元就的な彼女 三股目
作:771 ◆gnkv6j0F..
右肩の上に、その人形は乗っていた。
紫色をした三本目の足が、明滅する蛍光灯の下で、テラテラと輝いていた。
「――!!」
亀裂の入った鏡に映るその姿を見て、成海の血の気が一気に引いた。
が、次の瞬間、左腕が右肩の上を目掛けて、飛ぶように動いた。
しかし、その手の平は空を掴むだけ。
木の葉のように飛び上がったその人形は、そのまま床にふわりと着地した。
「私、リカちゃん。でも三本――」
「っ、うるせぇ!!」
人形の言葉を遮るように、成海が一歩踏み出した。そのまま、踏み潰すつもりなのだ。
だが、再び人形はひらりと飛び上がると、今度はその突き出された足に降り立つと、そこを踏み台に更に高く飛び上がった。
ぽーん、と天井すれすれまで飛び上がると、そのままトイレのボックスの中に入ってしまった。
後を追って、成海も即座にドアを開けるが、そこに見えるのはただ便器のみ。
どこへ行った、と素早く視線を走らせる成海の肩に、再びそれは飛び乗り、そして
「私、リカちゃん。でも――」
「そいつは分かってんだよ!!」
個室の壁に、成海は肩を打ち付けた。壁との間に、その人形を挟み込もうとしたのだ。
しかし、肩に伝わる感触は平坦な壁の物のみで、間に何かを挟んだ様子は無い。
成海が体勢を立て直した時、そこにはもう、その人形の姿は無かった。
「糞が……」
成海は毒づいた。彼は焦っていた。
何故なら、最初に三本足の人形に呟かれたその瞬間から、
『私、リカちゃん。でも三本足なの私、リカちゃん。でも三本足なの私、リカちゃん。でも三本足なの私、リカちゃん。でも三本足なの私、リカちゃん。でも三本足なの私、リカちゃん。でも三本足なの私――』
その声が、耳から離れなくなっていた。
まるで、今でも耳元で囁いているように、繰り返し繰り返し、その声が聞こえていた。
これが噂の『呪い』と言うやつだろうか。その声を聞いた人間を発狂するほどに追い詰める声。
確かに、終始この調子で声が聞こえていたら、即効性は無くとも最終的には、全壊級の精神的ダメージを負うだろう。
この場で取り逃すのは、まずい。
「メリー!!」
ボックスから飛び出し成海は、メリーの元に歩み寄ると、半ば命令して言った。
「あいつを何とかしろ!!」
「そ、そんないきなり、出来ないよ!!」
ふるふる、と彼女は首を横に振った。
「こ、恐いし、それに私、何も出来ないし……」
「んな事ぁ聞いちゃねえ!!」
俯きながら言った彼女の言葉を、成海は一蹴した。
「良いかよく聞け」
とん、と彼女の鎖骨を指で突いた。
「俺に出来ない事は、お前がやれ!!」
「え、え?」
それだけでは身勝手に聞こえる主張に、メリーは眉を顰めた。
しかし、その疑念も続く言葉にかき消される。
「お前に出来ない事は、俺がやる!!」
とん、と今度は自分の胸に指を押し付ける。
「俺にもお前にも出来ない事は、」
最後に、ぱしんとメリーの手を掴んで成海は、言った。
「二人で合わせてやっちまおうぜ!!」
「……」
メリーは、ぽかん、と口を開いて成海を見詰めていた。
だが、すぐに力強く頷いた。
「分かったよ、成海くん。私、やってみるよ」
握られた手を振り解くと、彼女は手を天井へ向けて掲げた。
「……メリー?」
その行動を訝しく思い、成海が声をかけた、その刹那。
「伏せて!!」
メリーがそう叫ぶと同時に、
――騒音。
トイレの窓ガラスを突き破り、何かが飛び込んできた。
その何かをメリーは手の平で掴むと、その先端を前方に向けて構えた。
それは、半月状の刃を持つ鎌。一振りの、巨大な鎌だった。
その鎌は、成海の前に始めてメリーが姿を現したときに、彼女が携えていた鎌。
あの時以来手にすることも無く、クローゼットの奥に押し込まれていたはずのそれだった。
