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サムハインとの密約 3

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7.ルナマリア・ホーク


「そう言えば、ルナマリア。暇を取ると聞いたけど?」
「はい。1週間くらい頂く事になります」
 廊下ですれ違った次期国王は、婿入りのためか非常に腰が低くく見える。何でも一人でできる天才だから、そんな風には誰も思わないだろうが、噂話やいらぬ推測、憶測が年頃の娘は大好きなのだ。ラクス王女の婚約者が見た目どおりではないことなどお見通し。
 どこで聞きつけてきたのか知らないが、これから一週間休暇を取ることを知ったよう。大勢いる世話係の一人のスケジュールにまで目を通しているなんて。
 ルナマリアは違う意味で感心した。
 最も、今ここで反対されても譲れない。
「楽しそうだね、どっか行くの?」
「そうです。ええ、旅行みたいなものです。毎年、この時期に行くんです」
 収穫が終わって、冬が始まる前に。
 あの北の城へ。
 そして、いつものメンバーで馬鹿騒ぎをするのだ。
 今は王宮で女官をやっている彼女も、一応はホーク子爵家の令嬢。行動派の彼女は両親にねだって、女の子はまず行かない王立のアカデミーに通っていた。ただ、同じ年頃の男の子に負けたくない一心で。
 張り合って、強がって、先輩に恋をして、危険に首を突っ込んで。あの日々を思い出す自分を大人になったと思う。だけど、子供だったとは思わない。
「お土産話、期待しているから」
 年に一度、この時ばかりはそのときのメンバーが集う。
 同期も先輩も。
 きっと、目の前の次期国王にはわからないだろう。
「駄目ですよ。秘密です」
 天才の孤独をルナマリアが理解できないと同じように、泣いて笑って過ごしたあの日々は確かに自分に必要だったのだ。
 小さな出口に辿り着くまでにどれだけ遠回りしただろう。
 あれからまだ何年と経っていないというのに、随分と遠くに来てしまったと寂しく思う。 
「ひどいね。独り占めする気なんだ」
「そんな、一人旅じゃないですって」
 そうだった。
 一人じゃない。
 初恋の苦い思い出と共に、毎日のつまらない悩みを洗い流して皆で笑いあえば、いつも困ったような顔をしているだろう彼も、この時ばかりは笑ってくれるだろう。
 そのめったに見れない笑顔が見たくて毎年、この時期が近づくといそいそと準備を始め、妹と計ったように休暇を取る。
「メイリンも?」
「はい」
 妹のメイリンは今も片思い中だ。
 ミーアの存在を知ったらどうするのだろうか。強力なライバルの出現で波乱が必死の休暇に想いを馳せた。


8.メイリン・ホーク


 姉の心配を露ほども知らないメイリンは、同じようにラクス王女に1週間の休暇の件で話し掛けられていた。殆ど話す事もない殿上人が、何だろうと軽く身構える。
「まあ旅行ですの? どちらの方に」
「北、です」
 隠し立てする必要もないから正直に答える。
 案の定、王女は紅茶のカップを持つ手を一瞬止め、何事もなかったようにカップに口をつけた。まだそんなに昔じゃない時、王女の隣に立つ人物は今の婚約者じゃなかったと言う。それが彼とは誰も口にしないけれど、噂はどこからか漏れてしまうものだ。
 どんな気持ちなのだろうと、聞いてみたかった。
 女官の一人に過ぎないメイリンが聞ける筈もないけれど。
「あの・・・」
「なんですか?」
 花が綻ぶように微笑む王女は、何も知らないかのように問い掛ける。
 自分なら名前を聞いただけで、ドキリとするというのに。
 思い出そうものなら耳がじいんと熱くなるのがわかると言うのに。
 王女はただ微笑むばかりで表情に何の動きもなかったのだ。
 二人が揃えば、きっとさぞやお似合いだっただろう。
 定められた運命に憧れを感じないこともないけれど、今は王女が彼を振ってくれてよかったと、メイリンは少し意地悪なことを考える。そのおかげで、今、彼はメイリンが自由に話をできる場所にいるのだ。
「皆、思うままに生きることができたらどんなにいいでしょう。・・・羨ましいですわ」
「もし宜しければ・・・」
 躊躇いがちに、聞いてみた。もしかしたらと思ったのだ。けれど、メイリンの期待は淡く裏切られた。
 王女の浮かべた笑みは全てを拒絶するような、微笑みで。
 キラという隣国から来た王子に向けるものとは正反対の笑みだった。また、国民や臣下に向けるものとも違う、どこか儚く悲しい微笑み。
 メイリンにはそれがとても辛そうに見えたのに、王女はそれを問うな、と。
「お茶を」
「あっ、はい! 申し訳ありません」
 慌ててポットに手をやれば、カップの上にさりげなく置かれた白い手が目に入った。たった今お茶を催促した王女は、もう結構ですわ、と手で蓋をする。
 メイリンは意味が分からなくてポットを持ったまま立ち尽くす。
「貴方のお茶は、甘酸っぱくて、ほろ苦くて」
 メイリンは背中に冷や汗を掻いて、本日のブレンドを思い出してみる。苦いなどと言われようものなら一大事である。
「一番おいしいですわ。ですから、お茶を」
 ただ、見ているだけじゃ物足りない、でも想いに答えて欲しいわけじゃない。
 共有した時間が彼のどこかに残ればいいのだと、メイリンのお茶を甘酸っぱくてほろ苦いと評した王女を見て、思う。


