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ファンタジード 10

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シードブレイク





 人が踏み入れたことのない森には当然道などなく、獣道や草や蔦で覆われていない木々の間を進む。先頭をキラが進んで枝打ちして、シン、ミーア、ラクス、ステラ、アレックスと続く。奥へ進めば進むほど森は深くなり、光の差し込まない鬱蒼とした濃い森の空気が彼らを包んだ。

 森に住む獣達は突然の来訪者を歓迎せず、運悪く彼らのテリトリーに入ったならば打ち倒すほかなかった。6人では逃げるにしたって知れていて、剣を振り回すのもやっとの森ではなかなか順調な道行ではなかった。

「ミーア、こっちでいいかな?」
「そのまま進んで。少しだけどメイリンの残り香が残っているわ」

 服は裂け、腕や足に擦り傷が幾つもできた。
 周囲の安全を確認し、前方に少し開けた場所を見つけようやく一息入れることになった時、シンはアレックスが持っているものに目が留まった。

「アンタ、なんですかそれ!?」
「何って、牙と角」

 アレックスは牙と角を蔦に巻き付けて肩に下げていて、よく見ればステラの首には小さい羽と牙の首飾りがあった。まるでどこぞの民芸品のように本当によくできてる。

「アレックスすごい。バザールでお店開ける」
「さすがに手に持つのはつらくなってきたな。次は毛皮でザックを作るか・・・ああ、シン、次の獲物はできるだけ皮に傷をつけないでくれ」

 皮に傷つけないでくれって・・・。

「できるわけないでしょう!」

 違う違う。問題はそうじゃない。
 シンは傷つけずにどうやって倒すかという問題より、散々苦労して倒して来た獣達の末路を問題にしたいのだ。

「そうじゃなくて、何やってたんですか!」
「何って・・・」

 アレックスとステラが顔を合わせる。そして、2人して軽く笑ってシンを見ると、ステラがにっこり笑って両手を差し出した。

「シン。ステラ、白魔法使えるようになった!」

 白魔法。
 炎や雷で相手を傷つける魔法は一般的に黒魔法と呼ばれ、反対に傷を癒す魔法を白魔法と呼ぶ。治癒から始まり、傷を塞いだり、怪我や病気を治したりする。シンとステラが王墓に行く途中でミーアから習ったのは黒魔法だった。

 ずるい。

 シンがまず最初に思ったのはそれ。
 けれど、口には出せずにただ意味のない事を呟く。

「そんなこと、してたんだ・・・」
「まだ初歩の初歩だけどな。ステラはシードを集めるのが上手い」

 嬉しそうなステラに胸がちくっとした。

「そうだ。さっそくシン相手に使ってみるか。ほら、袖口の所に傷がある」

 ステラの伸びて来た手を黙って見つめ、手から零れ落ちる緑色の淡い光をじっと見つめる。ミーアにぱっくり裂けた傷を治してもらった時と同じひんやりと染みこむ感じ。

 けど、なんだか暖かい。

 それが一生懸命白魔法を使っているステラの気持ちなのかシンには分からず、直った傷口を見て素直に感嘆する。

「ステラ頑張った。シンもう痛くない?」
「すげーーっ!! 直ってるっ」

 まだうっすらと傷は残っているのかもしれないけれど、確かに血が滲んでいた傷は消えて薄い線が残っているだけ。ひりひりした痛みも引きつるような感覚もなく、シンは思わず腕をぐるぐる回していた。勢い余って木の枝に盛大にぶつけてしまっていた。

「イテッ」

「静かにしてっ」

 キラの鋭い静止が飛んでシンは慌てて口を噤み、皆がキラの方を向いた。
 前方を伺って、気持ちしゃがみ込んでいるように見える。ラクスが後ろから覗き込み『まあっ』と声を出してすぐに手で押さえた。

 足音がする。
 枝を折、草を踏みしめる音が近づいてきて、目の前の場所で止まった。見たこともない服装をした男が3人息を整えていた。グレー色の服は飾り気がなく、全員が色白でとてもこのような場所で力仕事をするように見えなかった。