「メリー、お前……」
床に身を屈めていた成海は、ふらふらと立ち上がり、そして、言った。
「お前、こーゆー事はやるならやるって言えええ!! 頭の上かすってったぞおおお!!」
「あー!! ごめんなさーい!!」
すげー勢いで迫られてメリーは取り合えず謝った。
「まあ、それはともかくだ」
成海はトイレの個室の方を指差した。
「やっちまえ、メリー!!」
「うん!!」
鎌を天井へ向かって振り上げ、
「成海くん!!」
「ぬおおっ!? 今度は何だ!!」
「跳んで!!」
振った。
成海が跳躍し、着地するまでの僅かな間に二度、鎌が彼の下を往復した。
恐るべき速度。そしてその速さ生み出し、鎌を御する筋力。そこから産まれる破壊力。その細腕からは想像できまい。
成海が地面に降り立つとほぼ同時に、背後で轟音が鳴り響いた。
振り返るとそこでは、トイレのボックスが全て斬り崩され、倒れている所であった。
個室を隔てる壁も、水洗便器の貯水槽も配水管も、全てが三分割にされ、床へと崩れ落ちていた。
その斬撃の間合いは、あまりにも長い。メリーの鎌は確かに巨大であったが、それを明らかに上回る効果の範囲。
言うなれば衝撃波。斬撃の発射。
「お、おお……」
この状況に、成海は思わず口を開いた。
「すげえなあ……と言うか、やりすぎだろ……と言うか……」
床には斬り分けられた木片が散乱し、切断された配水管からは止め処なく水が噴出している。
ちょっとした大惨事である。
「とは言え、これで見晴らしは良くなったな、良くやった!!」
見晴らしも糞も、女子トイレのトイレたる部分を切り崩してしまったのだ。今やそこはただのタイル張りの少し狭い部屋に過ぎない。
「こうなったら相手は――」
その時ぴしゃり、と水を撥ねる音が、人形の声に捕り憑かれた成海の耳に聞こえた。
その方向へ身体を向けると、人形がこちらへと跳躍してくるところだった。
身を隠す場所を奪われ、床は切り裂かれた配水管から溢れる水に濡れる。
――最早、真っ向から立ち向かう以外に方法はないのだ。
成海は、出来るだけ人形を引き付けた。出来るだけ近くに。可能な限り目前に。そして、
ばちん。
握り締めた両の拳で、人形を挟んだ。
空中で拳に押し潰された人形は、力を失い、床に崩れた。
ああ痛ぇ、と成海は拳を擦った。
紫色をした三本目の足が、明滅する蛍光灯の下で、テラテラと輝いていた。
「――!!」
亀裂の入った鏡に映るその姿を見て、成海の血の気が一気に引いた。
が、次の瞬間、左腕が右肩の上を目掛けて、飛ぶように動いた。
しかし、その手の平は空を掴むだけ。
木の葉のように飛び上がったその人形は、そのまま床にふわりと着地した。
「私、リカちゃん。でも三本――」
「っ、うるせぇ!!」
人形の言葉を遮るように、成海が一歩踏み出した。そのまま、踏み潰すつもりなのだ。
だが、再び人形はひらりと飛び上がると、今度はその突き出された足に降り立つと、そこを踏み台に更に高く飛び上がった。
ぽーん、と天井すれすれまで飛び上がると、そのままトイレのボックスの中に入ってしまった。
後を追って、成海も即座にドアを開けるが、そこに見えるのはただ便器のみ。
どこへ行った、と素早く視線を走らせる成海の肩に、再びそれは飛び乗り、そして
「私、リカちゃん。でも――」
「そいつは分かってんだよ!!」
個室の壁に、成海は肩を打ち付けた。壁との間に、その人形を挟み込もうとしたのだ。
しかし、肩に伝わる感触は平坦な壁の物のみで、間に何かを挟んだ様子は無い。
成海が体勢を立て直した時、そこにはもう、その人形の姿は無かった。
「糞が……」
成海は毒づいた。彼は焦っていた。
何故なら、最初に三本足の人形に呟かれたその瞬間から、
