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目次










 10.ムー文明の興隆



 13.現文明への流れ





1.新しき時代の前ぶれ


まず、新人類の予兆というテーマをあげてみましょう。このなかで語られていることは、時代の端境期の様相です。新しい時代が来るときにはその前触れがあって、同時代のなかに次の時代を予想させるものがすでにあるということです。

今、霊言・霊示集を読んでいる私たちは、新しい時代がどうやら来るらしいと感じているわけであります。ところが同時代に生きている多くの人にとっては、それがなかなかわからないのです。しかし、今から千年後、二千年後の立場に立って今の時代を見たときに、みなさんが、いったいどういう時代に生きているのかということを想像するとおもしろいと思うのです。

たとえばイエスの時代であるとか、旧約の予言者の時代などを、いま私たちは聖書を通して知ることができますが、あの時代に生きていればやはりおもしろかったと言えるのではないでしょうか。しかし、時代の流れのなかで、そうした大きなことが現在、起きているのです。後世の人も、必ず今という時代をふり返って興味を持たれるだろうと思います。私たちは毎日毎日のなかに生きているので、意外に当然のことのように思って、それほどのことには感じていない人も多いのです。


①「鉄の時代」から「太陽の時代」へ

今、ここ一万年ぐらいのサイクルで、ひとつの文明が終わり、新たな文明に入ろうとしているのです。この文明は、後の世にはおそらく、「鉄の時代」と呼ばれるようになるでしょう。その理由は、鉄というものを使っていろいろな機械が発明され、時代が進歩し、そしてそれが文明の象徴になったということです。また「鉄の時代」の別名としては、「知性の時代」あるいは「知の時代」とも言われるでありましょう。

そして、次に来るべき文明の名は何と呼ばれるかと申しますと、これは「太陽の文明」と呼ばれるのです。「新しい神理」の太陽が昇りくる時代の文明という意味を持っています。いったん沈んだかのように見えた「神理の太陽」がふたたび昇ってくるという『太陽の法』のメインテーマ、そのままの時代になり、後世の人々から輝ける「太陽の時代」と呼ばれるようになるのです。このことは、はっきりと予言をしておきたいと思います。

そして、その「太陽の時代」のモチーフの部分は何かといいますと、「悟り」ということなのです。「悟りの時代」が前面に出てきます。ですから、時代的な考え方からみれぱ、この『太陽の法』が出たということは、まことに画期的なことなのです。まだ多くの人はそのことに気づいておらず、数万人ぐらいの人にしか読まれていないと思いますが。実はこれは大変な意味をもっているのです。ひとつの時代の端境期に出た、時代を区切るための書物であるのです。

その内容については、ノストラダムスがすでに予言していたということを前に述べたことがありますが、次のように、はっきりと予言しています。「東の国で『太陽の法』が説かれるときに私の予言が終わり新たな時代が始まる。」とたしかに、記されているのです。ノストラダムスの書物のなかで、「太陽の法」という言葉はたくさん出てきています。ただ、この予言の価値づけがはっきりわかるのは何百年か後になるようです。同時代で気づく人もいれば、気づかない人もいるという意味合いがあるのです。


②人類の秘史を学ぶ

『太陽の法』という本一冊にしても、相当の霊的能力といいますか、単なる人霊の部分を超越した、アーカーシャーの力を引き出して書かれています。かなり人類全体の知恵の部分、秘史の部分が、明らかにされて出てきています。もちろん内容全般にわたるものではありませんが、かなり具体的に出てきております。

ですから、最初の段階でこの本を読み、勉強しているみなさんというのは、後世の人から、ユダヤ的に言うならば選ばれたる人たち、預言の民と呼ばれても然るべき感じであると思います。ですから、あの世に還ったときには自慢になるかもしれません。

さて、現文明の特色は、知性という部分であったと述べましたが、学問的知性の部分がそうとう強いようです。これに比べて、それ以前のアトランティスは、理性を中心にした文明が栄えていたといわれておりますが、そこではマイトレーヤ如来、クートフーミーなどが活躍していました。さらに、それより古いムーの時代の文明は何かといいますと、光エネルギーの文明でありました。それからさらに前には、インド洋上にレムリアという大陸があって、この時代は感性が中心の文明であったわけであります。ムーの時代には、ランティ、カンターレなどが活躍していましたが、レムリアはマヌとゼウスが中心となって感性の文明を創っていました。