「研究所の奴らがどうしてここに・・・」

 研究所?
 シンは声の主を探して振り向くが、目の前の男達が話し合う内容にミーアを見た。彼らの会話の中に出てきた名前。それは確かに『メイリン』と言わなかったか? シン達、全員が息を呑んで耳を澄ます。

「一先ず、鉱山へ戻るぞ」
「キャンベラと言っても、あんな小娘だ。そうそう遠くまで行ける筈がない」
「人工種石だけでも回収しなければ、貴重なサンプルだ。ドクターになんと言われるか」

 彼らは勝手に納得すると、シン達に盗み聞きされているとは知らずに、来た方向へと戻っていく。キラとラクスが振り返ったミーアが、謎の男達が消えた森の奥を見つめた。





 所は変わって、帝都ディセンベル。
 建物の3階分の高さはある吹き抜けの両脇には太い列柱が立ち並び、その間を黒髪の男と前を行く男より幾分背の低いフェイスが歩いていた。眩しいほどの昼の光と柱が作る影のコントラストが、空間をスポットライトのように照らしている。

 その中を進む男が振り返る。

「レイ。ここでを待っていてくれないか」
「はい」

 重厚なレリーフで覆われた扉の向こうに男が消える。
 これより先は王宮。皇帝とその家族が住まう場所・インペリアルパレス。在って無きが如き皇帝の私的空間の中でまだプライベートが確保できている場所。勝手慣れ親しんだ通路を歩き、扉を開ける。

「父上、お呼びですか?」

 ここでは父は皇帝ではなく、息子は王子ではなかった。

「ギルバートか・・・遅かったな」
「これでも急いで来たのですよ」

 家族と言うには少しよそよそ過ぎる会話は、いくら皇帝という垣根を取り払っても超えられない一線が故。まして、意思の疎通が図られないのであればなおさら。

「元老院から何か言われましたか」
「お前は察しが良くて困る。新しく作った研究所で扱っておるモノのことだ・・・種石はそこにないものとして扱うのが慣わしのはず、何をしておる」

 ギルバートは軽く詰問されているというのに、表情一つ変えずに答える。

「おや、父上はとっくにご存知だと思いましたが?」
「・・・まあ良い。元老院も種石の事に感づき始めている」

 午後の光が差す部屋は、皇帝が普段いる御座所よりもずっと小さく、ソファーとデスク、本が並んだ書棚に、壁に掛けられた絵画が一つあるきりの書斎とも居間とも着かぬ部屋。

「時はずっと動いているのですよ、あの時からずっと留まらずにコスモス連邦は研究を進め、奴らも・・・次の生贄を見つけた」

 ギルバートが壁の絵を見上げる。
 赤ん坊を間に挟んでまだ幼い少年2人、その後ろに黒髪の少年とまだ歳若い男が立つ。男ばかりだが家族の肖像があった。仕方ない、皇帝には4人の妃がいたのだから。

「恨んでいるのか」
「屈するわけにいかないと仰ったのは貴方です」

 ギルバートが振り返らずに言い捨てた。
 反対に肩の力を抜いたのはパトリックの方で、米神を押さえるようにして肘を突き、窓の外を見る。青々とした芝生と庭の木々が風に揺れている。
 目を閉じれば、芝生の上でじゃれ合うように喧嘩する息子達が浮かび、赤ん坊の泣き声が聞こえると言うのに、それは泡沫。けれど、目を開けた今も、あの頃と状況は何一つ変わっていないのだ。

「シンは?」
「家出中ですよ、空賊に弟子入りして今はキャンベラの里の付近でしょう」

「元老院は御しやすいと踏んで、シンを皇帝の椅子に据えたいのであろうな」
「ええ。今頃になって慌てている姿を見るのは滑稽ですよ」

 失脚を狙っていた最初の王子はなかなか尻尾を出さず、2番目の王子は左遷先で隠遁状態。操り人形にと目論んでいた末の王子は行方不明。コスモス連邦とは一応の停戦状態にあるが、双方、兵器開発に余念がなく、目処が着けば一触即発。

