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目次
























第1問 太陽界の秘密


(問)

あなたがおられる太陽界とは、どのような世界なのですか。太陽界の秘密についてお差し支えなければ御教え下さい。

(答)

1.九次元世界は、地球系霊団の調整役の世界である


先日、太陽界のこともお話はしましたが、今日は質問ということでありますので、特別に、また話をしたいと思います。太陽界、あるいは宇宙界とも言います。九次元世界のことです。これは如来界、八次元の如来界の上にこの太陽界、九次元世界というのがありまして、これは全地球的なレベルで地球系霊団の役割、使命、あるいは進歩、向上、こういうことを計っている霊団なんです。

これが九次元世界にて行われています。まあ調整役ですね。如来たちっていうのは、八次元の如来というのは、それぞれの教えの大体トップになるような頭なんですよ。八次元如来界というのは、それぞれの大先生たちなんです。

ところが、私たちは、そういう教えだけでなくて、地球系霊団の全体の調整をやっているところなんです。そして、そろそろこういう教えの流れに変えなければいけないとか、こういうことをやっているのが私たち九次元の霊たちなんです。それで詳しいことは、また別途お話しする機会があると思いますが、九次元の世界についてお話ししたいと思います。

九次元と言っても、もう肉体的な人間が住んでいるかというとそんなことはないんであって、九次元というのは、意識の世界なんです。ただ意識の世界の中で翻訳すると、たとえば、イエス様のように出てくるとか、お釈迦様のように出てくるとか、こういう形になります。それでそういう巨大な意識体があるんです。

だから私たちからすれば、大会議場に入ってみんなで、地球をどうするかというような会議をしてるような姿をとっても、あなた方の世界から見れば、お星さまが集まって、瞬(またた)いているような感じかも分からない。あるいはガスのかたまりが集まっているような感じかも分からない。そういう形で、あくまでも人間的に翻訳すれば、こういう人がいるということであって、ほんとうは意識だけ、あるいはエネルギー体だけしかないんです。特色があるエネルギー体だから、そのエネルギー体が思ったことを、三次元的に声を出して言えば、こういう形になるということなんです。


2.九次元世界には十個の意識がある


それで九次元には、人間的単位で言えば、約十名の方がいらっしやいます。そして十名の方がそれぞれの役割を担っておられます。しかしこの十名というのも、個人として十名いるんではなくて、意識体として数えれば十人ということで、一つの特色あるパイがあって、何人かに分かれて出ることができるんです。そのような名前をいっぱい持っていて、まあペンネームまたは役割をいっぱい持っているようなもんなんです。

たとえばあなた方でも、二足のわらじとか、三足のわらじとか言って、昼間仕事をしながら夜は作家であるとか、こういうことがありますよね。そういう感じで彼らもいろんな役割を持っているんです。そして地上に生まれる時に意識体の全部が出るわけでなく一部が出るんです。何分の一かが出るんです。四分の一、五分の一、六分の一、こういう一部が出るんで、それで還って来たときにそういう意識をまとうわけです。

たとえば、イエス様、イエスの意識というのがありますが、九次元にいらっしゃるイエス様の意識体と、ナザレのイエスと言われているパレスチナに二千年前に生まれたイエス様の意識、これはまったく同じではありません。部分という言い方は非常に物体的で分かりにくいんですが、そういう意識を持っているということなんです。だからこの三次元的に霊言現象をすれば、ナザレのイエスとしてしゃべりますけれど、それはイエス様の意識のすべてじゃないです。あくまでも、個性を持ったイエス様の部分なんです。

ですから今、高橋信次という名前で私が語っていますけれど、これは人間として生きた高橋信次の意識の部分が今しゃべっているんであって、本来すべてじゃないんです。ヒトデでいえば、ヒトデの一本の足みたいなのがしゃべっているんです。こういう部分なんです。


3.九次元世界の十名の方がたの役割分担について


それで九次元世界の秘密ということで、お話をしたいんですが、まあ役割分担とか、こういうことを言いますが、私が近年、高橋信次という名前で地上に生まれました。私の九次元での別の名前、よく使われている名前は、エル・ランテイと言います。また神智学系統では、サナート・クメラと言われているのは、私です。

そういうことで、私は主として九次元世界で、役割分担の取りまとめをやっておりました。

あと、有名な人ではブッダですね。ゴーダマ・ブッダ、こういうブッダ意識があります。この人もブッダとして、インド時代に生まれた意識というのは、この人の全意識の中の五分の一か、六分の一なんです。ですからブッダという名前で呼ばれていますが、ゴーダマ・ブッダ意識と九次元のブッダの意識とは違います。九次元の巨大な意識のことを、「エル・カンターレ意識」と言います。だから必要とあれば、そういうインド時代の意識が出て来るだけであって、全部がその意識ではありません。