2.感性の文明とは


①色彩感覚

レムリアという感性の時代において、最高度に修行を積んでいた人は、三千種類の色と、二千五百種類の匂いを区別することができたのです。考えてみれば、なるほどという感じはすると思います。みなさんは、色の区別は何種類くらいつけることができるでしょうか。クレョンでは12色や24色の色がありますが、普通の人であれば、24色ぐらいを区別することがせいぜいではないでしょうか。

私も別に遊んでいるわけではありませんが、私もたまにクレヨンで絵を描いたりしています。指導霊のなかには芸術家もおられ、霊言では十分に表現できないので、たまに出てこられるとやはり絵を描きたくなることもあるらしくて、そのときに描かせてあげるのです。ピカソが出てきて水彩画を描いたり、マチスが描いたりします。こうした色彩感覚や調和感覚、デザイン感覚のようなものは現在の文明のなかで確かに一部分、デザイナーや画家などには生きています。しかし、今日これが主流として前面に押し出されるということはそれほどありません。

ところが、今日みなさんはいろいろな色、デザインの服を着ていますけれど、もし、こうしたことで点数がつくような感じの文明であればどうなるかです。パッと見た瞬間に、あれは九〇点を越えるくらいの感覚である、これは七〇点くらいだというように、その人の色彩感覚のレベルがわかるのです。このようなことが認識として明確にわかるとすればどうでしょうか。そうなりますと、そのような美的感覚がひじょうに優れている人が上流階級をつくってゆくわけです。このような時代があってはおかしいかと言うと、そうでもないような気もいたします。

私たちはある意味では、色彩について現在、鈍感であるかもしれません。流行というものがあって、今年は何色が流行、などと言われて、そうしたものを着て歩いているけれども、主体的にどういう色がどのように好きなのかと問われたならば、わからないのではないでしょうか。しかし、色の好みのレベルはあるはずです。

『ピカソの霊言』を読みますと、色を司る天使のような存在があって分担してやっているということですから、やはりレベルがあるようです。ですから、このような感性の評価がもし主流になればどうかといいますと、ベストドレッサーが総理大臣になるような、そのような時代がないとは言えないかもしれません。それが人間としていちばん洗練されているという見方をすれば、そういうことになるわけです。

三千種類の色が見分けることができれば、これはそうとうなものです。私たちは二四色くらいしかわからないけれども、三千、二千、千、五百種類のというふうに、いろいろなレベルの差、実力の差があるわけです。微妙な色合いがわかるというところが人より優れている、洗練されているというわけです。このような世界があってもおかしくはないのです。


②匂いのセンス

また、私たちは匂いについても案外に鈍感です。私たちが特に敏感なのは、嫌な匂いで、一般的に臭いということで表現されていますが、どのように臭いかといわれますと、私もよくわからないのです。また「いい匂いだな」とは思うけれども、そのいい匂いというものの表現がどこまで的確に、みなさんできるでしょうか。このあたりに語彙がそうとう不足しているのがわかると思います。たとえば何の花の匂いに似ているとか、植物の名前であるとか、そうした比喩を出してこなければ説明ができないわけです。もし、その人が、その植物の名前を知らなければ、それで終わりです。これ以外に、匂いということに関して何か言えましょうか。私たちは、二千五百種類の匂いを説明し分けることができるかといいますと、できないのです。

ところが、最近の先端産業といいますか、ニュービジネスのなかでは、匂いビジネスというものも流行(はや)ってきているようです。女性が中心になって、匂いを売るという仕事をやっているそうです。そして、たとえば、ファッションショーのときに匂いの演出、パフォーマンスを繰りひろげるのです。あるいは立体映画のように、匂いがパーッとひろがるようにしたり、あるいは潮騒の匂いなどを漂よわせて、観客に海にいるような感じをかもし出したりするというような匂い産業が、けっこう何億、何十億円の市場に成長してきているそうです。このような人たちは、この時代の昔の記憶、パーニャーパラミタが出てきているのでしょうが、私たちにはあまり出てこないようです。