 切り札となるのはどちらも種石。
 覇王の遺産。

 お互いが相手の様子を伺い隙あらば版図を広げようとしているのに、肝心のプラント帝国では権力争いに明け暮れている。喉から手が出るほど欲しいだろう。長きに渡る両国間の抗争に決着をつける力が。

「滑稽なものか。元老院の連中は老獪な輩だ、非常時任命権を持ち出して議会を唆すかも知れん」
「ですから、父上ーーー」

 ギルバートが振り返って、デスク上で今だに眩しそうに外を見つめているパトリックを見る。



 自ら放ったセリフに父は僅かに笑みを見せ、ギルバートはその顔を焼き付けた。静かに目を伏せた父を置いて王宮を出ると、フェイスマスター2人が彼の帰りを待っていた。







「もしかしてここって空中都市の鉱山と同じかな」

 声さえも反響して自然と小声になる。
 今、シン達は男達を追って洞窟の中に入り、中で倒れている男を発見したのだった。刀傷や打撲の痕が幾つもあり既に事切れている。

「でも、この人達は先程走り去っていた人達では?」
「おそらくそうね」

 ミーアが立ち上がって、洞窟の奥に視線をやる。
 壁は仄かに光って、確かにシードを含んでいた。

「・・・メイリンが心配だな」
「そういやアンタ、こいつらのこと研究所の奴らって言っていたよな」

 そんな事をここで持ち出されるとは思っていなかったのだろう。やや驚いた表情でアレックスがシンを見た。

「研究所って何?」
「帝国でシードを研究している機関だ」

 短く言い捨てたアレックスが銃の薬莢を確認して、ミーアに先に行くことを促した。何者かに殺されている男達。誰が何の目的で研究員を殺害したのかは分からないが、そんな所をメイリンが彷徨っている。

 シンはまだ聞きたいことがあったけれど黙る。
 なんでアンタがそんな事を知っているんだ?

 シンだけでなくキラからも不審の視線を向けられていたが、アレックスは一向に気にせずステラを前に洞窟を奥へと進んだ。所々倒れている研究所の男達や、採掘の現場らしき場所を通る。洞窟は森に比べれば獣達に襲撃される確立は低かったが、それでも皆無ではなかった。洞窟特有の蝙蝠や岩肌を伝う蛇、地中から沸いて出る亡者が彼らの前に立ちはだかる。

「こいつら死んでるのに、何で動いてんだよ!」
「ゾンビだからに決まってるじゃない」
「だーかーらー!!」

 死んだ奴がなんでゾンビになるんだよ。

 シンは心中で毒づく。
 既に慣れてしまったけれど、改めて考えれば到底ありえないことなのだ。
 朽ちた肉を僅かにつけた骨の人間が棍棒や錆びた剣を振り回している。

「シードに引き寄せられている。深く考えるな・・・どうせお前の頭じゃ理解できんだろう」

 アレックスの放った銃声がシンの目の前のゾンビをバラバラにして、シンは息も荒く振り返る。

「どういう意味ですかっ、それ!」
「こらっ、余所見をするなっ!」

「きゃっ」

 ラクスの声が反対から聞こえて、シンが余所見をした隙に頭上から蝙蝠が彼女めがけて飛んできていた。

「こんのーーーっ!」

 シンは慌てて蝙蝠を狙う。
 ラクスは手にしたスタッフでそれを叩き落そうとするが、岩がむき出しの坑道では上手く交わすこともできず、つまずいてバランスを崩す。シンの剣は蝙蝠を切り落としたが、彼女は後ろに倒れる。

「おっと」
「・・・あ」

 ラクスはいつの間にか後ろにいたアレックスに、とすんと凭れるように支えられて転倒を免れていた。すこしあっけに取られるシンの目に、2人の背後から迫るゾンビを見つけて、慌てて走り出す。