『私、リカちゃん。でも三本足なの私、リカちゃん。でも三本足なの私、リカちゃん。でも三本足なの私、リカちゃん。でも三本足なの私、リカちゃん。でも三本足なの私、リカちゃん。でも三本足なの私――』
その声が、耳から離れなくなっていた。
まるで、今でも耳元で囁いているように、繰り返し繰り返し、その声が聞こえていた。
これが噂の『呪い』と言うやつだろうか。その声を聞いた人間を発狂するほどに追い詰める声。
確かに、終始この調子で声が聞こえていたら、即効性は無くとも最終的には、全壊級の精神的ダメージを負うだろう。
この場で取り逃すのは、まずい。
「メリー!!」
ボックスから飛び出し成海は、メリーの元に歩み寄ると、半ば命令して言った。
「あいつを何とかしろ!!」
「そ、そんないきなり、出来ないよ!!」
ふるふる、と彼女は首を横に振った。
「こ、恐いし、それに私、何も出来ないし……」
「んな事ぁ聞いちゃねえ!!」
俯きながら言った彼女の言葉を、成海は一蹴した。
「良いかよく聞け」
とん、と彼女の鎖骨を指で突いた。
「俺に出来ない事は、お前がやれ!!」
「え、え?」
それだけでは身勝手に聞こえる主張に、メリーは眉を顰めた。
しかし、その疑念も続く言葉にかき消される。
「お前に出来ない事は、俺がやる!!」
とん、と今度は自分の胸に指を押し付ける。
「俺にもお前にも出来ない事は、」
最後に、ぱしんとメリーの手を掴んで成海は、言った。
「二人で合わせてやっちまおうぜ!!」
「……」
メリーは、ぽかん、と口を開いて成海を見詰めていた。
だが、すぐに力強く頷いた。
「分かったよ、成海くん。私、やってみるよ」
握られた手を振り解くと、彼女は手を天井へ向けて掲げた。
「……メリー?」
その行動を訝しく思い、成海が声をかけた、その刹那。
「伏せて!!」
メリーがそう叫ぶと同時に、
――騒音。
トイレの窓ガラスを突き破り、何かが飛び込んできた。
その何かをメリーは手の平で掴むと、その先端を前方に向けて構えた。
それは、半月状の刃を持つ鎌。一振りの、巨大な鎌だった。
その鎌は、成海の前に始めてメリーが姿を現したときに、彼女が携えていた鎌。
あの時以来手にすることも無く、クローゼットの奥に押し込まれていたはずのそれだった。
「メリー、お前……」
床に身を屈めていた成海は、ふらふらと立ち上がり、そして、言った。
「お前、こーゆー事はやるならやるって言えええ!! 頭の上かすってったぞおおお!!」
「あー!! ごめんなさーい!!」
すげー勢いで迫られてメリーは取り合えず謝った。
「まあ、それはともかくだ」
成海はトイレの個室の方を指差した。
「やっちまえ、メリー!!」
「うん!!」
鎌を天井へ向かって振り上げ、
「成海くん!!」
「ぬおおっ!? 今度は何だ!!」
「跳んで!!」
振った。
成海が跳躍し、着地するまでの僅かな間に二度、鎌が彼の下を往復した。
恐るべき速度。そしてその速さ生み出し、鎌を御する筋力。そこから産まれる破壊力。その細腕からは想像できまい。
成海が地面に降り立つとほぼ同時に、背後で轟音が鳴り響いた。
振り返るとそこでは、トイレのボックスが全て斬り崩され、倒れている所であった。
個室を隔てる壁も、水洗便器の貯水槽も配水管も、全てが三分割にされ、床へと崩れ落ちていた。
その斬撃の間合いは、あまりにも長い。メリーの鎌は確かに巨大であったが、それを明らかに上回る効果の範囲。
言うなれば衝撃波。斬撃の発射。
「お、おお……」
この状況に、成海は思わず口を開いた。
「すげえなあ……と言うか、やりすぎだろ……と言うか……」
床には斬り分けられた木片が散乱し、切断された配水管からは止め処なく水が噴出している。
ちょっとした大惨事である。
