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 キラが考案した張り込み作戦は半分成功、半分失敗に終わった。アルテミスに現れるはずのギルド幹部を押さえる事ができなかったからだ。だから半分成功と言っても、結果から見れば失敗とも言えた。キラやフラガのチームがバー・ガモフで捕らえた中にはエンジェルスレイヤーはいなかったのだ。勿論、ギルドにつながりのある人物もいなかった。
 しかし、キラにとってはもっと重要なものが手に入ったのでこの作戦は大成功だったのだ。キラが手の中のペットロボットを大収穫だと喜ぶ隣で、天使達が不思議そうな顔をする。
「その旧式のペットロボが? 鳥型ってのは珍しいけど・・・」
「マリューさん、例の件、お願いしますね」 
 このペットロボットはね、アスランの小鳥なんだよ。


 一人浮かれているキラを他所に、唯一、彼らの手柄と呼べる人物が今、キラの眼前の部屋で取調べを受けている少年であった。既にセブンスフォース内でも有名なイザークとチームを組んでいるニコル・アマルフィー。帽子をデスクの上に置いて、大人しくマリューとフラガの前に座っている。取調べが一段落ついたのか、二人が部屋を出てくる。
「いやーまいったよ。なかなかどうして、頭が切れる少年だ」
「お疲れ様です」
「キラ君もね」
 様子を見守っていたキラが声を掛けると、調書を入力するマリューがため息を付く。フラガは既にあの少年に感心しているのか、取調べを終えてしまったかのような感じだ。
「ニコル・アマルフィー、南27番街ブリッツストリート在住。両親兄弟はなし。友達とバー・ガモフで待ち合わせしていたら警察の突入に遭遇した。確かにデータ上はその通りなのよ、改ざんしてるのでしょうけど」
 と、また、はあ~とため息を付く。このままではすぐにでも釈放しなければならなく、彼らはなんとしてもそれを阻止するために拘留できるだけの理由を探しているのだ。
「こうなったら本部に照会するしかないでしょ」
「気が進まないわね」
 マリューとフラガが二人で納得して部屋を出て行ってしまったので、キラはもう一度、取調室にちょこんと座っている少年を見た。ガモフでやりあったイザークの仲間だと言うことだけで最初は敵視していたが、実際に落ち着いてみると普通の少年に見える。向こうにキラの姿は見えないはずなのに、顔を上げてにっこり微笑まれるものだからキラは慌てて部屋を飛び出した。
 すぐにあの少年が拘置所に移されるのを見て、キラはマリューとフラガを探した。どうして拘留できるのかを尋ねるために、二人の部屋を覗く。顔を見合わせて何かを確認しあう大天使。
「彼は本当は都市の外の人間だよ」
「でも証拠はないって」
「地上にはなくても、本部にはあるんだ」
「本部・・・ってどこか聞いてもいいですか? ここではないんですよね」
マリューのあきらめたような表情をしたから、それが本当は無闇に言えない事柄なのだと分かる。
「私達は天宮から地上に派遣された天使よ。地上を統括する本部が天宮にあるの」
「そこには全てを記録したものがあるんだ」


 家に帰る途中、キラは聞かされた話を反芻する。全てを記録しつづけるラジエル・ライブラリには真実が記録されている。地上のあらゆるデータが電子化されて改ざんが可能になっても天宮のラジエルに照会すれば、その真偽を確認できる。ただ、その情報の持つ影響が計り知れないため、天使たちにも容易にアクセスできない禁断のライブラリで、位に応じた情報しか引き出せない。大天使であるマリュやフラガではレベル8が(これは下から2番目だという)やっとらしい。
『天宮のお偉い天使が管理しているからな』
『私達が閲覧できるのは、地上の情報だけよ』
 それなら・・・と口を開きかけたら、あっさりと先手を打たれた。
『アスランの情報か? 無理だな』