「危ないから、王女様はあまり動くな」

 アレックスもゾンビ討伐に再び参戦し、洞窟の中を奥へ奥へと曲がりくねった坑道を進んだ。途中で倒れている研究者達は皆無残に殺されていたが、中には辛うじて息がある者いた。

「・・・一体奴らは何者だ・・・」

 呻くような声を出し、泡と共に抜ける呼吸。どんな白魔法でももはや助からない息に、ミーアが洞窟に横たえる。

「あのキャンベラから早く・・・」

 ビクリと震えてシン達が研究者を見たが、それが最後の言葉だった。その時、洞窟の奥から聞こえる悲鳴。

「メイリン!?」

 ミーアが走り出して、キラ、シンと続いた。
 坑道を走り、散乱した木箱や採掘の道具を乗り越えて進む。金網が破られたその先で影が動いた。ふらりと揺れるのはキャンベラ特有の長い耳。ジッとこちらを伺っているのは、ステラと同じくらいの背のキャンベラ。けれど、その瞳に生気はなかった。

「待って、様子が変だっ!?」

 駆け寄ろうとしたミーアをキラが制して、やや距離を置いてメイリンを遠巻きにする。

 確かに様子が変だった。
 一言も発せず、ふらふらとこちらを伺っている。ミーアとメイリンは知り合いだろうに、顔一つ動かさずに軽い酩酊状態なのだ。

 まるで、何かが憑いているかのように。
 ゆらゆらと立ち昇るシード。
 小さなキャンベラの手先は震え、崩れ落ちる寸前ほんの小さな一言が零れ落ちた。

「・・・助けて・・・」

 胸の辺りが眩く光った時、後ろからメイリンを支えた研究員が手にしていたのは赤紫の光を放つ石だった。

 あれは、種石?
 いや、違う。もっと禍々しい。あれが・・・人工の種石!?

 シンはメイリンから奪った人工種石を自らの胸に押し付ける研究員を見る。驚いたことにそれはずぶずぶと服にめり込んで行き、半分程が身体と融合していた。

「これは私のモノだ。この光、身体に力が漲るようだ!」

 どう見ても貧弱そうな研究が、メイリンを突き飛ばす。

「お前達もこれを奪いに来たのか? だが、そうはさせん!!」

 吹き付けるシードの風に一瞬目を瞑れば、キラが剣を振り上げていた。
 アレックスが銃を撃ちミーアが矢を射る。派手に命中しても痛みを感じないのか、そのまま突進して来た。シンはハッとしてステラとラクスを庇って、剣を構えた。

 ズシーーーン。

 重い一撃が身体に掛かる。
 所詮素人だから動きは見え見えだったから受けることができたが、この重さは一体!?

「ラクス達は下がって」
「こいつは普通じゃない!」

 何発も身体に銃弾を受け、背に幾つも矢を突き刺したまま研究員は暴れまわる。足や手を切りつけても、血を流すばかりで動きは止まらない。

「あの人工種石を狙って!」
「分かってるっ」
「シン、行くぞっ」

 キラとシンが同時に切りかかって隙を作り、アレックスが人工種石を狙撃する。3人の連携プレーのまず一弾。シンはキラと共に、凶暴化した研究員に剣を振り上げた、その時。

 目の前で弾ける人工種石。
 フレアーが広がって身体にめり込んだ石が粉粉に散り、男をシードが包んだ。

 手で振り払うだけの軽く動作にキラもシンも弾き飛ばされていた。

「今のっ!?」
「勝手に人工種石が砕けた・・・」

 動きも力も何もかも別の男がキラを突き飛ばし、シンへと拳が伸びる。
 避けきれずに後ろに吹っ飛ばされ、頭から鉱山の壁に激突した。慌てたステラが駆け寄ってきたが、返ってそれは危険だった。

 標的がシンからステラに変わる。
 シンは身体を起こそうにもしびれた足に力が入らず、剣を使って立ち上がり、注意を引く為に剣を投げつける。敢え無く剣は叩き落されてしまったが、ぐるりと首を回してシンを見る。
 目論みは成功したが、シンは絶体絶命だ。腰からナイフを取り出してみるが、防ぎきる自信がない。

 やられるっ!