3.文明で変わる価値観


このように考えてみますと、人間が生きがいを感じたり、あるいは値打ちを感じることは、意外にいろいろとあることがわかります。このように感性の最高度に進んだ時代に生きた人から見れば、私たちがいかに鈍感で、服装にしても何を着ていようがかまわず、匂いに対しても全然センスがない、それで生きていられるということが、まことに不思議で、かわいそうな人びと、いってみれば奴隷階級に見えるはずです。そして知性が中心ではない文明の人びとであれば、今のように一生懸命に本を読んで勉強しているということは、何と憐れな人間たちだろう、というふうに見るでしょう。眼を悪くするまで本を読んで、そのはてにめがねをかけるようになり、悪循環でますます近眼になるという姿は、なぜあのような馬鹿なことをしているのだろう、目を一生懸命悪くしている、というふうに見えるわけです。たいへんおかしなことと感じると思います。

こうしたように、いろいろな文明が移り変わるなかで価値観は変わってきているのです。私たちの魂は、さまざまなところでそうした修行をしてきており、魂の器そのものがいろいろな訓練を受けてきているわけですから、この地上の生活も、その文明に固有の変わったことがあるので、あきることがないわけです。

たとえば、抜群に体格のいい人や運動能力のある人はオリンピック選手にでもなれればもちろん評価されますが、それ以外の人は、仕事ができるとか、勉強ができるとかいう尺度で評価されます。それは今の時代がそうだからです。ところが時代が変わると、評価のうえでいま下にいる人、ほかの特長のある人、たとえば匂いに敏感であるとか、微妙な色合いがわかるとかいう特長をもった人が上がってくるのです。このようなことをいろいろと経験して体験を積んでいるのです。

価値観の多様性という話をしておりますが、それも単に教えの多様性ということだけではなくて、私たちが生きてきた時代そのものに、こうした価値観の多様性があったということを考えあわせることが、ここに、大いなる芸術的な見地があるということです。神は人間にいろいろな何かを悟らせようとされているのです。今私たちが是としている価値観が、すべてに通用すると思っては、ほんとうはいけないのであって、いろいろありうるということなのです。これを知ることが、黄金の時代を知ることにもつながっていくと思います。それぞれの文明が栄え、そして滅びていった話を私はしてまいりますが、それはSFでも何でもありません。もしかすれば、私たちも生きているうちにここに書かれているような出来事を目撃することになるかもしれないということなのです。


4.ゴンダアナ文明と霊文化


①真・大陸移動説

ゴンダアナ大陸とは、九十六万二千年前に、海底火山の爆発の後に隆起してできた大陸です。現在のアフリカ大陸と南米大陸とを結ぶ海域がその位置していた場所です。そして今から七十三万五千年前の大陸の分裂移動という前代未聞の大事件により、ひとつの大陸が消え、ふたつの大陸の出現をみたのです。過去に、こうしたことが、ほんとうにいろいろと展開しており、大陸が浮かんだり、沈んだりしていたわけです。

現在、大陸移動説というものが地球物理学のほうでも提出されています。プレートテクトニクス理論というものですが、彼らの理論からいえば、すべての大陸がひとつになっていた時期を三、四億年前と考えていて、それが徐々に今のように広がっていたと考えているようでありますが、実際はそうではありません。やはりその間にものすごい変転があったのです。それは数十万年単位で浮上したり沈んだり分裂したり、けっこう変化に富んだおもしろい推移があったのです。

ですから、アフリカの、今のエジプトあたりの土地はかなり古いのですが、あのあたりにしても、ずいぶん上がったり下がったりしています。山脈のようになったときもありますし、いったん海底に沈んだこともあり、また今のようになったこともありまして、いろいろと変わっています。

このゴンダアナという大陸はそうとう大きな大陸で、主として南米とアフリカがひとつの大陸であった時代のことをいっているわけです。それ以前に他の大陸とくっついていた時代もありましたが、百万年前は、そのような状態にありました。そして、大陸の分裂移動という大事件が起きたのです。

今の大陸移動の考え方では、マントルの対流によって、浮かんでいる大陸が動くという説明をしています。そこでは、プレートと呼ばれる固い岩石の層が地球の表層を、一年間に何センチずつか動いていくというのです。たとえばハワイにある島は一年に二、三センチくらいずつ日本のほうに近づいてきています。そして日本海溝のほうは、何センチかずつやはり沈没していっているのです。このままでどんどんいけば日本列島が沈み、あちらのハワイのほうの島がだんだんと日本のほうに寄ってくるであろうというような説明をしているのです。

