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エンジェルスレイヤー 06

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 久しぶりにアスランは夜の街に繰り出そうとしていた。テロ事件の時にちょっと大太刀周りをしたお陰で、本調子を取り戻すまでは殊勝にも自重していたのである。肩に止まるペット鳥が天使達を警戒するように羽ばたいて上空を一回りして降りてくる。
「お前、羽音が悪いね。怒っているのか?」
 ビルの屋上に向かう前に部屋に取って返すアスランは、直ぐに戻ってきて足を地上に向けた。
「ここの所、ずっと出かけていなかったからな。先に買い物だ」
 今日は止めにして、こいつのパーツを買いに行こう。
 地上から野生動物が消えてしまっても、人のそばにはペットがいた。技術の進化がそれを可能にし、人工皮膚、人工毛皮に覆われた本物そっくりのペットさえ登場する。高価なペットロボは都市のステータスの象徴でもあった。最も、アスランの肩に乗る小鳥は金属の羽が剥き出しになったずっと安物で、手入れを怠ればすぐにがたがくる代物だった。


 カレッジから遠く離れた都市の中心。林立する高層ビル群の一角にキラはいた。午後の授業が休講になって、いつもより早く最近通い始めたルートを急いだ。何か気になって首のチョーカーに手をやる。朝も鏡で散々確認して不自然じゃないことを確認した。
「変・・・じゃないよね」
 カレッジでは案の定、男性陣に呆れられ、女性人に詰め寄られた。どうやら、あまりセンスのいいものではないらしい。やわらかい黒皮の細いベルトだからオーソドックスでいいだろうと思ったのだが、自分には似合っていないらしい。すれ違う人の視線が首に行っているよう思えて、また手にやった。
 大体、どうしてチョーカーなんだよ。
 とあるビルのエントランスの前で、天井近くの対人センサーを睨み上げた。人間である自分が天使達の居城に入るにはコレが必要なのである。エンジェルスレイヤーや悪魔が無理やり入ろうとすれば、ビルを堅牢に防御する対悪魔障壁や兵器に攻撃される。ただの人間の場合は空間を曲げられて勝手にビルの反対側に出ることを、初めて訪れた時に体験している。
 ビルの中は一見普通のオフィスビルで右に折れれば直ぐにエレベーターホール。正面には2階へ上がるエスカレーターが4本。17階までエレベーターで上がれば、そこはもうドラマや映画で見るようなSF空間だった。
 シルバーとホワイトで構成された無機質な空間にブルーのライトが踊り、出会う姿も人間半分天使半分で、すれ違えばじっと見つめられる。
 背中に羽根はないけど、あの人たちとそんなに変わらないと思うけどなあ。
 部屋の中で待っていたマリューとフラガに声を掛けながらこっそり比べてみた。手も足も2本ずつあって、首の上に頭がのっている。ビルの中にひしめいているどこか似た顔をしている天使達とは違って、この二人はちゃんとした個性を持っている。
「ようやく来たか、坊主」
「迷子にならなかった? キラ君」
 イスを勧められて腰掛けてみれば、丸いボールだったそれは勝手に変形して身体にフィットする。いつまでたっても慣れない感覚に、思わず身体を浮かそうとして二人に笑われた。
「相変わらずね。今日は渡したいものがあるのよ」
「セブンスフォースの一員になってもう3ヶ月になるからな」
 これまた宙に浮くテーブルの上に置かれた細長い箱にフラガが手をやった。楽器でも入っていそうなその箱の中にあったのは、拳銃よりずっと大きな銃だった。
「いつまでも手ぶらってわけにもいかないだろ。こいつの名は、アグニと言う」
 手にとって、セイフティーを解除して軽く構えている。それはなかなか様になる絵だなと感心していると、おもむろに『ほれ』と渡された。
 同じように手に取ってみたはいいが、今まで銃など触った事もないキラが今すぐ様になるわけでもない。
「笑わないで下さい」
 見よう見真似で構えたキラを二人の天使が笑っていた。
「まあ、おいおい使えるようになればいいわ。近々導入予定の最新兵器でちょっと扱いが難しいけど、キラ君なら大丈夫よ」
 キラが第7機動隊に入隊して3ヶ月、初めて獲物を持って夜のパトロールに出かける事になった。