 名前だけでは検索できないのだという。ニコルの件も『ニコル』と『アマルフィー』の二つのキーワードで情報を引き出すことができたらしい。この時代、容姿は簡単に変えられるので有効なキーワードにはならない。
 玄関でキーコードを打ち込んで、ようやく帰宅する。珍しく遅くまで起きていた母がキラの抱えているものに目を止める。
「ペットロボット? 小鳥? キラ、それどうしたの」
 キラは鳥かごを持っていた。止まり木にのっているのは、言うまでもなくあの碧のペットロボット。
「えっ、ああ、拾ったんだよ」
「拾ったって・・・じゃあ持ち主が探しているかも知れないわね」
「うん。明日にでも警察に届けるつもり」
 警察と言っても第7機動隊だけどね。このペットロボットで持ち主をおびき出すんだからさ。
 キラは笑顔で答えて自室に引き上げた。身体は疲れているはずなのに、これからのことを思うと興奮してなかなか寝付けなかった。
 翌日、キラはカレッジに鳥かごを持っていった。自分の物ではないのだが、なぜか見せびらかしたかったのだ。
「うわ、めっずらしい。鳥型のペットロボって俺はじめてみた」
「昔発売されて・・・今、全然見ないもんな」
 サイとトールはさすがに工学を専攻しているだけあって、さっそくその仕組みやスペックの話をはじめている。フレイやミリアリアの感想は一葉に可愛いで、鳥かごの外から指で頭を小突く。
「おっ、これメーカー刻印があるぜ。どれどれ・・・げっ、プラント!?」
 改めて全員の注目を集めるペットロボット。首のリングに5対の視線が集まる。やや薄れて読みにくいが確かにプラントとある。突如、『珍しい』『可愛い』以外の価値を与えられて、キラの鳥カゴと5人の間に微妙な距離感を生んでしまった。
「プラントの新型のプードル見たか? 本物そっくりのやつ」
 トールが思い出したように話題を振る。僕達一般人にはとんと縁のないプラント製のペットロボット。芸術品と呼び声が高く、事実値段もかなりはる。街の裕福層に属するフレイやサイでさえ、おいそれとは手がない最高級ブランドである。
「で、キラ、これどうしたの?」
「拾ったから。僕今日2限までだし、午後から警察に届けようと思って持ってきたんだ」
 剣呑な表情も、ほら、こう言えば皆安心する。誰だって、僕のうちがこんな高価なペットロボットを買えるなんて思ってない。
「そっか、そうだよね。残念、キラのなら構って遊べたのに」
「飼い主は探しているんでしょうね」
 そうだといいんだけどね。キラはその時、はにかむような嫌な笑い方をしていた。


 一方、ニコルに助けると豪語したイザークはと言うと、いつもと同じように大学へ出かけるべくマンションを後にしていた。
 なぜ、あいつが釈放されない。拘留だと?
 ニコルのデータは完璧のはずだ。市政庁の端末からニコルのデータをインプットしたのだ、ただ、正規の手続きを経なかっただけで。それが、不法滞在で拘留されているというのが、イザークが昨夜一晩で関係者から得た情報だった。
 朝の陽射しの中では影に潜むディアッカも話し相手にならない。誰に相談しようとも、結局は、あといくら積んで裏から手を廻してもらうか、しか思いつかない。しかし、相手が第7機動隊では勝手が違う。イザークに天使の知り合いはいないのだ。
 朝食を取ろうと、行きつけのホテルのカフェラウンジに上がる。中心部の外れに位置するアストリアホテルからはセブンスフォースが居を構えるビルがよく見渡せた。地上38階のフロアーから籐のイスに腰掛け、水色の空を映すそのビルを見つめる。
 あのどこかにニコルがいる。
 周囲より頭一つ高いそのビルへは、例え悪魔の力を借りても飛び移れそうな建物はない。幹線空路はどれも隣接しておらず、そのビルへ行くための直線ルートもない。おそらく、周囲に仕掛けられたセンサーや監視機器で簡単には近寄れまい。ただの高層ビルに見えてその実、天使の存在を知る者にとっては、この街で最も厳重な警戒設備に守られた建物。
 やっかいだ。だが、どうやってニコルを解放する?