「とは言え、これで見晴らしは良くなったな、良くやった!!」
見晴らしも糞も、女子トイレのトイレたる部分を切り崩してしまったのだ。今やそこはただのタイル張りの少し狭い部屋に過ぎない。
「こうなったら相手は――」
その時ぴしゃり、と水を撥ねる音が、人形の声に捕り憑かれた成海の耳に聞こえた。
その方向へ身体を向けると、人形がこちらへと跳躍してくるところだった。
身を隠す場所を奪われ、床は切り裂かれた配水管から溢れる水に濡れる。
――最早、真っ向から立ち向かう以外に方法はないのだ。
成海は、出来るだけ人形を引き付けた。出来るだけ近くに。可能な限り目前に。そして、
ばちん。
握り締めた両の拳で、人形を挟んだ。
空中で拳に押し潰された人形は、力を失い、床に崩れた。
ああ痛ぇ、と成海は拳を擦った。
「さてと、用も済んだし」
成海は、床に落ちた人形を拾った。
気絶した、と言っていいのだろうか。その瞳は閉じられ、身体はぐったりとして力が抜けている。耳の中で響く声も、もう既に止んでいた。
成海は、ズボンのポケットに人形を押し込むと、
「逃げるぞ」
まさに脱兎のごとく。それはすごい勢いで成海は駆け出した。
「え、あ、待ってよ成海くん!!」
その後を遅れてメリーが追う。
「何で逃げるの!?」
「あんな事やって、逃げないほうがおかしいだろ!!」
便所一つ潰してしまったのだ。弁償も警察もゴメンなのだ。
「じゃあ、その子は!? 何で連れて来たの!?」
メリーは、成海のズボンに入れられている三本足の人形を指差した。
「そりゃよ、なんであんな事してたか知らねえけどよ!! 放っておくわけにはいかねえし!!」
走りながら、彼は答えた。
「殺す事もできないだろ!!」
成海は、床に落ちた人形を拾った。
気絶した、と言っていいのだろうか。その瞳は閉じられ、身体はぐったりとして力が抜けている。耳の中で響く声も、もう既に止んでいた。
成海は、ズボンのポケットに人形を押し込むと、
「逃げるぞ」
まさに脱兎のごとく。それはすごい勢いで成海は駆け出した。
「え、あ、待ってよ成海くん!!」
その後を遅れてメリーが追う。
「何で逃げるの!?」
「あんな事やって、逃げないほうがおかしいだろ!!」
便所一つ潰してしまったのだ。弁償も警察もゴメンなのだ。
「じゃあ、その子は!? 何で連れて来たの!?」
メリーは、成海のズボンに入れられている三本足の人形を指差した。
「そりゃよ、なんであんな事してたか知らねえけどよ!! 放っておくわけにはいかねえし!!」
走りながら、彼は答えた。
「殺す事もできないだろ!!」
「ん……く、う」
目を覚ますと、そこ見えたのは木目調の天井だった。
彼女は、それはおかしいと思った。自分がいつも見上げているのは、薄暗い蛍光灯の光る薄汚れた天井ではなかったか。
次に彼女は、人の会話を聞いた。
「……まだ目が覚めないのか?……」
「……もしかしたらもう目が覚めないのかも……」
これも、彼女はおかしいと思った。何故なら男の声が聞こえたからで、彼女が住処としていた所に、男性は決して来ないはずだったからだ。
ゆっくりと彼女は身を起こした。
「おっ、気がついたみたいだぜ」
彼女は、声のした方へと目をやる。
そして、そこにいた自分の何倍も大きい、人間の男と目が合った。
「い、」
「い?」
男は、首を傾げた。
「いやあああ!!」
彼女は後ずさった。三本の足で、必死に床を蹴って。
「な、何!? 何なの、あんた達!?」
寝かされていたテーブルの端まで下がると、怯えた様子で彼女は言った。
「何って……」
そう聞かれて男と、その隣にいた少女は答えた。
「鳥遊 成海です」
「メリーです」
ペコリと二人揃って頭を下げてきた。
「ど、どうも、リカです……そうじゃなくて!!」