 視界の外でステラが手を伸ばす。
 シンの紅い瞳に殴りかかる男がいっぱいに映し出され、その中で、男は急にベクトルを変えて横に吹っ飛ぶ。

 硝煙の匂いと洞窟に反響する銃声。
 アレックスが狙った玉が男の頭を貫いて、ようやく研究員は倒れた。指一つ動かさずにそのまま息絶える。さすがに頭蓋を半分失ってはいくら力を得ようとも動きようがなかった。無残な死体に目を逸らすラクスをキラがそっと誘導して、メイリンを抱きかかえているミーアのもとまで連れて行く。

「しっかりして・・・!」
「・・・ミ・・・ア・・・?」

 そろそろと上がった手をミーアが掴んでその胸に抱きかかえる。

「あの人達・・・石にシード・・・吹き込むのにキャンベラが一番・・・効率いいって・・・」
「無理には話さなくてもいいのよ、メイリン」
「お・・・姉・・・ちゃん」




 シン達はメイリンを連れて洞窟から出て、森を抜けてキャンベラの隠れ里まで戻った。里の入り口のつり橋の手前でルナマリアが一行を待っていた。ミーアに抱きついていたメイリンが、ルナマリアを見て身体を離す。

「お姉ちゃん、ごめんなさい」
「アンタが無事で良かったわ」

 姉妹の再会はそっけなく、メイリンを後ろに隠してルナがシンを見る。

「約束だったわね」
「ああ」

「本当は私、風に問うの得意じゃないのよ」

 彼女はさびしく笑ってミーアを見た後、両手を空に向かって伸ばして目を閉じる。

 シンは急に風向きが変わったような気がした。山から吹き降ろす風はただ、風車を回して大地を撫でていくだけなのに、今は風がルナの周りを回っている。葉を舞い上げて空へと運ぶ。

 視線を戻したルナをシン達は固唾を呑んで見守った。

「シードを感じろ、と」

 たったこれだけ呟く。
 誰もが落胆の色を浮かべた。
 種石の使い方が『シードを感じろ』では、ステラの種石活用法を笑えない。

「これ以上は分からないわ。役に立てなくてごめんね」
「いいえ、ありがとうございます」

 ラクスはルナに頭を下げるが、慌てたのはルナとメイリン。

「ちょっと止めて下さい。助けてもらったのはこっちなんだから・・・」
「皆さん、ありがとうございます。助けてくれて」

 2人のキャンベラが頭を下げる。

「風はこれ以上答えないけれど、もしかしたらマルキオ教祖なら何か分かるかもしれないわ」

 マルキオ教。
 それは大陸全土に広がる教えで、プラント帝国、コスモス連邦どちらからも独立を保っている一大勢力である。その教えの中心は大陸の南の果てにあった。

「マルキオ教本山。そこへ行けば何か分かるのでしょうか?」

 ラクスの疑問に答えたのはアレックス。

「あそこには古くからの文献や古の言い伝えが残っているからな、キャンベラと同じく歴代の教祖は記憶を受け継ぐと言う話だからもしかしたら・・・」

「そこに行けば種石のことが分かるかもっ!?」

 誰もそうだと言いはしないけれど、残された希望だった。
 行くなとは誰も言うまい。そうと決まれば、時間が惜しい。ラクスとキラがアレックスに声を掛けようと一歩踏み出したが、彼は動かないミーアを見ていた。