 冷めてしまった紅茶を下げてもらい、席を立つ。今日はゼミのレビューに出席する予定にしていたが、どうにもそんな気にはならなかった。エアバスにも乗らず、エアタクも拾わず、イザークは整備された歩道を歩いた。朝の光が徐々に温かみを帯びて、ビルの谷間を照らす。オフィス街のせいか、すれ違う人もスーツ姿や作業着が多い。
 その中にあって、黒いコート姿を前方に見つけた。ビジネスマンに混じって違和感を感じさせる原因は、彼が手ぶらだったことだ。膝まである黒のロングコート。中途半端な長さの紺色の髪。そこまで認識して、それが自分の知っている人物だと気づく。
 アスランか―――?


 だが、ここで名前を呼ぶわけにも行かず、少しばかり歩くスピードを上げてシグナルで追いついた。横に並べばさすがに相手にも気づいたのだろう。わずかにこちらを向いて、また歩き出した。イザークがわざわざ追いついたと言うのに彼は、それに気づきながらも無言だった。
「何か言うことはないのかっ!」
 エアヴィーグルのエンジン音と都会の喧声だけが、歩道を渡りきる間流れるのみ。今までこの都会で出会おうとも他人でしかなった二人が、並んで歩道を歩く。確かに昼間に会うのは初めてだったかも知れない。
「貴様、どこへ行く? 俺は大学に行く途中だが、野暮用があってな」
 聞かれもしないのに自分の事を話す。野暮用とはニコルのことであり、イザークはアスランならどうするだろうかと聞いてみたくなった。
「落し物を取りに」
 しかし、意外にもアスランはイザークの質問に答えるから、思わず聞き返していた。
「何っ?」
「遺失物の広告が官報に出ていた」
 昨日の現場にアスランが居合わせたことを知っている。遺失物というからにはおそらく、あの奴のペットロボットが向こうの手にあるのだろう。
「馬鹿か貴様!? 罠に決まっているだろう」
「でも、せっかく来いと言っているのだから、この際正面から行くさ」
 こいつは馬鹿なのか、それともそれだけ自信があるのか。この真昼間に奴らの居城に乗り込む気でいるのか? だが、それがこいつの出した解決法だというのなら。誰かに何とかしてもらおうと言う発想が急に隅に追いやられていく。まるで、そんなことを考え出した事事態が恥じだとでも言うように。
「俺も行く」
「は?」
 彼が足を止め、自分を見つめていた。まともにコイツの顔を見たかもしれない。足早に歩く人ばかりの歩道に男二人が立ち止まる。
「だから、一緒に行ってやると言っているんだ。貴様だけでは心配だからな。俺も奴らに預けているものがある」
「もの・・・?」
「仲間だ」
「イザーク。君は意外といい奴なんだな」
 そんなハズはないとイザークは目の前の現象を否定した。本当に僅かだが、コイツが笑っているように見えたなんて有り得ない。
 ポンっと肩を叩かれて、アスランが歩き出す。並んで見ると自分より僅かに低い位置の横顔に驚き、日の下で見る彼は夜とはまた違ってただの好青年に見える。彼に叩かれた肩からほんわりとした暖かさが広がる。それでいてキャンディを口の中に放り込んだ時の一瞬の冷たさがあった。
「では行くか」
「何?」
 太陽が天頂に上るにはまだ少し時間がある。夕方を待つのなら半日寝てもおつりが来る。契約した悪魔の力を借りるなら、夜まで待たなければならない。
「拾得物窓口が空いている時間は9時から5時までなんだ」
「アホかぁ、貴様っ!」
 歩き出した背中にイザークの叫び声は当たって砕けた。そしてそのままビル風に乗って一気に上空に消える。昼の大都会をイザークとアスランが天使の居城に向かう。
「昼は俺達だって普通の人間と同じなんだぞ」
「ああ、対悪魔障壁なら昼は作動しないんじゃないか?」
 影の中にひそむ悪魔も夜にならないと実体化できない。もしかしたら、とは思う。
「そういう問題じゃないっ。素性がばれるだろうがっ」
「大声で言うことでもないと思うが」
 すれ違う人が振り返っている事にアスランが眉をひそめるが、注目を集めている本当の原因には二人とも思い至らなかったらしい。