 R3に沿って空路を南に下り、南8番街に入る頃にはネオンの明かりが街を浮かび上がらせていた。本日のパトロールは街を南から西に抜ける劇場街だった。
『これで悪魔の位置を探知する』
 初めて見せてもらった時は、その仕組みを解明しようと躍起になっていたものだが、そういうものだと思ったらただの便利な球体になっていた。覆面エアパトのナビ席に取り付けられた半透明の球体を見つめる。所謂レーダーである。人の影の中に潜む悪魔を探知するとかなんとか。
 実際、こうやってレーダーにひっかかるんだからすごいよね。小物ばかりだけど。
 そうなのだ。大物は身を隠す術を心得ていて、レーダーに引っかかるのは弾みで堕ちてしまった子悪魔や、悪魔と契約したと言っても天使にかないそうもない人間ばかり。 
「とりあえず、肩慣らしと行くか。アレくらいがちょうどいいだろうさ」
 ゆっくりと流すエアビーグルの下をフラガが覗き込む。如何にも小物といった風情の人間が影から半分姿を現した悪魔と話をしている。手にしたいくつものカバンや財布を咎める人はいない。
「手配書ナンバー236番。うわ悪魔にこそ泥させてるよこいつ」
「今日が対悪魔戦は初めてなんだから無理するなよ、いいな?」
 初めてじゃないけど。
 キラは心の中で返して、腰の後に固定したアグニに手をやった。
 これでようやく同じフィールドに立てる。
 フラガの忠告も虚しく、キラはめくれたアスファルトに足をつけた。セーフティを解除して右手に持つ。重量を支えるストラップが肩に食い込んで、左手で軽く支える。前には同じく対悪魔用の拳銃を構えるフラガ。
 路地の入り口で壁に背をつける。
 気配をうかがえば確かに一人ともう一つ。微かに聞こえる話し声にフラガと頷き会う。胸の中で3・2・1・・・とカウントダウンをして踏み込んだ。銃口を男に向けて引き金を引く。 
 路地を照らす光線が男の身体に吸い込まれて、悪魔が襲い掛かろうとした時、消えたはずの光が男の周りに円陣を作った。内から発光する体と外から照らし出す光に男は影を失った。呪文のようにゆっくりと回転する円陣を見て悪魔は叫び声を上げた。
「天使っ!?」
「遅いってーの」と陽気に言うフラガの目は笑っていない。事態を認識して男がうろたえる。キラの試し撃ち選ばれた運のなかった男。
「俺の悪魔が・・・」
 キラの目の前で悪魔が寄って経つ影が薄くなる。360度を網羅する光源が男と悪魔を分離する。力を失って蒸発する悪魔と昏倒する人間。ここからは見慣れた風景、しかし、これからは手を下すのは自分となる。
「転生できるといいね」
 人間は影を失ったら生きては行けない。影に潜む悪魔が消えて元通りになるわけではなく、主となった人間は悪魔と共に影を失うのだった。そんな事実を知らずに契約する人間もまた少なくなかった。悪魔との契約は死出の一方通行なのだ。