9.カガリ・ユラ・アスハ


 秋の装いを廃して、努めて花を飾り立てられたきらびやかな王宮に彼女は僅かながらに眉を潜めた。
 ったく、相変わらず妖精の国のような宮殿だな。
 とはさすがに口に出していない。隣国から留学中の姫というのが彼女の今の身分である。その割には学友であるはずのいつもの見知ったメンバーが見つからない。
 声を掛けたかったと胸にしまい込んで、広間へと足を踏み入れる。
 恭しく、次期国王に挨拶をしてドレスを持ち上げた。
「カガリもそうしていれば一国の姫に見えるのにね」
言葉をかけられて、無言でいるわけにもいかず、勿体無いと謙遜する。カガリがぶっきらぼうに口に出した途端、二人から笑いがこぼれた。お互いそんなことを思ってはいないのだ。
 何せ、カガリはキラの姉なのだから。
 広間を辞して、サロンで再び顔を合わせた二人は暢気にお茶をしながら、庭の花を眺めている。ラクス王女手ずから入れられたハーブティーで落ち着くと、カガリは今日この王宮で感じた違和感を訪ねた。
「人が少ないな、今日の王宮は」
「そうなんだよ。収穫時期だから忙しいのかな」
「なんだか王宮内が寂しい気がして、花を飾りましたのよ」
 この王国プラントはカガリの出身オーブとは違って、農業国ではない。
 プラントには様々な職人が支える技術があった。
 カガリの留学理由も、花嫁修業より多くの職人技に吊られて承諾したようなものだ。本来ならここでカガリも、花に見とれて「まあ、すばらしいこと」とでも返すべきなのだろう。
 花嫁修業にきたのだから。
 その点、ラクス王女は完璧だった。
「そうか花か、大変だな」
 この時期に花。秋の花を集めたのか。
 どう頑張ってもカガリはラクスのようにはなれなかった。
 今はしおらしくドレスを身に付けてはいるが、普段はもっと軽装である。むしろ、勉学相手と同じ服装のことも多かった。街を見て回るならそのほうが都合がいいし、動きやすい。
 職人が多く集まる街でドレスの裾を捌きながら歩くなどもっての他。
 彼らは皆、気が荒く、ぞんざい。
 その彼らから、時計や装飾品は言うに及ばず、家庭用器具まであれだけの芸術品が産み出されるのだから不思議なのだ。各国でプラント製のものはそれは高値で取引される。
 カガリはプラントの職人達の工房を思い出して、ふと動きを止めた。
「どうかした?」
 キラの問いかけに曖昧に返事をして、この王宮にいない面子の行き先に気が付いた。
「何でもない。もう、そんな季節なんだな~て思ってさ」
「は? 何がそんな季節なんだよ」
 工房で出合った青年。
 プラント一の工房が多く集まる北の街に行ったのはいつだったろう。
「じゃあ、そろそろ私は行くよ。キラとラクスも息災にな!」
 カガリは国に帰る前に寄り道する計画を、それは嬉しそうに頭の中で組み立てていた。