 特に一般人を締め出していると言うわけではなく、第7機動部隊の本部ビルも公的機関であれば最低限受け付けのあるフロアくらいは市民に解放されている。ドラマの撮影で使われた事もあり興味本位で訪れる市民や、そこで働く警察官で1階は結構な人込みだった。イザークとアスランもそんな市民に混じって足を踏み入れた。夜であれば空間歪曲で転送されてしまうビルも昼間はそこまで意地悪ではなかった。
「拾得物窓口は何階ですか?」
 警戒して一通り内部を確認するイザークの耳に入る連れの声に、彼の銀髪がばっと舞い上がる。行動を怪しまれないようにできるだけ冷静に後に立つと、受け付けにあるパンフレットを取る。
「はい。確認しますのでしばらくお待ちください」
 笑顔で答える受付嬢にアスランが律儀に待っている間に、パンフをペらぺらめくるイザークはあることに気づく。
 拾得物受け取り窓口なんてないぞ。
「おい」
 アスランの肩を掴む。
「なっ、何するんだ」
「すまんな。もう見つかった」
 ヴィジホンに向かい合っていた受付嬢が慌てて、何か言おうとしているのを無視してイザークはアスランを引っ張っていく。目立たないようにしようというイザークの心がけはこの時点でかなりパーになっていたのだが、未だ小声で話すあたり全くそのことに気づいていない。
『拾得物窓口なんてものはこの建物にない。あれは絶対、通報されたぞ』
『そうか』
 突き出されたパンフレットを見て、考え込むアスラン。どうするつもりだと視線を送ったら、壁際に儲けられたヴィジホンスペースに向かう。
『よせ。足がつくだろうが』
 しかし、意に関せずとばかりにヴィジホンを画面を押し、パネルを操作する。
 なっ。
 目の前でアスランはIDカードを挿入せずに、操作画面を呼び出した。それもイザークが公衆のヴィジホンでは見たことのない画面である。勝って知ったる滑らかさで、指をパネル上に滑らせるうちに、画面には建物の図面らしき物が引っ張り出されていた。
『多分32階か・・・鑑識中だと35階・・・・・・』
 何が起こったかは分かる。だが、今はそれを問いただしている余裕はなかった。一人納得して終了操作をするアスランが振り向いたイザークに言う。
『拘置所は24階だから』 
 どういうわけか、このビルの電子機器は無効化されているらしいと分かったのは、探知機付きのゲートを難なくすり抜けた時だ。
 アスランが壁の標識を見て目的地を暢気に確かめているのも、この状態に気づいているからだ。もし、意図的にやっているのだとしたら。イザークは『よし、こっちだな』と軽く呟くライバルを見る。
 エレベータに乗ろうとするアスランを慌てて押し留めて、階段を探す。さすがにそこまで冒険する気にはなれなかったし、それはアスランも不承とは言え納得したようだった。何十階も階段を上るのは正直辟易するが、青年二人が黙々と階段を上る。所々、階段は切れてフロアを横切る時も極力、内部の人間に見つからないように隠密行動を取る。
 お陰で24階に到着した時にはかなりの時間が経っていた。アスランが更に上を目指して分かれる時、イザークは覚悟を決めた。例を言うべきかどうか迷ったが、それはうまくニコルを連れて脱出できた時に言おうと決めた。
 まあいい。利用させてもらうさ。
 セキュリティが無効化されて、記録に残る事もないだろうことを祈って。イザークは懐から銃を取り出してセイフティを解除した。その後、ニコルのいる拘置室の前でイザークは解除されていないロックの前に撃沈するのだった。
 やってやるさ。くそっ。


 キラのヴィジホンに短いメッセージが入ってきたのはお昼を食堂で食べている時だった。
 ―――持ち主現る―――

「キラ、もう行くのか?」
 ほとんど食べ終わっていたキラが席を立つのを見て、トールが尋ねる。
「うん。もうすぐ食堂混んで来るしさ」
 そんな会話を交わす時間さえ勿体無いと、気だけが急いて畢竟、動作が乱暴になる。友人達の疑問の眼差しを背中に食堂から出たキラは走り出していた。
 セブンスフォースのビルに着いた時、既に32階から35階は襲撃を受けた後だった。急いでマリューとフラガに連絡を取ると、現在は36階から上に移動中だという。
