだと。
 彼女は大きく目を見開いたまま、ゆっくりゆっくりとこの世の最後の呼吸を繰り返し、そして事切れた。笑みに歪んでいるのか、それとも恐怖か。彼女の死に顔は、狂気のままに引き攣って見えた。
「大丈夫でしたか?」 荒木君は、僕の背後から小さな声でそう言った。
 僕はただ一言、ありがとうと返して彼に向き直る。彼は歳こそ離れているが、僕にとっては最も近しい友人の一人だった。いつも見る、優しい笑顔がそこにはあった。
「どうやってここを見付けたの?」 僕は、力ない声で彼に問う。
「ネットでたまたま見付けました」 彼は、そう答える。
「内藤さんに頼まれたまま、しばらく放っておいたリンクの修正があるじゃないですか。それを思い出してログインしたら、たまたまそれを見掛けたんです。MC三周年記念の今月の作品集。そしてその中に掲載される予定の内藤さんの原稿。それが何故か下書きのままに編集画面にあったんです」
 僕は驚く。僕はそんな真似をした事なんか無い。今月分はまだ、編集をした記憶が無い。
「で、悪いとは思ったんですが、読んでしまいました。そして驚きましたよ。その内容って、最近関東周辺で起こっている事件の数々がぴったりと符号する話じゃないですか。これって一体どう言う事なんだろうと思って読み進めたら、ラストでは内藤さんがどこかの廃屋で生き残りを賭けた争いをする事になっている。僕はまさかと思って前にこっそり貴方に聞いたパスワードで掲示板を覗いたら、そこでは本当に小説通りの事件が起こっている。それで僕は、そこに書かれた内容を元にここへと辿り着けました。勿論それは、貴方が須藤加代子と言う人物の誘いを追ったであろうと言う推理に過ぎなかったのですが」
 瓦礫と廃品が散らばる建築物の死体の中を、一陣の風が通り抜ける。外の風が強くなって来たようだった。建物の隙間を走る風の音が笛の音のように、驚く程に高く鳴り響く。
「荒木君。警察を呼んでくれるかい? 僕はちょっとだけ家へと帰る。どうしても確認しておかなければいけない事が出来たんだ」
 僕がそう言うと、荒木君は黙って頷いた。僕は素直に感謝をする。僕はいつも、彼のこう言う物分りの早さが有難い。決して言葉は多くないのだが、その点彼は行動でカバーをするタイプの人だった。
 僕はもう一度、ほんの数秒の差が無ければ僕を殺していただろう正体の判らない白いスーツの女性に視線を送り、そして踵を返しながら鉄格子が阻む廃屋の入場口に向かって小走りに駆けて行った。


 濡れた手のまま、壁のスイッチを手探りもせずに探し当て、僕は狭い室内の照明を点ける。
 カーテンを閉め切ったままの部屋の入り口正面。机に乗ったデスクトップタイプのパソコンのモニターが、寂しそうに単調なるスクリーンセーバーを表示していた。
 僕は何時間を掛けてこの部屋まで帰り着いたのだろうか。僕のこのアパートメントからあの現場までは、電車を乗り継ぎ結構な距離はある筈だ。だが僕にとっては、その移動の時間の感覚が無い。電車に乗り、風雨の道を濡れながら歩いて来た記憶は断片的にはあるのだけれど。
 気が付けば僕は、全身から水の滴るままでパソコンの前の椅子に腰掛ける。マウスを操作し、画面を開く。サイトの管理画面を選択し、そこにパスワードを打ち込む。いつもの編集画面が展開された。
 僕は少しだけ震える手でマウスを握り、過去ログから最新の記事を選ぶ。するとモニターには、《ゴーストライター》と書かれたタイトルの僕の未発表作品が、他の三周年記念MC原稿と一緒に下書きのままに収められていた。
 記憶にないまま、僕はその原稿をスクロールさせて行く。僕はそれを目の端で追う。文字の世界で僕の仲間である管理者達が次々に殺され消えて行く。
 そして場面は、僕ともう一人の僕とが対峙する場面へと差し掛かる。有名なる某作品と同様に、銃を持った女性が生き残った最後のもう一人を射殺する。そうして管理人は、最後の一人になった。
 僕はその原稿の続きを読む気にもなれず、出来の悪いミステリーだなとどこか自虐的に微笑みながら、一気のスクロールを最後の行まで引っ張った。
 そして、そこにはあった。後には誰もいなくなったの文字が飾る、最後の場面が。
 ふと僕は、後ろを振り向く。予感していた通りに、期待したままにそれはそこにあった。部屋の隅の辺りに下げられた一本のロープ。そしてその下に置かれた一脚の椅子。僕が用意した覚えもないそれは、僕の期待するままにそこにあり、そこに釣り下げられるであろう僕の存在を待ち受けていた。
 そして僕はようやく気が付いた。やはりこの世界は僕が創作した世界であって、仲間を殺したのも全ては僕だったのだと。
 僕はもう一度パソコンの方へと向き直ると、下書きだった原稿を表示に変えて更新をする。そしてサイトの画面を確認もせず、僕は立ち上がって歩き出す。
 そしてとうとう誰もいなくなる、無の世界へと向かって。


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