 事後処理を駆けつけた部下に任せて二人はシールドを解除したエアヴィーグルに戻った。
「なんでこんな何もない所にいたんだろう?」
「それはあれだな。」
 ナビを操作するフラガが映し出したものは、2ブロック先の看板のない屋だった。隠れるように、しかし入り口には小さな紙がいくつも貼り付けてある。このネットワーク化された都市にあってひどく古臭い光景だった。ジャンク屋と思わしきその店に一人、二人と出入りする人物を疑いたくもなる。今また一人姿を現し、片手をブルゾンのポケットに突っ込んでドアを後ろ手で閉める。
「あいつはっ!」
 歩き出した金髪ショートの男に乗り出すようフラガが呟いた。キラはびっくして横を見る。
「あれはミゲル。奴は腕が立つ。ランキングのトップ10によく顔を出す奴さ」
「大物ってこと?」
言うが早いかキラはドアを開けて路地に飛び降りた。
「おい、キラ!よせっ」
 後でフラガが叫んでいるが、キラの目線は金髪の男に向けられていた。フラガが部下のエアパトを呼び寄せている事など思いも拠らないのだろう。先回りをするために建物伝いに上からその男を追う。
 暢気に鼻歌が聞こえて来る。足取りからも男が上機嫌だと分かる。
 これならっ!
 セーフティを解除して、行く手を塞ぐように路地から飛び出した。
「いっ、いないっ!」
 さっきまでそこにいたはずの男が忽然と姿を消す。慌てて左右を見回しても、暗がりに気配もない。間をおかず背中の皮膚があわ立つ。
「うしろっ?!」
 羽交い絞めにする腕の間に銃を割り込ませて、重い銃を力いっぱい振るう。あわやの危機一髪に前後にフラガの部下の天使が降り立つ。キラはいきなり蹴りを食らって、路地の壁に叩きつけられて一瞬意識が飛びそうになる寸前、手刃を振り上げて天使に襲い掛かる男を見た。
 この男はエンジェル・スレイヤーなのだ。
 男は天使が放った光線を避けて、見を屈めると一気に身体を伸ばす。身体が重なった所でキラは思わず息を止め、いきなり天使から飛びのく男を見た。二人の間に突き刺さる銃声と青い光線。短く言葉を交わすセブンスフォース。
「隊長っ」
 不利を悟った男が軽く舌打ちして建物の向こうに消えた。飛び去る寸前、キラと目が合う。暗闇の中でも鈍く光る武器に眼を止め、微かに唇の端をあげたようだった。
「言わんこっちゃない」
 渋い顔をして近づくフラガに、ようやく止まっていた息が吐き出され、暗い路地裏を見回した。勝ちも一瞬なら負けも一瞬だった。今回はフラガに助けられたとは言え、キラの視線は自然と下を向く。
「すみません。僕のせいですね」
「まあとにかく大事が無くてよかったよ。仲間も狩られなかったし。戻るぞ」
 夜の街はこれからという時間、パトロールルートを後続のエアパトに譲って二人を乗せた覆面パトは隠された本拠地へと帰到した。だから、それから少しして後、件のジャンク屋でばったり鉢合わせしたアスランとニコルを目撃する事はできなかった。



 キラの初陣の仕事の成功とちょっとした暴走は直ぐに隊内に知れ渡る事となり、称賛と叱咤を同時に体験した。それから一週間フラガやマリューと出かけるたびに、隊員にそのことを言われ、二人にはしつこいくらい念を押された。キラがいつになく慎重になっている間にも、天使達はエンジェルスレイヤーの餌食になった。今、キラ達は、最近売出し中の、あるエンジェルスレイヤーを追っていた。
 パトロールは不発に当たり、かえって裏目に出る情況に誰もが唇を噛む。与えられた銃を手入するキラも勿論その一人。
「重いんだよねこれ。もっと軽く小さくできないかな」
 キラはカレッジに通う学生で、専攻は工学であるからしてこの分野に明るい。暇を見ては図面を起こして構造を解析するのだが。
 うわっこれ、内部はブラックボックスだらけだよ。
「僕、こういうハードって苦手だったんだよね」
「なんだって?」
 キラに与えられたデスクの後に立っているひげ面の男。初めてあった時『これでも天使か?!』と驚いたものだが、彼は人間で機器のメンテを担当する隊員である。
「マードックさん、驚かさないで下さい」
 マリューやフラガがいる部屋とは別の、勝手に変形したりしない机やイスが並べられた普通の部屋、天使達に協力する人間達の詰め所と言った所にキラはデスクを貰っていた。マードックのデスクは別の場所にあったが、ここは休憩室が近いので部屋を覗いたのはついでなのだろう。くるりとイスを回転させてキラはマードックを振り仰いだ。
「これ、もうちょっと小さくしたいんですけど」
起こした図面を見せて、一回り小さく指でなぞって『これくらい』と。
「俺の作業賃は高いぜ?」
「セブンスフォースに付けといて下さいよ」
二人とも第7機動隊の一員であるからして、その付けは無意味であるのだがキラはマードックに銃を渡していた。
「天使達は俺たちが人間だってこと分かってねえんだよ。これは坊主にはでかいし重すぎるわな。もうちょっとペットロボを見習って欲しいねえ」 
 小型なのに機能を凝縮したペットロボと対悪魔兵器を同列に並べるのもどうかなと思うが、一週間後に本当に一回り小さくなって戻ってきたアグニを見てキラは絶句した。彼曰く『威力はなんら変わらないはずだぜ』だそうだ。
 部屋に誰もいない事を確認して、こっそり構えてみたり。夜の街を半分透過して映るアグニを構えた自分の姿。
「お前、何やってるんだ?」
「ムウさんっ!」
 こんな姿を目撃されるとは思わず、キラはすかさず手にした銃を背に隠していた。何も秘密にするようなことではないのだが、冷や汗を掻いて言い訳を必死に考える。
「別に、窓ガラスを見ていたとかそんなことはないですよっ。ほら、久しぶりに触ったし」
「説明して欲しいのはアグニの方だけどね」
「あっ・・・」
 マリューやフラガに内緒で改造してしまったのである。何かしらあって当然だった。
「すみません」
「確かに俺もサイズ合ってねえなあと思っていたからいいけど。今度からは一言、言ってからにしてくれよ。大体、お前、この一週間パトロールサボって、ずっと端末の前に張り付いてただろ」
 アグニを預けている間、キラは本部にあるスレイヤー達の情報を漁っていた。ここには膨大な手配書、つまりはエンジェル・スレイヤーや悪魔達の情報がある。顔、形を映した画像、中には住所なんて物さえあり、なぜ逮捕できていないのか不思議だった。最も、アスランの情報は名前と身体的特徴しかなく、あの顔だけでもと、どこかで期待していた自分を知ったのは悔しい秘密である。
 調べていくうちに、先日、一戦やらかした金髪男の情報も見つかった。名はミゲル・アイマン。金髪黄瞳。都市の南部を根城にするエンジェルスレイヤー。ハイネという悪魔と契約し、普段は劇場で日銭を稼いでいるとある。その彼の特筆すべき能力はサウンドブラスター。
「出かけるぞ、キラ」
 外回り用の服装をしているフラガを見て、今日のシフトを思い出す。新生アグニを携えて初のパトロールに自然と返事に力が篭る。
「はいっ!」
「例の奴が引っかかった」