「気をつけて、館内の設備が異常なの。どこにも異常は見つからないのだけど、作動しないのよ」
 近くの端末に駆け寄って、コンディションをチェックすれば確かにマリューの言うとおり異常はない。それでも、どこにも彼が来訪した記録が残っていない。監視ビジョンにも、エントランスにも。
 どういう手を使ったのか知らないけど、やるね。乗り込んでくるだけのことはある。
 キラは鳥カゴを片手に36階へと急いだ。階段を駆け上り、上がった息を整えながらフロアの気配を探る。一階、また一階と上に上がっていく。窓から外を見れば、もうすっかり日が落ちている。夜が来ていた。
 それからどれだけビル内をうろついただろう。バタバタと行き交う内勤の天使達に遭遇する。一体の天使を締め上げて、落し物の、ペットロボットのあり場所を聞いている姿。道端で道を聞くのと大して変わらない口調。
 そして、天使が知らないと答えると彼は相変わらず、何でもないことのように天使を消す。奪ったエンジェルコアが無機質な通路の天井に消え、キラには彼が微かにため息をついたかに見えた。彼は相変わらずきれいな顔をしていて、手にした鳥カゴに眼を止める。 
「探し物はこれ?」
 キラはゆっくりと手に下げた鳥カゴを上げた。バランスを崩してぴょこぴょこと止まり木を行ったり来たりする鳥型のペットロボがいる。
「返して貰う」
 アスランが何事もないように、近づいてくるから、僕じゃなくて、鳥カゴばかり見ているから後に引っ込める。白い壁と青いライトの長い通路に影が形をとって移動するようにアスランがキラに近づく。
「取りに来いとは言ったけど、ちゃんと返すとは言ってないんだけど」
 例え表情に何も変化がなくても、機嫌悪くした?
「これ本当によくできてるよね。僕にちょうだい。だめ?」
 や、別にこのペットロボットが欲しいわけじゃない。それはアスランにも分かっているよね、罠だと分かってのこのここんな所まで来るくらいだから分かってないかな?
「一体、どうしたいんだ」
「どうって・・・」
 僕は街をエンジェルスレイヤーの手から守りたい、マリューさん達天使を悪魔から守りたい。アスランはスレイヤーだから、天使を消すからその前に僕が。僕が?
 答えに詰まるキラの持つアグニの銃口が僅かに下がり、アスランが動く。ほとんど反射的にキラは狙いを修正して、トリガーを引いていた。しかし、一直線に伸びる青い光線は彼のコートの裾を焼いて、目の前が真っ黒になる。腕にひどい衝撃を感じたのはその直ぐで、僕を見下ろす翠の瞳が横をすり抜ける。
 ガモフに続いてこれで二度目。キラはスレイヤーを仕留めそこなった、いや、まだだ。左手にした鳥カゴを放って、落としたアグニを足で救い上げる。アグニの動きに合わせて身体を反転させる。軽くステップを踏んで距離を取るアスランに再び銃口を向け、引き金を引く。
 引き出されたアスランの腕から、鋭い何かが飛ばされたのか、金属が焼ける臭いがした。後でガシャンと鳥カゴが落ちる音も、目の前の情景に目を奪われていて気が付かなかった。確実に身体を貫くはずだった青い光がアスランの手のひらの前で拡散している。
「うそだろ、おい」
 フラガの呟きのとおり、信じられないことが起きている。
 トリガーにかける指の感覚がない。飛び散る青い光はどれ一つとして彼の身体に届かない。


「トリィ」
 びくりとして、キラは引き金にかけた指を戻してしまっていた。それがペットロボットの鳴き声だと気づいた時には、アスランは踵を返して走り出していた。
「トリィ、来い」
 ペットロボットを呼ぶ声に、我に返ってキラは追いかける。フラガも後の天使達も、慌てて後に続く。キラがパトロール用のエアパトやエアバイクが格納してあるフロアの上部通路に出た時、彼は3階分の高さをもつそのフロアの床に着地した所だった。フロアの天井からあのペット鳥が舞い降りる。
 と、また鳴り響く警報。
 ズオンと足元が揺れる。立て続けに振動が起こり、明かりがバチバチとショートして一瞬消える。直ぐに復旧したがサイレンがけたたましく鳴り、拘置所があるフロアで脱走者ありと告げる。アスランと一緒に来たあの銀髪のスレイヤーが仲間を連れ出したに違いない。