10.シン・アスカ


 夕日の落ちかけた王都・アプリリウス。
 王宮の長い回廊を足早に歩くのは腰に剣を下げたまだ歳若い騎士だった。しかし、その剣は忠誠を捧げた誓約の剣ではなかった。
「もしかして、君も暇を貰いに?」
 一瞬、誰だ?と首をひねったが、すぐに王女の隣に立っている男だと気が付いた。
「そうですが、何か用ですか?」
 急いでいるから、さっさと会話を切り上げたくて、でも、相手が相手だから、いい加減な応対はできない。曲がりなりにも彼はアカデミー出身なのだ。
「最近、短い休暇を申請する人が多くて、アカデミーの同窓会でもあるの?」
「違いますよ」
 何を知りたいのだろうか。
 相手の意図がわからなくていらいらする。アカデミーの同窓会など、彼には何の関係もないじゃないか。
「じゃあ、休暇の行き先を聞いてもいいかな」
「どうして、そんなこと言わなきゃいけないんです」
「口の利き方はアカデミーで習わなかったの?」
 回りくどい言い方。
 これから馳せ参じようとしている先の誰かを思い出すようで、苦虫をかみ殺す。
「俺は留学生です。この王国の人間じゃない」
 言ってしまった後、今の答えはまずかったと思った。留学生なら尚更お世話になっている国の王族に礼を尽くすべきなのだ。まして、キラと言う未来の国王と来ては。
「失礼しました。アカデミーの先輩の故郷に行くだけです」
「ふうん。それって、誰?」
 射るような視線。
 夕日に照らされた紫の瞳がまるで人外の何かのように見えた。あの人も、夕日が入り込むと人ではない何かのような瞳の色になっていた。あの人も、反論を許さない強い視線を寄越すことがあった、今、向けられているのはそんな視線。
 答えなければ、この場を離れられないだろう。
「ア・・・いや、ディセンベル伯です」
 この春に爵位を継いだ筈だ。
 継承の時には見ることがかなわなかったから、もう一年は軽く会っていない。ようやく、アカデミーを卒業して、騎士見習いになって、いっぱしの剣を下げることを許された。
 僅かに眉を寄せて黙り込んでいる次期国王がようやく口を開く。
「君、名前は?」
「シン・アスカ」
 夕日が瞳に映りこんで、彼の赤い瞳を一層際立たせていた。
 だが、騎士は主をもってこそ、騎士と呼ばれる。
 自分が仕えるなら一人しかないと決めていた。
 王宮ではめったに彼の話を聞くことがないし、仮に聞こえたとしてもあまりいい噂ではなかった。だが、目の前の彼に膝を折る気はなく。
 今は、そのことを伝えたくて仕方がないから、こんな所で時間を潰している暇はないのだ。
「失礼します」
 頭を下げて、踵を返す。
 そんな彼の背中をじいっと見つめているキラのことなど頭になく、足は次第に駆け足になって、いつのまにか厩まで全速で走っていた。
 早く会って、顔を見たい。成長した自分を見せたい。
 彼はなんと言ってくれるだろうか?
 いつものように、「この馬鹿!」と怒り出すだろうか。 
 シンは記憶にある彼の人の顔をいくつも思い浮かべ、馬に飛び乗ると北へと向けて疾走した。




 エピローグ


 10の月、29日目。
 ディセンベルの城では今年も昨年以上の笑い声に包まれていた。
 プラントの者だけでなく、オーブの者が二人も含まれていたのだ。それに、息子が一つ歳を取るのと同じように彼らも一つずつ大きくなって集ったのだ。
 若者の笑い声、怒鳴り声、泣き声を遠く聞きながら、彼女は寄り添う伴侶に身体を預ける。テラスから見下ろす城下の街には煌く宝石のような明かりが灯り、どこからか歌声が聞こえてきた。
「レノア。風が出てきた」
「もう少しだけ、いいでしょ?」
「全く、お前は・・・アスランには全く新しい時代が来るのかも知れん」
 彼女は足音を偲ばせる死の神に願う。
 私が死んでも、私とこの人が逝っても残されるあの子が寂しくないように、せめて両手いっぱいの幸せを。



ううう。即席なので即席なできで申し訳ない。一応、誕生日話のつもりだけど。まとまりがないというか、なんだか、本当に続き物みたいな、いやいや、これは単発ですから。何はともあれ、アスラン誕生日おめでとう。

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