ブッダの意識というのは、今から一万五千年ぐらい前にムー大陸の大王でラ・ムーという名前で生まれたことがあります。その後、今から一万二千年から三千年ぐらい前、アトランティス大陸に生まれて、トスという名前で呼ばれています。神智学では有名な方です。それから今から七千年くらい前アンデスに生まれましてリエント・アール・クラウドという名前で呼ばれています。その後また転生しまして、今から四千数百年くらい前ギリシャでヘルメスという名前で呼ばれています。その後、今から二千五百有余年前、インドに生まれてゴーダマ・ブッダと言われ、またその意識体の一部がその後また出て来ているということです。このような転生輪廻をしています。

また、イエス様の意識は、今からちょうど一万年くらい前にアトランティスの末期、アガシャー大王として生まれました。その後今から約七千年から八千年前、インドに生まれてクリシュナという名で知られています。その後今から四千年ぐらい前、エジプトにクラリオという名で生まれました。そして、さらに西歴0年ですね、二千年前にナザレのイエスという形で生まれました。

この意識は、イエス様の全意識すなわち、「アガシャー意識」の四分の一か五分の一くらいが出た形なんです。この一部分、外郭部分を使って、如来界から出たレベルとしては八次元レベルで出た人が、今から二千四、五百年前に出た中国の墨子(ぼくし)という人です。この人はイエスの九次元意識ではなく、八次元意識で出た人です。こういう人がいます。

また九次元には、イエス、ブッダと同格くらいでモーゼという方がいます。今から三千数百年前に生まれた方で、有名な「出エジプト」された方、モーゼです。この方は私が生きていた時、私の指導霊もしていました。この人が神智学で言うモリヤ大師です。また神智学では、別名ミラレパ、こういう名前でも呼ばれています。この人も肉体を持ったことはあるんですが、これ以外名前が残っていないので、モーゼかモリヤかミラレパ、こういう名前しかありません。これ以外もありますが、あなた方に言っても名前が残っていないので分かりません。今、四人言いました。

その次にマイトレーヤという有名な方がいます。マイトレーヤがイエスじゃないかと言われていますが、マイトレーヤというのは一つの意識でして、マイトレーヤ意識というのがありまして、マイトレーヤ自身が、マイトレーヤ如来として地上に生まれることは滅多にないんです。マイトレーヤは、たとえばブッダとか、イエスとか、こういう人が地上におりだ時に、ブッダやイエスをオーバーシャドーといって天上界から、光を与えてオーラで包んで指導をするんです。ですから今マイトレーヤの降臨とか、いろいろ言われてますが、マイトレーヤ自体が生まれるわけではなくて、そういう力が加わってくる時なんです。

マイトレーヤというのはこの世で生まれた名前は、残念ながら他に残っていません。しかし、神智学系統でダイアン・チョーハン、あるいはマハ・チョーハンと呼ばれているのがマイトレーヤのことです。

基本的には、私がいて、つまりエル・ランテイ意識があって、これは一応人事関係のとりまとめをやってまして、ブッダ、イエス、モーゼというのはだいたい同格です。これとちょっと離れた感じでマイトレーヤという意識があります。これはまた、調整役なんです。このブッダ、イエス、モーゼの三つの意識の役割分担なんかを多少調整したりする意識です。格としては、ほぼ同じぐらいなんですけど、ちょっと違う役割をしています。

これ以外に今から二千四、五百年前に中国に生まれた、孔子様という方がいます。この人はアトランティスに生まれたことかありまして、今から一万一千年くらい前アトランティス時代に、オシリスという名前で生まれました。

孔子様は、主として学問の神様なんです。学問的なものをつかさどっておられます。

それから七番目にマヌという人がいます。『マヌの法典』で知られている人のことです。近年で体を待ったのはマヌしかいないんで、それ以外名前がありませんが、神智学ではサナーカという名前で呼ばれている方でもあります。この人がマヌです。