ビクビクと震えながら、彼女は口を開いた。
「あ、あんたたち、私に何をするつもりなの!?」
「何って……別に何もしないよな?」
成海は、メリーと向き合って、「ねー」と頷きあった。
「つーか、やるやらないって話なら、手前が止めなきゃならない事やってんじゃね?」
成海はリカを指差した。
『止めなければならない事』――それが何なのか、彼女は重々承知していた。しかし、
「あ、あなたには関係ないことでしょ?」
彼女は、震えながら言った。
「そ、そうよ、私が何やろうが、か、関係ないでしょ? い、いつもそうよ、人間は。いつも、身勝手で」
カチカチ、と彼女の奥歯が鳴った。
「わ、私が三本足だからって、勝手に捨てて……す、好きでこうなった訳じゃないのに……馬鹿じゃないの!!」
「……つまり、お前は」
その時、成海が口を開いた。
「人間の事が憎いのか? 憎いからあんな事をやっていたのか?」
「そうよ」
リカは頷いた。その瞳は、ギラギラと鈍い瞳を湛えている。
「私をこんな風に作って、その上勝手に捨てて……そんな奴ら、どうにでもなれば良いんだわ!!」
「そうか……」
成海は、暫くの間黙った。
「なら、」
そして、口を開くとぺたりと床に手を付いて、
「すまなかった」
頭を下げた。土下座、だった。
「え?」
「え?」
これに、メリーとリカは、目を丸くした。その行動の意味が、分からなかった。
「こんな事しても、意味が無いのは分かってる。お前の気が済まないのも分かってる」
床を伝ってくる彼の声は、くぐもっていた。しかし、彼女達の耳にしっかりと響いた。
「でも、俺だって人間だ。『身勝手な人間』の一人だ。そこは申し訳ねえ。だから、謝る」
それから成海は、顔を上げた。そして、リカの瞳をじっと見詰める。
「だからな。だから、お前にはあんな事は止めて欲しい」
「な、なによ。あんたが謝ったからって止めなきゃいけないわけ?」
戸惑いながらも、リカは鼻をふん、と鳴らした。
「そうじゃねえよ」
ふるふると、成海は首を横に振る。
「お前が、人間を身勝手だと思うのはそれで良い。でも、お前がああいう事をやると、お前の言う『身勝手な人間』と一緒になっちまうんじゃね?」
リカの瞳に、かちりと視線を合わせながら成海は続ける。
「自分から、そんな『身勝手な奴』に成り下がる必要、無いんじゃね?」
リカは少しの間、口を閉じていた。しかし、
「……ほんと、何言ってるんだか」
すぐにリカは、訳がわからない、と肩をすくめて見せた。
「私がいつ身勝手な事したって言うのよ? 勝手に決め付けないで。馬鹿じゃないの?」
成海の双眸が、きゅう、と細くなった。
メリーは、彼が怒っているのだ、と気が付いた。
成海は許せなかった。それは彼女の行いや態度が、と言うよりは、彼女が自らを貶めている事に、彼は激しい怒りを感じていた。
しかし、怒る彼の耳に、今にも消え入りそうな声が、聞こえてきた。
「……でも、ああいう事は、止めてあげてようか、な……」
え? と成海が眉を顰めると、リカは頬を赤く染めながら言った。。
「べ、べつにあんたに言われたから止めるんじゃないからね!! そ、それより、私あそこのトイレにずっと居たんだから!! あんた達のせいで居られなくなったんだから、責任取りなさいよね!!」
「責任?」
成海は首を傾げた。
「こ、ここの部屋に住んであげようっていってるのよ」
「はあ……はあ?」
一瞬成海は頷いたが、すぐに疑問符が発生した。
「な、なんでお前を住まわせなきゃならない――」
「まあまあ、成海くん」
怒鳴りかけた成海を、やんわりとメリーが制した。
「良いじゃない。私たちに責任があるのは確かなんだし、それにここに居てくれたら、あんな事はもう出来ないじゃない」