 イザークって人。ガモフで僕を足払いした。だけど、今は。
「ムウさん行って下さい。ここは僕が!」
「分かった。だが、キラ。深追いはするなよ! あいつは謎の多い奴なんだからな」
「ムウさんこそ、イザーク達を逃さないようにして下さい!」
 そこで僕たちは左右に分かれた。ムウさんは右に、僕は左に。この先にはエレベータと非常階段。乱れ飛ぶ光線を避けて非常階段に消える背中。
 ビル内の図面を思い出して、先回りをしてゆく手を塞ぐ。そのたびに彼は幻像を残して天使たちの攻撃をかわす。立ちはだかる天使達が一体、また一体と消えていく。
 館内に響き渡る警報がいつまでたっても止まない。インカムを通じて聞こえるフラガ達の動向が芳しくないのも追い討ちをかける。決して最短距離を選んでいるわけではないのに、一向に追いつけない。


「マリューさん!」
「キラ君! 闇雲に追いかけるだけでは駄目だわっ」
 マリューが合流して隊を分散させて包囲戦を開始する。セキュリティは作動していなくても、天使達の数に物を言わせて目視で情報を集める。
「連絡を密に! 暗号伝聞はケース17を使用」
 このビルは外からは普通の高層ビルに見えて、実は窓がない。夜、あたかも窓から漏れる明かりのように都会に浮かぶ明かりはカモフラージュされたライトアップに過ぎない。内部から外に出るには数少ない出入り口を通るしかないのである。外部からの侵入を防ぐための仕組みが、侵入者を逃さないために功を奏している。
『工作隊、29階に到着しました』
「エレベータ、非常階段、通風ダクト、全て閉鎖よ」
 少しずつ選択を減らし追い詰める。上の階にも下の階にも天使を配置する。
「突入! 相手はスレイヤーよ。十分に注意して」
「キラ君、姿が見えたら狙って。死角から狙えるようにもっていくわ」
 正面から狙って防がれた事が伝わっているのか、アスランを撃つ作戦をマリューが考えていた。29階フロアは完全に封鎖、上下の階には捕獲専門の天使達が固めて、キラは動けなくなったアスランに迫った。しかし、沸き起こる振動に慌てて壁に手をついて身体を支えるとあたりは埃で充満していた。
「何があったのっ!」
 現場に駆けつけた二人が見たのは、豪快に穴のあいた床と、囲むように気を失って散らばる天使達であった。
「28階! 情況を報告してちょうだいっ!」
 息を潜め、包囲し追い詰めたと思っても、後一歩のところで逃げられる。少しずつ階を下り、いつしか拘置所のあった24階。蹴破られたドア、割れたガラス。そして、消えゆく天使達に、指揮を執るマリューが焦りを露にする。
「これも彼らの作戦なのっ!?」
 部隊を分散させた結果、各個撃破の機会を与えたようなものだったからだ。フラガが対しているイザークとニコルが同じように天使を倒して館内を逃走している。彼らもまた、今まで捕らえようとして叶わなかった名うてのエンジェルスレイヤーなのだ、被害が少ないわけがない。
「指揮系統が分散されてっ、このままでは」
 天使達の本拠地には天使が余るほどいるのに、ここまでの勝手を許している。キラもさすがに舌打ちする。
 追いつけないっ。
 考え込むマリューが隊をまとめようと、前進にブレーキをかけるが、散らばった天使達には直ぐには伝わらない。北通路を東進するマリューとキラ達の部隊が、ばらばらと南通路からのスロープを降りる一団を見つける。
「前に出るなっ!」
 キラの怒鳴り声も間に合わない。キラはこちらを向いて飛びず去るアスランが、黒いコートをマントのように広げる死神のように見えた。容赦なく屠った天使達の残骸が、エンジェルフレアを放ち、彼の通った後には意図しない光の道標ができていた。


 キラは唇を噛み締めて、光を頼りに彼の背中を追う。
 シールドされた窓にペイントされた非常脱出口。火災などの非常時の外への出口。キラはその表示を見てアスランの意図を理解する。窓を破ってビルの外に出る気なのだ。確かにビル内にいては彼に逃げ場はなく、どこかに足を隠しているのだとしたら。
 ここまで来て逃げられる?