ただ、その移動の速度を測っているのは現在の観測結果です。しかし、これはやはり変わります。地球自体が生きているからなのです。地球はひとつの肉体であり、マントルの対流というものも、これは地球自体の血液のようなものなのです。ですから地球という、生命体に異常事態が起きたときには、これはそうとう激しく動きます。したがって、マントルの対流の速度にも、いろいろな変化の時期があります。今のマントル対流がこのような状態であるから、同じようにずっと来たのかといいますと、そのようなことはありません。やはりいろいろな変動をしているのです。


②男女間の超能力の違い

さて、このゴンダアナ文明が栄えたのは、今から七十六万年前から、大陸消滅までの約二万五千年の間くらいの期間でありましたが、ここは超能力を中心とする文明でありました。

当時は男性の身長がニメートル一○センチ、女性が一メートル八○センチくらいが標準であり、かなり大きな体格でした。特徴のひとつは、男性には第三の眼が眉間のところにあったということです。ヨガで、チャクラとよく言いますが実際に、肉体的にもそこに眼があった時代であったのです。

現在は、二つの目だけで見ているような気もいたしますが、感覚的に見ても、霊視などができたりするため、やはりこの眉間のあたりで見ているような感じが、私はそうとう強くします。この時代の痕跡があるのだろうと思います。

この眼は超能力を発揮するときだけ開いたということですから、一つ目小僧のようでありますが、普段は閉じていて、いざ超能力を発揮するときにだけパッと開くのです。そうしますと、女性はそれが怖くてパッと逃げるわけです。そういうことで女性が従たる立場に置かれた、ということも言われています。

しかし、ゴンダアナの末期の神話として語られているものとして、「神は、人間の男女を平等につくられた。その証拠に、男性は、自分の身をまもり、一族の安全をまもるために、第三の眼が与えられ、女性は、一族の繁栄のために子宮を与えられた。」ということもあります。

おもしろい平等思想であると思います。この第三の眼によって超能力を男性は持っているが、女性も超能力器官を持っている。それは、一族の繁栄のための子宮であるというわけです。そして、この超能力器官によって、女性は霊天上界と交信ができて、子供となるべき霊を身に宿す前に面接試験ができたというのです。そして、両者合意のうえ、宿したということですから、現在のような人工流産もなかったようです。

内も子供が生まれてくる前に、子供と話をしていました。その会話もテープに収録してあります。一九八七年の四月くらいであったでしょうか。そのときには、すでに生まれてくるのがわかっていました。生まれる本人が「私がこれから出ます。」というので、その準備期間中のことであったようです。

それは、だいたい一か月と少し前くらいから生まれる準備を始めるらしいのです。そして、どのような人生を送るのかをテープに全部吹き込ませてあります。ですから、この計画と実績のズレを、これから分析することができるわけです。本人の計画と実際の人生がどうなるのか、これはまさに実験をしているのと同じで全部わかってしまいます。

約三〇分間くらいの時間をかけて自分の人生の予言をしております。本人に言わせれば、自分は勉強はあまりしたくない、だから、詰め込み教育は止めてほしい、しかし私は早熟の天才となるであろうなどと、いろいろと言っておりました。このようにして一生を予言しております。今後、彼の人生をたどっていくとおもしろいと思っております。

実際に宿るときはどうなるかということについてでありますが、肉体に宿る直前には、やはり交信ができない状態になるのです。生まれてくる前にカプセルのようなものに入るからなのです。

霊界には、そういった産卵場ではありませんが、何か生まれ変わりセンターのようなところがあって、そこにいき、やはりひとつのカプセルのようなもののなかに収まって、冬眠状態に入っていくのです。そして、霊体自体がひじょうに小さなものになっていきます。

ですから、一か月と少しの間は話ができなくなりました。交信がほとんど不可能な状態になるわけです。そして、その後、魂が宿った時期がいつであったかということを計算すると、満九週目に入ったときでありました。家内はそのとき大きな白い犬が出てきて遊ぶ夢を見たのですが、どうやらそのときに入ったようです。

そして宿ったあと、一週間くらいは話ができました。そのときは私もずっと話をしていたのでありますが、まだこのときには本人も大人の意識で、あまり変わりはありません。二か月ちょっと、三か月にならない胎児でありましたが、ずいぶん難しいことを言っていました。