 パトロール中に入ってきた手配者の情報に二人を乗せたエアパトは現場に急行する。別ルートの天使達がエンジェルスレイヤーと交戦中、そうオンラインで入ってきた。
「毎回毎回、どうしてこう裏をかかれるんですか。僕達のチームが追っている奴ですよね」 「そう言ってくれるな。情報戦では実はちょっとうちが劣勢なんだよ」
と、驚くべき内容をさらっと口にするフラガ。あれだけの膨大なデータベースを持っていて劣勢とはどういうことなのか。
「奴らの中にいるこっちの協力者より、向こうの協力者の方が優秀ってこと」
 フラガのドライブは安定していて、しゃべり続けていてもエアパトは揺れもしない。別の隊員と組む時はキラもたまに運転席に座るが、二人が組む時は大抵、フラガが運転しキラはナビ席である。
「それだけじゃない。うちのように巨大な中央司令部を持たない代わりに、スレイヤーズ達には地下ネットワークがある。それがギルドだ」
 ギルド・・・。この一週間でよく目にした単語。
 この街に張り巡らされたネットワーク。双方に協力する人間達の存在に天使と悪魔の争いでは簡単に括れない図式を浮き上がらせる。都市の真実を少しずつ炙り出していくのだ。
 キラが頭に詰め込んだ情報を漁っている内に、前方をオレンジ色の風が吹きぬけた。
「チッ。2対2とは話が違うじゃないか」
 ビルを飛び移りながら交戦中の姿を数えれば、天使が2、スレイヤーも2。情報では2対1のはずだったのに、敵に加勢があったというのか。敵の内の一人、オレンジ色の頭は間違いない、キラ達がずっとマークしていたラスティ・マッケンジー。しかも、その彼に加勢しているのはどう見ても2週間前に会ったあのミゲルとかいう男。
「やばいと思ったら逃げろよ。あいつは衝撃波を使う」
「ムウさんこそ」
 キラは人間だが、フラガは天使であるので彼らの狩りの対象になる。敵のうち一人が向かってくるのを見て、二人が敵を認識するより早く、エンジェルスレイヤーに標的にされた事を悟った。エアパトのアクセルがフルスロットルになりビルの谷間を駆け抜ける。乗り移られたりされたら向こうの思う壺である。まして飛べないキラにとっては嬉しくない展開。
「飛び石みたいにっ」
 ミゲルがエアウェイのエアバスやエアバイクを踏み場に一気に迫る。エアパトはエアウェイを外れて急上昇。身体に掛かるGに歯を食いしばるキラの目の前にミゲルの放つ衝撃波。
「向こうはどうなってる!」
「分かりませんよっ」
 たった一人のスレイヤーに天使二人が翻弄されている。
 それにしたって、ラスティ・マッケンジーは僕達のターゲットだったのに。事前に下調べをして何日も前から隊員達が張っていたのに、相手はそれを上回るのか。裏を掻いて別のエアパトを狙うエアバイク乗りのエンジェルスレイヤー。彼のバイクさばきは確かに目を見張るものがある。うまいと思っていた隣の天使の運転も彼と比べると霞んでしまう。フラガが急制動をかけてシートベルトに身体が食い込むくらいバンク角をつけて反転する。
 エアパトのライトに照らされたオレンジの髪が光る。
 彼の乗るエアバイクに横から突っ込む形になっていた。キラはすかさずサイドの開閉ボタンを片手で操作し、同時にアグニを構える。身体は傾き、Gが斜めに身体にかかる。
 それでも引き金を引いた。
 振り向いた彼の水色の瞳はオレンジ色の髪によく映えた。
 直後にエアパトに叩きつけられる衝撃。
 空中に投げ出されたキラはラスティを目で追った。フラガが手を伸ばしたが、ミゲルの2撃目にキラを掴む事はできなかった。空中で青い光の円陣に包まれたラスティが浮遊している。反対に彼から離れたエアバイクは落下を始め、キラがカウルの端を掴めたのはまさに奇跡。
「うわぁぁ」
 咄嗟の事で操作もままならない。その上、片手にはアグニを構えたまま。
 落ちる。落ちる。
 下を向いたら負けだと思って、上を見上げた。急速に小さくなる夜空。ビルの谷間に浮かび上がる青い光の環と、その周りに天使が3体浮いている。急降下をしているのだろうが、差は縮まらない。ようやくスロットルを掴めば、エアバイクの直ぐ横を衝撃波が走る。天使達よりも早く自分に迫る男がいる。
 重力に乗って、天使達の放つの光線の雨を掻い潜ってまた衝撃波を放つ。
 こんな所で、僕はっ!
 落下に逆らってアグニを上に構えるのにはかなりの力がいった。彼が次を放つまでの時間が明暗を分ける。キラの攻撃が早いか、相手が早いか。
 初めの一撃は足を掠めただけだった、オレンジ色の風がキラの頬を切り、再び銃口から伸びた光線が、顔が分かる程近づいていた彼の身体を貫いた。
 浮かび上がる今夜二つ目の青い光の環。
 地上まで数十メートルある位置では地上に落ちる影はない。ビルに映った彼のいくつもの姿見から、黒く伸びる影の軌跡が彼を縛る鎖のようにピンと伸び、千切れた。沸騰する水のように沸き立ち、黒い気泡をあげて行く場を失った影が震える。