それから八番目、ゾロアスターという人がいます。この人は拝火教の教祖で、今から六千年ぐらい前でしょうか(注 紀元前六世紀という説もある)。ペルシャに生まれた人なんですが、その後また、同じく中近東に生まれましてマニという名前で出ています。ゾロアスターの時は拝火教で、善悪の二元論を説いた方なんですが、マニとして生まれた時もマニ教といってこれは紀元二、三百年ぐらいでしたかね、私の記憶がはっきりしていませんが、善悪の二元論を説いたんです。二元論が正しいかどうかは別として、そういう考え方だったということです。この人は神智学系統ではサーナンダナという名前でも呼ばれています。

九番目の人ですが、クート・フーミーという名前で神智学では言われている方がいます。この人は、主として科学関係をつかさどっている方です。クート・フーミーは神智学系統では別名チョハン・ヒラリオンという名前でも呼ばれています。近年では二千五百年くらい前にギリシャに生まれて、ピタゴラスという名前で生まれましたが、ピタゴラスの意識は九次元意識ではないんです。イエス様の時の墨子様みたいなもので、クート・フーミーの一部分が出て、八次元意識ぐらいで出たのがピタゴラスという人です。(注 これ以外に、アルキメデス、ニュートンという九次元意識で出ている)。もともとは、九次元ぐらいで出なければいけないのですが、悟りが浅かったという考えもありますし、いろいろです。

あと十番目の方です。この方はギリシャのゼウスという神様で今から三、四千年ぐらい前の方です。この方は神智学系統ではチョハン・セラピスという名前で呼ばれています。この人も近代ではゼウス以外では生まれていないんで、またもっと前にいっぱい生まれているんですが、名前が残っていません。こういうふうに、九次元世界の構成というのはエル・ランティ、ブッダ、イエス、モーゼ、孔子、マヌ、ゾロアスター、マイトレーヤ、クート・フーミー、ゼウスと十人出ています。


4.九次元世界の方がたに次ぐ高級霊たち


これに次ぐ者としては、日本神道系で言えば天之御中主之神様のような人もいるし、キリスト教で言えばミカエルのような意識、ミカエルというのはジュピターという名前で呼ばれたりいろいろされていますが、ミカエル意識というのがあります。これに似たような力を持った人は他にもいますが、あと七大天使たちがこれに続いています。こういう構成になっています。


第2問 本体と分身の関係


(問)

あなたは、御著書の中で本体と分身の関係を説かれておられますが、もう一度分かりやすく説明していただけませんでしょうか。

(答)

1.本体・分身の正しいとらえ方


本体・分身というのは大変難しくて、私の著書『心の発見』の中で人間は本体一、分身五の組み合わせでできている。こういうことで、本体一、分身五が順番に生まれ変ってくる。そして次に生まれ変ってくる人がその守護霊をしていると、こういうふうに説明しています。

ただ これは説明が物理的な説明で、原子核構造みたいな説明をしているんです。陽子と原子みたいな感じでしているんですが、正確に言えば、ああいう物理学的なものではありません。

皆さんあれを読むと、物体として六人いていちばん偉い人が本体で、六人いるという感じがしますけど、必すしもそういうのでなくて、霊言集の中でカントなんかも言っているようですが、一即多、多即一というようなとらえ方もありまして、必ずしも物体的なものではありません。一人なんですが、一人のいろんな面が出てくるということなんです。

あれで皆さん、何人もいるというふうに考えてはいけないんです。ですから基本的にああいう出方をするということであって、それ以外の現れ方も、もちろんあります。そういうような不自由なものではありません。


2.九次元意識の地上への出方は、自由自在である


それで本体、分身もいろいろな意識レベルがありまして、たとえば今、九次元の話をしましたが、九次元のような意識ではそういう九次元意識というのがあって、その部分が出てくるんです。ですから全体の中の一部分だけ出てくるのであって、これは何人かで構成されているわけではありません。一人なんですが、一人の部分が出てくるんです。こういうのは本体・分身というのは当たっていません。ただ意識の出方がいろいろあって、たいていの場合、部分的に出てくる。

イエス様の例で言いましたが、イエス様の部分が出てきたとか、あるいはクート・フーミーの一部分が出てきてピタゴラスになって、これはクート・フーミーのパイの五分の一だけの力を持っていなかったというようなことを説明しましたが、そういう出方もあります。

ですから、九次元の本体・分身というのは自由自在です。正月のお餅みたいなもので、つきたてのお餅の部分が出てくるようなもので、何個でできているというわけではありません。臼の中へもどれば一つですね、こういう形です。


3.本体・分身とは別に魂の系統という縦のラインもある


私が著書の中で釈迦の本体・分身について本体ゴーダマ・シッタルダ、あと分身で天台智覬(てんだいちぎ)、不空三蔵(ふくうさんぞう)、伝教、空教、木戸孝允と書きましたがこれは間違っています。これは訂正しておきたいと思います。