これがやがて「バブバブ」としか言えなくなるのかと、かわいそうだなと思っていたわけですが、一週間くらいはしっかりしていたのです。その後赤ちゃんみたいなことを言うかと思っていますと、急に難しいことを言いはじめたりするという一定しない状態が三か月目ぐらいのあいだ続いていました。

そのうち意識的には、だんだんと赤ちゃんのようになっていきました。七か月目ぐらいに入ったときには、赤ん坊としての意識として話ができるので、おもしろかったです。

ですから、ゴンダアナのときはみんながこのようなものだったわけです。向こうの要求がわかりますし、こちらの話しも通じるのです。

テレパシーでも話ができるのですが、おもしろいことに赤ん坊の霊言もできるのです。言いたいことがあれば、私のロを通じてしゃべることができます。霊言自体は、たいしたことありません。「パフパフパフ」から始まって、何とかが痛いとか、欲しいとかが中心です。もう少し意識が目覚めていたときは、あまり勉強させられると困るというような内容でした。中国系の魂なのですが、家内が論語などを読んでいると、系統が違うものですから嫌がったりして、自分は勉強が嫌いだなどと言ってきたりしていたのです。家内が自転車に乗ったときには、揺れて頭を打ったのでしょう、「自転車痛い、乗るの止めて。」と言われたりして、それ以後家内は自転車に乗れなくなったのです。そのようなことを要求してきたこともありました。

魂が肉体に入っているので、普通の霊言とは少し違うようです。しかし、このような状況であると、普通の地上の肉体とは違って出入りがしやすいのでしょう。まことにおもしろいのです。胎児の言いたいことが、全部わかるのです。

ですから、ゴンダアナのときも、実際こうだったのだろうなと思います。胎教であまり英語はやらないでくれなどと、要求もいろいろするのです。みなさんも、もし女性でこれから出産される方で、霊道を開いたならば、お腹のなかの赤ちゃんと話ができるわけです。何が言いたいかが全部わかります。

それと、霊道を開いた場合の女性は、つわりがありません。つわりの原因は、たいていの場合、母親の肉体意識があまりにも三次元化してきているためで、それで苦しいのです。赤ちゃんが宿るときというのは、この子宮という霊能器官に宿るわけで、ブレが起きるのです。超能力器官ではあるけれども、心が澄んでおらず、錆ついていると、その意識のズレがそうとう出てきます。このときに、つわりが起こるわけです。ですから吐いたり食べ物の好みが変わったりするのも、このようなときです。なかなか合わないところにむりやり魂を押し込むので、それで何か変調をきたすわけです。

また、女性の霊意識が低いところに、もう少し高い意識を押し込むときにも、よくつわりが起きます。それで、霊道を開くとつわりがゼロになるわけです。まったくバイブレーションのズレが起きないのです。

このようにおもしろい結果をずっと分析しています。追跡調査をずっとしてみたいと思っています。本人の予言がどこまで当たるか、何十パーセント的中するのかを調べてみれば、たいへんおもしろいと思います。あと、三〇年くらいすればそれを発表するかもしれませんので、みなさんに長生きをしていただきたいと思います。


③目の色と超能力

ゴンダアナでは、八つの民族が入り乱れて覇を競っていたので、外敵から身を守る必要があり、第三の眼がひじょうに使われていました。この眼には、黄色、緑、紫、黒、灰色、茶色という色があり、民族によって超能力の発達の度合いが違っていたようです。この六つの色の眼のどれにも共通しているところ、いわゆる念力的な部分は、強弱はありますが、だいたいみな持っていました。つまり念による物理的な力で、相手を金縛りにして、身体を動かせなくすることくらいのことはできました。このように出口王仁三郎のような世界では、霊力の強いほうが相手を縛れるわけです。

黄色い眼の特徴を言うとすれば、読心力、マインドリーディングの力がひじょうに強かったようです。緑の眼を持っていた人は、音感あるいは音楽的な超能力にひじょうにすぐれていました。紫系統は臭覚的感覚が特に強く、黒い眼に特徴的なのは霊視能力で、いわゆるオーラが見えたり、霊体が見えたりする能力が強かったのです。さらに灰色は霊聴能力が中心で、茶色は予知能力でした。