 呆然としたキラの目に窓の向こうの街が映る。
 アスラン、分かってる?
 腕でガードしながら彼は頭から窓を突き破った。キラは確信をもってこの結末を予想する。外壁の踊り場で一回転して膝をついた彼を待っていたのは。
 ―――朝
 アスランがその身を照らす朝日に手を翳し、一緒に飛んでいたトリィは日付の変わった都市に飛び出していく。アグニを手にしたキラは振り返るアスランに微笑む。土壇場に来て形勢が一気に逆転した。背後には非常脱出口へとなだれ込んでくる天使達。これだけの天使を相手に空中を逃げきれたとしても、ストライクのスタンバイは既にできている。どこまでもキラは彼を追えるだろう。
「タイムリミットだね。どうする、アスラン?」
 無風。微動だにしない彼が何を考えているのか、逆光になったキラからは伺えない。ただ、あの翠の瞳だけが浮かび上がる。
「もう朝だよ」


 彼が目を僅かに伏せて、朝日に浮かび上がる身体が宙に浮く。
「うそっ!!」
キラは慌てて駆け寄った。身を乗り出して地面を覗き込む。ただの人間がこの高さから落ちればひとたまりもない。何か仕掛けがあろうと見渡すが、何も現れない。夜が空け、朝日が差し込む今は最も悪魔の力が弱まる時のはず。彼が悪魔の力を借りる事はできない。だから、このまま落ちたら。
 黒いコートがバタバタとはためいて小さくなる。本当は音なんて聞こえないけど。朝日の矢に射抜かれて黒いコートが煤のように舞う。届くわけないのに手を伸ばしていた。
 朝日に落とされた彼の影がビルの側面を猛烈な速さで下に向かう。その二つの黒影が合わさって、キラと天使達が見下ろす中、アスランが自らの影の中に飛び込んだ。
 えっ、それってありなの?
 キラはアスランが消えた遠い地面を凝視して動けない。訪れるだろう惨劇は影も形もなく、血の後も服の切れ端すら見当たらない。横に立って同じように下を見下ろしていたマリューが独り言のように呟いたけれども、ほとんどキラの耳には入っていなかった。
「まさか、彼はもう・・・」
 姿を現した太陽が都市の輪郭を描いていき、一日の始まりを告げる息吹が夜の開けた街を駆け巡る。地上には申し訳なさそうに手を振るフラガと天使達数体がエントランスから出てきていた。どうやらあちらの攻防も決着がついたようだった。

今回のバックミュージックはBlackMagesのThe Decisive Battleで。描かれてはいないですが、イザークとニコルの脱出はこの曲をバックに派手に出て行ったということでお願いします。もう少し、イザークとアスランが絡めばよかったなあと反省。ここまでの対戦成績。キラ1-2、イザーク1-2、アスラン3-0です。次からはもう少し三つ巴で行こう。またちょっち修正入るかもなあ。現在、承の中盤って所ですがそんな感じしてます?してます?えっ、してない?だよなあ、やっぱ。