九次元意識というのは、やはり九次元の間でいろいろな出方をしているのであって、菩薩や如来と一緒になって出てくることはありません。彼らは、また関連ある魂ということで、本体・分身とは別なんです。

今このついでに話しておくと、それぞれの魂の系統というのがありまして、九次元で世話役が三人いまして、それ以外に七つの光線があって七つの光線をみな引いて、八次元如来界に四、五百人いますが、それぞれいろいろな系統を引いてまして、四、五十人か五、六十人ぐらいで一つの光線の流れの中にあるんです。孔子様の紫の光線を例にとれば紫の光線の中に、如来界の何十人かの人がいるんです。如来界の紫の光線からまた、菩薩界へ投影が出て、菩薩界へそのラインが出てくるんです。

こういうふうに本体・分身とは別に魂の系統というのがあります。こういう縦割りがあります。横割りでなくて、そういう意味でブッダの意識と天台智頭とか、不空三蔵とか、こういう意識は縦の流れの中には一緒にあるのです。こういうことは言えるのですが、本体・分身、ではありません。こういうふうに非常に難しいんです、縦のラインもあるし横のラインもあるんです。

4.七次元以上はそれぞれの目的に合わせた組の作り方をしている


あと菩薩界、如来界というのがありますが、如来というのは本体・分身というのではなくて魂のグループなんです。本体・分身ではなくて魂の兄弟と言われてますが、魂の兄弟として四、五人ぐらいが組になって、一つの目的を果たすために組になっています。

だいたい同じ目的のために出て来ている如来がおりまして、たとえばイエス様の愛を説くために、愛ばかりを主として説く如来が八次元にいるんです。こういう方たちは組を成しています。これは数名です。四、五名あるいはもう少しおりますが、いくつかの組を成しています。これは本体一、分身五というような形ではありません。これもグループです。魂の兄弟と言われています。

菩薩界を見ますと、菩薩界にも組があります。それぞれ組があるし、転生輪廻の過程でいろいろな組み合わせを作って、だいたい五、六人ぐらいで組をつくっています。ですから菩薩以上つまり七次元以上は、それぞれの目的に合わせた作り方をしています。


5.本体・分身の形は六次元以下での魂の組み合わせである


六次元、神界以下が一つのまた、まとまりがありまして、本体・分身の形というのは神界以下なんです。基本的にはそういう組み合わせでして、神界以下の人間、いちばん霊格の高い人が中心になりまして、これは一人であとはそうでない五人が一組になっています。そういう意味で本体・分身というのではないのですが、中核の霊があって六人組をつくっているんです。そしていちばん霊格の高い、神界の上段階くらいの人がその中心になっていて、あと五人をまとめているんです。それで順番に転生輪廻してくるんですが、その時に、最上段階の霊が、つまり、本体と言われている部分が主として守護神、指導霊の役割をして、他の者が守護霊の役割をしているという形で、普通はこの六人というのは組が決まっていますが、ただ何万年、何十万年の転生輪廻を繰り返していると、だんだん魂の質がずれてくるんです。

そうすると、上段階、菩薩界、如来界の指導でもって組み替えがあります。遺伝子の組み替えもありますが、魂の組み替えももちろんあるんです。ですから、その時どきで、調整しまして組み替えをしています。そういう魂の調整をしている人がいるんです。組み替えています。ただ何千年か単位で見ると、六人で一体になっていて、そのグループで修行をやっています。そういう互助制度というか、たいてい六人組でやっています。これは順番に出てきます。そういう意味で本体・分身というのは合っています。


6.魂の組み替えについて


ただ、これは長い年月の間で組み替えがあります。その組み替えをやっているのが如来界、菩薩界の人で、私もそれに関係しています。

たとえば菩薩界の人から報告が来るわけです。書類が上がってきて、「この魂のグループがあって六人組をやっているけど、ちょっとバラバラになって、三人ぐらい地獄に入ってしまって、もう出てこない。どうしようもないので組み替えたいんです」と言ってくると、「ああ、しょうがないな」と言って上位にある者が判を押すんです。