「……まあ、それもそう、か」
多少納得のいかない様子で、成海は頷いた。
「ね?」
メリーの無垢な笑顔に、成海は頷くしかなかったのだが。
目を覚ますと、そこ見えたのは木目調の天井だった。
彼女は、それはおかしいと思った。自分がいつも見上げているのは、薄暗い蛍光灯の光る薄汚れた天井ではなかったか。
次に彼女は、人の会話を聞いた。
「……まだ目が覚めないのか?……」
「……もしかしたらもう目が覚めないのかも……」
これも、彼女はおかしいと思った。何故なら男の声が聞こえたからで、彼女が住処としていた所に、男性は決して来ないはずだったからだ。
ゆっくりと彼女は身を起こした。
「おっ、気がついたみたいだぜ」
彼女は、声のした方へと目をやる。
そして、そこにいた自分の何倍も大きい、人間の男と目が合った。
「い、」
「い?」
男は、首を傾げた。
「いやあああ!!」
彼女は後ずさった。三本の足で、必死に床を蹴って。
「な、何!? 何なの、あんた達!?」
寝かされていたテーブルの端まで下がると、怯えた様子で彼女は言った。
「何って……」
そう聞かれて男と、その隣にいた少女は答えた。
「鳥遊 成海です」
「メリーです」
ペコリと二人揃って頭を下げてきた。
「ど、どうも、リカです……そうじゃなくて!!」
ビクビクと震えながら、彼女は口を開いた。
「あ、あんたたち、私に何をするつもりなの!?」
「何って……別に何もしないよな?」
成海は、メリーと向き合って、「ねー」と頷きあった。
「つーか、やるやらないって話なら、手前が止めなきゃならない事やってんじゃね?」
成海はリカを指差した。
『止めなければならない事』――それが何なのか、彼女は重々承知していた。しかし、
「あ、あなたには関係ないことでしょ?」
彼女は、震えながら言った。
「そ、そうよ、私が何やろうが、か、関係ないでしょ? い、いつもそうよ、人間は。いつも、身勝手で」
カチカチ、と彼女の奥歯が鳴った。
「わ、私が三本足だからって、勝手に捨てて……す、好きでこうなった訳じゃないのに……馬鹿じゃないの!!」
「……つまり、お前は」
その時、成海が口を開いた。
「人間の事が憎いのか? 憎いからあんな事をやっていたのか?」
「そうよ」
リカは頷いた。その瞳は、ギラギラと鈍い瞳を湛えている。
「私をこんな風に作って、その上勝手に捨てて……そんな奴ら、どうにでもなれば良いんだわ!!」
「そうか……」
成海は、暫くの間黙った。
「なら、」
そして、口を開くとぺたりと床に手を付いて、
「すまなかった」
頭を下げた。土下座、だった。
「え?」
「え?」
これに、メリーとリカは、目を丸くした。その行動の意味が、分からなかった。
「こんな事しても、意味が無いのは分かってる。お前の気が済まないのも分かってる」
床を伝ってくる彼の声は、くぐもっていた。しかし、彼女達の耳にしっかりと響いた。
「でも、俺だって人間だ。『身勝手な人間』の一人だ。そこは申し訳ねえ。だから、謝る」
それから成海は、顔を上げた。そして、リカの瞳をじっと見詰める。
「だからな。だから、お前にはあんな事は止めて欲しい」
「な、なによ。あんたが謝ったからって止めなきゃいけないわけ?」
戸惑いながらも、リカは鼻をふん、と鳴らした。
「そうじゃねえよ」
ふるふると、成海は首を横に振る。
「お前が、人間を身勝手だと思うのはそれで良い。でも、お前がああいう事をやると、お前の言う『身勝手な人間』と一緒になっちまうんじゃね?」
リカの瞳に、かちりと視線を合わせながら成海は続ける。
「自分から、そんな『身勝手な奴』に成り下がる必要、無いんじゃね?」
リカは少しの間、口を閉じていた。しかし、
「……ほんと、何言ってるんだか」