 ビルの屋上に不時着させて、キラはエアバイクから転げ落ちた。力が抜けてへたり込む。
「すごいと言うか、無茶と言うか」
 フラガが降り立って、キラを見下ろす。直ぐにしゃがみこんで背中をポンポンと叩く。
「よくやったな。お疲れ・・・大金星だ、キラ」
 続けて降り立った天使は手に青い光を携えている。まるでエンジェル・コアのようなそれは、しかし光を放つわけではなくぼんやりとわだかまっている。
「これが人の魂だ。実物を見るのは初めてだったか? 悪魔と契約してしまったお陰で穢れているけどな」
 さっきまでいた人なのに、遺体さえない。
 頭で理解している人間という生物と、目の前の魂とどうしても結びつかない。悪魔と契約した段階で人としての生は終わると言う。だから僕のやっている事は人殺しじゃない。無理に笑おうとしてキラの頬は引きつった。
「帰るか」
 迎えに来たエアパトに乗り込んで、もう一度何もないビルの谷間を見つめた。そしてふと、足元のエアバイクが目にとまる。白黒のボディはあちこちへ込んで傷みが激しく、青と赤でSTRIKEとペイントされた文字も掠れている。
「これ・・・僕が貰ってもいいですか?」
「証拠物件だからしばらくは鑑定だぜ? それが終わったら好きにしたらいいさ」
 これから、キラの足となる実用重視の改造エアバイク。ストライクと言う銘のそれに、いつできるとも知れない彼女を乗せる事はきっとないだろうな、と思った。

はい、ブレードランナー好きなんです。いやむしろ、ここはアンドロイドは~かな、でも山羊をペットにしている人はこの街にはいなさそうです。それにしても一話が段々長くなるなあ。ようやく足確保。

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