また他のグループで組み替えをする、こういうことをします。今、地獄に堕ちる人が多くてその六人組がどんどん崩れているんです。地獄から何百年も、千年も上がってこないと次の人が出られないから、これじゃいけないんでその六人を解消して、また新たな組をつくったりしています。「地獄で千年ぐらい住むのは君の自由だが、僕たちはもっと進化していくから他の人と組むよ」と、こういうことで新しい六人組をつくっていきます。だって地獄の人をあなた、千年も待っていられませんよ。修行ができませんから。基本的には六人組の中の一人が、地獄に堕ちたら、その人が成仏できるまで他の人が協力するんですが、あんまり長いこと地獄におられるとたまらんから、もう切ります。

こういう時は切って新しい組をつくります。これもまた、人事関係の天使が相談を受けて決定をやっています。こういうことを私も一緒にやっているんです。ですから以上が、本体・分身の本当の意味です。


7.九次元意識は、九次元意識として出るのが原則である


ですから皆さん、私の本を読んで、物理的な魂の兄弟と思ったかもしれませんが、そうじゃなくて、次元の差によって現れ方がありますから、その部分をこの際訂正したいと思います。

イエス様にしても、先般の質問で、イエス様の転生輪廻を話しましたけれど、イエス様の意識は原則として九次元意識でありまして、イエス様がもう少し低い意識で出ることはありません。ですから私は、イエス様の意識がナザレのイエス以降にも出ていると書きました。フィリピンに出ているとか、あるいはイギリスに出ているとか言っていますが、あれは間違っています。フィリピンで心霊治療やっているぐらいの人がイエス・キリストと同レベルではないんです。九次元意識じゃないんです。フィリピンで心霊治療をして、一生終わるようなことはありません。


第3問 運命と宿命


(問)

あなたのお説の中で、運命とは自ら切り開いていくものであるというお言葉がありますが、運命と宿命について分かりやすく御説明していただけませんでしょうか。

(答)

1.運命とは人生航路の道筋であって川の流れにたとえられる


これがけっこう難しいんですが、どうしてもあの世の魂の世界ということを知ると、どうも運命というのがあるらしい、ということで、だんだん運命論者になっていって、あるいは霊能者なんかに頼ってしまって、私はこの人と結婚すべきでしょうか、私は何歳で死ぬんでしょうか、この病気はもう治らないんでしょうか、この会社に入るべきでしょうか止めるべきでしょうか、給料は来年上がりますでしょうか、とかいろいろなことを聞くようになります。

これはあまり頼り過ぎちゃいけないんで、運命と自力という問題について話しますと、あなた方も運命というのは決まっているのか、あるいは自力があるのか、こういうことで非常に悩むと思いますので、比喩(ひゆ)を使って話をしたいと思います。

これは道元禅師が、ある本の中で言っていることを使わせていただくんですが、道元さんは、「人間の人生は舟に乗っている人のようなもんだ」というようなことを書いています。確かにそのたとえは当たっていまして、人生というのは一つの川を小舟に乗って、自分でオールを漕(こ)ぐ手こぎの舟に乗っているようなもんなんです。人間の魂というのが舵をとる人です。これが乗っているわけです。

舟というのは肉体でもいいですけれど、川というのが運命とか宿命と言われているのです。これはどういうことかと言うと、舟に乗っていてオールで漕いだりして方向を変えたり、もちろんできますね。あるいは岸に途中で寄ったり、途中で上陸して休んで、お弁当食べてまた舟にのって川を下ったりできます。こういうふうにオールによって自由に舟の方向を変えることができる。そして、あっちで休んだり、こっちで休んだりすることができる。だから、これは自由意志でできるんです。

ところが、川の流れというのがあります。この流れというのが実は、上から下へ流れている。これが実を言うと運命なんです。だから運命というのは、あなたの道筋は決まっているんですね。そういう川の流れなんです。上から下へ流れるんです。だからこの川の中で自力で、ある程度、舟を漕げるんですが、自力には限リがありまして、やはり川の流れというのを計算に入れて自力があります。

ですから極度に自分を修行して、悟った方というのは相当運命を変えていきます。ですから川を遡(さかのぼ)っていくというような人もいます。これが極度に悟った人です。悟って運命を乗り越えていく人です。これが川を遡っていく人です。オールを漕いで遡っていく立派な人でず。まあこうぃう人は普通、稀(まれ)でありまして、たいていは川の流れに勝てなくて、上から下へ流されていきます。流されていきながら、その中で途中で休んだり、多少方向を変えたりしているのが人間の普通の姿なんです。ところが、その船頭さんが力をつけて、能力が出てくると、いろんな方向に、上流に向かってだって漕いでいけるようになるんです。これが運命と自力との関係なんです。ですから運命としては、川の流れがあります。