このように中心的な念動力といいますか、それぞれ特徴のある最高パワーをもっていたわけなのですが、これ以外にも六大神通力に値するような部門をいろいろもっていて、技を競い合っていました。

各民族の秘伝の部分があって、そこの長がおりまして、その部族の霊能力や超能力を高めるべく磨き合い、訓練に訓練を積むわけです。たとえば、霊視能力であれば、その能力を開発して、はるか地平線のかなたにいる相手を見えるようになるために訓練するわけです。もちろんそれは第三の眼でみているわけであって、しばらく見つめていると、拡大図のように近づいきてその様子がわかるわけです。

こういう訓練をやっていますと、忍者のように千里先の針が落ちた音がわかるというように、地に耳を伏せて遠くの音を聞いただけで、だいたい敵が何人ぐらいいて、どのような装備をしてきている、ということがわかるようになるのです。


④文明の盛衰と霊界への影響

このような時代も、それなりにおもしろかったと思いますが、残念なことは「心」がなかったということです。そしてこの大陸消失後、これが仙人界、天狗界、魔術界等の源流になっていったということです。

霊天上界にはいろいろな世界ができているわけですが、このように一つの特別な世界ができる原因は、地上でやはり大量にそうした方面で生きた人が多くいて、それがまとまって天上界にあがったというところにあるようです。そして、その一つの世界が天上界にできると、そこでまた拡張力を発揮するわけです。そこでも、いろいろな新参者を連れてきて訓練させたりして、仙人の世界や天狗の仲間を増やしていきます。そして人数が増えてくれば、また地上に送りこんで地上の仲間を増強したりしてがんばっているのです。

あまりにも異常に大きな数の、同じような傾向性を持った魂が教育によってつくりだされた場合には霊界にもそのような影響が出てきます。

そして、やはりそういう集団がだんだんとどこかに場所を借りて住みはじめ、拡張しはじめます。そのようにしていろいろと変わっていくのです。霊界でも指導霊団の力、実績というものは変わっていきます。ですからイエス様が地上に出たときなどは白色系団がそのあと活動して天上界で邑(むら)をたくさんつくりました。そのあとに、また地上に出てキリスト教を広めたりして、よく教育していきますと、その教育を受けた人が、また広げていきます。他の霊系団も、このような感じで活動しています。

みなさん方のなかにもだいぶこのゴンダアナの時代に生きていた人がいらっしゃると思います。


⑤ゴンダアナ文明の滅亡

「七十三万五千年前の秋の、ある夕暮に大地からゴーというすさまじい地鳴りがしたかと思うと、ゴンダアナ文明の中心都市のひとつであるエカーナという大都市の中心に、南北に亀裂が入り、みるみるうちに大地に断層ができてきました。最初の断層は、南北百キロぐらいでしたが、やがて、海水が入りはじめて分裂の兆候を示してきたのです。第二段目の変化は、それから三日目におこりました。マグェチュード10ぐらいの、強烈な直下型地震です。約三十万人のエカーナの住人は、この日、死にたえました。」と『太陽の法』に説明されています。このエカーナがどのあたりにあたるかというと、現在でいえば、やはり大西洋域になります。エクアドルの北東の方向で、ヨーロッパとの中間点のところにあったようです。

これは、文明の滅び方を見ればよくある話であるということがわかると思います。それから、ゴンダアナの東南部にはエルミナという都市があって、そこに住んでいたエルミナ族は予知能力がひじょうに発達していたので、一部の人はあらかじめ逃げることに成功しました。そして南方にあった無人の大陸に逃れていきました。

このエルミナは、どのあたりに位置していたかといいますと、これが現在で言うとブラジルのサンパウロのもう少し北のほうで、やはり海域に相当しています。そして、この予知ができる部族が海路南に、逃げたわけです。

この南に無人の大きな大陸があり、この大陸が実は現在の南極大陸と八割くらい重なっている大陸で、いまの南極は寒帯にありますが、当時は地軸がずれていて、比較的温暖な大陸でありました。小麦によく似た穀物がひじょうによくとれました。そしてここにミュートラム文明という三〇万年前から一五万三千年ぐらい前ころまで栄えた文明が出現しました。