すぐにリカは、訳がわからない、と肩をすくめて見せた。
「私がいつ身勝手な事したって言うのよ? 勝手に決め付けないで。馬鹿じゃないの?」
成海の双眸が、きゅう、と細くなった。
メリーは、彼が怒っているのだ、と気が付いた。
成海は許せなかった。それは彼女の行いや態度が、と言うよりは、彼女が自らを貶めている事に、彼は激しい怒りを感じていた。
しかし、怒る彼の耳に、今にも消え入りそうな声が、聞こえてきた。
「……でも、ああいう事は、止めてあげてようか、な……」
え? と成海が眉を顰めると、リカは頬を赤く染めながら言った。。
「べ、べつにあんたに言われたから止めるんじゃないからね!! そ、それより、私あそこのトイレにずっと居たんだから!! あんた達のせいで居られなくなったんだから、責任取りなさいよね!!」
「責任?」
成海は首を傾げた。
「こ、ここの部屋に住んであげようっていってるのよ」
「はあ……はあ?」
一瞬成海は頷いたが、すぐに疑問符が発生した。
「な、なんでお前を住まわせなきゃならない――」
「まあまあ、成海くん」
怒鳴りかけた成海を、やんわりとメリーが制した。
「良いじゃない。私たちに責任があるのは確かなんだし、それにここに居てくれたら、あんな事はもう出来ないじゃない」
「……まあ、それもそう、か」
多少納得のいかない様子で、成海は頷いた。
「ね?」
メリーの無垢な笑顔に、成海は頷くしかなかったのだが。
おまけ
その1
「はいー、それじゃあ授業を始めるーよーっと」
渋沢教授の授業が始まった。リカの呪いは解けているようだ。しかし……
「……」
成海は渋い顔だった。
何故なら、今教壇にたっている人物は、
「それではぁー、はいー……なんだっけ?」
――男だったからだ。
リカが潜んでいたのは女子トイレ。
では、何故に男の教授が女子トイレに入るのか?
暫く後、この大学の教授が女装して女子トイレで盗撮をしていたとかで逮捕されるのだが、まあ、それは別の話。
渋沢教授の授業が始まった。リカの呪いは解けているようだ。しかし……
「……」
成海は渋い顔だった。
何故なら、今教壇にたっている人物は、
「それではぁー、はいー……なんだっけ?」
――男だったからだ。
リカが潜んでいたのは女子トイレ。
では、何故に男の教授が女子トイレに入るのか?
暫く後、この大学の教授が女装して女子トイレで盗撮をしていたとかで逮捕されるのだが、まあ、それは別の話。
その2
「ねえ聞いたー? 三号館のー、三階の便所が超ぶっ壊されてたんだってー」
「マジ? 恐くねー?」
「……」
「あ、成海ー、またちょー面白い話聞いたんだけどー」
「やべーやべー、マジやべー」
「へ、へえええ? どど、どんな話よ? おおお、俺にはなはな、話してみ?」
「……?」
「……?」
大学に一つ、七不思議的伝説が加わるのだが、まあ、それもまた別の話。
「マジ? 恐くねー?」
「……」
「あ、成海ー、またちょー面白い話聞いたんだけどー」
「やべーやべー、マジやべー」
「へ、へえええ? どど、どんな話よ? おおお、俺にはなはな、話してみ?」
「……?」
「……?」
大学に一つ、七不思議的伝説が加わるのだが、まあ、それもまた別の話。
その3
「なあ、リカ」
「なによ」
「おまえさー、自分の事リカちゃんリカちゃん言ってるけど、リカちゃん人形と違うくね?」
植毛銀髪に赤いグラスアイ。球体関節。
どう見てもおっきなお友達向けの人形です。
本当にありがとうございました。
「なによ」
「おまえさー、自分の事リカちゃんリカちゃん言ってるけど、リカちゃん人形と違うくね?」
植毛銀髪に赤いグラスアイ。球体関節。
どう見てもおっきなお友達向けの人形です。
本当にありがとうございました。
―“arrow” closed―