 ルナもミーアを見ていて、心配そうにメイリンが2人を見上げている。
 メイリンは洞窟でミーアを姉と呼んだ。それはルナと間違えていたからなのか、それとも。

「・・・ルナ。一つだけ教えて欲しいの」

 山から吹き降ろす風がミーアの長い髪を攫う。

「風は私を憎んでいる? 怒っている?」

 ルナは瞳を閉じて片手を空へと掲げた。腕にまとわりつく風が大きく円を描いてルナとミーアの外を一周して去っていく。シンはあんなに不安そうなミーアを初めて見たと思った。

「怒ってなんていないわ。まして憎んでなんかいない。風はただ・・・去っていった貴方を懐かしんでいるだけよ」

「そう」

 どうしてだろう。別れに2人とも寂しそうだった。
 それなのに2人の間には距離があった。シンは辛いならそう言えばいいのにと思う。メイリンのように。

「・・・いや! この数十年、ずっとお姉ちゃんは・・・」
「メイリン」

 ルナがメイリンを引き寄せて抱き寄せる。この隠れ里でひっそりと暮らしているキャンベラ、彼女達はまだ小さかった。

「アタシにはもう声が聞こえないの。メイリン、ルナをちゃんと助けてね」
「でもっ!」
「・・・さっさと行きなさいよ」

 ミーアは笑って、ルナとの距離を縮めた。ルナが気づくよりも早く2人を抱きしめる。山からの冷たい風が3人を包んで風車を回し、大空へと昇っていく。離れた彼女を追ってルナの手が宙を彷徨い、すぐに落とされた。

 ミーアが背中を向けるのをアレックスはずっと待っていて、別れを告げた彼女はゆっくりと歩き出す。シンは見送るルナとメイリン、ミーアを見比べて先程のセリフを思い出す。

 里を出てから数十年とはどういうことなのだろうか。
 ルナとメイリンは自分と同じくらい、ミーアだってアレックスと同じくらいの年齢だと思っていたのだが、本当はもっと・・・。

「なあ、ミーアって何歳なの?」

 やや驚いたままミーアは、何も言わずに森へと足を向ける。

 深く考えて言ったわけではないのだ。ただ、気になっただけ、それだけだったのにアレックスが怖い顔をして無言で説教をする。声には聞こえなくても表情で何となく言いたいことが分かる。

 このバカ!

 なぜそんな事になるのか分からずにいると、キラとラクスが通り過ぎざまに呟く。

「王子として失格ですわ、シン」
「1人の人間としても失格だよ」

 だから何でっ!
 1人分からずにいると、ステラのとどめの一撃がシンにお見舞いした。

「もー、シン。ダメダメ」

 全員に置いていかれてシンはハッとした。
 今自分は誰に何を尋ねた?

「うわっ。ごめんミーア、俺っ!」

 シンは慌ててミーアを追いかける。視界に納めた彼女の肩は微かに震えていて、一向に振り返らないミーアに謝罪を繰り返す。

「みっともないだけですわね」

 ラクスはプラントの王子の失態に呆れ、拗ねてみたものの、必死に謝るシンが可笑しくて笑いが止まらないミーア。

「全くだね。あんなで王子なんて、プラント帝国が心配だよ」
「末っ子だからな、甘やかされてたんだろう」

 後輩のミスに先輩男性陣が冷やかす。
 キャンベラの隠れ里を後にして、シン達は飛空艇を止めた場所に戻る為に再び森へと入る。その森の入り口でミーアがくるりと振り返った。

「それはそうと、ねえ、アレックス」

 彼女は目じりに涙を浮かべたまま、両手を差し出した。いわゆる物乞いのポーズで、アレックスは彼女の手の平と彼女を交互に見る。

「アタシにはくれないの、アレ」
「アレ?」

 ステラの胸元を飾る首飾りを指しているのだと知って、アレックスは慌ててシンを引き寄せた。シンはいきなり引っ張られて、彼から耳打ちされた。

「お前、何か作ってミーアにプレゼントしてやれ、ついでにラクスにも。女は執念深いから気をつけろよ」





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「ダメダメ」1回目です。2回目まではまだまだ遠い・・・。

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