5.ミュートラム文明と食文化


ここで特に発達した文明は、食生活の文明です。このあたりにきますと思いあたる人がそうとういらっしゃると思います。食物をどのように組み合わせて食べることが人間性にとって役立つかという、食生活と人間の精神生活との関連性が、徹底的に追究されていました。どういう植物を食べると人間の気質が穏やかになるか、あるいは、どういう精肉を食べると筋肉に瞬発力がつくか、乳製品を一日に何回、どのくらい食べれば長寿が得られるか、脳細胞の活性化に役立つかということが熱心に研究されていたわけです。

たとえば、当時もビーールに似た泡立ってアルコール分のある飲み物があり、それを飲むと気質がひじょうに穏やかになるということも研究されていました。アルコールにも種類によっていろいろな効用があって、ビールに近いようなものは、人間の性格を穏やかにさせていくけれども、その当時にあったブランデーに近いような飲み物は、人間を多少狂わせたりするような力があるとか、あるいは当時の、ワインに近いような飲み物は、高級な精神生活に向いているなど、このようなことをずいぶん研究していたようです。

食物でも乳製品が当時、流行(はや)っていて、農業国であったのですが、酪農に近いものが行なわれていて乳製品をいろいろと研究していました。現在ではミルクとして飲むか、チーズあるいはバターというように、乳製品はこの程度の種類しかないと思いますが、この時代にはもっと研究されていて、何百種類もの乳製品がありました。私たちは、まだそれほど研究心がなくて、チーズかバターくらいでよいと思っていますが、当時はひじょうに研究がなされていたわけです。

この乳製品についても、やはりどういうミルクでつくるかということが、ずいふん課題とされていました。この当時の牛は現在よりも少し小さめでしたが、育て方、飼料の与え方等でどういうミルクを出すか、ということが熱心に追究されていました。それと牛以外のほかの動物のミルクも、ずいぶん消費されていました。


①パノアのミルク

狼に似た動物のミルクも一生懸命採取していました。その動物は狂暴で家畜にならない種類のものであったのですが、そのミルクは、ひじょうにおいしかったのです。山に棲(す)んでいて、歯がすごい動物でした。ですから、これから乳を搾るということはなかなかの大仕事で、これをどう捕まえて乳を搾り、またそれをもとの野性の状態にどうやって戻すかということが問題でした。山に、ある程度の囲いをつくって、勇士が山に登っていき、バケツを持って搾りにいくわけです。

それはとても大変な作業で、そのための訓練も施されていまして、その狼牛からミルクを搾るために筋力トレーニングも行なわれていて、格闘技の前身にあたるようなものが、そうとう開発されていました。その動物を押え込んでいかに噛まれずに乳を搾って帰れるかという方法が工夫されていました。これは、投げ縄をつかうカウボーイのやり方に近い方法でした。武器としては縄に近いもので、長さが一メートルぐらいの仕込み棒で、中が空洞になっていて棒の先から輪がついた縄が飛び出すような仕掛けになっていたものです。飛び出す縄全体の長さは、だいたい四メートルですから、それぐらいまでは近づかなくてはならないのです。ですから、柵をつくって、音楽隊のように太鼓をたたいたりして、追い込みをするのです。その柵のなかに狼牛を追い込んで、仕込み棒を使い投縄を飛ばして狼牛の首にかけます。

この投縄は、仕込み棒についているボタンを押すことにより狼牛の首を締めるようになっています。首が締まって「フーフー」いっている狼牛にまたがって、もうひとつの伸縮性のあるバンドのような武器をだして、それをロにかけます。ゴムのようになっていますから、「キューッ」とロを締めてしまいます。そしてそのときにもう一人が出てきてこの狼牛からミルクを搾るのです。

この狼牛のミルクはひじょうに高価で、飲めば長生きするといわれていたのです。当時、研究はいろいろありましたが、とくに、長生きの秘訣、不老長寿の薬がそうとう研究されていて、不老長寿の薬が、三種類あると言われていたのです。その一つが蜂蜜のたぐいです。現在の蜂蜜のたぐいのなかに不老長寿のエキスがあるといわれていました。

もうひとつは、この狼牛の乳に長生きする素(もと)がはいっているという研究報告がありました。なぜそう思われたのかといいますと、この狼牛はひじょうに精力的な動物であって、そのうえ動物のなかでも長寿であり、また繁殖力がたいへん強く、ものすごく生命力が旺盛であったので、それにあやかろうという考え方があったわけなのです。この狼牛の名前は、「パノア」と呼ばれておりました。