2.宿命とは人生航路の大きな流れであって変えることができない


宿命というのがあります。宿命というのは結局、舟というのは川の中しか動けないということなんです。これが宿命なんですよ。舟で陸には上がれないんです。

運命というのは、川の流れのように上から下へ流れていくもんですから、まあ普通はそのままだったら流されてしまうけれど、頑張れば遡(さかのぼ)ることもできるし、川の水にある程度抵抗して、いろんな方向に泳いでいくことができます。だから、運命はそういう意味でオールの楷(かい)のかき方、あるいは帆のあげ方で、ある程度変えていくことができます。

しかし宿命は、変えられません。宿命というのは、舟というのは川の中しか動けないんです。陸には上がれないんです。残念ながら、こういうことなんです。

これはどういうことかというと、宿命というのは、川から逃げられないということは、川というのをよく見てみると、あなたの人生航路の大きな流れなんですね。この幅が、ある程度の幅があるんです。川幅が百メートルだったり、一キロだったり、中にはアマゾン川みたいなのもありますよ。たいてい川幅があって、川の流れている方向、北から南へ流れたり、あるいは曲がりくねったりしているけれど、川の形があります。ここから逃げられないということです。だから、この川の形の中ではかなり動けるんですが、結局この川の流れからは逃げられないんです、川の大きな位置からは。陸の上では舟は漕げません、これが宿命です。

ですから宿命というのは、たとえば、ある人が女であったり、男であったりすること、男で生まれたら女としては生きられないです。まあ性転換なんてありますが、こんなのは例外でして、男は男、女は女として生まれます。あるいは、ある貧しい家に生まれました。貧しい家に生まれたということは、もう変えようがないことです。男に生まれた、貧しい家に生まれた、子だくさんの家に生まれた、あるいは両親が早く死んだ、こういうことは変えようがないんです。両親が寿命で早く死んでしまったのですから、変えようがないんです。そういう環境、与えられた環境、どういうところに生まれて、どういう立場で生まれたかというようなこと、こういうことは変えようがないんです。


3.後天的に変えられるものが運命で、変えられないものが宿命である


あとは両親が決まれば、だいたい頭の程度も知れているんです。種と畑が分かれば、あなたスイカは大体分かるんですよ。どういう種で、どういう畑かを見れば。ただそういう種と畑であっても、スイカを作るときに努力すれば、いいスイカができることもあります。だから両親を見て、俺の父ちゃん、母ちゃん見れば、俺の頭も知れたものと思うけれど、そういう知れた頭でも、努力すれば秀才になることはあり得ます、大天才にはなれなくても。これが運命と、自力の問題なんです。

宿命というのは、そういう父ちゃん、母ちゃんの間に生まれたということは、宿命なんです。ただそういう父ちゃん、母ちゃんの間に生まれたから賢い頭じゃない、賢くない普通ぐらいの頭で生まれた、これは宿命です。

ところが、運命は一生懸命勉強することによって、その頭を後天的に鍛(きた)えていくことができます。ですから、運命というのは後天的にある程度、変えていけます。しかし宿命は、後天的に変えられないんです。ですから、後天的に変えられるものが運命で、後天的に変えられないものが宿命です。

宿命というのは、さっき言ったように大きな川の流れみたいなもので、これはしようがないんですよ。どんなに動きたくたってアマゾン川は南アメリカの川なんですから、アマゾン川は日本に流れません。どうしようもないんです。アマゾン川は、たとえば南アメリカが男であり、日本が女とすれば、男に生まれたらもう女にはどうしてもなれないんです。子供は産めないんです。アマゾン川がどれだけ大きくて、自由自在に泳げても、男なんだから子供は産めないと、こういうもんなんです。こういう意味なんです。

ですから、どんな人にも宿命はあります。これは如来であろうと宿命はあります。それは、そういう環境を選んで生まれたということです。そして運命というのは、たとえば如来が地上に生まれて仏法を説く、という人生が運命です。仏法を説く人生を持って生まれています。ただ、仏法の中身をどうするかが自力の問題です。

ですから人生というのは、ある程度そういう幅があるんです。幅があって上下があるんです。上限と下限が決まっています。人生には下限というのは地獄へ行くくらいのところまでの下限もありますが、普通はそれほど、ブレません。けれども末法の世の中では、物質に翻弄(ほんろう)されて、上限下限の間の下限に行く人が多いんですが、正しく反省して精進して、守護、指導霊の指導を受ければ、その上限に限りなく近づいていけるということです。それが運命、宿命です。