このパノアのミルクは、このような危険を冒して手に入れるものですから、現在の経済原理からいっても、これがどれだけ高価になるかということがわかります。このミルクは現在でいえば、ワニ革くらいの値打ちがある貴重品でした。ですから、だいたい王侯貴族の経済力がないと、飲めないものでした。

それゆえ、一般の人は、経済力をつけて早くパノアのミルクが飲めるようになりたいとか、ある島でとれるあの蜂蜜が飲めるようになりたい、そしてもうひとつの不老長寿の薬としてクロレラの先祖にあたるものを手にいれたい、という思いが強くありました。このように長寿の研究が進んでいたので、その結果、この時代にはけっこう長寿の者が多かったようです。


②食物と人間の精神

魚の研究もずいぶんされていました。魚の料理方法なども、現在よりかなり進んでおりましたし、それぞれの魚の味に対する好みも厳しかったのです。どういう香辛料とあわせるといちばん美味しいかということが、徹底的に探究されていました。今の西洋人はそれほどではありませんが、ギリシャなどでは現在でも魚料理の研究が盛んなようです。

この時代に高級魚とされていた魚は、鯛ではなくて、イトヨリの親戚のような魚でした。それはなぜかといいますと、いろいろな分析の結果、つまりエネルギー量換算や、健康度、成分の分析、美味しさの分析というようなものからいくと総合的に一番であったためです。鯨に近いものもいましたが、大きな生物であったので、海の神というように呼ばれ恐れられていました。鯨を見た場合には、漁師は逃げていました。鯨は食用ではありませんでしたが、鮫は食べていました。フカヒレスープに近いものの研究は進んでいて調理法もいろいろありました。

そして、食生活部門ごとに長寿博士あるいは耐久力博士や、記憶力増強博士など、いろいろな博士部門がありました。ようするに、食品と精神のかかわりを徹底的に追究していたわけです。考えてみますと、あるいはそういうものかなという気もいたします。

もしみなさんが、子供のころから、人間の基礎は食品であって、これがないと人間は死んでしまうし、食べ物によって人間の発揮する能力、あるいは精神状態が左右されるのだから、食物と精神のかかわりを研究していくことが最先端の学問であり、一番の叡智者、知恵ある者が行なう仕事である、と言われていたならば、ある程度納得されるのではないでしょうか。確かに食品は万人に必要なものであるし、それでどのようなものを食べればどうなるのか、気質が穏やかになるのか、乱暴になるのか、崇高な精神になるのか、ということはだいじな問題だということです。

ですから、その当時一生懸命研究した人が、今世生まれ変わってきますと、だいたい食品の研究家や、美容食研究家などというようになるわけです。食物と運命の研究家のようになって出てくるのは、だいたいこのころにやってた博士たちがやはり出ているのです。このように、ミュートラム文明は食生活と人間の気質についての膨大な研究を残しました。

このころの研究と比べますと、やはり現代食生活の研究は、数段遅れています。また料理法などもあまり進歩しているとは言えません。ここ何千年かでみれぱ進歩しておりますが、人類の長い歴史、何億年の歴史からみれぱ料理法は決して進歩はしていません。いまでは信じられないような料理が過去にはたくさんありました。そのときに活躍した人が今、生まれていて、時どきパーニャ・パラミタを出して、過去世の料理法を思い出したりしてつくるのです。


③エミューラの改革

ただこのときに、ひとつの唯物思想のはしりが出てきました。食生活に関心が移ったために、本来の使命である魂の研究、修行がおろそかにされてきたということです。このミュートラムの最盛期は一六万年前くらいになりますが、モーゼとのちに言われた人、当時の名前はエミューラという名前でありましたが、このエミューラ大師が地上に出たときに、「食生活から心の生活へ」というスローガンのもとに精神革命を起こそうとしました。

しかし、これは失敗したようです。それほど深く食生活を研究し食を愛していった人たち、いわばグルメの大群のような人たちに真向から「食物じゃないです。人間は心です。」と言ったところで通用するかどうかです。実際には異端視され、大変な苦労をし、迫害を受けました。ただ功績としては、食生活だけではない何か別のものが、人間性に影響があるのだというイメージだけは植えつけることはできました。この図式は現代の唯物思想とたたかう宗教のはしりに近いともいえるでしょう。